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(※恋人同士かつ社会人設定。悲鳴嶼さんは夢主さんの先輩です)
最近の行冥さんは変だ。避けられるような気がする。
最近、と言うより初めて身体を重ねた日からと言ったほうがいいかもしれない。実際そうだし。
今朝だって挨拶しようと近づいたら足早にどこかに姿を消してしまったし、今まさにデスク越しに目を逸らされた。
もしかするとあの夜、何か変なことをしてしまったのだろうか。避けられるような要因をつくってしまったのだろうか。
声?表情?仕草?
それとも、私が初めてだったから?
初めてで余裕がなくて、行冥さんもちゃんと気持ちよくなってくれてるかなんて考えられなかったから?
気を失って、気づいたら朝になっていたから?
心当たりが多すぎて、叶うことならあの夜をやり直したい。やっと想いを通じあって、行冥さんと付き合うことができたのに。あの夜のことを何もかもやり直したい。
「はあ……」
「おい……おい、聞こえてんのか?」
「あっ……嘴平くん」
顔を上げると同期の嘴平くんがいた。態度は悪いし敬語もろくに使えないけど、地頭がいいのか仕事の効率がめちゃくちゃいい。それに、困っていると何も言わずに手を貸してくれる。
「具合悪ぃのか?」
「ううん、大丈夫」
「じゃあなんなんだよ。さっきから、はあって苦しそうにして」
「ごめん……ちょっと……」
「あ?ハッキリ言えよ」
「女の子にはいろいろあるのよ、いろいろ」
嘴平くんは綺麗な顔を少し歪めて「はあ?」と呆れたような声を出した。
「まあ、言いたくなきゃべつにいいけどよ……ほら、これ。この前言ってたやつ、持ってきたぞ」
そう言って手渡されたのは私が見せてほしいと頼んだ資料の束だった。
そうだ。今は仕事中だ。恋人を見つめる時間でも、恋人のことを考える時間でもない。仕事だ、仕事。
心の中でそう言い聞かせて、嘴平くんから資料を受け取った。
悩みを消すように仕事に没頭していたら、時計の針はとっくに定時を過ぎていた。主のいなくなったデスクもあるし、私みたいにまだ主が居座っているデスクもある。
私もさっさと帰ろう。帰ってご飯を食べて、お風呂に入って早く寝よう。
荷物をまとめて立ち上がった瞬間、悩み事の原因であるその人も、私と同じタイミングで同じ行動をとった。
「あっ……」
「……みょうじも帰るのか?」
「は、はい……」
デスク越しに声をかけられる。
あの夜は「なまえ」と名前で呼んでくれたのに。職場だから、流石に名前で呼ぶわけにもいかないだろうけど。
「今日はもう、帰ります……」
「そうか、お疲れ様」
久しぶりにまともに目が合って、向こうから話しかけてくれたから、駅まで一緒に帰ろうとか、夜ごはんでもどうだとか、そういうの期待してたのに。
「……お疲れ様です」
世界で1番暗いんじゃないかってくらいのトーンの声で「お疲れ様」を言って、私は会社を後にした。
駅に向かう道を歩いていると、見慣れた後ろ姿が目に入った。
「嘴平くん!」
駆け寄って名前を呼ぶ。こちらに振り向いた嘴平くんが足を止めた。「駅まで一緒に行こう」と隣に並ぶと、嘴平くんは「おう」と返事をして歩き出した。
「昼間渡したやつ、ちゃんと読んだのか?」
「うん、読んだよ。ありがとう。すごく助かった」
人と話すと気が紛れる。仕事の話、少しふざけた話、嘴平くんのおばあちゃんの話をしながら、2人で駅まで歩いた。
家に帰って誰もいない部屋の電気をつける。ご飯を食べてひと息つこうとテレビをつけてみたけれど、画面の中の芸能人の声なんて頭の中に入ってこなかった。早めにお風呂を済ませて、ベッドに身を沈める。
うとうとしてたら携帯の着信音が部屋に鳴り響いた。
携帯の画面には「悲鳴嶼行冥」の5文字が並んでいて、私の身体に心臓がぎゅうっと握りつぶされたような感覚が走った。
どうしよう。もし、電話に出て、「別れよう」って言われたら。電話越しで別れを告げられるなんて辛すぎる。せめて目を見て言ってほしい。
でも、電話の内容が別れ話じゃなかったら?私のことを避けている理由を話してくれるものだったら?
