NOCバレした先輩と信頼関係?を築く話
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
※諸伏景光の偽名を緑川唯としています。
前話から一気に時が流れ、原作軸になっています!
第六話
スマホが震えたのでメッセージを確認する。店の名前と住所だけの文面に目を通して了解と返信する。
地図アプリを立ち上げて先ほどの住所を打ち込んで、最寄り駅とそこからの最短ルートを確認し終えてスマホはしまった。
喫茶ポアロ。そう書かれたドアを開けて中に入る。いらっしゃいませ、甘い声が向けられたのでそちらに向かって軽く手を振った。私の行動に店内にいた女子高生達が悲鳴を上げた。驚いて浮き上がりそうになる体をぐっとこらえる。
「嘘!ほんとに彼女来た!!」
「だから言っただろ?」
緑川唯が私を手招きするので、カウンターの端の席に腰を落ち着ける。
バンドTシャツにエプロン、髪の毛は後ろで軽く結んでいつもの黒縁眼鏡。数か月ぶりに見る恋人(偽装)である。
手渡されたおしぼりで手を拭いて、何も言ってないのにコーヒーの用意を始めている緑川唯を見つめる。少し俯いた彼の首元には、ネックレスとそこにかかるまだ新しく光る指輪が揺れている。
半年前お互いアラサーなのに数年前からつけている指輪では安っぽいだろうと諸伏先輩が言って、買い直したペアリングだ。
提案された時テレビでは有名な結婚指輪のCMが流れていたのを覚えている。多分それで思いついたんだろうなと思った記憶がある。経費で落ちないと思いますよ、そう言ったら頑張ってる後輩へのご褒美だからオレの自腹だって笑ってた。
ブライダルリングも取り扱ってるお店に連れていかれた時は目をむいたけど、そのお店は恋人向けの可愛い価格のものも扱っていたのでほっとした。
そして自宅に帰ってからブライダルリングの値段にびびった結果可愛い価格だと思ったけど、これは後輩にご褒美で贈る値段じゃねぇな…?と気づいたが後の祭りだった。
可愛がってもらっている自覚はあるけど、あの人ちょっと感覚おかしくないか…。
バンドマン、アルバイター、3年の付き合いになる恋人(偽装)に結構ガチなブランドの指輪を贈る……不自然がすぎるよもう好きにすれば…??
ポアロではなく、緑川唯の本命バイトの方で先輩目当てに通い詰めるマダムたちが、私の指に新しくおさまった指輪を見つけたときの大騒動っぷりを思い出して遠い目になってしまう。
代わる代わる緑川唯に「えらい、よくやった。この子を逃したら次はないと思え大事にしろ」というような言葉をかけていたっけ…。
あのですね、その人は尊敬できる職場の先輩であり将来の相棒であり(お互いにそのつもり)恋人にしてしまうにはもったいない人なんです。そんなこと言えるわけもないので脳死で「唯さん指輪ありがとぉ」と言うしかなかったよね。
「…唯さん、浮気しなかった?」
「するわけないだろ、環しか見えないのに」
私の前にコーヒーが置かれて、緑川唯の手が私の頬を指の背で一撫でしてから戻っていく。背後から上がる若者特有の高い声に、顔は良いけどこのバンドマンはやめておいたらいいんじゃないかな…と心の中で呟く。
緑川唯がここポアロで助っ人として働くようになったことは情報としては知っていた。だけど私は数か月前から今日まで群馬県警に所用で出向しており、彼女アピールが遅れたのだ。
数か月の間にこうも人気を集めている緑川唯の顔面凶器っぷりに久々に恐ろしさを感じてしまう。
マダム達と違って加熱しやすい若者の気持ちにブレーキを強めにかけてやりたいらしく、群馬からの戻りそのままここに来るようにメッセージが入ったわけだ。
緑川唯のまなざしも声もいつもより数段甘いしあからさまだ。背後の女子高生達よごめん、悪い大人でごめん…!心の中でひたすらに謝ってなんなら土下座しておく。
