NOCバレした先輩と信頼関係?を築く話
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第十四話
ターゲットの背後の席で一般客を装ってサバの味噌煮定食をつつきながら、ふーんなるほどね、と重要事項を脳内にメモしていく。
数年前はこのメモもなかなかできなくて、ひんひん泣いてた。びっしばし鍛えてくれた諸伏先輩の姿を思い出して、ふふっと笑ってしまう。ご飯が美味しい!みたいな顔にしているので、まあ誰も見てないと思うけどそこらへんは安心してほしい。最後の一口を食べ終えて、食後のお茶を口に運ぶ。
背後でターゲットが連れと一緒に立ち上がる気配がするが、店の外に出た後は別の人間がやつを追うことになっている。私は店外で待機している仲間に伝えるために湯呑の縁をこんこん、と軽く指先で二度つついた。私のスマホに入っている盗聴アプリできっと合図を聞いてくれているだろう。
…先輩と早くこういう風に仕事をしたいな。
熱いお茶が入る湯呑を両手で持って、ターゲットが会計を終えて店を出たのを確認する。髪の毛で隠した耳のイヤホンに、こんこん、と二回微かなノック音が響くのを確認した。
今日の仕事は、これで終わりだ。脳内にメモした情報を盗聴していた仲間と照合する必要はあるけれど。
ふう、と息を吹きかけてお茶を口に運ぶ。安くて美味しい、ご年配の夫婦が仲良く切り盛りする定食屋。お店の壁にはテレビがあって、お昼のワイドショーでやんややんやと盛り上がっている。
なんの話題かな、今まで気にもしてなかったのにそう思ってそちらに意識を向ける。
『付き合ってもない女からの嫉妬はちょっとねー!!』
………ふうん?
『前の彼女の話を聞いてきたり』
なんか、身に覚えあるな??
『飲み屋のお姉ちゃんにもうるさく言ったりして』
先輩のは飲み屋っていうか高級ソープとかそういうやつだと思うけど、私いろいろ言った記憶あるね!!??
『そういうのは、嫌だよね』
同意する声が続き、どっと沸くスタジオ。私は、机に突っ伏した。振り返ってみると、なんか最近……うん、なんなら梓さんにも嫉妬していることを自覚した。
相棒みたいでいいなって言うより、あれは…。育まれた情緒が仕事しているせいで分かってしまう。目と目で通じ合うぐらいお互いを理解してるってところが、羨ましかったんだな。
のろのろと顔を起こして、心配そうにこちらを見ていたご夫婦に笑いかける。このままでは体調不良だと思われてしまう。焦った私は、本音をこぼしていた。
「付き合ってないのに嫉妬しちゃう女だって自覚しただけなんですぅ」
まだ盗聴アプリを停止していなかった。耳元のイヤホンからぶふって噴き出す仲間の気配がする。おま、お前後で風見先輩からお叱りを受けたらいいと思う! 慌ててアプリを停止した。
「お付き合い、すればいいのに」
「お前それは、不躾っていうんだよ。お相手の気持ちもあるだろうし」
あっ、会話続けてくれちゃうんですね?
店内には私と、もう一人常連さんがいるだけになったからかもしれない。奥さんの方が心底不思議そうにするのを、旦那さんの方が慌てて止めている。
私はおそらく今日だけの、今日一日だけの付き合いになる人だから話しやすかったのだろうと思う、本音をこぼしていた。
「お付き合いして、お別れするのが怖いんです。お付き合いしなければ、ずっと一緒にいられるのに」
「あら。そうかしら」
「え?」
「お付き合いしなかったら、お相手はいつか別の誰かを選んで離れていくんじゃないかしら」
「え? いえ、お仕事が一緒なので…」
「お仕事以外では、会えなくなるわね?」
……そういや、そうだな。
言い訳させてほしい。私は、今の今まで。本当に。本当の本当に、その事実に一ミリも気付いていなかった。
だって今私は、先輩が仕事を覚えて早く一人前になってくれって言ってくれたから、ちょっとの時間でも指導を仰ぎに彼に会いに行ったり、教えを請うためにメッセージを送ったりしている。それが、彼がいつか誰かを選んだら、できなくなる…?
