NOCバレした先輩と信頼関係?を築く話
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
第二話
ラブホは便利だ。スタッフと非対面で泊まれるしカラオケの設備があるようなところは防音もしっかりしている。犯罪の温床にもなりやすいが、逃亡の一助にもなる。お詳しいらしい諸伏先輩にしらーーーっとした目を送りながら彼の御用達のそこに足を踏み入れた。
「…その目をやめてくれないか、環」
「どんな目です?」
「そのいかにも“すけこまし”とか“ヤリチン”と言わんばかりの目だよ」
「事実でしょう?それに私は彼氏ともまだ訪れていないんです。何が悲しくて職場の先輩と初めて来なくちゃならないんです?」
「……それは、すまない。でも職務だ、我慢してくれ」
「そりゃ勿論我慢しますよ。でも無念だというアピールはやめません」
「なるほど、指示を間違ったわけか。―――我慢して、無念アピールもやめろ、命令だ」
「了解しました!」
命令ならば仕方ない。手慣れた様子で風呂場にお湯をはりにいく先輩の背中を見送った。
いったいどれだけの女をここへ連れ込んだんだろうと考えるのは禁止されていないので、連れ込まれたであろう様々な美女の末路に思いを馳せてみる。
…あの人なんかいろいろすっごそうだな!?経験値不足ゆえにモザイクも多いが、どん引きした。怖い、諸伏先輩が怖い。部屋に戻って来た先輩を見て一歩後ずさる。
「そんな顔しなくても彼氏がいるような女をどうこうするつもりはない。…首のは、まだ知る前だったから、それに関しては申し訳ないけど」
「彼氏がいるような女?」
「え?環さっき言ってただろ、彼氏ともまだ訪れてないって」
「そうですよ、彼氏と数か月前に別れて、まだ次の彼氏がいないので機会がなくて……あれ、先輩どうしたんです疲れ切った顔になってますよ」
「ジェネレーションギャップってやつかなあ……??」
「先輩と私は二つほどしか変わらないですけど」
疲れた様子の先輩がベッドにごろりと横になる。手招きされたので大人しくしたがって、ベッドの端に同じように横になった。
実はサウナ終わりにいろいろあったので結構疲れているし眠たい。よくよく考えれば職場が一緒の女に手を出すほどこの人は困っていないだろう。警戒した自分がバカだった。
自宅のベッドよりよほど立派なマットレスのベッドに身をゆだねて、私は瞼を下ろした。今日はありがとう、という諸伏先輩の声が遠くで聞こえた気がする。
黒柴が目の前に居る気がして手を伸ばして、わっしゃっしゃ、と撫でてやる。んもう寂しがり屋なんだから、大丈夫愛してるよ。
実家の犬・あんみつことみっちゃんは私が寝ようとするとこうやって邪魔をしにくる。寝ないで、もっと遊ぼうよって。寂しがり屋のみっちゃんの額に唇を寄せて、大丈夫明日も遊べるよって告げてから、本当に眠りについた。
▽▽▽▽▽▽
久しぶりに見た実家の愛犬の夢に、思わず涙しながら起きた。いい夢だったなあ!かわいかった…手触りもやけにリアルだったし。
るんるん気分で体を起こして、自分の部屋ではないと気付いて一瞬固まる。ゆっくり考えてからようやく思い出して隣を見れば、諸伏先輩はまだ寝ていてこちらに背を向けていた。
そうだ、昨夜はサウナ後だったからいいかと思ってそのまま眠ったけど、状況が状況だったからか結構汗をかいた。朝風呂に入らせてもらおうと思い立ち、ベッドを降りようとスプリングをきしませた途端。
「――――あれ?環?」
「諸伏先輩、寝ぼけてます?」
おそらくまだ緊張状態にある諸伏先輩のセンサーに引っかかってしまったらしい。抵抗はしようと思えばできたが、多分そうすると余計にひどいことになると分かってされるがままにベッドに押し付けられた。
私の手を頭上で一つにまとめあげて馬乗りになった諸伏先輩が、下にいるのが私だと認識して首を傾げている。
「ごめん、寝込みを襲われるのかと」
「朝風呂に行こうと思っただけなんですけど…起こしてしまってすみません」
「…いや、自分でも驚くほどゆっくり眠れたし構わない。こちらこそ驚かせてすまない」
手を放されて、上からどいてくれた先輩が私に手を差し出してくれる。流石すけこまし、とその手を無視して起き上がる。
おっと!この目は命令で禁止されたのだったっけ。えへっと笑ってごまかしてから風呂場へ走った。
着ていた服を脱ぎ捨てて浴室へ入り、そこの壁に設置された鏡を見て驚いた。なんか、首筋に噛み痕がある…!?
