triad
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「何度言えばわかるんだ!髪を黒く染めてこい!」
夏休みが明け、2学期が始まった。
今日も朝から体育教師・冨岡の鉄拳が、風紀委員・我妻善逸に飛んだ。
善逸が殴られた頬を擦りながら教室に戻ろうとすると、廊下を走る炭治郎とすれ違った。
「あっ……!善逸!おはよう!」
「炭治郎…おはよう…お前は朝から元気だなあ…俺はもうダメだ…朝から我慢の限界だ…」
「また冨岡先生に殴られたのか?」
「うん…」
善逸の赤くなった頬を見た炭治郎がそう訊ねると、しゅんとした様子で善逸が答えた。
「地毛なのにさあ…黒く染めてこいっておかしいよね!?」
「うーん…?」
「ちょっと!そこ悩むところじゃないでしょ!!ねえ!!俺、炭治郎の耳飾り見逃してあげたんじゃん!!なんで味方してくれないんだよお!!」
「伝七郎!まだか!?」
目ん玉を血走らせて訴える善逸の後ろから、炭治郎を呼ぶ声が聞こえた。
善逸が振り返ると廊下の奥に伊之助となまえがいた。2人は炭治郎を待っているようだった。
「伊之助、ごめん!すぐに行くから!なまえと先に行っててくれ!」
「わかった!早く来いよ!」
「炭治郎…俺のことはいいからもう行けよ…」
「でも…」
「伊之助たち先に行っちまったぞ」
「あっ…」
「行かないのか?…ってどこ行くか知らないけど」
善逸が廊下の奥を見つめたまま呟いた。
「花を見に行くんだ」
「花?」
「なまえが夏休み中に委員会活動の一環で育ててたんだって」
「なんで今から…もう朝のHRはじまるぞ?」
「宇髄先生の授業でなんでもいいから好きなものを描くっていう課題が出たんだ」
「ゲッ!俺あの先生嫌い……」
「まあそう言わずに」と炭治郎が心底嫌そうな顔をしている善逸を嗜める。
「好きなものっていうからさ、どうせならなまえが育てた花を描こうと思って…今から花壇に行って写真を撮るつもりだ」
「炭治郎にしては、今から行くなんてギリギリなことやってんな」
「それが、不死川先生が午後に急用が入ったらしくてさ。1限の数学と6限の美術が入れ替わっちゃったんだよ。本当は昼休みに撮りに行こうと思ってたんだ」
「あ、なるほど…」
「そういうことか」と善逸が納得していると、2人の頭上に影がかかった。顔を上げると歴史教師の煉獄が2人を見下ろしていた。
「竈門少年に我妻少年!こんな所で何をしている!もう朝のHRがはじまるぞ!」
「煉獄先生!おはようございます!」
「おはようございます…」
「おはよう!竈門少年は朝から元気があっていいな!我妻少年はもっと腹から声を出した方がいい!」
「はぁい…」
「それは腹から出てるとは言わん!」
「はい…」
「腹からだ!」
「は、はい!」
「もっと!」
「はいっ!!」
「うむ!よろしい!」
冨岡からの鉄拳だけでなく、煉獄に声の出し方の指南までされ、善逸は心身ともに疲れきっていた。
「合格みたいだな、善逸!………あっ!!」
「今度はなんだよ」と善逸が目を遣ると、炭治郎が腕時計と先程まで伊之助達が待っていた廊下の奥を交互に見ていた。
「もうこんな時間だ!まずい!なまえ達を呼び戻さないと!3人揃って遅刻だ!」
そう言って走り出した炭治郎は廊下の奥に消えっていった。
「廊下を走るな!」と言う煉獄の声が善逸の耳に響いた。
午前の授業が終わりに昼休みになった。
炭治郎、伊之助、なまえの3人は屋上でお弁当を広げていた。
「もご、ふごっ!う、ふっ、もがっ!?」
「た、食べながら喋らないで!顔にご飯粒ついてるし!」
口におかずを入れたまま話す伊之助をなまえが注意する。伊之助の口の周りがご飯粒だらけなのはいつものことだ。
「もう…」と言いながらなまえがご飯粒を指で取って自分の口に運んだ。
自分の箸でおかずを食べさせたり、さっきのように顔についたご飯粒を食べたりと、3人で付き合い始めた頃は恥ずかしがっていたなまえだったが、最近はその行為があたりまえのようになっていた。
「んっ……ア゛ー、食い足りねえな……」