「今日は泊まっていくだろ?」
「……どうしようかな?」
「あんまり焦らされると、環を困らせる結果になるよ」
背後の悲鳴に、私は彼女たちには見えないからいいだろうと緑川唯のえげつなさに顔を歪めた。私の表情を見て眼鏡の奥の目がすっと細められる。徹底的にやれ、そうおっしゃっておられる…!!私は一つ息を吐いた後、くるりと振り返る。
顔を赤くした子、青くした子、泣きそうに顔を歪めている子。反応は様々だが女子高生達が振り返った私の顔を見つめるのを感じる。
緑川唯の首元で揺れる指輪と同じデザインのものがはまっている右手で、ゆっくりと髪の毛を耳にかける。
「あのね、これは私の男なの。好きになるなとは言わない……欲しいなら、受けて立つから」
かかってこいや。そう言われたのは分かったらしい。公安で3年揉まれた私の迫力は結構なものだったらしく、女子高生達はそろってぶんぶんと首を横に振ってくれた。
よかった、分かってくれたみたいで!ほっとしてにこっと微笑んで正面に戻ってようやくコーヒーを口に運んだ。
「あ。美味しい」
「だろ。なあ、少し痩せた?ケーキもつける?」
「ケーキ食べたら唯さんの作るご飯が入らなくなるからいい」
諸伏先輩の手料理にすっかり胃袋を掴まれている私である。出向先で何度先輩の作るご飯が食べたいと思ったことか…!
今日はもうすぐ上がりらしい緑川唯と一緒にセーフハウスに向かってお泊りの予定なのだ。万全の状態で手料理を楽しまねば。それに、先輩にはたくさん土産話があるのだ!
はやくゆっくり話したいな。心から思っていたからか口からぽろりとこぼれた。
「ーーーオレも」
一際甘い声が返ってきて自分が何を言ったか自覚して、でも将来の相棒もそう思ってくれているのだと知って、嬉しくなって笑った。
背後の女子高生が「表情がいつもと全然違う…あれはガチじゃん…」って言ってたらしいけど、私には全然聞こえてなかった。
女子高生が私に軽く頭を下げて出ていくのを見送って、静かになった店内で息を吐く。
久々の恋人偽装に肩が凝った。しかもあんな若い子相手に牽制しなくちゃいけないのもメンタルを抉ってきた。
マダム達はなんだかんだ緑川唯をアイドルのように可愛がるだけで、敵意を私に向けてくるようなことはなかったし…多分協定とか結んでたし…統率されてたんだなって今ようやく分かった。良かった群馬でマダム達への土産購入しておいて…。
「休憩ありがとうございました。なんか、途中随分悲鳴が聞こえたんですけど…」
バックヤードへと繋がるのだろう扉から出てきた女性に、さっと目をやる。なるほど、事前の情報通り可愛い女性だ。
梓さん、と緑川唯が親し気に声をかけているところを見ると、この顔面凶器にたぶらかされない強い精神力も持ち合わせていてそのおかげで仲は良好と、そういうわけだ。
彼女の視線が私を捉えて、目を丸くする。驚き?なぜ。警戒に少し浮いた腰を咎めるように緑川唯がこちらを一瞬だけ見た。
「噂の!緑川さんの結婚秒読み彼女さん!?」
「…………」
私は、初めて「頭痛が痛い」ポーズをとった。いつも見ていたこれをまさか自分がする日がくるとは…なんだか感慨深いものが…ねーよ。
緑川唯に視線を向けると笑いをこらえている。お前だ、このポーズをとってるのは緑川唯、お前のせいなんだよ…。諸伏先輩の姿に戻る前に一回小突かせてもらおう。
「唯さん、どんな噂を?」
「ふっ…オレは、心からの本音しか話してないよ」
「緑川さんはいっつも「早く環に会いたいな」とか「早く帰ってきて抱きしめて欲しいな」とかって言ってますよ。あと彼女さんが可愛いとかお仕事頑張りすぎて食事抜いてないか心配だとか」
「……ああ、そうなんですかぁ…。でも、よく一目で私がそうだって分かりましたね」
「一目でっていうか…そのコーヒーです」
「え?」
