短編・中編
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「好き…。こんな時に言うことじゃないってわかってるけど、好きなんだ。」
「…俺もだ。」
聞こえてきた言葉に幸せの絶頂を噛み締めた。初めての告白で恥ずかしくて、緊張してお酒の力を借りたけど。モジモジと下げていた頭を上にあげて、ボンヤリとした視界で彼の顔をうっとりと眺める。あれ?髭は生えてたかな?帽子被ってるの初めて見た。同盟相手のトラ男君みたいな帽子だな。…トラ男君?…ゾロって髪の色緑だったよね?サーーっと急速冷凍されていく頭と身体。ハッキリと視界に写っているのは紛れもない同盟相手のトラ男君。
「まさかお前から言われるとは思わなかった。正直嫌われていると思っていた。手放しで喜べる状況ではねぇが、俺は今世界一幸せなのかもしれない。」
「あ、う、うん。あの、その、でも私達同盟で…」
『好き』と伝えたのは私なのに、言い訳のように言葉を並べるのだから、トラ男君は少し眉を寄せる。私だって少し前までは世界一幸せだと思っていた、目の前にいるトラ男君の宝物を愛でる様な甘い視線に気が付くまでは。
❥ ❥ ❥ ❥
私はしがない看護師だった。影を取られるまでは。スリラーバークでゾロと七武海のやり取りを見てしまった一般人だ。恩人の1人がボロボロの姿になった経緯を知りながら、医療従事者の1人として放っておくことなんて出来なかった。無事に彼は目覚めたけど気付けば一味はバラバラ。正式に麦わらの一味へ入ったのか?と言われれば正直直ぐに頷く事は出来なかったけど、何とか再開の日に再び彼等に出会う事が出来た。
修行していた2年間も、頭の中はゾロの事でいっぱいだった。まだ怪我は癒えていない。彼は大丈夫だろうか。
だから再開した時に、彼の目を見て驚愕した。また無茶な事をしたんじゃないかって。
ずっとゾロの生死を気にしながら生きてきたから、目の前で当然の様に動く彼を見て感動したのは言うまでもない。そしてそれが恋なのかな、なんて気付くのに時間はかからなかった。
ドレスローザで二手に別れて私はゾウへ行く事になった。サンジくんが居なくなって、絶望の縁に立たされていた時にルフィ達は帰ってきた。やっぱりゾロの顔と一言を聞けば私は安堵した。普段は何を考えているのか分からない少し抜けた彼だけど、一味の大事になれば頼り甲斐のある男の姿を見せるのだから。
ミンク族、サムライ、そして継続してハートの海賊団との同盟が組まれた。
正直同盟相手である船長のトラファルガー・ローは苦手だ。鋭い目付きにおぞましい能力。心臓を抜いたり、心身を入れ替えるなんて有り得ない話だ。そして彼が外科医である事実は私の中では衝撃だった。人を見かけで判断するのは良くないけど、もしオペをする事になって介助をする事になったらと思えば自然と彼を避けた。医療従事者として有るまじき行動なのはわかっているけど、初めて視線が交わった時の彼からの鋭い殺気を浴びて私の戦意は喪失してしまったのだから、仕方がない。
「あ!麦わらのとこの…名前ちゃん!」
近付いて来る人間の服装を見て私は大袈裟に体をびくつかせた。それもそのはず、たった今考えていたハートの海賊団の船員がこちらへ駆け寄ってきたのだから。
「あ、ごめん急に話しかけて。俺シャチ!いや〜ずっと名前ちゃんと話して見たくてさ〜なんたってキャプ…」
「シャチ、テメェ余計な事喋ったらバラして海に沈めるぞ。」
「「ヒィ…!」」
ニコニコと人当たりの良い笑顔で話していたシャチと私の間に急に割って入ってきたのは渦中のトラ男君だ。彼から漏れる殺気と、物騒な言葉に私とシャチ君は互いに情けない悲鳴をあげた。
ギロリと向けられる鋭い視線に逃げ出そうとしていた足がピタリと止まる。もしかしたら私もバラバラにされて海へ流されるのかもしれない。頭ではそう思っているのに、恐怖で体は動かない。
「おい、何か聞いたか。」
「な、何も聞いていないです!!そ、その、お、お名前だけ拝聴しました…!」
