マリーと眠る城
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「杏寿郎、昨日も帰ってこなかったね」
誰もいない部屋の中でなまえがぽつりと呟く。
ベッドから抜け出し、カーテンを開けると、朝の日差しが優しく部屋に舞い込んできた。
「いい天気だね」
ベッドに振り返ってまた1人呟く。
「ねえ、マリー」
なまえは杏寿郎がプレゼントしてくれたぬいぐるみに話しかけていた。
杏寿郎しか話し相手のいないなまえが1人でも寂しくないようにと、杏寿郎が連れてきたテディベア。杏寿郎と2人で考えて、マリーと名づけた。
「今日は帰ってくるのかな……早く帰ってきてほしいな」
「マリーもそう思うでしょ?」となまえが問いかける。しかし、血の通っていないぬいぐるみが、返事などするはずがなかった。
「つまんないの……」
返事をしないマリーを置いてなまえは部屋を出た。
窓を開け、空気を入れ替える。
廊下や部屋の掃除をする。
庭の手入れをする。
寝具や衣類を洗濯する。
1人分のご飯をつくる。
言葉を発することなく、これらのことを淡々とこなしていく。
「ふう……」
やることを全て終わらせてひと息ついたなまえ。
ベッドの上に座っているマリーは言葉を発することなく、じっとどこかを見つめている。
「何か喋ってよ…」
なまえは返事のしないマリーをぎゅっと抱きしめ、ベッドに転がり目を閉じた。
「なまえ」
「ん……?」
「なまえってば!」
目を開けると、なまえは何故かベッドに腰掛けていた。そんななまえの前に、ふわふわとした茶色の髪を桃色のリボンで結んだ小さな女の子が立っている。
「なまえ、気づくの遅い!なまえが喋ってって言ったのよ?」
少女は柔らかそうな頬を膨らませ、不貞腐れた様子を見せた。
なまえはといえば、目の前の少女が誰なのか検討もつかず、少女が何故自分の名前を知っているのか不思議でならなかった。
「え……あ、あなた、誰?」
「もう!わからないの?杏寿郎が折角なまえのためにって私をここに連れてきたのに……」
「杏寿郎……?あなた、もしかして……」
「そうよ、マリーよ。可愛い名前をどうもありがとう!お店にいたときね、店主さんが私のことをジョンって呼んでたの。レディに男の名前をつけるなんて、失礼しちゃうわ!」
「あなた、喋れるの?それにその格好……」
「ぬいぐるみなんだから喋れるわけないでしょ?でもね、なまえの声はいつも聞こえてるの。なまえ、いつも寂しそうだから、今日は特別に人の姿を借りて夢に出てきてあげたわ!どう?この姿の私も可愛いでしょ?」
マリーと名乗る少女は髪と同じ色のワンピースを翻すようにして、くるりと回って見せた。
自信ありげに笑って、なまえの言葉を待っているようだ。
「……」
「……」
「ちょっと、何か言いなさいよ」
「……ぁ……すごく、可愛い……」
「そうでしょ?可愛いでしょ?杏寿郎もね、なまえもきっと可愛いって言って喜んでくれるはずだって言ってたもの!」
「あっ……」
少女は嬉しそうに笑って、なまえの膝の上に座った。
なまえの胸に頭を預け、ゆらゆらと楽しそうに細い脚を揺らしている。
「ねえ、なまえ。杏寿郎のこと好き?」
「……うん、好きだよ。大好き」
「杏寿郎も、なまえのことが大好きよ。なまえが寝たあとね、いつも何かぶつぶつ呟いてるの」
「何か?」
「聞いてるこっちが恥ずかしくなるくらい、あまぁい言葉よ」
「そ、そうなの?」
「言ったでしょ。私喋れないけど、声は聞こえるって」
「もちろん目も見えるわよ」となまえのほうを振り返って、少女は自身の大きな漆黒の瞳を指さした。
「私、なまえと杏寿郎のことなら何でも知ってるんだから」
「えぇ……なんか、恥ずかしいな……」
「しょうがないでしょ。だってそれが私なんだから……あ、そうだ!なまえにひとつお願いがあるの」
「お願い?」
「そう。あんまり泣かないでほしいの」
「それは……」
「いつも泣いてばっかりじゃない。寝てるときも泣いてるわ。それに、なまえったら私のこと抱きしめたまま泣くから、涙で顔が濡れるのよ」
「ご、ごめんなさい」
「杏寿郎がいなくて寂しいかもしれないけど、なまえのことが嫌いで家を空けているわけじゃないから。信じてあげて」
「うん……」
「私もいるんだから、なまえはひとりじゃないのよ。忘れないでね」
そう言ってなまえの膝から降りた少女は、ぐっと背伸びをして、なまえの頭をひと撫でした。
それと同時になまえは意識を手放した。
目を覚ますと強い西日が部屋の中に射し込んでいた。
少女の温もりはなく、全てが夢だったのだと気づく。
なまえは腕の中におさまったままのぬいぐるみをじっと見つめた。
「寂しいけど、私ひとりじゃないんだよね。マリーがいつも私の話を聞いてくれてるんだもんね」
「ありがとう」と呟いて、ぬいぐるみの鼻先にキスを落とす。黒いボタンの目がキラリと光ったことになまえは気がつかなかった。
4/4ページ