短編まとめ

※さいきさんに描いていただいた漫画を原案としています

※お話の流れや作中台詞を一部アレンジさせていただいております

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 アポリア本部へテレポしていく姉を見送り、カムイルはふう…と一息吐いた。
 相変わらずバザールはトークンで素材や装備を交換する人々で溢れかえっているが、今日の内に素材に変えておかなければ今度は手持ちのトークンの方が溢れてしまって勿体ないので、気乗りしないまま再び交換所の行列へと並ぶ。待っている間に全ロール分の必要素材数をメモしたノートを取り出し、交換や製作が済んだものに横線を引いて消していく。そんなことをしている間に順番が回ってきて、カムイルが欲しい素材とその分のトークンを渡すと受け取ったキハンティがにこやかに応対してくれた。忙しい時期だというのにありがたいことだ。
「いつもありがとうございます」
 スムーズに受け取りを終え、交換所の行列から逃げるようにエーテライトプラザへと向かう。広い場所へ出たことでほっとしたカムイルが改めて交換品を確認しようと袋の中身を覗き込むと、つい先程抜け出してきた喧噪にも負けない大声量が後背から聞こえてきた。
「だぁからさぁ⁉」
「ッ!」
 喧嘩だろうか。新たな討伐対象の攻略解禁日のラザハンとくれば、ぴりついた猛者達で溢れかえっている。そんな連中の諍いに巻き込まれてはたまったもんじゃない、とカムイルは肩を竦ませて恐る恐る大声の聞こえた方へと顔を向けた。
 ざわつく人々が一様に同じ方向へ顔を向けているので、カムイルの視線も自然とその先へと誘導される。最初に目に飛び込んできたのは、鮮やかな青色の髪をなびかせて早歩きしているミコッテの女性の姿だった。なまじ容姿が整っているだけあり、苛立ちと不機嫌を隠さない表情の凄みが強く、遠巻きに見守る人々も近寄りがたそうなオーラに気圧された様子だった。そして、割れた海の如くさっと道を譲る人々の中を小走りに駆け抜けていく金髪の男。ミコッテの彼女のことを追いかけていたようで、その背に追いつくと取り繕うような笑顔で声をかけている。
「誤解だってば~!ねっ?他の女の子なんか見てないよ~」
 男の声がよく通るので、そんなつもりはなくても自然と会話が耳に入ってくる。周囲の人々も状況がわかって「なんだ」「ただの痴話喧嘩か」と呆れた様子で肩を竦ませながら散り散りに去っていった。かく言うカムイルも、呆れと安堵が半分といった心地になってやれやれと息を吐く。パートナーがいながらその人に誤解されるような言動をとるということが、カムイルにはいまいち理解できなかったからだ。
(あんなに綺麗な女の子を捕まえておいて……まあ、そういう人もいるか)
 男はなかなか誤解を解いてもらえないようで、距離が開いても尚、女性を宥めようとする声が聞こえてくる。
 だが、そうして聞こえてくる男の声に意識を向けている内に、カムイルは記憶の奥でなにかがもたげるような感覚を覚えた。
「……なんか、聞いたことある声だったな」
 低くて、優しい。今のように誰かに取り繕うようなものではなくて、もっと静かに、ぽつぽつと何かを語って聞かせるような声を聞いたことがある気がしたのだ。
 終末が落ちついてから仲間内で飲み歩く機会も増えたし、もしかしたらそのどこかで同席していたのかもしれない。それにしては、妙に覚えがある。はっきりしない記憶を少し鬱陶しく感じながら、カムイルは通りを変えてマテリアの交換所へと向かった。
「オメガマテリジャ、武略と雄略と天眼をとりあえず五十個ずつ」
「まいど!お兄さんも今日からレイド攻略するクチかい?」
「いや、どうせクラスター余らせるくらいなら全ジョブ派手にフル禁断しようかと……」
 クザールと世間話をするカムイルの爪先に、転がった何かがぶつかる感触があった。
「?」
 頼んだマテリアを用意してもらっている間に視線を落とすと、爪先に弾かれたギル硬貨がくるくるとその場で回ってからぱたりと倒れる。こんな日だから慌てた誰かが落としたのだろうと拾い上げると同時に、またも後背から声が聞こえてくる。
「あっ…すみません!さっき、誤って落としちゃって…」
 どうやらギルの落とし主らしい。早々に見つかってよかったとカムイルは体ごと振り返り、だがそこに立っていた男の顔を見て思わず顔が引きつりそうになった。
(うわっ……)
 あの、青髪のミコッテを必死に追いかけていた男だった。
 遠巻きに見ていた時は気付かなかったが、近くで見ると顔や装備の隙間に傷の手当の後がある。背負った武器を見るにガンブレーカーだ。タンク職なら外傷の多さは珍しくない話だが、それにしたって状態が悪すぎる。自分で治癒魔法を使うか、もしくは治癒してもらえる宛がないのだろうか、と他人事ながらカムイルは少しだけ心配になった。
「……どうぞ、はい」
「あ…ありがと」
 カムイルがギル硬貨を差し出すと、ミッドランダーの男がじっと見上げてくる。その表情はカムイルの体躯を見て「デカい」と思っているのだろうことを雄弁に物語っていたが、アウラ族を見慣れていない人からそのように見つめられるのも珍しいことではないので、いつものことだとカムイルは男から視線を流そうとする。
 その一瞬、男の双眸の色が左右で異なることに気付いてはっとなった。
(青と…金…――)
 目の色の違い故に実父に疎まれたという男の話を、つい最近聞いた覚えがある。この間ひとりで勇気を出して飛び込んでみたスナックでの出来事だった。何人か身の上ばなしを語った中の一人で、自分の経歴と近しい部分が多くて印象に強く残ったその人だった。
はっきりしなかった記憶のすべてが繋がって、だがあの大人数の中の一人だったと声をかけたところで自分のことなどわからないだろうと思うと、カムイルは余計な言葉は加えずに男へ軽く会釈をする。ちょうど、クザールがマテリアのセットを長机の上に用意し終えた気配を感じていた。
「あ、えっと…それでは」
「あ、あぁ…はい。それでは…」
 男もカムイルがマテリアの交換待ちだったと気付いてくれたようで、簡単な挨拶だけでその場を去っていく。何事もなくやりとりが完結したことにほっとして、だがどこか後悔のようなものも感じながら、カムイルはそれらを払拭しようとその場でタンク装備へのマテリア禁断に取り掛かった。


