4部 エジプトから入院・退院まで
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午後、私はSPW財団の人と個室で相談をしていた。
典明の傷が治った後のための相談だ。
というのも、包帯が取れた後、以前のようには視力が戻らない可能性があるという事で、彼に、眼鏡が必要なのではと思ったのだ。
視力が戻らない可能性があると聞かされた時はやはりショックだった。しかしその後、ポジティブに考えようと、考えを改めたのだ。
典明って、眼鏡が似合うんじゃないか?そう思ったら、いてもたってもいられなかった。
彼は眼鏡なんて、掛けられれば何でもいいと言うだろう。しかし、彼の魅力を引き出すデザインが絶対にあるはずだ。
別に眼鏡フェチではないが、彼の事となれば話は別。
絶対に似合う眼鏡を、デザインしなければ…!と、1人使命感に燃えていたのだ。
「えーと、いくつかデザインを考えてきたんですが…すぐにできるものなんですか?」
デザイン用紙を取り出しながら聞くと「フレームだけなら、1日あれば作れます。レンズは、度数を聞いてから数時間で。」と言うので驚いた。SPW財団、恐るべし…!!
「それで、私としてはこれがいいかなと思ってるんですけど…。」
そう言って1枚を指差すと、財団員の方は「ほぅ。これは…。」と顎に手を添えて唸った。
やはり、難しいだろうか?私のこだわりを詰め込んでいるので、中々に指示が細かいのだ。
「フレーム無し。絶対に反射しない。花京院さんの綺麗な瞳の邪魔をしない。ズレない。」
財団員さんは声に出して読んでいるが…恥ずかしいのでやめて頂きたい。細かいレンズのサイズまで、読み上げている。
「分かりました。作りましょう。」
「!ありがとうございます!!」
良かった!ワンチャン断られたらどうしようかと心配していたのだ。
私は何度も何度も頭を下げ、個室を後にした。完成が楽しみすぎる!
「そうだ、みょうじさん。」
少し進んだところで、先程の財団員さんに声をかけられて足を止める。
「花京院さん、あと2日程で包帯が取れるかと。」
「!」
そう、か。あと2日…。
「分かりました。ありがとうございます。」
ついに、というべきか、もう、というべきか。
ここで過ごした5日間があまりに幸せすぎて、DIOの事なんて忘れかけていた。いや、忘れたかったのだ。
しかし、このままだと聖子さんを助けられないかもしれない。
ぐ、と拳を握りこんだ。もう、DIOの元へ行かなくては…。
私は典明にあの話をする覚悟を決めて、典明の病室へと戻った。
「おかえり、なまえ。」
病室へ入ると、典明が出迎えてくれる。優しい笑顔だ。
「ただいま〜!んん〜典明の匂い!」
胸に顔を埋めて典明の匂いを堪能する。本当に、いい匂い。少しして顔を上げると、典明が見下ろしていたのでキスをした。ただいまのキスは?と言うだろうと思ったからだ。
「ねぇ典明。夕ご飯のあと、相談したい事があるの。その…この前の、話…。」
唐突に、そう零す。先に言っておかないと、また、先延ばしにしてしまうかもしれなかったからだ。
「…うん、分かった。なまえ、おいで。」
不安がっている私を気遣ったのだろう。典明はベッドへ腰掛け、足の間へ座るよう誘導した。大人しくそれに従うと、典明は私を優しく抱きしめた。
「ふふ。典明、擽ったい。」
彼にしては珍しく、首筋に顔をくっつけている。
「うん。これは確かに、癖になるな。」
そう言って私の項の辺りをクンクン嗅いでいる彼は、大きいワンちゃんのようでかわいい。そう思って油断していたら、彼はいきなり、首をペロ、と舐めてきて、思わず体が跳ねた。
「ッ!?ちょ、典明!?」
「あぁごめん。つい。」
つい!?つい、で人の首舐める!?