そりゃ、その“誰か”は嫌だろう。たとえ仕事の相棒でも、プライベートの時間まで会いに来たりメッセージを送ったりしてくるのは。
そうなれば当然、私は身を引かなくてはいけなくなる。おかしい、そうするのが嫌だから付き合いたくないって思ってるのに。付き合わなくてもそうなるのは、なんか理不尽じゃないか…!?
「そんなの嫌です!!」
「若いっていいわねえ」
立ち上がって急いで会計を済ませる。ひどい、先輩絶対気づいてて言わなかったんだ!! 私が気づくまで待ってたんだ! ちっくしょう最近厳しい指導なかったから忘れてた! 自分で考えてごらん、のターンだったんだ!!
▽▽▽▽▽
「というわけで私と付き合ってください!!」
「……なにが、というわけで、なんだ…」
半泣きになってセーフハウスに乗り込んだ私を見て、諸伏先輩が天井を見上げて現実逃避している。
合わない視線に焦燥感が募って、彼の手を引く。いいからこっちを向いてってば!
「ひどい、知ってたんですね!」
「だから、何が」
「付き合わなかった場合でも私は身を引く必要があるって、知ってましたね!?」
「何の話? オレは今、環の言うところの『頭が回っていない』状態だ」
「お。じゃあ待ちます。そこを畳みかけられるとつらいですからね」
「ありがとう…」
お風呂にでも入るつもりだったのか、玄関を開けたすぐ先にいた彼に言い募ったので、扉を施錠して彼の手を引いてリビングへと進む。
大人しく手を引かれてくれている先輩は、ちょっと可愛い。
いつもの定位置に二人で向かい合って座って、少し復活してきたらしい諸伏先輩が口を開いた。
「確認する前に、環にお願いがある」
「はい?」
「……取り消すとか、言うなよ」
慎重な彼らしいことだ。私は笑顔で頷いた。
私が頷いたのにほっとしたらしい彼は、それで?と小首を傾げるだけでそう伝えてくる。あ。なんだ、私もわずかな仕草で彼の気持ちを読み取れるんじゃないかって、そう気づいてしまって…嬉しくて、頬がだらしなく緩む。
「付き合って別れたら、先輩を失うわけじゃないですか」
「……別れるつもりはないけど、先を聞こうか」
「でも付き合わなくても、いつか先輩が誰かを選んだら…私は仕事以外だと先輩に会えなくなる、その誰かに遠慮しなくちゃいけなくなる、それは先輩を失うのと一緒だよなって、そう思って」
「――なるほど…?」
「なるほど? なるほどってなに??」
「オレは環と付き合うつもりだし、付き合ったら別れるつもりはない。いつか選ぶ誰かとやらを一ミリも、本当にこれっぽっちも想定していない」
「……はい?」
おかしい。私はきっと、諸伏先輩がよく自分で気づいたなってそう褒めるか、お前にしては答えに到達するまで時間が早すぎるなどこかでヒントを得たのかって、そう聞いてくるものだと思っていた。
ヒントを得たのを隠すつもりはないので、褒められたかったけど仕方ない報告はあげるべきってそう、思っていたのに。
諸伏先輩は軽く頷いて、そういう説得の仕方もあったかって呟いている。えっ…? あ、あっれれ~?? お、おっかしいぞ~!! ちょっとトイレ!
立とうとしたけど先輩が即座に手首を掴んで止めてくる。
「取り消すとか言うなって言っておいて良かった」
「待って? なんか私、もしかして盛大に暴走しました?」
「いい仕事したな。なんだろ、今日の仕事でそんないいヒントくれるやついたか?」
ヒントを得たことには気づいていらっしゃる!! 数名の名前を上げていく彼に私は疲れ切った気持ちで、今日あった出来事を報告することにした。
「情報は無事に引き出せて…というより勝手に話してくれていたので回収して、報告を終えてます。…ええと、そうだ、付き合ってもないのに嫉妬して、すみませんでした」
「急に話が飛んだぞ、順を追ってくれ」
「すみません、つい気持ちが急いて。お昼を食べに店に入ったターゲットを追って私が店内で食事をしたんです。それで食事を終えたターゲットは他の人に任せて、私は追跡をやめたんです」
「うん。それで?」
「お店のテレビで見たワイドショーで言ってたんです。付き合ってもない女からの嫉妬はやめてほしいよなって」
「……それは多分、付き合ってるかどうかじゃなくて、好きでもない女っていう表現が合うんじゃないのか? オレは環が好きだから、嫉妬は嬉しいけど」
………あれっ
そこから間違えてたの? おいあのコメンテーター今後応援しないからな!
