鬼みたいだと思っていた船長を好きになってしまった話
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私はキャプテンが好きだった。嘘、好きです。
特に同情を誘うような過去がある訳でも、特別な場所で生まれた訳でも何か深い事情がある訳でも無いけど、島にやってきた気のいい海賊に出会い、退屈だった島から出てみたくてハートの海賊団に入った。
キャプテンに惚れ込んだと言うよりは、シャチに出会い、ベポやペンギンに会って、彼らの話を聞いて海へ出たくなったのがきっかけだ。
なんの力もない私を、キャプテンがすんなりと乗船を許すはずも無く、シャチが一緒になって頼んでくれて、平凡に暮らして来たからこそ、家事や雑用なら出来ると自分を売り込みこの船に乗ったのだ。
意外にもキャプテンは優しくて、船へ乗ったらきちんとクルーとして扱ってくれたし、冷たいように見えてもしっかりと船員の事を見ていて、船長兼医者でもあるから、体調が悪い時は誰よりも先に気付いてくれる、そんな完璧超人な船長だ。
初めて会った時はあまりの目付きの悪さに正直怖かった。シャチの言うキャプテンは最高!!って言葉を聞いていたからキャプテンの顔を初めて見た時は、何だこの鬼はって思った。兎に角怖かったけど、キャプテンの優しさを知ってしまえば、怖い顔も見慣れてきてあれ?この人よく見たら整った顔をしているな?って気付くし、あれ?この人スタイルも良くない?あれ?気遣いも出来て優しいし、なんでも出来るな?と、キャプテンの良い所ばかり目に入るようになる。
すっかりハートの海賊団のクルーとして、船長大好き!に染められてしまった私が、異性としてキャプテンの魅力に気が付いてしまうのに時間は掛からなかった。
異性としてキャプテンの事を好ましく思っているからと言って、行動に移す勇気はなかった。だって絶対に無理だし。自信が無いって言うよりは釣り合わない。キャプテンの事は大好き、異性としてもクルーとしても。だけど客観的にクルーとして自分を見た時に、キャプテンの横に並んで俺の女だと言って私のような女を紹介するキャプテンを見たくない。いや、どれだけ下手くそな芝居だよって話だ。
だからって諦めるのか?と言われればそれも違う。だって同じ船に乗ってるし、毎日顔も合わせるし、諦めるタイミングなんてない。釣り合わないし、振り向いてもらえるとも思わないけど、ひたすら頑張って自分を磨いてキャプテンに見合う女になれるように頑張る事しか出来ないのだ。
とある島に上陸した私達は各々の役割を確認した後に自由行動になる。キャプテンは自由な人で、島が見えると気付けばふらっと何処かへ行ってしまう。私達クルーを信頼してくれているからこその自由さではあるが、たまにはキャプテンと一緒に島でゆっくりしたいなーなんて思ってしまう。
この日は買い出しの担当だった。どうせやりたいことも無いし船番も引き受けた。
「さっすが〜!明日は一緒に遊んでやるよ〜」
なんて言いながら既に鼻の下を伸ばしているシャチなんて見飽きた。はいはいとあしらいながら、私は同じく当番だったペンギンと足を進める。
「今日は酒場に集まるのかなー?」
「店が見つかれば集まるだろうな〜。お前はまた来ないの?」
「ん〜。どうしようかな〜。」
新しい島へ上陸したら、酒場に集まり皆で馬鹿騒ぎするのが恒例だった。勿論最初は参加してたし、クルーのみんなとは仲が良いから楽しいけど、キャプテンへの恋心に気付いてからは複雑だった。
酒場に行けば綺麗な女の人が居る時もあるし、可愛い女の子が居ることもある。最初はこうすればいいんだ〜なんて参考にさせて頂いていたのだが、問題はキャプテンだ。どんなに綺麗な人を見ても、可愛い人を見ても1ミリも表情を変えない。
女に靡かないクールなキャプテンかっこい〜!!なんて最初は思っていたけど、段々と考えるようになる。
えっ?こんなに綺麗な人を見ても無反応なのに、私のことなんて見向きもしなくない??
