ただのありふれた恋
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伊之助がいつものように、塀の上からなまえの屋敷の中を覗いた。
縁側に座っているなまえが今日はいない。
キョロキョロとあたりを見回してもなまえがやってくる気配はなかった。
屋敷の奥の間にいるのだろうか。それともどこかに出かけているのだろうかと、伊之助が首を傾げていると、なまえの父が廊下の奥から歩いてきた。
「嘴平様!ようこそお越しくださいました。近くで任務がおありで?」
伊之助の猪頭はなまえの父にとっても見慣れたものになっていた。
「なまえに会いに来た」
「あっ……なまえですか…」
元気よく答えた伊之助になまえの父が申しわけなさそうな顔した。
「もしかしてここにいねえのか?」
「それが…風邪をこじらせてしまいまして…昨日からなかなか熱が下がらないのです」
「カゼ?」
怪我なら何度もしているが、風邪をひいたことない伊之助には、風邪というものが何なのかよくわからなかった。
「はい…嘴平様にうつしてしまってはいけませんから、せっかく娘に会いに来てくださったところ申しわけないのですが、今日はお帰りください」
「カゼになるとなまえに会えなくなるのか?」
「嘴平様までお風邪を引かれては…お医者様に診ていただきましたし、薬を飲んでしっかり休めば治ると思います」
「そうか…」
なまえに会いたくて屋敷に来たのに「カゼ」のせいで会えない。伊之助は、自分の心にどんよりとした灰色の雲が広がっていくような気がした。その落ち込み様は猪頭の上からでもわかるものであった。
その様子を見兼ねたなまえの父が伊之助に優しく声をかけた。
「元気になったらまた遊んでやってください。なまえも嘴平様が来てくださるのをいつも楽しみにしていますから」
そう言ってなまえの父は、自分の娘と同じ様な顔で伊之助に笑いかけた。「楽しみにしている」というなまえの父の言葉に、伊之助はほわほわとしたものを感じた。
「わかった…なまえの父ちゃんもカゼになるなよ!」
大きな声で「またな」と言って、伊之助はなまえの屋敷を後にした。
「権八郎、カゼってなんだ?」
「風邪?うーん…鼻水が出たり、咳が止まらなかったり…あと、熱も出るかなあ」
風邪とはなんだと訊ねる伊之助に、弟妹が風邪をひいたときのことを思い出しながら炭治郎が答える。
「辛いのか?」
「凄く辛いよ。自分の身体を思うように動かせなかったり、ご飯が食べられなかったりもするぞ」
「飯食えねえのか!?」
食欲旺盛な伊之助にとって「カゼ」になるとご飯が食べられないということは衝撃的だった。猪頭の下で口をあんぐりと開けたまま炭治郎の話を聴く。
「人によると思うけど…風邪で食欲がないってこともあるんじゃないか?」
「そうなのか…」
伊之助の落ち込んだ表情と悲しげな匂いに炭治郎は、伊之助が風邪について訊いてきた理由はおそらくなまえにあるのだと思った。
「でも、薬を飲んでしっかり寝て、身体を休ませてあげれば治るはずだ」
「大丈夫だよ」と炭治郎が続けるものの伊之助の表情は晴れなかった。
「カゼになるとなんで会っちゃだめなんだ?」
「え?……そりゃあ、うつるかもしれないからなあ」
「うつらなかったらいいのか?」
「そういう問題でもないと思うけど……伊之助は会いたいのか?」
「……会いてえ」
伊之助が屋敷に行くと、いつもなまえが迎えてくれた。なまえに会えなかったのはこれが初めてだった。
会えないことが、会いたいという気持ちを強くさせる。
伊之助が溜息混じりに自分の気持ちを零した。
「そっか…風邪をひいてる人に会いに行きなよって大きな声では言えないけど、伊之助の好きにしたらいいと思うよ」
どこか含みを持った炭治郎の言葉に、伊之助は「わかった」と頷いた。
なまえの父が伊之助に言ったように、なまえの熱は直ぐには下がらなかった。
もともと身体もさほど丈夫ではないためか、幼いころから風邪をこじらすとなかなか治らなかった。
