番外編
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「休息!休息!」
鎹鴉がそう告げた。
炭治郎、善逸、伊之助の3人は任務を終え、鎹鴉の案内で近くにある藤の花の家紋の家に向かった。
「藤の花の家紋の家まで、もうすぐみたいだな」
「すぐってどのくらいだよ…疲れたよお…もう歩けないよお…」
疲労困憊のせいか、半べそをかきながら善逸が地面に突っ伏した。炭治郎が善逸の腕を引っ張って起こそうとするが、善逸は地面にくっついたまま離れようとしない。
「善逸、本当にすぐだから、もう少し我慢してくれ…あれ?伊之助?」
引っ張るのを諦め、今度は言葉で善逸を起こそうとした炭治郎だったが、先程まで隣を歩いていた伊之助がいないことに気がついた。炭治郎が振り向くと、伊之助は炭治郎たちの少し後ろで立ち止まったまま、遠くにある何かをじっと見つめていた。
「おーい!伊之助!どうしたんだ?」
炭治郎が声をかけると、伊之助が何か呟いた。しかし、離れているせいか炭治郎には何も聞こえなかった。
「すまない!よく聞こえない!」
「山…アイツ、山って言ってる」
耳のいい善逸が地面に突っ伏したまま伊之助の代わりに答えた。
「ヤマ?…ヤマって、あの山か?」
確かに炭治郎たちが進んでいた方向には山が見えた。少し遠くに見えるが、常人よりも体力のある彼らには歩いて越えられるほどの山だった。
「ああ…あの山越えて少し歩いたらなまえん家に行けるって言ってる…てか、なまえって誰…?」
「なまえ…」
なまえという名前に炭治郎はハッとした。
「そうか…伊之助ー!なまえさんのところに行きたいのかー!?」
炭治郎が呼びかけると伊之助が無言でこくりと頷いた。
その瞬間善逸が飛び起き、伊之助に向かって走り出した。炭治郎もそれを追いかける。
「お前正気か!?あの山越えんの!?この身体で!?嫌だよ俺今すぐにでも布団に入って眠りたいよ!?限界だって身体が悲鳴をあげちゃってるもん!!もう無理だよ!!」
「おい、善逸!」
伊之助に掴みかかろうとした善逸を炭治郎が止めた。
「俺も正直疲れてるから、すぐに休みたいけど…!」
「はあ!?炭治郎まで何言ってんのさ!疲れてんでしょ!?だったら早く…」
「善逸?」
会いてえ。
耳のいい善逸にしか聞こえない程の声で伊之助がぽつりと呟いた。
「…会いたいって…お前さあ、そういうの我儘って言うんだぞ!山越えするならひとりで行けよな!だいたいなまえって……あっ!」
善逸が何かに気づいたように声をあげた。
「その子、お前に告白してきた子じゃないの!?」
告白の意味がわからない伊之助が首を傾げる。
「コクハク…?いや、なまえはコクハクじゃない。俺の嫁だ」
「は…?誰の?」
「俺の」
「え、何言ってんの?」
「だから、俺の嫁だって言ってんだろうが。なまえは白無垢を着て俺の嫁になるんだ」
「そっか…善逸は別の任務に行ってたもんな。なまえさんは、前に俺と伊之助がお世話になった、藤の花の家紋の屋敷の娘さんだよ」
嫁と言い張る伊之助の代わりに炭治郎がなまえのことを説明した。
しかし、伊之助の口から出た嫁という言葉に衝撃、というよりショックを受けた善逸には聞こえていないようだった。まさに、鳩が豆鉄砲をくらったような顔をしている。
「善逸?」
「紋逸?どうした?」
名前を呼びかけても返事をしない善逸に、炭治郎と伊之助は顔を見合せた。
炭治郎が善逸の目の前で手をひらひらと振るが、反応がない。
「うーん…?俺たちの声聞こえてないのか…?おーい、善逸?」