「そうか。」とひと言だけ彼が言うと私は全力で逃げた。ナミ達は彼に対して平気で会話をしているけど、私には無理だ。というか、私に対してだけ当たりが強い気がする。視線も鋭いし、彼から飛んでくる言葉は早く鋭い。気の所為かもしれないけど、絶対そうだ。
「はぁはぁ…無理…。怖すぎ…。」
「お前何してんだこんなとこで。」
「は、え?ゾロ!?なんでこんな所にいるの!?他の人は!?」
「あ?…ったく彼奴ら迷子になりやがって。仕方のねぇ奴らだ。」
どう考えても迷子は貴方です。と言いかけた言葉をグッと飲み込む。今ここでゾロに会えたのはむしろラッキーだったのかもしれない。はぁと大きな溜息をつき、呼吸を整えれば、「なんでそんなに疲れてんだ。」と言われてしまう。同盟相手の船長からの殺気を浴びてバラバラにされる所でした、なんて言えるわけも無いし、適当な嘘をついて誤魔化した。
「今日は宴やるんだよね?」
「らしいな。俺は木を切りに来た。戻るぞ。」
「ま、まって!!こっち!!こっちだよゾロ!!」
「コッチだろ!何言ってんだ。」
大きな木を持つゾロが向きを変えると自然と切られた木が目の前をブンと横切る。「ギャッ」「あ、悪ぃ」あと一歩反応が遅れていたら、私の顔面は鈍器のように殴られていたというのに、ケロッとしているゾロには少し腹が立つ。どこからどう見ても先は海なのになぜ反対方向へ歩こうとするのか、彼の行動は理解不能だ。
腕を掴もうにも両手で木を抱えている彼の腕を引くことは出来ない。ジッと彼を見つめれば、「なんだよ…」と言われる始末。
「こ、こっちだから着いてきて…?」
「…分かった。」
素直に着いてきてくれることに安堵した直後後ろを向けば既に違う方角へ向かうゾロに私は慌てて駆け寄った
「ち、違う!!ねぇ!こっちだよ!!も、もしかしてゾロの目に私って写ってないの!?」
「ち、ちげぇよ!!こっちの方が近ェだろ!」
「お願いだから着いてきて!」
ゾロの視界には本当に私の事なんて写ってないのか、なんて考えたらちょっと泣きそうになった。彼の事を考えていた2年間は報われない想いだったらしい。それに、まともに彼の道案内すら出来ないのだから、ゾロの隣に立つには相応しくない。自然と涙腺が緩むけれど、キッと涙を堪えゾロのシャツを掴んだ。
「ご、ごめん。ちょっとだけ我慢して…」
「…いや、こっちこそすまねぇな。」
ここまで近くでゾロの顔を見たのは初めてだった。それに気付けば自然と顔に熱が集まる
「おい、お前熱あんじゃ…」
ゾロの顔が近付いた時、視点は反転した。
「お、トラ男の能力か。…大丈夫か?チョッパーに診てもらえよ。」
「あ、う、うん。ありがとう。」
何事も無かったかのように着地をするゾロに対し、不格好に腰を強打した情けない自分。直ぐに木を地面に置いたゾロに起こしてもらい、パンパンと汚れを叩いたけど、能力を使った相手の事が頭を過り正直気が気じゃない。慌てて辺りをキョロキョロと見渡すけど、肝心のトラ男君はいない。
「チョッパーならルフィのとこじゃねぇか。」
「あ、う、うん。ありがとう!行ってくるね!」
先程怒らせてしまったトラ男の事が気になっていた、なんて言えるはずも無く逃げる様にその場を去った。少し遠くなった場所でゾロを見れば、トラ男君の姿が視界に入り、あぁやっぱり私の事が嫌いで避けてるのかな、なんて頭の片隅で考えた。
❥ ❥ ❥ ❥
「宴だァ〜!!」
どんちゃん騒ぎで皆が盛り上がる宴。互いに全てを忘れただひたすらに酒を煽り食事を取り享楽に浸るこの瞬間が好きだ。この時ばかりは得意では無いお酒をチビチビと飲み進める。勿論酔わない程度に。
「恋ってどんな感じなのかなぁ…」
「…あら、貴方恋してたの?」
「は、え、あ、ロビン。」
木の枝に腰かけながら、皆が騒いでる様子を眺めていた時にポツリと口からこぼれた言葉。たまたま私の様子を見に来たロビンに聞かれてしまい若干酔っていた頭は少し冴えてくる。
「恋かどうか分からなくて…」
