4部 エジプトから入院・退院まで
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「ただいま。」
病室を出てから15分ほど経っただろうか。私が病院へ戻ると、戻ってきたことが嬉しいのか典明はパァッと花が咲いたような笑顔を見せる。かわいい。
「よかった。戻ってくるのが遅いから、行ってしまったのかと思っていたよ。」
その言葉を聞いて、私は呆れてため息が出た。私がそんな事するわけないのに。そもそも、こうなったのはハイエロファントが私を離さなかったからなのに。
足元を見るとまだ、ハイエロファントが絡まっている。むしろ、先程よりも増えているような…。私の戻りが遅くて不安になったのは、本当のようだ。
「ハァ…典明は本当に……かわいいな…。」
「君、さっきもかわいいって言ったね。包帯が取れたら覚えておけよ。」
典明は眉間に皺を寄せて嫌そうな顔をしている。そんな顔もかわいいというのに。
「私、言ったっけ…?」
「言った。キスをした時だ。覚えてるからな。」
なんだか、性格が変わっていないか?こういう少し口が悪い典明ももちろん好きだが。大好きだが。
「典明は何もしてなくてもいつもかっこいいから、たまにかわいいって思うくらい、仕方ないじゃない?」
そう言うも「嫌だ。そんな事言っても、許さない。」と嫌そうな顔はやめなくて、やっぱりかわいい。
「典明。夜ご飯貰ってきたよ。」
早いものでもう夕食だ。今日のお昼で食事の補助は終わりだと思っていたので、内心ちょっと嬉しい。
典明はお昼同様、私の差し出すスプーンを口に入れ、お昼よりも早く、食事を完食した。
「なまえ、どうかした?」
「えっ?」
食器を片付けようとしていると、典明はお茶の入ったコップを探しながらそう口にする。
「なんだか、見送りから帰ってきてから上の空な気がして…。あった。」
お目当てのコップを両手で持ち、こちらを見る。
典明は、例え目が見えなくても、見なくても、私の事なら何でもお見通しのようだ。
「…うーん…。」
事が事だけに、なんと伝えたらいいのか分からずに口ごもってしまう。いや、今は言えない、かな。今はまだ……。
「特に何か問題があったとかじゃないから……気にしないで。…話したい事、っていうか…相談したい事は、あるんだけど…。」
「……僕には言えない?」
不安そうな、寂しそうな声でそう零した典明の顔は、優しそうに微笑んでいるが眉は下がってしまっているようだ。まるで、承太郎にだったら言えるのか?と寂しがっているような、そんな顔。
「…典明にしか、言えないよ。でも、なんて言えばいいのか、分からなくて…。」
そうなのだ。私が話したい事は、承太郎や、聖子さんにだって話せない。正真正銘、典明にしか相談できない事だ。それを丁寧に説明すると、
「そう…。分かった。もう、無理には聞かないよ。いつか、なまえも、僕が話すのを待ってくれたしね。」
その言葉で、あぁ、あの時か。と、エンヤ婆の廃墟での出来事を思い出した。つい数週間前の事だったな、と懐かしい気持ちになる。
「君が、話したくなるまで、話せるようになるまで、僕も待つよ。ずっとね。」
そう言って私の手を自分の頬に当てる典明は、あの時の私と同じ気持ちなのだろうか。あの時とは違って、いい話とは限らないのに…私の手の中で、優しく微笑んでいる。私は吸い寄せられるように、典明の唇にキスをした。
「…君…僕の目が塞がれているのに、突然キスするよね。びっくりするじゃあないか。」
「ふふ…キス、して欲しいのかと思って。」
本当は、私がしたかったからしたのだが。
「典明、シャワー浴びる?この時間、空いてるみたいだけど。」
話題を変えようと体を離し、そう問いかけると、「そうだね。行こうかな。」と典明も気持ちを切り替えてベッドから足を降ろした。足はスリッパを探してさ迷っている。
「ふふ、さぁどうぞ。プリンセス。」
まるでシンデレラのように彼の足にスリッパを履かせてあげると、案の定眉間に皺を寄せて嫌そうな顔をしていた。
「今、承太郎の言う"うっとおしい"の意味が少し分かったかもしれない。」
「っうははッ!!」
典明のまさかのセリフに、笑いが抑えきれなかった。あの典明が拗ねている。かわいい。
「典明、1人でシャワー浴びれる?一緒に入る?」
「ッ!うるさいっ!付いてこないでくれ!」
1人で浴びれるかは本気で聞いたのだが、この状況では何を言っても断るだろう。付いてくるな、は照れ隠しなのは分かっている。だって、顔が真っ赤だ。
「ほら、機嫌直して。王子様。」
ハイエロファントを駆使して部屋を出ようとしている典明の手を取って誘導すると、ちょっと警戒はしたが素直に従ってくれた。良かった。どこかにぶつかって怪我でもしたら大変だ。
「君……本当に、あとで覚えておけよ。」
そう言って、典明はシャワー室へ入っていき、ドアをバンッ!と音を立てて閉めた。ふふ、こんな典明は初めてだ。承太郎の反応とはまた違って楽しい。新たな一面を知れて、私はとても嬉しくなった。
先程まで悩んでいた事なんて、今はどうでもいいと思えた。今はまだ、この幸せな、穏やかな時間に身を委ねていたい。そう思った。