triad
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炭治郎となまえはずっと一緒だった。いつから一緒にいるかなんて、もう覚えてない。それほど昔の記憶の中にお互いが存在していた。
ひとりっ子のなまえはいつも炭治郎のあとをついて行った。同い年の炭治郎をなまえは兄のように慕った。そんななまえの手を引いて炭治郎は歩いた。
「大きくなったら炭治郎の妹になる」と幼い頃のなまえがよく言っていた。その度に炭治郎は「楽しみだな」と返していた。
「妹にはなれない」と言うとなまえが泣くからだ。
一度、「なまえは俺の妹にはなれないよ」と言ったことがある。初めてなまえに「炭治郎の妹になる」と言われたときだ。
「どうして?」と聞くなまえに、炭治郎は「なまえとはお父さんとお母さんが違うだろう?だからなまえは俺の妹にはなれないよ」と正直に答えた。するとなまえの目にはみるみるうちに涙がたまり、「炭治郎の意地悪」と大声で泣き出してしまった。
炭治郎が初めてなまえを泣かせた瞬間だった。
なまえは内気な性格ゆえに、自分が思ったことを他者に上手く伝えることができない子だった。
そのせいか、小さい頃はいじめられることも多かった。男の子は好きな子ほどいじめてしまうとはよくいうものだが、小さななまえにとってそれは傷つくこと以外の何物でもなかった。いたずらをしたりちょっかいを出してきたりする他の男の子たちとは違って、炭治郎だけは「泣かないで」といつも慰めてくれた。泣いてるなまえを慰めることが、自分の役目だと炭治郎も思っていた。
だから自分のせいでなまえが泣いてしまったことに炭治郎は酷くショックを受けた。
炭治郎は泣きやまないなまえに「ごめんね」と謝ることしかできなかった。それ以来、もう二度となまえを泣かせるような言動はとらないと炭治郎は心に決めた。
炭治郎となまえの関係は、高校生になっても変わらなかった。2人が手を繋ぐことも、なまえが「炭治郎の妹になる」と言うこともなくなったが、一緒にいることが当たり前だった。
あの2人が付き合ってないなんておかしい。
そうまわりから言われるくらい、2人はいつも一緒にいた。
高校生になってから数ヶ月が経ち、新しいクラスメイトたちとも馴染んできた。そんな折、なまえたちのクラスに伊之助が転校してきた。
シャツは開けっ放し。靴は履かない。学校にはお弁当しか持ってこない。言動も荒々しい。
そんな伊之助を怖がって、他のクラスメイトは彼に近寄らなかった。しかし、面倒見のいい炭治郎もなまえも、伊之助のことを放っておけなかった。伊之助ために隣のクラスから教科書を借りてきてあげたり、ひとつでは足りないだろうとお弁当を作ってきてあげたり、とにかく世話を焼いた。
そのせいか、伊之助も炭治郎となまえには心を開き、今度は3人でいることが当たり前になっていた。
優しくてクラスの人気者でもある炭治郎のおかげか、伊之助はクラスメイトとも打ち解けていった。時折、炭治郎の妹の禰豆子も混じえて遊んだり、ひとつ上の学年ではあるが炭治郎と顔馴染みのある善逸とも話すようになった。
2年生に進級しても3人は同じクラスだった。このままずっと高校を卒業するまで一緒にいるのだと、炭治郎もなまえも伊之助も、そう思っていた。
紫陽花が咲き始めたある日のことだった。
梅雨に入り、毎日のように雨が降っていた。体育も当然、校庭ではなく体育館でやらざるを得ない。
その日の体育は、バスケットボールだった。
授業中、体育教師である冨岡に急用だという電話が入ったため、体育館には炭治郎たち生徒しかいなくなった。教師の目がなくなると授業を放り出してふざけたくなる年頃なのか、何人かの男子生徒がボールで遊びはじめた。
そのうちの1人が投げたボールが、酷い生理痛のため授業を見学していたなまえの肩に直撃した。
突然の痛みになまえが蹲る。