最後のひと口をごくりと飲み込むと、伊之助は空になったお弁当箱を見つめながら悲しげに呟いた。
「足りないのか?じゃあこれも食べるか?」
炭治郎の差し出したおにぎりに伊之助が目を輝かやかせ、かぶりついた。
「そういえば今朝、善逸に会ったんだけど、いつも以上に元気がなかったんだ…」
「我妻先輩?あっ……それで炭治郎、我妻先輩と話してたんだね」
「うん。時間があったらさ、善逸も一緒に花壇見に行くかって誘ったんだけど…人と話すと気が紛れるかと思って」
「朝時間なかったもんね」
なまえが炭治郎のおにぎりを頬張る伊之助をちらりと見る。
無事に花の写真を撮った炭治郎たちだったが、脚の遅いなまえに合わせていては朝のHRに間に合わないと思った伊之助が、なまえを肩に担いで教室まで走ったのだった。
「もんひつのやふ、もはふんはふはへはんはふぇほ?」
「伊之助、なんて言ってるか全然わからないぞ」
「んぐっ……紋逸のやつ、またぶん殴られたんじゃねえのか?」
「我妻先輩、服装検査の度に冨岡先生に殴られてるもんね」
なまえが殴られる善逸の顔を思い浮かべながら苦笑した。
「そうだ、放課後また花壇に水をあげに行くから、我妻先輩も一緒にどうかな?」
「そうだな、善逸に聞いてみる!」
そう言って炭治郎が携帯を取り出した。
今日も散々な1日だったなあ。
今日ってか、まだ午後の授業はじまってないけど。
「ピコン」
朝から殴られるわ、発声練習させられるわ、俺が一体何したっていうんだよ。
「ピコン」
なんか、疲れたな。
授業終わったらさっさと帰って飯食って風呂入って早めに寝よう。
「ピコン」
……………………。
「ピコン、ピコン、ピコン」
「アアア゛!?何!?さっきからうるさいなあ!?俺にはぼーっと考える時間もくれないんですか!?」
善逸が受信音の鳴り止まない携帯に向かって叫んだ。
クラス中の視線が彼に刺さる。
「あっ…ご、ごめんなさいね!?いきなり大声出して……って……おい…」
善逸が携帯を開くと炭治郎からのメッセージが何件も着ていた。
善逸!
善逸、見てるか?
善逸、俺だ。
善逸?俺だってば。
俺だよ、善逸。
善逸、返事をしてくれ!
炭治郎からのメッセージを全て読み終える前に善逸が教室を飛び出した。
「善逸、携帯見てないのかなあ?」
「見てないっていうか…炭治郎、用件は伝えたの?」
なまえが、膝の上に置かれた伊之助の頭を撫でながら炭治郎に訊ねた。伊之助はお腹がいっぱいになったせいか寝てしまったようだった。
「え?ああ…そういえば」
「伝えてない」と言った炭治郎の声が、バンっと屋上のドアが開く音にかき消された。
「炭治郎!」
「善逸!ちょうど今善逸の話をしていたんだ!」
「お前初心者か!?」
「え?」
「携帯使うの初心者かって聞いてんだよ!俺だ、俺だよ、ってお前は俺でオレオレ詐欺の練習してんの!?」
「あ、我妻先輩、落ち着いて…」
「俺はオレオレ詐欺なんてしてないぞ!?」
「炭治郎、そ、そうじゃないでしょ、えっと、あの」
「オレオレ詐欺って言ったのは例えだよ!!用件を言ってくれよ!!俺に何か用があって連絡してきたんだろ!?名前だけ呼ばれたってわかんねえよ!!」
「それはごめん!!俺が悪かった!!」
「わかってくれたんならいいのよ!?俺も言いすぎたわ、ごめんね!?それで何!?俺に何のよ、ふぐっ……!?」
「おれおれおれおれってうるせぇな!!」
炭治郎と善逸が言い争う声で起きた伊之助の拳が、善逸の顔面にめり込んだ。善逸が鼻血を垂らしながら倒れる。
「あ、あが、我妻せんぱ、あ、だ、大丈夫ですか!?」
なまえが善逸に駆け寄った。制服のポケットからティッシュを取り出し、善逸の鼻血を拭き取る。
「人がせっかくなまえの膝で気持ちよく寝てたのに……おい、伝七郎!」
「な、なんだ!?」
「さっきのおにぎり美味かった!!」
「それはよかった!!明日は鮭のおにぎりにしようと思う!!」
「それも食わせろ!!」
「ちょ、ちょっと、おにぎりの話、してる場合じゃないでしょ!?ね、ねえ!!」
炭治郎と伊之助に向かってなまえが叫んだ。
顔が痛い。
顔ってか鼻?
