エタバンをとめないで



 如何ともできずに持て余していた不発の二回目は、リーンからのお誘いを聞きながら抜いた。彼女が一生懸命不慣れな言葉を尽くしてくれたというのに、本当に、最低だ。
「はぁー…」
 高水圧のシャワーを滝行のように頭から浴びながら、どうやって初めてのリーンをリードしようかと悩む自分と、こんなに高水圧のシャワーが浴び放題なんてさすが金にものを言わせた宿だな、と関係ないことで現実逃避しようとしている自分がいる。馬鹿なことは考えてないで、さっさと体を綺麗にしてベッドに向かわなければ。室内なのでバスローブで体が冷えるとこともないだろうが、初めてのことで緊張しているであろうリーンをあまり待たせるのも酷だと思った。
 男同士のセックスは嫌というほどよくわかる。おかげさまで、セックスにおける受け身側の気持ちも十分理解している。言ってはなんだが得意分野だ。男と女では当然、体の構造は違うし、最もデリケートな性感帯はまるで別物になる。しかし逆を言えば、そこ以外の場所に男女の違いはない。不本意ながら決定的な急所以外にもあれやこれやと開発された経験があるので、つまるところ、童貞でありながらどこをどのように責めれば無理なく物事を運べるかは手に取るようにわかるのである。
「……よし、」
 きゅっとコックを絞り、カムイルは自分の両頬を叩いてから脱衣所へ上がった。リーンはすでに髪を乾かし終わったようでベッドに座っていて、不用意に水滴が落ちないようにとカムイルも髪もしっかりと乾かす。今更だが、もう後には引き返せなかった。

 居室へカムイルが戻ると、気づいたリーンがはっとしてベッドの上で体を小さくする。わかりやすく緊張している姿を見て、カムイルは思わず吹き出した。
「大丈夫だよ、いきなり襲い掛かるような食べ方しないから」
「たべ…」
「それより、体冷やしてない?ちょっとお茶でも飲もっか」
 備え付けのティーポットに紅茶の葉を入れ、少し魔法でずるをして程よい温度に沸かしたお湯を注ぐ。しっかり香りが立つように淹れたティーカップをリーンに渡すと、意外そうな顔をしながら両手でそれを受け取った。
「あの…しないんですか…?」
「いや、する気満々だけど…いきなり、せーので始めるものでもないんだよ」
 カムイルもベッドへ上がって、リーンのすぐ隣に座って紅茶を飲む。リーンがカップを持ったまま固まってしまったので「変な薬は入ってないよ」とからかうと慌てて首を横に振ってからようやく口をつけてくれた。
「リーン、緊張してるでしょ?」
「はい、とても…」
「リラックスしてないと、気持ちいいものもよくならないから…ゆっくりお茶飲んで、まずは体の内側から温かくなるといいよ」
 なるべく体の力は抜いて、できればすべてこちらに委ねてほしいけれど。初めての相手にそれを望むのは難しく、ならばこちらができる限りは働きかけてあげたい。
「頭、撫でてもいい…?」
 カムイルの言葉に、リーンが黙って頷いてくれる。言葉で返ってこないのでまだまだ緊張しきりだが、リアクションまでの時間はいつも通りに戻った気がする。髪を梳くように指先で頭を撫でて、次第に、リーンが肩を寄せてカムイルの体に寄りかかってくれるようになった。ゆっくり紅茶を飲む目が少し蕩け始めていて、いい兆候だ。
「なんだか…眠くなっちゃいそう…」
「お、いい傾向じゃん。眠くなりそうってことは、少し緊張もほぐれてきたんじゃない?」
「ん…、」
 もぞもぞと、リーンが伸ばしている両足の指先をすり合わせる。
「カムイル、さっき…」
「ん?」
「食べるって、言ってたから」
 襲い掛かるような食べ方はしない、と。そう言うのならば、一体どんな食べ方をするのか。気になって言葉にしてみたものの、恥ずかしさでリーンの頬が赤らむ。これから自分がどんなふうにされてしまうのか、気にならないわけではない。カムイルならひどいことはしないと信頼しているが、何しろ初めてのことだし、まさか最初に温かい紅茶を飲むだなんて思いもしなかった。
「気になる?」
 カムイルが顔を覗き込んで訊ねると、リーンは視線を逸らして頷いた。その手に持っているカップの中身が空になっていたので、用済みのそれをサイドテーブルへ置いてリーンの体をゆっくりとベッドへ横たえる。その上にいきなり乗るということはせず、カムイルはすぐ横に並んで寝そべって変わらずにリーンの頭を撫でた。リーンはしばし目を閉じてその心地に身を任せてくれていたが、不意にカムイルの手を掴んで止めさせる。
