エタバンをとめないで



 翌日。リムサ・ロミンサのビスマルクでは、リーン達と入れ替わるようにこの地を訪れていたガイアとグ・ラハが食事を楽しんでいた。案内役を務めた当初はガイアに振り回されてばかりだったグ・ラハだったが、かつて水晶公として百余年の時を過ごしたグ・ラハとアシエンとしての記憶を取り戻して胸に抱く想いがあるガイアだけあり、意外なことに二人の旅は順調に進んでいる。特にグ・ラハは古代アラグ帝国に関する知識も持っているため、様々な歴史や物語を見分したいガイアとの相性はよかった。
 明日の旅程はどうしようか、と相談を始めたところでグ・ラハのアラガントームストーンが震えた。確認した通知は思った通りカムイルからのもので、そのメッセージ内容を確認したグ・ラハの顔が明るくなり、そして、くつくつと手を口元に当てて笑いを堪える。それを見たガイアが訝しげに眉を顰めた。
「…何よ、アイツから連絡?」
「ああ、そうなんだが……ふふっ…これは、君にも見せていいかもな」
 グ・ラハは端末を操作して、最新のメッセージだけが見えるようにしてからガイアに液晶を見せた。もちろん、リーンからのサプライズのネタバレ対策だ。慣れない液晶画面を差し向けられたガイアは怪訝そうな顔のまま覗き込み、その内容を確認すると、はっとした表情でグ・ラハを見た。
「十二神の秘石って…リーン達、まさか…!」
「ああ、間違いない。あいつら、やっと想いが通じ合えたんだ」
 ――リーンと十二神の秘石巡りしてる。あと半分くらい。
 カムイルに今後の予定を聞いたところで返ってきた答えがこれだった。ガイアは数日前に十二神大聖堂を案内されてエターナルバンドとそれにまつわる習わしを聞いていたので、当然、秘石巡りが何を意味しているのかもわかる。ずっと傍で見守り続けてきた親友の恋が叶ったことに、ガイアはほっと息を吐いて椅子に座り直した。
「まったく…リーンのこと待たせ過ぎなのよ、アイツ」
「まあまあ、よかったじゃないか。キャメのやつ、俺から見てても可哀想なくらい露骨に意識してたからなぁ…姉さんと違って奥手だったけど、ちゃんと言えたんだな」
「これって、他の皆はもう知っているのかしら」
「知らないんじゃないか?というか、知ってたら姉さんの方が大騒ぎしてるだろ」
 グ・ラハの言葉に、ガイアはふとキャメロンのことを想像した。カムイルほど交流が多いわけではないが、それでも弟とは真逆の賑やかな性格で、そしてそこそこ弟を可愛がっているらしいことも知っている。彼女の耳に入れば次にサンクレッドとウリエンジェの耳にも届くだろうし、そこまで来たら次は賢人全員に情報が回るに違いない――と、少なくともガイアは思っている。
「それもそうね。それなら、本人達が言うまで黙っていましょう」
「だな。しかし、秘石巡りがあと半分となると…ルートにも寄るが、二人がモードゥナに戻ってくるまでにはあと二、三日くらいありそうだな」
 そこまで言って、グ・ラハはちらりとガイアの隣の席を見た。四人掛けの席を二人で使用しているのでそこには荷物を置いてあるのだが、その荷物というのが大量の書籍なのだ。これは今日に限った話ではなく、ガイアは各地で売られている物語や伝承の書かれた書籍を買い込んでいるのだ。希少価値のある古書などまで買ってしまうとこちらの世界での研究に支障が出るため控えているが、流通量が多い一般層向けの読み物だけでもこの量である。持ちきれないので都度「石の家」に送っているが、とてもリーンとガイアが己の所有物としてあちらに持って帰れる量ではない。
「なぁ…この本、本当に向こうに全部持って帰る気なのか?」
「あら、全部なんて持っていけるわけないじゃない」
 グ・ラハの問いに、ガイアは平然とそう返した。じゃあ一体どうするつもりなんだと顔に書いてあるグ・ラハを見て、ガイアはふふん、と得意そうに笑った。
「こっちで保管していてほしいのよ。だって、持ち帰るものが残っていれば、またこちらの世界に来る理由になるでしょう?」
「……あ、」
「それに、アイツに運ばせればリーンに会いに来る口実にもなるじゃない」