え、鼻の骨折れてない?これ?大丈夫?
あ…なんか、頭の下、柔らかい…。
いい匂いがする。
なんだ?
「ん…?」
「我妻先輩!?起きました!?わ、わかりますか!?」
「え……」
「あ、我妻せんぱ」
「イヤァアア!?俺、女の子の膝で寝てたの!?嘘でしょ!?なんで意識の無いときにそんな夢みたいなことが起きてんの!?凄くいい匂いがする?え!?花!?君は花なの!?」
「なまえは人間だろ!さっさと退けや!」
「いだっ!?」
なまえの膝に頭を乗せたまま叫ぶ善逸の頬を伊之助が引っ張った。
「この膝は俺のもんだ!」
「いだだだっ!わかった、わかったから!退くから、離せよ!」
善逸が身体を起こすと、善逸が寝ていたそこに伊之助がぼすりと頭を乗せた。
「鼻血垂らして寝てたから、特別になまえの膝を貸してやったんだからな!」
「そっか、ありがとう…ってか、お前!さっき俺のこと殴っただろ!めちゃくちゃ痛かったんだからな!鼻血出たし!鼻折れたかと思ったわ!」
「寝てる俺を起こしたお前が悪い」
「ハア!?……あー、もうやめた…なんか怒るのも疲れてきたな……」
善逸が両手を広げ、屋上のアスファルトに背中をつけた。ぼんやりと雲ひとつない空を眺める。
「あれ……?」
空を眺めて数秒後、善逸が思い出したように口を開いた。
「そういえば俺、何しに屋上来たんだっけ?」
「そ、そうだ!炭治郎!我妻先輩に聞かないと!」
「あ!すっかり忘れてた!」
「何?俺に何の用?」
善逸が興味なさげに首だけを炭治郎の方に向けた。
「今日の朝…ほらHRがはじまる前にさ、善逸元気がなかったろ?」
「朝…?あー……でも俺、元気がある日のほうが少ないからな…」
「我妻先輩も一緒に見に行きましょう?私、委員会で中庭の花壇の担当をしてるんですけど、今見頃なんですよ」
なまえがそう言うと、善逸がガバリと勢いよく起き上がった。
「なまえちゃんからのお誘い、断る理由なんてないよ。俺を中庭に連れてって」
「はい!じゃあ放課後、一緒に見に行きましょう!」
「楽しみですね」と笑うなまえに善逸の鼻の下が伸びた。
「そういえばさ…なまえちゃん…」
「なんですか?」
「さっきからずっと伊之助の頭撫でてるけどさ、もしかして俺の頭も撫でてくれてたりとか…」
もじもじしながら善逸がなまえに訪ねると、なまえが「は?」と気の抜けた声を出した。みるみるうちになまえの顔が紅くなっていく。
「あ、あの、違うんです、これは癖で…その、伊之助の頭が膝の上にあると、つい…」
「撫でちゃうんです…」と消え入りそうな声でなまえが答える。
「膝枕をしながら頭を撫でるのが癖!?何それ!?」
「…うるせえな」
善逸の声から逃げるように寝返りをうった伊之助が、なまえのお腹に顔を埋めた。
「あっ!善逸ー!」
約束の放課後、待ち合わせ場所の中庭に、善逸が1人遅れて走ってきた。炭治郎が善逸に向かって手を振る。
「遅れてごめん…HR長引いちゃって」
「俺たちも今来たところだ」
息を切らしながら謝る善逸を炭治郎がフォローすると、「そうですよ」となまえも善逸に声をかけた。
「うん…ありがとう」
「我妻先輩、ほら!見てください!」
「わあ!凄いね!綺麗だね!」
中庭の花壇には色とりどりの花が咲いていた。善逸には花の名前はわからなかったが、綺麗な花を見て自然と笑みが零れた。
「夏休み中にも学校来て、お世話したんですよ」
「そっかあ、なまえちゃん偉いねえ」
善逸に褒められたなまえが照れくさそうに笑う。
「このお花、我妻先輩に似てませんか?」
「え、どれ?」
「この子です!」となまえが花壇を指さした。
