赤い糸
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入学式から1ヶ月が経った。
新しくできた友達の中には、早速部活に入った子もいて、私も何かはじめようかなって思ってた。
そんなとき廊下に置かれた生け花に目がとまった。
「うわあ…」
生け花の傍には小さなプレートが置いてあって、【華道部 神崎アオイ】と書かれていた。どうやらこの生け花、華道部の生徒の作品のようだ。
名前の知っている花も知らない花も生けてあるけど、どの花もすごく綺麗だ。それに、1輪1輪が凛としていて、なんだかかっこいい。
花って【綺麗】とか【可愛らしい】っていうイメージが強かったけど【かっこいい】っていう風にも思えるんだ。
華道なんて触れたことなかったけど、ちょっとやってみたいかも。
でも、正座したり着物を着たりキッチリしたイメージが強いし、【道】がつくから高校の部活でも礼儀作法に厳しかったりするのかな。
「綺麗ですよね」
「わっ…!?」
花を見つめながらそんなこと考えていたら急に声をかけられた。声のほうに顔を向けると、私と同じ制服を着た女子生徒が優しく微笑んでいた。
女の私でも思わず見惚れてしまうほど、綺麗な人だった。
花に負けないくらい綺麗なその人は胡蝶しのぶと名乗った。
胡蝶しのぶといえばこの学園の三大美女の1人だ。
学園三大美女の1人に話しかけられるなんて何事だろうか。
「お名前は?」
「あの…私、1年のみょうじなまえっていいます…」
「1年生ですか。少し時間が経ってしまいましたが、ご入学おめでとうございます」
「あ、ありがとうございます」
胡蝶先輩は物腰も丁寧で、年下の私に対しても敬語で話しかけてくれた。
「なまえさん、花が好きですか?」
「好きです。綺麗だし、可愛いし…でも、この作品はなんていうか、かっこいいって感じがします」
「私もそう思います。可愛いだけじゃない。ハキハキとしていて、手際もいい。しっかり者で…生けた方の顔が思い浮かびます」
胡蝶先輩はそう言って、目の前の花達を愛おしそうに見つめた。
妙に具体的だけど、華道部の神崎アオイさんのことをご存知なのだろうか。
「胡蝶先輩は、この…神崎アオイさんって方とお知り合いなんですか?」
「ええ、知っています。私は華道部ではなく、薬学研究部とフェンシング部に所属していますが、華道部にはよく遊びに行くので」
胡蝶先輩は文化部と運動部を兼部してるのか。3年になると受験勉強もあってお忙しいだろうに。すごいな。
「華道は花が綺麗というだけではありません。トゲや葉っぱで切り傷もできるでしょうし、枝や幹が固いものは切断するのも力が要ります。花器には大きくて重いものもありますから、力仕事も多いです。花材を長くもたせるための手間も惜しんではいけません」
「そうなんですか…」
華道って優雅で上品ってイメージがあったけど、それだけじゃないんだ。
「それでも、作品ができたときの達成感は大きいものです。なまえさんのように嬉しい言葉をかけてくれる人だっていますからね」
【かっこいい】って素直に口から出たはずなのに、なんだか少し恥ずかしい。
「なまえさん。もし気になるようでしたら、一度華道部の部室を覗いてみてはいかがですか?体験入部もやっているかと」
「体験入部…そうですね。華道部の部室、行ってみます」
色々話してくださったことへのお礼を言うと、胡蝶先輩は「それではまた」と廊下の奥に消えていった。
その日の放課後、華道部の部室に向かった。
ドアをノックすると中から「どうぞ」と返事が返ってきた。
「し、失礼します…」
部活のドアを開けると短いツインテールの女子生徒と長いサイドテールの女子生徒が座っていた。
ツインテールの女子生徒が「どうかされましたか?」と私を見つめる。
「私、1年のみょうじなまえといいます。華道部に興味があって…」
私の言葉に2人は目を見合わせた。
「そうですか…私は2年生の神崎アオイです。こちらは栗花落カナヲ」
「彼女も2年生です」と神崎先輩が栗花落先輩に目をやった。
この人が神崎アオイさんか。
神崎先輩は早速華道部の活動内容を説明してくれた。ハキハキと話す姿は、凛と咲くあの作品に似ていた。
栗花落先輩は何かを話すというわけでもなく、静かに微笑みながら私たちの様子を見ていた。
「活動内容は以上です。実際にやってみますか?」
「え…そんな、いきなりできるんですか?」
「体験入部ですので、なまえさんさえよければ」
「や、やってみたいです…でも私、こういうの全くやったことなくって…」
「ご心配なさらず。細かいことは私とカナヲが教えます。それにあくまで体験入部ですので、あまり力まずに」
「はい…ありがとうございます」
「ではまず、なまえさんが綺麗だと思った花をひとつ手に取ってみてください」
神崎先輩に促され、水が張られた桶から花を1輪選んだ。
そのあと、お2人に傍についてもらいながら初めて花を生けた。
「こんな感じですか…?」
恐る恐る訊ねると、神崎先輩ができあがったものを見ながら「いいですね」と呟いた。栗花落先輩もにこりと笑いながら頷いていた。
「なまえさん、初めての生け花はどうでしたか?」
「華道のお作法も分からないし、初めてだったからすごく緊張したんですけど、お花や道具に触るのは楽しかったです」
そう言うと神崎先輩は「それはよかったです」と笑みをこぼした。
ここに来ることをすすめてくれた胡蝶先輩の言葉を思い出した。
作品なんて言えたものではないけど、私が初めて生けた花だ。最後までやったと、達成感のようなものを確かに感じる。
それに、神崎先輩と栗花落先輩の反応も嬉しかったし、もっと色んな花を触ってみたい。
「あの…私、入部しようかなって思います」
私の言葉に、神崎先輩と栗花落先輩が再び顔見合せる。
「華道部に入部したい…です」
入部希望の旨を伝えると、2人は私に向き直って「ようこそ、華道部へ」と微笑んだ。