そういえば昨日結構ノリの良い諸伏先輩に噛まれたんだっけと思い出して、それから降谷さんが私の首を撫でたことも思い出す。ああ、これのことを言っていたのか。
重なった嚙み痕を鏡で見て、あれ?でもあの時は確か、がぶりと一回だけだったような…?と首を傾げる。いや、愛犬の幻を見て平静じゃなかったからな、勘違いかも。二回がぶがぶされたのかもしれない。
シャワーを終えて浴室を出る。先輩は私に遠慮してこちらに来ないだろうことを予測して、ホテルに用意されていた薄っぺらいガウンを一度羽織って脱衣所兼洗面室でドライヤーで髪の毛を乾かす。
本当なら熱いのでこのまま部屋に戻りたいところだが、先輩も差し迫った昨日のような状況下ならともかく職場の後輩のこんな姿は見たくもないだろう。お試しの化粧水と日中用の日焼け止め入り乳液をはたいて、まだ熱い体に下着と衣服とを身に着けた。熱いのでパーカーは腕まくりして部屋に戻る。
先輩はベッドの上で横になって目を閉じていた。眠っていないのはその胸の動きで私にも分かったので、戻りましたと声をかける。
昨日はあの現場から離脱しろとまでしか命令を受けていない。これ以降は諸伏先輩の指示を仰ぐ必要がある。
「この後どうすればいいですか?」
「……そうだなあ」
「どうしました?」
「緊張の糸が、ぷつりと切れたのかもしれない」
「ああ、それでいっきに無気力症候群に。困りましたね…風見先輩か降谷さんの指示を仰ぎましょうか」
「―――環。ちょっと試しに」
「はい?」
「ちょっと試しに、頭を撫でてくれないか」
「………普通に嫌ですけど」
「間違った。環…命令だ、頭を撫でてくれ」
「了解です」
こんなおかしいことを言うなんて、先輩にはメンタルのケアが必要なのでは、と思って後で必ず報告しなければ…と考えながら命令遂行のために先輩に近づく。
ん、と差し出されたまあるい頭に手を伸ばしてそろそろと撫でてやると違うと文句を言われた。この人命令で頭を撫でさせておいて違うとか文句言った?いくら私でもその命令はどうなのって思ったのに?
「なんだっけ。昨日の…みっちゃん?にするみたいに頼む」
「ああ。なるほど」
さら、と昨日よりは幾分状態の良い髪に指を通して、目を閉じる。愛犬が目の前に思い出されて、一気に愛おしさが募る。両手で毛並みをぐしゃぐしゃにするぐらいに撫でてやって、昨日とは違ってシャンプーの香りがするそれに鼻をうずめてぐりぐりとしてやった。
「よーしよしよし、みっちゃんは世界で一番可愛いよお、世界で一番カッコイイよぉ。みっちゃん好きだよー!!」
「…癖になりそうだなこれ……」
「あっ声出さないでもらえます?みっちゃんが消えちゃうので」
「すみません…?」
わっしゃわっしゃと満足するまで撫で倒した。はっと我に返って見下ろすと、諸伏先輩はとても満足そうにごろごろしていた。
多分ストレスがすごかったところに、犬のように可愛がられて癒されてくれたのだろう。こちらもアニマルセラピーを受けさせてもらったようなものなのでおあいこかな。
「で、無気力はどうなりました」
「ああうん、もう大丈夫。とりあえずカップルのフリを継続して、新しいセーフハウスに身を隠そう」
「了解しました」
「その際に別の名前を作って、髪を染めたりしようかなと思ってるけど」
「だめですよ何言ってんすか」
「……環それ、みっちゃんの毛並みにオレの髪が似てるからだろ…」
「それ以外あります?」
「ーーー仕方ない、ウィッグにするか…蒸れるんだよなあ…」
「ハゲるのもだめですからね」
「は……その単語はオレやオレ以外の男性の胸をひどく抉る。今後一切の使用を禁ずる」
「りょ、了解しました…!」
こっええええええ!目がマジだよ。
先輩別に薄毛の兆候もないし髪質的に心配する必要ないと思うけど…やっぱり気になるものなんだな。軽率にハゲとか言って悪かったかな…ごめんなさい。
「セーフハウスまでカップルのふり、頼む」
「勿論ですとも」
ラブホの会計を済ませて、先輩と腕を組んで外に出る。まだ早い時間だけど電車は動き出している。早朝出勤なのだろう幾人かが、こちらを見て「けっこのバカップルがよ」と目が据わる。
