赤い糸
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「入学式の説明は以上だ。では、出席番号順に廊下に並びなさい」
悲鳴嶼先生が入学式の流れを説明してくれたけど、何も頭に入ってこなかった。
赤い糸が私と悲鳴嶼先生の左手の小指同士を結んでいたからだ。
糸の先にいる人にいつか会えたらと思っていたけど、こんないきなり出会うだなんて。
しかも相手は担任の先生だ。教師と生徒の恋愛なんて、映画やドラマじゃあるまいし。そんなこと有り得るのだろうか。
口を開けたまま、随分と間抜けな顔をしていたのだろう。私の様子を心配した竈門くんが声をかけてくれた。気づけばクラスメイトはみんな席を立って、廊下で列を作りはじめていた。私は慌ててみんなの後を追った。
なんで、私と先生が赤い糸で結ばれているのだろう。
私たちはいつか恋に落ちる。
でも、それは、どんな風に?
どんなきっかけで私は先生のことを好きになるのだろう。
頭の中にいろんな疑問が浮かんでくる。それが気になって、式には全く集中できなかった。
再び教室に戻ると今度はクラスメイトの自己紹介がはじまった。
悲鳴嶼先生がひとりひとり名前を呼んでいく。
最初に名前を呼ばれた子は、雷にでも撃たれたかのような金色の髪をしていた。
その男子生徒は少し挙動不審な様子で自己紹介をはじめた。
「我妻善逸です…」
金髪も校則違反だったような気がするけど、咎められたりはしないのだろうか。
「あ、えっと…この髪はその…地毛、です…」
地毛なんだ。もともと色素の薄い髪なのかな?ご両親が日本人ではないとか?
「え?…俺は日本人だけど、色素が薄いってわけでもなくて…雷に撃たれてこうなりました…」
雷に撃たれてなんで生きてるの。
「それは…俺にもよくわからないけど、何故か生きてます…」
我妻くんは「よろしくお願いします」と一礼したあと、居心地が悪そうに身を縮こまらせながら席に着いた。
待って。
私の心の中の疑問に、我妻くんが答えていたような気がするんだけど。
私の勘違いにしてはあまりにも質問と答えが一致している。
我妻くんは人の心が読めるのだろうか?
赤い糸といい、我妻くんといい、他にも色々。入学式早々びっくりするようなことばかりだ。
校長先生の傍にいたカラスは何故か片言で喋るし、首に蛇を巻いている先生もいた。そもそもなんで校内にカラスと蛇がいるのか。
小指から赤い糸が三本も出てる先生もいたけど、大人の事情があるのだろう。見なかったことにした。
式典なのにワイシャツの襟が全開の先生もいて、正直目のやり場に困った。
この学校は少し変わっているのかもしれない。
クラスメイトの自己紹介を聞きつつ、そんなことを考えていたら、いつのまにか私の番が来ていた。
「次、みょうじ…」
「えっと…みょうじなまえといいます」
言うことを何も考えていなかったから、頭が真っ白になる。
何を言ったらいいんだ?
シュミ?トクギ?スキナ、モノ…?
