1部 DIOとの出会いから出立まで
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夢を見た。
気づいた時にはエジプトのあのベッドに座っていて、隣にはあの優しい瞳でじっとこちらを見つめるDIOがいる。
あの時と違うのは、DIOを見ても怖いだとか憎いだとか、そういう感情が生まれなかったところだ。
夢の中の私は、こちらを見つめるDIOをただ静かに見つめ返している。
「矢を、使ったのか?」
私を見ていた視線を外し、DIOが優しく囁く。
DIOがゆっくり外した視線の先、私の右手付近を見ると、あの、壊したはずの矢の先端がベッドに置かれている。
なぜ?そう思うのに口からは声が出ない。
代わりに私の口からは私の意思とは関係なく「うん。」と感情の読めない声が出ている。
「そうか。体は大丈夫か?いい子だね。」
そう言ってまたこちらを見てさらに目を細めたDIOは、恐ろしいくらいに綺麗だった。
絵画のように。彫刻のように。世界中のどんな美術品よりも美しかった。
その美しさに思わず感動してしまい、流したくもない涙が流れた。
DIOは突然涙を流す私を見て「なまえ。君は泣いていても愛らしく、美しいのだな。」と慈しむかのように、まるで愛する人にするかのように目元にキスを落とした。
「貴方が美しいから。貴方の美しさに、私はなぜだか涙が出たの。」と映画でも言わないよようなセリフが私の口から出た。
なんだこれは。やめろ。やめてくれ。私の口で、吐き気がするような事を言うのはやめて!
そう思うのに、夢の中の私は言うことを聞いてくれない。
「なまえ。」
私を呼ぶ声にハッとして顔を上げると、さっきと同じ部屋だが埃っぽく真っ暗な闇の中だった。
先程は蝋燭が点っていたようだ。
目の前にいたDIOも、今度は少し離れた壁際で腕を組んでこちらを見ている。
先程とは違う、傍観者としてこちらを見ている。
あの雰囲気に耐えられなかった私はホッとしたが、今私の名前を呼んだのは誰だろうかと考えた。
DIOではない。それよりも、もっと聞き慣れた…
「なまえ。」
もう1度呼ばれて、息が止まるほど驚いた。
これは、この声は……。
「お、母さん…!」
暗闇の中をよく見ると、傷を負って血塗れではあるがお母さんがいた。さらに奥にはお父さん、弟の姿も見える。さっきのはお父さんの声だったんだ!
嬉しくて駆け寄ろうとするも、目の前に透明な壁みたいなのがあって進めない。
私は力いっぱい押したり叩いたりしながら声をかけた。
「ねぇ!日本に帰ろう!違う、その前に病院に行かなきゃ!血だらけだけど、立って歩けるならきっと治るよね!家はもう売ってしまって、ないんだけど…少しの間、承太郎の家にお邪魔して…あ、家を売ったお金があるから、それで買い戻そう?足りなかったら私、働くから!ねぇ!」
必死に声をかけるも、「そうだね、そろそろ帰ろうか。」なんて声は聞こえてこない。
みんな俯いていて顔も見えない。
「無理だよ。」
ややあって聞こえてきた声は抑揚のない父の声。いや、本当に父の声だったろうか?
しかし、その声に合わせて父の体は微かに揺れている。
「無理なんだ、なまえ。」
「そう、無理なの。帰れないのよ。」
父の声を皮切りに次々と言葉が紡がれる。
「なんで!帰ろう!?帰れるよ!帰らなきゃ!」
必死に3人に声をかける。DIOは視界の端で動かない。
ポタポタと涙が零れ落ちている。あの時と同じだ。あの時もこうして泣く事しかできなかった。
いつの間にか下を向いていた視線を上げると、3人は背を向けて向こうに歩き出そうとしていた。
待って。そっちに行っちゃだめ。行かないで!
その一心で手を伸ばすと、さっきまでの壁は壁ではなく、牢屋のように格子状になっているのに気がついた。これで、手を伸ばせる!
「待って!みんな!待ってよ!置いて行かないで!!」
必死に腕を伸ばしても、去っていく背中には届かない。
「違うよ、姉ちゃん。」
弟が顔だけちらりとこちらを見たが、表情は読めない。
「置いていったのは姉ちゃんだ。…置いていってくれと願ったのは俺らだ。」
それだけ言ってまた向こうへ歩いていく。闇の方へ。
「待って!行かないで!!私の手を掴んで!力持ちなの、知ってるでしょ!!?3人くらい、私引っ張れるんだから!!!ねぇ!行かないでってば!!!」
もう家族はこたえてくれない。もう私の声も聞こえていないかのように、そのまま闇の中へ消えていってしまった。
最後に見えたDIOは、いつもの綺麗な、優しい、甘い微笑みだった。
「なまえ!」
大きな声で呼ばれて飛び起きた。
夢、だったのか……。
外はまだ暗いようだが、今何時だろうか。
時計を見ようと視線を巡らせると、承太郎の顔が近くにあって驚いた。よく見たら手も握られている。
「承太郎……。」
ホッとして強ばっていた体の力を抜いた。寝ていたはずなのに酷く疲れている。
「魘されてたぜ…大丈夫か?」
承太郎の心配そうな顔を見るのはこれで何度目だろう…。今の不安定な私の心を支えてくれているのは間違いなく承太郎、そして聖子さんだ。
無理に話を聞き出そうとはせず、落ち着くまで待ってくれている。
そう、私が敬愛しているのは空条家の人たち。
DIOなんかでは決してないのだ。
ただの夢なのに、悔しくて奥歯を噛み締めていると承太郎が「水を取ってくる。」と静かに部屋を出ていった。
襖が閉まる音を聞いてゆっくりと深呼吸をし、むくりと起き上がる。
汗ばんで気持ち悪い。シャワーは起きてから浴びるとして、一旦着替えよう。汗で体に引っ付いているシャツを脱ぎ、床へ落とす。
「おい、水…」
「……!」
夜中だからと大声を上げなかった私を褒めてほしい。
「やれやれだぜ…。」
承太郎は自分に投げつけられたシャツを拾いながら、いつものお決まりのセリフを洩らしたのであった。