「権八郎…」
「ん?なんだ?」
「権八郎は、山越えるのいやか?」
善逸の目の前で手を振り続けていた炭治郎に、伊之助が遠慮がちに問いかけた。
「伊之助…」
家族のような、兄弟のような。
そんな風に同じ時間を過ごしてきた伊之助の恋を、応援してあげたい。
「会いたい」と素直な気持ちを吐露する伊之助に炭治郎は「嫌だ」と言う気は一切なかった。
「いいよ…行こう。なまえさんのところへ」
「本当か…?」
炭治郎が「うん」と頷くと、伊之助の悲しげな匂いが嬉しそうなものに変わった。
「そうと決まれば…あっ、そうか、善逸が…ここに置いてくわけにもいかないしなあ」
「紋逸は俺が連れてく」
伊之助が口を開けたままかたまる善逸を担ぎ上げた。
「え!?このまま山を越えるのか!?いくらなんでもそれは…」
「前になまえを担いで山を降りたことある」
「善逸となまえさんじゃ重さが違うだろ?」
「なまえに会えるんなら、紋逸1人背負って山越えるくらい平気だ」
そう言うと伊之助は「よいしょ」と善逸を担ぎ直し歩き出した。
「そっか…疲れたから代わるからさ、ちゃんと言ってくれよ?」
「…おう」
炭治郎を見ることなく伊之助が返事をした。態度こそぶっきらぼうだが、その一言に感謝の気持ちが含まれていることを炭治郎は嗅ぎ取った。
そして3人はなまえの家に向かった。
「ん……?」
善逸が意識を取り戻すと見たことのない天井が視界に広がった。どうやら布団の上にいるらしい。
ここはどこだ?
ぼんやりする頭でそう考える。
善逸がいたのはなまえの家だった。
「あ、気づかれましたか?」
目を覚ました善逸の顔をなまえが覗き込んだ。
「ぎぃやあああ!?」
「ひっ…!」
急に現れたなまえに驚いた善逸の叫び声が、部屋に響いた。善逸の声になまえも追わず小さな悲鳴を上げた。
「君誰!?ていうかここどこ!!?」
「ぜ、善逸様…」
「何で俺の名前知って…え、待って、よく見るとめちゃくちゃ可愛い…俺と結婚してくれますか!?」
善逸がなまえの両手をとると、なまえは困惑した様子で腕を引き善逸から逃れようとした。
「あ、あの…」
「一生のお願いだよ!ねえ!?結婚してよお!」
善逸は逃がすものかとなまえの手をぎゅっと握りしめた。
「善逸様、おやめください…」
「そんなこと言わないで!頼むから、俺と結婚してくださ、あっ!?」
「ふざけんじゃねえ!!なまえは俺のだ!!」
なまえの手を離そうとしない善逸に伊之助が体当たりした。善逸の身体が布団を飛び抜け畳の上に転がる。
「痛いなあ!この子は俺のお嫁さんに……ん!?俺のだ…?もしかして、よ、嫁!?この子お前の嫁!?」
「そうだ!嫁だ!」
「は!?おおおお、お、お前!!は!?どういうこと!?」
「嫁だって言ってんだろうが!」
畳の上に転がったまま騒ぎ続ける善逸に、伊之助が飛びかかった。
「なまえが紋逸の嫁になるわけねえだろ!」
「何すんだ、離せよ!俺は信じないぞ!この子は俺と結婚するんだ!」
「誰がお前なんかに渡すか!他人の嫁盗ろうとしてんじゃねえぞ!」
「善逸も伊之助も、2人とも落ち着け!」
「馬鹿言うなよ!!なんでこんな可愛い子が!?」
「馬鹿はお前だろ!勝手なことばっか言いやがって!」
「おい!他所様の家だぞ!もう少し静かに…」
2人を止めようとする炭治郎の声が何度も掻き消される。そうこうしているうちにバタバタと取っ組み合いの喧嘩がはじまった。
「顔か!?結局顔なのか!?」
「ア!?俺様の顔になんか文句あんのかよ!」
「文句なんてありまくりだわ!中身野生児でも顔がいいならなんとでもなるのね!」
