<CASE1:第一世界編>



「――というわけでね、キャメちゃんにもパーティに来てほしいのよ」
「はあ、」
 きっかけは、ドゥリア・チャイからのお招きだった。
 クリスタリウムがそうであるように、チャイ・ヌズを中心に再建を始めたユールモアも以前と比べてかなり健全に都市国家の体裁を保てるようになってきている。もちろんまだまだ問題は山積みだが、久々に装備品や素材の交換に訪れた冒険者達が変化を感じられる程度には雰囲気が良くなった。
「元々の市民の方達も、廃船街から新たに加わってくれた方達も。全員が頑張ってくれたおかげで、本格的にユールモアを再建していくための第一歩を踏み出せたのよ。だからね、頑張った分の慰労会はしなくちゃと思ったの」
「でも…食糧問題だってやっと目処がたったばかりなのに、パーティなんてできるんですか?」
「そこは大丈夫!」
 ばちん、と音がしそうな眩しさでドゥリアがカムイルにウインクする。
「会場の設営に必要なテーブルや食器、それにお料理も、クリスタリウムの工芸館の人達に協力してもらえることになったの。ユールモアとしては今後もクリスタリウムとは交易を盛んにして、相互に支え合っていきたいと思っているから、その最初の大きなお取引という感じね」
「ああ、なるほど」
 アマロポーターでユールモアへ移動する前に立ち寄ったミーン工芸館がやけに慌ただしかった理由がわかり、カムイルは口元に手を当てながら得心した声を漏らした。
「もちろん、クリスタリウムだけじゃなくて、コルシア島の他の村の方達にも協力を仰いだりお招きしたりしているわ。キャメちゃんとはまた別の戦士様の提案と紹介で、当日はドワーフ族のバーテンダーさんも来てくれるのよ」
「ワッツハンマー・ガレージの皆ですね。あそこの連中は技術革新に興味あるだろうし、タロース以外の技術が入用だったら協力してくれると思いますよ」
「まあまあ、それは耳寄りな情報だわ。今回のパーティが終わったら、うちの旦那様に教えてあげなくちゃ」
 そういうことだから、とドゥリアに渡された招待状を受け取って席を立つ。カムイルが一礼してその場を去ろうとすると、顔を上げたタイミングで「あっ」とドゥリアが声を上げた。
「あら、いけない!私ったら、大切なことを伝え忘れていたわ」
「?」
 何事だろうか、とカムイルは首を傾げながらドゥリアの言葉を待つ。見下ろす彼女の顔はいつも以上に爛漫で、カムイルと視線が合うととても嬉しそうに笑みをこぼす。
「その招待状、一人までなら同行者も一緒に入場できるの」
「え…?」
「だからね、キャメちゃんが一体どんな人をパーティに誘ってきてくれるのか、楽しみにしているわ」
 うふふ、とカムイルの恋愛事情を察した様子で楽しそうに笑うドゥリアの前で、カムイルはほんの少しだけ赤面した。


「……同行者、か」
 その日の夜。ペンダント居住館へ戻ったカムイルは、ソファに寝転びながら招待状を見つめていた。
 姉の陰として冒険者稼業をやっていたこともあって、こういった社交場に呼ばれること自体は経験がある。もう少し品格が高い――ウルダハ政財界の人間や豪商達の集まりも、兄の付き添いとして何度か経験があった。だから、こういう華やかな集まりに誰かを誘うことの意味も重々分かっている。ドゥリアの態度も暗に物語っていたようなものだ。
「リーン、」
 選ぶなら、彼女しかいない。そうは思うのだが、未成年のリーンを誘ってもよいものだろうかと悩んでしまう。
 ドワーフ族のバーテンダーを招くと聞いた通り、きっとこのパーティは成人向けの集いになるだろう。アルコールが提供される場ともなれば、どうしたってその手のトラブルに遭遇するリスクも高い。いくら生まれ変わったユールモアとはいえ、享楽都市だった名残を完全に払拭するには時間がかかる――ましてやそこで自由市民として長く暮らしていた人間なら、酒で気が緩めばかつての言動が出てくる可能性が高い。
(……まあ、そういうときのトラブル対処のために、俺達みたいな冒険者連中が招かれているんだろうけどさ)
 どうしたって不安になる。会場でリーンに付きっ切りになれれば一番だが、ああいう場では挨拶周りのようなものが発生するのが常で、お互いに方々から声をかけられればどうしても傍にいられなくなる。そのわずかに目を離した隙に何かが起きてもおかしくない、というのがああいった集まりでのお約束だ。
「…どうしたもんかな、」
 正直、誘わないという選択肢はない。
 リーンに隠し事をするのは嫌だし、パーティのことを教えれば絶対に興味を持ってくれるだろう。だからもう、あとはカムイルが当日どうやってリーンを悪い虫から守れるかという問題なのだ。うんうんと唸っている一番の懸念事項もそこである。
「とりあえず、明日会ったときに考えよ」
 今夜のリーンはガイアとお泊り会をするとのことで、カムイルにとっては久々に一人で過ごす夜だったが、明日の昼頃には三人でランチをするためにこの部屋に来てくれる予定になっている。朝からそのための仕込みもしたいので今日はもう寝てしまおう、とカムイルは気怠い体を起こしてシャワールームへと向かった。