   ◆◇◆


 別日、ウルダハ。
 追っている未成年売春グループの動向が変わったとの一報を受け、カムイルは珍しくウルダハに滞在していた。自身が同様の犯罪の被害者でもあるカムイルは、終末後の不滅隊での主な仕事を違法売春の摘発と取り締まりにしている。とはいえ求められるのは実際にグループアジトや違法店へ乗り込む際の機動部隊としての腕力なので、数日後の作戦決行までは基本的に待機となっていた。
 そういう訳で久々のウルダハ滞在となったわけだが、他にも性犯罪の温床になっていそうな場所がないか軽く見て回ろうと、カムイルは繁華街の周囲を散策していた。国の風営法に則って展開している風俗街の店に入れないキャスト志望者や顧客候補は、こういった場所でアテを求めていることが多いからだ。そういった人の数を減らすには地道に犯罪の温床を潰していくしかないのだろうな、とカムイルは青天の下には似合わない重い溜息を吐いた。そんなタイミングのことだった。
「お兄さん、ひとりですかぁ?」
(うっわぁ、最悪…――)
 カムイルが女性に声をかけられるシチュエーションは大きく二つのパターンに分けられる。一つは、カムイルがキャメロンとは別人の元影武者だと公表してからあからさまに増えたファン。嬉しくない話だが、そういう目で見られていると感じることも少なくない。
 そしてもう一つは、カムイルの素性知らずに売り手または買い手として声をかけてくる人。アウラ族の容姿に似合うファッションを優先して選んでいるとどうしても遊んでそうなイメージを持たれやすく、今日はたまたま女性二人組に捕まったが、このパターンはどちらかと言えば男性に声をかけられる機会の方が多い。
 カムイルは足を止めず無視しようとするが、向こうは二人で左右からカムイルを挟むように並んでまとわりついてくる。これは相当しつこいかもしれない、とカムイルは足を止めてそこでようやく二人組を見下ろす。ウルダハの気候を考えても薄着すぎるヒューランとミコッテの女性が、それぞれ艶っぽい眼差しでカムイルを見上げていた。
「あの…そういうの、興味ないんで…」
「えーっ、つれなぁーい!彼女持ち?」
「せっかくウルダハに来たんだから、ちょっとくらい遊んでもいいじゃない」
(いや、ウルダハのことを何だと思ってんだよ……)
 アウラ族ということもありカムイルが国外から来た冒険者と勘違いしているのか、彼女達はウルダハにまつわる品のない話題を出して気を引こうとしてくる。金でなんでも買える街だとか、他の都市では味わえないこともギル次第で叶えられるだとか――ウルダハという国を愛していればいるほど、聞いていてむかっ腹が立ってくる内容ばかりだ。
 ウルダハにそのような悪しきイメージがついており、なかなか払拭できないという実情も理解している。だがカムイルは、そんなこの国を変えようと心を砕いている女王陛下と、そんな女王陛下のために星ごとこの国を救った姉のことをよく知っている。彼らの血のにじむような努力や苦悩を知らずに低俗な言葉を並べる二人を前に呆れと苛立ちで閉口してしまい、それでカムイルが大人しくなったと喜んだ彼女達はさらに盛り上がる。
(面倒くさいな…男だったらうまいこと口が回るのに)
 男からのナンパをおちょくって撒くのは得意だが、女性相手に断るのはどうにも苦手だ。どうしたものかとカムイルが考えていると、不意に、盛り上がる二人の後ろに咥え煙草の男が現れた。
「――ハァイ、そこのお嬢さんたち」
「あ……、」
 例の、ラザハンでギル硬貨を落とした傷だらけの男だった。
 すっかり怪我は完治した様子で、だが整った顔のあちこちには消えない傷跡がちらほら残っている。職業柄だろうか。
 男は自分の顔の良さがわかっている様子で、色男のオーラを彼女達に振り撒いている。ミコッテの方は面食いらしく、振り返った先にいた男の顔を見るなり驚いて顔を赤くしていた。突然現れてはキラキラと眩しいオーラを振り撒く男に、とてもあの日恋人らしき相手を必死に追いかけていたとは思えないな、とカムイルは呆気にとられた。
「全くなびかない男引っかけて、君たち暇なの?」