先輩が左手を差し出してくるのが見えて、もう癖みたいになってるのでそこに右手を乗せて、こちらからぎゅうと握りしめる。初めてのことに、先輩が嬉しそうに微笑むのが見えた。
「私には嫉妬する権利なんてないのに悪いことしちゃったなって思って机に突っ伏したら、お店のご夫婦に心配かけちゃって…」
「それで、付き合わなくても云々のヒントを貰ったってことか。どこの店だ? オレはそこに通うことを決めた」
「やめてぇええええ!!」
「菓子折持っていかないと…」
からかってる様子も、冗談を言っている様子もないのが伝わってくる。この人、本気だ!!
諸伏先輩が私とつないでいない方の手を…右手を高く上げるのが見える。挙手。やっぱり似合わないなってそう思う。
「質問があります」
「…はい、諸伏くん」
「恋人には、どこから許してもらえる?」
環の怖がることはしないから。そう続けられるけど、私は私がどこからなら怖くないのか、分からない。多分私より先輩の方が詳しい筈だ。
迷って、迷った後初心に立ち返ることにする。分からない、そういう時はもちろん相談。報連相はとっても大事。
「キスしたいなって思うんですけど、私大丈夫そうですか?」
「…思ってたより一足飛びで驚いてる」
「手を繋ぐだけっていう今までがちょっとアレだったと思います」
「お前それだって最初は結構緊張してたからな?」
「…そうなんですか?」
「そうなんだよ。……ううん、でもオレもキスはしたい」
キスしたい、そう思ってくれることに心底ほっとする。良かった、嫌がられたりしなかった。私がそう安堵したのが、先輩にはもちろん伝わってしまったらしい。かなり悩んでいる素振りだったけど、最終的に頷いてくれた。
「このまま手を繋いでるから、ちょっとでも嫌だったら力をこめてくれ。すぐに離れる」
「……あの、私がキスしたいって言ったんですけど」
「多分無意識に強張ると思うから、こっちで判断する」
キスする前の会話って、こんなんでいいんだっけ…?
過去の記憶を振り返ろうとして、繋がれた指先を軽く引かれて思考を中断する。いけない、また脳内を勝手に読まれてしまう。
「好きだよ」
「……うん」
「環がオレの恋人になってくれて、嬉しい」
「…………っま、待ち時間が緊張します早くして!」
「ふっ……はいはい、可愛い恋人のお願いだからな」
顔がゆっくり近づいてきて、私の前髪に、彼の黒い髪が重なる。久々のおでここつんだ。
至近距離の彼の顔に、顔に熱が集まるのが分かる。じっと見つめられて、羞恥にぎゅうと目を閉じた。
こんな、こんな時までそんなに確認する…? 私のためを思ってくれてるのは分かるけど、恥ずかしいです…!
「好きだよ。ずっと環の傍にいさせてくれ」
そう囁かれて、懇願に近いその声の響きに驚いている間の一瞬だけ、本当に重ねるだけのキスを唇に受けて。え、終わり? っていう顔を、してしまった。
「うん、大丈夫そうだから、もう一回頼む」
今度は、ちょっと長かった。
舌を入れるつもりはないらしくて、多分今日はここまでって決めてるんだろうなって、私にももう分かるようになった。
大事にしてもらっている。愛されている。私の体を、私以上に思ってくれている。
「……ヒロ」
「――ん?」
「好きです。伝えるのが遅くなってごめんなさい」
抱きしめたいって、そういう顔をしているのに怖がらないかなってちょっと考えている彼の腕に、自分から飛び込んだ。
勝手に体が怖がったって、あなたならなんとかしてくれるでしょ任せました!
