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(※夢主さん、蝶屋敷で働いています)
岩柱・悲鳴嶼行冥と共に街に出た実弥が目にしたのは、両手に荷物を抱えて歩くなまえの姿だった。
よろよろと歩く想い人の背中に、実弥は声をかけるべきか悩んでいた。
「荷物を持ってやる」と言えばいいだけの話しだが、なまえはきっと遠慮をして「大丈夫です」と断るだろう。
そんなときだった。片手に酒瓶を持った男がなまえの前から歩いてきた。そしてそのまま、どこか頼りない足取りのなまえにぶつかった。その瞬間、なまえの両手抱えられていた荷物は地面に落ち散らばった。男が手にしていた酒瓶も音を立てて割れ、中に入っていた酒らしき液体が地面に染み込んでいく。
慌てて荷物を拾うなまえに言いがかりをつけているのか。男は荷物を拾いもせず、顔を顰めてなまえに何かを訴えはじめた。しまいにはなまえの腕を掴み、無理矢理立ち上がらせて、どこかに連れていこうと引きずり出した。
隣で殺気立つ実弥に異変を感じた行冥は「不死川?」と声をかけたが、そのときにはもう、実弥の手はなまえに言い寄る男の肩を掴んでいた。
「嫌がってんだろがァ。離せや」
「風柱様!?」
突然現れた実弥になまえは目を丸くして驚いた。額に青筋を立てて男を睨む実弥に、男は怯んだ様子を見せた。
「なんだ、お前!」
「離せって言ったのが聞こえなかったのか?」
「っぐ……!?」
肩を掴む手に力が込められ、男の顔が痛みで歪んだ。同時になまえを掴んでいた手がぱっと離される。
「テメェ、わざとぶつかったよなァ?」
「そ、そんなわけねえだろ!こっちだってなあ、被害者なんだ!」
「アァ?」
男の言い分はこうだった。
落とした酒は珍しいもので、なかなか手に入らない。尚且つ高価なもので、弁償するにしても簡単にはいかないだろう。そして、もし弁償できないのであれば身体で払え、と。
それを聞いた実弥の額に青筋が増える。
「それでコイツを遊郭にでも売り飛ばそうってかァ?それともまさか、酒を口実に手籠めにしようだなんて思ってねえよなァ?」
「嫌がる女性を無理矢理、とは……嗚呼、なんということだ……」
「ひっ!?」
実弥に遅れてやってきた行冥を見て、男の口から悲鳴が漏れた。
そして男は気づいた。自身が全身傷だらけの男と、まるで巨人のように背の高い男に囲まれているということを。
それまで強気だった男の態度は豹変し、その顔は徐々に青ざめていく。
これ以上何かを言えば自分の身が危ないと思ったのか、男は何も言い残すことなく、疾風の如く走り去ってしまった。
「オイ!逃げてんじゃねえぞ!」
「不死川、その辺にしておけ」
今にも男を追いかけようとする実弥を行冥が引き止めた。実弥は納得がいかないのか小さく舌打ちをした。
「悲鳴嶼さん、あの野郎はコイツにわざとぶつかって--」
「か、風柱様も、岩柱様も、申し訳ありませんでした……!」
怒りの収まらない実弥とそれを宥める行冥になまえが深々と頭を下げた。
しかし、いつまで経っても頭を上げようとしないなまえに実弥と行冥は首を傾げた。
実はこのなまえも、実弥に恋慕をいだいており、不慮の事故とはいえ想い人に迷惑をかけてしまったのだと思うと、恥ずかしく、そして情けなく、実弥の顔をまともに見ることができなかったのである。
そんななまえを後目に、実弥はなまえが落とした荷物を拾い始めた。そこでようやくなまえは顔を上げ、実弥に声をかけた。
「おやめください、風柱様!全部私が拾いますから!」
「ひとりでこんなに持ったら、どうせまた落とすだろうがよ」
「で、でも……」
「そうだな……不死川の言葉に甘えなさい。胡蝶の屋敷に帰るところだったのだろう?ここで会ったのも何かの縁だ。送っていこう」
「岩柱様……」
「申し訳ありません」と再び頭を下げたなまえを連れて、実弥と行冥は蝶屋敷に向かった。
「なまえ、おかえりなさい……まあ、悲鳴嶼さんに、不死川さんまで……どうしたんですか?」
「街でみょうじを見かけたのだが、色々とあってな」
「色々……」と呟いたしのぶに、行冥は困ったような笑みを浮かべた。しのぶはそれを受けて、何かを察したのか「なるほど」と呟いた。