「うわっ!イケメン!」
 早くも目移りしかけているミコッテの女性が男へすり寄ろうとすると、それを遮るように相方のヒューラン女性が腕を伸ばした。
「待って、こいつウルダハの番犬⁉」
「え?なにそのクソダサい二つ名、初耳ですけど⁉」
「不滅隊の大闘士様で、救国の英雄様でしょ?ウルダハじゃ有名人よ貴方」
(大闘士…――)
 まさかグランドカンパニーも同じだったのか、とカムイルはまじまじと男を見つめる。とはいえカムイルはつい最近まで姉の代打で任務をするばかりで、そもそも各グランドカンパニーに所属する冒険者の数も相当なので、互いに顔を知らなくても不思議ではないのだが。
 男は初耳のそれがあまりお気に召さないのか、「うれしくねぇ二つ名だな…」と溜息交じりに肩を落とす。だが気を取り直して顔を上げると、また色男の顔つきになって今度は親指でカムイルのことを指さした。
「――で?彼、困ってるでしょ?そ・れ・と・も…俺と、遊んでみる?」
「いやよ。だって貴方、既婚者でしょ?」
「うぐっ…」
 想像していなかった反撃だったのか、ヒューラン女性に心底嫌そうに断られた男は悔しさと苛立ちが混じった声を上げてぎりりと拳を握る。だがもうこれ以上色男の顔をしても仕方ないとわかると、気取った態度を崩して「しっし、」と二人に手を振った。
「わかったならさっさと散れ散れ!」
「ほら、行くわよ。この面食い」
「や~ん、せっかくのイケメンなのに~!」
 しつこく食い下がってきたのが嘘のように、カムイルはナンパから解放された。女性馴れした態度が見事なものだとカムイルが放心半分に感心していると、男は何かごそごそとポケットから取り出しながらカムイルを振り返った。
「大丈夫?」
「……あっ、」
 男がポケットから取り出して見せたのは一枚のギル硬貨――あの日のことを男も覚えてくれていて、その上で助けられてしまったのだとわかり、カムイルは急に恥ずかしさで体温が上がった。
「えっ…あ、あの…えっと……」
「この前、ありがとね。覚えてるよ君の事」
 言うか、言うまいか。
 ラザハンでは躊躇って名乗り出られなかったが、こうして二度も顔を合わせる機会があるのも何かの縁かも知れない。カムイルはぐっと息を飲むと、思い切って男へと口を開いた。
「あのっ……俺、キャメロンって言います!」
「⁉」
「あっ、」
 礼より先に名乗られると思っていなかったのか、驚いた男の手から再びギル硬貨が飛び出す。かつん、と音を立てて跳ねたかと思えばそのまま転がっていってしまうギル硬貨を二人の男が視線で追っていると、やがてそれはよく知る者の爪先に当たって止まった。
「おっ、ギル硬貨じゃん」
「おきゃめ⁉」
「へ?」
 転がっていったギル硬貨を拾い上げたのは偶然にも姉のキャメロンで、カムイルはいつもの調子で姉を呼ぶ。そのまま姉の元へと駆け出すカムイルの横で、唐突に同じ名前を持つ人間が二人に増えたことに男がおいてけぼりを喰らっていることには気付かずに。
「きゃめくんがウルダハにいるなんて珍しいじゃん」
「それはそうなんだけどさぁ……」
 そのままカムイルがいつもの癖で姉を抱き上げようと腕を伸ばすと、それよりも早く男の存在に気付いたキャメロンが「おわっ!」と声を上げて腕をすり抜けていく。そのミドオスに過敏に働くセンサーは一体どうなっているんだ、とカムイルは長い脚ですぐに姉との距離を縮めた。
「金髪で顔に傷があるミドオスじゃん!きゃめくんの言ってた通り、しかもイケメン!」
「はーい、ちょっと黙ってね」
 ぽかんとしたままの男には申し訳ないが、カムイルは今度こそリーチの長い腕でしっかりと姉を捕まえて抱え上げる。抱き上げて真正面から睨んでも動じないキャメロンに、カムイルはひくひくと口の端を震わせた。
「お前なぁ…話がややこしくなるだろ⁉」
「あははっ、ごめんごめん」
「ワイモンドに後で絶対にチクる」
 そのまま小さな姉の体を抱え直し、そこでようやくカムイルは男を振り返った。
「すみません、お騒がせして……ちょっと、場所を移してお話させて下さい」