「彼女さんの好みにブレンドしたって言ってた特別製なので」
「梓さん、それは内緒でってお願いしてたと思うけど…」
「あ!」
かっわいい。
大きく開けた口の前に手をかざして、いかにも「言っちゃった」な仕草がめちゃくちゃ可愛い。
私と違って全然わざとらしくない。本気でやってるのが分かる。可愛い、好きになった。
遅まきながら名乗って、梓さんからも自己紹介を受けた。通う…緑川唯がいない時も絶対に通うむしろいない時に通う…!!圧倒的な癒しを感じた。公安にはいないタイプの人種だ…絶対に離さない…。
「そうだ、緑川さんもう上がっても大丈夫ですよ。環さんと久しぶりなんですよね?あとは私にお任せください」
天使の口から紡ぎだされた提案にうっかり泣きそうになる。私は今、梓さんとお友達になりたいと思ったところなのになぜ。
緑川唯が時計をちらりと見る。予定なら後30分は降谷さん…じゃなかった安室さんのピンチヒッターを務める必要がある。…がしかしにこっと笑ったところを見ると梓さんの提案を受け入れるつもりらしい。
「じゃあありがたく。すぐ着替えてくるから、環はここで大人しく待ってて。…分かった?」
「分かったよ」
梓さんに変なこと言うなよ、そう言われている。言うわけないじゃないですか。
しっかり頷いて見せたら緑川唯は足早にバックヤードへと消えていく。その背中を見送って、梓さんがくすくすと笑う。
「緑川さんにしっぽが見えますね」
「梓さんにも見えますか、あれが」
確か、猫を飼っているのだったっけ。なるほど動物を飼う経験を積んだ人間には先輩の心情が素直に表れるしっぽが見えるようだ。
ぶんぶんと喜びに大きく揺れるしっぽを思い出して、笑ってしまう。緑川唯の時にもあれが見えるのは珍しい。よほど離れている間に心配をかけてしまっていたようだ。
はやく出向先での報告をして、何も問題はなかったのだと言って安心させてあげたい。後輩はちゃんと仕事してきましたよ!
着物を着ているわけではない。緑川唯が戻ってくるのはとても速かった。それにまた梓さんが笑って、私もつられて笑ってしまう。不思議そうな表情をした後で、気を取り直したらしい緑川唯が私の手を取る。強く引かれてたたらを踏みながら席を立つ。
「唯さん、私まだお会計してない」
「大丈夫、安室の奢り」
「それ絶対安室さんに了承得てないやつでしょう」
「それぐらい許してくれる」
「……仕方のないわんこだなあ。梓さん、騒がしくしちゃってごめんなさい。また来ますね」
「ふふっ、お待ちしてます!」
梓さんの可愛らしい微笑みに見送られて、ポアロを後にした。繋がれた手が、少し離れて今度は指を絡めてまた握られる。なるほど、この近くを歩く女子高生およびマダム達にも見せつけたいと、そういうことね。
「…本当に食事を抜いてるとは思わなかった」
「唯さん、服の上から体のデータ取るのやめてよ」
「ベルトの穴が一つも違うじゃないか」
「……聞いてた?」
「何が食べたい?デザートも作るから」
「えっ!」
喜びにちょっと飛び上がってしまうのを、我慢できなかった。私の素直な反応に、眼鏡の奥で諸伏先輩が笑う。…なるほど、心配をかけたのは仕事の事ってより、こっちの方だったみたい。
でも勝手に体のサイズを測られたのは普通に嫌だったので空いてる方の手で先輩の脇腹を軽く小突く。先輩もちょっと悪かったと思っているらしく黙って受け入れて、うって小さく息をのんでた。
「肉じゃが。筑前煮」
「ん」
「味しみるまでの間、向こうでの話聞いてね」
「……随分可愛いこと言えるようになったじゃないか」
可愛いかこれ。可愛いっていうのは、梓さんみたいなのを言うんだと思うけど。諸伏先輩の感性をちょっと疑いつつ、セーフハウスに向かった。
▽▽▽▽▽▽
「向こうに知り合いいるなら言っておいてくださいよ!めちゃくちゃ油断してて反応しちゃったじゃないですか!!」