 そうでしょう?と妖しく微笑んで、ガイアはティーカップを口元に運んだ。リーンとカムイルの関係がどのように運ぼうとも、ガイアは最初からこうするつもりだったのだ。それがわかってグ・ラハは思わず肩を竦めた。
「やれやれ…リーンのこととなると、君は本当に怖いな」


   ◆◇◆


 噂のリーンとカムイルは、二日目の巡礼を終えてグリダニアに到着したところだった。早朝からイシュガルドを出立してメネフィナ、ハルオーネとクルザスの秘石を巡り、モードゥナでサリャクへ祈りを捧げ、再びクルザスから北部森林を抜けてグリダニアへ入れば、黄蛇門から豊穣神祭壇はすぐに近い。瞑想窟の入口上部を見上げると確かに大岩にノフィカの印が刻まれていて、カムイルも「へえ…」と小さくこぼす。祈りを捧げて宿まで市街地を歩いていると、ウルダハともリムサ・ロミンサとも違うグリダニアの雰囲気にリーンは物珍しそうに辺りを見回した。
「グリダニアは、なんだか不思議な雰囲気ですね。とても静かなはずなのに、妖精達がいるイル・メグを歩いているような…」
「あー…たぶん、森の精霊達の声とか気配かな。グリダニアの人達は、森や精霊との調和を大切にしているから。ここは、地理的にはラケティカだと思うけど」
「あ…そう言われてみると、ファノブの里にも少し似ている気がします」
「ここまで自然に寄り添って生活できるのもすごいよね。おきゃめなんて、グリダニアに来るたびに虫がいるから嫌ぁ~って言ってるよ」
 元々が影武者だったというだけあって、姉を真似るカムイルの喋り方や表情はキャメロンそっくりのものだ。久々に見たリーンはくすくすと笑いをこぼした。
「そういえばお姉さん、ラケティカの大きな虫を見てアルフィノさんに抱きついてました」
「だろうね。おきゃめほどじゃないけど、俺もあんまり大きいのは苦手だよ」
 とまり木で受付を済ませ、木の温かみを感じられる部屋へと案内された。夕食をとるにはまだ少し早い時間なので、二人並んでベッドに座って明日の予定を確認する。
「明日は南部森林にある二つと、アーゼマ、ラールガーだけど……まず中央森林を抜けて南部森林、東ザナラーンはその隣だけどほぼ縦断することになって、さらにリトルアラミゴ経由で大回りしてウルダハだから…ウルダハに着くのは、完全に夜になるね」
 ぐるりと地図の上で道程をなぞったカムイルは、この数日で一番の大移動になるであろうことを改めて確認して溜息を吐いた。ラノシアや黒衣森に比べればザナラーンには土地勘があるのでそこに不安はないのだが、クルザスほどでないものの砂漠の夜は冷える。ドライボーンで一泊することも考えたが、あそこはスコールが多いので長居はよろしくない。そうなると、どうしても明日は一気にウルダハまで行ってしまう方がよさそうだ。
「結構な距離になるけど、リーンは大丈夫?」
「大丈夫です!最後のナルザルは、リムレーンやノフィカのように都市内にあるんですか?」
 地図上のウルダハの真上に書き込まれたナルザルの印を指さしながら、リーンが訊ねる。
「うん。リムレーン、ノフィカ、ナルザルはそれぞれの都市の守護神だからね。リトルアラミゴのラールガーも、アラミゴの守護神」
「なるほど」
 カムイルの説明を聞いて、リーンはまじまじと各都市の守護神を見比べた。
「おきゃめから聞かされてるかもしれないけど、ナルザルって双子の神様なんだ。ザル神は死者の世界を司る神様で、葬送との関わりも深い。だから、葬送の儀式を担う呪術士ギルドのザル神の像の台座に秘石があるんだよ」
「葬送…」
「あ、そんな怖いところじゃないから安心して。双子それぞれが生前と死後の象徴で、でもウルダハの人は生前の富と死後…来世の富をそれぞれ祈ってるって感じ。そう聞くとウルダハっぽいでしょ?」
 冗談めかしてカムイルがフォローすると、リーンも肩の力を抜いて笑ってくれた。明日ウルダハに到着する頃にはおそらくアルダネス聖櫃堂も閉まっているので、最後の巡礼は明後日になるだろう。つまり、二人が指輪を交換するのも明後日ということだ。
「…………」
 せっかく指輪を交換するのだから、しっかりとしたシチュエーションは整えたい。カムイルはそう思う。ウルダハの都市内では誰がどこで聞き耳を立てているともわからないので、二人きりになれるとすれば、どうしたって砂時計亭などの宿屋になる。ウルダハには砂時計亭の他にも大小様々な宿屋が――それこそ、そういう目的で休憩や宿泊ができる宿もあるわけだが、それを思うとカムイルはどうにも頭が痛かった。