何も出てこない。どうしよう。
「みょうじさん?」
クラスメイトの視線が集まる中、竈門くんが心配そうに名前を呼んでくれた。
竈門くん。
朝くれたクロワッサン、美味しかったな。
「竈門くんがくれたパンが、すごく美味しかったです…あっ」
私の素っ頓狂な発言にクラスメイトみんなが目を点にした。
私自身も、自分が今何を言ったのか理解出来ていない。
教室の中になんとも言えない空気が流れはじめる。
完全にやってしまったと、目の前が真っ暗になりかけた瞬間、野太い声が教室の中に響いた。
「お前、それ全部食ったのか?」
恐らく私に聞いているのだろう。
大きくぱっちりと開いた翡翠色の瞳。桃色の薄い唇。すっと通った鼻筋。紅顔の美少年と呼ぶに相応しいであろうその男子生徒は、私をじっと見つめていた。
「た、食べた…」
私の答えに男子生徒は「そうかよ」と少ししょんぼりとした様子を見せた。
「ごめん…だって美味しかったから」
いや、パンの感想を言っている場合ではない。今は自己紹介の時間だ。
「えっと、あの…変なこと言ってごめんなさい…緊張して頭が真っ白に…」
「構わない。ゆっくりでいい…」
「あ…」
焦る私に、悲鳴嶼先生が優しい声で諭すように言った。
「君のことを話してくれ」
「はい…えっと…みょうじなまえです。中学は…」
先生の声で落ち着くことができた私は、さっきの素っ頓狂な発言なんてまるでなかったかのように、すらすらと自己紹介をすることができた。
「どうぞよろしくお願いします」
クラスのみんなに軽くお辞儀をして、席に着く。すると、竈門くんが私にしか聞こえないような小さな声で「パン、また持ってくるからな」と笑顔で呟いた。
そのあとも自己紹介は続いた。
先生は涙を流しながら、私たち生徒の自己紹介を聴いてくれていた。泣いているはずなのにどこか嬉しそうだった。
因みに、あの紅顔の美少年は【ハシビライノスケ】という名前らしい。ハシビラなんて苗字、初めて聞くかもしれない。どんな漢字を書くのだろう。
クラス全員の自己紹介が終わると、保護者も混じえて連絡事項や注意事項の説明が行われ、あとは帰宅するのみとなった。
保護者が来ている生徒も居れば、私みたいに来ていない生徒も何人かいるようだ。
竈門くんも私と同じ、その中の1人だった。
竈門くんは「家の手伝いがあるから」と教室を飛び出していった。
我妻くんはおじいさんが来ていたのだろうか。立派な白いヒゲをたくわえた背の低い老紳士に、我妻くんは何故か泣きついていた。
父と母は「入学式に行けなくてごめんね」と謝ってくれたが、私のために働いてくれているのだから、さほど気にはならなかった。
ひとつだけ、母に制服姿で校門の前で写真を撮ってくるように言われていた。校門の前というより、おそらく【入学式】と書かれた白い大きな看板のことを言っているのだろう。
写真だけは忘れないようにと、そっと教室を出た。
校門の前に来て思った。私という被写体はいるけど、撮影者がいない。
他の新入生たちはみんな、代わる代わる親と一緒に写真を撮っているが、あいにく私は初対面の親子に写真撮ってほしいと頼めるような性格ではない。
本日二度目のやらかしだ。
写真を撮らずに帰るわけにもいかない。
教室に戻ればまだ誰かいるだろうか。
そんな淡い期待を持ちながら教室に戻ったが、そこには誰もいなかった。
どうしたものかと考えあぐねていると、教室に誰か入ってきた。
「まだ帰っていなかったのか…?」
悲鳴嶼先生だ。
「ちょっと…あの…」
「どうした?何か困り事か?」
「母に、校門の前で写真を撮ってきてと言われていたのですが…」
誰もいなかったので、先生撮ってくれますか?