   ◆◇◆


 餃子や焼売といった、小麦粉生地で餡を包んだ加熱料理が好きだ。生まれ故郷の郷土料理であるボウズがそのルーツだと頭の片隅では理解しているが、草原と決別したという意思は変わらないので気付かないふりをしている。そんなカムイルの捻くれた気持ちに気付いてからはリーンがよく「食べたいです」とリクエストをしてくれて、そうして何度かふるまっている内に、ヤンサ方面の料理がリーンとガイアの好物の一つになっていた。

「……よし、こんなところかな」
 翌日、昼前。カムイルは予定通り、リーンとガイアに提供するランチの準備に朝から取り掛かっていた。
 変わり種を用意しようと思い初めてつくってみた小籠包を蒸籠に並べ、蒸している間に五目御飯の準備を進める。ボウルに割った卵の黄身と白身がちょうどよく混ざった頃に鍵の回る音がして、カムイルがキッチンから首を伸ばすとリーンがガイアを招き入れている姿が見えた。
「いらっしゃい。準備できたら声かけるから、ソファとかで適当にくつろいでて」
「はい、お邪魔します。あ…っ、」
 遠目からでも目立つ三段蒸籠に気が付いたリーンの目が輝く。リーンは自分とガイアの荷物をまとめると、腕まくりをしながら軽い足取りでカムイルのすぐ隣までやってきた。そんなリーンの姿に苦笑をしながら、ガイアは遠慮なくソファに腰を掛ける。
「蒸籠だ…!蒸し餃子ですか?」
「ふふっ、開けてみてのお楽しみだよ。手持ち無沙汰ならガイアにお茶を出してもらえるかな?俺、まだ手が離せないから」
「はいっ、お任せ下さい」
 メニューを察したリーンは、茶葉のストック棚の中から自然と花茶のパックに手を伸ばして準備を進めてくれる。一方のカムイルは丸底の大鍋を取り出して炒飯の炒めに入った。手早くパラパラに炒めた五目炒飯は小ぶりな器に三等分し、続いてアイスボックスに用意しておいた棒棒鶏サラダの盛り付けに移る。それも盛り付けが終わる頃には蒸籠の蒸し時間がちょうど経つ頃合いなので、鍋ごと火から下ろしてヤンサ風コーンスープの温め直し――そんなカムイルの調理工程をよく知るリーンが、盛り付け終わったメニューから次々とテーブルへ運んでくれる。カムイルが最後にキッチンを簡単に片づけて振り返れば、気合を入れたランチメニューを前に表情を明るくしてくれているリーンとガイアが待っていた。早く蒸籠の蓋を開けたくて仕方ない、とわくわくしてくれている。
「お待たせ、食べようか」
「いただきます」
 言うが早い、さっそくリーンとガイアが蒸籠の蓋を開けてくれる。うっすら立ち上る蒸気越しに見えるシルエットがいつもの蒸し餃子と違うことに気付くと、また一つ二人の目が輝いてくれた。
「いつもとはかたちが違うわね」
「それに、色もカラフル」
「うん。それはね、小籠包ってやつ。食べ方にコツがあるんだ」
 そう言うと、カムイルは実際に手本を見せながら箸で器用に小籠包をレンゲへ移す。中にスープが入っているので破れないよう気を付け、レンゲの中で皮を破いて先にスープを飲み干し、後はお好みで黒酢や刻み生姜と共にひと口で食べる。今のノルヴラントでは出会えない異文化の食事を前に、二人もおそるおそる小籠包へ箸を伸ばした。
「白いのがプレーンな豚肉で、ピンクのが紅玉海老で、緑はミストスピナッチ。中のスープが熱いから、火傷しないようにね」
 カムイルが定期的にひんがしの料理をふるまっているのですっかり箸の扱いに慣れている二人は、皮が破れないように上手に小籠包をレンゲに移している。お手本に倣って熱々のスープでレンゲを満たし、息を吹きかけて冷ましてからそれを啜る。餡の旨味がしみ込んだスープの味に、二人はそれぞれ「おいしい」と声を漏らしてくれた。
「いつも思うけど…アンタ、本当にすごいわね。これだけいろいろつくれるんだから、レストランでも酒場でも開けそうじゃない」
「まさか、俺のはマジでただの趣味だよ。二人がおいしく食べてくれたらそれで満足」
「ふうん、勿体ない。今度のユールモアのパーティでも厨房に入ってくれたらいいのに」
「え?」
 思いがけないところから剛速球が飛んできて、カムイルは摘まみかけていた緑の小籠包を蒸籠の上へぼとりと落とした。野菜のエキスがよくしみ込んだスープがみるみる蒸し布の上へ広がってしまい、それを見ていたリーンが思わず「ああ…ッ!」と悲痛な声を漏らす。そんな友人の様子を気に留めず、ガイアはカムイルへ話を続けた。
「ドゥリア夫人からの招待状、アンタももらってるでしょう?」
「そ、う…だけど……えっ、ガイアも…?」
「ええ、この通り」
 そう言うと、ガイアは椅子の背もたれにかけていたバッグから例の招待状を取り出してカムイルへ見せてくれた。
「物語を書く練習をしているって話をしたら、この世界が夜闇を取り戻すまでの経緯を題材に幼児向けの絵本のシナリオを担当しないか、って誘われて……無事にその初版印刷が決定したから、お祝いで招いてもらえたのよ」
「すごい…ガイア、ついに作家デビューできるんだね」
「結果的に、ね。ユールモアは曲がりなりにも生まれ育った場所だし、今の元首代行の方針や施策は支持できる。変わろうとしている国のために力になれることがあるならと思って引き受けただけよ」
「……ふふっ、」
 照れ隠しでもなんでもなく、ガイアの本心から出た言葉だった。大切な友人でもある彼女の新たな門出が嬉しくて、カムイルは柔らかな笑みを溢しながらすっかりしぼんだ小籠包を箸で摘まんだ。