「ボールがそっちに飛んでいくとは思わなかった」と焦る男子生徒に、激怒した伊之助が掴みかかろうとした。炭治郎はまわりの女子生徒に心配されているなまえを見ながら、伊之助を羽交い締めにしてとめていた。
伊之助が炭治郎の腕を振りほどこうとしたそのとき、電話を済ませた冨岡が体育館に戻ってきた。
「なんの騒ぎだ?俺が戻るまでパスの練習をしていろと言わなかったか?……みょうじ?どうした!?」
ボールが当たった痛みだけでなく、タイミングが悪く薬が切れてしまったせいか、生理痛に襲われ冷や汗がとまらないなまえに冨岡が駆け寄った。
「みょうじさんは朝から具合が悪いそうです!」
男性教師に「生理痛です」とは言えないなまえに変わって、炭治郎が答えた。
「それだけじゃねえだろ!おい、お前!いつまでもぼーっと突っ立ってんじゃねえぞ!!」
炭治郎の腕からすり抜けた伊之助が男子生徒に向かって怒鳴り散らす。
「嘴平?どういうことだ?」
「こいつがふざけて投げたボールがなまえに当たったんだよ!」
冨岡が男子生徒を一瞥し、炭治郎に向けて口を開いた。
「竈門」
「は、はい!」
「みょうじを保健室に連れて行け」
「わかりました!」
冨岡に指示され、なまえに肩を貸しながら体育館を出ようとする炭治郎の背中を、伊之助が無言のまま追いかけた。
体操着のまま保健室に続く廊下を3人は歩く。
「炭治郎、授業中なのにごめんなさい……迷惑かけて……伊之助も、ごめんね」
なまえが痛みに顔を顰めながら2人に謝る。
「なんでなまえが謝んだよ。お前何も悪いことしてねえだろ」
伊之助がムッとした顔で答えた。まだ怒りがおさまってないらしい。
「そうだぞ、なまえが気にすることなんて何もないからな。もうすぐ保健室に着くから、少し休もう」
なまえを落ち着かせるように炭治郎が優しく声をかけた。
「あの野郎、なまえにボールぶつけやがって…コントロール下手すぎんだろ……権八郎、なんで止めたんだよ」
「伊之助が今にも殴りかかりそうだったからだよ。それに、俺たちが怒らなくても冨岡先生がしっかり注意してくれるはずだ」
そういう炭治郎の目にも怒りがこもっていた。
保健室で校医の珠世に肩を手当してもらったなまえは、痛み止めを飲んだせいか眠気に襲われた。「起こしに来きますから、寝てなさい」と、珠世はなまえをベッドに寝かせ、職員室に行ってしまった。隣のベッドで寝ていた愈史郎も珠世の後について保健室を出ていった。
今体育館に戻ればまた伊之助が怒りだすかもしれないと思った炭治郎は、伊之助と一緒に保健室に残った。
薬が効いて眠ってしまったなまえを見守るように、炭治郎がベッドの脇に椅子を持ってきて座った。伊之助も隣のベッドに腰かけた。
「なまえ…」
炭治郎がなまえの名前を呼ぶ。返事はもちろんない。
「可哀想に…痛かったろ?急にビックリしたよな…それなのに、泣かないで…よく我慢したな」
なまえの髪を撫でようと炭治郎が手を伸ばした。
その手を伊之助が掴んでとめた。
「伊之助?」
「なんか、嫌だ…そんな簡単になまえにさわるなよ…」
「伊之助……ごめん、俺」
炭治郎が何かを言いかけた瞬間、授業の終わりを告げるチャイムが鳴った。
「教室戻んぞ。制服に着替えねえと」
「え……ああ、そうだな」
気まずい雰囲気を抱えたまま2人は保健室を後にした。
次の授業の途中でなまえも保健室から戻り、放課後まで3人はいつも通りに過ごした。
HRを終え、なまえは「帰ろう」と声をかけてくれる炭治郎と伊之助を待っていた。しかし、炭治郎に「俺と伊之助はちょっと用事があるから」と1人で帰るように言われた。
用事なんて、と伊之助は思ったが、保健室を出る前に炭治郎が何か言いかけたことを思い出し、なまえを見送った。
放課後の教室に、炭治郎と伊之助の影だけが伸びる。
何も話さない炭治郎にしびれを切らした伊之助が口を開いた。
「俺たち何か用事があるんじゃねえのか?」