「そうね…。私もよく分からないけど、名前がそう思うなら恋なのかもしれないわね。」
「んーそうなのかなぁ。」
「ふふ。告白はしないの?貴方みたいな可愛い子に好意を伝えられて嫌がる人なんて居ないと思うけれど?」
ニコリと微笑むロビンが綺麗で思わずボッと頬が熱くなる。きっと男の人はロビンみたいな綺麗な人の方が好きだと思う。だって私ならロビンを選ぶ。人に初めて話す恋のお話のせいで、気付けばお酒は進んでいた。こんな歳まで恋愛経験が無かったのはあの光の当たらない島で影を求めて彷徨っていた期間が長いせいだ。
「名前、貴方ちょっと飲みすぎじゃない?」
「へへ〜。ロビン大好き…!私このまま海賊になっちゃおうかなー。」
「ルフィはもう貴方の事、仲間だと思ってるわよ?」
仲間…の言葉にじわりと涙が浮かぶ。船に乗った同期と言えるブルックは立派に一味の為に活躍しているのに、私は海賊になるのは怖くて正式に仲間になりたい、と話をしたことはない。そろそろケジメを付けるべきだとは思っているのに、次々に巻き起こる事件に船長であるルフィと離れ離れになってしまい、思いは宙で舞っていた。
でも、そんな事考えなくても良いほどに今は気持ちが良い。頭がふわふわする。そういえば宴の時、ゾロは輪の中心に入って酒を煽っているな。そう思えば自然と視線は騒ぎの中心へ向く。ポヤポヤした頭で人を眺め、注がれるお酒を煽り続ければ途端にウッと気持ち悪さが襲う。
「…不味い…ごめんちょっとトイレ…」
「1人で平気!?着いていくわ。」
「だ、だいじょうぶ!は、はずかしいひ…へへ」
こんな美しいロビンに汚い部分を見せたくは無い。ふらふらとしながら立ち上がり、木に手を当てながらゆっくりと騒ぎから遠ざかる。フラフラとする視界では目的地が何処にあるのか定まらない。やっぱりロビンに着いてきて貰えば良かったかな。なんて思いながら、大きな木の幹へ凭れ掛かる。何だか眠いしもう目も開かない。
「おい、大丈夫か。」
「えへへ〜だいじょーぶだよ〜」
「…飲み過ぎだ。」
「んふふ。そんなに飲んだかなぁ〜。あーでもなんか楽しいかも…トイレ…いこうとおもってたんだぁ」
聞こえて来る声が誰のものか理解できなかった。男の人である事は分かる。やけに優しくて少し心地が良い。ふらついた身体を支えられた時にカチャンと刀の音が聞こえた。刀…と考えれば思い付くのは1人。触れた腕は筋肉質で硬く鍛えられている腕だ。まさか…とは思ったけど、酒を煽った原因でもある人物に支えられているのかもしれない。そう思えば途端に酔いが回ったように身体が火照る。
「…あっつい。」
「先に水を飲むか?普段からこんなに酔うのか?必要なら薬を持ってくる。」
「へへ…優しい…うれしい…」
自分でもびっくりする程に感情に素直になれた。だってあの何も考えてなさそうなゾロが心配をしてくれてるんだから。身体がふらりと揺れる度に逞しい身体に支えられ、大丈夫だ、なんて言われるからまともじゃない頭では全てが都合よく捉えられる。だから、彼の身体に腕を回し言ってしまったんだ。
「好き…。こんな時に言うことじゃないってわかってるけど、好きなんだ。」
「…俺もだ。」
トラ男君に。
「まさかお前から言われるとは思わなかった。正直嫌われていると思っていた。手放しで喜べる状況ではねぇが、俺は今世界一幸せなのかもしれない。」
「あ、う、うん。あの、その、でも私達同盟で…」
「だが、お前はまだ麦わらの一味では無いんだろ?さっき聞いていた。だからチャンスだと思った。本当は俺から言うつもりだったんだが…」
「えっあっ…えっ…?」
急速に冷めていく頭と、広がる視界。見た事がないトラ男君の表情。私を見る熱っぽい視線にきっとお酒のせいでは無い頬の色付き。動揺するわたしに対して真摯に想いを告げる彼の言葉。え、もしかしてこれって…
「と、トラ男君って、わ、私の事す、好きなの!?」
「…だからそう言ってるだろ。」