「カムイル…私、本当に寝ちゃう…」
「寝てもいいよ…?」
「……もしかして、私を寝かしつけてはぐらかそうとしてませんか?」
「ふふっ、それはさすがにないって」
 あんまりのんびりしていると気持ちを疑われてしまいそうなので、誠意で応えるために肘をついてリーンの上に覆いかぶさると、それらしい体勢になったせいか本当に眠そうにしていたリーンの瞳がぱっちりと開いた。本当に眠れてしまいそうなくらいリラックスしてくれたなら僥倖だ。指の腹でそっと顔の輪郭を撫でると、またリーンの唇がきゅっと引き結ばれる。きっと、身構えるときの癖なのだろう。その緊張を解くように親指で下唇をそっと撫でると、意外にも閉ざしていた唇をやんわりと開いてくれた。唇の内側と歯の奥に見えた赤い色に、カムイルは思わず生唾を飲み込んだ。
「今から触るけど…一つだけ、約束してほしいんだ」
 唇の柔らかさが癖になって親指が離せないカムイルになされるがまま、リーンがくったりと首を傾げる。その仕草だけでもぐっとくるものがあって、バスローブの下の己が形を変えたのが嫌でもわかった。
「痛かったり、苦しかったり、されて嫌なことがあったら…我慢しないでちゃんと伝えてほしい。俺は受け身の経験があるから、怖いこととか、不安になることは、ある程度はわかってるつもり…だけど、実際にリーンがどう感じるかは、リーンにしかわからないから」
 親指を離して、うっすらと開かれたそこへ自分の唇を重ねる。何度かバードキスをしてから近い距離で見たリーンの顔は、あの時の泣きそうな―泣きそうなのに、先を期待している表情になっている。その顔が本当にヤバいんだ、とカムイルは奥歯を噛んだ。
「我慢しないって、約束してくれる…?」
「…はい、約束します」
 手を伸ばしたリーンが、カムイルの角の先に触れながら微笑んでくれる。角をたどって頬の鱗に触れ、そのまま顔の輪郭の鱗と肌の合間を縫うように指先で撫でられると、感じやすい境目がくすぐったくてカムイルも息を詰める。一通り顔の鱗に触れたリーンは、嬉しそうにカムイルを見つめた。
「本当に、教えてもらった通り」
「え…?」
「鱗と肌の境目が弱い、って…前にカムイルから教えてもらったけど、それはこういうときも同じって、タンスイさんからも教えてもらったんです」
 あの野郎、とカムイルは紅玉海へ向かって悪態を吐いた。
「やっぱり変なこと教わってるじゃん…」
「変なことじゃないですよ」
「もう…今からタンスイの話禁止」
 そう言って、カムイルはまたリーンと唇を重ねた。一体何をどこまで話したのかは知らないが、生憎とこちらはしつこいくらいに仕込まれた身だ。攻め方も攻められ方も、嫌というほど知っている。バードキスを続けながら指の背や腹で首筋を撫でると、リーンが肩に小さく力を入れる。それでも構わずキスに合わせて皮膚の薄いそこを撫で続けていると、少しずつ身を捩るようになってバスローブの合わせが妖しく揺れる。
「ん…っ」
 キスで啄む唇の内側や鼻から小さく声が漏れるようになった。嗚呼、本当にいい兆候だ。自分も同じようにされたことがあるから、リーンの具合が本当によくわかる。両手の指の腹を首筋に添え、同時に撫で下ろしながら肩へ、そして鎖骨に沿ってデコルテの付近までぐっと指先で辿っていく。指圧マッサージに近い絶妙な加減で刺激され、急激にリーンの背筋がぞくぞくと震えたのがカムイルには見てわかった。リーンが啄む唇から逃げて小さく声を上げる。
「やっ…なに…?」
「くすぐったかった?」
 唇が触れ合う距離で囁きながら、また首や肩の周りを指先で緩く撫でる。要所を避けても感じやすくなったのか、体の震えを抑えるようにリーンがぎゅっと枕を握りしめた。
「待っ、て…っ…カムイル、とまって…」
「うん、」
 止めてと言われ、指を肩から離してリーンの顔を覗き込む。勘所を押されて息が上がったリーンは、小さく息を刻みながらカムイルを困惑した表情で見上げてきた。
「さっきの…何を、したんですか…?」
「リンパに沿ったマッサージ……と、それの応用かな」
「応用…?」
 きょとん、とリーンが反芻する。カムイルは少しだけ上体を起こすと、両手首を使って性感とは違う圧でリーンの首から鎖骨にかけてのリンパ腺を刺激した。普通のマッサージの心地よさになって、リーンもほっと息を吐く。
「例えば、これはリンパマッサージで…リンパの流れを意識すると、結構感じやすくなる」
