赤い糸
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朝早く教室に着けば、悲鳴嶼先生と2人きりになれるということがわかった。
そうなれば、やることはひとつ。
毎日早起きをして、クラスメイトの誰よりも早く学校に行く。
もともと早起きは苦手じゃないし、先生と2人きりなれることのほうが嬉しいせいか、休みの日まで早く起きる習慣がついてしまった。
今日も早く起きて、学校に行き、静かな廊下をひとり進む。
トイレの鏡で身だしなみを整えようとしたそのとき、大変なことに気づいた。
「…っあ!」
制服のリボンを忘れた。
「今からなら一旦家に帰って…いやでもそれだと遅刻ギリギリ…もう…なんで忘れるかなあ…」
「おい」
「絶対注意されるし、やっぱ取りに…」
「おい…!」
「ひいっ!?」
「さっきから何をブツブツ言っているのかね?」
廊下を歩きながらどうしたものかと頭を悩ます私に声をかけたのは、伊黒先生だった。
伊黒先生の首には白蛇が巻きついていて、伊黒先生と一緒に私のことをじろりと見つめていた。
伊黒先生の担当科目は化学。ちなみに、化学のテストで赤点をとるとペットボトルロケットの刑というものにかけられるらしい。実際に見たわけじゃないけど、そんな噂が飛び交っている。
「えっと…あの」
「ん…?リボンはどうした?」
「あっ…」
リボンがないのを隠すように思わず首元に手をやったがもう手遅れだった。
バレた。
「リボンはどうしたと聞いているのだが?」
「えっと…忘れました」
隠してもしょうがないので正直に白状すると、伊黒先生はため息をひとつついたあと「来い」と呟いた。
まさか赤点とってないのに、ペットボトルロケットの刑にかけられるの?
というか、ペットボトルロケットの刑ってそもそも何?体罰じゃないの?
「ぼさっとするな、さっさと歩け」
「は、はい!」
まだ見ぬペットボトルロケットの刑に怯えながら伊黒先生の後ろを歩いた。
行き着いた先は化学準備室だった。
まさか、ペットボトルロケットを私自身で準備しろと言うのだろうか。
それはあまりにも鬼畜すぎる。
「あの…伊黒先生…」
「ここで少し待っていろ」
「はい…」
待ってろって、ペットボトルロケット作ってくるから待ってろってこと?
嘘でしょ?リボン忘れただけなのに?
いや、忘れた私が悪いのだけれど。
「待ってろ」の意味に震えながら、大人しく待っていると伊黒先生が戻ってきた。
「ほら、これ…」
「え…」
伊黒先生が何かをすっと手渡してきた。
リボンだ。紛れもない、私が通う学校の、女子生徒が身につけるリボンだ。
「これ…伊黒先生のですか?」
私がそう訊ねると、伊黒先生は「そんなわけあるか」と怪訝な顔をした。
「職員室にあったやつだ。ないよりはマシだろう」
もしかせずとも、リボンを貸してくれるのだろうか。「待ってろ」の意味は、職員室に取りに行くから待ってろってことだったんだ。
あの伊黒先生が…?
「そんなだらしない格好で会うのか?」
「会うって…?」
「お前の担任に決まっているだろう」
伊黒先生が「そんなことも、言わないとわからないのか」と呟いた。
「放課後はたいていここにいる。もし俺の姿がなかったら机の上にでも置いておけ」
「あ、ありがとうございます…」
「わかったらさっさと教室に戻れ」
伊黒先生はそう言ってふいっと私から顔を背けた。
もう一度伊黒先生にお礼を言うと、伊黒先生の首元で白蛇が顔を上げた。伊黒先生の代わりに返事をしてくれたようだった。
教室に入ると悲鳴嶼先生が植木鉢に水をあげていた。
「悲鳴嶼先生、おはようございます」
「おはよう…見てみなさい。花が咲いてる」
先生に促されて植木鉢を覗き込むと、昨日はまだ蕾だった子たちが花を咲かせていた。
「可愛い…!」
「そうだな…こうして無事に咲いた花を見ると、毎日世話をしてきた甲斐があったと思える」
先生はそう言って静かに微笑んだ。
放課後、化学準備室に行くと、伊黒先生が実験道具をガチャガチャと触っていた。
「伊黒先生」
伊黒先生がゆっくりと振り返る。
「なんだ、みょうじか」
「リボンを返しに来たんですけど、家で洗ってきてからのほうがいいですか?」
私がそう訊ねると伊黒先生は「別にいい」とぶっきらぼうに返した。
「ありがとうございました。本当に助かりました」
「もう忘れてくるなよ」
「はい」と返事をすると、伊黒先生はふんっと背を向けてまた実験道具を弄り始めた。
言葉や態度は冷たいけれど、伊黒先生って本当はすごく優しい人なのかな。失礼かもしれないけど、人は見かけによらないって、伊黒先生のことを言っているみたいだ。
忘れ物をした日。
伊黒先生の意外な一面を見れた気がして、少し嬉しいなと思う私がいた。