「え?知り合い?」
「山村ミサオさんですよぉおおおお!!幼馴染だって聞きましたよ!!」
「あ。ミッちゃんか」
「え、みっちゃん!?」
一瞬で山村さんに愛着湧いた。
最初はキレ者なのかそうじゃないのか分からなくて対応に悩んでて、でも諸伏先輩の幼馴染だと判明してじゃあ絶対私の正体気づいてるじゃん!気づいてて諸伏先輩の生存について探り入れてきてるんじゃん!?て気が気じゃなくてご飯が食べれなくなって痩せたんだよね…。
だってこの諸伏先輩の幼馴染だよ…?もう一人の幼馴染降谷さんを思えば、山村さんだって相当なもんじゃないかって思っちゃったんだよ。
「……気のせいだったかも…」
「油断。したのか」
「ひっ……あ。あの…」
「ーーーいつも、オレが、何を、注意していたか……記憶してるか?」
「おっ怒らないでくださいよぉぉぉおおお!!」
ものっっすごい久しぶりに頭ぐりぐりされた。この人いつだったかきりっとした顔して「暴力はふるわない」って言ってなかったっけ…。
いやまあ、こう言いつつも私もこれを暴力だとは認識してないあたりちょっとやばい。将来の相棒との楽しいじゃれあいなんだよなあ。
ぐりぐりされてる状態から抜け出そうとした私の後頭部に、一瞬だけぬくもりが触れた気がしておや、となんとか首を動かして見上げてみる。
「他はちゃんと上手くやってたって聞いてる。よくやった」
「褒められた!ご褒美に撫で撫でを所望いたします!!」
「ん」
差し出されたまあるい頭を、勿論ウィッグなんてかぶっていない諸伏先輩の黒い髪を、思い切り撫でまわした。
そういえば後頭部に触れたぬくもりはなんだったんだろうって一瞬だけ考えて、愛犬そっくりな毛並みの前にはどうでもいいことだってすぐに忘れた。
続く
前話から一気に時が流れ、原作軸になっています!
第六話
スマホが震えたのでメッセージを確認する。店の名前と住所だけの文面に目を通して了解と返信する。
地図アプリを立ち上げて先ほどの住所を打ち込んで、最寄り駅とそこからの最短ルートを確認し終えてスマホはしまった。
喫茶ポアロ。そう書かれたドアを開けて中に入る。いらっしゃいませ、甘い声が向けられたのでそちらに向かって軽く手を振った。私の行動に店内にいた女子高生達が悲鳴を上げた。驚いて浮き上がりそうになる体をぐっとこらえる。
「嘘!ほんとに彼女来た!!」
「だから言っただろ?」
緑川唯が私を手招きするので、カウンターの端の席に腰を落ち着ける。
バンドTシャツにエプロン、髪の毛は後ろで軽く結んでいつもの黒縁眼鏡。数か月ぶりに見る恋人(偽装)である。
手渡されたおしぼりで手を拭いて、何も言ってないのにコーヒーの用意を始めている緑川唯を見つめる。少し俯いた彼の首元には、ネックレスとそこにかかるまだ新しく光る指輪が揺れている。
半年前お互いアラサーなのに数年前からつけている指輪では安っぽいだろうと諸伏先輩が言って、買い直したペアリングだ。
提案された時テレビでは有名な結婚指輪のCMが流れていたのを覚えている。多分それで思いついたんだろうなと思った記憶がある。経費で落ちないと思いますよ、そう言ったら頑張ってる後輩へのご褒美だからオレの自腹だって笑ってた。
ブライダルリングも取り扱ってるお店に連れていかれた時は目をむいたけど、そのお店は恋人向けの可愛い価格のものも扱っていたのでほっとした。
そして自宅に帰ってからブライダルリングの値段にびびった結果可愛い価格だと思ったけど、これは後輩にご褒美で贈る値段じゃねぇな…?と気づいたが後の祭りだった。
可愛がってもらっている自覚はあるけど、あの人ちょっと感覚おかしくないか…。
バンドマン、アルバイター、3年の付き合いになる恋人(偽装)に結構ガチなブランドの指輪を贈る……不自然がすぎるよもう好きにすれば…??
