NOCバレした先輩と信頼関係?を築く話
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第一話
その日私は非番だった。久々の非番で、るんるん気分でサウナを堪能して無事に“整い”気分は爽快。
お肌はつやつやのぷるっぷる。男日照りだなんだと言ってきた同僚をこの肌艶でぶん殴ってやりますわ~!と足取り軽く家路についていた時だった。
スマホがけたたましく鳴り、震える。げっと小さく声を上げながら確認すると風見先輩である。
「もしも「環、今その近くで諸伏が逃走中だ!合流して早急に匿え!」…嫌ですよ非番なんですよこちとら」
言い訳させてほしい。
私は能力が足りないのに男女雇用機会均等法だなんだという名目で警視庁公安部に所属になったんだけど、求められる能力値が高すぎて早々に心が折れていたんだ。
そこに久々のサウナで整った私のゆるゆるかつあんぽんたんな脳味噌は…諸伏先輩が逃走中ということの意味をまったく、一ミリも理解していなかった。
諸伏先輩こと諸伏景光は潜入捜査官であり、私は彼の名前と外見こそ知らされているもののまだ一度も二人きりで会話をしたことがない。それもいけなかったのかもしれない。仲間意識がどうも薄かったんだな。
電話口の向こうで風見先輩が絶句し、頭を抱えているのが伝わって来た。そこでようやく自分の返答が大分まずかったことに気付く。命令違反で罰されてしまう!
「あ…あの、間違えました。頑張ります。ええと、猫目のわんちゃんを捕獲します」
『頑張る……?』
「いえ!必ず!!」
耳元で聞こえた風見先輩のガチギレボイスに本気で数ミリほど飛び上がってビビってしまった。通話を終了するとすぐに諸伏先輩の物だろう位置情報が送られてくる。
もういやだ地図見るの苦手なんだよ!と泣きながら何度も画面と周囲とを見直して、ようやく走り出す。
「みっちゃん!どこー!!」
景光だからみっちゃん。安易な名づけだが猫か犬かを探しているように見えるだろう。
位置情報を確認しながらそう声をかけて裏路地に入る。大通りから外れたそこは恐ろしく暗いが、泣き言は言っていられない。ひん、と泣きながらみっちゃん、みっちゃんと呼び掛ける。
路地に放り捨てられた缶ビールを跨いで角を曲がり、その先に見つけた人影にようやくほっとする。
「みっちゃん!」
「―――わん」
向こうも私を正しく認識したようである。一般人もしくは不審者とは思われなかったことにほっとして彼を手招きして、近くのビルの勝手口だろうドアノブを力任せに捻った。
鍵?関係ないですねゴリラなんで。ばきゃっという音と共に開いたそれにいい子だねと呟いて扉を開けてお邪魔して、無事捕獲のかなったみっちゃんを押し込む。
「よーしよし大丈夫だよ怖かったねえ。もう大丈夫だよ私が守ってあげるからねえ」
言い訳させてほしい。
サウナで整った私のゆるゆるかつあんぽんたんな脳味噌は、風見先輩のガチギレボイスに震えあがった結果おかしな幻覚を見せていた。
この時諸伏先輩が可愛いわんこに見えていたのである。実家で昔兄妹同然に育った黒柴・あんみつのみっちゃんに見えていたのである。
扉の向こうで誰かを探すような足音が響く。それに身を震わせたみっちゃんの頭をぎゅうぎゅうに抱きしめて、わっしゃわっしゃと撫でまわしてしまった。おっ、手触りちょっと悪いな今日はいいシャンプー使ってあげるよ!と言いながら。
恐怖に身を固くしていた黒柴は、時期にゆるゆると体から力を抜いていき、くぅんくぅんと甘えるように鳴いて首筋に鼻先をすり寄せてきた。可愛いなあなんて余計に後頭部のあたりをわしゃわしゃと撫でてやって、がぶりと首筋を噛まれた痛みで我に返った。
「痛っ…!あれ、みっちゃんは…みっちゃんはどこへ…!」
「わん」
「何ふざけてんすか諸伏先輩」