「似てるかな?」
「似てますよ!我妻先輩の髪の毛と同じ色をしてて、凄く綺麗です」
「俺の髪…」
「我妻先輩の髪の毛、凄く綺麗だから…黒染めするなんて勿体ないですよ」
なまえの言葉で善逸は冨岡に殴られたことを思い出した。
「そうだ…俺……」
「我妻先輩?」
善逸がふと炭治郎を見ると、炭治郎がなまえのことを優しい目で見つめていた。
「炭治郎」
「ん?……あっ…善逸、どうしたんだ?」
炭治郎がなまえから目線を移して善逸を見る。
「ありがとな」
炭治郎が一瞬驚いたような顔をした。
「花、綺麗だな…元気出たわ。ありがとう」
そう言う善逸に、「それならよかった」と炭治郎が微笑んだ。
「なんだよ、紋逸!元気なかったのか?」
「ああもう!その話はもういいの!」
「元気がなくったって、紋逸には山の王がついてんだからよ!何も心配することねえぞ!」
伊之助がバシバシと善逸の背中を叩く。
「ちょっと、痛いってば!なんだよ、山の王って」
「山の王は山の王だ!」
「俺様だ」と自信満々に答える伊之助を見て、「なんだそれ」と善逸が笑った。
炭治郎達が元気のない俺を元気づけようとしてくれたことは凄く嬉しかった。
こんな俺によくしてくれて、本当にいいやつらだ。
髪の毛のことは…また考えよう。
それに。
なまえちゃん、可愛かったなあ。
俺にも優しくしてくれて、本当にいい子だ。
炭治郎と伊之助が羨ましいなあ。
炭治郎からも伊之助からもなまえちゃんのことが「好き」って音が聴こえる。
それだけじゃない。
なまえちゃんからも同じ音が聴こえる。
最初は凄く驚いた。
俺はてっきり、なまえちゃんは炭治郎のことが好きだと思ってた。
幼馴染ってのもあるかもしれないけど、炭治郎となまえちゃんの距離感は恋人同士のそれに近かったから。
だけど、なまえからは炭治郎といるときも伊之助といるときも同じ音が聞こえるんだ。
好き、大好き。
2人のことが好きって。
それなのに、同じ音なのに、何故かズレて聴こえてくる。
3人とも何か遠慮しているような、誰かに気を遣っているような。
居心地の悪い感じがした。
ひとりの女の子がふたりの男の子を好きになるなんて、ふたりの男の子がひとりの女の子を好きになるなんて、誰も幸せになれないんじゃないかって、俺は思ったよ。
でも、夏休みが始まる少し前、3人の音が変わった。
ズレていた3人の音がひとつのまとまった音に聞こえてくるんだ。
たまに外れた音が聞こえてくることもあるけど、それも不協和音を奏でるようなものじゃないっていうのかな。
全部、幸せな音なんだ。
どうしてそんな音が聴こえるのかなんて、いくら考えたってわからない。
きっと、3人だけの秘密があるんだろうな。
夏休みが明け、2学期が始まった。
今日も朝から体育教師・冨岡の鉄拳が、風紀委員・我妻善逸に飛んだ。
善逸が殴られた頬を擦りながら教室に戻ろうとすると、廊下を走る炭治郎とすれ違った。
「あっ……!善逸!おはよう!」
「炭治郎…おはよう…お前は朝から元気だなあ…俺はもうダメだ…朝から我慢の限界だ…」
「また冨岡先生に殴られたのか?」
「うん…」
善逸の赤くなった頬を見た炭治郎がそう訊ねると、しゅんとした様子で善逸が答えた。
「地毛なのにさあ…黒く染めてこいっておかしいよね!?」
「うーん…?」
「ちょっと!そこ悩むところじゃないでしょ!!ねえ!!俺、炭治郎の耳飾り見逃してあげたんじゃん!!なんで味方してくれないんだよお!!」
「伝七郎!まだか!?」
目ん玉を血走らせて訴える善逸の後ろから、炭治郎を呼ぶ声が聞こえた。