なんてことを言えるはずもなく、もじもじと言葉に詰まらせていた私を見て、何かを察したのか。先生が口を開いた。
「そうか…なら、私が撮ってあげよう」
「え…でも…」
「遠慮することはない。君の晴れ姿を親御さんにちゃんと見せてあげなさい」
高校は義務教育ではない。
どの高校に入るか。高校生活を3年間しか送らない人もいれば、何年か通い続ける人もいる。もちろん、何らかの事情で辞めてしまう人もいるだろう。
色んな選択肢がある。
けれども、私にとってこの真新しい制服を来て、桜吹雪が舞う中、【入学式】と書かれた看板の隣に立つことなんて、もう二度とないかもしれない。
そう考えると、悲鳴嶼先生が言った【晴れ姿】を、写真でもいいからちゃんと両親に見せたい。
「悲鳴嶼先生…写真、お願いしてもいいですか?」
「ああ、任せなさい」
そう言って先生は優しく微笑んだ。
悲鳴嶼先生と校門に向かってに廊下を歩く。
すると、赤い糸が3本出てる先生が前からやってきた。何かを食べているのか口が微かに動いている。
先生が近づいてきてわかった。ガムを噛んでいるらしい。グレープ味なのだろうか。口から紫色の風船が出てきた。
悲鳴嶼先生には負けるけど身長もかなり高い。それに、よく見ると顔がめちゃくちゃ綺麗だ。
これなら赤い糸も1本じゃ済まないだろう。
その先生は、私の制服の胸ポケットに飾られた花をちらりと見て、「新入生か」と呟いた。
「悲鳴嶼さん、どうしたんだ?新入生連れて…もしかして迷子になったのか?」
そんなわけないでしょ。
思わずそんなツッコミを入れたくなったが、隣にいた悲鳴嶼先生が私より先に口を開いた。
「私のクラスの生徒だ。迷子ではない…これから、校門に写真を撮りに行く。制服姿で撮ってくるようにと、親御さんに頼まれたそうだ」
「なんだ、そういうことか」
「あの、この先生は…」
赤い糸が3人と繋がっている以外に目の前にいる先生の情報はない。
この先生はいったい何者なのか、助けを求めるように悲鳴嶼先生を見上げた。
私の視線に気づいた悲鳴嶼先生が、目の前の先生に目を向けた。
「新入生に自己紹介をしてやってくれないか?」
「ああ、俺か?すまん、名乗っていなかったな…宇髄天元だ。ド派手な名前だろ?」
「は、派手…?」
派手というより、これまた変わった名前だな。
「宇髄先生は美術を担当している。ときおり、校内から爆発音が聞こえることがあるかもしれないが、たいていはこの宇髄先生によるものだ…だから、気にしなくていい」
「おうよ。気にすんな」
気にするも何も、なんで学校内で爆発音が響くのだろうか。
普通に危ないし、宇髄先生自身が爆発に巻き込まれないか心配だ。
この学校はやっぱりおかしい。
宇髄先生は、困惑する私の顔をじっと見つめたあと、なにか思いついたような顔をした。
「この際だから、担任も一緒に写った方がいいんじゃねえのか?」
「へっ?」
「そうだろうか…?でも、親御さんに見せるのだろう?」
「どうせそのうち三者面談やらなんやらで保護者に会うんだからよ。今のうちに顔知っといてもらったほうがいいだろうし…なあ、新入生?」
「えっ…」
なんで私に振るんだ。
卒業式でなら、お世話になった先生と一緒に写真を撮ることもあるはずだ。ついこの前あった中学の卒業式でもそうだったし。
でも、入学式の日に担任の先生とツーショットなんて、初めて聞いた。
「いいから撮っとけって。こんな機会滅多にねえし、1人で写ってるよりいいだろ。ほら、行くぞ」
私と悲鳴嶼先生を置き去りにして、話は進んでしまった。
宇髄先生が「早くしろ」と急かしてくる。
本当にいいのだろうか。
そう思って、悲鳴嶼先生を見ると、先生は困ったような顔で静かに笑っていた。
「誰もいねえな。撮り放題だ」
「そうだな。皆、帰ってしまったのだろう」
先生達が言ったように、校門の近くにも、【入学式】と書かれた看板の傍にも、もう誰もいなかった。
「じゃあまずは…あれ?そういえばお前、名前なんて言うんだ?」
宇髄先生が私を見て首を傾げる。
そうだ。宇髄先生にはまだ名乗っていなかった。
