赤い糸
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片脚を何かが掠めた。
その瞬間、焼けるような痛みに襲われ、雪に覆われた冷たい地面に真正面から倒れ込んだ。
視界の端に、私と同じように倒れている人が何人かいた。みんな血だらけで、多分もう、息はしていないだろう。それに、千切れたヒトの手足のようなものまで見えた。
ここは一体どこ?
自分の部屋のベッドの上で寝ていたはずなのに。
気味が悪い。家に、帰りたい。
息が苦しくて、身体が辛くて、目も開けていられない。
閉じた目からじわりと染み出た涙が頬を伝い落ちた。
その瞬間、身体が宙に浮いた。
誰かが抱き上げてくれたのだろうか。身体を支えてくれている腕がとてもあたたかく感じる。
何処かに向かっているのか。雪を踏む音が微かに聞こえくる。もしかしたら、私のことを助けてくれるのかな。
顔を見てお礼を言いたいのに、口も目も、動かせそうにない。
それなのに、
『岩柱様…私、片脚がもう…』
口が、私自身の意思と関係なく動いた。
勝手に言葉を紡いで、『岩柱様』という人と会話をし始める。
片脚って、
『ああ…毒が入ってしまったのだろう…』
毒?
思えば、左脚の膝から下の感覚がない。
何なのこれ。
『私のことは…もういいので…ここに、置いていって…まだ息のある人を助けてあげてください』
『残念だが、君以外にまだ息のあるものはいないようだ』
『そんな…』
『呼吸をして毒の巡りを抑えなさい。できるか?』
『ぅ…はい…』
『いい子だ』
岩柱様という人の腕の中で静かに揺られ、はっと気づいて目を開けると、月明かりに照らされた見慣れた天井が目に入った。
ここ、私の部屋だ。
飛び上がるように身体を起こして、自分の左脚を確かめる。ふくらはぎを抓ると痛みを感じた。
私の左脚、ちゃんとある。
そうか。全部、全部夢だったんだ。
「よかった」と呟いて、再びベッドに身体を沈めた。
でも、変な夢のせいかなかなか寝つくことができなくて、結局寝たのは本来起きるはずの時刻の2時間ほど前だった。
生憎、今日は平日。当然のごとく学校には行かなきゃいけない。
ろくに寝てないせいか、なんだか足元がふらついてしまう。
重い身体を引きずりながら、教室に向かおうと階段をのぼる。最後の1段に足をかけた瞬間、身体が後ろに傾いた。
「…っあ…!?」
身体を支えようと、手すりを掴もうとした手が虚しく空を切った。
私、このまま、頭から、階段の下に落ちる。
そう思って、これから襲う痛みに耐えるようにぎゅっと目をつぶった。
だけど、不思議と痛みはなく、数時間前に見たあの夢の中のように、誰かが私の身体を支えてくれていた。
恐る恐る目を開けると、「大丈夫か!?」と大きな声が頭上から降ってきた。
「怪我は?脚を踏み外したようだが、挫いたりしてはいないか?」
「…ぁ…煉獄先生…」
階段から落ちた私を助けてくれたのは煉獄先生だった。燃え盛る炎のような髪が顔にかかって少し擽ったい。
「みょうじ?聞こえてるのか?」
「は、ぃ…」
煉獄先生の問いかけに返事をしたものの、私の声が小さかったのか、煉獄先生は「聞こえていないようだな!」と私を抱きかかえて歩き始めた。
一体、どこに行くつもりだろう。保健室かな?
されるがまま、煉獄先生の腕の中で大人しく揺られていると、ガラリとどこかの部屋のドアが開けられた。
「煉獄!?何やってんだよ!?」
どうしてか、宇髄先生の声が聞こえる。
「安心しろ!眠ってるだけだ!」
「そうじゃねえだろ!職員室じゃなくて先に保健室に行けや!」
「むっ!すまん!それもそうだな!」
どうやら私は、校医の珠世先生がいる保健室ではなく、職員室に連れてこられたようだ。
薄く目を開けると、宇髄先生のゆるっとしたパーカーの裾が目に入った。
「ぁ、の…煉獄、先生…」
「なんだ!?起きたのか!?」
「さっきから、起きてます…自分で歩けますから…おろしていただけると…」
「そうか!それならよかった!」
煉獄先生が「おろすぞ!」と、私をゆっくりと床におろした。
変な夢を見て、階段から落ちて、そのまま何故か職員室に運ばれて…。
今日は厄日か何かなの?