「あ…そうなんですね…」
「うん。でも、さっき俺がやったのは…」
 ぐっ、と。またリンパに近い場所を押し込むように撫でられて、リーンは思わず背中を丸めた。肩から鎖骨のラインを撫でられると、それだけで体に妙な感覚が走る。強くはないがくすぐったさとは違うそれに戸惑うリーンを見て、カムイルは満足そうに笑った。
「リンパの近くってさぁ…――体内エーテルの循環路にも近いんだよね」
 リンパを意識して愛撫するとそこが感じやすくなるというのはタンスイからの受け売りで、実際カムイルはいいように覚えさせられてしまったので、ある程度の急所もわかっている。だがそうして責められている内に気付いたのが、リンパとは異なる体内の循環だった。魔法はからっきしで槍が獲物のタンスイは知らなかったようだが、黒魔道士が本業で普段から自分の体内と体外のエーテルの流れを意識して生活しているカムイルには、タンスイが無意識に責めているそこがリンパではなく体内エーテルの通り道だということにすぐに気が付いた。気が付いたのでそこを刺激されるのはさすがにまずいと言ったのに、タンスイがどこ吹く風で目星をつけて触れてくるのですっかりいいようにされたものだった。
 そう。カムイルが肌の上から刺激したのは、リーンの中を巡る体内エーテルだったのだ。ともすれば体の負担になりかねないものだが、自身が散々そこを責められたおかげで匙加減がわかっていて、尚且つ魔道士として普段からエーテル循環の機微を感じ取る素養を磨いており、さらに自身の指先からも微量のエーテルを作用させることで感度の具合を微調整できるカムイルだからこそ成立する芸当である。そもそもカムイルでできることなのだから、世の中の魔道士達はわりと夜の営みにこれを応用しているのでは、とさえ思った。
 ともかくそういう仕組みだから危険なものではないと言うカムイルからの説明を一通り聞いて、リーンはやはりきゅっと枕を握りしめるしかなかった。
「あんな…なんでもないところを、撫でられただけなのに」
「何でもないようで、エーテルが巡ってるってわけ」
 カムイルがまたエーテルの巡りに沿って指で触れ、今度は先程よりも緩い加減でそこを刺激すると、ぞくぞくと震えるほどではない心地よさでリーンの目がとろんと蕩けた。
「これくらいの方がいいかな」
「ん…」
「…うん。その顔は、すっごくよさそう」
 生命の源であるエーテルに作用するなんて、説明を聞いたリーンは原理を頭で理解することはできたが、それを実際にカムイルの手で施されているという実感が追い付かなかった。もしカムイルがこの手法を知らなかったら、肌と肌が普通に触れ合うだけの愛撫を与えられていたのか―だが何もかもが初めてのリーンにはもう、今感じている感覚が肌での愛撫によるものなのかエーテルを刺激されたものなのかの区別がつかなかった。だって、肌に触れているのはどちらも同じなのだ。なのにカムイルの指先が触れられるとどこをなぞられても体が跳ねてしまって、キスの合間に漏らす吐息はもう、自分のものとは思えないくらい甘ったるいものになっていた。
 恐ろしい人だ、と思った。脅かされる怖さではなく、受け身で感じるセックスの何もかもを知り尽くしてしまっているこの人を前にしたら、自分でも知らないところまですべて暴かれてしまって、逃げる術もないのだということに気付いてリーンは震えた。
 そう思うと恐ろしいのに、与えられる感度があまりにも優しくて、ちぐはぐした感覚にリーンは思考が鈍り始めていた。怖いのか、優しいのか、気持ちいいのか。もう、この人がたまらなく愛おしいという感情以外の何もかもがぐちゃぐちゃだった。

「あー…本当に、自分がどんな顔してるか見せてあげたいよ…」
 瞳どころか顔が蕩けてぽーっとしてしまっているリーンの顔を、カムイルは手の甲でゆるゆると撫でた。まだ胸にも性器にも触れていないというのに、いざというときがつらくないように先に体全体の感度を上げてあげようと思ったのだが、調子に乗って少しやり過ぎたかもしれない。
「リーン、そのままおくち開けててね」
「んぁ…っ」
「うん、お上手…」
 蕩けて開いたままになってしまった唇に口付けて、遠慮なく舌を滑り込ませる。口の中から鼻に抜ける吐息まで熱くて、喉の手前の柔らかな上顎を舌先でくすぐると、リーンの手がカムイルのバスローブの合わせにぎゅっとしがみついた。
 もう、エーテルの作用など関係なく何もかもに感じてしまう。達するには足りない感度の愛撫がどんどん与えられて、溢れてくれないままリーンの許容を超えているような感覚。