思い切って抱き着きながら告白をしたせいで、私の体は行き場をなくしていた。頭の近くにある彼の心臓は、その表情からは伺えない程にドキドキとリズムを刻んでいる。脅しでも、冗談でもない、彼が本当に私の事を好いていると理解するには十分だった。
「あ、あの、で、でも…」
「…取り敢えずトイレだな。吐き気は?」
「は、な、ないです!無くなったっていうか…あ、1人で行けます…!」
「ふっ、少し酔いが覚めたのか。俺もだ。連れてってやるから少し掴まってろ。」
「わっ…」
出来る限り振動を与えないように、優しくトラ男君に横抱きにされ思わず変な声をあげる。「変な声だな…」なんて言う彼の顔が、本当に甘くて、優しくて、今まで浴びていた鋭い視線とは全然違うものだから、心臓はバクバクと音を鳴らす。え?だって、トラ男君ってあのトラ男君??私に対してはやけに冷たくて、殆ど会話もした事ないし、目が合ったと思えば鋭い目付きで睨み付けてきていたあの、あのトラ男君なの???
パニックになる頭とは裏腹に幸せそうな顔をするトラ男君の姿を見て、「告白する相手を間違えました。」なんて言える筈が無い。否、言ってしまえば最後次こそは本当にバラバラにされて海の藻屑と化すかもしれない。身の危険と口を滑らせては行けないという緊張からウッと再び吐き気が込み上げる。両手で口元を必死に抑えるけど限界かもしれない。じわりと生理的な涙が込み上げてくる。
「ウッ…むっむり"…」
「…!!悪い、揺らし過ぎたか!?」
いいえ、むしろ気遣いが過ぎて全く揺れを感じませんでした。むしろその優しさと甘い視線に酔っているんです、なんて彼に伝えることは出来ない。もうどうなってもいい、ここで嫌われてしまえば無かったことになるのかもしれない。気付けば彼の体から顔を背け堪えていたモノを口から吐き出していた。怖くてトラ男君の顔は見れない。恐怖と羞恥と体の辛さでグチャグチャだったけど、ゆっくりと身体を降ろされ背中をとんとんと叩く彼の手はずっと優しく暖かかった。
❥ ❥ ❥ ❥
「ご、ごべんださい…」
「いや…気にするな。もっと早く気付いてやるべきだった。」
トラ男君のTシャツは私には大きい。吐いてグズグズになった私を彼はハートの海賊団が過ごしている森へ連れて来てくれた。とは言っても今は宴の最中、この小屋所かこの辺りに居るのは私とトラ男君だけみたいだ。私に水と薬を渡すと彼はシャワーを浴びると言い部屋の奥へ消えてしまった。素直に彼から貰ったものを口に含み、ゴロンとふかふかなベッドへ横になる。
やってしまった
両手で顔を覆い、思うのはその一言。そう、色々とやってしまった。私の人生どうしてこうも運が悪いのか。トラ男君の事が嫌いな訳では無いけど、告白する相手を間違えるなんて聞いた事がないし、どれだけ間抜けなんだって話だ。酔っていたとはいえ、声を聞いて気が付かないなんて私のゾロに対する想いはその程度だったのか…?と頭を抱える。だって仕方ないじゃないか、麦わらの一味と航海した期間は短いし、再開してからも彼とは離れ離れになっていたし、実際そこまで話した事無かった。
頭の中で言い訳を考えるけれど、正直それどころではない。トラ男君に告白してしまって、まさかまさかの彼も私の事が好きってことが判明して、これって男女の付き合いになるの!?って事だ。嘘だ、と思いたくても彼の甘い視線に嘘は感じられない。さっきだって、私が突然吐いたにも関わらず嫌な顔1つせずに、ずっと心配してくれて、自分の事なんて二の次で私の世話を焼いてくれたのだ。
…狡い、狡いと思った。
いや、狡いのは本当は好きじゃないのに、「間違えました。」の一言が言えない自分だってことはわかってるけど。でも、今までのトラ男君の行動から私の事が好き、なんて誰が想像出来るのか。彼にビクビク怯えながら、同盟早く終わらないかな〜なんて考えていたというのに。途端に熱っぽい視線を送ってくるのだから、ギャップで頭がどうにかなりそうだ。トラ男君の優しい瞳を受ける度に胸はドキドキするし、これじゃあまるで本当にトラ男君に恋してるみたいじゃないか。
私ってこんなに軽い女だったの…?
