赤い糸
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最近の私は何かおかしい。
気づけば悲鳴嶼先生のことを目で追ってるし、頭の中でも悲鳴嶼先生のことを考えている。
赤い糸の話を悲鳴嶼先生にしたあの日から、ずっとこんな感じだ。
「なまえちゃん」
悲鳴嶼先生、今何してるかな。
私たちは夏休みだけど、やっぱり職員室で仕事してるのかな。
「なまえ」
この前は中庭で三毛猫を膝に乗せてたし、もしかしたら今も中庭で…
「なまえちゃん?」
「なまえ?聞いてるの?」
「あっ…」
声に気づいて我に返ると、カナヲ先輩とアオイ先輩が私の顔を覗き込んでいた。
「話しかけてもずっと返事がなかったから…どうかしたの?」
悲鳴嶼先生のことで頭がいっぱいだった私は、ここが華道部の部室だということを忘れていた。
夏休みに入り授業がないこともあってか、悲鳴嶼先生に会う機会は格段に減った。
部活で学校には来るし、顧問の先生に用事があって職員室に行くこともあるけど、用もないのに話しかけるわけにもいかないから、悲鳴嶼先生の姿を確認する程度だった。
「すみません…少し、考えごとを…」
「何か悩み事でもあるの…?」
「私たちでよければ話して」
華道部は花を活けるだけじゃなくて、友達のことを話したり、お菓子を食べたり、なんだか女子会をしているみたいだった。お作法以外にも、勉強を教えてもらうこともあって、ひとりっ子の私にはお姉ちゃんが同時に2人も出来たような気分だ。
そんな2人にだったら話してみようかなと思って、口を開こうとしたときだった。
部室のドアを開け誰かがトントンとノックした。
「こんにちは」と透き通った声がドアの向こうから聞こえた。
それは胡蝶先輩の声だった。
胡蝶先輩は華道部に所属されているわけではないけど、部室が近いこともあってか、たまにこうして遊びにきてくださる。
私が華道部に入ったきっかけも胡蝶先輩だ。
胡蝶先輩はお姉ちゃんというよりお母さんみたいな人。顔を合わせる度に私のことを気にかけてくれるし、優しい雰囲気と透き通った声で私のことをふんわりと包んでくれる。そんな気がする。
ドアを開けると胡蝶先輩が「お邪魔します」と部室に入ってきた。
「こんにちは。皆さんお集まりで…何を話していたんですか?」
「なまえの悩みを聞こうとしていたところです」
胡蝶先輩の質問にアオイ先輩が答えると、胡蝶先輩が私に視線を移した。
「お悩みがあるんですか?」
「えっと…悩みなのかはわからないんですけど、こういうのはじめてなので…なんて言えばいいのか…」
「なまえさんさえよければ、私にも聞かせてくれませんか?」
胡蝶先輩に促され、私は最近の私自身のことを話した。
「ある特定の人がいると言いますか…その人のことを気づいたら目で追ってるし、頭の中もその人のことでいっぱい…みたいな」
「どんな方なんですか?」
「優しくって、声とか雰囲気も落ち着いていて…あと、すごく背が高いです」
「他には?」
「他?えっと…猫が好きなのか、持ち物が猫ばっかりです」
「あら…なまえさんがそう言うのなら、きっととても素敵な方なんでしょうね」
私の話を胡蝶先輩は何故かニコニコと笑いながら聞いていた。
「そうですね…す、素敵な人です…」
「なまえちゃんは、その人のことどう思ってるの?」
「そうよ、問題はそこ」
「え、えっと…」
アオイ先輩だけじゃなく、いつもは大人しくもの静かなカナヲ先輩にまで、ぐいっと身を乗り出すようにして訊ねてきた。
「どうって…目が合うと、ドキってなります…緊張するのとはまた違うんですけど、心臓の音がはやくなるっていうか」
答えになってるか分からないけど、思ったことを正直に言うと、御三方は目を見合せて「これはで」と呟いた。
「なまえさん」
「はい…」
「それは病気かもしれませんね」
「え…病気、ですか?」
そんな病気があるのか。
「あの…病院に行ったほうがいいですか?」
「その必要はありません。なまえさんのは恋の病ですから」
「こ、恋!?」
ビックリして、思わず大きな声が出た。
ニコニコと表情を変えることなく胡蝶先輩が続ける。
「なまえさんはきっと、その方のことが好きなんですよ」
「す…」
好きって、そんな。
人を好きになるなんて初めてだ。
ずっと赤い糸の先にいる人だけを好きになるんだと思っていたから、今まで誰かのことを好きだって思うことなんてなかった。
これが恋で好きってことなのか。
「どうですか?なまえさんのお悩み、解決できました?」
胡蝶先輩の言葉にハッとする。無自覚だったとはいえ、先輩方に恋愛相談をしていたなんて、急に恥ずかしくなってきた。
「か、解決しました…」
熱が集まる顔を隠したくて思わず俯いてしまう。
「なまえちゃん、応援してるから…」
「私も応援してますからね」
カナヲ先輩とアオイ先輩の声に顔を上げると、おふたりは私のことを真剣な眼差しで見つめていた。胡蝶先輩は変わらずニコニコ笑顔のままだった。
「は、はい!ありがとうございます!」
私、悲鳴嶼先生のことが好きなんだ。
恋を自覚した瞬間、先生の顔が見たくて、声が聞きたくて、たまらない。
部活を終え、帰ろうと廊下を歩いていると前から猫が走ってきた。
悲鳴嶼先生がよく中庭で愛でている三毛猫だ。
三毛猫は私の目の前で足を止めた。
「おいで」としゃがんで手招きをすると、三毛猫は甘えるように手に擦り寄ってきた。
「可愛い…」
この三毛猫、人に慣れているのかすごく大人しい子みたいだ。
抱き上げて額を撫でてあげると嬉しそうに「にゃあ」と声を上げた。
「あなた、名前はなんて言うの?」
猫が返事するとは思ってないけど、訊ねてみる。
もちろん返事はない。
その代わり後ろから声が聞こえた。
「茶々丸というそうだ」
「え…」
振り返ると悲鳴嶼先生がいた。
「以前、校医の珠世先生がそう呼んでいた」
そう言うと悲鳴嶼先生は私の腕の中にいる【茶々丸】の顎の下を撫でた。
茶々丸が気持ちよさそうに目を細める。
「部活か?」
「は、はい…今から帰るところです…」
突然現れた好きな人に、心臓の音が加速する。
「華道部は楽しいか?」
「…ぁ…た、楽しいです」
「それはよかったな」
せっかく悲鳴嶼先生に会えたのに、緊張してしまって言葉が出てこない。
どうしようとひとり焦っていると、茶々丸は私の腕から飛び降りて、開いていた窓から外に出ていってしまった。
「あっ…いっちゃった…」
「茶々丸はこの学園に住みついているそうだ。また会えるだろう」
「そうなんですね」
茶々丸、可愛かったなあ。
また撫でさせてくれるかな。
茶々丸が出ていってしまった窓の外を眺めていると、悲鳴嶼先生が「私もそろそろ戻らないと」と呟いた。
「暑いから気をつけて帰りなさい」
「ありがとうございます…」
もう行っちゃうのか。
もっとお話したかったのに。
「みょうじ」
「はい」
「夏休み明けにまた元気な姿を見せてくれ」
「…はい!」
大きな声でそう返事をすると、悲鳴嶼先生は「元気だな」と笑って職員室に戻っていった。
夏休み、早く終わらないかな。