ぐるぐると頭を悩ませていたら、着信音がぷつりと切れた。
音の無くなった部屋に、自分のため息が木霊する。
電話をかけ直す気にもなれなくて、携帯が視界に入らないように布団を頭まで被って眠りについた。
翌日、昨日の電話のことを何か言われるかと思っていたけど、何事もなく時間が進んでいった。
定時はもう過ぎていたけど、気を紛らわすように嘴平くんから受け取った資料とパソコンと交互ににらめっこする。
30分、1時間と時間が進むにつれてオフィスから人が減っていった。気づけば私が最後の一人だった。
作業の目処も着いたし、そろそろ帰らないと。
そう思ってパソコンの電源を切ると、ドアの開く音がした。私以外にもまだ残っている人がいたのかと、ドアの方に目をやって後悔した。
「まだ帰ってなかったのか」
「ぎょ……悲鳴嶼さん……もう帰ろうとしてたところです」
2人きりだなんて、気まずいの極みだ。こんなことなら早く帰ればよかった。
「お疲れ様」
「悲鳴嶼さんも、お疲れ様です……」
「みょうじ、帰る前に少しだけいいか?」
「は、はい、大丈夫です」
行冥さんは「ありがとう」と言うと、私の隣のデスクに腰を下ろした。
こんなに距離が近いのは久しぶりだ。変に緊張してしまって、どこを見ていいかもわからない。
でも、言いたいことも聞きたいこともたくさんある。このチャンスを逃すわけにいかない。
「昨日は--」
「で、電話……あっ……」
話を遮ってしまった。折角、行冥さんが私に何か言おうとしていたのに。
「……電話が何だ?」
「あ、あの……昨日、出られなくて……すみませんでした」
「かまわない」
かまわないってことは、そんな大事な話ではなかったということだろうか。思えば着信音が鳴ったのは1回きりで、あのあと再び電話がかかってくることもなかった。
「本当に、ごめんなさい」
「いや、私のほうこそ夜分遅くにすまなかった」
「……」
「みょうじは……」
「はい……」
「嘴平と仲がいいのか?」
「えっ……まあ、同期ですし、何かと助けてくれるので……」
「助けてくれる、とは?」
「えっと……どうしたらいいかって悩んでたら一緒に考えてくれたり、資料とか使えそうなものをもってきてくれたり……」
「他には?」
「他……?この前、『道で拾った』って言って、どんぐりをくれました。まさか成人男性からどんぐりをもらうなんて思ってなかったです……でも、なんかだか子どもみたいで可愛いなあって……」
「そうか……」
いや、なんでさっきから嘴平くんの話ばかりしているんだ?私とは盛り上がるような話題すらないってことなのか?
「やはり、仲がいいんだな。昨日も一緒に帰っていようだし」
「あれは、たまたま前を歩いているのを見かけたので……え?」
どうして私が嘴平くんと一緒に帰ったことを知っているんだろう。
「悲鳴嶼さん、なんで--」
「別れたいと思っているのなら、はっきり言ってくれ」
「な、なんですか、それ……」
「言葉の通りだ」
「わ、別れたいと思ってるのは、悲鳴嶼さんのほうじゃないんですか?」
私はなんてことを口にしてしまったのだろう。
もし「そうだ」と言われたら半年、いや、年単位で立ち直るまでに時間がかかりそうだ。
行冥さんは一瞬驚いた顔をしたけど、またすぐにいつもの、困ったように眉毛を下げた表情に戻った。
「私はそんなことこれぽっちも思っていない」
「なら、どうして私のこと避けるんですか?どうして一緒帰ってくれないんですか?お昼ご飯も、夜ご飯だって……一緒に……」
ずっと思っていたことを吐き出したら、涙が出てきた。
会社で泣くなんて、しかも泣いている理由が仕事のことじゃないとか。恥ずかしいを通り越して情けなく思う。
行冥さんは泣き出した私に黙ってハンカチを差し出した。
猫の刺繍が入った、男の人が持つには少し抵抗がありそうな可愛らしいハンカチだ。しかも、私が行冥さんにあげたハンカチ。
私がハンカチを受け取らないでいると、ハンカチが私の頬に触れ、目から零れた水分を吸った。
「私、何かしましたか?嫌われるようなことしちゃいましたか?」
「そんなことはない。本当は昨日、駅に向かう君を追いかけて一緒に帰るつもりだった。でも君は、嘴平と仲良さそうに歩いていた」
「そんな……だったら、どうして……あの日からまともに目も合わせてくれないし、話しかけても素っ気ないじゃないですか」