善逸が振り返ると廊下の奥に伊之助となまえがいた。2人は炭治郎を待っているようだった。
「伊之助、ごめん!すぐに行くから!なまえと先に行っててくれ!」
「わかった!早く来いよ!」
「炭治郎…俺のことはいいからもう行けよ…」
「でも…」
「伊之助たち先に行っちまったぞ」
「あっ…」
「行かないのか?…ってどこ行くか知らないけど」
善逸が廊下の奥を見つめたまま呟いた。
「花を見に行くんだ」
「花?」
「なまえが夏休み中に委員会活動の一環で育ててたんだって」
「なんで今から…もう朝のHRはじまるぞ?」
「宇髄先生の授業でなんでもいいから好きなものを描くっていう課題が出たんだ」
「ゲッ!俺あの先生嫌い……」
「まあそう言わずに」と炭治郎が心底嫌そうな顔をしている善逸を嗜める。
「好きなものっていうからさ、どうせならなまえが育てた花を描こうと思って…今から花壇に行って写真を撮るつもりだ」
「炭治郎にしては、今から行くなんてギリギリなことやってんな」
「それが、不死川先生が午後に急用が入ったらしくてさ。1限の数学と6限の美術が入れ替わっちゃったんだよ。本当は昼休みに撮りに行こうと思ってたんだ」
「あ、なるほど…」
「そういうことか」と善逸が納得していると、2人の頭上に影がかかった。顔を上げると歴史教師の煉獄が2人を見下ろしていた。
「竈門少年に我妻少年!こんな所で何をしている!もう朝のHRがはじまるぞ!」
「煉獄先生!おはようございます!」
「おはようございます…」
「おはよう!竈門少年は朝から元気があっていいな!我妻少年はもっと腹から声を出した方がいい!」
「はぁい…」
「それは腹から出てるとは言わん!」
「はい…」
「腹からだ!」
「は、はい!」
「もっと!」
「はいっ!!」
「うむ!よろしい!」
冨岡からの鉄拳だけでなく、煉獄に声の出し方の指南までされ、善逸は心身ともに疲れきっていた。
「合格みたいだな、善逸!………あっ!!」
「今度はなんだよ」と善逸が目を遣ると、炭治郎が腕時計と先程まで伊之助達が待っていた廊下の奥を交互に見ていた。
「もうこんな時間だ!まずい!なまえ達を呼び戻さないと!3人揃って遅刻だ!」
そう言って走り出した炭治郎は廊下の奥に消えっていった。
「廊下を走るな!」と言う煉獄の声が善逸の耳に響いた。
午前の授業が終わりに昼休みになった。
炭治郎、伊之助、なまえの3人は屋上でお弁当を広げていた。
「もご、ふごっ!う、ふっ、もがっ!?」
「た、食べながら喋らないで!顔にご飯粒ついてるし!」
口におかずを入れたまま話す伊之助をなまえが注意する。伊之助の口の周りがご飯粒だらけなのはいつものことだ。
「もう…」と言いながらなまえがご飯粒を指で取って自分の口に運んだ。
自分の箸でおかずを食べさせたり、さっきのように顔についたご飯粒を食べたりと、3人で付き合い始めた頃は恥ずかしがっていたなまえだったが、最近はその行為があたりまえのようになっていた。
「んっ……ア゛ー、食い足りねえな……」
最後のひと口をごくりと飲み込むと、伊之助は空になったお弁当箱を見つめながら悲しげに呟いた。
「足りないのか?じゃあこれも食べるか?」
炭治郎の差し出したおにぎりに伊之助が目を輝かやかせ、かぶりついた。
「そういえば今朝、善逸に会ったんだけど、いつも以上に元気がなかったんだ…」
「我妻先輩?あっ……それで炭治郎、我妻先輩と話してたんだね」
「うん。時間があったらさ、善逸も一緒に花壇見に行くかって誘ったんだけど…人と話すと気が紛れるかと思って」