「みょうじ、なんか顔色悪くねえか?」
宇髄先生に顔を覗き込まれ、目が合う。先生の綺麗な顔がなんだかぼやけて見える気がする。
「おーい、聞いてんのか?」
「…ぁ…すみません、ちょっとぼうっとして…」
「ちょっとどころではなさそうだな!」
「ああ、保健室行くか?」
「…えっと…保健室…」
保健室のベッドで少し寝かせてもらうことはできますか?
そう訊ねようとしたとき、悲鳴嶼先生が職員室に入ってきた。
「みょうじ、今日も早いな。職員室に何か…」
「先生…」
大好きな先生の姿が目に入って、少しほっとしたのか、小さなため息が口から零れた。
「ん…?どうした、具合でも悪いのか?顔色が悪いぞ?」
「悲鳴嶼さん…それが、ちょうど今、みょうじを保健室に連れて行こうとしてたところだったんだよ」
「貧血か知らんが、先程階段で倒れたものでな!」
「倒れた…?そうか、なら私が連れて行こう。桑原、歩けるか?」
「はい…大丈夫です…」
悲鳴嶼先生に付き添われて、保健室に向かう。
「階段で倒れたそうだが、怪我はしていないか?」
「はい、大丈夫です。頭から落ちそうになったんですけど、煉獄先生が受け止めてくれました」
「そうか…」
もしあのとき煉獄先生がいなかったら、今頃私は救急車に乗っていたかもしれない。
そう思うと血の気が引いた。
悲鳴嶼先生が保健室のドアを開けると、中には校医の珠世先生と、珠世先生に熱烈な視線を送る愈史郎先輩がいた。
愈史郎先輩は何故かいつも珠世先生の傍にいる。学年も不明なので一応先輩と呼んではいるけど、実際のところ、彼が何者で、本当に学生なのか、だとしたらいつ授業に出ているのか。なんてことは、恐らく誰も知らないだろう。
「朝早くにもうしわけない。みょうじ…うちのクラスの生徒なのだが、顔色が良くない。それに目眩を起こしたのか、階段から落ちそうになったそうだ」
「まあ、階段から…みょうじさん、昨日十分に睡眠をとることはできましたか?」
「え…いえ、2時間くらいしか寝てないです」
珠世先生の質問にそう答えると隣にいた悲鳴嶼先生が「2時間?」と眉を顰めた。
「やっぱり…薄いけどクマもできてるようだし…1限は何の授業ですか?」
「1限…ぁ…体育です」
体育だし、しかもマラソンだった気がする。こんな体調で、走れるだろうか。
「体育…残念ですが、1限は休んだほうが良さそうですね」
「え…」
珠世先生が心配そうな顔で私を見つめながら呟いた。
「そうだ、休みなさい。みょうじのことは私から冨岡先生に事情を話しておくから。無理はしないほうがいい」
「悲鳴嶼先生…すみません…」
私が頭を下げると悲鳴嶼先生は「気にするな」と微笑んだ。
「1限は休むとして…2限がはじまるまでここで寝かせてあげましょう。時間になったら私が起こしますから」
「ああ、そうしてもらえると助かる。みょうじ、少しここで休むといい」
「はい…ありがとうございます」
お言葉に甘えて、保健室で寝かせてもらうことになった私は、真っ白なベッドに身を沈めて直ぐに意識を手放した。
次に目が覚めたとき、何故かクラスメイトの嘴平くんに顔を覗き込まれていた。
嘴平くんの頬には大きめの絆創膏が貼られていた。
「は、嘴平くん…」
「起きたのか、子分その3」
「起きた、けど…私子分じゃないし…」
嘴平くんは私のことを何故か子分その3と呼ぶ。名前で呼んでくれることもあるけど、以前「腹が減った」と呟く嘴平くんにお菓子をわけてあげたときから、子分その3とも呼ばれようになった。