って思えばガクンと項垂れる。
突然額に触れたヒヤリとする物に、声を上げた
「悪い、起こしたか…?」
「あ、だ、大丈夫です!起きてました。」
彼が手に持って居たのは濡れたタオルだった。
「頭を抑えていたから頭痛がするのかと思ったんだが…。薬が効くまでは少し冷やした方が楽になる。」
「あ、ありがとう…ございます。自分で出来ます…」
「無理しなくていい。急に身体を起こさせて悪かった。他に辛い所はないか?風呂は明日にした方がいい。気になるようならタオルを持ってくる。」
トラ男君は私の腰に手を当てながら、割れ物を触れるように優しくベッドに寝かせてくれた。彼の手も、触れる冷たいタオルも身体に触れる度、熱を帯びたように熱くなる。惚れっぽいとは思っていない、だけどこんな顔でこんな表情でこんな仕草でこんなに優しくされたら誰だって意識ぐらいしてしまう。
「名前…俺はずっとお前が好きだった。」
ポツリと言葉を紡ぐ彼の顔を見れなくて、自然と顔を背けた。だってどんな顔をして彼の顔を見ればいいのか分からない。自分は酷い女だ。
「シャボンディ諸島で、転んだ子供の手当をしていただろ。」
「え…。い、いつ…?…あ、2年前の…」
「あの時の笑顔を見てから、名前の姿が頭を離れなくなった。一目惚れだった。目の前にいた海賊に怯えながらも、患者の為に必死に戦う姿が、全て愛おしいと感じた。」
「そ、そう言えばあの時…」
シャボンディ諸島で母親を探し泣いている子供を目撃した。転んでしまった子供の手当をしている時に、人攫いの一味がやってきた。子供の母親はこの人攫いに捕まっていた。足が竦んだ、怖かった。でも、泣いているこの子の為に戦うしか無かった。ギュッと目を瞑り覚悟を決めれば、目の前に居たはずの男達は跡形もなく消えていた。「えっ?」と間抜けな声を上げたけど、親子は感動の再会を果たし何故かお礼を言われた。私がしたのは手当だけだったのに。
「も、もしかして、トラ男君が助けてくれたんですか…?」
「まぁ、気まぐれだ。」
「あ、ありがとうございます!勝てる見込みは無かったので、あの親子が助かって本当に良かった。トラ男君のお陰です。それに私の命の恩人でもあったんですね。」
今まで気づかなかった、知らなかった彼との繋がりに少し嬉しく思う自分がいた。つい興奮して彼の顔を見てしまったから、トラ男君が恥ずかしそうに視線を逸らす姿を見てしまい私も気恥しさでチラリと目線を逸らす。
「ロー…トラ男君じゃなくて、名前で呼んで欲しい。可能ならそのよそよそしい喋り方も…。いきなりじゃ難しいか…?」
探る様な、出来るだけ丁寧に紡がれる彼の言葉が擽ったい。
「ろ、ロー君…で、良いですか…?あの、まだちょっとその、緊張するって言うか…」
「ああ。ありがとう。悪いな、こんな時間まで喋らせちまって。そろそろ薬が効いてくる頃だ。見張りは俺がするから、安心して休んでくれ。…おやすみ名前。」
相変わらずとても優しい顔で微笑みかけると、私に一切触れることなく彼は立ち上がり扉へ向かう。彼の紳士的な対応に驚愕しながら、このまま立ち去ってしまう事への名残惜しさを感じてしまうなんて、やはり私は軽い女だろうか。
「あ、あの!とら…ロー君!お、おやすみ…なさい。」
「ッ!ああ。」
