鬼みたいだと思っていた船長を好きになってしまった話
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ハートの海賊団は皆船長が大好きである。勿論私もその内の1人。1つ違う事があるとすればそれは、皆の好きとは違う好きがあるということだ。
「先に言っておく。お前の事をクルー以上の存在にする事は無い。」
これは先日そのハートの海賊団である船長トラファルガー・ローから言われた言葉である。
業務連絡があり、船の廊下を歩いていたキャプテンを見つけた時に言われた事だった。廊下だから当然近くの部屋に入っていたクルーにはバッチリ聞かれていたし、突然言われた言葉だったから少し放心状態になった。
「あ、えっと、はい。」
告白しようとか、恋人になりたいとか、そんな甘い展開を求めていた訳では無いし、自分とキャプテンじゃ釣り合わないって思っていたけど、まさか想いを告げる前に自分の想いをバッサリと切られるとは思わなかった。
「あの、クルーとして船長の事を尊敬しています。だからその、そんなつもりは無い…です。」
正直船を降りろと言われている気分だった。船長とあわよくば付き合い恋愛をする為に船に乗っていると思われていたのなら、私の態度はクルー失格だ。キャプテンの事は好きだけど、恋愛的な意味の好きの前にクルーとしての忠誠心が1番である。
「お前は優秀なクルーだ。だからこそ、無駄な期待はさせたくねェ。悪ぃな。」
「はい。」
その後どうやって部屋に戻ったのかは分からないけど、気付けばベッドの上で天井を見ていた。
突然の出来事で頭の整理が出来て居なかったけど、キャプテンの表情は真剣だった。それに、言葉を選ぶようにゆっくりと丁寧に話していた。どうせ振るならこっ酷く振って欲しかった。恋愛なんてしている場合では無いとか、そんなつもりで船に乗るなとか、もっと酷い言葉を掛けて欲しかった。
じわっと枕が濡れていくけど、そんな事も気にならなかった。目を開けているのが億劫になり、視界を暗闇にすればもっと考えてしまう。
クルーとして嬉しい自分と、女として泣いてる自分、更にクルーとして泣く自分に、女として喜ぶ自分。感情が1転2転しもうグチャグチャだ。
ただ1つ言える事は、キャプテンに対して恋愛感情を抱くなという事。私はこの気持ちを閉まって、明日からはもっとクルーとして精進しなきゃいけない。
折角キャプテンが優秀なクルーと言ってくれたのに、キャプテンの口からあんな言葉をわざわざ言わせてしまうなんて全く優秀なクルーではない。
図々しいかもしれないけど、船から降りるつもりは微塵もない。降りる時は死ぬ時かキャプテンが海賊王になった時だ。
だから明日からは心を入れ替えよう。
ーーー
「お前船長のこと好きだったの?」
「…ははっそう、昨日まではね…」
実に本日5回目の質問である。船内アナウンスで知らせてしまおうかと考える程にこの受け答えをするのに嫌気がさしてきた。
ペンギンを除くクルー達は私がキャプテンに気があるという事に気付いていなかったらしく、この船はその話で持ち切りだ。勘弁して欲しい。
ドンドンとドアを叩き、部屋の主を呼ぶ
ギョッとした顔をするペンギンを無視して、少し開いた扉に体をねじ込ませペンギンの部屋へ侵入する。
「おい!いきなりなんだよ!」
「もー無理!疲れた!匿って。」
「自分の部屋に行けよ!俺そろそろ部屋から出るつもりだったんだけど。」
ペンギンの話しは本当のようで、片手に新聞と資料を持っている。でもそんなのは関係ない。落ちてた本を適当に手に取りハンモックの上で横になる。
「それシャチの…。」
「ふーん。」
「え、マジでここに居座る気?」
「うん。ペンギンも状況は知ってるでしょ。」
船内は軽いお祭り状態だった。当事者じゃなければ面白い話のネタであることは充分に理解していたし、自分がまいた種でもあるからみんなを責める事は出来ない。しかし流石に何度も同じ話を聞かれ、同情の眼差しやからかいの対象になるのはウンザリする。
シャチが部屋に押し掛けてきた時は本気で手が出そうになった。
「気持ちはわかるが、島に着くまで引きこもるつもり?」
「まっさか〜!ちょっと今日はもう疲れただけ。流石に同じ話何度もするのはしんどい。」
「ま〜、流石のお前も傷つくよなぁ…」
「傷つくって言うか情けないです。キャプテンにわざわざあんな事言わせるなんて…はぁ。私よく船降ろされなかったなぁって。」
「えぇ〜!?そっちなの?」
ペンギンの言おうとしてる事はわかるし、今日ほかのクルーからも散々言われた事。振られた事に対しての傷心。私とキャプテンじゃ釣り合わない事は常々理解していた。全く傷付いてないかと言われれば嘘になるが、そもそも告白なんてするつもりも、恋人になれるとも思っていなかったから、やっぱり無理なんだって思ったのが正直な感想だ。
タチが悪いのはわかっていても、まだキャプテンの事を諦められないこと。