キャプテンが他の女の子にデレデレしない事に対して、嬉しい気持ちと、じゃあ私はどうすれば良いんだと言う複雑な気持ちが入り雑じる様になり、島での宴には参加しなくなっていた。
「やっぱ…船番でいいかな〜。お酒あんまり飲めないし。」
「問題は酒じゃなくてキャプテンだろ?」
「…え…気付いてました…?」
ペンギンの言葉に思わず足が止まる。私がキャプテンの事が好きなのは皆知ってる。だけどそれが恋愛感情だとは思っていないだろうし、そうだったとしても思い詰める様な行動は取っていなかった。だからペンギンの言葉には素直に驚いた。
「うん。気付いてました。」
馬鹿にする訳でもなく、ごく普通の返事をするペンギンに私は肩の力が抜ける。はぁと息を零すと、ふっと乾いた笑いが聞こえる。
「いや、宴の時女が居たらよく観察してんじゃん?宴が終わったあと、キャプテンの近くに座ってた女の真似良くしてたし。」
「…え、マジ?そんな分かりやすい事してた…?」
「マジ。まぁ誰も気付いてないと思うけど。」
「うぅっ…恥ずかしい…もう海に沈みたい…」
キャプテンの周りに集まる女の人は総じて勉強になる容姿や立ち振る舞いの方ばかりだった為、勿論参考にはしていたけど、そんなに分かりやすく行動に移っていたなんて恥ずかしいにも程がある。ペンギンの観察力恐るべしである。バレてしまったのなら、もう開き直るしかない。
「キャプテンの好きなタイプってどんな人なの?」
「ふーん?本気でキャプテンの事好きなんだ?」
「え?そ、そうだけど…気付いてたんでしょ?」
「いや、別にそこまでは気付いてなかった。へ〜船長が好きだからあんな事してたのね〜。お前も意外と可愛い所あんじゃん。」
さっきまでの真顔から、一気にニヤニヤと話を進めるペンギンに顔がぶわっと熱くなる。完全に嵌められたし、自分からキャプテンの事が好きだと発言してしまった。
ニタニタと笑うペンギンに軽くパンチをすれば、笑いながらごめんごめんと返される
「良いから教えてよ!!協力してとかそういうことは言わないから!」
「えー。って言っても、本当に知らないんだよなー。昔聞いた時は鬱陶しくない奴って言ってたような。」
「…私って鬱陶しい…?」
恐る恐るペンギンの顔を覗き込めば、ぶっと口から音を出す
「いーや?くくっ…。むしろお前は船長と全然話してないじゃん。」
「だっ、だって!!キャプテンはいつも忙しそうだし!船に乗せて貰った時は鬼だと思ってたから上手く話せなかったし!!最初から話してなかったから今更どうやって会話をすればいいのか…。」
「あー確かに言ってた!シャチの嘘つき!!かっこいい船長じゃなくて鬼じゃん!!って騒いでたもんな〜懐かし〜。」
ケタケタと笑うペンギンにうっ、と唇を噛み締める
当時の私を知っていれば、船長に恋心を抱く様になったなんて考えられない事なのは百も承知だ。
「...でも本当はキャプテンすっごく優しいじゃん...」
「うん。」
「頼りになるし...カッコイイし...キャプテンだし...」
「キャプテンだしってなんだよ。まぁ、好きなのは分かったけど、それならもっとキャプテンと話してみるべきじゃね?多分あの人、お前に嫌われてると思ってるぞ。」
「えっ!?嘘でしょ!?何で!?」
予想もしない言葉に、手に持っていた買い出しリストをグシャッと握り締め大声を上げる。通りすがりの人がこっちを見たような気がして、我に返り少し小さな声でペンギンに目を向ける
「ねぇ、なんで?どういうこと?」
「そのまんまの意味。お前クルーとは話すのに船長とは必要最低限しか喋らないじゃん?」
「う、うん。(恥ずかしいから。あと忙しそう。)」
「それに船長が居る宴には来ないじゃん?」
「そ、それは...(自信を無くすから...)」
「まー乗船したての頃の、キャプテンが怖いです。っていう態度が抜けてないって言うか。他のクルーとは馴染んでるのに、船長に対しては何時までも他人行儀だからぶっちゃけあの人寂しいと思ってるよ。絶対。」
突拍子も無い言葉にポカーンと口を開いた
寂しいと思っている...?そんな訳...。って言うか、クルーのみんなは私がキャプテンの事大好きな一般クルーである事はわかっていると思っていたけど、肝心の本人には未だに怯えていると思われていたの...?
