NOCバレした先輩と信頼関係?を築く話
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※諸伏景光の偽名を緑川唯としています※
第三話
諸伏先輩の一応の無事を確保した。というのも何故だか降谷さんが手を回す前に“スコッチ”の死体が海に浮かんだというのだ。
遺体の状態がひどく背格好ぐらいしか先輩に似ているところを確認できなかったそうだ。そしてどうやらライという幹部がスコッチを始末したと組織に報告をしたらしい。
「ってことは、ライもNOCなんでしょうか」
「十中八九そうだろうな。…まあ、こちらから接触をとるわけにもいかない。機会があれば、共闘することもあるかもな」
スコッチは死んだ。とはいえ諸伏先輩が元の姿のまま明るい太陽の下を堂々と歩けるかというと、当然そんなわけはなく。いったい何年かかるのかは分からないが、例の組織をどうにかするまでは、彼は諸伏景光とは名乗れない。
今の彼は、緑川唯である。長い茶髪、明るいメッシュがいくつか入っていて、黒ぶちの眼鏡、剃れなかったらしい整えられた顎鬚。バンドマンという設定らしい。
チャラ~い。初めて見た時いつもの先輩とのギャップにびっくりしすぎて数ミリ程は浮き上がった。
「そうだ。バイト決まったんですね」
「ああ。ずっとここにこもってるのも怪しいからな」
若い健康そうな男が一日中アパートにこもっている現状である。意外と噂好きの近所のおばさま方が、時折ゴミ捨てに出る先輩を見てきゃあきゃあと言っているのを知っているので頷いた。
怪しまれているのとは違うと思うけど、先輩もちゃんと理解した上で言っているんだろうし。
「じゃあ定期報告はそちらに向かうこともあります?場所を……その」
「地図は嫌なんだろ、分かってる。これから一緒に行こう」
諸伏先輩が何故NOCだとバレたのか、降谷さんが探りを入れてもはっきりと分からなかったらしい。口を噤んでいたので、もしかしたら知っていて私に黙っている可能性もあるけれど。
諸伏先輩が生きていることを知っている人間を最低限にしたい、と言っていた降谷さんを思い出す。そういうわけで諸伏先輩に接触できるのは風見先輩と降谷さん、それと私という三人だけなのである。
お分かりいただけただろうか…実質動けるのは私だけであるということを。どう見たって忙しいあのお二人よりも、ぺーぺーの新人で仕事量が少ない私が、実質一人で諸伏先輩という実地で公安のお仕事を覚えているのである。
責任が重くて胃に穴が開いたら、風見先輩に「一人前への一歩だな」ってチョコバーもらった。ありがとうございます…でももっと労わってほしかった。
地図を見るのが苦手だと覚えてくれていたらしい諸伏先輩が立ち上がる。私もスマホと財布だけをポケットにつっこんで背中を追いかける。
玄関の扉をくぐった先輩の目が、一瞬で甘くなる。
こっええええええ。何回見ても慣れない。ちょっと飛び上がりながら、差し出された手を取った。
カップルのふりを継続することになったのは…こうして定期報告でアパートを何度も訪れるうちに、近所のおばさま方にそう認識されてしまったからである。
定職についていない顔の良い男に溺れる女、そう見られたことにショックを覚えた。誰がこんな、ヒモみたいな男を…いや、実際は警視庁公安部に所属する超エリートだから…いいのか…?え、あれでも今私は周囲からどう見られてるか気にしてたわけで…?つまり…?