「そうですか。なまえを送っていただき、ありがとうございます」
「……オイ、胡蝶」
「なんですか?」
「あんまりコイツをひとりで歩かせんなァ」
「どうしてですか?」
「どうしてって……」
にこにこと笑みを浮かべながら問いかけるしのぶに対して、ひとりで歩かせたくない理由を言いたくないのか、実弥は心底嫌そうな表情を浮かべた。
「どうして、なまえをひとりで街に行かせてはいけないのですか?」
「それは……」
「不死川さん?」
「不死川……私も、どうしてみょうじをひとりにさせてはならないのか不思議に思うのだが……」
追い討ちをかけるように行冥も実弥に問いかけた。
しかし、本人を目の前にして、ひとりで歩かせたくない理由など、実弥には言えるはずがなかった。
そんな実弥のことなど露知らずになまえが口を開いた。
「あの……し、しのぶ様……」
「なんですか?」
「えっと……私がひとりで買い物に行くと、今日みたいにまた、風柱様たちにご迷惑をおかけしてしまうかもしれないからではないでしょうか……」
「迷惑?」
「柱の方々には、私のような者に割く時間などございませんでしょうし……」
しのぶは、どこか落ち込んだ様子でそう言ったなまえと、気まずそうになまえから視線を逸らしている実弥を交互に見ると、「それではこうしましょう」と嬉しそうに両手を合わせた。
「なまえが街に行くときは不死川さんにも来ていただく……これでどうでしょうか?」
「ハァ!?」
「しのぶ様!?」
驚きの声を上げる実弥となまえを余所にしのぶが続ける。
「なんでそうなんだァ!?」
「不死川さんが仰ったんですよ?なまえをひとりにするなと」
「そうだな。不死川が言い出したことだ。みょうじをひとりで出歩かせないためにもそのほうがいいだろう」
「悲鳴嶼さんまで……」
「しかし、不死川が不在のときはどうする?」
「そうですね……冨岡さんにでもお願いしましょうか」
「冨岡だァ!?あの野郎にこいつを任せるくらいなら俺が--」
「そうですよね!言い出しっぺは不死川さんですから、なまえにおつかいを頼むのは、不死川さんがいるときにしましょう」
「胡蝶、テメェ……」
「いうわけで、不死川さん。なまえのことをよろしくお願いします」
しのぶは満面の笑みを浮かべてそう言うと、なまえを連れて蝶屋敷の奥に消えていった。
「冗談キツイぜ、全くよォ……」
「決まったものは仕方がない。務めを果たすしかないな」
他人事のようにそう言って、「南無」と手を合わす行冥を実弥は小さく睨んだ。
「ふう……お腹いっぱい……」
「俺様はまだ食えるぜ!」
「お前は食いすぎだろ……腹壊しても知らないぞ?大丈夫なのか?」
その日、炭治郎、善逸、伊之助の3人は、鬼殺隊から与えられた給金を抱えて、甘味処に来ていた。
満腹の幸せを噛み締める炭治郎の隣で、伊之助は団子を頬張り、善逸はお腹を壊してしまわないかと心配そうに伊之助を見つめていた。
数分後、伊之助の腹も満たされると、3人は店を出て、街を歩きはじめた。
「さっきのお店、美味しかったな」
「うん。他のものも食べてみたいし、また来よう」
「しょうがねえ!親分だからな!また行ってやってもいいぞ!」
「俺も炭治郎もお前の子分じゃ……えっ……」
仲良さげに話しながら歩く3人だったが、何かを目にした善逸が突然足を止めた。
「善逸?」
「どうしたんだよ?早くしねえと置いてくぞ」
「ええ!?なんで!?あんなオッサンに、んぐっ!?」
「善逸、急に大声出すな!まわりの人の迷惑になるだろ!」
咄嗟に善逸の口を塞いだ炭治郎に、「お前の声もでけえだろうが」と伊之助がツッコミを入れた。
苦しそうもがく善逸に気づいた炭治郎が、「ごめん!」と手を離す。
彼らの目線の先にいたのは、並んで歩く実弥となまえだった。
「な、何なの?あれ……こっちが恥ずかしくなるような音させてさ……付き合ってるの?あのオッサン、恋人いんの?しかも相手はなまえちゃんって、嘘でしょ?」
「俺も、あんなに甘い匂いは初めて嗅いだ気がする。でも恋仲ではなさそうだぞ?」
「まあ、確かに……」
実弥となまえが発している、互いを想い合う匂いと音の中には、遠慮や躊躇いも入り交じっていた。
好き同士なのにどうして?