続く
ターゲットの背後の席で一般客を装ってサバの味噌煮定食をつつきながら、ふーんなるほどね、と重要事項を脳内にメモしていく。
数年前はこのメモもなかなかできなくて、ひんひん泣いてた。びっしばし鍛えてくれた諸伏先輩の姿を思い出して、ふふっと笑ってしまう。ご飯が美味しい!みたいな顔にしているので、まあ誰も見てないと思うけどそこらへんは安心してほしい。最後の一口を食べ終えて、食後のお茶を口に運ぶ。
背後でターゲットが連れと一緒に立ち上がる気配がするが、店の外に出た後は別の人間がやつを追うことになっている。私は店外で待機している仲間に伝えるために湯呑の縁をこんこん、と軽く指先で二度つついた。私のスマホに入っている盗聴アプリできっと合図を聞いてくれているだろう。
…先輩と早くこういう風に仕事をしたいな。
熱いお茶が入る湯呑を両手で持って、ターゲットが会計を終えて店を出たのを確認する。髪の毛で隠した耳のイヤホンに、こんこん、と二回微かなノック音が響くのを確認した。
今日の仕事は、これで終わりだ。脳内にメモした情報を盗聴していた仲間と照合する必要はあるけれど。
ふう、と息を吹きかけてお茶を口に運ぶ。安くて美味しい、ご年配の夫婦が仲良く切り盛りする定食屋。お店の壁にはテレビがあって、お昼のワイドショーでやんややんやと盛り上がっている。
なんの話題かな、今まで気にもしてなかったのにそう思ってそちらに意識を向ける。
『付き合ってもない女からの嫉妬はちょっとねー!!』
………ふうん?
『前の彼女の話を聞いてきたり』
なんか、身に覚えあるな??
『飲み屋のお姉ちゃんにもうるさく言ったりして』
先輩のは飲み屋っていうか高級ソープとかそういうやつだと思うけど、私いろいろ言った記憶あるね!!??
『そういうのは、嫌だよね』
同意する声が続き、どっと沸くスタジオ。私は、机に突っ伏した。振り返ってみると、なんか最近……うん、なんなら梓さんにも嫉妬していることを自覚した。
相棒みたいでいいなって言うより、あれは…。育まれた情緒が仕事しているせいで分かってしまう。目と目で通じ合うぐらいお互いを理解してるってところが、羨ましかったんだな。
のろのろと顔を起こして、心配そうにこちらを見ていたご夫婦に笑いかける。このままでは体調不良だと思われてしまう。焦った私は、本音をこぼしていた。
「付き合ってないのに嫉妬しちゃう女だって自覚しただけなんですぅ」
まだ盗聴アプリを停止していなかった。耳元のイヤホンからぶふって噴き出す仲間の気配がする。おま、お前後で風見先輩からお叱りを受けたらいいと思う! 慌ててアプリを停止した。
「お付き合い、すればいいのに」
「お前それは、不躾っていうんだよ。お相手の気持ちもあるだろうし」
あっ、会話続けてくれちゃうんですね?
店内には私と、もう一人常連さんがいるだけになったからかもしれない。奥さんの方が心底不思議そうにするのを、旦那さんの方が慌てて止めている。
私はおそらく今日だけの、今日一日だけの付き合いになる人だから話しやすかったのだろうと思う、本音をこぼしていた。
「お付き合いして、お別れするのが怖いんです。お付き合いしなければ、ずっと一緒にいられるのに」
「あら。そうかしら」
「え?」
「お付き合いしなかったら、お相手はいつか別の誰かを選んで離れていくんじゃないかしら」
「え? いえ、お仕事が一緒なので…」
「お仕事以外では、会えなくなるわね?」
……そういや、そうだな。
言い訳させてほしい。私は、今の今まで。本当に。本当の本当に、その事実に一ミリも気付いていなかった。
だって今私は、先輩が仕事を覚えて早く一人前になってくれって言ってくれたから、ちょっとの時間でも指導を仰ぎに彼に会いに行ったり、教えを請うためにメッセージを送ったりしている。それが、彼がいつか誰かを選んだら、できなくなる…?
