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ただのありふれた恋

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「伊之助様、あの…」

「なんだよ、ジロジロ見て。天ぷらならやらねえぞ」

「いえ、そうではなく…」

「じゃあなんだよ」












炭治郎と伊之助がなまえの家に来てから一夜が明けた。朝食を済ませている最中の炭治郎と伊之助の隣でお茶を入れていたなまえが口を開いた。

「お箸の持ち方が…炭治郎様と私の手元をご覧になってください。正しくはこうでございますよ」

なまえは握りしめるように箸を掴んでいた伊之助の指を解き、手本を見せた。

「俺は山育ちだからな。そもそも箸なんか使わねえ」

「そうなのですね…では、私が教えて差し上げましょう!」

「はあ?なんでそんなこといきなり…」

「大丈夫です!伊之助様ならきっとできます!」

「あ?……おい!お前!俺が箸使えねえと思ってんだろ!使えるわ!団三郎よりもお前よりも上手く使ってやるからな!」

「伊之助、さっきと言ってることが真逆だぞ…」

謎の対抗心を燃やす伊之助に炭治郎は頭を抱えた。















それからなまえは食事の度に、伊之助に箸の使い方を教えた。

なまえに教えられながら食事を進める羽目になったので、伊之助はなかなか箸が進まない。目の前に並べられた御馳走の数々を、今すぐにでも素手で掴んで口の中に放り込みたいと思う伊之助だったが、箸で上手く掴めると「そう、お上手お上手」と褒めてくれるなまえがいては、そのような手荒なこともできなかった。

初めて歩こうとする赤子に声をかける母親のように、「大丈夫」「伊之助様ならできます」と優しく言うなまえに、伊之助は不思議と悪い気はしなかった。

炭治郎も根気強く伊之助に箸の使い方を教えているなまえに感心していた。


















炭治郎と伊之助がこの屋敷に着てから3日が経った。

この日もなまえは伊之助に箸の使い方を教えた。

なまえの優しい指導のせいか、伊之助が対抗心を燃やしていたせいか、その日の夕食を食べる頃には、まだぎこちなさは残るが、箸で食材を掴めるようになっていた。

夕食のあと、いつもと同じように風呂にも入らず縁側に寝転んでいた伊之助に、なまえが声をかけた。

「伊之助様はいつまでこちらにいらっしゃるのですか?」

「丼五郎のカラスが次の指令が下りるまで休息って言ってたからな…いつまでかわかんねえ」

「そうなのですか…我が家はいつでも鬼狩り様をお待ちしておりますので、またいらしてくださいね」

「お前ん家の天ぷら美味いし、また来てやってもいいぜ」

「じゃあたくさん作って待ってますね」

「たくさん…」

「たくさん」というなまえの言葉に、伊之助は食べきれないほどの量の天ぷらに囲まれる自身の姿を想像した。

「天ぷら…たくさん…ほわほわすんな…」

「ほわほわ?」

首を傾げるなまえ越しに、廊下の奥から伊之助を呼ぶ炭治郎の声が聞こえた。

「伊之助ー!」

「寛一郎か……あいつも風呂から戻ってきたみてえだし、そろそろ寝るか」

「はい、おやすみなさい」

「伊之助!あ、なまえさんも!こんばんは!伊之助、こんなところにいたのか!風呂に入ってこい!昨日も入らなかっただろ!!」

「うるせえ!1日、2日風呂に入んなくったって死にやしねえんだよ!それに、昼間にそのへんの川で水浴びしてきたわ!」

そんなやり取りをしながら部屋に戻る2人の背中を見て、なまえはただただ微笑んでいた。












翌日、鎹鴉の声と共に次の指令が下った。それはつまり、炭治郎と伊之助がこの屋敷を去るということでもあった。

「お世話になりました!」

「また来てくださいね」

「はい!なまえさん、ありがとうございます!」

大きな声でお礼を言う炭治郎の隣で、伊之助は身体を動かし今にも走り出せるよう準備運動をしていた。

「ほら、伊之助もちゃんとお礼を言うんだ」

「いいんだよ。今度また来て世話になんだから。世話になる度に礼なんか言ってたらキリがねえぜ」

「そういう問題じゃないだろ」

「じゃあな、なまえ!おい、紋一郎、俺様は先に行ってるぜ」

「あ、ちょっと、伊之助!!待て!!待つんだ!!なまえさん、それじゃあまた!!」

「は、はい!また…!」

なまえは伊之助を追いかけ走り出した炭治郎の背に手を振った。

「今度また」と言った伊之助の声が頭からはなれず、胸を熱くさせたなまえが、門の前でしばらく立ち尽くしていたことは誰も知らない。
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