「なまえはそんなんで嫁になったんじゃねえ!」
「じゃあなんだって言うんだよ!」
「好きだからに決まってんだろうが!」
痺れを切らした炭治郎が「いい加減にしろ」と声を上げようとしたが、なまえがそれを遮った。
「伊之助様、ここはなまえの家ですよ?もう少し静かにしていただけますか?」
なまえがそう呼びかけると、伊之助の動きがピタリと止まった。
「あまり騒ぐとお父様に怒られてしまいます」
困った顔でそう呟くなまえに、「…悪ぃ」と伊之助が身を縮こまらせた。
「なまえ…ゴメン…うるさくしてごめん」
「伊之助様、なまえは怒ってなどおりませんから…わかってくださればよいのです」
なまえが笑いかけると、伊之助は善逸の隊服を掴んでいた手をぱっと離した。
「それと…善逸様と仰いましたか?」
「は、はい!」
伊之助から身体を解放された善逸が姿勢を正して座り直した。
「私にはもう将来を約束した殿方がいますので、善逸様とは結婚できません」
「申し訳ありません」となまえが頭を下げた。
「えっ、あっと…いや…俺のほうこそ、他所様の家で騒いじゃって…なんか、すみません…」
善逸もなまえに向かって頭を下げる。
「善逸様、顔を上げてください」
善逸が恐る恐るを顔上げると、なまえがにこりと笑っていた。
「改めまして、私なまえと申します。伊之助様から善逸様のことは、前々から聞いておりましたよ」
「そ、そうですか…」
何を話したんだ。
善逸はそう言わんばかりの目を伊之助に向けたが、伊之助はその視線を無視して、猪頭を外しなまえの膝の上に寝転んだ。
「伊之助様?何か、言い忘れていることがおありでは?」
「…そんなもんねえ」
「本当ですか?」
なまえに問われた伊之助が視線を逸らして黙り込む。
「伊之助様?」
強い口調で念を押すようになまえが名前を呼ぶと、伊之助が唸り声を発しながらガバリと起き上がった。
「おい、紋逸!」
「な、なんだよ」
不意に名前を呼ばれ善逸は思わず身構えた。
「…掴みかかったりして、悪かった」
「えっ…」
あの伊之助が自分に対して謝っている。
炭治郎の背負い箱を庇う自分を蹴ったときだって謝らなかった伊之助が謝ってきた。
そもそも事の発端は自分が他人の女に求婚したことだ。
素直に謝る伊之助に、善逸も「ごめん」と言うより他はなかった。
「なまえちゃんは伊之助にとって大切な人なんだよな…軽率なこと言って、ホントごめん…」
謝り合う2人を交互に見ながらなまえが微笑んだ。
「仲直り、ですね?」
「ん…」
「うん」
先程まで取っ組み合いの喧嘩をしていた2人が大人しくなり、炭治郎もほっと胸を撫で下ろした。
「そういえば俺、ここに来るまでの記憶が無いんだけど…」
伊之助に掴まれたせいで乱れた隊服を直しながら善逸が呟いた。
「ああ…伊之助が善逸を背負って山を越えたんだよ」
「え!?そうなの!?」
「おい、権八郎!」
「だって本当のことだろ?伊之助も疲れてるだろうから俺が代わろうかって言っても、断ったじゃないか」
悪意のない炭治郎の発言に、伊之助は罰が悪そうな顔をした。
「お前…化け物か…?」
「ハア!?」
「俺が羽のように軽いならまだしもさ、重かっただろ?」
「……紋逸1人背負って山越えるくらい余裕に決まってんだろ」
「でも…」
「なんせ俺は、山の王だからな」
そう言うと伊之助は、再びなまえの膝に頭を乗せ、腹に顔を埋めた。そんな伊之助の髪をなまえはよしよしと撫でていると、いつしか大きないびきが部屋に響き渡りはじめた。
これではまるで、嫁というより猛獣使いだ。
