赤い糸
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「私ね、人と人を結んでいる糸が見えるんです」
「糸…?」
「赤い糸…人と人同士が赤い糸で繋がってるんです」
「それは、君自身の糸も見えるのか?」
「ええ。私の糸はね…」
物心ついたころからだろうか。両親が赤い糸のようなもので繋がっているのが見えた。
『赤い糸で繋がってるよ』
私がそう言うと、父と母は目を見合せて、照れくさそうに笑っていた。
祖母にも赤い糸の話をした。すると祖母は、「なまえにだけ見える特別なものだよ」と私に教えてくれた。どうやらこの赤い糸は私にしか見えていないらしいのだと、そのとき気づいた。
小学校に入学する少し前、祖父が亡くなった。祖父も祖母も両親同様、赤い糸で繋がっていた。祖父が亡くなった今では、祖母に繋がっている赤い糸は空に向かってのびている。
愛する人が亡くなってしまっても、その人への愛があれば、糸が切れることはないようだ。もしかすれば、祖母からのびる赤い糸は天国まで繋がっているのかもしれない。
赤い糸は私の指にも結ばれてる。糸の先はずっと遠くにあるらしく、今まで出会った誰とも繋がっていない。
今日、私は高校生になった。
同じ中学だった友達と待ち合わせをして、今日から通う高校の校門を潜る。
新しい友達もできるだろうし、もしかしたら赤い糸の先にいる人にも会えるかもしれない。
そう思うと、心が弾んだ。
クラス分け表を見ると一緒に来た友達とは別々のクラスだった。
自分のクラスに向かい、指定された座席に着く。担任の先生が来るまではまだ少し時間があるようだ。
机の上に置かれた配布物を確認していると、隣の席の生徒がやってきた。
「席は…あ、ここだな」
左額に大きな痣のある男子生徒だった。特徴的な耳飾りをつけている。高校生活初日からピアスを開けてくるなんて、たいしたものだ。校則にピアスは禁止と書かれていたはずだから、生徒指導に引っかからないか心配だ。
そんなことを思いながら、自分の手元に目を移そうとした瞬間、隣の席から声がかけられた。
「おはよう!俺は竈門炭治郎といいます!よろしく!」
男子生徒、もとい竈門くんは、太陽のような明るい笑顔で自己紹介をしてくれた。
「あっ…みょうじなまえです。よろしくね」
第一印象は3秒で決まる。
どこかでそんなことを聞いた気がした私は、竈門くんに負けないくらいの笑顔でそう返した。すると竈門くんはごそごそと鞄を探りはじめた。
「あ…あった!はい、これ。どうぞ!」
竈門くんは何故かクロワッサンをくれた。
「え…なんで、パン?」
「クロワッサンだぞ?」
「いや、そうじゃなくて…」
私はなにも、竈門くんにパンの名前を聞いたわけじゃない。
爽やかな好青年かと思いきや、意外と話が通じない人なのだろうか。
パンを手に戸惑う私を見て、竈門くんがハッとした顔をした。
「ごめん!別に毒とか入ってないから!えっと…俺の家パン屋なんだ!」
「パン屋?…あっ!」
【竈門】という名前、どこかで聞いたことがあると思ったら、そういうことか。
「もしかして、竈門くんのお家ってかまどベーカリー?」
そう訊ねると、竈門くんは元気よく頷いた。
「食べられないわけじゃないけど、お客さんには出せないんだ」
言われてみれば、焦げ目が目立つ気がする。でも、すごくいい匂いがして、朝ごはんを食べたはずなのになんだかお腹が空いてきた。
「そうなんだ…美味しそうなのに勿体ないね。食べてもいいの…?」
「ああ。どうぞ、召し上がれ!」
「ありがとう。いただきます…」
心の中で手を合わせ、クロワッサンを口に運ぶ。
一口噛むとサクッとした食感が歯にあたり、口の中に独特の甘みが広がった。
焦げ目なんか気にならない。
ものすごく美味しい。
夢中になってクロワッサンを頬張る私を竈門くんは神妙な面持ちで見つめていた。
「どうだ…?」
「美味しい…冗談抜きで、いくらでも食べれる…」
タダでこんな美味しいものをもらったのが、なんだかもうしわけなくなってくる。
「本当に美味しい」と念を押すように言うと、竈門くんはほっとした顔をした。
「美味しそうに食べてくれる人に食べてもらえ
て、うちのパンもきっと喜んでるよ」
竈門くんはそう言って優しく笑ってくれたけど、今日会ったばかりの男の子に、夢中になってパンを頬張る姿を見られていたと思うと、急に恥ずかしくなってきた。
「あ、ありがとう…今度お店にも行くね」
恥ずかしさから尻すぼみになりながらお礼を言うと、竈門くんは「ぜひ!」と返してくれた。
そのあとは、竈門くんと家族や中学のときの話をしたり、他のクラスメイトも混じえて自己紹介しあったりしながら、担任の先生が来るのを待った。
「そろそろ担任の先生も来る頃かなあ」
竈門くんが壁にかけられている時計に目を遣った。
しばらくすると、ショートホームルームの始まりを告げるチャイムが鳴り響いた。
賑やかだった教室が静かになる。
数秒後、教室のドアがガラリと開けられた。
2mは優に超えているだろうか。
大柄な男の先生が身体を少し屈めながら教室に入ってきた。
「え…」
目に映ったものに衝撃を受け、私は思わず声をもらした。
「はじめまして。そして、入学おめでとう」
先生が黒板にスラスラと何かを書き始める。私はその様子を口を開けたまま、ただただ呆然と見つめていた。
「このクラスを担任する、悲鳴嶼行冥だ」
私たちに向き直った先生は何故か涙を流していた。
「担当科目は公民…どうぞよろしく」
この糸の先にはどんな人がいるのだろう。
いつ出会えるのだろう。
顔も名前もわからない、赤い糸の先にいるその人に思いを馳せること数年。
その人は、なんの前触れもなく私の目の前に現れた。
私の赤い糸は、悲鳴嶼先生と繋がっていた。
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