5部 DIOの館
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私は、2日間目を覚まさなかった。らしい。
目を開けてボーッと病院の天井を眺めていると、次第に体が、痛みを感じだした。
左足はきっと、ヒビが入っているだろう。きっと、承太郎を受け止めた時だ。そして背中と胸の痛みは、典明を受け止めた時。
「⋯典明⋯。」
思わず彼の名前を呼ぶと、彼が姿を現した。安心したような、優しい笑顔だ。彼は、2日も目を覚まさなかったのだと教えてくれた。しかし、常に波紋の呼吸をしているおかげで、順調に回復していると、彼は続けた。左足は折れていたのだが、2日でくっついたのだと聞いて驚いた。
チラリと周囲を見回すと、血塗れではあったが彼の学ランや人形などが、そのままの状態で椅子に置かれていて安堵した。洗濯されていたら、彼の香りが消えてしまう。いずれ消えてしまうのだが、少しでも長く、彼の香りを嗅いでいたいのだ。
「ナースコール、どこ?」
そう言うと典明は、ここだよ、と私の頭の右側を指さした。私は辛うじて動く右腕を動かして、ナースコールを押した。
「目を覚ましたか!なまえ!」
一番最初に部屋に入ってきたのは、ジョセフさんだった。目からは大粒の涙を流していて、思わず苦笑いした。続いて入ってきた承太郎は、私の笑顔を見て、安心したようにため息をついた。
松葉杖をついて入ってきたポルナレフも、ジョセフさんと同じく、涙を流して私の目覚めを喜んでくれた。
「⋯イギーは⋯どうなりました⋯?」
体を起こし、医師達の軽い診察を受けながら、掠れる声でそう尋ねる。ずっと、気になっていたのだ。
「イギーも治療中だぜ。あんまりにも暴れるから、医師達も手を焼いてるって話だぜ。」
ポルナレフはうんざりした顔でそう言い放った。彼は、イギーの被害を一番受けているのだ。彼が言うと説得力が違う。
「イギーと、同室にしてもらう事は可能ですか?」
そばにいる医師にそう伝えると、医師だけでなく、一同全員が驚きの声を上げた。
「やめときな。治るもんも治らねえぜ。」
承太郎でさえ真面目な顔でそう言うものだから、思わず笑ってしまった。
「大丈夫だよ。イギー、私の前では大人しいのよ。」
そう言うと、みんなは口を閉ざした。DIOの館に向かう時に、大人しく私に抱かれていたのを思い出したのだろう。
「イギーもきちんと治療しなきゃ。私がいれば、多少は大人しくなると思いますよ?」
そう言うと医師は、ぜひとも!と涙を流して喜んだ。
すぐにイギーを連れてくると席を立った医師が、部屋を出ていったのを確認して、典明の人形を手に取った。
みんなには、話さなくてはならないだろうと思ったのだ。一同はその人形を見て、顔を顰めた。特に、ポルナレフ以外の2人。
「テメー⋯なんでソレ、持ってきてんだ。」
「え?かわいいから。」
そう言っても、同意を得られないのはもう分かっている。大事なのは、そこじゃない。
「⋯典明、出てきて。」
私がそう、人形へ声をかけると、空気が冷えるのが分かった。みんな、典明が死んで私の頭がおかしくなったと、思っているのだ。少しの間を置いて、典明は人形から出てきた。
「花京院⋯!」
みんな、典明の姿に口を開けて驚いている。
「みんな、無事でよかった。」
典明がそう言葉を発するが、みんな無反応だ。そこで、彼の声が聞こえていないのだと気づく。
「みんなが、無事でよかったって。」
私がそう伝えると、ポルナレフとジョセフさんはまた、涙を流した。承太郎も、帽子の鍔を下げて震えている。
「私、あの時⋯無意識に、スタンドで典明の魂を掴んでしまって⋯。スタンド能力を、制御できなくて⋯⋯。典明の魂を、成仏させてあげられなかった⋯⋯ごめんなさい⋯⋯!」
膝に顔を埋めて、私も涙を流した。なんとなく、私がしてしまった事は、悪い事なのではないかと思ったのだ。
背中の温かさに顔を上げると、典明が優しい瞳で、私を見ていた。
「⋯そうか。」
承太郎のその一言で、病室は静寂に包まれた。聞こえるのは、涙を流し、それを拭う音だけ。
「花京院の葬式が、明日ある。行けるか?」
イギーが病室にやってきて、ポルナレフと一頻り大騒ぎをしたあと、解散するという時になって、承太郎が思い出したように口にした。外出は許可を貰ったし、制服は血塗れになってしまったが、SPW財団が既に、用意をしてくれているという。