 地図を畳み、ベッドから腰を上げる。リーンが不思議そうな顔をするので、ぽんぽん、と頭を撫でてリーンに地図を預けた。
「カムイル…?」
「ちょっと、おきゃめとリンクシェルで話してくるよ。ついでにザナラーン方面の天気とか聞いてみるから、リーンはちょっと待ってて」
 キャメロンの名前を出すと、リーンはそれ以上何も聞かずに頷いてくれた。くれぐれも一人で部屋の外に出ないようにと念押しして、痛む良心を無視してリーンを残して部屋を出る。廊下に出てしばらくはゆっくり歩いて、足音が聞こえないであろう距離まで離れてからカムイルはスプリントでダッシュした。静寂を好むグリダニア人に白い目で見られそうな勢いで走り抜け、どんぐり遊園の奥にある水辺で止まってぜえぜえと肩で息をする。今が夜でよかった。昼間だったら子供達に見られて後ろ指を指されていたと思う。
 リンクパールのチャンネルを慎重に合わせ、息が落ちついてから発信する。この通話だけは絶対に誤爆するわけにはいかない。カムイルの心臓は全力疾走とは別の意味で速い鼓動を打ち始めていた。煩い心臓を抱えながらしばし待っていると、カチ、と相手が通話に応答した合図が聞こえた。一つ深呼吸をして、カムイルはゆっくりと口を開く。
「…もしもし、兄上――?」


 一方、カムイルの発信先であるケイロンは訝しげな表情でリンクパールの着信合図を確認していた。弟からの直通とは珍しい。何かあれば使用人達も含めたグループリンクシェルに連絡が入るので、おそらく他の者には内密にしたいのだろう。察して、ケイロンは夕食の席から中座した。
「お兄様…?」
「商談中の取引先からの連絡だ。向こうで話してくるから、お前達はここにいなさい」
 こう言えば妹も使用人達も後は追ってこないので、ケイロンはテーブル席を離れて同じフロアにあるベランダに出た。ここまで来ればさすがに話は聞こえないだろうし、幸いにも今いるのはウルダハの上流層が好むレストランなので、程よい喧噪が内緒話にはもってこいの環境だった。
「クガネの宿は気に入ってくれたか?」
 二人が宿を利用したことはハンコックから聞いているので、開口一番で軽くジャブを入れてみた。通話の向こうから弟の深々とした溜息が聞こえてくるので、ケイロンは思わず笑ってしまう。
「なんてことしてくれたんですかありがとうございました。お金、ちゃんと出すからあとで金額教えてくださいよ」
「なに、呪術士ギルドと交渉中の禁書に比べたら安いものだ」
「比べる対象がおかしいんですってば…いや、あの部屋のグレードもおかしいんですけど」
「そんなに礼がしたいなら、彼女との進展具合を聞かせてくれないか」
宿泊代を出すと言ってくるであろうことは想定済みだったので、予め用意しておいた返しを弟に振ってみる。カムイルがぐっと声を詰まらせるのがわかった。
「あの、兄上…」
「うん?」
「その……ちょっと、そのことで折り入って相談が…近くに、おきゃめとかいませんよね?」
 カムイルの口ぶりに、ケイロンはおや、と片眉を上げた。てっきりもう少し照れたり慌てた反応が聞けると思ったのだが、これはどうやら、腹を決めた様子である。特に連絡は受けていないが、二人の仲は無事に進展したのだとわかった。
「安心しろ。直通の時点で席を外してきたさ」
 ともあれ、小心者の弟が想い人と結ばれたのはよい知らせだ。少し上機嫌になったことを自覚しながら、ケイロンは話の続きを待つ。カムイルはほっと息を吐いてから相談事の内容をケイロンに話し始めた。
「いや、ちょっと明日…もしかしたら明後日も、ウルダハに泊まるかもしれないんですが」
「うん」
「彼女と大事な話をしたくて…だから、それなりの宿と部屋をとりたいんですけど……その…」
 そこまで話して、カムイルがもごもごと言い淀む。ケイロンは何だろうとしばらくカムイルの言葉を待っていたが、待つ間に弟の態度と話の流れから聡明な頭脳が答えを導きだしてしまい、嗚呼、と思いついて口を開いた。
