<CASE1:第一世界編>





「可愛すぎてキレそう」

 翌日――処、ウルダハ。
 パーティまでそこそこ日がないので早速裁縫師ギルドへ駆け込んだカムイルの相談を、ローズは快く引き受けてくれた。とはいえブランドの新作監修で忙しい合間を縫ってのことなので、一日限定の特別アドバイザーである。
 急にパーティドレスをつくることになったカムイルへローズが経緯を聞かないわけもなく、素直に事情を説明した最後にリーンのとびきりの笑顔を思い出したカムイルは、ドレス生地を手にとって心に思ったままの言葉を口走っていた。
「何、あれ…マジで……なんであんなに可愛いの…?」
「キャメちゃんがここまで言う恋人だから、さぞ愛らしくて美しい子でしょうに……この目で見れないのが本当に残念だわ」
 言いながら、ローズは見本になりそうなドレスを着せたトルソーを何体か、アシスタント達と一緒にカムイルの前へ運んできてくれた。シルエットから生地の質感まで様々なもので、カムイルはローズの隣に並んでその一つ一つを細かくチェックしていく。自分で着る機会がないせいか、改めて見てみるとドレスにも様々なデザインやシルエットがあるものだと驚かされた。
「最初に、リーンちゃんのドレスだけど……デザインイメージから少し変えて、オフショルダーにしてみたらどうかしら」
 こんなふうに、とローズが一体のトルソーに手を伸ばす。ウエストから下が自然と広がるシルエットはイメージデザイン通りだが、ローズが説明するようにオフショルダーで、腕周りや胸元に総レースのふんわりしたフリルがついている。
「大人っぽいデザインがいいということだったけど、キャメちゃんの話を聞いた感じだと、少し甘めのエッセンスも入れた方がよさそうだったから。ヘアセットもアップにする予定みたいだし、これなら首回りや肩のラインを出しつつフェミニンな印象にもなるわ。いわゆる、大人可愛いってやつかしらね」
「なるほど、確かに…」
 普段のリーンも首からデコルテ付近がレースデザインになっているワンピースを着ているので、その印象を取り入れつつも、オフショルダーで普段より大人っぽいイメージチェンジができそうだ。
「色はもう決まっているの?」
「ええ。アイスブルーで…リーンの瞳の色なんです」
「まあ、素敵じゃない!きっと目の色がよく映えるわ」
 リーンのドレスデザインは決まり、続いてガイアのドレスのデザイン候補を選んでいく。本人からは直線ラインのシンプルなものを、という要望だった。
「ガイアちゃんは華やかなお顔立ち、ということだったわよね?せっかくならお顔に合わせてドレスもゴージャスで華やかなものにしたいところだけど……本人の希望もあることだし、シルエットはシンプルにして生地や素材で高級感を出すのはいかがかしら」
 そう話しながら、ローズがいくつかのトルソーを前へ出す。どれもレースやプリーツがない無地のシンプルなものだったが、華やかで目を引くガイアの顔立ちがかえって引き立ちそうだな、とカムイルは感じた。
「直線的なものがいいなら、この辺りかしらね」
 ボトルネックのノースリーブで、ウエストの切り替えしも目立たない本当にシンプルなデザインだ。丈はロングで少しだけスリットも入っている。これはこれで、大人っぽい綺麗めの雰囲気がガイアに似合いそうなものだった。
「あー…絶対に似合う。アクセとか小物を工夫したらいくらでも映えそう」
「あら、よくわかっているじゃない。アクセサリーもキャメちゃんがつくるの?」
「はい。ドレスのデザインが決まってから、そっちもセレンちゃんに相談しようと思って」
「ふふっ…貴方ほどの職人が私達ギルドマスターを頼ってくれるなんて、感心なことだし、それにとっても嬉しいわ」