「……そうだな、用事がある……伊之助に聞きたいことがあるんだ」
優しい声で「伊之助」と名前を呼んでくれる炭治郎が、いつもとは違う、何か張りつめたような雰囲気をまとっているような気がして、伊之助は少し居心地が悪かった。
炭治郎は何を聞こうとしているのか。それは伊之助自身にとって都合の悪いことか。炭治郎と伊之助が、今まで築いてきた2人の関係を壊すものか。
伊之助は身構えた。
「なんだよ、聞きたいことって」
「俺はなまえのことが好きだ」
真剣な顔で炭治郎がそう告げた。
伊之助の大きな翡翠色の瞳が見開いた。
「伊之助はなまえのことをどう思ってるんだ?」
炭治郎の問いに伊之助は口を噤んだ。
これは何かの駆け引きか。はたまた、本心を聞いているのか。
正直者の炭治郎のことだ。後者に違いない。
頭でそう理解していても、目の前の友人にどうして本心を言えようか。本心を言えばきっと、炭治郎を困らせてしまうだろう。
炭治郎に向けて返す言葉が見当たらない。
「伊之助。正直答えてほしいんだ。どうなんだ?」
くもりのない真っ直ぐな瞳が伊之助を見つめる。
「伊之助の気持ちを知りたいんだ」
炭治郎の瞳に、伊之助は心の内を明かすしかなかった。
「……好きだ」
そう伊之助が答えた瞬間、炭治郎の瞳が揺らいだような気がした。
「俺もなまえのことが好きだ」
「そうか…伊之助もなまえのことが好きなんだな」
「正直に答えてくれてありがとう」と炭治郎が伊之助に笑いかけた。
「でも、なまえはきっと権八郎のことが好きだ」
それまで炭治郎を見据えていた伊之助が視線を落として呟いた。
「えっ……どうしてそう思うんだ?」
「なまえは優しいし面倒見がいいから、俺に構うのは、俺のことが放っておけなかっただけだ。ガキのころから一緒にいて、守ってくれて、大切にしてくれてたお前のことをなまえは好きなんだ」
「そんなこと…ただ優しくて、面倒見がいいってだけじゃないと思うぞ」
「なんでそんなことわかるんだよ」
「わかるよ…伊之助を見てるなまえのこと見てたら、そんなのすぐにわかる。ずっと一緒にいるのにあんな優しい目をしているなまえを、俺は見たことがないんだ」
「その目が向けられてんのはお前のほうだろ」
「違うよ。なまえは俺のことをお兄ちゃんみたいだと思ってる。あれは好きな人じゃない、家族に向ける目だ。それに俺だって、なまえのことは昔から妹みたいに…」
「嘘つけ!」
「っ!?」
急に声を荒らげた伊之助に炭治郎は肩をびくりと震わせた。
「そうやって、自分に言い聞かせてるだけだろ!?兄ちゃんだ、妹だって、自分たちに言い聞かせて…なまえがお前に妹みたいって言われてるとき、どんな顔してるか知ってるか!?」
「それは…」
「お前がなまえに兄ちゃんみたいだって言われたときと同じ顔してんだよ!どっか嫌そうな、傷ついたような顔だよ!」
「同じ顔…そんな、俺はそんなこと…嫌だなんて、傷ついてなんか…」
炭治郎の煮え切らない態度に、伊之助が大きくため息をついた。
「だったらなまえに直接聞きゃいいだろ。俺たちだけでこんなこと話してたって意味ねえ」
「…なまえに直接?」
「権八郎が変なこと言うから、余計に混乱してきたわ」と伊之助は頭をわしゃわしゃと掻きむしった。
「なまえがどう思ってんのなんか聞かねえとわかんねえだろ」
「そうだな…なまえがどう思ってるのかを知らなきゃ意味がないよな」
「だからそう言ってんだろ」
「伊之助、ありがとう。なまえに直接聞こう…なまえのことを困らせてしまうかもしれないけど…それから決めよう」
「決めるって…」
「俺と伊之助、どっちがなまえと付き合うか」
炭治郎も伊之助も同じことを思っていた。
例え自分が選ばれなくても、なまえが炭治郎でも伊之助でもない他の誰かを好きだとしても、なまえが幸せならそれでいいと。
でも、願わくば、自分のことを想っていてくれてほしいと。
「わかった……恨みっこなしだからな!」