「こ、わ…い…っ」
 自分の体が、自分のものではなくなってしまう。すべてカムイルに任せて預けてしまいたいと思うのに、初めての感覚が怖くて手放せない。
「怖い?」
 リーンの小さな声を聞き逃さず、カムイルがキスと愛撫を止めてくれる。そのまま指一本、吐息の一つも触れずに、リーンが落ちつくまで待ってくれる。でももう、それがどうしようもなくもどかしいのだ。触れてほしいからまた縋って、限界を超えそうになると怖くてやめてと言って、また体温が恋しくて触れてほしくて…――その繰り返しでリーンがどうしたらいいのかわからなくなった頃合いを見計らって、カムイルが優しい声色で囁いてきた。
「ねえ、リーン…ずーっと半端な状態で、つらくない…?」
 カムイルの言葉の意味が、本能的にわかる。この際限ない波間から抜け出すにはカムイルに身を預けるしかない。でも、それが怖い。リーンが腕を伸ばしてカムイルに抱きつくと、カムイルは敏感になっているリーンを刺激しないように気を使いながら抱き返した。
「イくのが怖いの、わかるよ…自分の体がどうにかなっちゃいそうで、嫌だよね」
 カムイルの言葉に、リーンは抱きついたまま頷く。
「でも今、ずっと寸止めみたいになっちゃってるから…」
「ん…、」
「これ以上焦らすのも俺がつらいし…少しだけ、我慢できる…?」
 カムイルが抱きついていたリーンをベッドへ寝かせて確認すると、身重そうに横たわるリーンが「はい」と消えそうな声で答えてくれた。カムイルは体を起こすと、リーンの脚を少し曲げるようにして抱える。バスローブの裾から覗いた内腿が濡れているのを確認して、やっぱりね、と小さく呟いた。脚を抱え上げて腰が浮くようにして、バスローブの腰ひもを解いてリーンの下半身がすべて露わになるようにする。恥ずかしそうに擦り合わせている両脚を無理強いしない力加減で開けば、焦らされ続けたそこは内腿まで溢れかえっていた。脚を広げるととろりと垂れるのがわかって、リーンが羞恥で顔を枕へ埋める。
「下着、最初から脱いでおいて正解だったね。ねえ、もう少しだけ脚開ける…?」
「そんなの、はずかしい…」
「でももう少し開いてくれないと…俺の角、当たっちゃうからさ」
 妙なことを言われて、リーンは思わず体を起こして自分の足元へと目を向けた。リーンの両腿の付け根に手を置いたカムイルがその間に顔を埋めようとするのを見て、何をされるのかがわかって小さく息を呑む。
「やっ…」
「指で触るより、舐めた方が痛くないから…ね…?」
「ゆ、び…っ…指でも、いいから…っ」
「ごめん…少しだけ、我慢して」
 ぐっと手の力が込められて、左右の腿が大きく開いて固定された。吐息が当たるだけでも腰が浮きそうになる。
「あ……っ…ぁ…」
「角が当たると危ないから…ちょっと、しっかり押さえさせてね」
 ちゅう、とそこに優しく吸い付かれる。それだけでとうに体の許容を超えていたリーンは弾けて、押さえつけられた腰を震わせながら達した。
「んん――……ッ!」
 咄嗟に両手で口を押え、飛び出しそうな嬌声を押し込めてがくがくと勝手に震える体に涙を流す。ずっと蓄積されるばかりだった性感が一気に解き放たれたことによる快感と、そのあとから全身を包み込む得も言われぬ満足感。その余韻に合わせるように濡れたそこに優しく口付けられて、満たされて微睡みそうになる心地の中、頬をそっと撫でられる感覚でリーンは閉じかけていた瞳を開いた。
「大丈夫…?」
 カムイルが、心配そうな表情でリーンの顔を覗き込んできていた。頬を撫でるカムイルの手に自分の手を重ねて、リーンは小さく頷き返す。
「うん、大丈夫…」
「本当に…?ちょっとつらくしちゃって、ごめんね」
「……でも、気持ちよかった」
 ぎゅっと、リーンが重ねた手を甘えるように握り込む。カムイルは少し面を食らったような表情になった。
「あの…エーテルの、ふわふわするみたいなのもいいけど…」
「うん、」
「さっきの、何かが弾けちゃうみたいなのも…その後から、すごく気持ちよかった…」
 初めての深い絶頂感で頭が回らないのか、リーンがふわふわとした感想をぽつぽつと話してくれる。きっと、つらいばかりでなくてちゃんと気持ちよかったとカムイルに伝えたくて話してくれているのだと思うと、カムイルは思わずリーンを抱きしめた。達したばかりでまだ敏感なリーンが、肌に擦れる刺激で小さく息を漏らす。