 それぞれのドレスの製作レシピをギルドスタッフに用意してもらっている間、ローズの好意に甘えてサンシルクのサロンでドリンクをいただくことになった。ウルダハに拠点を置きながらも高級ブランド店のその中へ入ったことがなかったカムイルは、高級感がありながら上品で落ちついている内装に思わず溜息を吐く。
 ユールモアはさすがに都市内の景観まで手を入れる余裕がないので、きっとパーティ当日も都市の雰囲気に合わせた豪奢で華々しい会場になるだろう。その中でもきっと、ドレスをまとったリーンとガイアは会場の華やかさに負けないくらい輝いて見えると思う。その姿を思い浮かべて自然と表情が柔らかくなるカムイルを、ローズも嬉しそうな眼差しで見つめていた。
「…裁縫師や彫金師の仕事は、それを身にまとう人の魅力を最大限に引き出すこと。相談に来てくれたときのキャメちゃんの話は、二人の内面と外見どちらの魅力も引き立たせられるように一生懸命考えているのが伝わってきたわ」
「そう伝わっていたなら何よりです。本当に、二人共とても魅力的な女の子だから…」
「実際に本人に会えなくてもどんな雰囲気なのかよく伝わってきたわよ。二人のことが大切で、いつもよく見ているのね」
 二人を見守っているのは本当の話なのだが、他人から改めて言葉にされると気恥ずかしくて誤魔化すように眼鏡を軽く正す。そうこうしている内にスタッフが二着分のレシピを持ってきてくれたので、カムイルは席を立ってローズに深く頭を下げた。
「ありがとうございます。きっと、二人も喜んでくれると思います」
「いいのよ。今度、お土産話を聞かせてちょうだい」




 足早にサロンを去り、今度はアクセサリー類の相談のために彫金師ギルドへ。
 出迎えてくれたセレンディピティーはカムイルを歓迎し、相談内容を話すと目を輝かせて工房奥の広いテーブルへと案内してくれた。年若い女性ということもあってか、パーティ向けの装いと聞いて眼鏡の奥の瞳がいつもよりも輝いているのがわかる。
「あくまでも主役はドレスと考えて、アクセサリーはそれを引き立たせるものにしましょうっ!リーンちゃんは首元のラインを見せるためのオフショルダーとのことなので、控えめで小さな石の短いネックレスがおすすめです。ガイアちゃんは少しアクセントをつけてもいいと思うので、グラスを持ったときなどに引き立つように、利き手側にブレスレットをつけてみてはいかがでしょうか?」
 そう話しながら、セレンディピティーは箱に入ったサンプル用のレプリカを次々とカムイルの前へ広げてくれる。
職人としての技術はいくら立派になったところで、実際にコーディネートするときの組み合わせやアイディアが次々と出てくるのはセレンディピティーもローズもさすがはギルドマスターといったところで、カムイルはただただ舌を巻くしかない。ウルダハという土地柄もあって、きっと社交場向けの相談を受けるのも珍しいことではないのだろう。趣味でクラフターをやるだけでは培えない専門職ならではのスキルだ。
 ドレスのレシピとアクセサリーのサンプルを並べて次々と提案してくれるセレンディピティーを前にカムイルが圧巻されていると、黙ったままのカムイルに気付いたセレンディピティーがはっとして頭を下げる。
「あっ…盛り上がってしまってすみません!あまりピンと来るものがないですか…?」
「あ、いや…ごめん。すごいなぁ、と思って」
 カムイルの言葉に、セレンディピティーが不思議そうに首を傾げた。
「俺、つくることが好きだからやっただけ腕や技術は上がったかもしれないけど……こういう、アイテム同士の組み合わせとか、目的に合わせたコーディネートとか、そういうところのセンスはまだまだだな…って」
「…確かに、そこは一朝一夕で得られるものではないですからね。私も最初は、なかなかお客様やデザイナーさん達の意図が汲み取れずに苦労しました」
 歯痒い思いをした下積み時代を思い出したのか、セレンディピティーが「あはは…」と苦笑を漏らす。
「相手が何を求めているのかって、やっぱりその人と真摯に向き合わないとわからないものですよね。私は仕事柄たくさんのお客様を見てきたのでその経験を活かせることもありますけど、やっぱり、未だに苦戦することもあります。知識や腕にどんなに自信があっても、こればかりは仕方ないことです」
「セレンちゃんでも、未だに…?」
「もちろんですよ!私はギルドマスターになって日も浅いですし……でも、だからこそやりがいがあります」
 そう語るセレンディピティーは、最後にカムイルへにっこりと満面の笑みを向けてくれた。ついさっきローズにも向けられた、嬉しそうであたたかな眼差しだ。
「だから…リーンちゃんとガイアちゃんのために私達へ相談してくれたキャメさんの気持ちは、きっと二人に伝わりますよ。思いを込めた分だけドレスもアクセサリーも輝いて、その輝きが何よりも二人の魅力を引き出してくれるはずです」
「……うん。そうなってくれたら、俺も嬉しい」
 アドバイスに素直に従ってネックレスとブレスレットをつくることに決め、ありがたくレシピを頂戴して彫金師ギルドを去る。回廊に出て一息吐くと、ちょうど腕組みした恋人達が階段を上がってエシュテムへ向かう姿が見えた。冒険者ではなさそうで、身なりからしても一般層のカップルだろう。
(記念日のプレゼント……それか、エタバンでもするのかな)
 つい目で追ってしまってから、あまりじろじろと見るものでもないと慌てて視線を外す。 