とにかく身体を休めようと、布団の上で大人しく寝ていると、声が聞こえた。
なまえが目を開けると、見慣れた猪頭に顔を覗き込まれていた。
「あ……起きたか?なまえ、カゼってやつなんだろ?飯ちゃんと食ったのか?」
来客が来ても断るようにと、父や使用人に頼んでいたのに。
会いたいと思う人が目の前にいる。
なまえは、この状況は自分にとって都合のいい夢なのだと思った。
夢の中でなら、触れることも許されるだろうと、猪頭に手をのばす。
「どうした?辛いのか?」
伊之助が自分に向かってのびてくる手を咄嗟に掴んだ。なまえが伊之助の手を弱々しく握り返す。
「伊之助様……夢の中でも、会えて嬉しい」
か細い声でそう呟いて、なまえは再び目を閉じ眠ってしまった。
「夢じゃねえのに…」
伊之助は猪頭の鼻をなまえの手に強く押し当てた。
半刻前のことだった。
伊之助はこっそりとなまえの屋敷の庭に降りた。抜き足差し足忍び足で廊下を進み、部屋の襖をそっと開けると、なまえが苦しそうな顔で寝ていた。
伊之助は、山で拾ってきたどんぐりと野花をなまえの枕元に置き、静かに腰を下ろした。
一度目を覚ましたなまえだったが、直ぐに眠ってしまったため、伊之助は弱々しく握られた手を優しく解いて、なまえの部屋を出ていった。
伊之助が帰った数時間後、なまえが目を覚ました。枕元を見ると、艶のあるどんぐりと少し萎れてしまった花が置いてあった。
伊之助が目の前にいたのは夢ではなかったのだと、なまえは気づいた。
なまえのお見舞いに行ってからすぐのこと。伊之助は炭治郎、善逸、そして音柱の宇髄天元と共にとある任務に向かった。
場所は花街。上弦の鬼がいると思われるその場所に散り散りになって潜入した伊之助達だったが、そこに居たのは上弦の陸・妓夫太郎、堕姫と呼ばれる鬼の兄妹だった。
遊郭に住まう遊女やその客、天元の片目片腕と、多くの犠牲を払った戦いだったが、2体の鬼の首を落とし、鬼殺隊側の勝利でその幕は閉じられた。
しかし、伊之助が目を覚ましたのは、それから2ヶ月後のことだった。
縁側に座っているなまえが今日はいない。
キョロキョロとあたりを見回してもなまえがやってくる気配はなかった。
屋敷の奥の間にいるのだろうか。それともどこかに出かけているのだろうかと、伊之助が首を傾げていると、なまえの父が廊下の奥から歩いてきた。
「嘴平様!ようこそお越しくださいました。近くで任務がおありで?」
伊之助の猪頭はなまえの父にとっても見慣れたものになっていた。
「なまえに会いに来た」
「あっ……なまえですか…」
元気よく答えた伊之助になまえの父が申しわけなさそうな顔した。
「もしかしてここにいねえのか?」
「それが…風邪をこじらせてしまいまして…昨日からなかなか熱が下がらないのです」
「カゼ?」
怪我なら何度もしているが、風邪をひいたことない伊之助には、風邪というものが何なのかよくわからなかった。
「はい…嘴平様にうつしてしまってはいけませんから、せっかく娘に会いに来てくださったところ申しわけないのですが、今日はお帰りください」
「カゼになるとなまえに会えなくなるのか?」
「嘴平様までお風邪を引かれては…お医者様に診ていただきましたし、薬を飲んでしっかり休めば治ると思います」
「そうか…」
なまえに会いたくて屋敷に来たのに「カゼ」のせいで会えない。伊之助は、自分の心にどんよりとした灰色の雲が広がっていくような気がした。その落ち込み様は猪頭の上からでもわかるものであった。
その様子を見兼ねたなまえの父が伊之助に優しく声をかけた。
「元気になったらまた遊んでやってください。なまえも嘴平様が来てくださるのをいつも楽しみにしていますから」
そう言ってなまえの父は、自分の娘と同じ様な顔で伊之助に笑いかけた。「楽しみにしている」というなまえの父の言葉に、伊之助はほわほわとしたものを感じた。
「わかった…なまえの父ちゃんもカゼになるなよ!」