「私この船好きだし。クルーとしても船長の事が大好きだから。船に乗せて貰えるなら本望!むしろキャプテンに気を使わせてしまって申し訳ないって感じ。私のせいでキャプテンも大変そうだし…」
朝食の時間にやってきたキャプテンに食堂がシーンと静まり返った時は冷や汗を流した。当然ちらっとこちらを見るクルーもいるからいたたまれない気持ちになった。
キャプテンにおはようございます、と言えば食堂が少しざわついた。なんならキャプテンもちょっと驚いて目を見開いていた。それからキャプテンには会ってないけど、船の空気がおかしいのは確かである。
「お前本当に俺らの事好きだよな。」
「当たり前じゃん!じゃなきゃこの船に乗ってないよ〜。」
「って言うか、何で告白したの?」
「え?告白してないけど。」
「え?」
「え??」
聞けばペンギンはあの現場に居合わせて居なかったらしく、人伝いに話を聞いたらしい。そもそも最初から話をきちんと聞いてる人はいなかったようで、単純に私が船長に振られた、という話が出回っていたようだった。
通りで勇気あるな、なんて言われたりしたのかと妙に納得した。
「いや〜驚いたんだよ。まだ告白する雰囲気じゃなかったし、そもそもお前はそういうの望んでなさそうだったし。」
「私もビックリしたよ。最初キャプテンに言われた時一瞬理解出来なかったもん。」
この船で唯一私の気持ちに気付いていたペンギンには当然私の想いも告げていた。付き合いたいとか、協力して欲しいとかそんな気持ちはない事も。
下心は無かったけど、そんな話をしたらペンギンが仲を取り持ってくれて、キャプテンと普通に話せるようになるまでの関係にはなった。未だにキャプテンと二人の時は緊張するし、キャプテンの顔を見るとドキドキするけど、ごく普通の一般クルーとして楽しくやっていた。
「でも何で船長は気付いたんだろうな。そんなにアピールしてた?」
「そうなの…。私そんなに下心出てたのかなって思うと恥ずかしくて…。ペンギンにバレてからは気を付けてたんだけどな。」
うーんと2人で頭を捻るけど、答えは出なかった。ペンギンが部屋を出てからも、ハンモックを揺らしながら思考するけど一向に答えは出ない。
(まさか、あの時にキャプテンの事をかっこいいって言ったから…?いやいや、クルーみんな言ってる事だし…。それともキャプテンの事見すぎた?)
はぁと溜息をつくけど、何でこんな失態を犯してしまったのかはわからない。きっと浮ついたオーラがあったのかもしれない。だってイッカクにはそんな事を言っていないし、私には釘を刺すという事はやっぱり私の態度に問題があるとしか言いようがない。
何度も言うが問題はキャプテンを諦められない事。諦めると言うと語弊があるかもしれないけど、キャプテンの事を好きでいる事は辞めれそうにないのだ。
ーーー
航海から数日、私達はシャボンディ諸島へ到着した。新世界への入口とも言えるこの島には多くの無法者や海賊が訪れる。海軍の出入りも激しく、集団行動が必須だ。
船番の人数もいつもの倍で、私もそのうちの一人。明日はお買物にでも行き、気分を晴らそうと考えていたのに、わけも分からぬまま私達は再び船を出航することになる。
「キャプテン!何があったんですか!?」
「王下七武海と海軍大将が島に来ている。急いで逃げるぞ!」
船に戻ってきたボロボロの船長とクルーに、船で待機していた私達は慌てて出航をした。船内で状況を説明されたけど、情報量の多さに頭がパンクしそうになった。
あれやこれやとしている内に、海軍本部で白髭海賊団の1人が公開処刑をされる事になり、歴史が動く瞬間を見に行くと言うキャプテンの一言で、海軍本部の近郊へ行く事に。
そして気付いたら何故か今、アマゾンリリーに停泊している。
「海賊女帝可愛かったなぁ〜」
「なぁ〜。」
船の男達は皆この調子だ。緊張感が解けたのか、この伸び切った鼻の下はどうにも収まりそうには無い。男子禁制の夢の国、女々島にごく1部ではあるが停泊出来ている事に感動する気持ちは少し理解できるけど。
「お前もそう思うだろ!」
「確かに凄く美しかった。女の私でも見惚れたし。」
「だろ!?いや〜俺海賊やってて良かった〜!」
肩を組み足を上げながら喜ぶクルーに若干の苦笑いをする。ノリが完全に宴の時のそれだ。彼らはまだお酒を一滴も呑んでいないのだけど。
船内から出てきたキャプテンは少し寝不足のようだ。いつもより顔色が悪いし、目つきも悪い気がする。未だ目覚めぬ麦わらのルフィの経過を観察していたのであろう。キャプテンが麦わらのルフィを助けると言った時は、クルー一同衝撃を受けた。そして、船内に運ばれてきた麦わらのルフィの傷を見て更に驚いた。キャプテンは凄い医者だから絶対に治せるって信じてたけど、麦わらのルフィの傷は生きている事が不思議なレベルだった。
「麦わらいつ目覚めるのかな〜」
「な〜。さっさとこの島から出たいわ〜。」
「うんうん。わかる。」
はぁと、溜息をつくのは私とイッカク。船員達のこのお祭り騒ぎに少しウンザリしてきた所だった。