「あの日……」
あの日と言って伝わるのだろうか。あの夜と言ったほうがわかりやすかったかもしれない。初めて身体を重ねたあの夜、と。
「それは……」
「どうしてですか?」
「君のことを壊してしまうと思った。君があまりにも小さくて、か弱くて……私のような男が触れていいものではなかったのだと後悔した。それに本当は怖かったんじゃないか?」
たしかに、物理的に壊れそうにはなりましたけども。
だけど、怖いことなんて何もなかった。最初から最後まで、まるで細い飴細工を扱うように、優しく触れてくれた。
「君はずっと泣いていた。泣くほど怖かったのだろう?」
「ち、ちがいます!嬉しくて、幸せで泣いていただけです!」
ここがまだ会社の中だということも忘れて叫ぶように訴えた。
「本当に嫌だったら例え真夜中だったとしても行冥さんの家から飛び出してます!行冥さんと顔も合わせたくないって言って、仕事も休んでるはずです!」
「……みょうじ」
「それに、その、みょうじって呼ぶのやめてください!2人きりなんだから、名前で……なまえって呼んで……」
涙がさっきよりも勢いを増して流れていく。今の私はきっと、スーパーとかショッピングモールとかで、人目もはばからずに泣く子どもみたいだろう。
「私、初めてだったから……何か変なことしちゃったんじゃないかとか、声とか表情とかも、変だったのかなとか、ずっと、いろいろ考えてたんです」
「変……?声も表情も、仕草も、全部可愛かった。私は、その可愛さにあてられて、我慢できなかった自分が情けないとさえ思っていた。目が合っても逸らしてしまったのは、その、いろいろ思い出してしまうから……」
「が、我慢とか、そういうのいらないです!私はもっと行冥さんと、えっ……うぐっ……」
突然腕を引かれ、きつく抱きしめられて、変な呻き声が漏れた。
しかも、自分の椅子じゃなくて、行冥さんの膝の上に座らされている。私が座っていたキャスター付きの椅子が、何かにぶつかる音がした。
折れる。これ以上力を込められたら、骨が折れてしまう。背中あたりから骨がバキバキって感じで、折れてしまう。
「わかった。もう我慢しない」
「ん……せ、せめて力加減は、ぅ……んむ……」
少し腕の力が緩んだ思えば、ちゅう、と口づけられた。
いや、ちゅう、なんて可愛いものじゃない。
ばくり。
そんな擬音語が似合う。
行冥さんは身体に比例して口も大きいから、このまま食べられてしまうんじゃないかとさえ思ってしまう。
大きな手で後頭部を押さえられて、離れることなんてできやしない。このままじゃ窒息死してしまう。こんな死に方、ある意味本望かもしれないけれども。苦しいと口で言うかわりに、行冥さんのYシャツをぎゅっと掴むと漸く唇が離れた。
「っはあ……ふぅ……」
「なまえ」
「は、はひぃ……」
「ずっと我慢していた。あの夜、君が気を失ってしまったとき、恐怖を感じた。自制心が働かなかったばかりに、君を殺してしまったんじゃないかと思った」
今まさに死にそうな思いをしました。
でもきっと、世界一幸せな死に方でしょう。
「本当はこうして抱きしめたかった。抱きしめてキスをして、私のものなのだと……やっとそれが叶った。これからは私なりのやり方で、君のことを愛していくと誓おう」
「私なりって……そ、それは……」
身がもたないかもしれません。
そう呟こうとしたしたけれど、またばくりと食べられて、その言葉は行冥さんの口の中に消えていってしまった。
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みあ様からのリクエストでお相手悲鳴嶼さん、現パロかつすれ違いの切甘でした。
読み返すとこれ、体格差カップルでよくあるネタですな…n番煎じというやつですね…でも悲鳴嶼さんの場合は、いろいろと規格外の体格差ではないかと…!
今まで散々悲鳴嶼さんのお話を書いてきたのに、小説として現パロ書くのはなんと初めてです!めちゃくちゃ新鮮だったし、サラリーマン悲鳴嶼行冥を想像してにまにまと笑いながら書いてました。
夢主さんと伊之助、そして悲鳴嶼さんがまだ出会ったばかりのころのお話も、とても短いですが書いてみましたので、良ければそちらもどうぞ。
リクエスト、ありがとうございました!