「よかった……リーンが可愛くて、ちょっとやり過ぎたと思った…」
「やり過ぎ…?」
「エーテルのやつ。リーンの負担が減るように感度を上げてあげようと思ったんだけど、あれでぐずぐずになっちゃうリーンが可愛くて、つい…」
 言われてみて、そういえば確かにそうだったかもしれない、とリーンも自分の体の変化を思い返してみた。刺激を弱くされてからの触れ方は最初はただただ心地よかっただけなのに、それがずっと続けられて、キスと一緒にエーテルの流れをなぞられると泣きたくなるくらいに体が内側からぞくぞくした。最初はそんなつもりじゃなかったのに、気付いたら取り返しのつかないことになっているなんて。まんまと罠に嵌められた過程を思い出したリーンは、少し頬を膨らませてカムイルをなじった。
「あのエーテルのやつ、もう禁止です」
「気持ちよかったのに?」
「きっ……もち、いいから…だめです…」
 本音を隠し切れなかったリーンが、顔を赤くしてもぞもぞとカムイルの胸元へ顔を埋めてしまう。その可愛いリアクションを受け止めて、カムイルはリーンの髪を優しく撫でた。
「ねえ、リーン……続き、してもいい…?」
 続きという言葉に、リーンが胸の中からちらりとカムイルを見上げた。
「続き…?」
「うん。リーンは俺のこと、欲しくない?」
 リーンが言葉の意味を理解して「あ、」と声に出すと、絡めるように触れ合っていた脚に硬く主張するものが触れてきた。もちろん、リーンも想いは遂げたい。具体的に何をどうされるかはわかっているが、自分でも触れたことがない体の内側が一体どうなってしまうのかと思うと、リーンは少し不安でカムイルに頭をすり寄せた。
「あの…」
「うん…?」
「エーテルのやつ、じゃなくて…普通に、触ってほしいです」
 ひどくされないことはわかっている。でも、それで自分が快感に堪えられるかどうかは別の話だ。きっとカムイルはすごくよくしてくれるから、それでまた自分がわからなくなるほど蕩かされてしまうことが、少し、恥ずかしくて不安だった。
「大丈夫…さすがに俺も、この中でアレをするのは加減が難しいから」
 ここ、と濡れて乾かないままの秘所を覆うようにカムイルの掌が優しく当てられた。刺激するような触れ方ではなかったが、それでもぴくりと内腿が震えてしまう。
「おへその下に、エーテルの流れが濃い場所があるんだけど…たぶん女の子は子宮に近い場所だと思うし、自分にないデリケートな器官だから、小細工なしでするよ」
「本当に…?」
「ほんとだよ。というか、あれやってたのは自分でも触られて感じ方がわかるところだけだったし…――」
 そこまで言いかけて、墓穴を掘ったことに気付いたカムイルが「あっ」と声を漏らした。当然、リーンもしっかりと聞いていたので誤魔化しは聞かない。しまったと思う間にリーンの指がおそるおそる急所をなぞろうとしているのがわかったので、慌てて手を掴んで止めさせる。
「はい、ストップ。今のは聞かなかったことにしてね」
「でもカムイルばっかりずるいから、私も…」
「そう言ってくれるのは嬉しいけど、今夜は俺にやらせてよ」
 じゃれ合うように向かい合っていた体勢からまた仰向けに転がされて、肘をついて俯せになるカムイルと額が触れ合う。下生えの付近に手を添えられて、リーンは熱い吐息を吐いた。
「ここ…口でされるの、怖い?指のほうがいい?」
「うん…」
 怖いのではなく恥ずかしさの方が強いのだが、そう伝えるのもリーンにはまだまだ難しいので素直に頷く。使っていなかった枕を腰の下に入れられ、少し楽になった体勢で自然と脚を開く。そこに中指を添えらたのがわかって引き結ぼうとした唇をカムイルが奪って、吸い付くように下唇を食んでからまた離れていった。
「指でするから、キスしよっか」
「ふっ…ぁ…、」
「ん……、自分からおくち開けて、リーンはえらいね」
 何を言わずともうっすらと唇を開いて見え隠れした赤い舌に、カムイルはぞくぞくと背筋が震えた。ゆっくりと中指を差し入れた中は熱く柔らかく、自然と内側から濡れて包み込んでくれる女性器は、当たり前だが自分が今まで疑似的に使ってきた器官とはまるでつくりが違っていて、初めて触れた女性の神秘に思わず熱い息が漏れる。
「なに、これ……女の子の体って、マジですごい…っ」
「あ……んっ…」
