1部 DIOとの出会いから出立まで
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エジプトでの事件から2ヶ月と少し、空条家に居候するようになってから1ヶ月と少し。
居候初日に手を怪我して倒れてから私には気になることがある。
ボーッとした頭で視線は右手に留めたまま、昨日の出来事を思い返していた。
昨日は何らいつもと変わらぬ日常だった。
学校には行く気にはなれなくて空条家で家事の手伝いをしていた時、聖子さんにおつかいを頼まれたのだ。
「行ってきます。」
少しずつ慣れてきた挨拶を告げて空条家を出て近くのスーパーに行き、無事買い物を終えた後だった。
天気がよくていい気分で帰り道を歩いていると、カチャ、ポチャンと続けざまに足元で音が聞こえた。
何だ、と視線を落とすと排水溝の網目があり、その奥に見慣れたピアスが水に沈んでいるのが見えた。
「うわ、最悪……。」
あれは以前私の誕生日に聖子さんが送ってくれた物。毎日身につけている物で、かなりお気に入りなのだ。
何がなんでも拾わなくては!
気合を入れて網に手を伸ばし、私の右手は、排水溝の網を掴んだ。はずだった。
だと言うのに今、伸ばした手は掴むはずだった網よりももっと奥、網の向こうにあるじゃあないか。
「えっ?」
右手はなぜか微かに白くモヤがかかっていてよく見えないが、確かに向こう側に。
目を疑うような光景に驚き、思わず手を引っ込めた。
見間違いかと右手を見るも、モヤはなく、いつもの右手と何ら変わりはない。
落としたピアスも排水溝の中にある。
何だ、今のは……。夢か。幻か。
ごくりと唾を飲み下し、恐る恐る、もう1度排水溝を見据えて手を伸ばした。
夢や幻でないのなら、この手はもう1度この排水溝の網を通り抜ける、はず。
逆に夢、幻だったならば、この手は必ず網に触れるはずだ。
「!……こ、これは……!」
通り抜けた。網に触れているはずなのに触れられていない。
網を通り過ぎた右手が、排水溝の下を流れている水に触れている。
先ほどのように、通り抜けた右手は白くモヤがかかっている。
混乱した頭で、とりあえずピアスだけでも、と大事なピアスを掴みとり、急いで手を引き抜いた。
胸の前で抱えた手は震えている。
今、何が起こったのだ。私に今、何が起こっているのだ。
震える右手をゆっくりと開く。ピアスが見えた。手は濡れていない。ピアスだけが手の中にあった。
辺りを見渡すも、誰もいない。
その状況が怖さを倍増させた。
怖くなった私は、空条家への帰り道を無我夢中で走った。肺が痛い。足が縺れる。それでも足を止めなかった。
どこかに彼、DIOがいて、私を見ているのではないかと思ったのだ。
(聖子さん…聖子さんに会いたい!!)
その一心で走り続け、空条家の門が見えてきたところで、私の目にはうっすらと安堵の涙が浮かんだ。
転びそうになりながら門を潜ると、ちょうど庭に出てきた聖子さんがいて驚いた表情をしていた。
「聖子さんっ!!」
「なまえちゃん!」
そのままの勢いで抱きついてしまった。私、馬鹿力なのに。絶対に痛かっただろう。
そんな事お構いなしとでもいうように、聖子さんは優しく背中をさすってくれて、玄関まで手を引いてくれた。
「なまえちゃん、どうしたの?大丈夫?」
そう言う聖子さんの声はとても優しい。
恐怖と、走ったせいで上がった息を整えるのにえらく時間がかかったが、私の息が落ち着くまで、聖子さんは私から離れなかった。ずっと手を握って背中をさすってくれた。
あぁ、この人の前世は聖母マリア様に違いない。
なんて大きな慈愛の心。この人の愛に包まれていると何があっても大丈夫、と安心できる。
次第に落ち着きを取り戻した私を見て、聖子さんは台所で水を汲んできてくれた。
「ありがとうございます…。」
小さい声ではあったが、感謝を伝える。軽く口角を上げる余裕も少しあった。
「なにかあったのよね?どうしたの?私に話しづらかったら、承太郎呼ぶ?」
心配の表情で私に声をかけてくれた聖子さん。
聖子さんに納得してもらえるように、説明できる自信が私にはない。
「……変な人に追いかけられて……でも、この家を見たら、帰って行きました。」
ここはあの承太郎の家だ。この家の住人を酷い目にあわせようものなら承太郎の報復が100%である。みんな承太郎が怖いのだ。そういった事は今までにも何度かあった。
誠心誠意接してくれる聖子さんに対して、さもありそうな嘘を述べてしまって居心地が悪い。
目線を合わせられずに下を向いていると「そう。」と納得したような声色だった。
恐る恐る顔を上げると、いつもの優しい笑みでこちらを見ていた。きっと聖子さんには、私がなにかを隠している事なんてお見通しなのだ。そして無理に聞いたとしても絶対に言わない事も。もしも本当にどうしようもなくて耐えられなくなった時は、承太郎を頼るという事も分かっているだろう。そして承太郎が解決するであろう事も聖子さんは分かっている、信じているのだ。
「そうなんです…怖くて怖くて、走って帰ってきちゃいました…。あとで、承太郎に懲らしめてもらいます…!」
言えない申し訳なさと罪悪感と、それを許してくれた聖子さんへの感謝の気持ちで声が震えてしまった。
ありがとうございます。ごめんなさい。ありがとう。聖子さん。
例えこの先何があっても、聖子さんだけは守ろうと心に誓った。
この先起こるであろう何かの予感を感じながら、私は聖子さんの手を握った。