「環の始めた遊びに付き合った結果だけど?」
諸伏先輩の唾液でべたつく首筋を服の袖で拭う。初めて話したけどこんなノリの良い人だったのか。もっとまじめで融通のきかない人かと思っていた。
諸伏先輩がスマホで誰かにメールを送るのを見て、あんまり見つめるのも悪いかと思い、扉を少しだけ開けて外をうかがう。追手の気配はないようだ。
まだスマホを操作中の先輩を振り返り、次に自分の体を見下ろす。ぎりぎり入るだろう、そう考えて着ていたオーバーサイズのグレーのスウェットを脱ぎ捨てて先輩に放り投げる。サウナで私は体の芯がぽかぽかしているので外気を素肌に浴びてもそう寒くはない。恥ずかしくはあるので、早く先輩の着ている灰色のような青のような複雑の色のパーカーをよこしてほしい。
「汗臭いかもしれないけど、我慢してくださいね」
「……それはこっちのセリフだと思うけど」
少し目を逸らした先輩が、パーカーを脱いでこちらに放ってくれる。受け取ったそれを下着の上に直接羽織り、ほんとだ汗臭いなって思わず眉を寄せてしまった。走って逃げてきたんだろうから仕方ないけど。
ジッパーを一番上まで上げるが、サイズが大きいためかがむのは避けた方が良さそうな仕上がりだ。振り返れば先輩も着替え終わっている。服の印象を変えれば少しは欺けるのではと思ったが…。
「その顔面凶器どうします?」
「が…顔面凶器?初めて言われた」
「今冗談言ってる場合じゃないんすけど」
言われてないわけないだろう。どうやってその嫌味みたいに整った顔を隠すのか手立てを考えてほしい。ちなみに私は完全に頭の良いだろう先輩任せだ。ぺーぺーの新人に期待する方がおかしい。
「髭だけでも剃ります?コンビニ行って髭剃り買ってきましょうか」
髭は大事なアイテムだったようで、先輩が少し考え込むようなそぶりを見せる。命には代えられないだろうから少し待てばうんと頷くだろうと待ってみる。
………………待ってみたが頷かない。
先輩にとっての髭の重要性を知り軽く頷く。
「ここに剃った髭を落としていくかもしれないだろ。証拠は残せない」
「なるほど」
「………ドアノブの指紋拭いておけよって、指示出した方がいい?」
「了解しました!」
わあ、諸伏先輩が風見先輩みたいな「頭痛が痛い」みたいなポーズをとってる。慌てて持っていたサウナのお供グッズからタオルを引っ張り出してドアノブをさっと拭っておいた。完璧に消すとかえって怪しい。指紋の採取が困難になる程度でいいだろう。
「連絡がついた。多分、キャップぐらいは持ってるはずだ」
「あ?!そうなんですね!じゃあ自分は引継ぎしたら帰ってもいいですか?非番なんで」
「…………」
「冗談です!!」
こっぇええええ!
実際にはなんも言われてないのに、今日初めて会話した相手なのに「ふざけてるのか?」って言われたの分かった!
この恐怖でようやく私の頭が動き始めたような気がする。先輩は黒ずくめの組織にNOCだとバレて、今もなおその命を狙われている。私とカップルのふりをしてここを離れるのがさしあたっての急務だろう。
すみません、今ようやく仕事モードに入ったことを宣言します。
しばらくして静かな足音が近づいてくる。二人で身を固くしたが、現れたのは私の憧れ、降谷さんであった。降谷さんだ!とちょっと飛び上がる。
降谷さんは私が着ている諸伏先輩のパーカーをちらりと見て、頭に手をぽんと乗せてくれる。
「環の考えか?よく思いついたな」
「はい!がんばりました」
「ありがとう」
ありがとう?そう言われた意味は分からなかったが、降谷さんの目がとても優しかったのでどうでも良かった。
憧れの降谷さんに褒められ、なおかつ礼を言われている。ただそれだけを享受した。良かった今日が非番で、さらにサウナに行っていて。そのおかげで降谷さんに褒めてもらえた!