いつかは想いを伝えたい、釣り合うようになれたらいいなーなんて思っていたのに、そもそもまともな会話すら出来ていない事実に今更気づかされる。
「いや...で、でも!!今日も挨拶したし...」
「当たり前だろ。」
「うぐっ。そ、それに私の作ったおにぎり食べてもらったし...」
「それはお前の仕事だろ。」
「で、でも!!」
頭の中を探しても、やっぱり自分からキャプテンに話し掛けに行った記憶は見付からない。あれ?私が最後にキャプテンとお話したのは何時だっけ...??
「百面相で何してんだよ。いいから今日は酒場に来いよ。キャプテンの隣空けとくからさー。」
「はぁ!?隣!?無理っ無理無理無理!!ぜっっったいにむり!!」
「隣にも座れないのに付き合う方が無理だろ。って言うかそんなんで本当に船長の事好きなの?ちゃんと話してみて1回自分の気持ち確認してみたら?」
意外にも真剣に話をしてくれるペンギンにじーんとする。確かにその通りかもしれない。私のこの気持ちがただの憧れなのか、恋愛感情なのか、キャプテンと話さない事にはわからない。
「わ、わかった!話してみる!ありがとうペンギン!!」
「おう。(まぁ面白そうだから話しただけだけど。)」
ペンギンがただの愉快犯である事に気付いてない私は、少しだけ勇気を振り絞ってこの日の夜が来る事に少し期待をした。
ーーーー
買い物を終え、船内で仕分けをしていると、今日の酒場が決まったとの報告を受けた。私も行くって言えば、シャチが少し驚いていた。後でペンギンがニヤニヤしてるけど気にしない。
仕事を終えて、少し遅れたけど酒場へ向かう。正直緊張している。キャプテンと話す予定だから、何となくシャワーを浴びてきた。新しいツナギを着て、いつもより少し気合を入れてメイクもした。しかし気持ちは恋する乙女な筈なのに、心は戦場へ行く兵隊になった気分だ。
木製のドアを押せばキーっと古い金具の音が鳴りガヤガヤと騒ぐクルーの声が店内に響き渡っていた
くるっと店内を見回せばペンギンが控えめに手招きをしている
「おっ珍しいな!寂しくなったのかー?」
「おこちゃまにはお酒はまだ早いぞー?」
「もーうるさいな!お酒は飲めます!!たまにはいーじゃん!!」
既にぐでんぐでんに溶けきったクルーをあしらいながら、ペンギンの席を目指せば不思議そうな顔をしたキャプテンがこちらを見ていた
「遅かったな!あっ何飲む?ジュース?」
「うぅ…子供扱いして…でもジュースが良いです…」
キャプテンは店の1番奥の席に座っていて、ペンギンはテーブルを挟み椅子に座っていた。ペンギンの横に座った私は必然と目の前にキャプテンの顔があるわけで、緊張で既に心臓がバクバクと音を立てていた。
こんな時こそお酒の力を借りるべきなのかもしれないが、お酒が苦手な私が下手に飲んで何か失態を犯してしまえば大変だ。無難にジュースを飲んでいた方がいい。
「じゃあなんか聞いてくるわ。」
「えっ?」
私の声も虚しく、ペンギンは席を立ちカウンターへ向かう。嘘でしょと心の中で呟いたけどもう遅い。だって椅子に座っちゃったし。ペンギンの後ろ姿を見つめ、どうしようと思考していれば 「おい。」と言うキャプテンの声が聞こえる
「は、はい!」
くるっと慌てて正面を向けば、いつもより近い距離にキャプテンの顔があった。眉を寄せて、少し不思議そうな顔をしているけどそれすらも絵になる。
「何か船に不備があったのか?」
「??ありません。買い出しは終わりました。何事もなければ次の島まで問題なく過ごせそうです!」
「…体調は?」
「変わりないです…」
それならどうしてここにいる。と言うキャプテンの気持ちが彼の顔を見ただけで理解出来てしまう程に、キャプテンは少し驚いているように見えた。ペンギンに言われた通り、今更ながらキャプテンとの会話をあまりしてこなかった事が筒抜けになる言葉の掛け合いに思わず顔が強ばる。
「おまたせ〜。この島の名産のフルーツジュースだってさ。果物の種類は忘れた!俺ちょっとあっちで女の子たちの所行ってくるわ。船長も行きますかー?」
「いや、俺はいい。」
「あいあい!クールなキャプテンカッコイー!」
「黙れ。」
「やべ、じゃーな!!」
デレデレとニヤニヤを合わせた顔で去っていくペンギンの背中においおいと突っ込みを入れたくなる。彼なりの協力なのかどうかは知らないが、こんなあからさまにセッティングをされて一体どうしろという話だ。
取り敢えず一息つこうと、目の前にあるグラスのストローを口に含む。アルコールの匂いが充満するこの店内で、喉を通る甘さに少しの気恥しさが混じる。勿論キャプテンもお酒を飲んでいるみたいで、バカ正直にジュースを頼んで少し後悔をする。
(こういう時、一緒にお酒を飲めた方がいいよね...)