「……って、私の話はいいのよ。パーティ、アンタも行くんでしょ?」
「えっ?ああ、うん」
 スープはすっかり抜けきってしまったので、黒酢と刻み生姜だけをレンゲに乗せてするりとひと口で食べる。程よく冷めた小籠包を飲み込んで、カムイルはなんだか拍子抜けしたような心地になってほっと息を吐いた。
 昨夜はリーンをパーティへ誘うことがあんなに不安だったのに、ガイアも同じ会場にいるのだと思うだけで急に心強く感じてしまう。ガイアがリーンの傍にいてくれると、訳もなく無性に安心感を得られるのだ。
 想いを遂げられなかったミトロンの分までガイアごとリーンを守りたいという気持ちは、今も変わっていない。だからリーンのことを無責任にガイアへ任せようというつもりもないのだが、どうしてだか、目の前で楽しそうに食事をしてくれている二人が揃っていることに安心してしまう。
その理由は、カムイル自身にもよくわかっていない。
「キャメさんの招待状で他に同行者がいるなら、私はガイアについていこうと思ったんです。工芸館の人達とか、今回の招待状を受け取れなかった原初世界のお友達とか…きっと、キャメさんの交友関係は広いから」
 ちょうど昨日の夜にその話で盛り上がっていたのだろう。リーンとガイアはすっかり話がついている様子で、だがカムイルもリーン以外に誘うあてがあったわけではないので、スープをひと口啜りながら首を横に振った。
「いや、別に……他に相手なんていないから、リーンに声かけようと思ってたけど」
「……!」
 ぱあ…と、カムイルの言葉を聞いたリーンの顔が今日一番の輝きを見せた。ある程度予想はしていたものの、こうまで包み隠さず喜んでもらえると急に照れくさくなってしまい、カムイルは誤魔化すようにまたスープをレンゲで啜った。そんなリーンとカムイルの様子を見て、ガイアが不敵な笑みを浮かべながら隣のリーンの肩を叩く。
「だから言ったじゃない、リーン以外に誘う人なんていないって。リーンってば、昨日はずっと誘ってもらえるかどうかで気をもんでそわそわしてたのよ」
「ちょっと、ガイア…!キャメさんには言わないでって言ったのに!」
「それでね、アンタに頼みたいことがあるんだけど」
 秘密を暴露されて真っ赤になりながら抗議するリーンを事もなげにいなし、ガイアは淡々とカムイルへ話を進める。乙女同士のやりとりを仲裁してよいものかわからず、カムイルは「何?」と曖昧な表情でガイアに首を傾げた。
「パーティといったらドレスでしょう?私とリーンのドレスを仕立ててほしいんだけど…もちろん、依頼料は払うわ」
「あー…なるほどね」
 ガイアの隣でリーンがいよいよ真っ赤な顔を手で隠しながら俯いてしまったが、最近では珍しくなってしまった照れている姿なので、久しぶりにいいものを見た気分のカムイルはそのままガイアの話に乗る。