「次の島着いたらアンタも一緒に男漁りに行こう!てか、今まで断ってた理由がキャプテンだったなんて、ちょっとビックリしたけど。」
「んー、どうしようかなあ…」
あの事件の後、同部屋だったイッカクには何で今まで黙ってたの!?と詰め寄られた。正直女子会のように花を咲かせて話すような片思いの内容ではないし、キャプテンとどうこうなりたいって気持ちがあった訳じゃなかったから伝えてなかったのだけれど。少しショックを受けると言うよりは、若干怒っているイッカクを見て話しておけばよかったと少し後悔をしたものだ。
「まだキャプテンの事好きなの?」
「んー。そうだねぇ。」
「うわー。キャプテンもやるねぇ。にしても何も言ってないあんたに釘を刺すのは最低だけど…。仕事もちゃんとしてるし、キャプテンにアピールしてる要素は無かったのにさ。」
同部屋であり、船に2人しかいない女クルーで、1番の仲良しのイッカクですら私の気持ちには気付いていなかったらしい。やはり船長の前だけ変な態度になっているようだった。
「ここ数日思ったんだけどさ、もしかしてキャプテンって男の人が好きなのかなー。」
「ぶっ、あんた何言い出すのかと思えば!!」
ケタケタと笑いながら、笑いすぎて涙出たと言うイッカクに私は頬を膨らませる。口にしたのは初めてだったけど、これは本気で思った事だったから。
「もー!だってさ、キャプテンが海賊女帝見た時の顔見た!?」
「えー?どんなんだったの?」
「真顔だよ!真顔!って言うか普通に会話してたし!」
あの絶世の美女を目の前にしても、キャプテンの口元の筋肉はピクリとも動かなかったのだ。しかもシャチに可愛いスっね〜と聞かれても、確かに顔のバランスはいいななんて整形外科みたいな事を言っていた。
「デレデレしてるキャプテンを見るよりは良いけどさ…」
「あっやっぱ嫉妬したりするんだ?」
「嫉妬…?嫉妬って言うより、キャプテンは女にデレデレしないってイメージだから、解釈違いっていうか…」
正直、海賊女帝を見ても動じないキャプテンを見て、余計にかっこいいと思った。キャプテンを諦めなければ行けない時に、絶世の美女の登場で私の恋心は粉々に砕け散ると思っていたのに、キャプテンの変わらぬ態度のせいで私の胸は余計に踊ってしまった。
「…アンタってさ、やっぱキャプテンの事好きじゃないよ。多分。」
「そう思いたいけど…やっぱキャプテンの事ばかり考えちゃうし…」
やや呆れ顔のイッカクに眉を寄せた。気付けばキャプテンの事を考えているし、いつかは釣り合う女になりたいと思っている。勿論未だに他のクルーとキャプテンとでは好きの大きさも種類も違う。
「そもそもアンタ恋愛した事あんの?」
「…キャプテンが初めてですけど…。」
イッカクは、はぁ、と大きい溜息をつくと頭を抱えた。住んでいた島がそこまで大きくなかった事もあり、同年代が少なかった。それにこの船に乗るまで別の島へも行ったことが無かったし、人を好きになるタイミングなんて無かったのだから仕方がない。
「あのさ、多分あんたのそれは恋愛感情じゃないよ。」
では一体何なんだと、首を傾げる。私が異性としてキャプテンの事を好きだと思っていたこの数年間は違う想いだったと言うのだろうか。
「まず、キャプテンは船長だから他のクルーと違う人だと思うのは当然。だから船長なんだよ。あと、キャプテンがかっこいいのは認める。私達もみんな思ってる。あんたの言うキャプテンに釣り合う女になりたいって言うのは、キャプテンと恋人になって横に並びたいって意味じゃないんでしょ?」
「う、うん?…うん。」
キャプテンと私が恋人に?って考えたけど、やっぱり想像は出来ない。だけどいつかはキャプテンの横に並んでも恥ずかしくない人間になりたいとは思っている。
「だからそれって全部クルーとしての思いなのよ。しかも妬かないんでしょ?キャプテンが他の女を抱いても何とも思わない?」
「…うん。キャプテンはかっこいいから、綺麗な女の人すぐ捕まえれそうだし…。むしろ凄いっていうか…」
「…アンタのその気持ちって全部ファンみたいだよね。」
イッカクの言葉に目が点になった。キャプテンのファンである自覚はあるけど、それはクルーの皆もだし、クルーの皆よりもその想いが強いから、私は異性としてキャプテンを意識していた。
「異性として好きなのはまぁ、わかるけど。あんたの言う恋愛感情みたいなのじゃないと思うよ。まだ恋愛未経験なら1回他の男の人と付き合ってみなよ。」
「そんな軽々と付き合うなんて…」
「私達は海賊よ!?好きな時に自由にやんのよ!やっぱ次の島では男探しに行くよ!」
気は乗らないけど、きっと強引にでもイッカクに引きずり回されそうな雰囲気を感じこくりと頷く。
女々島に停泊中、イッカクに渡された恋愛小説を読み、恋愛のあれこれを再び勉強させられる事になる。
キャプテンの事が好きだと思ったのに、なぜ今までこういう本を読まなかったのか、読みながら後悔をした。
全く読んだことがない訳では無いけど、ここまで考えて読んだことは始めてで、改めて自分とキャプテンを当てはめて考えるとあれ?って思うことが多々あった。
