赤い糸
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いつもより早く目が覚めた。
二度寝するにはなんだか勿体なく感じて、そのまま学校に行く準備をはじめた。
学校に行って、課題でもやろう。
そう思って家も早めに出た。
学校に着くと、生徒の姿はほとんどなかった。見かけたのは、朝練のある部活に所属している、ユニフォームやジャージ姿の生徒くらいだった。
誰もいない廊下を進み、教室のドアを開けると、そこには悲鳴嶼先生がいた。
「あ…お、おはようございます…!」
「みょうじか、おはよう…早いな」
「早く起きちゃって…」
「早起きは三文の徳という。何かいいことがあればいいな」
いいことならたった今起きてる。
二度寝しなかった甲斐があった。
朝一番に悲鳴嶼先生の声を聴けたこと、姿を見れたことが嬉しくて、思わずにやけそうだ。
そんな私を気にもとめず、悲鳴嶼先生は窓際に置かれている植木鉢に咲いた花をいじっていた。
「先生、何をしてらっしゃるんですか?」
「はながらを摘んでいる」
「はながら?」
「咲き終わった花のことだ。摘んでやらないと、次の花が咲けなくなってしまうからな」
水もあげていたのだろう。植木鉢の傍には小さなジョウロも置かれていた。
悲鳴嶼先生は朝、いつもこの作業をひとりでやっているのだろうか。
大きな背中を丸めて、小さな花に向き合うその姿がなんだか可愛らしく思える。
「私も手伝います」
私がそう申し出ると先生は少し驚いた顔をした。
「私にもやらせてください」
「そうか…助かる。私は手が大きいから、こういった作業は少し苦手でな」
先生は自分の大きな手を見つめて恥ずかしそうに笑った。
先生と2人きりだなんて、滅多にないチャンスだ。
何か話さないと。
そう思って先生をちらりと見ると特徴的な柄のネクタイが目に入った。
「先生の今日のネクタイの柄、猫なんですね」
「気づいたか?可愛らしいだろう?」
猫も可愛いけど、その可愛らしい猫のネクタイを選んできた悲鳴嶼先生も、やはりなかなかの可愛さを放っている。
「可愛いです…!先生は猫を飼っていらっしゃるんですか?」
「いや、今は飼っていない」
今は、ということは昔は飼っていたのだろうか。
それがきっかけで猫を好きになったのかもしれない。
「みょうじは何か動物を飼っているのか?」
「飼ってないです。飼いたいけど、お父さんがアレルギー持ちだから飼えなくて…」
「そうなのか…」
「でもその代わり、ベランダでミニトマトを育ててます」
「ミニトマトか…それはいいな。見るのも楽しいし、食べることもできる」
「はい。たくさん実がなるんですよ。いっぱい採れたら先生の分も持ってきますね」
「それは嬉しい。ありがとう」
「楽しみにしててください」
悲鳴嶼先生とお話をしながら、花の世話をする。
朝からなんて贅沢な時間を過ごしているのだろう。
もっといろんな話をしたい。
「ハンカチも猫ですか?」
「いや、今日のハンカチは猫ではない」
私が問いかけに、悲鳴嶼先生はポケットからシンプルなストライプの柄が入ったハンカチを取り出した。しかも、前に私が職員室で泣いてしまったときに貸してくれたのと同じものだ。
可愛らしい猫のイメージが強かったけど、こういうのを見せられると悲鳴嶼先生も大人の男の人なんだなあと思い知らされる。
好きという気持ちを自覚してから、悲鳴嶼先生の一挙手一投足に大袈裟なくらいドキドキしてしまう。
2人で過ごしているこの時間が、どうかもう少し続いてほしいと願った矢先、先生か時計に目をやり「もうこんな時間か」と呟いた。
「そろそろ職員室に戻るとしよう。手伝ってくれてありがとう。助かった」
2人きりの時間が終わってしまう。
そう思うと勝手に口が動いていた
「あの…!花の世話、明日もお手伝いしていいですか?」
明日も早起きするから。
クラスの誰よりも早く学校に来るから。
お願いします。
そんな気持ちを込めて悲鳴嶼先生を見つめていると、先生がふっと笑った。
「明日でも明後日でも、いつでもいい。また手伝ってくれると嬉しい」
「なら明日も早く来ます!あっ…すみません、大きな声出して…」
「かまわない」
嬉しいだなんて、そう感じているのは私のほうだ。
明日もまた先生と2人きりになれる。
そう思うと、本当に嬉しくて、教室に響くほど大きな声が出た。
集めたはながらを捨てると、悲鳴嶼先生は「またあとで」と言って、職員室に戻って行った。
悲鳴嶼先生と入れ替わるように我妻くんが教室に入ってきた。
我妻くんとはおばあちゃんのことがあってからよく話すようになった。
風紀委員会に所属している我妻くんは、服装検査のために早く学校にくることが多い。今朝もきっとそうだ。
「なまえちゃん、おはよう!…あれ?何かいいことあった?」
悲鳴嶼先生のことを想ってだらしない表情を浮かべる私に、我妻くんが訊ねてきた。
「うん。ものすごくいいこと!」
「え!?何なに?気になるんだけど!」
「秘密!」
「そんなこと言わずにさ、教えてよ~!」
「我妻くん、私に構ってる暇なんかないでしょ?早く校門行かないと、冨岡先生待ってるよ」
「ハッ!そうだった…服装検査行きたくないなあ。どうせまた染めてこいって殴られるもん」
「そんなこと言ってないで、ほら早く…いってらっしゃい」
「はあい…」
半べそをかく我妻くんを見送って、やろうと思っていた課題を取り出した。
しばらくするとクラスメイトたちがわらわらと教室に入ってきた。
仲のいい子はみんな私の顔を見て「何かいいことあった?」と聞いてきたから、余程嬉しそうな顔をしていたのだろう。
朝のほんの少しの時間だったけど、悲鳴嶼先生と2人きりになれたんだ。
早起きの徳は三文どころじゃないかもしれない。
明日も早起き頑張ろう。