リーンのこの様子からして、カムイルに誘ってもらうことも、その上でカムイルに新しく仕立ててもらったドレスでパーティに行きたいことも、カムイル本人にお願いするのは気が引けていたのだろう。あまり遠慮をしなくなった最近のリーンにしては本当に珍しいことで、リーンを見つめるカムイルの目元は自然とほころんだ。
「二人からの依頼なら報酬なんて要らないよ。俺に仕立てさせてくれるなんて、それだけでめちゃくちゃ嬉しいし」
「そういう訳にはいかないわ。素材代もクラフターとしての技術力も馬鹿にならないんだから」
「うーん……そう言ってもらえるのは嬉しいけど、ぶっちゃけ素材は常に余らせていてむしろ整理が追いつかないくらいだし、技術も趣味の範囲だしなぁ」
「……この際だから言うけど、自前でハイクオリティの最新装備をつくれる技量を世の中では趣味とは言わないのよ。アンタの周りの傭兵連中はそんなのばっかりなのかもしれないけどね」
 最後は半ば呆れたようにガイアに言われてしまったが、カムイルとしても二人から作業費をとるつもりは毛頭ない。
そもそも、普段から二人が出かけるときのおしゃれ着などを無償でつくって押し付けているし、今もこうしてランチをふるまっている。それがドレスになったからと言って、カムイルにとっては普段やっていることの延長でしかなかった。
「はぁ…まあ、いいわ。金銭として受け取ってくれないなら、また別の方法を考えるから」
「本当に気にしなくていいのに」
「とりあえず、ドレスはつくってもらえるってことでいいのね?」
 カムイルが快く頷くと、にやりと笑ったガイアが隣で未だに俯いたままのリーンの肩をぽんぽんと叩く。
「……ということになったから。食休みが終わったら、まずはデザインから一緒に考えてもらいましょう?」
「うぅ……」
 最後まで耳の赤みは引かないまま、リーンは観念したように小さく頷いた。


   ◆◇◆


 言うが早い。食後に花茶を飲みながら二人からざっくりと着てみたいドレスのイメージを聞き、三人で額を突き合わせてカムイルのアイディア帳にデザイン案のスケッチをしながら詳細を詰めていった。最初は恥ずかしさが残って遠慮がちだったリーンも、カムイルがフォローしながらイメージを聞き出していく間にいつもの調子を取り戻してくれたようで、最後の方はガイアとお互いにヘアセットの案まで出し合っていた。
 デザインイメージが決まれば次に必要になるのは二人の体の採寸で、ドレスともなれば普段着と違って目視の目安でつくるわけにもいかないので避けて通れない道だ。それでもカムイルが自分の手でメジャーを二人の体に当てるのは気が引けてしまい、カムイルが指示を出すかたちで二人に互いをそれぞれ採寸してもらいながら数値をメモしていく。数値を把握するのも居たたまれない気持ちになったが、二人にぴったりのドレスを仕上げるために必要なこととして自分の気持ちをぐっと飲み込んだ。