「環、考え事?」
ぞっとするぐらいに甘い声を耳に注ぎ込まれて鳥肌が立つ。諸伏先輩は外だと徹底して私を彼女扱いする。私も偽装に励むのだが、このいろいろすごそうな先輩に恐怖が先に立つことが多くて、時折叱られている。多分この反応も部屋に戻った後で叱られるに違いない。
先輩の目が咎めるようにこちらを向いたので、恐怖をぐっと堪えた。この人はみっちゃん、実家で飼っていた黒柴のあんみつことみっちゃん、みっちゃん…ウィッグが邪魔でなかなか妄想がはかどらなかったが、なんとか湧き上がる愛しさを手に掴む。
「唯さんのこと考えてた」
正確にはその邪魔なウィッグをどかして黒い毛並みを見せてくれと考えていた。諸伏先輩は私が言葉にしなかった部分まできちんと読み取ったらしい。長い襟足を繋いでいない方の手で触っている。
「そう?ならいいんだけど」
「唯さんしか見えてないよぉ」
「ふっ……これからもそれでお願い」
今のガチ笑いだな、と思った。私のキャラじゃないのは分かってるけど、定職についていない男に惚れこむ女のイメージがこんなんだったんだ。今の私は唯さん全肯定ウーマンである。
諸伏先輩が世間体と、少しの情報収集のために選んだのは二駅先のカフェだった。木製のドアをくぐった先、落ち着いた空間の中出迎えてくれたマスターであろうその人に私は驚いた。
「おや、緑川くん」
「こんにちは。今日は彼女と一緒に来たんですけど、今大丈夫ですか?」
「は…はじめまして、これから唯さんがお世話になります」
諸伏先輩のバイト先の雇い主である人物に対して慌てて腰を深く折った。顔を上げて確認する。マスターは、落ち着いた濃い緑の着物を着ている。
なぜ着物…?という疑問が顔に出ていたらしい、諸伏先輩に軽く頭を小突かれる。彼女対応なので随分と手加減されている。
「隣の呉服屋も営んでらっしゃるんだよって、オレ言っただろ」
「あっ、そういえば…!」
「営んでいたのは、もう数年前ですがね。今は子供に譲って、趣味の喫茶店を細々と…」
60代ぐらいだろうか、落ち着いた空気とゆるく微笑むのがおそろしいほどにダンディーである。少し白髪が目立つのも、グレーヘアで格好いい。見惚れてから、はっとした。
「えっ、じゃあ唯さんもお着物?!」
「…………そうだよ」
聞いてなかったんだな?という音なき声が聞こえた。それに…目で殺されるかと思った。眼鏡越しににっこりと笑っているのに笑っていない目に見つめられて、マジで数ミリ程度浮かんだ。
もういやだ今日はここで解散にしようそうしよう。部屋に帰ったらお説教始まるよねこれ。
諸伏先輩がマスターにすすめられてカウンターの席に腰を落ち着けたので、私も手を引かれて隣に座る。
このチャラそうな緑川唯が、着物を着て接客…?待って…それは、大丈夫なのか…?この落ち着いた空間にマダムというマダムが押し寄せてぎゅうぎゅうになる未来が見えたんだけど。なぜ要素を詰め込んでくるんだ、先輩だってちょっと叱られるべきだと思う。
「コーヒーを二つお願いします」
「かしこまりました」
カウンターの向こう、マスターがたすき掛けをするのが見える。つまり緑川唯も、着物を着て、たすき掛けをするってことね…もう私は知らない。さっきマダム限定で言ったけど若い子も押し寄せるんでしょはいはい見えた見えた。忍べよ…もっと忍んでくれよ…!
諸伏先輩の正体が露見しないように日々奔走している私の努力をあざ笑うかのような所業に涙が出そうだ。私の能力が低いのが悪いのかな…。明日登庁したら風見先輩に絶対相談する。
もう、公安辞めたい…。そう思った私の心境を察したのか、カウンターに置かれた私の手に諸伏先輩が手を重ねて…どころか指を絡めてぎゅっと握ってくる。
ふざけてるのか。そうおっしゃっておられる!!