ヒロ、そう短く諸伏先輩に声をかける降谷さんの背中を見送って、私は扉の前で警戒に立つ。そうか、景光だからヒロの方が自然だなと思いつつ。じゃあみっちゃんあらためひろちゃんだな。ひろちゃん、ひろちゃん、ひろちゃん…オッケー上書き完了した。これでこっそり降谷さんとお揃いの呼び方だ。
二人同時に「環」と名前を呼ばれて顔を上げる。
「ひろちゃん!」
「「は?」」
二人にぽかんとした顔を向けられて、私は今何を言ったのかと思い出したくもないが思い出した。上書き作業に集中しすぎて声に出てしまったようだ。諸伏先輩は私とは今日が初めてなのでまだぽかんとしているが、降谷さんはもう復帰していた。
「いいんじゃないか。カップルのふりしてヒロとここを離脱しろ。理解したか?」
「了解しました!いきましょひろちゃんっ!」
「……確認。環はオレの後輩で…間違いなく公安所属なんだよ、な…?」
腕を組んでカップルのように振舞う私に、諸伏先輩がとても不安そうな目を向けてくる。
「今冗談言ってる場合じゃないんすけど」
「オレのセリフなんだよなあ…」
「ヒロ、それはもうそういうものとして諦めてくれ。指示さえ間違わなければ結構使えるから」
「褒められた!」
「褒めてないと思うぞ。…いや?褒めてるな…!?珍しい…君、何者だ?」
「後輩その一です」
「ゴリラだ」
「同族じゃないですか降谷さんだって!腕相撲で勝てなかったの初めてなんですけど」
「ごめん、腕組むのやめてもらってもいいかな?」
逃げようと腕を引く諸伏先輩を逃がすまいとぐっと力を籠める。カップルのふりは降谷さんからの指示である。従わないのならば命令違反になる。
「そうだヒロ。気が昂ってるのは理解するけど、同意はとれよ」
「いや、これはちょっと気の迷いだった。目の前に美味しいエサがぶら下がったのかと思ったけど………ううん」
何の話かは分からないのでとりあえずお二人の邪魔にならないように口を閉ざしておく。降谷さんがおもむろに私の首筋を撫でる。いたわるような手つきだが、突然のことに驚いて数ミリ程度浮きあがる。
「気の迷いだといいな」
「不穏なことを言うなよ」
この二人、仲がいいんだな。降谷さんの声がいつもより柔らかいことにようやく気付く。なるほど、だから「ありがとう」だったわけだ。
降谷さんが先に外に出て、ルートを確保してくれる。キャップを目深にかぶった諸伏先輩と腕を組んで私達もその場を後にした。
続く
その日私は非番だった。久々の非番で、るんるん気分でサウナを堪能して無事に“整い”気分は爽快。
お肌はつやつやのぷるっぷる。男日照りだなんだと言ってきた同僚をこの肌艶でぶん殴ってやりますわ~!と足取り軽く家路についていた時だった。
スマホがけたたましく鳴り、震える。げっと小さく声を上げながら確認すると風見先輩である。
「もしも「環、今その近くで諸伏が逃走中だ!合流して早急に匿え!」…嫌ですよ非番なんですよこちとら」
言い訳させてほしい。
私は能力が足りないのに男女雇用機会均等法だなんだという名目で警視庁公安部に所属になったんだけど、求められる能力値が高すぎて早々に心が折れていたんだ。
そこに久々のサウナで整った私のゆるゆるかつあんぽんたんな脳味噌は…諸伏先輩が逃走中ということの意味をまったく、一ミリも理解していなかった。
諸伏先輩こと諸伏景光は潜入捜査官であり、私は彼の名前と外見こそ知らされているもののまだ一度も二人きりで会話をしたことがない。それもいけなかったのかもしれない。仲間意識がどうも薄かったんだな。
電話口の向こうで風見先輩が絶句し、頭を抱えているのが伝わって来た。そこでようやく自分の返答が大分まずかったことに気付く。命令違反で罰されてしまう!