「…もしかして、私ってキャプテンの事好きじゃないの…?」
「…だからそう言ったじゃん。」
イッカクの話を聞き数週間、私が出した結論だった。じゃあ今までのキャプテンを諦めないといけない、なんていう無駄な数年間は何だったのかと頭を抱えた。
ーーー
「おーおかえりー。ってえ?お前今帰ったの?」
「あ、うん。ちょっと部屋戻って寝る。」
「え?まじ?え?」
朝日がやけに眩しかった。驚き顔をキョロキョロさせるシャチの事が今は目に止まらない。直ぐに部屋に帰りたかった。
ぼすっとベッドに体を埋めると先ほどのことをぼんやりと思い出す。
「うわ、まじか…はぁー。」
やってしまった、そう色々とやってしまったのだ。島へ上陸し約束通りイッカクと二人でバーへ出かけた。本で見たような、酔った勢いでワンナイトと言うやつをしてきてしまったのだ。
今更ながら、生まれて初めて経験したそれに思い出すだけでカアッと頬が熱くなる。いつもクルーの皆は女の子と過ごすときあんなことを経験しているのかと、今更ながら恥ずかしくなった。それに、自分がキャプテンとアレをするとは思えないし、正直そういう対象では見れないと改めて理解する事ができた。
俗に言ういい経験をしたと言うべきかもしれない。
「はぁ。何だかキャプテンに申し訳ない…。私の勘違いで手を煩わせてしまって…」
これからはしっかりクルーとして、キャプテンに忠誠を誓う事を再び心に決めた。
ーーー
「だから、この子仲間にしたいです!」
「は?」
最初に見た感想は何だこの雑魚はだった。どう見ても海賊向きじゃねぇし、何か特別な事が出来る雰囲気でもなかった。おまけに顔面蒼白で挨拶に来て、体はガチガチに固まり、表情は海賊に襲われた時の一般人のそれだ。こんな女を船に乗せて何になるんだと思い、何度も駄目だと告げた。
それでも島へ停泊中何度も船員たちが仲間にしろとしつこく懇願した。ついでにその女も。
旗揚げをしたばかりで、人手が欲しいのは事実だったから使えなければ直ぐに降ろすという条件の元、乗船を許可した。
女は思っていた以上に優秀だった。最初に過小評価しすぎたせいかもしれないが、ただの雑用として入れたはずの彼女は戦闘も情報収集もこなす様になった。入った経緯もそうだが、直ぐに人と仲良くなれる人懐っこい所も長所で新人クルーが入る度に世話を焼き、海賊らしからぬ雰囲気と喋りはこの船にいい風を起こしていた。
一つに気になる事があるとするなら、未だに俺を怖がっている事だ。クルーとは仲良く談笑するのに、俺とは目1つ合わさないのは気に入らねぇ。
そう思っていた時に彼女の方から会話をしに来た。最初は業務連絡かと思ったが、どうも違うらしい。折角の機会だから、彼女に問いかけた。
「お前、俺が怖いのか?」
「はえっ!?」
変な声をあげ、目を丸くし飛び上がる彼女を見て思わずあ?と声が出た。俺は船長で、相手はクルーなのに何故ここまで怯えられければいけないのだ。
誰がどう見ても怯えているのに、彼女は違うと言い張る。このままだと、この先の航海で何かあった時不都合が生じる可能性も考えられる。だから、怖がらせる要素があるのなら取り除いて起きたい。それ程に今、俺は彼女を信頼している。
「は、恥ずかしいんです!!!きゃ、キャプテンがかっこよすぎて!!!ち、近くで見る事が出来ません!!!すみません!!」
見た事がない程顔を赤くさせ、俺の前で聞いたこともない大きな声をあげる彼女に思わず口を開いた。
ただクルーと仲が良いからこの船に乗っていたと思っていた彼女が、そんな発言をするとは思ってもいなかったからだ。
顔を合わせる度に挙動不審に目を逸らすのはそのせいだったのかと納得をした。だから言った、慣れろと。
それからは以前より彼女と会話をするようになった。頼み事もしやすくなり、もっと早く気付いていれば良かったと思う程。
数年も経てばもう普通に会話は出来るようになったが、1つ気になる事がある。最初は気の所為だと思っていたが、クルーと話している時と自分と話す時の彼女の顔付きがやはり違っていた。相変わらず緊張している事に今更何か言う事は無いが、不意に見せる彼女の表情はクルーとしてと言うよりは女のそれだった。
別に彼女が誘っているとか、気を抜いているとかそういう訳では無く、不意に笑った顔や少し顔を合わせた時の顔だったり、戦闘中彼女を庇い抱き寄せた時の表情とかそういったふとした瞬間のものだ。
これから新世界へ行く事にもなる、本懐をなす為にやらなければ行けない事もまだ沢山あった。可愛いクルーであると思っているからこそ、彼女には幸せになって欲しかった。
「先に言っておく。お前の事をクルー以上の存在にする事は無い。」
彼女のあんな顔を見たのは初めてだった。
声を震わせて言葉を紡ぐのは、クルーとしての気持ち。彼女がこの船の事が好きなのは誰もがわかっている。お前が優秀なクルーだってことは、俺も充分理解していた。だからこそ釘を刺した。