炭治郎と善逸の中にひとつの疑問が生まれる。
「後、つけてみるか……?」
「えっ、でも……」
「だって気になるじゃんか!」
「うーん……あまり気は乗らないけど……」
嘘のつけない炭治郎が「気にならないと言ったら嘘になる」と苦笑いをした。そんな炭治郎の言葉に善逸がにやりと笑う。
「よし、決まり。行くぞ!」
「あっ!ちょっと、善逸……もう、しょうがないなあ。伊之助、行こう!」
「……?……おう!」
伊之助はこの状況が理解していなかったが、どことなくわくわくした様子の炭治郎と善逸を見て面白そうだと思ったのか、2人について行くことにした。
微妙な距離を保ちながら歩く実弥となまえ。すれ違う人を避けようと距離が縮まり、2人の手が微かに触れ合った。かと思えば、互いに大袈裟なくらい身体をびくりと跳ねさせて、その距離も先程より少し遠くなってしまった。
「あ!手!手が今!ちょっと、触れた!あー!?繋げよ!そこまでいったら繋ぎなさいよ、手!」
「善逸、静かにしろ!バレるだろ!」
「だって、今の繋げたよね!?手!なんで!?」
触れ合ったにも関わらず手を繋ごうとしなかった2人を見て善逸が叫んだ。
「なんでってそんなの俺に聞かれても……」
「オイ」
「えっ……あっ!?」
「ひぃっ……!」
「ん?」
「お前ら……ここで何してんだァ?」
後をつけていたはずの実弥が、彼ら3人の真後ろにいた。3人の口から驚きの声や悲鳴が漏れる。
「え、えっと、そっ……あ、あの……」
「何してんだって聞いてんだ。言ってみろや」
血走った目で睨んでくる実弥に、善逸は恐怖から視線を彷徨わせ、言葉にならない声しか発することが出来なかった。
そんな善逸とは対照的に、炭治郎と伊之助は怯える様子もなく真っ直ぐ実弥を見据えていた。
「あの!」
「なんだァ?」
「隣の方は恋人ですか!?」
「炭治郎!?」
「お前ら、番なのか?」
「伊之助!?あっ……お、終わった……」
何の遠慮もなく恋仲なのかどうか確かめる炭治郎と伊之助の後ろで、善逸は「殺される」と呟きながら頭を抱えて蹲っていた。
炭治郎と伊之助の質問に、怒りからかカタカタと身体を震わせる実弥の隣で、なまえが焦った様子で口を開いた。
「ちょ、ちょっと!炭治郎くんも、伊之助くんも、失礼ですよ!?風柱様と私が恋仲のわけないでしょう!?」
「でも、なまえさん……」
「なまえ、顔真っ赤だぞ。具合悪ぃのか?」
「真っ赤!?違います!これは、その、ちょっと暑くて!ほら、今日とても天気がいいし!ね!?風柱様!?」
何故か同意を求められ実弥も咄嗟に「そうだなァ」と返事をする。
「天気がいいうちにさっさと済ますぞ。まだ用事は山ほどあるんだからなァ……行くぞ」
「は、はい!行きましょう!」
自分を置いて歩き出してしまった実弥の後を追うようになまえの足が動く。
炭治郎たち3人は、「じゃあまたね!」と逃げるように去っていったなまえのことを、ただ呆然と見つめることしかできなかった。
「すみません!おかわり……あら?」
恋柱・甘露寺蜜璃が、積み上げられた空の丼越しに見たのは、丁度店の中に足を踏み入れようとしている実弥となまえの姿だった。
そのまま店内に入り席に着いた2人は、何かを注文し、特に会話を交わすこともなく料理が運ばれてくるのを待っていた。
(あれって、不死川さんとなまえちゃんよね?2人でお出かけかしら?)
2人の仲を邪魔してはいけないと、蜜璃は必死に気配を殺した。しかし、そんなことをせずとも、蜜璃の姿は積み上げられた丼に遮られていたため、実弥となまえの目に彼女が写り込むことはなかったのである。
(どうして2人とも喋らないの?早くしないとお料理がきちゃうわよ!この時間、何も話さないなんて勿体ないわ!)
蜜璃の願いも虚しく、2人の間に流れる沈黙を破ったのはこの店の店員の「お待ちどおさま」の一声だった。
(お料理がきちゃったわ!食べはじめても無言!?まあたしかに、食べながら話すのはお行儀が悪いし……まさか、流石にこのままな何も喋らないままお店を出たりしないわよね?)
蜜璃の予感は的中した。実弥もなまえも無言のまま食べ進め、皿の中の料理がなくなるまで一言も喋らなかった。
なまえが食べ終えたタイミングで、先に皿が空になっていた実弥がようやく「帰るぞ」と声をかけた。
(結局何も喋らなかったわ!お店の外でもあんな感じなのかしら?ああ、もう!こうしちゃいられないわ!)