何かを決意したような伊之助に、炭治郎が寂しそうに笑ってうなづいた。
ひとりっ子のなまえはいつも炭治郎のあとをついて行った。同い年の炭治郎をなまえは兄のように慕った。そんななまえの手を引いて炭治郎は歩いた。
「大きくなったら炭治郎の妹になる」と幼い頃のなまえがよく言っていた。その度に炭治郎は「楽しみだな」と返していた。
「妹にはなれない」と言うとなまえが泣くからだ。
一度、「なまえは俺の妹にはなれないよ」と言ったことがある。初めてなまえに「炭治郎の妹になる」と言われたときだ。
「どうして?」と聞くなまえに、炭治郎は「なまえとはお父さんとお母さんが違うだろう?だからなまえは俺の妹にはなれないよ」と正直に答えた。するとなまえの目にはみるみるうちに涙がたまり、「炭治郎の意地悪」と大声で泣き出してしまった。
炭治郎が初めてなまえを泣かせた瞬間だった。
なまえは内気な性格ゆえに、自分が思ったことを他者に上手く伝えることができない子だった。
そのせいか、小さい頃はいじめられることも多かった。男の子は好きな子ほどいじめてしまうとはよくいうものだが、小さななまえにとってそれは傷つくこと以外の何物でもなかった。いたずらをしたりちょっかいを出してきたりする他の男の子たちとは違って、炭治郎だけは「泣かないで」といつも慰めてくれた。泣いてるなまえを慰めることが、自分の役目だと炭治郎も思っていた。
だから自分のせいでなまえが泣いてしまったことに炭治郎は酷くショックを受けた。
炭治郎は泣きやまないなまえに「ごめんね」と謝ることしかできなかった。それ以来、もう二度となまえを泣かせるような言動はとらないと炭治郎は心に決めた。
炭治郎となまえの関係は、高校生になっても変わらなかった。2人が手を繋ぐことも、なまえが「炭治郎の妹になる」と言うこともなくなったが、一緒にいることが当たり前だった。
あの2人が付き合ってないなんておかしい。
そうまわりから言われるくらい、2人はいつも一緒にいた。
高校生になってから数ヶ月が経ち、新しいクラスメイトたちとも馴染んできた。そんな折、なまえたちのクラスに伊之助が転校してきた。
シャツは開けっ放し。靴は履かない。学校にはお弁当しか持ってこない。言動も荒々しい。
そんな伊之助を怖がって、他のクラスメイトは彼に近寄らなかった。しかし、面倒見のいい炭治郎もなまえも、伊之助のことを放っておけなかった。伊之助ために隣のクラスから教科書を借りてきてあげたり、ひとつでは足りないだろうとお弁当を作ってきてあげたり、とにかく世話を焼いた。
そのせいか、伊之助も炭治郎となまえには心を開き、今度は3人でいることが当たり前になっていた。
優しくてクラスの人気者でもある炭治郎のおかげか、伊之助はクラスメイトとも打ち解けていった。時折、炭治郎の妹の禰豆子も混じえて遊んだり、ひとつ上の学年ではあるが炭治郎と顔馴染みのある善逸とも話すようになった。
2年生に進級しても3人は同じクラスだった。このままずっと高校を卒業するまで一緒にいるのだと、炭治郎もなまえも伊之助も、そう思っていた。
紫陽花が咲き始めたある日のことだった。
梅雨に入り、毎日のように雨が降っていた。体育も当然、校庭ではなく体育館でやらざるを得ない。
その日の体育は、バスケットボールだった。
授業中、体育教師である冨岡に急用だという電話が入ったため、体育館には炭治郎たち生徒しかいなくなった。教師の目がなくなると授業を放り出してふざけたくなる年頃なのか、何人かの男子生徒がボールで遊びはじめた。
そのうちの1人が投げたボールが、酷い生理痛のため授業を見学していたなまえの肩に直撃した。
突然の痛みになまえが蹲る。
「ボールがそっちに飛んでいくとは思わなかった」と焦る男子生徒に、激怒した伊之助が掴みかかろうとした。炭治郎はまわりの女子生徒に心配されているなまえを見ながら、伊之助を羽交い締めにしてとめていた。