ポアロではなく、緑川唯の本命バイトの方で先輩目当てに通い詰めるマダムたちが、私の指に新しくおさまった指輪を見つけたときの大騒動っぷりを思い出して遠い目になってしまう。
代わる代わる緑川唯に「えらい、よくやった。この子を逃したら次はないと思え大事にしろ」というような言葉をかけていたっけ…。
あのですね、その人は尊敬できる職場の先輩であり将来の相棒であり(お互いにそのつもり)恋人にしてしまうにはもったいない人なんです。そんなこと言えるわけもないので脳死で「唯さん指輪ありがとぉ」と言うしかなかったよね。
「…唯さん、浮気しなかった?」
「するわけないだろ、環しか見えないのに」
私の前にコーヒーが置かれて、緑川唯の手が私の頬を指の背で一撫でしてから戻っていく。背後から上がる若者特有の高い声に、顔は良いけどこのバンドマンはやめておいたらいいんじゃないかな…と心の中で呟く。
緑川唯がここポアロで助っ人として働くようになったことは情報としては知っていた。だけど私は数か月前から今日まで群馬県警に所用で出向しており、彼女アピールが遅れたのだ。
数か月の間にこうも人気を集めている緑川唯の顔面凶器っぷりに久々に恐ろしさを感じてしまう。
マダム達と違って加熱しやすい若者の気持ちにブレーキを強めにかけてやりたいらしく、群馬からの戻りそのままここに来るようにメッセージが入ったわけだ。
緑川唯のまなざしも声もいつもより数段甘いしあからさまだ。背後の女子高生達よごめん、悪い大人でごめん…!心の中でひたすらに謝ってなんなら土下座しておく。
「今日は泊まっていくだろ?」
「……どうしようかな?」
「あんまり焦らされると、環を困らせる結果になるよ」
背後の悲鳴に、私は彼女たちには見えないからいいだろうと緑川唯のえげつなさに顔を歪めた。私の表情を見て眼鏡の奥の目がすっと細められる。徹底的にやれ、そうおっしゃっておられる…!!私は一つ息を吐いた後、くるりと振り返る。
顔を赤くした子、青くした子、泣きそうに顔を歪めている子。反応は様々だが女子高生達が振り返った私の顔を見つめるのを感じる。
緑川唯の首元で揺れる指輪と同じデザインのものがはまっている右手で、ゆっくりと髪の毛を耳にかける。
「あのね、これは私の男なの。好きになるなとは言わない……欲しいなら、受けて立つから」
かかってこいや。そう言われたのは分かったらしい。公安で3年揉まれた私の迫力は結構なものだったらしく、女子高生達はそろってぶんぶんと首を横に振ってくれた。
よかった、分かってくれたみたいで!ほっとしてにこっと微笑んで正面に戻ってようやくコーヒーを口に運んだ。
「あ。美味しい」
「だろ。なあ、少し痩せた?ケーキもつける?」
「ケーキ食べたら唯さんの作るご飯が入らなくなるからいい」
諸伏先輩の手料理にすっかり胃袋を掴まれている私である。出向先で何度先輩の作るご飯が食べたいと思ったことか…!
今日はもうすぐ上がりらしい緑川唯と一緒にセーフハウスに向かってお泊りの予定なのだ。万全の状態で手料理を楽しまねば。それに、先輩にはたくさん土産話があるのだ!