 クリスタリウムではすっかり周知されているカムイルとリーンの交際も、都市が変わればそうではなくなる。ユールモアの市民が大多数を占める今度のパーティに参加して、自分とリーンの姿ははたしてどう映るだろうか。
 当日はきっとガイアがリーンと一緒にいてくれるだろうから、悪質なナンパに遭うことはないだろう。もちろん二人まとめて囲まれる可能性はあるし、そうならないようにカムイルも目を光らせておくつもりではある。だが、
(――リーンがフリーだと思われるのも…なんか、嫌だな)
 ドレスで着飾った二人は絶対に、当日の花形になる。ただでさえ魅力ある二人が揃って華やかに登場するのだから、それで男の目を引くなというのは無理な話だ。
 だから、悪質なナンパは端から締め上げて成敗するとして、問題はリーンが紳士的に声をかけられた場合のことだ。そういうときに割って入ったり、遠回しに自分が恋人なのだと牽制したり…――そういうことをしてもいいのだろうか、と迷う。リーンの浮気を疑っているのではなく、これはカムイル自身の悋気の問題だった。
「…少し前までは、リーンと付き合っているだけでも十分だったんだけどな」
 ゴブレットビュートの自宅に戻り、照明をつけながら独り言を漏らす。元々の家主であり同居している姉はしばらく出払っているので、今なら集中して作業するにはうってつけの環境だ。
 二階へ上がって自室に入り、ローズとセレンディピティーから譲り受けたレシピを壁に貼り付けていく。続いて大きな作業机をその近くまで運ぶと、所持品や自室に残してあった素材を整理しつつドレスとアクセサリーに使えそうなものを順番に並べる。想定通り、新たに調達せずとも自前の素材だけで賄えそうである。ついでに余っている木材もどうにかしてしまおうと、採寸した二人のサイズに合わせてトルソーもつくることにした。
「さて、やりますか――」
 あれこれと要らぬことを考えそうになるなら、考える余地もないくらい作業に没頭してしまえばいい。カムイルはクラフター装備に着替えて腕まくりすると、いざ、と作業机へ向かった。