伊之助が炭治郎の腕を振りほどこうとしたそのとき、電話を済ませた冨岡が体育館に戻ってきた。
「なんの騒ぎだ?俺が戻るまでパスの練習をしていろと言わなかったか?……みょうじ?どうした!?」
ボールが当たった痛みだけでなく、タイミングが悪く薬が切れてしまったせいか、生理痛に襲われ冷や汗がとまらないなまえに冨岡が駆け寄った。
「みょうじさんは朝から具合が悪いそうです!」
男性教師に「生理痛です」とは言えないなまえに変わって、炭治郎が答えた。
「それだけじゃねえだろ!おい、お前!いつまでもぼーっと突っ立ってんじゃねえぞ!!」
炭治郎の腕からすり抜けた伊之助が男子生徒に向かって怒鳴り散らす。
「嘴平?どういうことだ?」
「こいつがふざけて投げたボールがなまえに当たったんだよ!」
冨岡が男子生徒を一瞥し、炭治郎に向けて口を開いた。
「竈門」
「は、はい!」
「みょうじを保健室に連れて行け」
「わかりました!」
冨岡に指示され、なまえに肩を貸しながら体育館を出ようとする炭治郎の背中を、伊之助が無言のまま追いかけた。
体操着のまま保健室に続く廊下を3人は歩く。
「炭治郎、授業中なのにごめんなさい……迷惑かけて……伊之助も、ごめんね」
なまえが痛みに顔を顰めながら2人に謝る。
「なんでなまえが謝んだよ。お前何も悪いことしてねえだろ」
伊之助がムッとした顔で答えた。まだ怒りがおさまってないらしい。
「そうだぞ、なまえが気にすることなんて何もないからな。もうすぐ保健室に着くから、少し休もう」
なまえを落ち着かせるように炭治郎が優しく声をかけた。
「あの野郎、なまえにボールぶつけやがって…コントロール下手すぎんだろ……権八郎、なんで止めたんだよ」
「伊之助が今にも殴りかかりそうだったからだよ。それに、俺たちが怒らなくても冨岡先生がしっかり注意してくれるはずだ」
そういう炭治郎の目にも怒りがこもっていた。
保健室で校医の珠世に肩を手当してもらったなまえは、痛み止めを飲んだせいか眠気に襲われた。「起こしに来きますから、寝てなさい」と、珠世はなまえをベッドに寝かせ、職員室に行ってしまった。隣のベッドで寝ていた愈史郎も珠世の後について保健室を出ていった。
今体育館に戻ればまた伊之助が怒りだすかもしれないと思った炭治郎は、伊之助と一緒に保健室に残った。
薬が効いて眠ってしまったなまえを見守るように、炭治郎がベッドの脇に椅子を持ってきて座った。伊之助も隣のベッドに腰かけた。
「なまえ…」
炭治郎がなまえの名前を呼ぶ。返事はもちろんない。
「可哀想に…痛かったろ?急にビックリしたよな…それなのに、泣かないで…よく我慢したな」
なまえの髪を撫でようと炭治郎が手を伸ばした。
その手を伊之助が掴んでとめた。
「伊之助?」
「なんか、嫌だ…そんな簡単になまえにさわるなよ…」
「伊之助……ごめん、俺」
炭治郎が何かを言いかけた瞬間、授業の終わりを告げるチャイムが鳴った。
「教室戻んぞ。制服に着替えねえと」
「え……ああ、そうだな」
気まずい雰囲気を抱えたまま2人は保健室を後にした。
次の授業の途中でなまえも保健室から戻り、放課後まで3人はいつも通りに過ごした。
HRを終え、なまえは「帰ろう」と声をかけてくれる炭治郎と伊之助を待っていた。しかし、炭治郎に「俺と伊之助はちょっと用事があるから」と1人で帰るように言われた。
用事なんて、と伊之助は思ったが、保健室を出る前に炭治郎が何か言いかけたことを思い出し、なまえを見送った。
放課後の教室に、炭治郎と伊之助の影だけが伸びる。
何も話さない炭治郎にしびれを切らした伊之助が口を開いた。
「俺たち何か用事があるんじゃねえのか?」
「……そうだな、用事がある……伊之助に聞きたいことがあるんだ」
優しい声で「伊之助」と名前を呼んでくれる炭治郎が、いつもとは違う、何か張りつめたような雰囲気をまとっているような気がして、伊之助は少し居心地が悪かった。