「朝時間なかったもんね」
なまえが炭治郎のおにぎりを頬張る伊之助をちらりと見る。
無事に花の写真を撮った炭治郎たちだったが、脚の遅いなまえに合わせていては朝のHRに間に合わないと思った伊之助が、なまえを肩に担いで教室まで走ったのだった。
「もんひつのやふ、もはふんはふはへはんはふぇほ?」
「伊之助、なんて言ってるか全然わからないぞ」
「んぐっ……紋逸のやつ、またぶん殴られたんじゃねえのか?」
「我妻先輩、服装検査の度に冨岡先生に殴られてるもんね」
なまえが殴られる善逸の顔を思い浮かべながら苦笑した。
「そうだ、放課後また花壇に水をあげに行くから、我妻先輩も一緒にどうかな?」
「そうだな、善逸に聞いてみる!」
そう言って炭治郎が携帯を取り出した。
今日も散々な1日だったなあ。
今日ってか、まだ午後の授業はじまってないけど。
「ピコン」
朝から殴られるわ、発声練習させられるわ、俺が一体何したっていうんだよ。
「ピコン」
なんか、疲れたな。
授業終わったらさっさと帰って飯食って風呂入って早めに寝よう。
「ピコン」
……………………。
「ピコン、ピコン、ピコン」
「アアア゛!?何!?さっきからうるさいなあ!?俺にはぼーっと考える時間もくれないんですか!?」
善逸が受信音の鳴り止まない携帯に向かって叫んだ。
クラス中の視線が彼に刺さる。
「あっ…ご、ごめんなさいね!?いきなり大声出して……って……おい…」
善逸が携帯を開くと炭治郎からのメッセージが何件も着ていた。
善逸!
善逸、見てるか?
善逸、俺だ。
善逸?俺だってば。
俺だよ、善逸。
善逸、返事をしてくれ!
炭治郎からのメッセージを全て読み終える前に善逸が教室を飛び出した。
「善逸、携帯見てないのかなあ?」
「見てないっていうか…炭治郎、用件は伝えたの?」
なまえが、膝の上に置かれた伊之助の頭を撫でながら炭治郎に訊ねた。伊之助はお腹がいっぱいになったせいか寝てしまったようだった。
「え?ああ…そういえば」
「伝えてない」と言った炭治郎の声が、バンっと屋上のドアが開く音にかき消された。
「炭治郎!」
「善逸!ちょうど今善逸の話をしていたんだ!」
「お前初心者か!?」
「え?」
「携帯使うの初心者かって聞いてんだよ!俺だ、俺だよ、ってお前は俺でオレオレ詐欺の練習してんの!?」
「あ、我妻先輩、落ち着いて…」
「俺はオレオレ詐欺なんてしてないぞ!?」
「炭治郎、そ、そうじゃないでしょ、えっと、あの」
「オレオレ詐欺って言ったのは例えだよ!!用件を言ってくれよ!!俺に何か用があって連絡してきたんだろ!?名前だけ呼ばれたってわかんねえよ!!」
「それはごめん!!俺が悪かった!!」
「わかってくれたんならいいのよ!?俺も言いすぎたわ、ごめんね!?それで何!?俺に何のよ、ふぐっ……!?」
「おれおれおれおれってうるせぇな!!」
炭治郎と善逸が言い争う声で起きた伊之助の拳が、善逸の顔面にめり込んだ。善逸が鼻血を垂らしながら倒れる。
「あ、あが、我妻せんぱ、あ、だ、大丈夫ですか!?」
なまえが善逸に駆け寄った。制服のポケットからティッシュを取り出し、善逸の鼻血を拭き取る。
「人がせっかくなまえの膝で気持ちよく寝てたのに……おい、伝七郎!」
「な、なんだ!?」
「さっきのおにぎり美味かった!!」
「それはよかった!!明日は鮭のおにぎりにしようと思う!!」
「それも食わせろ!!」
「ちょ、ちょっと、おにぎりの話、してる場合じゃないでしょ!?ね、ねえ!!」
炭治郎と伊之助に向かってなまえが叫んだ。
顔が痛い。
顔ってか鼻?
