1部 DIOとの出会いから出立まで
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これは夢か。
そう、きっと悪い夢に違いない。
夢じゃなかったら、大好きな家族が、目の前で血だらけで倒れているなんて、おかしいじゃないか。
ゆっくりと手を伸ばすも、もし触れて、声を掛けても目覚めなかったらと思うとぞっとして、結局腕は下におりた。
いや、起こしても目覚めはしないのだと、頭の片隅で理解してしまっていたのかもしれない。
自身も既に傷だらけで、目の前の状況も訳が分からないもので、酸素を取り込もうとしても余計に苦しくなっていく一方だった。
「娘。」
低くこの状況には些か不釣り合いな声色で、男は囁いた。
いつの間にか目の前に来ていた大柄な男。家族を殺した男。
「近寄るな!」
そう言って男を突き飛ばすと、男は少し驚いた顔を見せたあとに薄く笑みを見せた。なにを笑っているんだ、ふざけるな!
「若く美しい娘…食事用にと思ったが、惜しいな。」
そう言いながらコツコツとゆっくり近づいてきた男は、私の前で片膝をつき右手を差し出してきた。
咄嗟に距離を取ろうとするも、傷だらけの体が酷く痛んでその場にドサリと座り込んでしまった。
「ああ、急に動くと痛いだろう。」
なんなのだ、なんだと言うのだ、この男は。
さっき目の前で家族がこの男に殺されるのを見た。この男がやったのだ。
だというのに、この男は今、私の目の前で跪き、私を安心させようと肩に手を置いて慰めようとしているのか。
「触るな…。」
頭が混乱する。先程よりもだいぶ弱々しい声が出た。
「娘、名前は?」
男は優しい目をしてまっすぐ私を見ている。
声色も優しくて、今さら遅れて恐怖心がやってきた。
コイツ、おかしい。さっき私の家族を殺したやつが、今は私に優しい顔をしている。
「名前は?」
再度同じ質問。声も顔も優しさを含ませているが、それが余計に恐怖心を抱かせている。
「……なまえ。」
情けないほど小さい声を絞り出す。
有無を言わせない見えない圧力で窒息しそうだった。
逃げなくては。どうにかして外に出なくては、どのような方法かは想像もつかないが確実に殺される。
その手段と方法を、この男は確実に持っているのだ。
手の震えを抑えるように、両手を合わせてぎゅっと握りこんだ。
「なまえ、かわいいなまえ。怖がらなくていい。さぁ、立つんだ。」
その男は私の二の腕を掴み、力強く、けれども優しく、私を立たせて近くのベッドに座らせた。
暗闇に目が慣れてきて部屋の中を見渡すと、床に横たわる人型の何かが目に入った。
あれは私の家族だったもの。父、母、弟。
男を見ると何も言わず、じっとこちらを見ていた。
「あなた、は……」
恐怖で出なかった声をやっと発したが、その後に言葉は続かなかった。
この男と話す事など何も無いのだ。逃げなくては。
「DIO。私の名前だよ、なまえ。」
DIO。今後関わることは無いが、家族を殺した男の名前、覚えていて損は無いだろう。
顔も覚えておこうと、チラリとDIOの顔を見た。
相変わらず優しい瞳でこちらを見ているが、奥に闇が見える気がしてすぐに逸らしてしまった。吐き気がする。
「手当をしよう。」
そう言って奥の暗闇になにやら合図を送ると、僅かだが人が動く気配がした。
あちらに出口があるのか、と思ったがDIO以外にも人がいるようだ。ならば簡単には逃げられないだろうと理解してしまった。
少しして入ってきた人から箱を受け取ると、DIOが「私がやろう」と箱を開けだした。
DIOが手当をするとでもいうのだろうか。救急箱を持ってきた人物は一瞬動きを止めたが、何も言わずに一礼して去っていった。
「自分で、やります…。」
包帯に手を伸ばしたが、DIOが手を止める気配はない。それどころかあの声で優しく、会話を続けてきた。
「体は大丈夫か?どこか痛むところは?」
体?大丈夫?なにを言っているんだ。この傷は目の前にいるDIOに、今手当をしているDIOにやられた傷だというのに。
恐怖よりも怒りで震えていると「ああ、泣かないでくれ、なまえ。」という声と同時にDIOの指が頬を撫でた。
いつの間にか涙が伝っていたらしい。
当たり前だ。絶望、困惑、恐怖、悲しみ、疲労、僅かな優しさ。それらが一気に襲ってきたのだ。
泣いていると理解した途端にとめどなく涙が溢れてくる。止まらない。顔に触れるDIOの手を振り払う力も弱々しかった。
「これをあげよう、手を出して。」
涙が落ち着いた頃に手当が終わり、そのタイミングでDIOが口を開いた。
見ると、小さな刃物のようなものがDIOの手のひらにあった。
「これは矢だったもの。この矢は人を選ぶらしいが…きっと、君なら大丈夫だろう。」
よく分からないが、それは確かに矢の先端のようだった。迂闊に触ったら怪我をしそうだ。
DIOの左手が私の右手を開いて、そしてDIOの右手が重なり私の左手に矢の先端が収められた。
「あ、ありがとう、ございます……。」
こんな男に感謝の言葉を述べるのも癪だが、なんとか小さく小さく絞り出した。殺されるのは困る。
……なんだか良くない物の気がする。外に出られたら捨ててしまおう。
外に、出られたら……。
矢を私に渡したことで満足したのか、DIOが言葉を発さなくなった。ただ優しい眼差しでこちらを見ていた。
しばらくの沈黙ののちに私は耐えきれなくなって、勢いよく立ち上がった。
「あ、あの、帰ります…!」
数分の沈黙ののちに出た言葉はそれだった。
帰る、と。どこに帰るのか。誰の元に帰るのか。改めて床に転がっている家族だったものを横目で見て、ため息と少しの涙が出た。
そもそもこの男は私を素直に帰してくれるのだろうか…と恐る恐る視線をやると、意外にも怒ってはいないようだった。それどころか、
「そうか。そうだな、疲れただろう。宿泊先のホテルまで送ってやろう。」
とゆっくりとした動作で立ち上がったのだ。
送る?ホテルへ?この男が?
理解出来ずに固まっていると、既に歩き出していたDIOが振り返り「とうした?帰らないのか?」と口元をニヤリと歪めていたものだから「か、帰ります!」ともう1度大きな声で宣言した。
ドアのそばで立つDIOの方へ足を進めながら、最後に、と目に焼き付けるように家族の亡骸を見た。
(置いていってしまってごめんなさい。ごめんね。)
と一人一人に別れを告げた。
大好きな家族。もう戻らない家族。
たくさんの愛をありがとう、と、一筋の涙を流して部屋から去っていった。