 ここまで柔らかいのであれば慣らす必要もないのではと思えるが、もちろんそんな性急なことはしたくないので、円を描くように意識して腹部側をゆるゆると探ってみる。感度が上がっているリーンは内側で自分が感じる場所もすぐにわかったようで、腿の内側をぴくりと震わせながら身を捩った。
「たくさん感じてからイったから…初めてなのに、中でも感じちゃうね」
「や、ぁ…っ…エーテルの、やつ…しないって…っ」
「してないよ。本当に、気持ちいいところ触ってるだけ」
 具合のよさそうなところを優しく撫でているだけでも、時折キスを交わすリーンの顔がエーテルの流れに触れていたときのように蕩け始めた。感じる感覚も近いのか、またエーテル操作をされていると勘違いしたリーンが止めようとカムイルの腕に縋ってくる。
「でも…そう思ったってことは、あれと同じくらい気持ちいいってこと…?」
「あ……っ…あ、ぁ…っ」
「ふふっ…その顔、気持ちいいって返事してるようなもんだよ…」
 あんまり意地悪をしてもまた拗ねられそうなので、あやすようにキスをしながら薬指を増やす。浅い場所を越えて指が入る一番奥まで突き立てると最奥まで難なく届き、まるでさらに奥へと誘うように中がうねった。そこもほぐすように揺らしながらキスをすると、そのたびに中がひくついて指を絞めつけてくる。枕の上に乗せた腰は自然と浮いて内側からの感度に揺れた。
「ねえ、リーン…知ってる…?体の奥まで満たされて突かれるのって…すっごい気持ちよくて、深くイっちゃって、それしか考えられなくなっちゃうんだよ」
 耳元で囁くと、また中が切なそうにうねる。
「男が後ろで真似してもヤバいのに…女の子のお腹だと、どうなっちゃうんだろうね?」
「あっ、あ……わか、ん…なぃ…っ」
「へえ…こわい、って言わないんだね」
 ゆっくり引き抜く指に奥から浅い場所まで撫で下ろされて、リーンの口から絶えず小さな声が溢れる。濡れそぼった指をバスローブの裾で軽く拭き取り、両手でリーンの頬を包み込んですっかりぐずぐずになってしまったその顔を覗き込んだ。
「可愛い……俺が知ってる気持ちいいこと、全部してあげたくなる…」
「ぁ……う…かむい、る……」
「ね…そろそろ、俺も中に入っていい?」
 ちゅう、とねだるように唇に吸い付く。甘えるような表情をつくって見せると、感じて思考が鈍り始めているリーンでもカムイルの顔つきが変わったことに気付いて、腕を伸ばして優しく髪を撫でてくれる。こんな状況なのにつくった表情に騙されてくれるなんて、少し悪い気もしたが気付かなかったふりをしてカムイルはねっとりとリーンの唇を吸った。
「んー……わたし、も…」
「うん…?」
 キスの合間に声が聞こえて、一度唇を離してリーンの顔を見る。
「私も…はやく、きてほしい…」
 リーンが伏せていた視線をゆっくりと上げ、視線が絡んだカムイルへ首を伸ばしてキスを返した。
「気持ちよくしてもらうと…頭、ぼーっとして、わからなくなっちゃうから…」
「……うん、」
「ちゃんと、カムイルにしてもらってるって…最初だけでも、感じたい」
 リーンがカムイルの手を取り、臍の下へ導いて掌でそこを押さえるようにする。この柔らかく薄い腹部の下で、カムイルの熱を感じたい。彼に満たされている感覚を知りたい。もう、ずっと前から胸に秘めてきた願いだった。
「ありがとう…なるべく、つらくないようにするから」
 触れるだけのキスを交わして、そのまますぐに触れてくれるだろうと思った体温が遠退いたので、どうしたのかとリーンが視線でカムイルを追う。
「そんな顔しないで待ってて」
 前髪を撫でつけるようにされ、言われた通りに大人しく待つ。そんなに淋しそうな顔をしてしまっていただろうか、とリーンは自分の顔に指先で触れた。
 カムイルはベッドに乗ったまま体を伸ばして、何気なくサイドテーブルに置いておいた眼鏡ケースに手を伸ばした。ぱかり、と開いた中に外した伊達眼鏡は入っていない。カモフラージュに入れてある眼鏡拭きをずらして、その下に隠しておいた小袋をいくつかとって再びベッドの上に戻る。一つは唇で咥えて、残りは枕元の邪魔にならない場所へ。そこまで来ればリーンも何をしているかわかったような顔になったので、唇で咥えていた袋の封を見せつけるように歯で開けた。
「手持ちで足りるかわかんないけど…ちゃんとゴムつけるから、安心して…?」
 正直な話、中へ入った自分がどうなってしまうのか、カムイルにはわからなかった。