「ウルダハはわかりづらいからな、普通の高級宿とラブホテルの違いが」
「兄上、歯に衣着せてッ!」
 リンクパールの向こう側から泣きそうな大声量が聞こえてきた。こういうときのリアクションは妹も弟も本当にそっくりだな、とケイロンは呑気に思う。
 そう。ウルダハには大小貴賤とにかく様々な宿が存在しているわけだが、高級志向になればなるほど一般的な宿とラブホテルの区別がつきにくい、という問題があった。富さえあれば暮らしを如何様にもできるウルダハなので当然、その手の目的の宿にもハイグレードなものがある。一夜の恋人に自らの財力を見せつけるため、或いは、上流層の者が気に入った娼婦をもてなすため――とにかく需要があるので商売も成り立つわけで、ウルダハには高級ラブホテルが何軒か存在しているのだ。
 そして厄介なことに、見た目だけでは両者の違いがわかりづらい。そこまでのグレードになると最早ラブホテルでも一般の高級宿に遜色ない造りにはなっているのだが、それでもラブホテルはラブホテルなわけで、普通の宿よりも寝具や浴槽周りがそれらしいものになっている。何より、カムイルの気持ちの問題としてリーンをその手のホテルに泊まらせるのは絶対に嫌なのだ。言わなければバレないという問題ではなく、その事実だけで居たたまれなくなる。
 そういうウルダハの事情とカムイルの内情どちらも察しがついたケイロンは、なるほど、と顎を撫でながら心当たりの宿を頭の中でいくつかリストアップし始めた。
「ほんと、兄上にこんなこと頼んですみません…でも俺、他に聞ける人いなくて…っ」
「キャメに聞けばいいだろう」
 この場合のキャメというのは、キャメロンの方のことである。キャメロンはカムイルと比べてかなりウルダハの事情に詳しいので、当然その辺りの事情や土地勘もある。さらに付け加えるなら、女性目線で好ましい宿選びにも協力してくれるだろう。そうケイロンは思うのだが、カムイルは冗談じゃないとリンクパールの向こう側で首を横に振った。
「あいつにバレたら大事にされます…!絶対に部屋にめちゃくちゃデカい花のスタンドとかバルーンとかシャンパンとか置くに決まってるでしょ!」
「それ、私もやるぞ」
「やらないでください絶対に!」
「わかったわかった。お前の大切な記念日だからな、いい宿を押さえておこう」
 あんまり可愛がると泣いてしまいそうなので、ケイロンはほどほどのところで止めてカムイルを宥めた。実はケイロン達もウルダハ滞在中はそこそこいい宿に泊まっているのだが、さすがに同じ宿や近い場所では可哀想なので別の候補を立てるしかない。
「部屋の広さはどうする?望海楼の別邸と同じくらいでいいか?」
「いや、あれはちょっと…」
 クガネの宿を思い出して、カムイルはくらりと気が遠くなりそうだった。金銭的な余裕はあるが、あのレベルになるとまたリーンに気を遣わせてしまう。
「あそこまでやり過ぎない感じで…でも、ちょっと格好つけられる感じでお願いします。あと、金は俺がちゃんと出しますから」
「了解だ。決まったらメッセージで詳細を送るよ」
 通話を切って、ケイロンは再び家族が待つテーブル席へと戻る。元々がポーカーフェイスなので表情には出ていないが、内心、ケイロンはいつになく上機嫌で鼻歌まで歌いたくなってしまうような気分だった。足取りも自然と軽くなる。

 弟を生まれ故郷から連れ出した日のことを、ケイロンは今でも鮮明に覚えている。当時でもすでに自分より体の小さかったケイロンに泣きついて、必死に「助けて」と懇願してきたのだ。幸いにも大型のキャリッジを持ってきていたのでその中に弟を匿うのと、追手らしい部族の男達が馬を駆って市場にやってきたのはほとんど入れ違いだった。
「…タッカー、任せていいか」
「承知致しました」
 頼れる執事に後を任せて、ケイロンも荷台の中に身を顰める。馬の嘶きで追手に気付いたカムイルは涙目で震えていて、ケイロンが静寂を促すと何度も首を縦に振った。追手は市場の人間に順番に声をかけているようで、キャリッジの近くにもすぐにその気配がやってきた。
「そこの者、我々と似た装束を着た男児を見かけなかったか」