大きな声で「またな」と言って、伊之助はなまえの屋敷を後にした。
「権八郎、カゼってなんだ?」
「風邪?うーん…鼻水が出たり、咳が止まらなかったり…あと、熱も出るかなあ」
風邪とはなんだと訊ねる伊之助に、弟妹が風邪をひいたときのことを思い出しながら炭治郎が答える。
「辛いのか?」
「凄く辛いよ。自分の身体を思うように動かせなかったり、ご飯が食べられなかったりもするぞ」
「飯食えねえのか!?」
食欲旺盛な伊之助にとって「カゼ」になるとご飯が食べられないということは衝撃的だった。猪頭の下で口をあんぐりと開けたまま炭治郎の話を聴く。
「人によると思うけど…風邪で食欲がないってこともあるんじゃないか?」
「そうなのか…」
伊之助の落ち込んだ表情と悲しげな匂いに炭治郎は、伊之助が風邪について訊いてきた理由はおそらくなまえにあるのだと思った。
「でも、薬を飲んでしっかり寝て、身体を休ませてあげれば治るはずだ」
「大丈夫だよ」と炭治郎が続けるものの伊之助の表情は晴れなかった。
「カゼになるとなんで会っちゃだめなんだ?」
「え?……そりゃあ、うつるかもしれないからなあ」
「うつらなかったらいいのか?」
「そういう問題でもないと思うけど……伊之助は会いたいのか?」
「……会いてえ」
伊之助が屋敷に行くと、いつもなまえが迎えてくれた。なまえに会えなかったのはこれが初めてだった。
会えないことが、会いたいという気持ちを強くさせる。
伊之助が溜息混じりに自分の気持ちを零した。
「そっか…風邪をひいてる人に会いに行きなよって大きな声では言えないけど、伊之助の好きにしたらいいと思うよ」
どこか含みを持った炭治郎の言葉に、伊之助は「わかった」と頷いた。
なまえの父が伊之助に言ったように、なまえの熱は直ぐには下がらなかった。
もともと身体もさほど丈夫ではないためか、幼いころから風邪をこじらすとなかなか治らなかった。
とにかく身体を休めようと、布団の上で大人しく寝ていると、声が聞こえた。
なまえが目を開けると、見慣れた猪頭に顔を覗き込まれていた。
「あ……起きたか?なまえ、カゼってやつなんだろ?飯ちゃんと食ったのか?」
来客が来ても断るようにと、父や使用人に頼んでいたのに。
会いたいと思う人が目の前にいる。
なまえは、この状況は自分にとって都合のいい夢なのだと思った。
夢の中でなら、触れることも許されるだろうと、猪頭に手をのばす。
「どうした?辛いのか?」
伊之助が自分に向かってのびてくる手を咄嗟に掴んだ。なまえが伊之助の手を弱々しく握り返す。
「伊之助様……夢の中でも、会えて嬉しい」
か細い声でそう呟いて、なまえは再び目を閉じ眠ってしまった。
「夢じゃねえのに…」
伊之助は猪頭の鼻をなまえの手に強く押し当てた。
半刻前のことだった。
伊之助はこっそりとなまえの屋敷の庭に降りた。抜き足差し足忍び足で廊下を進み、部屋の襖をそっと開けると、なまえが苦しそうな顔で寝ていた。
伊之助は、山で拾ってきたどんぐりと野花をなまえの枕元に置き、静かに腰を下ろした。
一度目を覚ましたなまえだったが、直ぐに眠ってしまったため、伊之助は弱々しく握られた手を優しく解いて、なまえの部屋を出ていった。
伊之助が帰った数時間後、なまえが目を覚ました。枕元を見ると、艶のあるどんぐりと少し萎れてしまった花が置いてあった。
伊之助が目の前にいたのは夢ではなかったのだと、なまえは気づいた。
なまえのお見舞いに行ってからすぐのこと。伊之助は炭治郎、善逸、そして音柱の宇髄天元と共にとある任務に向かった。
場所は花街。上弦の鬼がいると思われるその場所に散り散りになって潜入した伊之助達だったが、そこに居たのは上弦の陸・妓夫太郎、堕姫と呼ばれる鬼の兄妹だった。
遊郭に住まう遊女やその客、天元の片目片腕と、多くの犠牲を払った戦いだったが、2体の鬼の首を落とし、鬼殺隊側の勝利でその幕は閉じられた。
しかし、伊之助が目を覚ましたのは、それから2ヶ月後のことだった。