2人の様子に耐えかねた蜜璃がガタッと席を立った。そしてそのまま、ずんずんと実弥たちのほうに向かって歩いていく。
「不死川さん、なまえちゃん、こんにちは!」
「……甘露寺か」
「こ、恋柱様!」
「2人でお出かけなんていいわね!」
「素敵だわ!」と羨ましそうに蜜璃が2人を交互に見つめると、実弥はぱっと目を逸らし、なまえは少し顔を赤くして俯いてしまった。
「え?わ、私、何か変なことを言ってしまったかしら?」
「お出かけだァ?違ェよ。こいつをひとりにしとくと何があるかわかんねえからついてきただけだ」
(それって、俺が守ってやるってことかしら!?不死川さん、かっこいいわ!)
「私は何度もお断りをしたんですけど、しのぶ様も風柱様についてきてもらうようにと仰っておりまして……」
(お断りした!?どうして!?一緒にいられる、絶好の機会じゃない!なまえちゃんってば照れてるのかしら!?可愛いわ!)
未だ視線を交わらせようとしない2人の前で、蜜璃は微かに漂う恋の空気に心をときめかせていた。
2人のこの先の展開に思いを馳せ、爛々と瞳を輝かせる蜜璃だったが、実弥は蜜璃を一瞥すると、店の者に金を渡し足早に店を出て行ってしまった。
「あっ、風柱!お待ちください!恋柱様、失礼致します!」
「……え、ええ!またね!」
なまえは蜜璃に別れを言うと、先を行く実弥のあとを小走りで追いかけていった。
「あの2人、どうして恋仲じゃないのかしら?」
蜜璃は「まったくもう……」と頬を少し膨らませて、2人の背中を見送った。
店を出て蝶屋敷に帰る2人だったが、その足取りはどこかに重いものであった。
蝶屋敷に帰れば2人で過ごすこの時間も終わりを迎えてしまうからだ。
互いに何か声をかけるべきか迷っていたが、あれこれと言葉や話題を選んでいるうちに蝶屋敷に着いてしまった。
今日1日のお礼を言おうと口を開きかけたなまえだったが、実弥のほうが一足先に言葉を発していた。
「次はいつ街に行くんだァ?」
「え……?次は……」
「用事があるなら言え。一緒に行ってやらァ」
「ご、ご迷惑ではありませんか……?」
剣を振るう隊士でもない自分のために、鬼殺隊最高位の柱が時間を割いてくれたことを、なまえは心の底から申し訳なく思っていた。
眉毛を八の字に下げ、浮かない顔をするなまえに実弥は小さくため息をついた。
「迷惑なわけあるかよ。迷惑だったらここまで来てねえし、今日1日お前の隣を歩いたりしねえだろうがァ」
「風柱様……」
「わかったなら、次街に行くときもちゃんと俺に声をかけろ。じゃなねえと、この前みてえに変なやつに絡まれるかもしれねえぞォ」
「……はい」
照れ隠しからか少々ぶっきらぼうな実弥に、なまえは「ありがとうございます」と、その日一番の笑顔を見せた。
その笑顔に心臓をぎゅうっと掴まれたような感覚に陥った実弥は、このままでは心臓がもたない思ったのか、すぐさま身体の向きを変え、耳まで赤くしたまま蝶屋敷を去っていった。
そして、取り残されたなまえもまた、頬を桜色に染めて実弥の背中を見つめていたことなど、実弥は知る由もなかったのである。
- - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -
涼様からのリクエストで「不死川実弥で原作」、「両片思いに柱やかまぼこ隊がやきもきする話」でした。
また、「付き合って終わるか付き合わないで終わるかは、お任せします」とのことでしたので、今回は付き合わないで終わらせてみました。
かまぼこと実弥を絡ませるのであれば、時間軸は柱稽古あたりかなあと思いながら書きました。また、それだと柱稽古の段階では既に亡くなっている煉獄さんを登場させることができず、柱で煉獄さんだけ仲間はずれになってしまうような気がしたので、柱は全員ではなく数名だけ登場していただきました。私の勝手な解釈と気持ちで書いてしまったので、ご要望にお応えできていないようでしたら非常に申し訳ないです……。
管理人は実弥のことを、不器用だったり照れてしまったりするけれど、スイッチが入ったらグアッと押せ押せな感じになるのではないかと思っています。語彙力がゴミなので、こんな言い方しか出来ないことをどうかお許しください。今回の実弥は、好きな子の前では何も言えない男になってしまいましたが、夢主さんが「No」と言えないほど攻めて攻めて攻めまくる実弥も、いつか書ければなあと思います。
リクエストありがとうございました!