   ◆◇◆


 数日後、パーティ当日のユールモア内ホテル。
 かつて単身自由自民向けのアパルトメントとして利用されていたそこは現在では廃船街から移住した者の部屋として割り当てられたり、外部からの人間が宿泊できる施設としても利用されている。そもそもヴァウスリー治世下の頃から罪喰い化による市民の減少で空き部屋が増えていたらしく、埃をかぶっていた数々の空き部屋の一斉清掃作戦の際はカムイルも姉と一緒に協力していたので、こうして有用な施設に生まれ変わったのは喜ばしいことだった。

 会場近くで身支度を整えたいとのことで、リーンとガイアはこのホテルの一室をとっている。完成まで楽しみにしているドレスもそこへ直接届けてほしいとのことだったので、カムイルはフロントに話をつけてから教えてもらった番号の部屋へと向かった。
 リーンが渡してくれたメモに記載の部屋番号と扉についているプレートの番号を確認し、コンコン、とノックで来訪を告げる。すぐに部屋の中からぱたぱたと小走りの足音が徐々に近づいてきて、小さく扉を開けてくれたリーンにバスローブ姿で出迎えられてカムイルは思わず大事な衣装ケースをとり落としそうになった。
「ありがとうございますっ!さあ、どうぞ中へ」
「えっ……ああ、うん…お邪魔します」
 視線をどこへやったらいいかわからないまま部屋へ招かれ、しっかり鍵を閉める。ホテルの中でも広めの客室をとったらしく、中はリビングスペースとベッドルームが分かれてているタイプのレイアウトになっていた。衣装合わせがしやすいようにリビングスペースは机や椅子が端に寄せられていて、ドレッサーに座っていたガイアと鏡越しに目が合うと、ガイアはカムイルの表情だけですべてを察して肩を竦めた。
「ドレスを着る前にメイクもヘアセットもするから、前開きの服じゃないと崩れちゃうでしょ?だから私もリーンもこの格好なのよ」
「あ……そっか、なるほど…」
 言われてみればその通りだ。それでも胸はどぎまぎしてしまって落ちつかないので、逃げるように部屋の端へ寄せられているテーブルの上へ衣装ケースを置きに行く。すぐ隣にハンガーラックもあったのでドレスケースをそこへ掛けて広げると、カムイルの後ろをついてきたリーンが「わぁ…っ」と声を漏らすのが背中越しでもよくわかった。
「これがドレスですか?」
「うん。開けてみればわかると思うけど、アイスブルーがリーンのやつね。テーブルの上にあるのが靴とかバッグとかアクセサリーとかの小物類。それぞれケースにタグつけてあるからそれでわかるようになってるよ」
 続いてガイアもドレッサーから腰を上げ、ロングヘアを器用にまとめながらカムイル達の傍までやってくる。タグで自分の名前を確認してから衣装ケースを開くと、すぐ目に飛び込んできたショートブーツを見て感嘆の息を漏らしてくれた。
「かわいい…」
 ブーツとはいえ、足首から甲にかけては透け感の強いレースデザインなので重苦しさはない。ガイアのトレードマークであるハイヒールでも疲れにくいようにと考えて思いきったデザインにしてみたが、気に入ってもらえたようでほっと胸を撫で下ろす。
「それじゃ…俺はベッドルームの方にいるから、着れたら声かけて。丈とかのバランスを見たいから靴も履いてみてね」
「はい、わかりました!」
 ガイアに髪をまとめてもらっているリーンに見送られ、一時ベッドルームへ退避する。カムイルが扉を閉じてふう…と一息吐くと同時に扉の向こう側からドレスを見たであろう二人の嬉しそうな声が聞こえてきて、カムイルもつられて笑いを溢した。思わずほっこりしてしまったが、こうして早めに衣装を持ち込んだ本来の目的を思い出して裁縫師に着替える。針や糸など必要なものを準備したところで声がかかったので、カムイルはノックと声掛けをしてから再びリビングスペースへの扉を開けた。
「失礼しまー……」
 ゆっくりと扉を開け、目に飛び込んできた二人の姿に息を呑む。
 デザインを考えながら、生地を選びながら、それらを縫製しながら。頭の中ではずっとドレスを着た二人の姿を想像していたはずなのに、実際に身にまとってくれたリーンとガイアに見惚れてしまう。なんならちょっと泣きそうだ。扉を開けたまま固まってしまったカムイルにガイアは苦笑して、リーンもおかしそうに笑いながら手招きしてくれる。
「自分でつくったドレスに見惚れてどうするのよ」
「いや、もう…なんか俺、泣きそうなんだけど……」
 泣いている場合ではないので、気を引き締め直して二人の元へと向かう。二人共に着心地は緩くも窮屈でもなくぴったりとのことで、カムイルも数歩下がった場所からバランスを見ながら二人に軽く動いてもらって確認をする。
「うん、特に裾上げとかもしなくて大丈夫そうだね。靴のサイズはどんな感じ?」
「私は大丈夫です。中のクッションがしっかりしているから、履き心地もよくて疲れにくそう」
「私もよ。ブーツ型で足首に支えがあるから歩きやすいし…また今度、普段使いのショートブーツもつくってもらおうかしら」
「お安い御用ですよ、お嬢様」
 少し軽口を叩ける余裕も出てきたところで、リーン用のネックレスをつけてあげつつオフショルダーの胸元や腕周りが緩くないかの確認も忘れずに行う。他にも細かな点をいくつかチェックして大きな修正は必要なさそうだったので、一度ドレスを脱いでもらうためにカムイルは再びベッドルームへと退散した。