そりゃ、その“誰か”は嫌だろう。たとえ仕事の相棒でも、プライベートの時間まで会いに来たりメッセージを送ったりしてくるのは。
そうなれば当然、私は身を引かなくてはいけなくなる。おかしい、そうするのが嫌だから付き合いたくないって思ってるのに。付き合わなくてもそうなるのは、なんか理不尽じゃないか…!?
「そんなの嫌です!!」
「若いっていいわねえ」
立ち上がって急いで会計を済ませる。ひどい、先輩絶対気づいてて言わなかったんだ!! 私が気づくまで待ってたんだ! ちっくしょう最近厳しい指導なかったから忘れてた! 自分で考えてごらん、のターンだったんだ!!
▽▽▽▽▽
「というわけで私と付き合ってください!!」
「……なにが、というわけで、なんだ…」
半泣きになってセーフハウスに乗り込んだ私を見て、諸伏先輩が天井を見上げて現実逃避している。
合わない視線に焦燥感が募って、彼の手を引く。いいからこっちを向いてってば!
「ひどい、知ってたんですね!」
「だから、何が」
「付き合わなかった場合でも私は身を引く必要があるって、知ってましたね!?」
「何の話? オレは今、環の言うところの『頭が回っていない』状態だ」
「お。じゃあ待ちます。そこを畳みかけられるとつらいですからね」
「ありがとう…」
お風呂にでも入るつもりだったのか、玄関を開けたすぐ先にいた彼に言い募ったので、扉を施錠して彼の手を引いてリビングへと進む。
大人しく手を引かれてくれている先輩は、ちょっと可愛い。
いつもの定位置に二人で向かい合って座って、少し復活してきたらしい諸伏先輩が口を開いた。
「確認する前に、環にお願いがある」
「はい?」
「……取り消すとか、言うなよ」
慎重な彼らしいことだ。私は笑顔で頷いた。
私が頷いたのにほっとしたらしい彼は、それで?と小首を傾げるだけでそう伝えてくる。あ。なんだ、私もわずかな仕草で彼の気持ちを読み取れるんじゃないかって、そう気づいてしまって…嬉しくて、頬がだらしなく緩む。
「付き合って別れたら、先輩を失うわけじゃないですか」
「……別れるつもりはないけど、先を聞こうか」
「でも付き合わなくても、いつか先輩が誰かを選んだら…私は仕事以外だと先輩に会えなくなる、その誰かに遠慮しなくちゃいけなくなる、それは先輩を失うのと一緒だよなって、そう思って」
「――なるほど…?」
「なるほど? なるほどってなに??」
「オレは環と付き合うつもりだし、付き合ったら別れるつもりはない。いつか選ぶ誰かとやらを一ミリも、本当にこれっぽっちも想定していない」
「……はい?」
おかしい。私はきっと、諸伏先輩がよく自分で気づいたなってそう褒めるか、お前にしては答えに到達するまで時間が早すぎるなどこかでヒントを得たのかって、そう聞いてくるものだと思っていた。
ヒントを得たのを隠すつもりはないので、褒められたかったけど仕方ない報告はあげるべきってそう、思っていたのに。
諸伏先輩は軽く頷いて、そういう説得の仕方もあったかって呟いている。えっ…? あ、あっれれ~?? お、おっかしいぞ~!! ちょっとトイレ!
立とうとしたけど先輩が即座に手首を掴んで止めてくる。
「取り消すとか言うなって言っておいて良かった」
「待って? なんか私、もしかして盛大に暴走しました?」
「いい仕事したな。なんだろ、今日の仕事でそんないいヒントくれるやついたか?」
ヒントを得たことには気づいていらっしゃる!! 数名の名前を上げていく彼に私は疲れ切った気持ちで、今日あった出来事を報告することにした。
「情報は無事に引き出せて…というより勝手に話してくれていたので回収して、報告を終えてます。…ええと、そうだ、付き合ってもないのに嫉妬して、すみませんでした」
「急に話が飛んだぞ、順を追ってくれ」
「すみません、つい気持ちが急いて。お昼を食べに店に入ったターゲットを追って私が店内で食事をしたんです。それで食事を終えたターゲットは他の人に任せて、私は追跡をやめたんです」
「うん。それで?」
「お店のテレビで見たワイドショーで言ってたんです。付き合ってもない女からの嫉妬はやめてほしいよなって」
「……それは多分、付き合ってるかどうかじゃなくて、好きでもない女っていう表現が合うんじゃないのか? オレは環が好きだから、嫉妬は嬉しいけど」
………あれっ
そこから間違えてたの? おいあのコメンテーター今後応援しないからな!