「――…さて、こんなところかな」
 必要な情報はすべてアイディア帳にまとめたので、後はウルダハへ持ち帰って細かな技術面をローズに相談してから作業を進めることにする。ノートを閉じる頃にはクリスタリウムが夕陽に染まり始めていたので、このままディナーの準備もしてしまおうとカムイルは徐ろに席を立った。
「遅くなっちゃったし、二人共このまま夜も食べていきなよ。時間がかからないサラダとパスタでも用意しようと思うから」
「せっかくだけど、私は帰るわ」
 カムイルに続いてガイアも席を立ち、手早く自分の荷物をまとめ始めてしまう。空気を読んでくれていることはわかっている上でカムイルとリーンが揃って「えーっ、」と残念そうな声を出すと、呆れ半分鬱陶しさ半分といった表情をされた。
「昨日だってリーンを借りちゃったんだもの、今日は二人で過ごしなさいよ」
「それ言われたら、俺の方がもうずっとリーンのこと借りっぱなしってことになっちゃうんだけど」
「馬鹿ね、付き合っているんだからそんなの当たり前じゃない」
 こういうときのガイアは折れてくれないので、カムイルとリーンで揃って玄関までガイアを見送る。せめてものお土産にとアイスボックスに常備してあるシルキープディングをいくつか持たせると、それを受け取ってガイアは颯爽と居住館の螺旋階段を降りていった。彼女のヒールが鳴らす音が小さくなるまで見送って、玄関の扉を閉めるとカムイルとリーンは自然と互いの顔を見つめ合う。
「……それじゃあ、一緒につくろっか」
「はいっ、お手伝いします!」


 ランチ用に準備した剥き海老が残っていたので、作り置きのバジルソースとあえるだけのシンプルなパスタにする。サラダは大ぶりのトマトとフレッシュチーズをスライスして、そこにもバジルソースをかけた簡単なものを。
「ちょっと手抜きだけど、お昼ががっつりしてたからこれでいいか」
「手抜きだなんて…カムイルと一緒につくる料理は、いつだっておいしいですよ」
 ほんの少しでも雰囲気を出そうとシャンパングラスに辛口のジンジャーエールを注ぎ、星が輝き出した夜空を横目にそれを鳴らす。ナイフで切り分けたトマトとチーズをひと口味わってすぐ、カムイルはリーンに昼間のことを切り出した。
「パーティの件、遠慮せず言ってくれたらよかったのに」
 自分は昨夜うんうんと誘うか誘うまいか悩んでいたくせに、棚に上げることを許してほしいと心の中で謝る。忘れた頃に話題に出されたリーンは、フォークにパスタを絡めながらほんのりと頬を染めていた。
「だって……なんだか、恥ずかしくて」
「そうかな…?」
「ガイアにパーティのことを教えてもらって、カムイルも呼ばれているはずだからって言われて……そしたら私、当然カムイルに誘ってもらえると思っちゃって。なんだか、それが…一人で舞い上がっているみたいで」
 話を一度区切って、リーンが小さなひと口でパスタを食べる。ゆっくり味わいながら咀嚼するその顔はまだまだ恥ずかしそうにしていた。
「カムイル、お兄さんの付き添いで華やかなパーティに行ったことがあるって言っていたから…ちょっとだけ、憧れていたんです。こっちでもそういう機会があったとき、カムイルと一緒に行けたらいいなと思って」
「あ……、」
 しまった、と思った。
 リーンが原初世界での土産話を何でも嬉しそうに聞いてくれるから気にもしなかったが、恋人が不特定多数の人間と交友する社交場に出るというのは、例え付添人扱いの同行でもいい思いはしなかっただろう。ましてや、リーンが憧れている大人の世界での話だ。今のリーンでは手が届かない世界の話をしてしまっていたのだとようやく気づいて、カムイルは手に持っていたナイフとフォークをそっと置いた。
「ごめん…リーンが嫌なら、あっちではもう、そういう場には出ないようにするよ」
「い、いえ…!違うんです!」
 カムイルの言葉に、今度はリーンが慌ててフォークを置いて首を横に振る。
「私こそ、ごめんなさい……嫌ではないんです。そういう華やかな場所でお仕事をしているカムイルも格好いいと思うし、お話を聞かせてくれるのも、いつも嬉しいから」
「本当に…?俺に気を使ってない?」
「本当です!だから、今度のパーティがすごく楽しみで……」
 そう話すリーンの表情からはもう、照れたり遠慮をしているような様子はなくて。ただただ、新しいドレスを着てパーティに行けることが楽しみで仕方ない、と憧れの舞台を前に瞳をきらきらと輝かせてくれていた。ようやく上がった視線がカムイルと交わると、ふんわりと柔らかな笑顔を見せてくれる。
「えへへ…カムイルが仕立ててくれたドレスで行けるなんて、本当に嬉しい」




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