「うん、行くよ。ね、典明。」
隣の典明を見ると、優しく微笑んでくれて安心した。
みんなも、揃って参列する予定だと言う。イギーは、さすがにお留守番だが。
「そうか。」
承太郎はそれだけ言うとじゃあな、と背を向けて病室を出て行った。みんなが帰ってしまった室内は、静かでちょっと寂しい。
「イギー、おいで。」
隣の子供用のベッドで寛ぐイギーを呼ぶと、いつもの仏頂面でこちらを見、面倒くさそうにこちらにジャンプしてきた。
「イギー⋯生きててくれて嬉しい。ありがとう。」
私の膝の上で丸くなったイギーがかわいくて、頭を撫でた。以前はあまり触らせてもらえなかったが、今は大人しく撫でられているのが本当にかわいい。
「君はすごいな。あのイギーが懐くなんて。」
典明はそう言って、私達の様子を眺めている。無意識に距離を取っているのが分かって、少し笑ってしまった。
典明の、お葬式にやってきた。怪我はもう殆ど回復していて、自分の回復力の速さに驚いた。
お葬式会場へ入ると、異様な組み合わせの集団に、会場内の視線を集めてしまった。
視線をさ迷わせると、一組の夫婦が目に留まる。あの夫婦はきっと、典明のご両親だ。彼に、よく似ている。
ジョセフさんが形式的な挨拶を済ませると、僅かに沈黙した。私は、一歩前へ踏み出した。
「あの、私、典明くんとお付き合いさせて頂いてました、みょうじ なまえです。」
そこで言葉を切ると、ご両親は驚いた表情で私を見つめた。典明はこれまで、友達がいなかったのだ。それがいきなり彼女がいたなんて、信じられないだろう。
しかし、私が彼を「テンメイ」と呼ぶのを聞いて、信じてくれた、と思う。
「典明が⋯そう。そのピアスも、典明が?」
典明のお母さんが涙を浮かべてそう言うので、私は右耳に手を当てた。典明に貰った、彼の遺品だ。
「⋯はい。頂きました。それと⋯。」
私は胸ポケットから、写真を2枚取り出してお2人に手渡した。彼の、学ランの胸ポケットにあったものだ。
「これを。お2人にと、預かりました。」
エジプト入りした際に、全員で撮った写真。そして、私と抱き合っている写真だ。2枚目は、私としては気恥しいのだが、典明がどうしても渡してほしいと言ったのだ。
「とても、幸せそうね⋯⋯ッ⋯ありがとうッ⋯。」
典明のお母さんは、とうとう涙を流して泣き出してしまった。私も、もらい泣きしてしまう。
「なまえちゃん⋯!また、会いに来てくれる⋯?私の知らない、典明の話⋯聞かせてちょうだいッ⋯!」
典明のお母さんのその言葉に、私は嬉しくなった。涙は、さらに量を増していく。
「ッはい!また、必ず来ます⋯ッ!」
ありがとうございます、と頭を下げて、私達はご両親の前から立ち去った。
典明のお父さんは何も言わなかったが、優しく、典明のお母さんの背中をさすっていた。まるで、典明のように優しく。典明はあの2人の子供なのだと理解するには、充分だった。典明は、あの2人によく似ている。
葬儀は終わり、これから火葬される。私はもう、病院へ戻らなくてはならない。最後の別れを、と、彼の棺を見させてもらうと、やはりとても綺麗な顔で眠っている。
あの綺麗な形の唇に、私は何度もキスをした。それはもう叶わないのだと思うと、悲しい。切ない。寂しい。また、涙が流れた。
「典明、ありがとう。私、本当に幸せだったよ。」
これで、本当にお別れだ。
「なまえ。SPW財団の迎えが来たぜ。」
承太郎が気遣うような声で、私に知らせにくる。
私は最後に、彼の髪を撫で、頬をひと撫でした。
頬は固くなってしまっていたが死してなお、滑らかだ。
「さよなら。典明。」
私は今度こそ、彼に別れを告げて背を向けた。温かい感覚に横を見ると、典明がこちらを穏やかな瞳で見つめている。
これから、私達はどうなるだろうか。典明の魂は、いつか無事に、天国へと行けるのだろうか。
なにも分からない。推測すらできない。不確定な未来。
しかし、私は生きている。典明も、魂はここにある。
なるようにしかならないのだ。
ただ、典明の魂とともに、生きればいい。
私は左手の、典明に貰った指輪を見つめた。
太陽の光を浴びて、キラキラと光っていた。
まるで、彼の優しい瞳のように。
「藤色の瞳の彼」
-完-