「――そういえば、キャメさんは今日どんな服を着るんですか?」
 着替え終わった二人が呼んでくれたルームサービスのアフタヌーンティーを囲みながら、リーンが興味津々といった様子でカムイルに訊ねてきた。
「俺は、持っている中でよさそうな一式があるからそれを着る予定だよ。アルフィノとアリゼーちゃんのお母様に揃えてもらったものなんだけど、今日みたいな場にはちょうどいいと思って…そういえば、二人の前では着たことなかったかも」
 お得意様になってもらったアメリアンスから返礼として贈られた服は程よく遊び心が感じられるデザインなので、ジャケットとベストのセットでもフォーマルになりすぎず、今日のような集まりで着やすい仕立てになっている。
 終末回避後の原初世界ではあちこちで大なり小なり冒険者を招いたパーティがあったのでそういう場所での一張羅で愛用させてもらっていたが、第一世界では着る機会がなかったな――と思ったところで視線を感じて目を向ければ、リーンがまた、例のドレス製作が決まった日と同じふんわりとした笑顔でカムイルを見ている。今夜のパーティが本当に楽しみで仕方なくて、きっと、目に映るすべてが輝いて見えるのだろう。
まだ見ぬ世界を思って好奇心に胸を躍らせている時のリーンの顔が好きだ、と見るたびに思う。だが自分の装いに関してはあまり期待させすぎるのも悪いので、カムイルは肩を竦めてからぽんぽんとリーンの頭を撫でた。
「二人みたいにめちゃくちゃ気合が入った格好ってわけでもないから、そんなに期待しないでね?」
「ふふっ、それでも楽しみです」


   ◆◇◆


 開場時間の少し前になったらまた迎えに来ると告げて、カムイルは身支度のために一度クリスタリウムへと戻ることにした。
ホテルは樹梢の層と直結しているので飛空艇乗り場へ向かうついでに会場となるエーテライトプラザをひょっこり覗き込むと、グランドデイム・パーラーを中心に設営が着々と進んでいた。モーエン商会の方は受付や事情を知らずに飛んできた冒険者向けの案内係を担当するようで、エーテライトから商会のカウンターへとレッドカーペットとポールパーティションが伸びている。開場までは残り数時間というところなので、おそらく今からが一番忙しいタイミングだろう。
うっかり誰かに捕まってしまうとおつかいを頼まれてしまいかねないので、カムイルはそそくさと飛空艇へ乗り込んだ。