来て早々肩を落とし、何処を写せば良いのか分からない私の瞳はテーブルの上を見つめる。キャプテンは調べ物をしていたのか数枚の紙に新聞、分厚い本が数冊乗っていた。もし考え事をしていたのならここに座るのは邪魔だったのかもしれない。
「あっ、すみません。キャプテンのお仕事の邪魔しちゃって。これ飲んだら直ぐに船に戻ります。」
「いや...気にするな。大方片付いた所だ。お前飯は?」
テーブルの上を整理しながら話すキャプテン。なんだか急かしてしまったようで申し訳ない。
「あ、あの手伝います。ご飯はいつもの用意するのでその時に食べます。」
広がる紙を纏めようと手を伸ばせば、キャプテンの顔が少し怖くなった。気がした。もしや触ってはいけないものだったのかと思いキャプテンの顔を覗き込めば眉を寄せたキャプテンが溜息を零した
「これから支度をするのか?」
「はい?そうですけど...」
支度とは私が作っている食事の事だ。宴や酒場のある島に着いた時は酔い覚ましにも良いお味噌汁やキャプテンが好きなおにぎりをよく作っておく。私はコックじゃないけど、皆で楽しむ時は仕事を気にせず楽しんで欲しいから、好きで勝手にやっていたことだった。
意外にもこれが好評で、クルーやコックからも感謝される事が嬉しくて続けている訳だ。
「先に飯を済ませてから行けばいい。たまにはお前もガス抜きをしろ。」
半ば呆れ顔のキャプテンは手を止める。
「何があるか聞いてくる。」
ゆっくりと立ち上がろうとするキャプテンに慌てて両手で待ったを掛ける。船長を顎で使うなんて有り得ない事だ。
「ま、待ってくださいキャプテン!!」
「何だ?食わないなら聞かねぇ」
「いや、あの食べないんですけど、その」
顔を上げればキャプテンのアンバー色の瞳がよく見える。キャプテンを抑え込む様な形になっているのだから、当然距離は近い。バクバクとする心臓の音が聴こえてしまったらどうしようか。ギュッと目を瞑りそのまま足元へ顔を向ける。
「おい。」
「あの、味見しないといけなくて...その、それでお腹いっぱいになっちゃうから...」
「はぁ?」
「だから!味に自信が無いのでいつも味見を沢山するんです!!だからここでご飯食べたら、もう食べれなくなっちゃいます!!」
これは紛れもない事実だった。
新しい島へ行けば先陣を切って買い出しを希望する。拘りの食材はコックが調達していたけど、たまにコックの変わりに料理をするようになってから、島ならではの食材を使った料理をするのが少しの楽しみになっていた。
今日も買い出しの合間に料理本を買い、この島ならではの調味料と食材を買い調理をするのを密かに楽しみにしていたのだ。
所謂私にとってのガス抜きがこれと言える。
「...あぁ通りで今まで酒場に来てなかったのか。」
「あっ...ま、まぁはい。」
酒場へ行かなくなった経緯は貴方ですなんて言えない。お陰で今となっては密かな趣味が出来たから嘘は着いていない。
「そういえば、前の島の時も珍しいもんを作ってたよな。」
「あ、はい!あれはあの島の名産品を使ったものです。もしかして、キャプテン食べたんですか...?」
「あぁ、中々美味かった。そうか...」
動きを止め思考するような姿勢をとるキャプテンを見て1歩後ずさる。
これ以上キャプテンと話していても心臓が破裂して死んでしまうかもしれないし、キャプテンが納得してくれているなら今が船に帰るチャンスかもしれない。
グラスを持ち上げて中身を一気に飲み干せば、ふうと一息つく。
「では、そろそろ戻りますね!キャプテン、あの、お話出来て楽しかったです。では!」
「おい、待て。」
私の腕を掴むキャプテンに、ギギっとロボットのように振り返る。まだ何か用があるのだろうかと思うと正直汗が止まらない。
「俺も行く。腹が減ってたから丁度いい。」
「あ、はい。え?今なんて?」
はぁと溜息を零すキャプテンはこれを持てとぼんっと厚い本を押し付ける。鬼哭を手に持ち、先に船に戻ると船員に告げるキャプテンをぼーっと見つめる。
え?どういうこと?