ちなみにその1は竈門くんで、その2は我妻くんらしい。
冬になっても半袖を着てるし、ボタンは全開。加えて裸足の嘴平くん。体育のジャージも最初は着るのを嫌がっていた。
「声かけても起きねえから、死んでんのかと思ったぞ」
「勝手に殺さないでよ…あれ?珠世先生は?」
「知らねえ。絆創膏貼ってくれたあと、どっか行っちまった」
「そっか…というか、なんで嘴平くんがここに?」
「転んだ」
「え、珍しい…」
嘴平くんはものすごく運動神経がいい。身体も柔らかい。気持ち悪いぐらいぐにゃぐにゃ動くし、ぴょんぴょん飛び跳ねる。ブリッジしたまま走り出したときは流石に怖すぎて泣きそうになった。
「勘違いするなよ!別に俺様が弱いからとかじゃねえからな!」
「そんなこと言ってないじゃん…」
嘴平くんによると今日の体育のマラソンは、グランドじゃなくて学校のまわりを走るタイプのやつだったらしい。その途中、校門目掛けて猛スピードでバイクが突っ込んできて、嘴平くんはそのバイクに轢かれそうになった子を助けようとして転んでしまったそうだ。
「急にぶぅんって、突っ込んできやがるから、ホント危なかったぜ…まあでも、俺様のおかげで誰も怪我しなくて済んだみたいだしな!よかったぜ、逆に!」
「嘴平くん、怪我してるけど」
「はあ?別に、こんなの怪我のうちに入んねえよ」
「そうなの…?」
「ああ、そうだ!」
「それならいいけど…」
これは怪我ではないと言い張る嘴平くん。本人がそういうのなら、怪我ではないのだろう。多分。
でも、轢かれそうになった子を庇うなんて、なんかかっこいいかも。
「お前、何にやにやしてんだ。気持ち悪いな」
「気持ち悪いって、酷いなあ…誰かを庇って怪我するなんて、不謹慎かもしれないけど、ちょっとかっこいいなって思っただけだよ」
そう言うと嘴平くんはぽかんとした顔で私を見つめたままかたまってしまった。嘴平くんの顔がみるみる赤くなっていく。
「お、お前…」
「嘴平くん…?」
「かっこいいって、お前、それ、なんだ、かっこいいって、それ」
「だから、その…誰かを助けようとしてって、ヒーローみたいっていうか…」
嘴平くんの反応に、なんだか私まで恥ずかしくなってきた。
さらっと「かっこいい」なんて言ってしまったことを後悔する。
「ひ、ヒーローじゃねえ!俺は親分だ!それでお前は子分その3!わかったか!」
「いや、子分じゃないってば…」
「ならお前は何なんだ!?」
「ええ…クラスメイトのみょうじなまえですけども…」
何なんだって聞かれたそう答えるしかない。私は肩書きも何もない、ただの平凡な女子高生なんだから。
「じゃあなまえ!」
「は、はい…!」
「なまえは子分でクラスメイトでなまえだ!」
「うん…?」
「なまえ!」
「はい…」
「なまえ!」
「な、何…」
「かっこいいって、なんかほわほわする!胸んとこが、じわって、顔がカアッて熱くなって…なんだこれ、ふざけんな!」
「別にふざけてないよ!?」
真っ赤な顔で「なんだよ、これ」と唸る嘴平くん。怒ったと思えば急に黙り込んだ。
コロコロと変わる嘴平くんの表情や態度に、数時間前に見た悪夢にも似たような夢のことなんて、私はすっかり忘れていた。
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校門に突っ込んできたバイクには謝花兄妹が乗っていました。
伊之助は顔面からすっ転んでしまったので、顔に絆創膏が貼られています。