だんだんお互いの理解を深めている今、普通ならば心ときめくはずの行動に私はひっと息をのんでしまいそうになるが、死ぬ気で我慢した。
「ふふ、緑川くんはよほど恋人が大切なようですね」
「はい、とても大事な人なんです」
そう見えますよね。私は照れたように微笑んでみせるのが精一杯だった。
なぜ私が、このゆるゆるかつあんぽんたんな脳味噌の持ち主である私が公安部に配属されることになってしまったのだろう。私にできることと言えば、ただ命令を遂行することだけなのに…それだって失敗することが多いし。
「頑張り屋で空回りすることも多いけどすぐに立ち直るし。愛情深くて、最高の彼女なんです」
「おやおや…あてられてしまいますね」
今のは、私への激励である。仕事のミスが多いし頭から抜けていく情報が多くてきっと部屋に戻ったら怒られるだろうけど。でも、間違いなく私への諸伏先輩からの評価である。
君は君なりに頑張ってることをオレはちゃんと分かってるよ。そう聞こえた。
今度は、満面の笑みを浮かべることができた。
▽▽▽▽▽▽
「怒らないでくださいよぉぉぉおおお!」
「なんのための報告だ?どこから聞いてなかったか言ってみろ」
「聞いてましたよ!聞いてたけど抜けてくんですよ!もう!!頭の良い人には分からないんですよー!!」
諸伏先輩の大きな手が私の頭をぐっと掴んでいる。緑川唯を恋しく思うだなんて…くっ悔しい。内容が内容だけにメモをとることもできないんだぞ。すんすんと鼻を鳴らした私に、先輩はようやく手を離してくれた。
なんで数か月でここまで遠慮がなくなるんだ。私のあまりの無能さが諸伏先輩から遠慮を奪ったのは自覚しているので、口には出さない。
「無能ですみません…」
「環が無能?オレはそんなこと一言も言ってない」
「怒ってるじゃないですか」
「抜けた時に報告を怠ったからだ」
「…聞き返してもいいんですか…?」
「当たり前だろ。……いや待て、環、今まで誰と組んでた?」
諸伏先輩の問いに、ちょっと迷った後で公安部に配属になってすぐに私の教育係になった人の名前を告げる。それを聞いた先輩の眉がぐっと寄った。はあ、とため息をついた先輩が乱れた私の髪の毛を手櫛で簡単に整えてくれる。
「人選が悪かったな。環とは相性最悪だった筈だ」
「相性というか、私が、無能だからで…」
「ゼロからの評価を忘れたのか?あいつに“指示さえ間違わなければ結構使える”とまで言わしめた女が何を言ってるんだ」
「…降谷さんは、なんだかんだお優しいので…」
「―――しまった、いじめすぎたか。叩けば伸びるからつい」
「えっ」
「ん?」
「伸びてますか!私!」
しょぼしょぼ、へこたれていた私の気持ちが一瞬で上向きになる。ここ数か月仕事を教えてくれている諸伏先輩からの率直な言葉に、飛び上がった。正直な私の反応に、諸伏先輩は苦笑いして、でもしっかり頷いてくれた。
お店での激励と、今と。えへっと笑ってしっかりと記憶した。こんな私でも、少しずつ伸びていっているらしい。
「先輩、いつか戻って来たら、絶対私と組んでください!」
「………ううん」
「今の頷くところですよ。ねえ、可愛い後輩の心弄んで楽しいすか?ねえ??」
「環それ、オレに難しいこと全部任せるつもりだろ?」
「……その手が…あったか…!」
「あれ、違ったのか」
「違いますよ!いや実際だいぶ心揺れましたけど。先輩となら公安も頑張れるかなーと思って」
「……今実質組んでるだろ」
結局先輩は未来の話をしなかった。慎重な人だな、と思う。組織の恐ろしさを体感していない私には分からない何かが、いやもしかしたらそれ以外の何かが先輩を苦しめているのかもしれない。時折悪夢に飛び起きたりもするようだし。