最近の行冥さんは変だ。避けられるような気がする。
最近、と言うより初めて身体を重ねた日からと言ったほうがいいかもしれない。実際そうだし。
今朝だって挨拶しようと近づいたら足早にどこかに姿を消してしまったし、今まさにデスク越しに目を逸らされた。
もしかするとあの夜、何か変なことをしてしまったのだろうか。避けられるような要因をつくってしまったのだろうか。
声?表情?仕草?
それとも、私が初めてだったから?
初めてで余裕がなくて、行冥さんもちゃんと気持ちよくなってくれてるかなんて考えられなかったから?
気を失って、気づいたら朝になっていたから?
心当たりが多すぎて、叶うことならあの夜をやり直したい。やっと想いを通じあって、行冥さんと付き合うことができたのに。あの夜のことを何もかもやり直したい。
「はあ……」
「おい……おい、聞こえてんのか?」
「あっ……嘴平くん」
顔を上げると同期の嘴平くんがいた。態度は悪いし敬語もろくに使えないけど、地頭がいいのか仕事の効率がめちゃくちゃいい。それに、困っていると何も言わずに手を貸してくれる。
「具合悪ぃのか?」
「ううん、大丈夫」
「じゃあなんなんだよ。さっきから、はあって苦しそうにして」
「ごめん……ちょっと……」
「あ?ハッキリ言えよ」
「女の子にはいろいろあるのよ、いろいろ」
嘴平くんは綺麗な顔を少し歪めて「はあ?」と呆れたような声を出した。
「まあ、言いたくなきゃべつにいいけどよ……ほら、これ。この前言ってたやつ、持ってきたぞ」
そう言って手渡されたのは私が見せてほしいと頼んだ資料の束だった。
そうだ。今は仕事中だ。恋人を見つめる時間でも、恋人のことを考える時間でもない。仕事だ、仕事。
心の中でそう言い聞かせて、嘴平くんから資料を受け取った。
悩みを消すように仕事に没頭していたら、時計の針はとっくに定時を過ぎていた。主のいなくなったデスクもあるし、私みたいにまだ主が居座っているデスクもある。
私もさっさと帰ろう。帰ってご飯を食べて、お風呂に入って早く寝よう。
荷物をまとめて立ち上がった瞬間、悩み事の原因であるその人も、私と同じタイミングで同じ行動をとった。
「あっ……」
「……みょうじも帰るのか?」
「は、はい……」
デスク越しに声をかけられる。
あの夜は「なまえ」と名前で呼んでくれたのに。職場だから、流石に名前で呼ぶわけにもいかないだろうけど。
「今日はもう、帰ります……」
「そうか、お疲れ様」
久しぶりにまともに目が合って、向こうから話しかけてくれたから、駅まで一緒に帰ろうとか、夜ごはんでもどうだとか、そういうの期待してたのに。
「……お疲れ様です」
世界で1番暗いんじゃないかってくらいのトーンの声で「お疲れ様」を言って、私は会社を後にした。
駅に向かう道を歩いていると、見慣れた後ろ姿が目に入った。
「嘴平くん!」
駆け寄って名前を呼ぶ。こちらに振り向いた嘴平くんが足を止めた。「駅まで一緒に行こう」と隣に並ぶと、嘴平くんは「おう」と返事をして歩き出した。
「昼間渡したやつ、ちゃんと読んだのか?」
「うん、読んだよ。ありがとう。すごく助かった」
人と話すと気が紛れる。仕事の話、少しふざけた話、嘴平くんのおばあちゃんの話をしながら、2人で駅まで歩いた。
家に帰って誰もいない部屋の電気をつける。ご飯を食べてひと息つこうとテレビをつけてみたけれど、画面の中の芸能人の声なんて頭の中に入ってこなかった。早めにお風呂を済ませて、ベッドに身を沈める。
うとうとしてたら携帯の着信音が部屋に鳴り響いた。
携帯の画面には「悲鳴嶼行冥」の5文字が並んでいて、私の身体に心臓がぎゅうっと握りつぶされたような感覚が走った。
どうしよう。もし、電話に出て、「別れよう」って言われたら。電話越しで別れを告げられるなんて辛すぎる。せめて目を見て言ってほしい。
でも、電話の内容が別れ話じゃなかったら?私のことを避けている理由を話してくれるものだったら?