先輩が左手を差し出してくるのが見えて、もう癖みたいになってるのでそこに右手を乗せて、こちらからぎゅうと握りしめる。初めてのことに、先輩が嬉しそうに微笑むのが見えた。
「私には嫉妬する権利なんてないのに悪いことしちゃったなって思って机に突っ伏したら、お店のご夫婦に心配かけちゃって…」
「それで、付き合わなくても云々のヒントを貰ったってことか。どこの店だ? オレはそこに通うことを決めた」
「やめてぇええええ!!」
「菓子折持っていかないと…」
からかってる様子も、冗談を言っている様子もないのが伝わってくる。この人、本気だ!!
諸伏先輩が私とつないでいない方の手を…右手を高く上げるのが見える。挙手。やっぱり似合わないなってそう思う。
「質問があります」
「…はい、諸伏くん」
「恋人には、どこから許してもらえる?」
環の怖がることはしないから。そう続けられるけど、私は私がどこからなら怖くないのか、分からない。多分私より先輩の方が詳しい筈だ。
迷って、迷った後初心に立ち返ることにする。分からない、そういう時はもちろん相談。報連相はとっても大事。
「キスしたいなって思うんですけど、私大丈夫そうですか?」
「…思ってたより一足飛びで驚いてる」
「手を繋ぐだけっていう今までがちょっとアレだったと思います」
「お前それだって最初は結構緊張してたからな?」
「…そうなんですか?」
「そうなんだよ。……ううん、でもオレもキスはしたい」
キスしたい、そう思ってくれることに心底ほっとする。良かった、嫌がられたりしなかった。私がそう安堵したのが、先輩にはもちろん伝わってしまったらしい。かなり悩んでいる素振りだったけど、最終的に頷いてくれた。
「このまま手を繋いでるから、ちょっとでも嫌だったら力をこめてくれ。すぐに離れる」
「……あの、私がキスしたいって言ったんですけど」
「多分無意識に強張ると思うから、こっちで判断する」
キスする前の会話って、こんなんでいいんだっけ…?
過去の記憶を振り返ろうとして、繋がれた指先を軽く引かれて思考を中断する。いけない、また脳内を勝手に読まれてしまう。
「好きだよ」
「……うん」
「環がオレの恋人になってくれて、嬉しい」
「…………っま、待ち時間が緊張します早くして!」
「ふっ……はいはい、可愛い恋人のお願いだからな」
顔がゆっくり近づいてきて、私の前髪に、彼の黒い髪が重なる。久々のおでここつんだ。
至近距離の彼の顔に、顔に熱が集まるのが分かる。じっと見つめられて、羞恥にぎゅうと目を閉じた。
こんな、こんな時までそんなに確認する…? 私のためを思ってくれてるのは分かるけど、恥ずかしいです…!
「好きだよ。ずっと環の傍にいさせてくれ」
そう囁かれて、懇願に近いその声の響きに驚いている間の一瞬だけ、本当に重ねるだけのキスを唇に受けて。え、終わり? っていう顔を、してしまった。
「うん、大丈夫そうだから、もう一回頼む」
今度は、ちょっと長かった。
舌を入れるつもりはないらしくて、多分今日はここまでって決めてるんだろうなって、私にももう分かるようになった。
大事にしてもらっている。愛されている。私の体を、私以上に思ってくれている。
「……ヒロ」
「――ん?」
「好きです。伝えるのが遅くなってごめんなさい」
抱きしめたいって、そういう顔をしているのに怖がらないかなってちょっと考えている彼の腕に、自分から飛び込んだ。
勝手に体が怖がったって、あなたならなんとかしてくれるでしょ任せました!
続く