これは時々カップル偽装のために部屋に泊まった時に、壁の向こうからその気配を感じただけで私の勘違いかもしれないけど。
可愛い後輩として早く少しでも仕事を覚えて、諸伏先輩の助けになりたいなあと、そう思った。
続く
第三話
諸伏先輩の一応の無事を確保した。というのも何故だか降谷さんが手を回す前に“スコッチ”の死体が海に浮かんだというのだ。
遺体の状態がひどく背格好ぐらいしか先輩に似ているところを確認できなかったそうだ。そしてどうやらライという幹部がスコッチを始末したと組織に報告をしたらしい。
「ってことは、ライもNOCなんでしょうか」
「十中八九そうだろうな。…まあ、こちらから接触をとるわけにもいかない。機会があれば、共闘することもあるかもな」
スコッチは死んだ。とはいえ諸伏先輩が元の姿のまま明るい太陽の下を堂々と歩けるかというと、当然そんなわけはなく。いったい何年かかるのかは分からないが、例の組織をどうにかするまでは、彼は諸伏景光とは名乗れない。
今の彼は、緑川唯である。長い茶髪、明るいメッシュがいくつか入っていて、黒ぶちの眼鏡、剃れなかったらしい整えられた顎鬚。バンドマンという設定らしい。
チャラ~い。初めて見た時いつもの先輩とのギャップにびっくりしすぎて数ミリ程は浮き上がった。
「そうだ。バイト決まったんですね」
「ああ。ずっとここにこもってるのも怪しいからな」
若い健康そうな男が一日中アパートにこもっている現状である。意外と噂好きの近所のおばさま方が、時折ゴミ捨てに出る先輩を見てきゃあきゃあと言っているのを知っているので頷いた。
怪しまれているのとは違うと思うけど、先輩もちゃんと理解した上で言っているんだろうし。
「じゃあ定期報告はそちらに向かうこともあります?場所を……その」
「地図は嫌なんだろ、分かってる。これから一緒に行こう」
諸伏先輩が何故NOCだとバレたのか、降谷さんが探りを入れてもはっきりと分からなかったらしい。口を噤んでいたので、もしかしたら知っていて私に黙っている可能性もあるけれど。
諸伏先輩が生きていることを知っている人間を最低限にしたい、と言っていた降谷さんを思い出す。そういうわけで諸伏先輩に接触できるのは風見先輩と降谷さん、それと私という三人だけなのである。
お分かりいただけただろうか…実質動けるのは私だけであるということを。どう見たって忙しいあのお二人よりも、ぺーぺーの新人で仕事量が少ない私が、実質一人で諸伏先輩という実地で公安のお仕事を覚えているのである。
責任が重くて胃に穴が開いたら、風見先輩に「一人前への一歩だな」ってチョコバーもらった。ありがとうございます…でももっと労わってほしかった。
地図を見るのが苦手だと覚えてくれていたらしい諸伏先輩が立ち上がる。私もスマホと財布だけをポケットにつっこんで背中を追いかける。
玄関の扉をくぐった先輩の目が、一瞬で甘くなる。
こっええええええ。何回見ても慣れない。ちょっと飛び上がりながら、差し出された手を取った。
カップルのふりを継続することになったのは…こうして定期報告でアパートを何度も訪れるうちに、近所のおばさま方にそう認識されてしまったからである。
定職についていない顔の良い男に溺れる女、そう見られたことにショックを覚えた。誰がこんな、ヒモみたいな男を…いや、実際は警視庁公安部に所属する超エリートだから…いいのか…?え、あれでも今私は周囲からどう見られてるか気にしてたわけで…?つまり…?