涙を堪えて作り笑いをする女は頭を下げるとその場を去った。思わず伸びそうになった手を抑え頭を抱えた。
一体俺はだれに釘を刺そうとしていのか。
「先に言っておく。お前の事をクルー以上の存在にする事は無い。」
これは先日そのハートの海賊団である船長トラファルガー・ローから言われた言葉である。
業務連絡があり、船の廊下を歩いていたキャプテンを見つけた時に言われた事だった。廊下だから当然近くの部屋に入っていたクルーにはバッチリ聞かれていたし、突然言われた言葉だったから少し放心状態になった。
「あ、えっと、はい。」
告白しようとか、恋人になりたいとか、そんな甘い展開を求めていた訳では無いし、自分とキャプテンじゃ釣り合わないって思っていたけど、まさか想いを告げる前に自分の想いをバッサリと切られるとは思わなかった。
「あの、クルーとして船長の事を尊敬しています。だからその、そんなつもりは無い…です。」
正直船を降りろと言われている気分だった。船長とあわよくば付き合い恋愛をする為に船に乗っていると思われていたのなら、私の態度はクルー失格だ。キャプテンの事は好きだけど、恋愛的な意味の好きの前にクルーとしての忠誠心が1番である。
「お前は優秀なクルーだ。だからこそ、無駄な期待はさせたくねェ。悪ぃな。」
「はい。」
その後どうやって部屋に戻ったのかは分からないけど、気付けばベッドの上で天井を見ていた。
突然の出来事で頭の整理が出来て居なかったけど、キャプテンの表情は真剣だった。それに、言葉を選ぶようにゆっくりと丁寧に話していた。どうせ振るならこっ酷く振って欲しかった。恋愛なんてしている場合では無いとか、そんなつもりで船に乗るなとか、もっと酷い言葉を掛けて欲しかった。
じわっと枕が濡れていくけど、そんな事も気にならなかった。目を開けているのが億劫になり、視界を暗闇にすればもっと考えてしまう。
クルーとして嬉しい自分と、女として泣いてる自分、更にクルーとして泣く自分に、女として喜ぶ自分。感情が1転2転しもうグチャグチャだ。
ただ1つ言える事は、キャプテンに対して恋愛感情を抱くなという事。私はこの気持ちを閉まって、明日からはもっとクルーとして精進しなきゃいけない。
折角キャプテンが優秀なクルーと言ってくれたのに、キャプテンの口からあんな言葉をわざわざ言わせてしまうなんて全く優秀なクルーではない。
図々しいかもしれないけど、船から降りるつもりは微塵もない。降りる時は死ぬ時かキャプテンが海賊王になった時だ。
だから明日からは心を入れ替えよう。
ーーー
「お前船長のこと好きだったの?」
「…ははっそう、昨日まではね…」
実に本日5回目の質問である。船内アナウンスで知らせてしまおうかと考える程にこの受け答えをするのに嫌気がさしてきた。
ペンギンを除くクルー達は私がキャプテンに気があるという事に気付いていなかったらしく、この船はその話で持ち切りだ。勘弁して欲しい。
ドンドンとドアを叩き、部屋の主を呼ぶ
ギョッとした顔をするペンギンを無視して、少し開いた扉に体をねじ込ませペンギンの部屋へ侵入する。
「おい!いきなりなんだよ!」
「もー無理!疲れた!匿って。」
「自分の部屋に行けよ!俺そろそろ部屋から出るつもりだったんだけど。」
ペンギンの話しは本当のようで、片手に新聞と資料を持っている。でもそんなのは関係ない。落ちてた本を適当に手に取りハンモックの上で横になる。
「それシャチの…。」
「ふーん。」
「え、マジでここに居座る気?」
「うん。ペンギンも状況は知ってるでしょ。」
船内は軽いお祭り状態だった。当事者じゃなければ面白い話のネタであることは充分に理解していたし、自分がまいた種でもあるからみんなを責める事は出来ない。しかし流石に何度も同じ話を聞かれ、同情の眼差しやからかいの対象になるのはウンザリする。
シャチが部屋に押し掛けてきた時は本気で手が出そうになった。
「気持ちはわかるが、島に着くまで引きこもるつもり?」
「まっさか〜!ちょっと今日はもう疲れただけ。流石に同じ話何度もするのはしんどい。」
「ま〜、流石のお前も傷つくよなぁ…」
「傷つくって言うか情けないです。キャプテンにわざわざあんな事言わせるなんて…はぁ。私よく船降ろされなかったなぁって。」
「えぇ〜!?そっちなの?」
ペンギンの言おうとしてる事はわかるし、今日ほかのクルーからも散々言われた事。振られた事に対しての傷心。私とキャプテンじゃ釣り合わない事は常々理解していた。全く傷付いてないかと言われれば嘘になるが、そもそも告白なんてするつもりも、恋人になれるとも思っていなかったから、やっぱり無理なんだって思ったのが正直な感想だ。
タチが悪いのはわかっていても、まだキャプテンの事を諦められないこと。
「私この船好きだし。クルーとしても船長の事が大好きだから。船に乗せて貰えるなら本望!むしろキャプテンに気を使わせてしまって申し訳ないって感じ。私のせいでキャプテンも大変そうだし…」