「えっと、みょうじなまえといいます」
「みょうじなまえか…派手な名前だ!いいねえ!」
「あ、ありがとうございます…」
褒められたのだと思って、思わずお礼を言ったけど、私の名前のどこが派手なのかさっぱりわからない。
「んじゃ、最初はみょうじひとりで撮るぞ。携帯貸せ」
宇髄先生に促されて携帯を渡し、看板に駆け寄った。
「何枚か撮るぞ。ちゃんと笑えよ」
笑顔の【晴れ姿】を、父と母に見てもらおう。
宇髄先生が携帯のカメラのレンズをこちら向けた瞬間、私は渾身の笑みを浮かべた。
数枚撮ってくれたのだろうか。宇髄先生が「要らねえやつはあとで消しといてくれ」と言っていた。
「じゃあ、次。悲鳴嶼さん、アンタも隣に並んで」
「ああ…」
悲鳴嶼先生が大きな身体を静かに揺らしながら看板を挟んで私の隣に立った。
なんだか急に緊張してきた。
宇髄先生の勢いに圧倒されていて忘れていたけど、思えば悲鳴嶼先生と私は赤い糸で繋がっているのだ。
私たちはどうやって恋に落ちて、好きに同士になるのだろうか。
そう思うと、心臓がうるさくて仕方がない。
「おい、みょうじ。表情かたいぞ。笑えってば」
「は、はい!笑います!」
そうだ。今は写真に集中しないと。
いきなり担任の先生と写真を撮ってきたなんて言ったら、きっと父も母もびっくりするだろう。
宇髄先生が言った通り、こんな機会は滅多にないかも。
そう思うと、なんだかおかしくて、でもどこか嬉しくて、自然と笑顔になれた。
「お、いいぞ、みょうじ…って悲鳴嶼さん、なんで泣いてんだよ!」
「む…すまない…」
悲鳴嶼先生がホロホロとこぼれ落ちる涙をハンカチで拭いはじめた。
ハンカチには可愛らしい猫の刺繍が入っていた。悲鳴嶼先生の見た目と可愛らしい猫のとのギャップに、失礼ながら驚いた。
悲鳴嶼先生の趣味なのだろうか。それとも誰かからのもらい物?
女の人からのプレゼントだったらどうしよう。
友達以上恋人未満、もしくは既に恋人がいるとか?
あのハンカチ、実は彼女が家に忘れていって…というのも有り得る。
「みょうじ!」
「は、はい!」
悲鳴嶼先生を見つめながら、悲鳴嶼先生の恋愛事情について考えていたら、宇髄先生に名前を呼ばれた。
「悲鳴嶼さんじゃなくてカメラを見ろ!撮るぞ!」
「あ、すみません!お願いします!」
携帯のカメラに再び向き直ると、宇髄先生がまたシャッターを切ってくれた。
写真を撮り終えたのか、宇髄先生が指で小さく丸をつくったまま、こちらに近づいてきた。
「撮れたようだな」
「ほらよ、親御さんに見せてやんな」
「宇髄先生…ありがとうございます。悲鳴嶼先生も、一緒に写ってくださって本当にありがとうございました」
2人の先生に深々と頭を下げ、写真を確認する。
そこには、照れくさそうに笑う私と、優しい瞳に涙を浮かべる悲鳴嶼先生が写っていた。
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夢主の両親が入学式に来なかったのは、単純には仕事が休めなかったらです。職業は決めていませんが、長期出張があったり、会社に泊まりこみしなきゃいけなかったりする仕事になるかもしれません。
(管理人の友人の話になりますが)親が教師且つ担任として入学式に出席しなければならない場合は、子どもの入学式と日にちがかぶってしまっても休めないことがあるそうです。
炭治郎は弟妹が多いです。もし下の子たちと入学式がかぶったら、炭治郎は炭十郎さんと葵枝さんに「俺のほうには来なくても大丈夫だよ」と言うかなと思い、炭治郎も夢主同様入学式に親が来ない子になりました。ごめん、炭治郎。
夢主と悲鳴嶼先生、宇髄先生の3人が写真を撮り終えたあと、他の教師陣も「何をやってるんだ?」とわらわら集まってきて、夢主と教師陣みんなでの1枚があったらいいなあ…なんて…。原作205話の最後のコマを見て、そんなことを思いました。
校長とカタコトで喋るカラスは、耀哉様(御館様)と鎹鴉です。御館様には今後、校長先生として登場していただくことになるかと思います。