炭治郎は何を聞こうとしているのか。それは伊之助自身にとって都合の悪いことか。炭治郎と伊之助が、今まで築いてきた2人の関係を壊すものか。
伊之助は身構えた。
「なんだよ、聞きたいことって」
「俺はなまえのことが好きだ」
真剣な顔で炭治郎がそう告げた。
伊之助の大きな翡翠色の瞳が見開いた。
「伊之助はなまえのことをどう思ってるんだ?」
炭治郎の問いに伊之助は口を噤んだ。
これは何かの駆け引きか。はたまた、本心を聞いているのか。
正直者の炭治郎のことだ。後者に違いない。
頭でそう理解していても、目の前の友人にどうして本心を言えようか。本心を言えばきっと、炭治郎を困らせてしまうだろう。
炭治郎に向けて返す言葉が見当たらない。
「伊之助。正直答えてほしいんだ。どうなんだ?」
くもりのない真っ直ぐな瞳が伊之助を見つめる。
「伊之助の気持ちを知りたいんだ」
炭治郎の瞳に、伊之助は心の内を明かすしかなかった。
「……好きだ」
そう伊之助が答えた瞬間、炭治郎の瞳が揺らいだような気がした。
「俺もなまえのことが好きだ」
「そうか…伊之助もなまえのことが好きなんだな」
「正直に答えてくれてありがとう」と炭治郎が伊之助に笑いかけた。
「でも、なまえはきっと権八郎のことが好きだ」
それまで炭治郎を見据えていた伊之助が視線を落として呟いた。
「えっ……どうしてそう思うんだ?」
「なまえは優しいし面倒見がいいから、俺に構うのは、俺のことが放っておけなかっただけだ。ガキのころから一緒にいて、守ってくれて、大切にしてくれてたお前のことをなまえは好きなんだ」
「そんなこと…ただ優しくて、面倒見がいいってだけじゃないと思うぞ」
「なんでそんなことわかるんだよ」
「わかるよ…伊之助を見てるなまえのこと見てたら、そんなのすぐにわかる。ずっと一緒にいるのにあんな優しい目をしているなまえを、俺は見たことがないんだ」
「その目が向けられてんのはお前のほうだろ」
「違うよ。なまえは俺のことをお兄ちゃんみたいだと思ってる。あれは好きな人じゃない、家族に向ける目だ。それに俺だって、なまえのことは昔から妹みたいに…」
「嘘つけ!」
「っ!?」
急に声を荒らげた伊之助に炭治郎は肩をびくりと震わせた。
「そうやって、自分に言い聞かせてるだけだろ!?兄ちゃんだ、妹だって、自分たちに言い聞かせて…なまえがお前に妹みたいって言われてるとき、どんな顔してるか知ってるか!?」
「それは…」
「お前がなまえに兄ちゃんみたいだって言われたときと同じ顔してんだよ!どっか嫌そうな、傷ついたような顔だよ!」
「同じ顔…そんな、俺はそんなこと…嫌だなんて、傷ついてなんか…」
炭治郎の煮え切らない態度に、伊之助が大きくため息をついた。
「だったらなまえに直接聞きゃいいだろ。俺たちだけでこんなこと話してたって意味ねえ」
「…なまえに直接?」
「権八郎が変なこと言うから、余計に混乱してきたわ」と伊之助は頭をわしゃわしゃと掻きむしった。
「なまえがどう思ってんのなんか聞かねえとわかんねえだろ」
「そうだな…なまえがどう思ってるのかを知らなきゃ意味がないよな」
「だからそう言ってんだろ」
「伊之助、ありがとう。なまえに直接聞こう…なまえのことを困らせてしまうかもしれないけど…それから決めよう」
「決めるって…」
「俺と伊之助、どっちがなまえと付き合うか」
炭治郎も伊之助も同じことを思っていた。
例え自分が選ばれなくても、なまえが炭治郎でも伊之助でもない他の誰かを好きだとしても、なまえが幸せならそれでいいと。
でも、願わくば、自分のことを想っていてくれてほしいと。
「わかった……恨みっこなしだからな!」
何かを決意したような伊之助に、炭治郎が寂しそうに笑ってうなづいた。
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