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その日、炎柱である煉獄杏寿郎が訪れたのは、彼ら鬼殺隊を支援する藤の花の家紋を掲げた家だった。任務を終え、身体を休めようと訪れたわけであるが、何度声をかけても家の者は出てこず、返事もない。

「休息セヨ」と鳴いた鎹鴉の案内が間違っているとも思えず、不躾ではあるが家主の返事を待たずして、煉獄は家の門をくぐった。

玄関の前に立ちもう一度声をかけようとしたとき、家の中から何やら大きなもの音がした。

何事かと玄関の戸を開けると男の怒号と女の悲鳴が聞こえてきた。


煉獄は脱いだ草履を揃えるのも忘れて、声のするほうに駆け出した。























「暴れるな!おとなしくしていろ!」

「おやめください、離してください!」



煉獄の目に入ったのは、泣きながら男に組み敷かれている女と、女の着物に手をかけている男の姿だった。男女は男女でも、それは仲睦まじい間柄のものではないようだ。

部屋の襖は外れ、障子もところどころ破れている。割れた花瓶から零れた水が畳を濡らしていた。先程聞いた物音はこれだったのかと、理解するのに時間はかからなかった。



「いやっ、離して……」

「煩い!」

「んぐっ……!?」



男は女の口を手で塞ぎ、声を奪った。煉獄に気づいていないのか、男は空いた手で女の身体をまさぐった。



「おとなしくていろ!誰か来たら--」

「何をしている?」

「!?」



男は煉獄の姿を見るやいなや、大きく目を見開き「炎柱様」と声を上げた。男は質素な寝巻きを身につけていたが、煉獄のことを「炎柱」と呼んだこと、そして部屋の隅に置かれた日輪刀が、彼が煉獄と同じ鬼殺隊士であることを証明した。

人を守るはずの鬼殺隊士が、涙を流しながら抵抗する女性を力づくで組み伏せ、その純潔を汚そうとしていたことに、煉獄は怒りを覚えた。



「何をしているか聞いたのだが?」

「こ、これは、その……」

「今すぐ彼女から離れろ。聞こえなかったか?離れろと言っている」



煉獄は、声色こそ落ち着いていたものの、その表情や纏う雰囲気には強い怒りが滲み出ていた。男はその剣幕に恐れ戦いた様子を見せ、煉獄の質問に答えることもなく、青ざめた顔で部屋を飛び出していった。

置き去りにされた日輪刀と隊服。煉獄の瞳には、酷くみすぼらしいもののように映った。

人が1人減った部屋の中に、先程まで組み敷かれていた女のすすり泣く声が響く。

煉獄は女を抱き起こし、男の手によって乱れてしまった着物を隠すようにして、自身が羽織っていた羽織を女の身体にかけた。



「君、大丈夫か?」

「……は、はい」

「すまなかった」

「え……?」

「同じ鬼殺隊士として謝罪する。もちろん、謝って許されることではないと思っている。俺にできることならなんでもする。だから--」

「もうしわけございません!」



女は逃げた男の代わりに謝罪の言葉を述べはじめた煉獄のことを、ぼうっとした様子で見つめていたが、はっと我に返った途端、額を畳に擦りつけ頭を下げた。



「き、鬼殺隊、最高位の柱で仰せられる方がいらしたというのに、何のおもてなしもせず、もうしわけありません!食事のご用意を致しますので、炎柱様はこちらでお待ちになっていてください!」



女は口早にそう告げて部屋を出ていこうとした。煉獄は女の手を咄嗟に掴み、引き止めた。



「炎柱様……?」

「俺のことはいい。怪我はしてないか?」

「だ、大丈夫です!少し腰を打ちつけましたが、今は何とも……」

「腰を?突き飛ばされたのか?痛かったろうに……本当にすまないことをした」

「いえ…!私が何か粗相をしてしまったのだと思います。お食事が口に合わなかったのか、お風呂の温度がお気に召さなかったのか……私のせいです」



女は自身が慰みものにされそうだったにも関わらず、件の鬼狩りのことを庇った。



「何がいけなかったのでしょうか……やはり、私1人では鬼狩り様のお力になんてなれるはずがなかったのです……」

「1人?この家には君しかいないのか?」

「はい。両親は幼い頃に、育ててくれた祖母はひと月前に亡くなりました。今は私しかこの家に住んでいません」

「そうだったのか……」



肉親を亡くしたばかりだというのに、その悲しみに加えて今回のことが起きた。しかし女は、鬼狩りを責めるどころか、庇い、自分自身を責めている。歳も自分と差程変わらないように見える女のことを、煉獄は心底健気で可哀想だと思った。

そんな煉獄の心中を知る由もない女は、自身を痛ましい表情で見つめる煉獄に首を傾げた。



「炎柱様?どうかなさったのですか?」

「いや、何でもない……申し遅れた。俺は鬼殺隊、炎柱の煉獄杏寿郎という。鎹鴉の案内でここにやってきた。一晩世話になってもいいだろうか?」

「も、もちろんです!」

「ありがとう」



煉獄が礼を述べると、女は涙で濡れた顔のままにっこりと笑った。



「美味い!」

「ひぅっ!?」

「美味い!」

「え、炎柱、あの……」

「美味い!」

「あ……」



女の用意した食事に口をつけるやいなや、煉獄の大きな声が部屋の中に響き渡った。美味い、美味いという声とともに、膳の上の飯が減っていく。あっという間に茶碗の中は空になり、煉獄は「ご馳走様でした」と両手を合わせた。



「美味かった!」

「あ、ありがとうございます……お気に召していただき幸甚に存じます」

「君は……っと、まだ名前を聞いていなかったな。名前は?何というんだ?」

みょうじなまえと申します」

なまえか!なまえは料理が上手いな!いいお嫁さんになれるだろうな」

「え……」

「ん?」



飯が美味いのも、いい嫁になれるというのも全て煉獄の本心だった。見ればこの家、掃除は隅々まで行き届いており、調度品も綺麗に綺麗に磨かれている。活けられている花たちも瑞々しく咲き誇っていた。これら全て、このなまえと名乗る女がやったのだと思うと、煉獄は感心せざるを得なかった。



「あ、いえ……ありがとうございます。炎柱様にそう言っていただけてとても嬉しいです」

「思ったことを言っただけだ!」



そう、思ったことを言っただけだった。

このときの煉獄は、自分の目の前にいる女が、将来伴侶として自分の傍にいるだなんてこと、思ってもみなかった。
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