これも仕事なんですよと言えるわけもないが、そういう視線が向けられているということは無事に偽装が上手くいっていることの証拠でもあるのでほっとする。
腕を組んで密着しているので、先輩の体が時折ひどく強張るのを感じている。それは多分、黒い服を見つけた時だ。
「大丈夫だよぉ、みっちゃん」
ひろちゃんだと本名に掠る、みっちゃんでいいと言われたのでしぶしぶ呼び方を戻した私である。
しっぽを後ろ脚にしまいこんだ諸伏先輩の腕をぎゅ、といっそう抱きしめる。私のはあんまり大きくないけれど、胸は癒されるものだと前彼氏が言っていたので。
「私が、守ってあげる」
あんまり頭は良くないけれど、盾になれといわれたら盾になるぐらいの訓練も心構えもしている。
公安部所属(笑)の私より、諸伏先輩が優先されるのは当然だ。まっすぐ見上げたら彼は少し詰めていた息を吐きだして、小さく頷いた。かと思うと腕を振り払われる。
カップルのふりは、とたしなめるように見上げたら腰を引かれた。歩きにくいんですけどこれ。私にだけ聞こえるような小さな声で耳元に声が降ってくる。
「今のは逆セクハラだ。今後一切禁ずる」
「ええ…?癒されるって聞いてたのになあ…?あ、もっと大きいのが良かったんですね、それは失礼しました」
「そういう意味じゃない……」
君と話してると疲れる。過去にもよく言われた言葉が聞こえて、ちょっと息をのむ。私の反応に諸伏先輩が目を丸くして、多分すぐに察してくれたんだろう。ごめん、と謝ってくれた。
「もしかして歴代彼氏に言われた?」
「セクハラ」
「……傷を抉ったか。数か月前だっけ?」
「セクハラっ」
「ーーー結構普通だなあ」
「はい?」
「人の事を犬扱いして撫でまわす変な後輩だったけど…結構普通の女の子なんだな、環」
「撫でて撫でてってしっぽふってたわんちゃんの話、します??」
周囲から見れば、腰を寄せ合っていっちゃいっちゃ小突き合いながら歩くカップルだっただろうと思う。その実私が一方的にマジな突きを繰り出して、先輩がそれをあっさりいなすというものだったのだけど。
くっ…さすが有能な潜入捜査官。
続く
ラブホは便利だ。スタッフと非対面で泊まれるしカラオケの設備があるようなところは防音もしっかりしている。犯罪の温床にもなりやすいが、逃亡の一助にもなる。お詳しいらしい諸伏先輩にしらーーーっとした目を送りながら彼の御用達のそこに足を踏み入れた。
「…その目をやめてくれないか、環」
「どんな目です?」
「そのいかにも“すけこまし”とか“ヤリチン”と言わんばかりの目だよ」
「事実でしょう?それに私は彼氏ともまだ訪れていないんです。何が悲しくて職場の先輩と初めて来なくちゃならないんです?」
「……それは、すまない。でも職務だ、我慢してくれ」
「そりゃ勿論我慢しますよ。でも無念だというアピールはやめません」
「なるほど、指示を間違ったわけか。―――我慢して、無念アピールもやめろ、命令だ」
「了解しました!」
命令ならば仕方ない。手慣れた様子で風呂場にお湯をはりにいく先輩の背中を見送った。
いったいどれだけの女をここへ連れ込んだんだろうと考えるのは禁止されていないので、連れ込まれたであろう様々な美女の末路に思いを馳せてみる。
…あの人なんかいろいろすっごそうだな!?経験値不足ゆえにモザイクも多いが、どん引きした。怖い、諸伏先輩が怖い。部屋に戻って来た先輩を見て一歩後ずさる。
「そんな顔しなくても彼氏がいるような女をどうこうするつもりはない。…首のは、まだ知る前だったから、それに関しては申し訳ないけど」
「彼氏がいるような女?」
「え?環さっき言ってただろ、彼氏ともまだ訪れてないって」
「そうですよ、彼氏と数か月前に別れて、まだ次の彼氏がいないので機会がなくて……あれ、先輩どうしたんです疲れ切った顔になってますよ」
「ジェネレーションギャップってやつかなあ……??」
「先輩と私は二つほどしか変わらないですけど」
疲れた様子の先輩がベッドにごろりと横になる。手招きされたので大人しくしたがって、ベッドの端に同じように横になった。
実はサウナ終わりにいろいろあったので結構疲れているし眠たい。よくよく考えれば職場が一緒の女に手を出すほどこの人は困っていないだろう。警戒した自分がバカだった。