ぐるぐると頭を悩ませていたら、着信音がぷつりと切れた。
音の無くなった部屋に、自分のため息が木霊する。
電話をかけ直す気にもなれなくて、携帯が視界に入らないように布団を頭まで被って眠りについた。
翌日、昨日の電話のことを何か言われるかと思っていたけど、何事もなく時間が進んでいった。
定時はもう過ぎていたけど、気を紛らわすように嘴平くんから受け取った資料とパソコンと交互ににらめっこする。
30分、1時間と時間が進むにつれてオフィスから人が減っていった。気づけば私が最後の一人だった。
作業の目処も着いたし、そろそろ帰らないと。
そう思ってパソコンの電源を切ると、ドアの開く音がした。私以外にもまだ残っている人がいたのかと、ドアの方に目をやって後悔した。
「まだ帰ってなかったのか」
「ぎょ……悲鳴嶼さん……もう帰ろうとしてたところです」
2人きりだなんて、気まずいの極みだ。こんなことなら早く帰ればよかった。
「お疲れ様」
「悲鳴嶼さんも、お疲れ様です……」
「みょうじ、帰る前に少しだけいいか?」
「は、はい、大丈夫です」
行冥さんは「ありがとう」と言うと、私の隣のデスクに腰を下ろした。
こんなに距離が近いのは久しぶりだ。変に緊張してしまって、どこを見ていいかもわからない。
でも、言いたいことも聞きたいこともたくさんある。このチャンスを逃すわけにいかない。
「昨日は--」
「で、電話……あっ……」
話を遮ってしまった。折角、行冥さんが私に何か言おうとしていたのに。
「……電話が何だ?」
「あ、あの……昨日、出られなくて……すみませんでした」
「かまわない」
かまわないってことは、そんな大事な話ではなかったということだろうか。思えば着信音が鳴ったのは1回きりで、あのあと再び電話がかかってくることもなかった。
「本当に、ごめんなさい」
「いや、私のほうこそ夜分遅くにすまなかった」
「……」
「みょうじは……」
「はい……」
「嘴平と仲がいいのか?」
「えっ……まあ、同期ですし、何かと助けてくれるので……」
「助けてくれる、とは?」
「えっと……どうしたらいいかって悩んでたら一緒に考えてくれたり、資料とか使えそうなものをもってきてくれたり……」
「他には?」
「他……?この前、『道で拾った』って言って、どんぐりをくれました。まさか成人男性からどんぐりをもらうなんて思ってなかったです……でも、なんかだか子どもみたいで可愛いなあって……」
「そうか……」
いや、なんでさっきから嘴平くんの話ばかりしているんだ?私とは盛り上がるような話題すらないってことなのか?
「やはり、仲がいいんだな。昨日も一緒に帰っていようだし」
「あれは、たまたま前を歩いているのを見かけたので……え?」
どうして私が嘴平くんと一緒に帰ったことを知っているんだろう。
「悲鳴嶼さん、なんで--」
「別れたいと思っているのなら、はっきり言ってくれ」
「な、なんですか、それ……」
「言葉の通りだ」
「わ、別れたいと思ってるのは、悲鳴嶼さんのほうじゃないんですか?」
私はなんてことを口にしてしまったのだろう。
もし「そうだ」と言われたら半年、いや、年単位で立ち直るまでに時間がかかりそうだ。
行冥さんは一瞬驚いた顔をしたけど、またすぐにいつもの、困ったように眉毛を下げた表情に戻った。
「私はそんなことこれぽっちも思っていない」
「なら、どうして私のこと避けるんですか?どうして一緒帰ってくれないんですか?お昼ご飯も、夜ご飯だって……一緒に……」
ずっと思っていたことを吐き出したら、涙が出てきた。
会社で泣くなんて、しかも泣いている理由が仕事のことじゃないとか。恥ずかしいを通り越して情けなく思う。
行冥さんは泣き出した私に黙ってハンカチを差し出した。
猫の刺繍が入った、男の人が持つには少し抵抗がありそうな可愛らしいハンカチだ。しかも、私が行冥さんにあげたハンカチ。
私がハンカチを受け取らないでいると、ハンカチが私の頬に触れ、目から零れた水分を吸った。
「私、何かしましたか?嫌われるようなことしちゃいましたか?」
「そんなことはない。本当は昨日、駅に向かう君を追いかけて一緒に帰るつもりだった。でも君は、嘴平と仲良さそうに歩いていた」
「そんな……だったら、どうして……あの日からまともに目も合わせてくれないし、話しかけても素っ気ないじゃないですか」