岩柱・悲鳴嶼行冥と共に街に出た実弥が目にしたのは、両手に荷物を抱えて歩くなまえの姿だった。
よろよろと歩く想い人の背中に、実弥は声をかけるべきか悩んでいた。
「荷物を持ってやる」と言えばいいだけの話しだが、なまえはきっと遠慮をして「大丈夫です」と断るだろう。
そんなときだった。片手に酒瓶を持った男がなまえの前から歩いてきた。そしてそのまま、どこか頼りない足取りのなまえにぶつかった。その瞬間、なまえの両手抱えられていた荷物は地面に落ち散らばった。男が手にしていた酒瓶も音を立てて割れ、中に入っていた酒らしき液体が地面に染み込んでいく。
慌てて荷物を拾うなまえに言いがかりをつけているのか。男は荷物を拾いもせず、顔を顰めてなまえに何かを訴えはじめた。しまいにはなまえの腕を掴み、無理矢理立ち上がらせて、どこかに連れていこうと引きずり出した。
隣で殺気立つ実弥に異変を感じた行冥は「不死川?」と声をかけたが、そのときにはもう、実弥の手はなまえに言い寄る男の肩を掴んでいた。
「嫌がってんだろがァ。離せや」
「風柱様!?」
突然現れた実弥になまえは目を丸くして驚いた。額に青筋を立てて男を睨む実弥に、男は怯んだ様子を見せた。
「なんだ、お前!」
「離せって言ったのが聞こえなかったのか?」
「っぐ……!?」
肩を掴む手に力が込められ、男の顔が痛みで歪んだ。同時になまえを掴んでいた手がぱっと離される。
「テメェ、わざとぶつかったよなァ?」
「そ、そんなわけねえだろ!こっちだってなあ、被害者なんだ!」
「アァ?」
男の言い分はこうだった。
落とした酒は珍しいもので、なかなか手に入らない。尚且つ高価なもので、弁償するにしても簡単にはいかないだろう。そして、もし弁償できないのであれば身体で払え、と。
それを聞いた実弥の額に青筋が増える。
「それでコイツを遊郭にでも売り飛ばそうってかァ?それともまさか、酒を口実に手籠めにしようだなんて思ってねえよなァ?」
「嫌がる女性を無理矢理、とは……嗚呼、なんということだ……」
「ひっ!?」
実弥に遅れてやってきた行冥を見て、男の口から悲鳴が漏れた。
そして男は気づいた。自身が全身傷だらけの男と、まるで巨人のように背の高い男に囲まれているということを。
それまで強気だった男の態度は豹変し、その顔は徐々に青ざめていく。
これ以上何かを言えば自分の身が危ないと思ったのか、男は何も言い残すことなく、疾風の如く走り去ってしまった。
「オイ!逃げてんじゃねえぞ!」
「不死川、その辺にしておけ」
今にも男を追いかけようとする実弥を行冥が引き止めた。実弥は納得がいかないのか小さく舌打ちをした。
「悲鳴嶼さん、あの野郎はコイツにわざとぶつかって--」
「か、風柱様も、岩柱様も、申し訳ありませんでした……!」
怒りの収まらない実弥とそれを宥める行冥になまえが深々と頭を下げた。
しかし、いつまで経っても頭を上げようとしないなまえに実弥と行冥は首を傾げた。
実はこのなまえも、実弥に恋慕をいだいており、不慮の事故とはいえ想い人に迷惑をかけてしまったのだと思うと、恥ずかしく、そして情けなく、実弥の顔をまともに見ることができなかったのである。
そんななまえを後目に、実弥はなまえが落とした荷物を拾い始めた。そこでようやくなまえは顔を上げ、実弥に声をかけた。
「おやめください、風柱様!全部私が拾いますから!」
「ひとりでこんなに持ったら、どうせまた落とすだろうがよ」
「で、でも……」
「そうだな……不死川の言葉に甘えなさい。胡蝶の屋敷に帰るところだったのだろう?ここで会ったのも何かの縁だ。送っていこう」
「岩柱様……」
「申し訳ありません」と再び頭を下げたなまえを連れて、実弥と行冥は蝶屋敷に向かった。
「なまえ、おかえりなさい……まあ、悲鳴嶼さんに、不死川さんまで……どうしたんですか?」
「街でみょうじを見かけたのだが、色々とあってな」
「色々……」と呟いたしのぶに、行冥は困ったような笑みを浮かべた。しのぶはそれを受けて、何かを察したのか「なるほど」と呟いた。
「そうですか。なまえを送っていただき、ありがとうございます」