声を掛けられた事に驚いたのか、鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしたロー君の姿に自然と笑みが落ちた。彼を引き止める勇気は湧かなかったけど、驚かせる事が出来て何だか嬉しかった。両手でニヤける口元を抑えながら、あれ?私が好きなのってゾロじゃなかったの?って考えるけど、アルコールの回っている頭ではろくな考えは浮かばないと思って思考を辞めた。
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チュンチュン
まるで小説のワンフレーズのような目覚めだった。自然豊なゾウでの朝は心地が良い。木でできたお家から射し込む日差しの暖かさと眩しさで目覚めるのだから。
昨夜までの身体の怠さはまるで感じられない。ベッドの横に置かれたテーブルの上には水と共に紙が1枚置かれていた。
『荷物はニコ屋に聞いて持ってきた。外で待ってる。』
置かれていたのはいつも私が使っているリュック。ロー君がロビンに何を言ったのかは気になるけれど、今はそれどころでは無い。大慌てでシャワーを済ませ、身支度をし外へ飛び出せば扉の近くで腰掛けているロー君が居た。
「ロー君、ここで寝てたの!?」
「ああ。気にするな慣れている。」
昨日この小屋へ来る時、彼の能力で入ったから部屋が1つしか無い事に気がついて居なかった。彼は私に指1本触れずに外で1人で眠りに落ちていたのかと思えば、酷い罪悪感に駆られる。
「ごめんなさい。私がベッド使ってたから…」
「だから気にする必要は無い。」
キッと鋭い視線を向けられ、思わずビクッと肩が上がる。昨日までの熱っぽい視線は嘘だったのかと思う程に彼の視線は鋭い。
「っ…くそっ…悪い。怖がらせるつもりは無かった。…接し方が分からねぇんだ。」
頭を抱えるロー君を見て、1つ過ぎった事がある
「もしかして、ロー君も昨日凄い酔ってたの…?」
「…今更か。」
もしかしたら昨日のロー君も酔っていて言いたくない事を口走っていただけなのかもしれない。昨日の事は互いに酒に溺れただけという事にして水に流してしまおう。そう言いたいのに、それを考えれば少し寂しく思えた。
「私、ロー君に謝らないといけない事があるんです。」
「いや…いい。謝るのは俺の方だ。」
彼が私に謝らなければいけない事なんて1つもないのに、頭を抱えるロー君に首を傾げた
「…昨日の事なんだが」
彼が言葉を放つ前に私は俯いていた。次の言葉を待つのが何となく嫌で、ゾロの事が好きだったはずなのに、気になっていたはずなのに、勝手に酷く傷付いて、気付けば早口で捲し立てた。
「だ、大丈夫!ロー君の言ったことは全部酔ってただけって理解してるから!あの、私も変なこと言っちゃってごめんなさい。わた、私はまだ、正式な麦わらの一味じゃないし、同盟関係にヒビが入る事は無いですから。誰にも告げ口しないし、何も言わないからだから…」
ポロリと伝う涙に「あれ?」と間抜けな声をあげる。だって、なんで自分が泣いてるのか分からない。昨日はあんなに告白を無かったことにしたいって思ってたのに、早く間違えたって伝えないとって焦っていたのに、どうしてこんなに悲しいのか。
「…嘘じゃねぇよ。気持ちを利用したのは俺だ。…好きな奴の好きな相手って奴は分かりやすいんだ。」
「頼むから泣かないでくれ。」そう言って渡されたハンカチに余計じわりと涙が浮かぶ。だってそんな辛そうな顔で見つめられたら私はどうしたら良いのだ。こんな時でもロー君は私に指1つ触れずに慰めようとしてくれるのだ。
