3部 インドからエジプト上陸まで
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やはり、花京院くんは生まれながらの王子様だった。
だって、王子様じゃなかったら、あんな手の甲にキスなんて、自然にできるもんじゃないだろう…。
ことある事にあの時の花京院くんを思い出しては首を振って打ち消した。
あの時のことを思い出すと、呼吸が乱れる。
心の乱れは呼吸の乱れ。心を凪いでいなければ。
それにしても、眠い。元々ホテルで休む予定だったのが、夜のうちに車を出して、今まで走っていたのだ。
あまり眠れなかったし、そもそも呼吸が苦しくて深く眠れない。
細切れでも、眠れる時に眠るしかないだろう。
久々に外に出て体を伸ばしたのだが、体が疲れていてとにかく眠りたかった。もうすぐ国境だ。パキスタンでは、ちゃんとホテルに泊まれるといいのだが…。
「私、車で少し寝るね。」
食事もそこそこに、1人車に戻ろうと席を立つと「なまえが、これっぽっちのメシで足りるだと!?体調でも悪いのか!?」とポルナレフが立ち上がった。
確かに、これまでよりは少ないかもしれない。
「うむ、波紋の呼吸の成果が出ておるな。」
と、ジョセフさんは喜んでいた。
波紋の呼吸を極めると、空腹を感じなくなる事もあるらしい。
「なまえ。本当にもうお腹が空いていないのなら、車でゆっくり眠るといい。ワシらはここで一息ついてから戻る。」
ジョセフさんが気遣ってくれているのが分かった。
このマスクの経験者なのだ。辛さを理解してくれるのはジョセフさんだけだ。
「ありがとうございます。先に失礼しますね。」
せっかくの休息の時間だ。ゆっくり体を休めなくては。
1人車に戻り、靴を脱いで後部座席に横になった。
久しぶりに横たえた体は、あっという間に眠りに落ちていった。
「は…っ!」
まただ。これまで間が開いていたのに、なぜ。
「なまえ!久しぶりじゃあないか!」
「DIO!」
せっかくの休息タイムに、コイツの顔を見る事になるなんて…!それに、なんだか今日はテンションが高い。
「待て。なんだ、なまえ。それは。」
それ、といってDIOが指さしたのは、マスクだった。
そりゃそうか。急にゴツいマスクを着けていたら、誰だって気になる。
「これ?ちょっと、喉の調子が悪くてね。」
なんて適当を言ってみる。ホントのことを言ったって、嘘を言ったって、この男には関係ないと思ったのだ。
「で、今日は何の用?」
私はふてぶてしく、1人掛けのソファに座って足を組んだ。
「なまえ。いいから、それを外せ。せっかくのかわいらしい顔が見えないではないか!」
と、DIOがまだ、マスクを気にしていた。
「嫌よ。これを外したら死んじゃうかも。それに、」
私は一度言葉を切り、DIOを睨みつけた。
「外したら、この前みたいに貴方にキスされちゃうじゃない。」
正確には、未遂だが。嫌悪感たっぷりに言ったが、やはりこの男には大したダメージはないらしい。ニヤニヤと嫌な笑みを浮かべている。
「なんだ?なまえ。本当は俺にキスして欲しかったか?」なんて、何をどう聞いたらそういう思考になるのか、全く理解できない。
「なまえ、それも、花京院に貰ったのか?」
私の頭の髪飾りを目敏く見つけ、近寄ってくる。
「そうだけど。触らないで。」
意外にも触れることはなく、彼は私が座っているソファの肘置きに腰掛けてきた。近い…。近くにいるのはマズイ、と思い、距離を取るために立ち上がった。
「なまえ。」
DIOは声だけで、私を制止した。どうやら今日は、私に触れる気はないらしい。それでも、近づくつもりはないが。
「…なに?」
不機嫌MAXで振り返るが、やはりDIOは笑みを崩さない。
「花京院が好きか?なまえ。」
「っ。」
さっきから花京院くんの話ばかり。
一体何なのだ。
「花京院が大事なんだろう?なまえ?」
DIOは綺麗に笑みを浮かべて、余裕の表情でこちらを見ている。
「いけないな、なまえ。お前は私のモノだと言っているだろう?」
「…私は私のモノだと、言ったはずだけど?」
また、その話をするのか。
何度も同じ話をするのは、好きじゃない。
「これ以上、花京院と仲良くするのは、やめておいた方がいい。」
「はぁ?」
なんでそんな事を、アンタに言われなくちゃならない。まさかコイツ、花京院くんになにかしようと…!?
そう思ったら、体が勝手に動いて、無意識に握りしめた拳が、DIOへと振り下ろされた。
「危ないじゃあないか。私じゃなかったら死んでいたぞ。」
私の拳は、DIOに握られていた。悔しい。まだ、私はDIOにかなわないのか…!
ふるふると体を震わせていると、不意に背後が明るくなった。目覚めの合図だ。
「DIO…花京院くんに何かしたら、殺すから…!」
私は声が出なくなる間際、確かに、そう叫んだ。だがやはり、DIOの表情が崩れることは、ついぞなかった。
「なまえさん…。」
花京院くんが、私を心配そうな顔で見下ろしている。
なんだか泣きそうなその表情に、私は手を伸ばした。
花京院くんは伸ばした私の手を取って、安心したように自分の頬に当てていた。…かわいい……。
段々と頭が覚醒してくると、少しずつ違和感を感じた。待て。なんだこの違和感は。
視線を巡らせると、眠る前に1人で乗り込んだ車の中。
少し見える窓から外の景色を見るに、そんなに時間は経っていないだろう。
しかし、窓の位置が近くはないだろうか?それに、頭の下がなぜだかちょっと固く、温かい。これは、まさか。
「花京院くん、なに、してるの…?」
少し掠れた声でそれだけ言うと、花京院くんは黙ったまま、優しく笑った。
これは、この体制は。
「な、なんで、膝枕してるの…!?」
私の顔に、みるみる熱が集まっていく。花京院くんは相変わらず、目を細めて微笑んでいる。
「ゲホッ、!」
ダメだ。また噎せてしまった…!
楽な体勢を取ろうと、体を起こして下を向く。
花京院くんは優しく、前回と同様、背中を摩ってくれた。
「なまえさん。ありがとう。」
呼吸が回復してきた頃、不意に花京院くんが呟いた。
なぜだか分からないがずっと黙っていて、やっと喋ったと思ったら、まさかの感謝の言葉とは…。
感謝すべきは、私の方なのに。
「え、どうかしたの?花京院く…!!」
花京院くんの方を向こうと顔を上げると、突然、花京院くんが私を抱きしめた。ゆっくりと、優しく、背中に腕を回される。
「なんでもない。なんでもないんだ。」
花京院くんの声色は今まで聞いた事がないもので、どんな表情を浮かべているのか、私には分からなかった。
「花京院くん…。」
私は動くに動けずに、花京院くんに身を預けた。
「少しの間だけ、こうしていてもいいかい?」
耳元で響く囁くような声に、私は静かに頷いた。そして、私も花京院くんの背中へ腕を回した。
一瞬だけ背中が跳ねたが、花京院くんは腕の力を強めてさらに体を寄せた。自分の頬を、私の頭に擦り寄せている。なんだか、子供みたいで放っておけなかった。