「環、考え事?」
ぞっとするぐらいに甘い声を耳に注ぎ込まれて鳥肌が立つ。諸伏先輩は外だと徹底して私を彼女扱いする。私も偽装に励むのだが、このいろいろすごそうな先輩に恐怖が先に立つことが多くて、時折叱られている。多分この反応も部屋に戻った後で叱られるに違いない。
先輩の目が咎めるようにこちらを向いたので、恐怖をぐっと堪えた。この人はみっちゃん、実家で飼っていた黒柴のあんみつことみっちゃん、みっちゃん…ウィッグが邪魔でなかなか妄想がはかどらなかったが、なんとか湧き上がる愛しさを手に掴む。
「唯さんのこと考えてた」
正確にはその邪魔なウィッグをどかして黒い毛並みを見せてくれと考えていた。諸伏先輩は私が言葉にしなかった部分まできちんと読み取ったらしい。長い襟足を繋いでいない方の手で触っている。
「そう?ならいいんだけど」
「唯さんしか見えてないよぉ」
「ふっ……これからもそれでお願い」
今のガチ笑いだな、と思った。私のキャラじゃないのは分かってるけど、定職についていない男に惚れこむ女のイメージがこんなんだったんだ。今の私は唯さん全肯定ウーマンである。
諸伏先輩が世間体と、少しの情報収集のために選んだのは二駅先のカフェだった。木製のドアをくぐった先、落ち着いた空間の中出迎えてくれたマスターであろうその人に私は驚いた。
「おや、緑川くん」
「こんにちは。今日は彼女と一緒に来たんですけど、今大丈夫ですか?」
「は…はじめまして、これから唯さんがお世話になります」
諸伏先輩のバイト先の雇い主である人物に対して慌てて腰を深く折った。顔を上げて確認する。マスターは、落ち着いた濃い緑の着物を着ている。
なぜ着物…?という疑問が顔に出ていたらしい、諸伏先輩に軽く頭を小突かれる。彼女対応なので随分と手加減されている。
「隣の呉服屋も営んでらっしゃるんだよって、オレ言っただろ」
「あっ、そういえば…!」
「営んでいたのは、もう数年前ですがね。今は子供に譲って、趣味の喫茶店を細々と…」
60代ぐらいだろうか、落ち着いた空気とゆるく微笑むのがおそろしいほどにダンディーである。少し白髪が目立つのも、グレーヘアで格好いい。見惚れてから、はっとした。
「えっ、じゃあ唯さんもお着物?!」
「…………そうだよ」
聞いてなかったんだな?という音なき声が聞こえた。それに…目で殺されるかと思った。眼鏡越しににっこりと笑っているのに笑っていない目に見つめられて、マジで数ミリ程度浮かんだ。
もういやだ今日はここで解散にしようそうしよう。部屋に帰ったらお説教始まるよねこれ。
諸伏先輩がマスターにすすめられてカウンターの席に腰を落ち着けたので、私も手を引かれて隣に座る。
このチャラそうな緑川唯が、着物を着て接客…?待って…それは、大丈夫なのか…?この落ち着いた空間にマダムというマダムが押し寄せてぎゅうぎゅうになる未来が見えたんだけど。なぜ要素を詰め込んでくるんだ、先輩だってちょっと叱られるべきだと思う。
「コーヒーを二つお願いします」
「かしこまりました」
カウンターの向こう、マスターがたすき掛けをするのが見える。つまり緑川唯も、着物を着て、たすき掛けをするってことね…もう私は知らない。さっきマダム限定で言ったけど若い子も押し寄せるんでしょはいはい見えた見えた。忍べよ…もっと忍んでくれよ…!
諸伏先輩の正体が露見しないように日々奔走している私の努力をあざ笑うかのような所業に涙が出そうだ。私の能力が低いのが悪いのかな…。明日登庁したら風見先輩に絶対相談する。
もう、公安辞めたい…。そう思った私の心境を察したのか、カウンターに置かれた私の手に諸伏先輩が手を重ねて…どころか指を絡めてぎゅっと握ってくる。
ふざけてるのか。そうおっしゃっておられる!!