朝食の時間にやってきたキャプテンに食堂がシーンと静まり返った時は冷や汗を流した。当然ちらっとこちらを見るクルーもいるからいたたまれない気持ちになった。
キャプテンにおはようございます、と言えば食堂が少しざわついた。なんならキャプテンもちょっと驚いて目を見開いていた。それからキャプテンには会ってないけど、船の空気がおかしいのは確かである。
「お前本当に俺らの事好きだよな。」
「当たり前じゃん!じゃなきゃこの船に乗ってないよ〜。」
「って言うか、何で告白したの?」
「え?告白してないけど。」
「え?」
「え??」
聞けばペンギンはあの現場に居合わせて居なかったらしく、人伝いに話を聞いたらしい。そもそも最初から話をきちんと聞いてる人はいなかったようで、単純に私が船長に振られた、という話が出回っていたようだった。
通りで勇気あるな、なんて言われたりしたのかと妙に納得した。
「いや〜驚いたんだよ。まだ告白する雰囲気じゃなかったし、そもそもお前はそういうの望んでなさそうだったし。」
「私もビックリしたよ。最初キャプテンに言われた時一瞬理解出来なかったもん。」
この船で唯一私の気持ちに気付いていたペンギンには当然私の想いも告げていた。付き合いたいとか、協力して欲しいとかそんな気持ちはない事も。
下心は無かったけど、そんな話をしたらペンギンが仲を取り持ってくれて、キャプテンと普通に話せるようになるまでの関係にはなった。未だにキャプテンと二人の時は緊張するし、キャプテンの顔を見るとドキドキするけど、ごく普通の一般クルーとして楽しくやっていた。
「でも何で船長は気付いたんだろうな。そんなにアピールしてた?」
「そうなの…。私そんなに下心出てたのかなって思うと恥ずかしくて…。ペンギンにバレてからは気を付けてたんだけどな。」
うーんと2人で頭を捻るけど、答えは出なかった。ペンギンが部屋を出てからも、ハンモックを揺らしながら思考するけど一向に答えは出ない。
(まさか、あの時にキャプテンの事をかっこいいって言ったから…?いやいや、クルーみんな言ってる事だし…。それともキャプテンの事見すぎた?)
はぁと溜息をつくけど、何でこんな失態を犯してしまったのかはわからない。きっと浮ついたオーラがあったのかもしれない。だってイッカクにはそんな事を言っていないし、私には釘を刺すという事はやっぱり私の態度に問題があるとしか言いようがない。
何度も言うが問題はキャプテンを諦められない事。諦めると言うと語弊があるかもしれないけど、キャプテンの事を好きでいる事は辞めれそうにないのだ。
ーーー
航海から数日、私達はシャボンディ諸島へ到着した。新世界への入口とも言えるこの島には多くの無法者や海賊が訪れる。海軍の出入りも激しく、集団行動が必須だ。
船番の人数もいつもの倍で、私もそのうちの一人。明日はお買物にでも行き、気分を晴らそうと考えていたのに、わけも分からぬまま私達は再び船を出航することになる。
「キャプテン!何があったんですか!?」
「王下七武海と海軍大将が島に来ている。急いで逃げるぞ!」
船に戻ってきたボロボロの船長とクルーに、船で待機していた私達は慌てて出航をした。船内で状況を説明されたけど、情報量の多さに頭がパンクしそうになった。
あれやこれやとしている内に、海軍本部で白髭海賊団の1人が公開処刑をされる事になり、歴史が動く瞬間を見に行くと言うキャプテンの一言で、海軍本部の近郊へ行く事に。
そして気付いたら何故か今、アマゾンリリーに停泊している。
「海賊女帝可愛かったなぁ〜」
「なぁ〜。」
船の男達は皆この調子だ。緊張感が解けたのか、この伸び切った鼻の下はどうにも収まりそうには無い。男子禁制の夢の国、女々島にごく1部ではあるが停泊出来ている事に感動する気持ちは少し理解できるけど。
「お前もそう思うだろ!」
「確かに凄く美しかった。女の私でも見惚れたし。」
「だろ!?いや〜俺海賊やってて良かった〜!」
肩を組み足を上げながら喜ぶクルーに若干の苦笑いをする。ノリが完全に宴の時のそれだ。彼らはまだお酒を一滴も呑んでいないのだけど。
船内から出てきたキャプテンは少し寝不足のようだ。いつもより顔色が悪いし、目つきも悪い気がする。未だ目覚めぬ麦わらのルフィの経過を観察していたのであろう。キャプテンが麦わらのルフィを助けると言った時は、クルー一同衝撃を受けた。そして、船内に運ばれてきた麦わらのルフィの傷を見て更に驚いた。キャプテンは凄い医者だから絶対に治せるって信じてたけど、麦わらのルフィの傷は生きている事が不思議なレベルだった。
「麦わらいつ目覚めるのかな〜」
「な〜。さっさとこの島から出たいわ〜。」
「うんうん。わかる。」
はぁと、溜息をつくのは私とイッカク。船員達のこのお祭り騒ぎに少しウンザリしてきた所だった。
「次の島着いたらアンタも一緒に男漁りに行こう!てか、今まで断ってた理由がキャプテンだったなんて、ちょっとビックリしたけど。」
「んー、どうしようかなあ…」