「名前が俺とゾロ屋を勘違いしている事には気付いていた。でも、頭の片隅で本当に俺だったらいいと思って利用した。酔った隙に漬け込んだ。悪かった。だから名前は悪くねぇ。ただ、昨日言った言葉に何一つ嘘は無い。俺はお前が好きだ。」
その真剣な瞳は昨日見た時のそれと同じで、ロー君が本当に私の事を思っているんだとすぐに理解出来るほど。嬉しい、私も好き、なんて喉まで出かかった言葉を噛み締めて地面を見つめる。だって、こんな軽い女じゃロー君にもゾロにも顔を向けられない。ポタポタと地面が濃くなっていく様を見ながら、私は言葉を失っていた。
「…困らせる事は分かっていた。名前を泣かせたい訳じゃなかったんだ。すまない。これからは極力名前の前に姿を現さねぇようにする。お前のせいで同盟関係が崩れる様な事は無いから安心してくれ。俺はただ、名前が幸せならそれで良かったんだ。本当にすまなかった。…先に戻るが、人を呼んだ方が良いか?黙ってた方が良いなら何も言わねぇ。」
ロー君の言葉はずっと優しい。その優しさが今は心に響く。怖かったロー君の視線、あれだけ嫌だったロー君が目の前から居なくなると思えば心は張り裂けそうだった。姿を現さないなんて、最期だなんて言わないで欲しい。私の幸せを願うなら、こんなに紳士のように宝物を愛でる様に優しくしないで欲しい。私は貴方に想われるほど純粋でも綺麗な心を持っているわけでも無いのに。
「…や、嫌だッ…!!」
思わず掴んだ彼のシャツ。自分でも自分の制御はできていない。
「もう、会えなくなるのはヤダよ…!!わた、わたし、ゾロが好きだと思ってたのに…、ロー君の、ロー君の事が頭から離れなくなってる…!こんな…軽い女みたいで、嫌なのに、もう、姿を現さないとか、悲しいこと言わないでよ…」
嗚咽混じりで叫んだ言葉にロー君は足を止めていた。我ながら狡い台詞だと、全てを告げた後に思った。ロー君が私のことを好きだって、知った上でキープするような発言をしているのだから。私は本当に狡くて汚い女だった。
「…ごめんなさい。」
「それは何に対してだ?」
「狡い女で、ロー君の気持ちを弄ぶような事を言って…」
振り返ったロー君の顔は怒っている訳ではなく、むしろ少し口角が上がっているような、いつもより柔らかい表情をしている。
「俺の気持ちは届いているんだな?」
「え…あ、うん。」
「嫌じゃないって事は、俺はお前を好きで居てもいいのか?」
「で、でもそれじゃロー君を…」
「お前が幸せなら良いって言ったのは本心だ。だが、少しでも俺の入る隙があるなら、俺が名前を幸せにしたい。名前を軽い女だなんて思わねぇよ。嫌われていないなら、振り向くまで何度も気持ちを伝える。」
「それに俺は海賊だからな。」と言い、ニヤリと悪い顔で微笑んだロー君にドキッと心臓は動く。
「悪いのは略奪する海賊だろ?お前は悪かねぇよ。」
「ず、狡い…」
狡いのは私の筈なのに、余裕のある彼の笑みに口をパクパクとさせる。心臓は取られて居ないはずなのに、心臓を抜き取られたかのような気分だ。想いを伝えているのはロー君なのに、ドキドキしているのは私の方なんだから。
ロー君の気遣いで時をずらして皆の元へ戻って数秒後、ロビンに抱きつく。再び聞いた恋のお話で顔が赤くなったのは昨日と違う人を思い浮かべて。
「恋ってどんな感じなのかなぁ…」
分からなくなった好きと愛と恋について、ボヤいたのは2度目
「案外もう見つかってるんじゃないのかしら?」
視線が絡んだ後に高鳴る鼓動は暫くは止みそうにない。運のない間違いばかりの人生が赤く色付くまであともう少し。きっと次の選択は間違えないだろうから。