2人のやり取りを横目に見ながら、善逸はそう思った。
鎹鴉がそう告げた。
炭治郎、善逸、伊之助の3人は任務を終え、鎹鴉の案内で近くにある藤の花の家紋の家に向かった。
「藤の花の家紋の家まで、もうすぐみたいだな」
「すぐってどのくらいだよ…疲れたよお…もう歩けないよお…」
疲労困憊のせいか、半べそをかきながら善逸が地面に突っ伏した。炭治郎が善逸の腕を引っ張って起こそうとするが、善逸は地面にくっついたまま離れようとしない。
「善逸、本当にすぐだから、もう少し我慢してくれ…あれ?伊之助?」
引っ張るのを諦め、今度は言葉で善逸を起こそうとした炭治郎だったが、先程まで隣を歩いていた伊之助がいないことに気がついた。炭治郎が振り向くと、伊之助は炭治郎たちの少し後ろで立ち止まったまま、遠くにある何かをじっと見つめていた。
「おーい!伊之助!どうしたんだ?」
炭治郎が声をかけると、伊之助が何か呟いた。しかし、離れているせいか炭治郎には何も聞こえなかった。
「すまない!よく聞こえない!」
「山…アイツ、山って言ってる」
耳のいい善逸が地面に突っ伏したまま伊之助の代わりに答えた。
「ヤマ?…ヤマって、あの山か?」
確かに炭治郎たちが進んでいた方向には山が見えた。少し遠くに見えるが、常人よりも体力のある彼らには歩いて越えられるほどの山だった。
「ああ…あの山越えて少し歩いたらなまえん家に行けるって言ってる…てか、なまえって誰…?」
「なまえ…」
なまえという名前に炭治郎はハッとした。
「そうか…伊之助ー!なまえさんのところに行きたいのかー!?」
炭治郎が呼びかけると伊之助が無言でこくりと頷いた。
その瞬間善逸が飛び起き、伊之助に向かって走り出した。炭治郎もそれを追いかける。
「お前正気か!?あの山越えんの!?この身体で!?嫌だよ俺今すぐにでも布団に入って眠りたいよ!?限界だって身体が悲鳴をあげちゃってるもん!!もう無理だよ!!」
「おい、善逸!」
伊之助に掴みかかろうとした善逸を炭治郎が止めた。
「俺も正直疲れてるから、すぐに休みたいけど…!」
「はあ!?炭治郎まで何言ってんのさ!疲れてんでしょ!?だったら早く…」
「善逸?」
会いてえ。
耳のいい善逸にしか聞こえない程の声で伊之助がぽつりと呟いた。
「…会いたいって…お前さあ、そういうの我儘って言うんだぞ!山越えするならひとりで行けよな!だいたいなまえって……あっ!」
善逸が何かに気づいたように声をあげた。
「その子、お前に告白してきた子じゃないの!?」
告白の意味がわからない伊之助が首を傾げる。
「コクハク…?いや、なまえはコクハクじゃない。俺の嫁だ」
「は…?誰の?」
「俺の」
「え、何言ってんの?」
「だから、俺の嫁だって言ってんだろうが。なまえは白無垢を着て俺の嫁になるんだ」
「そっか…善逸は別の任務に行ってたもんな。なまえさんは、前に俺と伊之助がお世話になった、藤の花の家紋の屋敷の娘さんだよ」
嫁と言い張る伊之助の代わりに炭治郎がなまえのことを説明した。
しかし、伊之助の口から出た嫁という言葉に衝撃、というよりショックを受けた善逸には聞こえていないようだった。まさに、鳩が豆鉄砲をくらったような顔をしている。
「善逸?」
「紋逸?どうした?」
名前を呼びかけても返事をしない善逸に、炭治郎と伊之助は顔を見合せた。
炭治郎が善逸の目の前で手をひらひらと振るが、反応がない。
「うーん…?俺たちの声聞こえてないのか…?おーい、善逸?」
「権八郎…」
「ん?なんだ?」
「権八郎は、山越えるのいやか?」