「いい匂いがしたから、どんな味がするのかな、と思って。」
なんでもないように言ってのける典明に、ため息がでた。
「典明さん。許可なく人の体を舐めるのはいけません。」
「そうなんですか?はーい。」
大人しく、それ以降はやめてくれた。素直に聞いてくれてかわいい。それに、先程の不安な気持ちも和らいだ。典明はすごい。私の精神安定剤だな。
夜だ。夕ご飯を食べてシャワーも浴びた。ついに、約束の時間が来てしまった。
先程緊張を和らげてもらったはずなのに、もう緊張している。気が重い。だが、言わなければ。
「なまえ。座って話そう。」
典明はベッドの上にいて、コップにお茶を入れてくれる。目が見えない生活に、随分慣れたようだ。
私は大人しく、ベッドの隣の椅子に腰掛けた。
「それで、どうしたのかな?」
「うん……えぇと……ちょっと、待ってね…。」
日中、ちゃんと覚悟したはずだが、やはりいざ言おうと思うと緊張する。落ち着いてゆっくり息を吸って、ゆっくり吐く。ダメだ。落ち着かない。こんな時は…。私は目の前にある典明の手を握った。彼は少し驚いたようだが、もう笑顔を浮かべている。…少し、落ち着いてきた。
「あの、私、典明の事、とても大事に思ってるの。」
やっとの事で話し始めると、典明は「ありがとう。僕もだよ。」と優しい声で相槌を打ってくれて、それだけで胸が温かくなった。
「そう…だから、こんな話、本当はしたくないんだけど…。」
「待って、待ってくれ。まさか別れ話じゃあないだろうね?」
話を遮る典明のセリフに、ハッとして慌てて謝罪をする。確かにこの話し方だと、別れ話と思っても仕方がない。違うのだと伝えると、彼は安心したように私の手を握り返した。
「それで、ね…。本題なんだけど……。」
そこでやはり、言葉が途切れる。
「なまえ。大丈夫。言ってごらん。」
そう言って微笑んでくれるが、今から話そうとしている話への羞恥と、待たせている申し訳なさと、さすがに引かれるかもしれない不安と、色々な感情が混ぜ合わさっている。もう、勢いで言うしかない。
「……ごめん、先に、結論から言うね。その…どうしたら、典明とエッチ、できるか、考えてて…。」
言った!言ってしまった!!
「えっ!!?ッゲホ!ゲホッ…!!」
典明が驚きで盛大に噎せ返ってしまった。私が悪い。
背中をさすってあげて、典明の手に触れて飲み物を促すと素直に飲んでくれた。息はまだ荒いが落ち着いたようでよかった。
「き、君…ずっとそんな事を考えてたのかい?」
顔を赤らめて手で顔を隠す仕草がかわいらしい。
しかし、ずっと、とは…まるで私が万年発情期みたいな言い方じゃないか。
「ずっとって!語弊が……いや、ないのか…?」
顎に手を当てて考えるも、答えは出ない。
「なまえ…?僕の見てきた君は、焦って関係を進めるような事はしないと思っているんだけど。違う?」
典明のその言葉に、私は次の言葉が出なくなった。
そうだ。私は別に、ゆっくりでいいのだ。愛を確かめあいながら深め合い、いずれそういう行為をする。それでいいのだ、本当は、私だって。
ギシ、とベッドに腰掛けると、典明は少し身を固くした。今話している内容が内容なので、警戒されてしまったようだ。そんな事お構いなしに、私は典明を抱きしめた。
「…なまえ。泣いてる?」
少し震えてしまっただろうか。涙は出ていないのだが、私の中で様々な感情が渦巻いて、思わず体が震えてしまう。それに気づくなんて、典明は私の事になると過敏すぎる。
「DIO、が……。夢で…。理由は分からないけど、私の……純潔を、望んでて…。」
車で暴れた時の夢の話を出すと、典明は静かになった。私の背中に腕を回して、動かなくなった。
「…よく、吸血鬼モノの物語で、聞かない?処女の血は、栄養価がどうのこうの、って……。もしかしたら…私達に適わないと分かったら、私はDIOに血を吸われて…死ぬかもしれない。そして…もし、私達が、DIOを倒せなかったら……。」
DIOは私を、今度こそ自分の物にしようとする、かもしれない。と、最悪の想定は、さすがに口にする事はできなかった。
「典明と私……どちらかは、この後の戦いで死んでしまう…気がするの…。」
言葉にはしないが、殺されるとしたらきっと彼の方だ。自分勝手で、身勝手で申し訳ないが、私は、典明との思い出が欲しい。
本当は、彼には怪我を理由に、日本に帰ってほしかった。だが誰がどう説得したって、彼はまた、立ち向かっていくだろうと分かっていた。止められないと、分かっていた。だから、誰もなにも言わなかったのだ。だから、せめて…と、このお願いは、私の身勝手な願いだ。
気がついたら目から涙が流れていた。典明もだ。
2人で涙を流し、体を震わせ、大事なものをなくさないようにと、お互いを抱きしめあった。
やがて震えが治まると、どちらともなく顔を離し、どちらともなく口付けをした。いや、典明の目は今は見えないのだから、キスをしたのはきっと私だったのだ。