え、鼻の骨折れてない?これ?大丈夫?
あ…なんか、頭の下、柔らかい…。
いい匂いがする。
なんだ?
「ん…?」
「我妻先輩!?起きました!?わ、わかりますか!?」
「え……」
「あ、我妻せんぱ」
「イヤァアア!?俺、女の子の膝で寝てたの!?嘘でしょ!?なんで意識の無いときにそんな夢みたいなことが起きてんの!?凄くいい匂いがする?え!?花!?君は花なの!?」
「なまえは人間だろ!さっさと退けや!」
「いだっ!?」
なまえの膝に頭を乗せたまま叫ぶ善逸の頬を伊之助が引っ張った。
「この膝は俺のもんだ!」
「いだだだっ!わかった、わかったから!退くから、離せよ!」
善逸が身体を起こすと、善逸が寝ていたそこに伊之助がぼすりと頭を乗せた。
「鼻血垂らして寝てたから、特別になまえの膝を貸してやったんだからな!」
「そっか、ありがとう…ってか、お前!さっき俺のこと殴っただろ!めちゃくちゃ痛かったんだからな!鼻血出たし!鼻折れたかと思ったわ!」
「寝てる俺を起こしたお前が悪い」
「ハア!?……あー、もうやめた…なんか怒るのも疲れてきたな……」
善逸が両手を広げ、屋上のアスファルトに背中をつけた。ぼんやりと雲ひとつない空を眺める。
「あれ……?」
空を眺めて数秒後、善逸が思い出したように口を開いた。
「そういえば俺、何しに屋上来たんだっけ?」
「そ、そうだ!炭治郎!我妻先輩に聞かないと!」
「あ!すっかり忘れてた!」
「何?俺に何の用?」
善逸が興味なさげに首だけを炭治郎の方に向けた。
「今日の朝…ほらHRがはじまる前にさ、善逸元気がなかったろ?」
「朝…?あー……でも俺、元気がある日のほうが少ないからな…」
「我妻先輩も一緒に見に行きましょう?私、委員会で中庭の花壇の担当をしてるんですけど、今見頃なんですよ」
なまえがそう言うと、善逸がガバリと勢いよく起き上がった。
「なまえちゃんからのお誘い、断る理由なんてないよ。俺を中庭に連れてって」
「はい!じゃあ放課後、一緒に見に行きましょう!」
「楽しみですね」と笑うなまえに善逸の鼻の下が伸びた。
「そういえばさ…なまえちゃん…」
「なんですか?」
「さっきからずっと伊之助の頭撫でてるけどさ、もしかして俺の頭も撫でてくれてたりとか…」
もじもじしながら善逸がなまえに訪ねると、なまえが「は?」と気の抜けた声を出した。みるみるうちになまえの顔が紅くなっていく。
「あ、あの、違うんです、これは癖で…その、伊之助の頭が膝の上にあると、つい…」
「撫でちゃうんです…」と消え入りそうな声でなまえが答える。
「膝枕をしながら頭を撫でるのが癖!?何それ!?」
「…うるせえな」
善逸の声から逃げるように寝返りをうった伊之助が、なまえのお腹に顔を埋めた。
「あっ!善逸ー!」
約束の放課後、待ち合わせ場所の中庭に、善逸が1人遅れて走ってきた。炭治郎が善逸に向かって手を振る。
「遅れてごめん…HR長引いちゃって」
「俺たちも今来たところだ」
息を切らしながら謝る善逸を炭治郎がフォローすると、「そうですよ」となまえも善逸に声をかけた。
「うん…ありがとう」
「我妻先輩、ほら!見てください!」
「わあ!凄いね!綺麗だね!」
