3部 インドからエジプト上陸まで
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私はコップを両手で持ち、うんうんと唸っていた。
波紋のエネルギーは自分の体の中で感じているが、まだ自分でコントロールができない。
今この状態で、水を持ったコップを傾けると零れるのが体感で分かる。部屋に自分の唸り声だけが響く。
そういえば、花京院くん静かだな…。
先程2人でジョセフさんが部屋から出るのを見送ったので、部屋の中にいるはずなのだが。
ふ、と顔を上げると、テーブルの向かいにいる花京院くんと目が合った。
「僕の事は気にしなくていい。」
ニコ、と微笑んで、自分の手元へ視線を移した。手元を見ると、紙と鉛筆を手にしており、何やら動いている。
「花京院くん、もしかして、絵を描いてる?」
その言葉に花京院くんは視線だけこちらに向けて「…ふふ、バレちゃったか。」と笑い、鉛筆をテーブルに置いた。
「み、見たいな…。」
さっきまで手が動いていた。私を見ていたから、私を描いていたのだろう。そして、きっと描きかけの未完成。花京院くんは未完成の絵を、見せてくれるタイプだろうか。少しドキドキしながら、そうお願いしてみた。
「いいよ。」
花京院くんは優しい笑顔で、手元の紙をこちらに向ける。よかった。私は手に持っていたコップを置き、それを受け取った。
「……私、こんな顔してた…?」
花京院くんの描いた私は、コップを持って眉間に皺を寄せている。いつも花京院くんが私を「かわいい」と褒めてくれるから、もっとかわいい顔をしていると思ったが…。やはり思い違いだったか、と考えていると「ふふ、かわいいだろう?」と花京院くんは言った。
なぜ花京院くんが得意気なのか。それにかわいいって?どの辺が?聞くと「この真剣な眼差しと、あと、小さく窄まった口と…」と言葉が続く。自分の顔だからか、全く理解できない。
「ねぇ、私も花京院くんを描きたい。1時間休憩するから、描き合いっこしよう?」
久しぶりに、せっかくホテルに泊まっているのだ。
花京院くんばかりずるい、と思ってしまったのもある。
少しでも時間があるなら、私も花京院くんを描きたい。
「いいよ。おしゃべりしながら休憩しよう。」
花京院くんは私に紙と鉛筆を差し出し、ついでに紅茶まで入れてくれた。自然な流れで、なんて気遣いのできる男…!
「ありがとう。」
そのお礼の言葉を合図に、描き合いっこはスタートした。
1時間という限られた時間しかないので、細かいところは描き込まない。描きたい花京院くんの顔はたくさんあるのだ。
1枚の紙に、たくさんの花京院くんが描かれていく。
やはり元がいいだけあって、描いていて楽しい。
もっと、たくさん描きたい。本能のままに鉛筆を走らせていると、紙が花京院くんでいっぱいになったので、新しい紙を取り出す。
「なまえさん、早いね。」
花京院くんの声に彼を見る。そういえばおしゃべりをするのを忘れてしまっていた。集中しすぎていたようだ。
「うん。自分でもびっくり。モデルがいいのかも。」
からかうような言い方をしたが、実際そうだろうと思う。この人は、きっと私のミューズなのだ。
「そうかい?光栄です。」
花京院くんは恭しく胸に手を当てて軽く頭を下げた。
その仕草も、彼にとてもよく似合っている。
「ねぇ花京院くん。転校生って言ってたけど、前はどこに住んでたの?」
私は手を動かしながら、雑談を始める。花京院くんもそれに倣い、同じく手を動かしながら答えた。
「M県S市だよ。」花京院くんの答えを聞き、せっかく動かしていた手が止まる。
「そうなの…?私、杜王町出身なの。」
「杜王町?確か従姉妹が、杜王町に住んでるって…。」
2人で、目を合わせる。こんな事ってある?