はやくゆっくり話したいな。心から思っていたからか口からぽろりとこぼれた。
「ーーーオレも」
一際甘い声が返ってきて自分が何を言ったか自覚して、でも将来の相棒もそう思ってくれているのだと知って、嬉しくなって笑った。
背後の女子高生が「表情がいつもと全然違う…あれはガチじゃん…」って言ってたらしいけど、私には全然聞こえてなかった。
女子高生が私に軽く頭を下げて出ていくのを見送って、静かになった店内で息を吐く。
久々の恋人偽装に肩が凝った。しかもあんな若い子相手に牽制しなくちゃいけないのもメンタルを抉ってきた。
マダム達はなんだかんだ緑川唯をアイドルのように可愛がるだけで、敵意を私に向けてくるようなことはなかったし…多分協定とか結んでたし…統率されてたんだなって今ようやく分かった。良かった群馬でマダム達への土産購入しておいて…。
「休憩ありがとうございました。なんか、途中随分悲鳴が聞こえたんですけど…」
バックヤードへと繋がるのだろう扉から出てきた女性に、さっと目をやる。なるほど、事前の情報通り可愛い女性だ。
梓さん、と緑川唯が親し気に声をかけているところを見ると、この顔面凶器にたぶらかされない強い精神力も持ち合わせていてそのおかげで仲は良好と、そういうわけだ。
彼女の視線が私を捉えて、目を丸くする。驚き?なぜ。警戒に少し浮いた腰を咎めるように緑川唯がこちらを一瞬だけ見た。
「噂の!緑川さんの結婚秒読み彼女さん!?」
「…………」
私は、初めて「頭痛が痛い」ポーズをとった。いつも見ていたこれをまさか自分がする日がくるとは…なんだか感慨深いものが…ねーよ。
緑川唯に視線を向けると笑いをこらえている。お前だ、このポーズをとってるのは緑川唯、お前のせいなんだよ…。諸伏先輩の姿に戻る前に一回小突かせてもらおう。
「唯さん、どんな噂を?」
「ふっ…オレは、心からの本音しか話してないよ」
「緑川さんはいっつも「早く環に会いたいな」とか「早く帰ってきて抱きしめて欲しいな」とかって言ってますよ。あと彼女さんが可愛いとかお仕事頑張りすぎて食事抜いてないか心配だとか」
「……ああ、そうなんですかぁ…。でも、よく一目で私がそうだって分かりましたね」
「一目でっていうか…そのコーヒーです」
「え?」
「彼女さんの好みにブレンドしたって言ってた特別製なので」
「梓さん、それは内緒でってお願いしてたと思うけど…」
「あ!」
かっわいい。
大きく開けた口の前に手をかざして、いかにも「言っちゃった」な仕草がめちゃくちゃ可愛い。
私と違って全然わざとらしくない。本気でやってるのが分かる。可愛い、好きになった。
遅まきながら名乗って、梓さんからも自己紹介を受けた。通う…緑川唯がいない時も絶対に通うむしろいない時に通う…!!圧倒的な癒しを感じた。公安にはいないタイプの人種だ…絶対に離さない…。
「そうだ、緑川さんもう上がっても大丈夫ですよ。環さんと久しぶりなんですよね?あとは私にお任せください」
天使の口から紡ぎだされた提案にうっかり泣きそうになる。私は今、梓さんとお友達になりたいと思ったところなのになぜ。
緑川唯が時計をちらりと見る。予定なら後30分は降谷さん…じゃなかった安室さんのピンチヒッターを務める必要がある。…がしかしにこっと笑ったところを見ると梓さんの提案を受け入れるつもりらしい。
「じゃあありがたく。すぐ着替えてくるから、環はここで大人しく待ってて。…分かった?」
「分かったよ」
梓さんに変なこと言うなよ、そう言われている。言うわけないじゃないですか。
しっかり頷いて見せたら緑川唯は足早にバックヤードへと消えていく。その背中を見送って、梓さんがくすくすと笑う。
「緑川さんにしっぽが見えますね」
「梓さんにも見えますか、あれが」
確か、猫を飼っているのだったっけ。なるほど動物を飼う経験を積んだ人間には先輩の心情が素直に表れるしっぽが見えるようだ。
ぶんぶんと喜びに大きく揺れるしっぽを思い出して、笑ってしまう。緑川唯の時にもあれが見えるのは珍しい。よほど離れている間に心配をかけてしまっていたようだ。
はやく出向先での報告をして、何も問題はなかったのだと言って安心させてあげたい。後輩はちゃんと仕事してきましたよ!