自宅のベッドよりよほど立派なマットレスのベッドに身をゆだねて、私は瞼を下ろした。今日はありがとう、という諸伏先輩の声が遠くで聞こえた気がする。
黒柴が目の前に居る気がして手を伸ばして、わっしゃっしゃ、と撫でてやる。んもう寂しがり屋なんだから、大丈夫愛してるよ。
実家の犬・あんみつことみっちゃんは私が寝ようとするとこうやって邪魔をしにくる。寝ないで、もっと遊ぼうよって。寂しがり屋のみっちゃんの額に唇を寄せて、大丈夫明日も遊べるよって告げてから、本当に眠りについた。
▽▽▽▽▽▽
久しぶりに見た実家の愛犬の夢に、思わず涙しながら起きた。いい夢だったなあ!かわいかった…手触りもやけにリアルだったし。
るんるん気分で体を起こして、自分の部屋ではないと気付いて一瞬固まる。ゆっくり考えてからようやく思い出して隣を見れば、諸伏先輩はまだ寝ていてこちらに背を向けていた。
そうだ、昨夜はサウナ後だったからいいかと思ってそのまま眠ったけど、状況が状況だったからか結構汗をかいた。朝風呂に入らせてもらおうと思い立ち、ベッドを降りようとスプリングをきしませた途端。
「――――あれ?環?」
「諸伏先輩、寝ぼけてます?」
おそらくまだ緊張状態にある諸伏先輩のセンサーに引っかかってしまったらしい。抵抗はしようと思えばできたが、多分そうすると余計にひどいことになると分かってされるがままにベッドに押し付けられた。
私の手を頭上で一つにまとめあげて馬乗りになった諸伏先輩が、下にいるのが私だと認識して首を傾げている。
「ごめん、寝込みを襲われるのかと」
「朝風呂に行こうと思っただけなんですけど…起こしてしまってすみません」
「…いや、自分でも驚くほどゆっくり眠れたし構わない。こちらこそ驚かせてすまない」
手を放されて、上からどいてくれた先輩が私に手を差し出してくれる。流石すけこまし、とその手を無視して起き上がる。
おっと!この目は命令で禁止されたのだったっけ。えへっと笑ってごまかしてから風呂場へ走った。
着ていた服を脱ぎ捨てて浴室へ入り、そこの壁に設置された鏡を見て驚いた。なんか、首筋に噛み痕がある…!?
そういえば昨日結構ノリの良い諸伏先輩に噛まれたんだっけと思い出して、それから降谷さんが私の首を撫でたことも思い出す。ああ、これのことを言っていたのか。
重なった嚙み痕を鏡で見て、あれ?でもあの時は確か、がぶりと一回だけだったような…?と首を傾げる。いや、愛犬の幻を見て平静じゃなかったからな、勘違いかも。二回がぶがぶされたのかもしれない。
シャワーを終えて浴室を出る。先輩は私に遠慮してこちらに来ないだろうことを予測して、ホテルに用意されていた薄っぺらいガウンを一度羽織って脱衣所兼洗面室でドライヤーで髪の毛を乾かす。
本当なら熱いのでこのまま部屋に戻りたいところだが、先輩も差し迫った昨日のような状況下ならともかく職場の後輩のこんな姿は見たくもないだろう。お試しの化粧水と日中用の日焼け止め入り乳液をはたいて、まだ熱い体に下着と衣服とを身に着けた。熱いのでパーカーは腕まくりして部屋に戻る。
先輩はベッドの上で横になって目を閉じていた。眠っていないのはその胸の動きで私にも分かったので、戻りましたと声をかける。
昨日はあの現場から離脱しろとまでしか命令を受けていない。これ以降は諸伏先輩の指示を仰ぐ必要がある。
「この後どうすればいいですか?」
「……そうだなあ」
「どうしました?」
「緊張の糸が、ぷつりと切れたのかもしれない」
「ああ、それでいっきに無気力症候群に。困りましたね…風見先輩か降谷さんの指示を仰ぎましょうか」
「―――環。ちょっと試しに」
「はい?」
「ちょっと試しに、頭を撫でてくれないか」
「………普通に嫌ですけど」
「間違った。環…命令だ、頭を撫でてくれ」
「了解です」
こんなおかしいことを言うなんて、先輩にはメンタルのケアが必要なのでは、と思って後で必ず報告しなければ…と考えながら命令遂行のために先輩に近づく。
ん、と差し出されたまあるい頭に手を伸ばしてそろそろと撫でてやると違うと文句を言われた。この人命令で頭を撫でさせておいて違うとか文句言った?いくら私でもその命令はどうなのって思ったのに?