善逸の目の前で手を振り続けていた炭治郎に、伊之助が遠慮がちに問いかけた。
「伊之助…」
家族のような、兄弟のような。
そんな風に同じ時間を過ごしてきた伊之助の恋を、応援してあげたい。
「会いたい」と素直な気持ちを吐露する伊之助に炭治郎は「嫌だ」と言う気は一切なかった。
「いいよ…行こう。なまえさんのところへ」
「本当か…?」
炭治郎が「うん」と頷くと、伊之助の悲しげな匂いが嬉しそうなものに変わった。
「そうと決まれば…あっ、そうか、善逸が…ここに置いてくわけにもいかないしなあ」
「紋逸は俺が連れてく」
伊之助が口を開けたままかたまる善逸を担ぎ上げた。
「え!?このまま山を越えるのか!?いくらなんでもそれは…」
「前になまえを担いで山を降りたことある」
「善逸となまえさんじゃ重さが違うだろ?」
「なまえに会えるんなら、紋逸1人背負って山越えるくらい平気だ」
そう言うと伊之助は「よいしょ」と善逸を担ぎ直し歩き出した。
「そっか…疲れたから代わるからさ、ちゃんと言ってくれよ?」
「…おう」
炭治郎を見ることなく伊之助が返事をした。態度こそぶっきらぼうだが、その一言に感謝の気持ちが含まれていることを炭治郎は嗅ぎ取った。
そして3人はなまえの家に向かった。
「ん……?」
善逸が意識を取り戻すと見たことのない天井が視界に広がった。どうやら布団の上にいるらしい。
ここはどこだ?
ぼんやりする頭でそう考える。
善逸がいたのはなまえの家だった。
「あ、気づかれましたか?」
目を覚ました善逸の顔をなまえが覗き込んだ。
「ぎぃやあああ!?」
「ひっ…!」
急に現れたなまえに驚いた善逸の叫び声が、部屋に響いた。善逸の声になまえも追わず小さな悲鳴を上げた。
「君誰!?ていうかここどこ!!?」
「ぜ、善逸様…」
「何で俺の名前知って…え、待って、よく見るとめちゃくちゃ可愛い…俺と結婚してくれますか!?」
善逸がなまえの両手をとると、なまえは困惑した様子で腕を引き善逸から逃れようとした。
「あ、あの…」
「一生のお願いだよ!ねえ!?結婚してよお!」
善逸は逃がすものかとなまえの手をぎゅっと握りしめた。
「善逸様、おやめください…」
「そんなこと言わないで!頼むから、俺と結婚してくださ、あっ!?」
「ふざけんじゃねえ!!なまえは俺のだ!!」
なまえの手を離そうとしない善逸に伊之助が体当たりした。善逸の身体が布団を飛び抜け畳の上に転がる。
「痛いなあ!この子は俺のお嫁さんに……ん!?俺のだ…?もしかして、よ、嫁!?この子お前の嫁!?」
「そうだ!嫁だ!」
「は!?おおおお、お、お前!!は!?どういうこと!?」
「嫁だって言ってんだろうが!」
畳の上に転がったまま騒ぎ続ける善逸に、伊之助が飛びかかった。
「なまえが紋逸の嫁になるわけねえだろ!」
「何すんだ、離せよ!俺は信じないぞ!この子は俺と結婚するんだ!」
「誰がお前なんかに渡すか!他人の嫁盗ろうとしてんじゃねえぞ!」
「善逸も伊之助も、2人とも落ち着け!」
「馬鹿言うなよ!!なんでこんな可愛い子が!?」
「馬鹿はお前だろ!勝手なことばっか言いやがって!」
「おい!他所様の家だぞ!もう少し静かに…」
2人を止めようとする炭治郎の声が何度も掻き消される。そうこうしているうちにバタバタと取っ組み合いの喧嘩がはじまった。
「顔か!?結局顔なのか!?」
「ア!?俺様の顔になんか文句あんのかよ!」
「文句なんてありまくりだわ!中身野生児でも顔がいいならなんとでもなるのね!」
「なまえはそんなんで嫁になったんじゃねえ!」