 感じやすい自覚はある。指でリーンの中を慣らしているときに自分の半身がそこに包まれることを想像して、それだけで腹まで反り返るくらい熱り立った。感じてくれている反応を見て興奮したし、もうカウパーでぐちゃぐちゃに濡れている。余裕ぶって攻めていられるのも今の内だけだ。ゴムの絞めつけを感じるといよいよなのだと実感がわいてきて、カムイルは荒くなりつつある呼吸を自覚して髪をかき上げた。
「今の体勢、つらくない…?」
「はい…大丈夫です」
 ものを見るのが恥ずかしいのか、リーンが視線を横に流している。緊張はしているようだが怖さを感じている様子はなかった。手で支えながら膣口に先を宛がって、そこで感じる熱だけでも息が震える。そのまま先端を少し入れただけで、迎え入れられた内側の熱さと柔らかさでカムイルは腰が震えた。
「ん、く…ぅ…ッ」
 ヤバい。本当にヤバい。カリ首の少し先まで入れただけなのに、情けない声が出そうになった。震えてしまう息に気付かれないはずがなく、リーンが少し心配そうな目でカムイルを見上げてくる。手でそっと頬の鱗を撫でられて、それでまた息が詰まった。
「ごめん…ッ……ナカ、よすぎて…動けない…」
「ん……私は、大丈夫だから…」
 大きく呼吸をしながらもう少しだけ身を沈めて、浅い場所にカリの形が引っかかったのかリーンも小さく声を漏らした。全長の半分ほどを押し進めたところで中がきつくなったので、無理には進まずそのまま互いの体温が馴染むのを待つ。中が小さく動くたびにこちらの声が漏れそうで、カムイルは荒い息のままリーンの唇に吸い付いた。
「は、あッ……リーン、苦しくない…?平気っ?」
「うん…このままなら、平気…」
 隙間なく包み込まれて、リーンの内側がまるで自分の形になったような感覚で。きゅうきゅうと弱い先端を絞めつけられると堪えきれなかった声が漏れて、それを聞いたリーンが熱に浮かされている瞳を丸くした。
「カムイル、今…」
「ァ…っ……だっ、て、こんな…――ッあぁ…っ」
 身に覚えがある感覚に背がしなり、目を見開いて誤魔化しようのない嬌声が飛び出した。背中に回されたリーンの指が、そこにある鱗の境目を撫でている。背骨を走るような性感がそのまま下腹部の熱に同調すると腰が砕けそうで、なんとか腕をついてリーンを押し潰さないように突っ伏す。
「だめだって…ッ!今、ほんとにやばいから…っ…」
「んっ…でも…カムイルがきもちいと、中で反応するから…」
 なんてことを言ってくれるんだ、とカムイルはリーンの腕から抜け出して上体を起こす。両手で腰を支えながら脚の付け根付近にある流れを狙ってエーテルを作用させると、リーンの顔から余裕がなくなって両手で枕を握りしめた。
「や、あぁ…ッ……それっ…やらない、って…!」
「ッ……ごめん、でも…お返しだよ…っ」
 当然、中も反応を返すのでカムイルはぐっと堪える。頃合いだろうと見計らってさらに腰を深く落とせば、とん、と一番奥に届いた瞬間にリーンの体が大きく震えた。
「ああ、ほら…っ…近くのエーテルに触れてるから、もう…お腹の奥でも、ちゃんと気持ちいいでしょ…?」
「あ…ッ…ア…っ」
 本来なら時間をかけなければ感じるようにならない子宮口の近くが、軽く押されるだけで達してしまうほど敏感になっている。全身の力が抜けてしまいそうなのにそこだけが甘い収縮を繰り返して、そのたびにカムイルは小さく声を漏らした。
「タンスイに何聞いてきたのか知らないけどっ…残念。受け身の子がどうなっちゃうかは、俺が一番、よくわかってるんだよ…っ?」
 つー、と胸の下から臍までの真っ直ぐなラインを指の腹でなぞる。胸の上で巡ったエーテルが下腹部へと流れ込むそこに触れると子宮口が吸い付くように先端に絡みついてきて、このまま入れているだけでも達してしまいそうだな、とカムイルは口元に笑みを浮かべた。
「か…む、い…る……っ」
 抱きつきたい、とリーンが腕を伸ばして縋ってくる。それにすぐには応えず、伸ばしてきた両手をそれぞれぎゅっと握って緩く腰を揺らし始めた。
「もういたずらしない…?」
「しな、い…っ…しない、から……あ、あぁ…ッ」
 突く動きではなく竿全体で擦り合わせるように動けば、握った手で快感を逃がそうとするリーンの爪がカムイルの手の甲に食い込んだ。心地いい痛みだ。その手を離して腕を回せるように上体を倒すと、リーンが縋るように抱きついてきてお互いの体が密着する。
「もうずっと、甘イキしっぱなして…気持ちいいね…?」
「ぁ……お、く…ぅ…ッ」
「だから言ったでしょ…?俺も、もう…っ…ずっと、気持ちいい…っ」