「……オイ、胡蝶」
「なんですか?」
「あんまりコイツをひとりで歩かせんなァ」
「どうしてですか?」
「どうしてって……」
にこにこと笑みを浮かべながら問いかけるしのぶに対して、ひとりで歩かせたくない理由を言いたくないのか、実弥は心底嫌そうな表情を浮かべた。
「どうして、なまえをひとりで街に行かせてはいけないのですか?」
「それは……」
「不死川さん?」
「不死川……私も、どうしてみょうじをひとりにさせてはならないのか不思議に思うのだが……」
追い討ちをかけるように行冥も実弥に問いかけた。
しかし、本人を目の前にして、ひとりで歩かせたくない理由など、実弥には言えるはずがなかった。
そんな実弥のことなど露知らずになまえが口を開いた。
「あの……し、しのぶ様……」
「なんですか?」
「えっと……私がひとりで買い物に行くと、今日みたいにまた、風柱様たちにご迷惑をおかけしてしまうかもしれないからではないでしょうか……」
「迷惑?」
「柱の方々には、私のような者に割く時間などございませんでしょうし……」
しのぶは、どこか落ち込んだ様子でそう言ったなまえと、気まずそうになまえから視線を逸らしている実弥を交互に見ると、「それではこうしましょう」と嬉しそうに両手を合わせた。
「なまえが街に行くときは不死川さんにも来ていただく……これでどうでしょうか?」
「ハァ!?」
「しのぶ様!?」
驚きの声を上げる実弥となまえを余所にしのぶが続ける。
「なんでそうなんだァ!?」
「不死川さんが仰ったんですよ?なまえをひとりにするなと」
「そうだな。不死川が言い出したことだ。みょうじをひとりで出歩かせないためにもそのほうがいいだろう」
「悲鳴嶼さんまで……」
「しかし、不死川が不在のときはどうする?」
「そうですね……冨岡さんにでもお願いしましょうか」
「冨岡だァ!?あの野郎にこいつを任せるくらいなら俺が--」
「そうですよね!言い出しっぺは不死川さんですから、なまえにおつかいを頼むのは、不死川さんがいるときにしましょう」
「胡蝶、テメェ……」
「いうわけで、不死川さん。なまえのことをよろしくお願いします」
しのぶは満面の笑みを浮かべてそう言うと、なまえを連れて蝶屋敷の奥に消えていった。
「冗談キツイぜ、全くよォ……」
「決まったものは仕方がない。務めを果たすしかないな」
他人事のようにそう言って、「南無」と手を合わす行冥を実弥は小さく睨んだ。
「ふう……お腹いっぱい……」
「俺様はまだ食えるぜ!」
「お前は食いすぎだろ……腹壊しても知らないぞ?大丈夫なのか?」
その日、炭治郎、善逸、伊之助の3人は、鬼殺隊から与えられた給金を抱えて、甘味処に来ていた。
満腹の幸せを噛み締める炭治郎の隣で、伊之助は団子を頬張り、善逸はお腹を壊してしまわないかと心配そうに伊之助を見つめていた。
数分後、伊之助の腹も満たされると、3人は店を出て、街を歩きはじめた。
「さっきのお店、美味しかったな」
「うん。他のものも食べてみたいし、また来よう」
「しょうがねえ!親分だからな!また行ってやってもいいぞ!」
「俺も炭治郎もお前の子分じゃ……えっ……」
仲良さげに話しながら歩く3人だったが、何かを目にした善逸が突然足を止めた。
「善逸?」
「どうしたんだよ?早くしねえと置いてくぞ」
「ええ!?なんで!?あんなオッサンに、んぐっ!?」
「善逸、急に大声出すな!まわりの人の迷惑になるだろ!」
咄嗟に善逸の口を塞いだ炭治郎に、「お前の声もでけえだろうが」と伊之助がツッコミを入れた。
苦しそうもがく善逸に気づいた炭治郎が、「ごめん!」と手を離す。
彼らの目線の先にいたのは、並んで歩く実弥となまえだった。
「な、何なの?あれ……こっちが恥ずかしくなるような音させてさ……付き合ってるの?あのオッサン、恋人いんの?しかも相手はなまえちゃんって、嘘でしょ?」
「俺も、あんなに甘い匂いは初めて嗅いだ気がする。でも恋仲ではなさそうだぞ?」
「まあ、確かに……」
実弥となまえが発している、互いを想い合う匂いと音の中には、遠慮や躊躇いも入り交じっていた。
好き同士なのにどうして?