「おい、さっさとしろ。」
「えっ、あっ、はい!!」
訳が分からなかった。ペンギンがニヤニヤしながら手を振っていた様な気がしたけど、そんなことも頭に入らないぐらい。
え?私これからキャプテンと二人で船に戻るの??
小走りでキャプテンの後を追い、キャプテンの長い脚に着いていく為に早歩きで船を目指した。
緊張していてどうやって船まで戻ったのか正直覚えていない。あれ、私お酒飲んでたっけ。
ーーー
船に帰った後、キャプテンは部屋へ戻った。正直ホッとした。その間に慌てて料理に取り掛かった。幸い酒場へ行く前に今日作りたい料理は決めていたし、あとはいつものおにぎりとお味噌だ。
ただ問題はキャプテンが食べると言う事だ。しかもしっかり夕飯として。ならば少し考え直さないといけない。野菜も取って欲しいしサラダも作ろう。
「はぁ緊張する…」
たかが数分の時間だった筈なのに、キャプテンとの時間は緊張で胸が張り裂けそうだった。ただの憧れであってほしいと思っていたこの気持ちが、やっぱり恋心であると確信してしまった。
クルーとしても異性としても好きなキャプテンに、手料理を振る舞うなんて緊張するに決まっている。私はコックでは無いし。それに船にはキャプテンしかいない。
そう船にはキャプテンしかいない。
だからといって何が起きる訳でも無いのに、改めて好きだと確信してしまえば余計緊張してしまう。普段ならふらっと何処かへ行ってしまうキャプテンを独り占めしてしまっている気にもなり、クルーとしても嬉しい。
「ふぅ…落ち着け落ち着け。さーて、がんばろ。」
1度本に目を通し調理を始めたらそれはもう楽しかった。この部屋のドアは1つしかないからキャプテンが来たら嫌でも目に入るし、ドアが開かなかったのが幸いし料理に集中できた。我ながら美味しく出来た気がする。
全ての調理を終え、テーブルにキャプテンの分の食事を置けば丁度キャプテンが部屋に入る
欠伸をするキャプテンは少し眠そうだし、少し頭が乱れている気がする。いつもより覇気のないキャプテンがゆっくり椅子を引くと、テーブルを見てピタッと停止する。もしかして嫌いな物が入っていたのだろうか?いや、キャプテンの嫌いな物は入れてない筈…それとも気分じゃないのだろうか…?恐る恐るキャプテンをのぞき込む
「あ、あの…キャプテン…?」
「お前の分はどうした。」
ゆっくり椅子に座り、コップに手をかけるキャプテンはん?と言いこちらを見る。辞めてくださいキャプテン。ちょっと色気が凄いです。
「おい、聞いてんのか?」
「あっ、はい!私はもう食べたって言うかその、」
「てめェ、俺に1人で食えってのか。いいからさっさと持ってこい。」
「ひっ。はい!持ってきます!お待たせしてしまってすみません!!」
ちっと舌打ちしているのが後ろで聞こえた。キャプテンは優しいからきっとこんな事で殺したりはしないだろうけど殺されそう。目だけで殺されそうです。
慌てて自分の分の料理を取り分けながら、冷汗を流している。だって、キャプテンと二人で食事をするんですよ?本当はキャプテンが食べている間別の仕事をして時間を潰そうかなって考えてた。
(やばい…っていうかどこに座ろう…ダメもう胃が痛い。)
あまりキャプテンを待たせる訳にも行かず、直ぐに長テーブルの前に行けばいつも座っている席に腰を下ろした。普段座る席がキャプテンの座る席から遠くて良かったと胸を下ろす。
「キャプテンと2人でご飯を頂けるなんて夢みたいです!ありがとうございます!」
「お前…いや…」