「なんだっけ。昨日の…みっちゃん?にするみたいに頼む」
「ああ。なるほど」
さら、と昨日よりは幾分状態の良い髪に指を通して、目を閉じる。愛犬が目の前に思い出されて、一気に愛おしさが募る。両手で毛並みをぐしゃぐしゃにするぐらいに撫でてやって、昨日とは違ってシャンプーの香りがするそれに鼻をうずめてぐりぐりとしてやった。
「よーしよしよし、みっちゃんは世界で一番可愛いよお、世界で一番カッコイイよぉ。みっちゃん好きだよー!!」
「…癖になりそうだなこれ……」
「あっ声出さないでもらえます?みっちゃんが消えちゃうので」
「すみません…?」
わっしゃわっしゃと満足するまで撫で倒した。はっと我に返って見下ろすと、諸伏先輩はとても満足そうにごろごろしていた。
多分ストレスがすごかったところに、犬のように可愛がられて癒されてくれたのだろう。こちらもアニマルセラピーを受けさせてもらったようなものなのでおあいこかな。
「で、無気力はどうなりました」
「ああうん、もう大丈夫。とりあえずカップルのフリを継続して、新しいセーフハウスに身を隠そう」
「了解しました」
「その際に別の名前を作って、髪を染めたりしようかなと思ってるけど」
「だめですよ何言ってんすか」
「……環それ、みっちゃんの毛並みにオレの髪が似てるからだろ…」
「それ以外あります?」
「ーーー仕方ない、ウィッグにするか…蒸れるんだよなあ…」
「ハゲるのもだめですからね」
「は……その単語はオレやオレ以外の男性の胸をひどく抉る。今後一切の使用を禁ずる」
「りょ、了解しました…!」
こっええええええ!目がマジだよ。
先輩別に薄毛の兆候もないし髪質的に心配する必要ないと思うけど…やっぱり気になるものなんだな。軽率にハゲとか言って悪かったかな…ごめんなさい。
「セーフハウスまでカップルのふり、頼む」
「勿論ですとも」
ラブホの会計を済ませて、先輩と腕を組んで外に出る。まだ早い時間だけど電車は動き出している。早朝出勤なのだろう幾人かが、こちらを見て「けっこのバカップルがよ」と目が据わる。
これも仕事なんですよと言えるわけもないが、そういう視線が向けられているということは無事に偽装が上手くいっていることの証拠でもあるのでほっとする。
腕を組んで密着しているので、先輩の体が時折ひどく強張るのを感じている。それは多分、黒い服を見つけた時だ。
「大丈夫だよぉ、みっちゃん」
ひろちゃんだと本名に掠る、みっちゃんでいいと言われたのでしぶしぶ呼び方を戻した私である。
しっぽを後ろ脚にしまいこんだ諸伏先輩の腕をぎゅ、といっそう抱きしめる。私のはあんまり大きくないけれど、胸は癒されるものだと前彼氏が言っていたので。
「私が、守ってあげる」
あんまり頭は良くないけれど、盾になれといわれたら盾になるぐらいの訓練も心構えもしている。
公安部所属(笑)の私より、諸伏先輩が優先されるのは当然だ。まっすぐ見上げたら彼は少し詰めていた息を吐きだして、小さく頷いた。かと思うと腕を振り払われる。
カップルのふりは、とたしなめるように見上げたら腰を引かれた。歩きにくいんですけどこれ。私にだけ聞こえるような小さな声で耳元に声が降ってくる。
「今のは逆セクハラだ。今後一切禁ずる」
「ええ…?癒されるって聞いてたのになあ…?あ、もっと大きいのが良かったんですね、それは失礼しました」
「そういう意味じゃない……」
君と話してると疲れる。過去にもよく言われた言葉が聞こえて、ちょっと息をのむ。私の反応に諸伏先輩が目を丸くして、多分すぐに察してくれたんだろう。ごめん、と謝ってくれた。
「もしかして歴代彼氏に言われた?」
「セクハラ」
「……傷を抉ったか。数か月前だっけ?」
「セクハラっ」
「ーーー結構普通だなあ」
「はい?」
「人の事を犬扱いして撫でまわす変な後輩だったけど…結構普通の女の子なんだな、環」
「撫でて撫でてってしっぽふってたわんちゃんの話、します??」
周囲から見れば、腰を寄せ合っていっちゃいっちゃ小突き合いながら歩くカップルだっただろうと思う。その実私が一方的にマジな突きを繰り出して、先輩がそれをあっさりいなすというものだったのだけど。
くっ…さすが有能な潜入捜査官。
続く