炭治郎と善逸の中にひとつの疑問が生まれる。
「後、つけてみるか……?」
「えっ、でも……」
「だって気になるじゃんか!」
「うーん……あまり気は乗らないけど……」
嘘のつけない炭治郎が「気にならないと言ったら嘘になる」と苦笑いをした。そんな炭治郎の言葉に善逸がにやりと笑う。
「よし、決まり。行くぞ!」
「あっ!ちょっと、善逸……もう、しょうがないなあ。伊之助、行こう!」
「……?……おう!」
伊之助はこの状況が理解していなかったが、どことなくわくわくした様子の炭治郎と善逸を見て面白そうだと思ったのか、2人について行くことにした。
微妙な距離を保ちながら歩く実弥となまえ。すれ違う人を避けようと距離が縮まり、2人の手が微かに触れ合った。かと思えば、互いに大袈裟なくらい身体をびくりと跳ねさせて、その距離も先程より少し遠くなってしまった。
「あ!手!手が今!ちょっと、触れた!あー!?繋げよ!そこまでいったら繋ぎなさいよ、手!」
「善逸、静かにしろ!バレるだろ!」
「だって、今の繋げたよね!?手!なんで!?」
触れ合ったにも関わらず手を繋ごうとしなかった2人を見て善逸が叫んだ。
「なんでってそんなの俺に聞かれても……」
「オイ」
「えっ……あっ!?」
「ひぃっ……!」
「ん?」
「お前ら……ここで何してんだァ?」
後をつけていたはずの実弥が、彼ら3人の真後ろにいた。3人の口から驚きの声や悲鳴が漏れる。
「え、えっと、そっ……あ、あの……」
「何してんだって聞いてんだ。言ってみろや」
血走った目で睨んでくる実弥に、善逸は恐怖から視線を彷徨わせ、言葉にならない声しか発することが出来なかった。
そんな善逸とは対照的に、炭治郎と伊之助は怯える様子もなく真っ直ぐ実弥を見据えていた。
「あの!」
「なんだァ?」
「隣の方は恋人ですか!?」
「炭治郎!?」
「お前ら、番なのか?」
「伊之助!?あっ……お、終わった……」
何の遠慮もなく恋仲なのかどうか確かめる炭治郎と伊之助の後ろで、善逸は「殺される」と呟きながら頭を抱えて蹲っていた。
炭治郎と伊之助の質問に、怒りからかカタカタと身体を震わせる実弥の隣で、なまえが焦った様子で口を開いた。
「ちょ、ちょっと!炭治郎くんも、伊之助くんも、失礼ですよ!?風柱様と私が恋仲のわけないでしょう!?」
「でも、なまえさん……」
「なまえ、顔真っ赤だぞ。具合悪ぃのか?」
「真っ赤!?違います!これは、その、ちょっと暑くて!ほら、今日とても天気がいいし!ね!?風柱様!?」
何故か同意を求められ実弥も咄嗟に「そうだなァ」と返事をする。
「天気がいいうちにさっさと済ますぞ。まだ用事は山ほどあるんだからなァ……行くぞ」
「は、はい!行きましょう!」
自分を置いて歩き出してしまった実弥の後を追うようになまえの足が動く。
炭治郎たち3人は、「じゃあまたね!」と逃げるように去っていったなまえのことを、ただ呆然と見つめることしかできなかった。
「すみません!おかわり……あら?」
恋柱・甘露寺蜜璃が、積み上げられた空の丼越しに見たのは、丁度店の中に足を踏み入れようとしている実弥となまえの姿だった。
そのまま店内に入り席に着いた2人は、何かを注文し、特に会話を交わすこともなく料理が運ばれてくるのを待っていた。
(あれって、不死川さんとなまえちゃんよね?2人でお出かけかしら?)
2人の仲を邪魔してはいけないと、蜜璃は必死に気配を殺した。しかし、そんなことをせずとも、蜜璃の姿は積み上げられた丼に遮られていたため、実弥となまえの目に彼女が写り込むことはなかったのである。
(どうして2人とも喋らないの?早くしないとお料理がきちゃうわよ!この時間、何も話さないなんて勿体ないわ!)
蜜璃の願いも虚しく、2人の間に流れる沈黙を破ったのはこの店の店員の「お待ちどおさま」の一声だった。
(お料理がきちゃったわ!食べはじめても無言!?まあたしかに、食べながら話すのはお行儀が悪いし……まさか、流石にこのままな何も喋らないままお店を出たりしないわよね?)
蜜璃の予感は的中した。実弥もなまえも無言のまま食べ進め、皿の中の料理がなくなるまで一言も喋らなかった。
なまえが食べ終えたタイミングで、先に皿が空になっていた実弥がようやく「帰るぞ」と声をかけた。
(結局何も喋らなかったわ!お店の外でもあんな感じなのかしら?ああ、もう!こうしちゃいられないわ!)