あの事件の後、同部屋だったイッカクには何で今まで黙ってたの!?と詰め寄られた。正直女子会のように花を咲かせて話すような片思いの内容ではないし、キャプテンとどうこうなりたいって気持ちがあった訳じゃなかったから伝えてなかったのだけれど。少しショックを受けると言うよりは、若干怒っているイッカクを見て話しておけばよかったと少し後悔をしたものだ。
「まだキャプテンの事好きなの?」
「んー。そうだねぇ。」
「うわー。キャプテンもやるねぇ。にしても何も言ってないあんたに釘を刺すのは最低だけど…。仕事もちゃんとしてるし、キャプテンにアピールしてる要素は無かったのにさ。」
同部屋であり、船に2人しかいない女クルーで、1番の仲良しのイッカクですら私の気持ちには気付いていなかったらしい。やはり船長の前だけ変な態度になっているようだった。
「ここ数日思ったんだけどさ、もしかしてキャプテンって男の人が好きなのかなー。」
「ぶっ、あんた何言い出すのかと思えば!!」
ケタケタと笑いながら、笑いすぎて涙出たと言うイッカクに私は頬を膨らませる。口にしたのは初めてだったけど、これは本気で思った事だったから。
「もー!だってさ、キャプテンが海賊女帝見た時の顔見た!?」
「えー?どんなんだったの?」
「真顔だよ!真顔!って言うか普通に会話してたし!」
あの絶世の美女を目の前にしても、キャプテンの口元の筋肉はピクリとも動かなかったのだ。しかもシャチに可愛いスっね〜と聞かれても、確かに顔のバランスはいいななんて整形外科みたいな事を言っていた。
「デレデレしてるキャプテンを見るよりは良いけどさ…」
「あっやっぱ嫉妬したりするんだ?」
「嫉妬…?嫉妬って言うより、キャプテンは女にデレデレしないってイメージだから、解釈違いっていうか…」
正直、海賊女帝を見ても動じないキャプテンを見て、余計にかっこいいと思った。キャプテンを諦めなければ行けない時に、絶世の美女の登場で私の恋心は粉々に砕け散ると思っていたのに、キャプテンの変わらぬ態度のせいで私の胸は余計に踊ってしまった。
「…アンタってさ、やっぱキャプテンの事好きじゃないよ。多分。」
「そう思いたいけど…やっぱキャプテンの事ばかり考えちゃうし…」
やや呆れ顔のイッカクに眉を寄せた。気付けばキャプテンの事を考えているし、いつかは釣り合う女になりたいと思っている。勿論未だに他のクルーとキャプテンとでは好きの大きさも種類も違う。
「そもそもアンタ恋愛した事あんの?」
「…キャプテンが初めてですけど…。」
イッカクは、はぁ、と大きい溜息をつくと頭を抱えた。住んでいた島がそこまで大きくなかった事もあり、同年代が少なかった。それにこの船に乗るまで別の島へも行ったことが無かったし、人を好きになるタイミングなんて無かったのだから仕方がない。
「あのさ、多分あんたのそれは恋愛感情じゃないよ。」
では一体何なんだと、首を傾げる。私が異性としてキャプテンの事を好きだと思っていたこの数年間は違う想いだったと言うのだろうか。
「まず、キャプテンは船長だから他のクルーと違う人だと思うのは当然。だから船長なんだよ。あと、キャプテンがかっこいいのは認める。私達もみんな思ってる。あんたの言うキャプテンに釣り合う女になりたいって言うのは、キャプテンと恋人になって横に並びたいって意味じゃないんでしょ?」
「う、うん?…うん。」
キャプテンと私が恋人に?って考えたけど、やっぱり想像は出来ない。だけどいつかはキャプテンの横に並んでも恥ずかしくない人間になりたいとは思っている。
「だからそれって全部クルーとしての思いなのよ。しかも妬かないんでしょ?キャプテンが他の女を抱いても何とも思わない?」
「…うん。キャプテンはかっこいいから、綺麗な女の人すぐ捕まえれそうだし…。むしろ凄いっていうか…」
「…アンタのその気持ちって全部ファンみたいだよね。」
イッカクの言葉に目が点になった。キャプテンのファンである自覚はあるけど、それはクルーの皆もだし、クルーの皆よりもその想いが強いから、私は異性としてキャプテンを意識していた。
「異性として好きなのはまぁ、わかるけど。あんたの言う恋愛感情みたいなのじゃないと思うよ。まだ恋愛未経験なら1回他の男の人と付き合ってみなよ。」
「そんな軽々と付き合うなんて…」
「私達は海賊よ!?好きな時に自由にやんのよ!やっぱ次の島では男探しに行くよ!」
気は乗らないけど、きっと強引にでもイッカクに引きずり回されそうな雰囲気を感じこくりと頷く。
女々島に停泊中、イッカクに渡された恋愛小説を読み、恋愛のあれこれを再び勉強させられる事になる。
キャプテンの事が好きだと思ったのに、なぜ今までこういう本を読まなかったのか、読みながら後悔をした。
全く読んだことがない訳では無いけど、ここまで考えて読んだことは始めてで、改めて自分とキャプテンを当てはめて考えるとあれ?って思うことが多々あった。
「…もしかして、私ってキャプテンの事好きじゃないの…?」