 リーンの中は絶えず収縮を繰り返していて、軽く達する癖がついてしまったのか、それとも深くて長い絶頂の中にいるのか、男の身のカムイルにはわからない。しがみつかれているので表情も見えなかったが、それでも泣くように喘ぐ言葉の端には「好き」、「気持ちいい」と譫言のように繰り返し聞こえてきたので、そのまま攻め手を変えずに、限界近い己の感度に身を任せて腰を動かした。
「あっ、あ…ッ…!」
「あぁッ…それ……も、やばい…――ッ」
 一際大きな波にきゅうきゅうと先から根本まで絡みつかれ、搾り取られるような動きに逆らわずにカムイルは吐精した。ゴムの先に熱を吐き出しながら、腰が震えて中でびくびくと動いてしまう。ゆっくりと速度を落としながら腰の動きを止め、ゴムが途中で抜けないように慎重に己の半身を引き抜く。ゆっくりと中を擦る動きにリーンの体が震え、引き抜かれる瞬間にきゅっと絞めつけられたので、精が溜まったゴムの先端が引っかかって剥き身の半身だけが先に飛び出す。主が抜けて緩く伸びたゴムの口から中身が流れ出て、それがまるで繋がっていた場所からそのまま零れ落ちてきたようで、倒錯的な光景にカムイルは乱れた前髪をかき上げた。
「はぁ…っ…めっちゃエロい…」
「んん…っ」
「ああ、ごめん。抜くから動かないで…」
 中身がリーンの肌にこぼれないように慎重にゴムを引き抜く。シャワーを浴びた時点で二度発散していたが、それでもゴムの中身の量はけして少なくはなく、己の健康な体に少しだけ呆れながらゴムの口を縛って処分する。流れ出てシーツを汚してしまった分も拭き取って、カムイルはぐったりと身を投げ出したままのリーンの顔をそっと覗き込んだ。
「下、自分で拭く?俺がやっていいなら、拭いてあげるけど…」
 言葉はなく、頷いてゆっくりと脚を開いてくれる。達したばかりで敏感なそこを刺激しないように綺麗に拭って、最後に自分の処理まで済ませてから、カムイルは倦怠感に身を任せてリーンの横に寝ころんだ。
 本当に、一線を越えてしまった。カムイルの胸には充実感があったが、はたしてリーンはどうだっただろうか。痛みや苦しさはなるべく軽減してあげられたと思っているが、調子に乗って可愛がり過ぎた自覚は十分にある。少し不安に思いつつも横向きになってリーンの横顔をじっと見つめていると、その視線に気付いたリーンも、仰向けの姿勢から転がるように横向きになってカムイルの胸元にすり寄ってきてくれた。
「……満足してもらえた?」
 やはり言葉はなく、恥ずかしそうに頷き返された。そのまま甘えるように抱きついてくるので、嗚呼、とカムイルもリーンを抱き止める。そのまましばらく、互いに言葉を交わさず抱き合って、互いの体温に感じ入る。燃え盛っていた炎が次第に小さくなって、穏やかなぬくもりに変わっていくような感覚。幸せな倦怠感に身を任せてしばらく、胸の中に収まっていたリーンが首を伸ばして、カムイルの顎の鱗にキスをした。
「すごく…気持ち、よかった…」
 もぞもぞと身を捩って、顔の位置が並ぶようにリーンが体勢を変える。カムイルが髪を梳くと心地よさそうに瞳を閉じて、それから小さく笑いをこぼした。
「体はとっても重いのに…不思議、こんなに幸せな気持ちになるなんて」
「もう体、大丈夫そうだね」
「はい…まだ少しくすぐったいけど、落ちつきました」
 もう触れても大丈夫そうなのでカムイルから触れるだけのキスをして、リーンがそれを返してくれる。性感を煽ることのない、触れ合う心地よさを感じる口付け。しばらくそれを楽しんだ後、不意にリーンがカムイルの唇に人差し指を押し当てた。
「あのエーテルのやつ、もう絶対に禁止ですからね!」
 まさかピロートークでまで言われるとは思わず、カムイルは吹き出してしまった。
「えー?あんなに気持ちよさそうだったのに?」
「だって、あんなのずるいですよ…!」
 あえて悪びれず揶揄うカムイルに、やはり拗ねているリーンが頬を膨らませる。手の内は明かしたのだから、悔しいならやり返してみせればいい。煽情的な眼差しでそう挑発するカムイルに、リーンはまなじりを決した。
「次は絶対に…っ…私が、カムイルを気持ちよくします…!」
「お手柔らかにお願いします」
 気合十分なリーンがカムイルを仰向けに転がした上に乗ってきたので、お手並み拝見、とカムイルは枕元にあるゴムの袋に指を伸ばした。




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