だんだんお互いの理解を深めている今、普通ならば心ときめくはずの行動に私はひっと息をのんでしまいそうになるが、死ぬ気で我慢した。
「ふふ、緑川くんはよほど恋人が大切なようですね」
「はい、とても大事な人なんです」
そう見えますよね。私は照れたように微笑んでみせるのが精一杯だった。
なぜ私が、このゆるゆるかつあんぽんたんな脳味噌の持ち主である私が公安部に配属されることになってしまったのだろう。私にできることと言えば、ただ命令を遂行することだけなのに…それだって失敗することが多いし。
「頑張り屋で空回りすることも多いけどすぐに立ち直るし。愛情深くて、最高の彼女なんです」
「おやおや…あてられてしまいますね」
今のは、私への激励である。仕事のミスが多いし頭から抜けていく情報が多くてきっと部屋に戻ったら怒られるだろうけど。でも、間違いなく私への諸伏先輩からの評価である。
君は君なりに頑張ってることをオレはちゃんと分かってるよ。そう聞こえた。
今度は、満面の笑みを浮かべることができた。
▽▽▽▽▽▽
「怒らないでくださいよぉぉぉおおお!」
「なんのための報告だ?どこから聞いてなかったか言ってみろ」
「聞いてましたよ!聞いてたけど抜けてくんですよ!もう!!頭の良い人には分からないんですよー!!」
諸伏先輩の大きな手が私の頭をぐっと掴んでいる。緑川唯を恋しく思うだなんて…くっ悔しい。内容が内容だけにメモをとることもできないんだぞ。すんすんと鼻を鳴らした私に、先輩はようやく手を離してくれた。
なんで数か月でここまで遠慮がなくなるんだ。私のあまりの無能さが諸伏先輩から遠慮を奪ったのは自覚しているので、口には出さない。
「無能ですみません…」
「環が無能?オレはそんなこと一言も言ってない」
「怒ってるじゃないですか」
「抜けた時に報告を怠ったからだ」
「…聞き返してもいいんですか…?」
「当たり前だろ。……いや待て、環、今まで誰と組んでた?」
諸伏先輩の問いに、ちょっと迷った後で公安部に配属になってすぐに私の教育係になった人の名前を告げる。それを聞いた先輩の眉がぐっと寄った。はあ、とため息をついた先輩が乱れた私の髪の毛を手櫛で簡単に整えてくれる。
「人選が悪かったな。環とは相性最悪だった筈だ」
「相性というか、私が、無能だからで…」
「ゼロからの評価を忘れたのか?あいつに“指示さえ間違わなければ結構使える”とまで言わしめた女が何を言ってるんだ」
「…降谷さんは、なんだかんだお優しいので…」
「―――しまった、いじめすぎたか。叩けば伸びるからつい」
「えっ」
「ん?」
「伸びてますか!私!」
しょぼしょぼ、へこたれていた私の気持ちが一瞬で上向きになる。ここ数か月仕事を教えてくれている諸伏先輩からの率直な言葉に、飛び上がった。正直な私の反応に、諸伏先輩は苦笑いして、でもしっかり頷いてくれた。
お店での激励と、今と。えへっと笑ってしっかりと記憶した。こんな私でも、少しずつ伸びていっているらしい。
「先輩、いつか戻って来たら、絶対私と組んでください!」
「………ううん」
「今の頷くところですよ。ねえ、可愛い後輩の心弄んで楽しいすか?ねえ??」
「環それ、オレに難しいこと全部任せるつもりだろ?」
「……その手が…あったか…!」
「あれ、違ったのか」
「違いますよ!いや実際だいぶ心揺れましたけど。先輩となら公安も頑張れるかなーと思って」
「……今実質組んでるだろ」
結局先輩は未来の話をしなかった。慎重な人だな、と思う。組織の恐ろしさを体感していない私には分からない何かが、いやもしかしたらそれ以外の何かが先輩を苦しめているのかもしれない。時折悪夢に飛び起きたりもするようだし。
これは時々カップル偽装のために部屋に泊まった時に、壁の向こうからその気配を感じただけで私の勘違いかもしれないけど。
可愛い後輩として早く少しでも仕事を覚えて、諸伏先輩の助けになりたいなあと、そう思った。
続く