 クリスタリウムへ到着しアマロ桟橋を歩けば、今度は眼下のミーン工芸館から賑やかな声が聞こえてくる。さすがにこちらを見て見ぬふりしてペンダント居住館へ向かうのは良心が痛んだので、顔だけでも出そうとカムイルは工芸館傍の階段を駆け下りた。ユールモアとの物流を繋いでいる貨物艇へ次々と荷物が運び込まれており、その陣頭指揮をとっているカットリスが遠目からでも目敏くカムイルに気付いたのでカムイルも足を速めて彼女の元へと駆け寄った。
「やあ、忙しそうだね」
「ありがたいけど、嬉しい悲鳴ってやつだよ。どこかの誰かさんがここ数日クリスタリウムに姿を見せなかったおかげで、どこの科も頼れる助っ人がいないって大騒ぎさ」
「ごめんね。俺は俺で、ちょっと特別な外注が入っちゃってたから」
 言葉ばかりで悪びれる様子もないカムイルに、それとなく事情を察しているカットリスも「やれやれ」と腰に手を当てて見せる。
「本当ならあんたには会場でも手を貸してもらいたいところだけど、どうせ今夜はあの二人のエスコート係だろう?こんなところで油を売ってないで、さっさと支度を済ませて迎えにいってあげな、この色男」
「…うん。みんなにも、よろしく伝えておいて」
 少し気恥しい言葉でカットリスに送り出され、改めてペンダント居住館へと向かった。
装いはすでに決まっているのでハンガーラックへ一式用意しておき、上着を脱ぎながらシャワールームへの扉を開けると、リーン不在をいいことにいつもより雑に衣類を脱ぎ捨てる。浴室へ入ってすぐに頭から熱いシャワーを浴びて、パーティの本番はこれからではあるが、まずドレスを含めた準備が無事に終わったことにほっと息を吐いた。
 ゆっくりしている時間もないのですぐにソープボトルへ手を伸ばし、髪から爪先、角や尻尾の先に至るまで全身しっかりと洗い流してシャワールームを出る。乾かした髪をセットし終える頃にはちょうどいい時間で、リーンが気に入ってくれている香水をウエストに吹きかけてから着替えを済ませて部屋を出る。再び飛空艇に乗って半ばとんぼ返りのようにユールモアへ戻ると、カムイルが身支度を済ませていた僅かな時間の間にエーテライトプラザが立派なパーティ会場へと姿を変えていた。近くにはそれらしき装いの人が早くも集まっている。
(二人を迎えに行って戻ってきたら、ちょうど受付が始まっていそうだな)
 時計を確認し、少し早歩きでホテルがある棟へと向かう。リーン達と同じようにホテルを利用しているか、或いはアパルトメント区画の住人か。ほとんどの人間が会場へ向かっていくのでまるで流れに逆らうかのようだ。すれ違う人々は装いこそ様々だったが、皆が今夜のパーティを楽しみに明るい表情を浮かべている。ユールモアとクリスタリウムのこれからを象徴するであろう一夜を前に人々の表情が明るいのは、カムイルにとっても喜ばしいことだった。


 二人の部屋の前まで着き、昼間と同じようにノックをしてそのまましばし待つ。二人分のヒールの音が聞こえてきてしばらく、今回は扉を大きく開けてリーンとガイアがドレスアップした姿を見せてくれた。メイクとヘアセットも完璧で、髪にはカムイルがこっそり用意しておいたフラワーオーナメントもつけてくれている。
「お待たせしました…!」
「二人共、ばっちりだね。ここまで着こなしてくれると俺も嬉しいよ」
「えへへ…キャメさんが、私達に似合うようにつくってくれたからです」
 リーンとガイアが隣合って前を歩き、カムイルがその後ろへ付き添う。ホテルからエーテライトプラザへ向かう道中で出会う人々から装いを褒められ、そのたびに二人が嬉しそうに笑うのでカムイルも自然と目を細める。