「あ…あの、間違えました。頑張ります。ええと、猫目のわんちゃんを捕獲します」
『頑張る……?』
「いえ!必ず!!」
耳元で聞こえた風見先輩のガチギレボイスに本気で数ミリほど飛び上がってビビってしまった。通話を終了するとすぐに諸伏先輩の物だろう位置情報が送られてくる。
もういやだ地図見るの苦手なんだよ!と泣きながら何度も画面と周囲とを見直して、ようやく走り出す。
「みっちゃん!どこー!!」
景光だからみっちゃん。安易な名づけだが猫か犬かを探しているように見えるだろう。
位置情報を確認しながらそう声をかけて裏路地に入る。大通りから外れたそこは恐ろしく暗いが、泣き言は言っていられない。ひん、と泣きながらみっちゃん、みっちゃんと呼び掛ける。
路地に放り捨てられた缶ビールを跨いで角を曲がり、その先に見つけた人影にようやくほっとする。
「みっちゃん!」
「―――わん」
向こうも私を正しく認識したようである。一般人もしくは不審者とは思われなかったことにほっとして彼を手招きして、近くのビルの勝手口だろうドアノブを力任せに捻った。
鍵?関係ないですねゴリラなんで。ばきゃっという音と共に開いたそれにいい子だねと呟いて扉を開けてお邪魔して、無事捕獲のかなったみっちゃんを押し込む。
「よーしよし大丈夫だよ怖かったねえ。もう大丈夫だよ私が守ってあげるからねえ」
言い訳させてほしい。
サウナで整った私のゆるゆるかつあんぽんたんな脳味噌は、風見先輩のガチギレボイスに震えあがった結果おかしな幻覚を見せていた。
この時諸伏先輩が可愛いわんこに見えていたのである。実家で昔兄妹同然に育った黒柴・あんみつのみっちゃんに見えていたのである。
扉の向こうで誰かを探すような足音が響く。それに身を震わせたみっちゃんの頭をぎゅうぎゅうに抱きしめて、わっしゃわっしゃと撫でまわしてしまった。おっ、手触りちょっと悪いな今日はいいシャンプー使ってあげるよ!と言いながら。
恐怖に身を固くしていた黒柴は、時期にゆるゆると体から力を抜いていき、くぅんくぅんと甘えるように鳴いて首筋に鼻先をすり寄せてきた。可愛いなあなんて余計に後頭部のあたりをわしゃわしゃと撫でてやって、がぶりと首筋を噛まれた痛みで我に返った。
「痛っ…!あれ、みっちゃんは…みっちゃんはどこへ…!」
「わん」
「何ふざけてんすか諸伏先輩」
「環の始めた遊びに付き合った結果だけど?」
諸伏先輩の唾液でべたつく首筋を服の袖で拭う。初めて話したけどこんなノリの良い人だったのか。もっとまじめで融通のきかない人かと思っていた。
諸伏先輩がスマホで誰かにメールを送るのを見て、あんまり見つめるのも悪いかと思い、扉を少しだけ開けて外をうかがう。追手の気配はないようだ。
まだスマホを操作中の先輩を振り返り、次に自分の体を見下ろす。ぎりぎり入るだろう、そう考えて着ていたオーバーサイズのグレーのスウェットを脱ぎ捨てて先輩に放り投げる。サウナで私は体の芯がぽかぽかしているので外気を素肌に浴びてもそう寒くはない。恥ずかしくはあるので、早く先輩の着ている灰色のような青のような複雑の色のパーカーをよこしてほしい。
「汗臭いかもしれないけど、我慢してくださいね」
「……それはこっちのセリフだと思うけど」
少し目を逸らした先輩が、パーカーを脱いでこちらに放ってくれる。受け取ったそれを下着の上に直接羽織り、ほんとだ汗臭いなって思わず眉を寄せてしまった。走って逃げてきたんだろうから仕方ないけど。
ジッパーを一番上まで上げるが、サイズが大きいためかがむのは避けた方が良さそうな仕上がりだ。振り返れば先輩も着替え終わっている。服の印象を変えれば少しは欺けるのではと思ったが…。
「その顔面凶器どうします?」
「が…顔面凶器?初めて言われた」
「今冗談言ってる場合じゃないんすけど」
言われてないわけないだろう。どうやってその嫌味みたいに整った顔を隠すのか手立てを考えてほしい。ちなみに私は完全に頭の良いだろう先輩任せだ。ぺーぺーの新人に期待する方がおかしい。
「髭だけでも剃ります?コンビニ行って髭剃り買ってきましょうか」
髭は大事なアイテムだったようで、先輩が少し考え込むようなそぶりを見せる。命には代えられないだろうから少し待てばうんと頷くだろうと待ってみる。
………………待ってみたが頷かない。
先輩にとっての髭の重要性を知り軽く頷く。
「ここに剃った髭を落としていくかもしれないだろ。証拠は残せない」
「なるほど」
「………ドアノブの指紋拭いておけよって、指示出した方がいい?」
「了解しました!」
わあ、諸伏先輩が風見先輩みたいな「頭痛が痛い」みたいなポーズをとってる。慌てて持っていたサウナのお供グッズからタオルを引っ張り出してドアノブをさっと拭っておいた。完璧に消すとかえって怪しい。指紋の採取が困難になる程度でいいだろう。
「連絡がついた。多分、キャップぐらいは持ってるはずだ」
「あ?!そうなんですね!じゃあ自分は引継ぎしたら帰ってもいいですか?非番なんで」
「…………」
「冗談です!!」
こっぇええええ!