中庭の花壇には色とりどりの花が咲いていた。善逸には花の名前はわからなかったが、綺麗な花を見て自然と笑みが零れた。
「夏休み中にも学校来て、お世話したんですよ」
「そっかあ、なまえちゃん偉いねえ」
善逸に褒められたなまえが照れくさそうに笑う。
「このお花、我妻先輩に似てませんか?」
「え、どれ?」
「この子です!」となまえが花壇を指さした。
「似てるかな?」
「似てますよ!我妻先輩の髪の毛と同じ色をしてて、凄く綺麗です」
「俺の髪…」
「我妻先輩の髪の毛、凄く綺麗だから…黒染めするなんて勿体ないですよ」
なまえの言葉で善逸は冨岡に殴られたことを思い出した。
「そうだ…俺……」
「我妻先輩?」
善逸がふと炭治郎を見ると、炭治郎がなまえのことを優しい目で見つめていた。
「炭治郎」
「ん?……あっ…善逸、どうしたんだ?」
炭治郎がなまえから目線を移して善逸を見る。
「ありがとな」
炭治郎が一瞬驚いたような顔をした。
「花、綺麗だな…元気出たわ。ありがとう」
そう言う善逸に、「それならよかった」と炭治郎が微笑んだ。
「なんだよ、紋逸!元気なかったのか?」
「ああもう!その話はもういいの!」
「元気がなくったって、紋逸には山の王がついてんだからよ!何も心配することねえぞ!」
伊之助がバシバシと善逸の背中を叩く。
「ちょっと、痛いってば!なんだよ、山の王って」
「山の王は山の王だ!」
「俺様だ」と自信満々に答える伊之助を見て、「なんだそれ」と善逸が笑った。
炭治郎達が元気のない俺を元気づけようとしてくれたことは凄く嬉しかった。
こんな俺によくしてくれて、本当にいいやつらだ。
髪の毛のことは…また考えよう。
それに。
なまえちゃん、可愛かったなあ。
俺にも優しくしてくれて、本当にいい子だ。
炭治郎と伊之助が羨ましいなあ。
炭治郎からも伊之助からもなまえちゃんのことが「好き」って音が聴こえる。
それだけじゃない。
なまえちゃんからも同じ音が聴こえる。
最初は凄く驚いた。
俺はてっきり、なまえちゃんは炭治郎のことが好きだと思ってた。
幼馴染ってのもあるかもしれないけど、炭治郎となまえちゃんの距離感は恋人同士のそれに近かったから。
だけど、なまえからは炭治郎といるときも伊之助といるときも同じ音が聞こえるんだ。
好き、大好き。
2人のことが好きって。
それなのに、同じ音なのに、何故かズレて聴こえてくる。
3人とも何か遠慮しているような、誰かに気を遣っているような。
居心地の悪い感じがした。
ひとりの女の子がふたりの男の子を好きになるなんて、ふたりの男の子がひとりの女の子を好きになるなんて、誰も幸せになれないんじゃないかって、俺は思ったよ。
でも、夏休みが始まる少し前、3人の音が変わった。
ズレていた3人の音がひとつのまとまった音に聞こえてくるんだ。
たまに外れた音が聞こえてくることもあるけど、それも不協和音を奏でるようなものじゃないっていうのかな。
全部、幸せな音なんだ。
どうしてそんな音が聴こえるのかなんて、いくら考えたってわからない。
きっと、3人だけの秘密があるんだろうな。
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