着物を着ているわけではない。緑川唯が戻ってくるのはとても速かった。それにまた梓さんが笑って、私もつられて笑ってしまう。不思議そうな表情をした後で、気を取り直したらしい緑川唯が私の手を取る。強く引かれてたたらを踏みながら席を立つ。
「唯さん、私まだお会計してない」
「大丈夫、安室の奢り」
「それ絶対安室さんに了承得てないやつでしょう」
「それぐらい許してくれる」
「……仕方のないわんこだなあ。梓さん、騒がしくしちゃってごめんなさい。また来ますね」
「ふふっ、お待ちしてます!」
梓さんの可愛らしい微笑みに見送られて、ポアロを後にした。繋がれた手が、少し離れて今度は指を絡めてまた握られる。なるほど、この近くを歩く女子高生およびマダム達にも見せつけたいと、そういうことね。
「…本当に食事を抜いてるとは思わなかった」
「唯さん、服の上から体のデータ取るのやめてよ」
「ベルトの穴が一つも違うじゃないか」
「……聞いてた?」
「何が食べたい?デザートも作るから」
「えっ!」
喜びにちょっと飛び上がってしまうのを、我慢できなかった。私の素直な反応に、眼鏡の奥で諸伏先輩が笑う。…なるほど、心配をかけたのは仕事の事ってより、こっちの方だったみたい。
でも勝手に体のサイズを測られたのは普通に嫌だったので空いてる方の手で先輩の脇腹を軽く小突く。先輩もちょっと悪かったと思っているらしく黙って受け入れて、うって小さく息をのんでた。
「肉じゃが。筑前煮」
「ん」
「味しみるまでの間、向こうでの話聞いてね」
「……随分可愛いこと言えるようになったじゃないか」
可愛いかこれ。可愛いっていうのは、梓さんみたいなのを言うんだと思うけど。諸伏先輩の感性をちょっと疑いつつ、セーフハウスに向かった。
▽▽▽▽▽▽
「向こうに知り合いいるなら言っておいてくださいよ!めちゃくちゃ油断してて反応しちゃったじゃないですか!!」
「え?知り合い?」
「山村ミサオさんですよぉおおおお!!幼馴染だって聞きましたよ!!」
「あ。ミッちゃんか」
「え、みっちゃん!?」
一瞬で山村さんに愛着湧いた。
最初はキレ者なのかそうじゃないのか分からなくて対応に悩んでて、でも諸伏先輩の幼馴染だと判明してじゃあ絶対私の正体気づいてるじゃん!気づいてて諸伏先輩の生存について探り入れてきてるんじゃん!?て気が気じゃなくてご飯が食べれなくなって痩せたんだよね…。
だってこの諸伏先輩の幼馴染だよ…?もう一人の幼馴染降谷さんを思えば、山村さんだって相当なもんじゃないかって思っちゃったんだよ。
「……気のせいだったかも…」
「油断。したのか」
「ひっ……あ。あの…」
「ーーーいつも、オレが、何を、注意していたか……記憶してるか?」
「おっ怒らないでくださいよぉぉぉおおお!!」
ものっっすごい久しぶりに頭ぐりぐりされた。この人いつだったかきりっとした顔して「暴力はふるわない」って言ってなかったっけ…。
いやまあ、こう言いつつも私もこれを暴力だとは認識してないあたりちょっとやばい。将来の相棒との楽しいじゃれあいなんだよなあ。
ぐりぐりされてる状態から抜け出そうとした私の後頭部に、一瞬だけぬくもりが触れた気がしておや、となんとか首を動かして見上げてみる。
「他はちゃんと上手くやってたって聞いてる。よくやった」
「褒められた!ご褒美に撫で撫でを所望いたします!!」
「ん」
差し出されたまあるい頭を、勿論ウィッグなんてかぶっていない諸伏先輩の黒い髪を、思い切り撫でまわした。
そういえば後頭部に触れたぬくもりはなんだったんだろうって一瞬だけ考えて、愛犬そっくりな毛並みの前にはどうでもいいことだってすぐに忘れた。
続く