実際にはなんも言われてないのに、今日初めて会話した相手なのに「ふざけてるのか?」って言われたの分かった!
この恐怖でようやく私の頭が動き始めたような気がする。先輩は黒ずくめの組織にNOCだとバレて、今もなおその命を狙われている。私とカップルのふりをしてここを離れるのがさしあたっての急務だろう。
すみません、今ようやく仕事モードに入ったことを宣言します。
しばらくして静かな足音が近づいてくる。二人で身を固くしたが、現れたのは私の憧れ、降谷さんであった。降谷さんだ!とちょっと飛び上がる。
降谷さんは私が着ている諸伏先輩のパーカーをちらりと見て、頭に手をぽんと乗せてくれる。
「環の考えか?よく思いついたな」
「はい!がんばりました」
「ありがとう」
ありがとう?そう言われた意味は分からなかったが、降谷さんの目がとても優しかったのでどうでも良かった。
憧れの降谷さんに褒められ、なおかつ礼を言われている。ただそれだけを享受した。良かった今日が非番で、さらにサウナに行っていて。そのおかげで降谷さんに褒めてもらえた!
ヒロ、そう短く諸伏先輩に声をかける降谷さんの背中を見送って、私は扉の前で警戒に立つ。そうか、景光だからヒロの方が自然だなと思いつつ。じゃあみっちゃんあらためひろちゃんだな。ひろちゃん、ひろちゃん、ひろちゃん…オッケー上書き完了した。これでこっそり降谷さんとお揃いの呼び方だ。
二人同時に「環」と名前を呼ばれて顔を上げる。
「ひろちゃん!」
「「は?」」
二人にぽかんとした顔を向けられて、私は今何を言ったのかと思い出したくもないが思い出した。上書き作業に集中しすぎて声に出てしまったようだ。諸伏先輩は私とは今日が初めてなのでまだぽかんとしているが、降谷さんはもう復帰していた。
「いいんじゃないか。カップルのふりしてヒロとここを離脱しろ。理解したか?」
「了解しました!いきましょひろちゃんっ!」
「……確認。環はオレの後輩で…間違いなく公安所属なんだよ、な…?」
腕を組んでカップルのように振舞う私に、諸伏先輩がとても不安そうな目を向けてくる。
「今冗談言ってる場合じゃないんすけど」
「オレのセリフなんだよなあ…」
「ヒロ、それはもうそういうものとして諦めてくれ。指示さえ間違わなければ結構使えるから」
「褒められた!」
「褒めてないと思うぞ。…いや?褒めてるな…!?珍しい…君、何者だ?」
「後輩その一です」
「ゴリラだ」
「同族じゃないですか降谷さんだって!腕相撲で勝てなかったの初めてなんですけど」
「ごめん、腕組むのやめてもらってもいいかな?」
逃げようと腕を引く諸伏先輩を逃がすまいとぐっと力を籠める。カップルのふりは降谷さんからの指示である。従わないのならば命令違反になる。
「そうだヒロ。気が昂ってるのは理解するけど、同意はとれよ」
「いや、これはちょっと気の迷いだった。目の前に美味しいエサがぶら下がったのかと思ったけど………ううん」
何の話かは分からないのでとりあえずお二人の邪魔にならないように口を閉ざしておく。降谷さんがおもむろに私の首筋を撫でる。いたわるような手つきだが、突然のことに驚いて数ミリ程度浮きあがる。
「気の迷いだといいな」
「不穏なことを言うなよ」
この二人、仲がいいんだな。降谷さんの声がいつもより柔らかいことにようやく気付く。なるほど、だから「ありがとう」だったわけだ。
降谷さんが先に外に出て、ルートを確保してくれる。キャップを目深にかぶった諸伏先輩と腕を組んで私達もその場を後にした。
続く
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