 素知らぬ顔でキャリッジの外の荷物を整理していたタッカーに、男が声をかけた。だがこういう場面で人畜無害なふりをしてとぼけることが滅法得意なタッカーは、困った表情をつくって男へ首を横に振った。
「申し訳ございません。初めてこちらへ来た者でして、あまり周囲を見る余裕もなく…」
「チッ…まさか海の方へ向かったのか――」
 男達は再び馬に跨ると、紅玉海方面へとそのまま向かっていった。その音を荷台の中で聞いていたケイロンとカムイルはほっと胸を撫で下ろした。事情はわからないが、どうやら生まれた部族から抜け出してきたらしい。それもこの歳でこれだけ必死に逃げてくるのだから、余程のことがあったのだろう。どうしたものか、と考えるケイロンの服の袖を、くん、とカムイルの小さな手が掴んだ。
「あの…」
「うん?」
「あなたは…アジムステップの外から来たの…?」
 問いかける声は、緊張のせいかまだ震えている。人見知りなので視線も合わない。ケイロンは跪いてカムイルの膝をそっと撫でてやった。
「ああ、そうだ。ここよりずっと西にある、小さな島からやってきた」
 外にいるタッカーは、次の追手が来ないかと周囲を警戒しつつも積荷の中の二人の会話に耳を傾けた。常人には気付かれない声量だったが、生憎、真人間ではないタッカーなので二人の声は問題なく聞き取ることができる。その会話が何やら怪しい方向に進みそうなので、人がいい主にやれやれと溜息を吐いた。
「君は、外に行きたいのか?」
「……うん、」
 ケイロンが改めて見たカムイルの髪と瞳の色は、ケイロン自身と―そして、妹のキャメロンにそっくりだった。肌の色も近い。歳の頃もきっと妹に近いだろう。
 妹の代理人になる子供をそろそろ見繕うように、と折しも父から言われたばかりだった。一族の面倒なしきたりばかり押し付けてくる親を親とも思えず反発しようと思ったが、同じ年頃の子供と共に過ごす時間は、きっと妹にとって貴重な財産になる。
「…なあ、君。行く宛がないなら、私達の家に来ないか」
 ほら見たことか、とキャリッジの外でタッカーが顔を顰めた。妹一人でも手を焼いているというのにその子供の面倒も見るのはこちらなんだぞ、と頭を抱える。
「うちは少し変わった家でね…君と同じ年頃の妹がいるのだが、その子と姉弟になってくれないか」
「きょうだい…」
「君が兄でも弟でも構わない。ただし、条件が一つだけある――」

 自分の名前を捨てて、姉と同じ名前を名乗り、彼女の影となって生涯仕えること。
 当時五歳の子供だったカムイルに迫るにはあまりにも重大な選択だったと思う。だが生まれ故郷での人生を捨てたいと思っていたカムイルは、天の救いのようにケイロンの提案を受け入れてくれた。それから十数年、カムイル自身は今の境遇に感謝して人生を謳歌してくれているが、それでも彼の人生から多くを奪ってしまったとケイロンは思っている。そもそもが故郷を飛び出すくらい我欲が強いくせに、周囲に気を使ってそれを飲み込んでしまうほど気弱で優しい性格なのだ。形式的には妹の側仕えとして家に迎えたが、ケイロンはカムイルとキャメロンを平等な姉弟として育て、カムイルにもそう考えるように何度も伝えている。だから妹くらい我儘なくらいで構わないのに、カムイルはケイロンになかなか甘えてくれなかった。
 その弟に大切なパートナーができて、彼女との大事な節目を前に、自分を頼ってくれた。それだけケイロンは羽根が生えたように心が舞い上がっているのだが、それでもポーカーフェイスは崩さず、悠然とした態度で再び席につく。気分がいいのでウエイターを呼んでワインボトルを頼み、ふう、と一息吐いた。キャメロンもカメリアも何も気付かない様子でケイロンを迎え入れたが、ただ一人、ケイロンと直に契約を交わしているタッカーだけは主の変化に気付いてそっと耳打ちをしてきた。
「あまりはしゃいで飲まれませんように、」
「……善処する」
 弟のための大事な宿選びを前に酔っていられるか、とケイロンはタッカーの諫言を鬱陶しがったが、タッカーは主のワインを一杯目でどう止めようかと思考を巡らせることになり、結果として、まんまと乗せられて兄の代わりにボトルを空けることになったキャメロンがカメリアに抱えられて宿まで運ばれることになった。




10/14ページ