「花京院くんと、意外な共通点があってびっくりだよ。」
「僕も。なんだか嬉しいね。」
そう言って花京院くんは頬を緩ませて、へにゃ、と笑っていてかわいい。早く描かなきゃ!と鉛筆に力が入り、スピードが乗る。
「私、花京院くんの事もっと知りたい。花京院くんの事、全部知りたい。」
この人は優しい。でも、それは彼の内面の、ほんの一部だ。優しいだけでは、この長く険しい旅にはついてこられなかっただろう。なぜ、この旅に同行したのか。彼の優しさの裏には、何があるのか。彼の、本当の魅力はなんなのか。私はそれが知りたい。そして、絵にその魅力を込めたいと、そう思った。
「僕の全て、か…。……いいよ。休憩が終わるまで、僕の話をしよう。」
なにか決心したように、そう答えた。
時計を見ると、休憩時間1時間のうちの1/4程しか残っていないが、それでも話してくれるなら聞きたい。
今度は私が、紅茶を入れて花京院くんに出した。
「僕は、物心ついた時にはハイエロファントがいてね、」
そう話し出す花京院くんの目は、過去を思い出そうと遠くを見つめている。なんて儚い瞳なんだろう。
「誰も、僕の事を信じてはくれなくてね。普通の人には見えないから、仕方のないことなんだけど……。信じてもらえないから、消えろと願った。僕も見えなければ、この孤独を感じる事もなかったのにって。でも、当たり前だけど消えなくってね。」
そう言って花京院くんは紅茶を一口飲み、私に微笑む。なんだか寂しそうな微笑みで、心臓がきゅう、となった。
「そんな経験があったから、僕には友達がいなくてね。仲良くなりそうな兆しがあっても、"どうせ君にも見えないんだろう?"と思ってしまって、仲良くなるのが怖かったんだ。臆病だろう?幻滅したかい?」
花京院くんは自嘲気味に笑って、私に聞くが、私は静かに、首をふるふると振った。幻滅なんて、するわけがない。
私は静かに、す、と立ち上がり、花京院くんの隣に座った。彼は目を丸くしている。
「大丈夫、続けて。」
そっと、花京院くんの手を包む。少し冷たくなっている彼の手を、両手で包んだ。
「…ありがとう。なまえさん。」
そう言って微笑む花京院くんの瞳には、薄らと膜が張っていた。ように見えた。
「僕は君に、感謝しているんだ。」
改まって感謝を述べる花京院くん。感謝?私の方が、色々してもらっていて感謝している。
「僕は前から…正直今も。スタンドが見えない人とは、心からは分かり合えないと思っているんだ。」
スタンドは、その人自身。そのスタンドが見えなければ、その人の事を理解したとは言えないと、そういう事だろうか。
「だけど、なぜか分からないけど、なまえさんはスタンドが見えようが見えまいが、変わらず接してくれるんじゃないかって感じていてね。なまえさんはもう見えるから、想像でしかないんだけど…。」
「確かに…。見えなくてもいるって言われたら"へ〜そうなんだ!すごい!"って言うかも。」
私の率直な感想に、花京院くんが笑いだした。よかった。寂しそうな顔じゃなくなって。
「うん、やっぱりそうだよね。僕はなまえさんの、そういう所に感謝しているし、そういう所が好きなんだ。」
「うん?」
聞き間違いじゃなかったら、今、好きって言ったか?
チラ、と花京院くんを見ると口元を抑えていて思わず出てしまった、という顔をしている。聞かなかったことにしようか。いや、違う意味で言ったことにしようかと頭を働かせる。
「あぁいや、今のは…。いや、ちょっと待ってくれ。」
花京院くんがいつかのように狼狽えている。
片手を前に突き出して待て、と伝えている。
ドキドキと、心臓がうるさくなってくる。
こ、これは、もしかして…もしかして…!
ガッシャァァアン!
下の方から、窓が割れるような音が聞こえ、咄嗟に立ち上がり窓の外を見た。
花京院くんとの楽しいひと時を邪魔したのはどこのどいつだ!?と霧の中に目を凝らしていると、ドアからジョセフさんも入ってきた。
みんなで窓から下を見下ろすと、霧で見えづらいがちょうど真下の部屋の窓が割れたようで、飛び散ったガラスの破片が確認できた。
下でなにかあったようだ。私達3人は、揃って部屋を飛び出した。