「あの日……」
あの日と言って伝わるのだろうか。あの夜と言ったほうがわかりやすかったかもしれない。初めて身体を重ねたあの夜、と。
「それは……」
「どうしてですか?」
「君のことを壊してしまうと思った。君があまりにも小さくて、か弱くて……私のような男が触れていいものではなかったのだと後悔した。それに本当は怖かったんじゃないか?」
たしかに、物理的に壊れそうにはなりましたけども。
だけど、怖いことなんて何もなかった。最初から最後まで、まるで細い飴細工を扱うように、優しく触れてくれた。
「君はずっと泣いていた。泣くほど怖かったのだろう?」
「ち、ちがいます!嬉しくて、幸せで泣いていただけです!」
ここがまだ会社の中だということも忘れて叫ぶように訴えた。
「本当に嫌だったら例え真夜中だったとしても行冥さんの家から飛び出してます!行冥さんと顔も合わせたくないって言って、仕事も休んでるはずです!」
「……みょうじ」
「それに、その、みょうじって呼ぶのやめてください!2人きりなんだから、名前で……なまえって呼んで……」
涙がさっきよりも勢いを増して流れていく。今の私はきっと、スーパーとかショッピングモールとかで、人目もはばからずに泣く子どもみたいだろう。
「私、初めてだったから……何か変なことしちゃったんじゃないかとか、声とか表情とかも、変だったのかなとか、ずっと、いろいろ考えてたんです」
「変……?声も表情も、仕草も、全部可愛かった。私は、その可愛さにあてられて、我慢できなかった自分が情けないとさえ思っていた。目が合っても逸らしてしまったのは、その、いろいろ思い出してしまうから……」
「が、我慢とか、そういうのいらないです!私はもっと行冥さんと、えっ……うぐっ……」
突然腕を引かれ、きつく抱きしめられて、変な呻き声が漏れた。
しかも、自分の椅子じゃなくて、行冥さんの膝の上に座らされている。私が座っていたキャスター付きの椅子が、何かにぶつかる音がした。
折れる。これ以上力を込められたら、骨が折れてしまう。背中あたりから骨がバキバキって感じで、折れてしまう。
「わかった。もう我慢しない」
「ん……せ、せめて力加減は、ぅ……んむ……」
少し腕の力が緩んだ思えば、ちゅう、と口づけられた。
いや、ちゅう、なんて可愛いものじゃない。
ばくり。
そんな擬音語が似合う。
行冥さんは身体に比例して口も大きいから、このまま食べられてしまうんじゃないかとさえ思ってしまう。
大きな手で後頭部を押さえられて、離れることなんてできやしない。このままじゃ窒息死してしまう。こんな死に方、ある意味本望かもしれないけれども。苦しいと口で言うかわりに、行冥さんのYシャツをぎゅっと掴むと漸く唇が離れた。
「っはあ……ふぅ……」
「なまえ」
「は、はひぃ……」
「ずっと我慢していた。あの夜、君が気を失ってしまったとき、恐怖を感じた。自制心が働かなかったばかりに、君を殺してしまったんじゃないかと思った」
今まさに死にそうな思いをしました。
でもきっと、世界一幸せな死に方でしょう。
「本当はこうして抱きしめたかった。抱きしめてキスをして、私のものなのだと……やっとそれが叶った。これからは私なりのやり方で、君のことを愛していくと誓おう」
「私なりって……そ、それは……」
身がもたないかもしれません。
そう呟こうとしたしたけれど、またばくりと食べられて、その言葉は行冥さんの口の中に消えていってしまった。
- - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -
みあ様からのリクエストでお相手悲鳴嶼さん、現パロかつすれ違いの切甘でした。
読み返すとこれ、体格差カップルでよくあるネタですな…n番煎じというやつですね…でも悲鳴嶼さんの場合は、いろいろと規格外の体格差ではないかと…!
今まで散々悲鳴嶼さんのお話を書いてきたのに、小説として現パロ書くのはなんと初めてです!めちゃくちゃ新鮮だったし、サラリーマン悲鳴嶼行冥を想像してにまにまと笑いながら書いてました。
夢主さんと伊之助、そして悲鳴嶼さんがまだ出会ったばかりのころのお話も、とても短いですが書いてみましたので、良ければそちらもどうぞ。
リクエスト、ありがとうございました!