2人の様子に耐えかねた蜜璃がガタッと席を立った。そしてそのまま、ずんずんと実弥たちのほうに向かって歩いていく。
「不死川さん、なまえちゃん、こんにちは!」
「……甘露寺か」
「こ、恋柱様!」
「2人でお出かけなんていいわね!」
「素敵だわ!」と羨ましそうに蜜璃が2人を交互に見つめると、実弥はぱっと目を逸らし、なまえは少し顔を赤くして俯いてしまった。
「え?わ、私、何か変なことを言ってしまったかしら?」
「お出かけだァ?違ェよ。こいつをひとりにしとくと何があるかわかんねえからついてきただけだ」
(それって、俺が守ってやるってことかしら!?不死川さん、かっこいいわ!)
「私は何度もお断りをしたんですけど、しのぶ様も風柱様についてきてもらうようにと仰っておりまして……」
(お断りした!?どうして!?一緒にいられる、絶好の機会じゃない!なまえちゃんってば照れてるのかしら!?可愛いわ!)
未だ視線を交わらせようとしない2人の前で、蜜璃は微かに漂う恋の空気に心をときめかせていた。
2人のこの先の展開に思いを馳せ、爛々と瞳を輝かせる蜜璃だったが、実弥は蜜璃を一瞥すると、店の者に金を渡し足早に店を出て行ってしまった。
「あっ、風柱!お待ちください!恋柱様、失礼致します!」
「……え、ええ!またね!」
なまえは蜜璃に別れを言うと、先を行く実弥のあとを小走りで追いかけていった。
「あの2人、どうして恋仲じゃないのかしら?」
蜜璃は「まったくもう……」と頬を少し膨らませて、2人の背中を見送った。
店を出て蝶屋敷に帰る2人だったが、その足取りはどこかに重いものであった。
蝶屋敷に帰れば2人で過ごすこの時間も終わりを迎えてしまうからだ。
互いに何か声をかけるべきか迷っていたが、あれこれと言葉や話題を選んでいるうちに蝶屋敷に着いてしまった。
今日1日のお礼を言おうと口を開きかけたなまえだったが、実弥のほうが一足先に言葉を発していた。
「次はいつ街に行くんだァ?」
「え……?次は……」
「用事があるなら言え。一緒に行ってやらァ」
「ご、ご迷惑ではありませんか……?」
剣を振るう隊士でもない自分のために、鬼殺隊最高位の柱が時間を割いてくれたことを、なまえは心の底から申し訳なく思っていた。
眉毛を八の字に下げ、浮かない顔をするなまえに実弥は小さくため息をついた。
「迷惑なわけあるかよ。迷惑だったらここまで来てねえし、今日1日お前の隣を歩いたりしねえだろうがァ」
「風柱様……」
「わかったなら、次街に行くときもちゃんと俺に声をかけろ。じゃなねえと、この前みてえに変なやつに絡まれるかもしれねえぞォ」
「……はい」
照れ隠しからか少々ぶっきらぼうな実弥に、なまえは「ありがとうございます」と、その日一番の笑顔を見せた。
その笑顔に心臓をぎゅうっと掴まれたような感覚に陥った実弥は、このままでは心臓がもたない思ったのか、すぐさま身体の向きを変え、耳まで赤くしたまま蝶屋敷を去っていった。
そして、取り残されたなまえもまた、頬を桜色に染めて実弥の背中を見つめていたことなど、実弥は知る由もなかったのである。
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涼様からのリクエストで「不死川実弥で原作」、「両片思いに柱やかまぼこ隊がやきもきする話」でした。
また、「付き合って終わるか付き合わないで終わるかは、お任せします」とのことでしたので、今回は付き合わないで終わらせてみました。
かまぼこと実弥を絡ませるのであれば、時間軸は柱稽古あたりかなあと思いながら書きました。また、それだと柱稽古の段階では既に亡くなっている煉獄さんを登場させることができず、柱で煉獄さんだけ仲間はずれになってしまうような気がしたので、柱は全員ではなく数名だけ登場していただきました。私の勝手な解釈と気持ちで書いてしまったので、ご要望にお応えできていないようでしたら非常に申し訳ないです……。
管理人は実弥のことを、不器用だったり照れてしまったりするけれど、スイッチが入ったらグアッと押せ押せな感じになるのではないかと思っています。語彙力がゴミなので、こんな言い方しか出来ないことをどうかお許しください。今回の実弥は、好きな子の前では何も言えない男になってしまいましたが、夢主さんが「No」と言えないほど攻めて攻めて攻めまくる実弥も、いつか書ければなあと思います。
リクエストありがとうございました!