「…だからそう言ったじゃん。」
イッカクの話を聞き数週間、私が出した結論だった。じゃあ今までのキャプテンを諦めないといけない、なんていう無駄な数年間は何だったのかと頭を抱えた。
ーーー
「おーおかえりー。ってえ?お前今帰ったの?」
「あ、うん。ちょっと部屋戻って寝る。」
「え?まじ?え?」
朝日がやけに眩しかった。驚き顔をキョロキョロさせるシャチの事が今は目に止まらない。直ぐに部屋に帰りたかった。
ぼすっとベッドに体を埋めると先ほどのことをぼんやりと思い出す。
「うわ、まじか…はぁー。」
やってしまった、そう色々とやってしまったのだ。島へ上陸し約束通りイッカクと二人でバーへ出かけた。本で見たような、酔った勢いでワンナイトと言うやつをしてきてしまったのだ。
今更ながら、生まれて初めて経験したそれに思い出すだけでカアッと頬が熱くなる。いつもクルーの皆は女の子と過ごすときあんなことを経験しているのかと、今更ながら恥ずかしくなった。それに、自分がキャプテンとアレをするとは思えないし、正直そういう対象では見れないと改めて理解する事ができた。
俗に言ういい経験をしたと言うべきかもしれない。
「はぁ。何だかキャプテンに申し訳ない…。私の勘違いで手を煩わせてしまって…」
これからはしっかりクルーとして、キャプテンに忠誠を誓う事を再び心に決めた。
ーーー
「だから、この子仲間にしたいです!」
「は?」
最初に見た感想は何だこの雑魚はだった。どう見ても海賊向きじゃねぇし、何か特別な事が出来る雰囲気でもなかった。おまけに顔面蒼白で挨拶に来て、体はガチガチに固まり、表情は海賊に襲われた時の一般人のそれだ。こんな女を船に乗せて何になるんだと思い、何度も駄目だと告げた。
それでも島へ停泊中何度も船員たちが仲間にしろとしつこく懇願した。ついでにその女も。
旗揚げをしたばかりで、人手が欲しいのは事実だったから使えなければ直ぐに降ろすという条件の元、乗船を許可した。
女は思っていた以上に優秀だった。最初に過小評価しすぎたせいかもしれないが、ただの雑用として入れたはずの彼女は戦闘も情報収集もこなす様になった。入った経緯もそうだが、直ぐに人と仲良くなれる人懐っこい所も長所で新人クルーが入る度に世話を焼き、海賊らしからぬ雰囲気と喋りはこの船にいい風を起こしていた。
一つに気になる事があるとするなら、未だに俺を怖がっている事だ。クルーとは仲良く談笑するのに、俺とは目1つ合わさないのは気に入らねぇ。
そう思っていた時に彼女の方から会話をしに来た。最初は業務連絡かと思ったが、どうも違うらしい。折角の機会だから、彼女に問いかけた。
「お前、俺が怖いのか?」
「はえっ!?」
変な声をあげ、目を丸くし飛び上がる彼女を見て思わずあ?と声が出た。俺は船長で、相手はクルーなのに何故ここまで怯えられければいけないのだ。
誰がどう見ても怯えているのに、彼女は違うと言い張る。このままだと、この先の航海で何かあった時不都合が生じる可能性も考えられる。だから、怖がらせる要素があるのなら取り除いて起きたい。それ程に今、俺は彼女を信頼している。
「は、恥ずかしいんです!!!きゃ、キャプテンがかっこよすぎて!!!ち、近くで見る事が出来ません!!!すみません!!」
見た事がない程顔を赤くさせ、俺の前で聞いたこともない大きな声をあげる彼女に思わず口を開いた。
ただクルーと仲が良いからこの船に乗っていたと思っていた彼女が、そんな発言をするとは思ってもいなかったからだ。
顔を合わせる度に挙動不審に目を逸らすのはそのせいだったのかと納得をした。だから言った、慣れろと。
それからは以前より彼女と会話をするようになった。頼み事もしやすくなり、もっと早く気付いていれば良かったと思う程。
数年も経てばもう普通に会話は出来るようになったが、1つ気になる事がある。最初は気の所為だと思っていたが、クルーと話している時と自分と話す時の彼女の顔付きがやはり違っていた。相変わらず緊張している事に今更何か言う事は無いが、不意に見せる彼女の表情はクルーとしてと言うよりは女のそれだった。
別に彼女が誘っているとか、気を抜いているとかそういう訳では無く、不意に笑った顔や少し顔を合わせた時の顔だったり、戦闘中彼女を庇い抱き寄せた時の表情とかそういったふとした瞬間のものだ。
これから新世界へ行く事にもなる、本懐をなす為にやらなければ行けない事もまだ沢山あった。可愛いクルーであると思っているからこそ、彼女には幸せになって欲しかった。
「先に言っておく。お前の事をクルー以上の存在にする事は無い。」
彼女のあんな顔を見たのは初めてだった。
声を震わせて言葉を紡ぐのは、クルーとしての気持ち。彼女がこの船の事が好きなのは誰もがわかっている。お前が優秀なクルーだってことは、俺も充分理解していた。だからこそ釘を刺した。
涙を堪えて作り笑いをする女は頭を下げるとその場を去った。思わず伸びそうになった手を抑え頭を抱えた。
一体俺はだれに釘を刺そうとしていのか。