キャプテンが私を見ると目を見開いた後に頭を抱える姿勢を取った。え?また何かやらかしましたか?それともここに座るのは不味かったのだろうか。私的にはキャプテンとの距離がかなり出来て話しやすい。
未だ食事に手を付けず何かを考えるキャプテンに、私の手も止まる。船長がまだ食べてないのに食事に手をつけることなんて出来ない。
「あの…キャプテン?何か嫌いな物とかありましたか…?」
「嫌いな物…。はァ。丁度いい。お前に聞きたかった事だ。」
「??はい、何ですか?」
射抜くようなキャプテンの視線にドキッとする。恋愛的なドキドキでは無く、上司と部下のそれだ。こんな改まって何か聞かれるなんて、船を降りろとか役立たずだとか言われるのだろうか。
それとも食材を無駄にするなとか、いつもキャプテンは優しいからきっと気を使って言えなかったのかもしれない。
「お前、俺が怖いのか?」
キャプテンの一言に拍子抜けした。多分変な声を出したし変な顔をしていた気がする。
真剣な表情のキャプテンはあ?と言い私も再び背筋を伸ばす。
「いやその…最初は怖かったけど…今は怖くないです…。」
「なら何故避ける。」
キャプテンの言葉に再び私は目を丸くした
クルーと馴れ合う様なタイプでは無い船長が、そんなことを気にするぐらい私の態度は酷かったのだろう。わざわざキャプテンの口からこんな言葉を言わせてしまうなんてクルー失格だ。
「す、すみません。もう怖くはないんです!本当です!」
「ほう。」
で?何故?とキャプテンが問い掛けているのは彼の顔を見ればわかった。わかるし、机の上に肩肘を当て美しいお顔を手で抑えている。正直めっちゃかっこいいから、その体勢で見つめないで欲しい。トントンと長い指でテーブルを軽く叩くのもなんだかセクシーに思えてくるからやめて欲しい。
「うぅ…」
「は、恥ずかしいんです!!!きゃ、キャプテンがかっこよすぎて!!!ち、近くで見る事が出来ません!!!すみません!!」
思わず目を瞑った。恥ずかし過ぎて死にたくなった。
でももう言い訳も思いつかなかった。だってカッコイイのは事実だし。クルーのみんなが言ってる事だし。私だけじゃないし。
「す、すみません!!もうお腹すいて死んじゃいそうなのでお先に食べます!!いただきます!!!」
言ってしまえばもう早くこの空間から抜け出したかった。キャプテンの顔は見ずに料理に目をやった。
(わー美味しそー…)
正直全然美味しそうには見えなかった。味もしない。食事なんて取れる状況じゃない。
カチャッと食器の音が鳴り、上を見上げると目の前の席に皿を置くキャプテンの姿があり、口の中に入れたものが出そうになり慌てて手を抑えた。
「おい、喉に詰まるだろ。」
少し焦った表情をしたキャプテンは直ぐに水を渡してくれた。有難く受け取って口と中に含んだけど、目の前の席に座ったキャプテンの事が気になりすぎてそれどころでは無い。
「あ、あの、何故ここに…」
「あぁ、慣れろ。お前の言い分はわかった。が、そんなンじゃ、急な襲撃があった時に対処出来ねぇ。馴れ合えとは言わねぇ。慣れろ。」
「あ…あいあいきゃぷてん…」
ふっと笑い満足したのか、キャプテンはやっと食事に手をつけた。口に合わなかったらどうしようと思ったけど、キャプテンの顔を上手く見る事が出来ず自分のお皿に集中した。
「美味いな。」
「あっ、ありがとうございます。」
味がしない。味がしないですよキャプテン。
どう考えても慣れるはずのないキャプテンの顔を長時間見つめる天国のような地獄のような日々が始まる。