 ナンパを追い払ってもらった礼と詫びを兼ねて、カムイルはマーケットでテイクアウトのドリンクを買いつつ場所をゴールドコートへ移した。
 ゆっくりと腰を落ちつけて、改めて自分と姉の厄介な名前の事情について話す。スナックでも語らせてもらった内容ではあったが、あの日は他の客の出入りが多く、仮に自分が話をしたタイミングで店内にいたとしても印象に残っているとは限らないと思ったからだ
「なるほど…?ややこしいわけだ…」
 終末後に生家の事情を話して聞かせた全員が同じ反応をしたように、男もすんなりとは飲み込めていない表情でドリンクを啜る。こればかりは仕方ない。カムイルが素性を明かしても男――サク・カズミはぴんと来ていない様子だったので、カムイルは思い切ってカズミへと話を切り出した。
「あ、あの……サク・カズミさん…ですよね…?」
「あれ…俺、名乗ったっけ……?」
 やはり覚えていなかったか、とカムイルはそのまま話を続ける。
「あ、いえ…その……前に、タナカさんのスナックで」
「…ッ⁉」
 予想外だったのか、カムイルの言葉にカズミが思いきり噎せて咳き込んだ。
「だ、大丈夫ですか…?」
「大丈夫……っていうか、いたの⁉」
「はい、いました…」
 別に期待していたわけではなかったが、こちらばかり相手のことを記憶していたのだと思うとカムイルも少し気恥しくなってきた。
 どうしても、生まれた家と折り合いがうまく行かなかったという話を聞くと、意識せずとも耳を傾けてしまう。自分は逃げ出すように草原を飛び出して今の家族に迎え入れてもらえたけど、他の人はどうやって今の人生を選び取ったのだろうかと。それに、生家を飛び出した後に苦い経験をしたとぼかして語っていたときのカズミの雰囲気が、自分と似た経験をしたであろうと思わせるものを漂わせていたのだ。
「それで、その……俺の経験と近いところがいくつかあって、勝手にシンパシーみたいなものを感じてしまって、あの夜の話の中でも印象に残っていたんです」
 体と心がバラバラにされてしまうようなことを経験して、それでも今は、自分の過去に臆することなく愛する女性と共にいるのだとカズミは語っていた。カムイルもリーンの前ではそうありたいと思っているが、どうしても心のどこかで負い目を感じずにはいられない。リーンはカムイルの過去を受け止めて理解してくれているが、カムイル自身がどうしても暗い気持ちを払拭できないのだ。
 だから、自分と似た道を辿ったはずの彼がどのようにして自身の過去と折り合いをつけられたのか、どんな想いで愛する人の隣にいることを選んだのか、それが気になったのだ。
「……きゃめくん、この通り奥手だから。ラザハンのときにちゃんとご挨拶できなかったみたいだけど、許してあげてね」
「余計なこと言うな」
「あいたっ!」
 アシストされたことがまた気恥ずかしくて頭を軽く小突いてやると、膝の上に乗ったままのキャメロンが大袈裟に痛がって短い脚をぱたぱたと動かす。不安定な体勢で暴れる姉を押さえつけようとカムイルが躍起になっていると、目の前にカズミがすっと手を差し出してくれた。
「あ…、」
「俺でよければ、よろしくね」
 友好の握手だとわかっても、どうにも不慣れで反応が遅れる。カムイルは満足げな表情をしているキャメロンをがっちりと抱え直すと、空いた手をカズミの手へそっと添えた。
「……ありがとう、ございます」
 あの日、勇気を出してスナックへ行ってよかった。
 カズミと握手を交わしながら、カムイルは緊張のほぐれた顔つきで柔く微笑みを溢した。




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