 会場へ着いても二人は変わらず周囲の目を引き、受付を済ませて挨拶へ伺ったドゥリアも二人を一目見ただけで「まあ!」と声を上げた。
「あらあら、まあまあ!貴方達はきっと一緒に来てくれると思ったけれど、とっても素敵な装いね。いつもよりも大人っぽくなって、もう立派なレディだわ。キャメちゃんも、二人をエスコートする姿が様になっているわね」
「お招きいただきありがとうございます、ドゥリア夫人」
「パーラーのカウンターでドリンクを受け取ってちょうだい。もう少ししたらうちの旦那様が乾杯のご挨拶をさせてもらうわ。もちろん、アルコールが入っていないものも用意してあるから安心して」
 ドゥリアに促されるように三人がカウンターの方へ視線を向ければ、ユールモアには珍しいドワーフの兜がいくつか見えた。そういえばワッツハンマー・ガレージから助っ人を呼ぶと聞いていたが、ギルットの他にも何名かが応援に駆けつけてシェイカーを振っている。ドワーフが人里までやってきて酒を振る舞ってくれるという珍しさはなかなかウケがいいようで、カウンターの周りは大盛況だった。
「いよう、おっきい方のキャメ!美人を二人も連れて隅に置けないじゃねえか!」
 人ごみから頭一つ出ているカムイルに気付き、ギルットが手を振ってカムイル達を招いてくれる。他のバーテンダー達もカムイルに気付き、それぞれドリンクをつくりながら「色男!」「ヒュウ!」と囃し立ててくるのでさすがに恥ずかしくなる。姉のキャメロンもそうだが、ドワーフ――もといララフェル族というのは、こういうところで変な盛り上げ方をしないと気が済まない種族なのだろうか。
「やあ、ギルット。この子達が可愛いのはわかるけど、あんまり変に盛り上がらないでくれるかな?」
「照れているってことは、酒が足りてないようだな?この出張版・ルカの首飾りが、最高の一杯をつくってやるぜ!」
「ありがとう。でもこっちの二人はノンアルで頼むよ」
 カムイルには甘味と苦味のフラッド・オブ・ライトを、リーンとガイアにはスウィートウォーターにちょっぴりのアシッドパウダーを加えてピクシーベリーを浮かべた可愛らしいノンアルコールカクテルが振る舞われた。それぞれ受け取って会場の隅の落ちつけそうなエリアへ移動すると拍手が遠くから聞こえ始め、振り返れば、チャイ・ヌズとレンデンが姿を見せたところだった。
喝采の出迎えに登壇したチャイ・ヌズが手を上げて応え、そのまま拍手を終えるよう促す。静かになった会場全体を見渡し、小さく咳払いをしてから乾杯の挨拶が始まった。

 ユールモアの市民達に向けては、都市再建への第一歩となる今日までの働きと取り組みに労いの言葉を。コルシア島内の周辺集落から足を運んでくれた招待客達には、近隣地域として再び手を取り合えるようになった関係改善への感謝を。そしてクリスタリウムから駆けつけてくれた職人達には、今夜のパーティにあたって必要になる備品や料理を提供してくれた技術と生産力への称賛と、この先も都市間で互いに支え合ってノルヴラントを発展させていきたいという想いを。そして最後に、バーテンダーとして来てくれたワッツハンマー・ガレージの面々とその取り組みの紹介を。
 結びにチャイ・ヌズが手に持っていたグラスを掲げると、ゲスト達もそれぞれグラスをチャイ・ヌズへと掲げた。
「今夜は労いの夜だ。互いによく語り合い、よく称え合い、明日への希望に繋がる時間を過ごしてほしい…――――それでは、乾杯!」




3/6ページ