「じゃあなんだって言うんだよ!」
「好きだからに決まってんだろうが!」
痺れを切らした炭治郎が「いい加減にしろ」と声を上げようとしたが、なまえがそれを遮った。
「伊之助様、ここはなまえの家ですよ?もう少し静かにしていただけますか?」
なまえがそう呼びかけると、伊之助の動きがピタリと止まった。
「あまり騒ぐとお父様に怒られてしまいます」
困った顔でそう呟くなまえに、「…悪ぃ」と伊之助が身を縮こまらせた。
「なまえ…ゴメン…うるさくしてごめん」
「伊之助様、なまえは怒ってなどおりませんから…わかってくださればよいのです」
なまえが笑いかけると、伊之助は善逸の隊服を掴んでいた手をぱっと離した。
「それと…善逸様と仰いましたか?」
「は、はい!」
伊之助から身体を解放された善逸が姿勢を正して座り直した。
「私にはもう将来を約束した殿方がいますので、善逸様とは結婚できません」
「申し訳ありません」となまえが頭を下げた。
「えっ、あっと…いや…俺のほうこそ、他所様の家で騒いじゃって…なんか、すみません…」
善逸もなまえに向かって頭を下げる。
「善逸様、顔を上げてください」
善逸が恐る恐るを顔上げると、なまえがにこりと笑っていた。
「改めまして、私なまえと申します。伊之助様から善逸様のことは、前々から聞いておりましたよ」
「そ、そうですか…」
何を話したんだ。
善逸はそう言わんばかりの目を伊之助に向けたが、伊之助はその視線を無視して、猪頭を外しなまえの膝の上に寝転んだ。
「伊之助様?何か、言い忘れていることがおありでは?」
「…そんなもんねえ」
「本当ですか?」
なまえに問われた伊之助が視線を逸らして黙り込む。
「伊之助様?」
強い口調で念を押すようになまえが名前を呼ぶと、伊之助が唸り声を発しながらガバリと起き上がった。
「おい、紋逸!」
「な、なんだよ」
不意に名前を呼ばれ善逸は思わず身構えた。
「…掴みかかったりして、悪かった」
「えっ…」
あの伊之助が自分に対して謝っている。
炭治郎の背負い箱を庇う自分を蹴ったときだって謝らなかった伊之助が謝ってきた。
そもそも事の発端は自分が他人の女に求婚したことだ。
素直に謝る伊之助に、善逸も「ごめん」と言うより他はなかった。
「なまえちゃんは伊之助にとって大切な人なんだよな…軽率なこと言って、ホントごめん…」
謝り合う2人を交互に見ながらなまえが微笑んだ。
「仲直り、ですね?」
「ん…」
「うん」
先程まで取っ組み合いの喧嘩をしていた2人が大人しくなり、炭治郎もほっと胸を撫で下ろした。
「そういえば俺、ここに来るまでの記憶が無いんだけど…」
伊之助に掴まれたせいで乱れた隊服を直しながら善逸が呟いた。
「ああ…伊之助が善逸を背負って山を越えたんだよ」
「え!?そうなの!?」
「おい、権八郎!」
「だって本当のことだろ?伊之助も疲れてるだろうから俺が代わろうかって言っても、断ったじゃないか」
悪意のない炭治郎の発言に、伊之助は罰が悪そうな顔をした。
「お前…化け物か…?」
「ハア!?」
「俺が羽のように軽いならまだしもさ、重かっただろ?」
「……紋逸1人背負って山越えるくらい余裕に決まってんだろ」
「でも…」
「なんせ俺は、山の王だからな」
そう言うと伊之助は、再びなまえの膝に頭を乗せ、腹に顔を埋めた。そんな伊之助の髪をなまえはよしよしと撫でていると、いつしか大きないびきが部屋に響き渡りはじめた。
これではまるで、嫁というより猛獣使いだ。
2人のやり取りを横目に見ながら、善逸はそう思った。