素直になるまで1cm
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再び動き出した潜水艦はゴボボボとプロペラを回しながら今日も海底を進む。目的地が決まり、不要な接触を避ける為に潜水はやむを得ない状況だった。暑さでぐったりとするベポの姿は少し可哀想になる程だ。
日光の遮断された空間では知らぬ間にストレスが溜まっていくものだ。それを解消出来る手段は人それぞれ違う。だが今はそれが解消されつつあった。ある匂いと能力のお陰で。
「はぁ…なんかいつもよりイライラしない気がする。」
「アロマテラピーって奴だろ?むさ苦しいこの船に縁があるものだとは思わなかった。」
この船に新たに入った船員名前のミツミツの実の能力には癒しをもたらす効果があった。蜂蜜のような甘い香りは潜水中のこの船とは相性抜群だった。以前よりも船員の顔色は色付いているように見える。
当の本人は窓の外を眺めては本を読み、再び眺めては本を読み、嬉々としてこの潜水を楽しんでいた。
「…そんな楽しいか?」
「当たり前じゃん!シャチは泳げるからいいかもしれないけど、私はもう泳げないからね。泳いでる気分になれて素敵だなーって。」
既に幾度もこの光景を見たはずなのに、名前の瞳から輝きは消えない。彼女の言う事も一理あるから、まぁ確かに…と、シャチは言葉を濁す。
チラリと船内を覗き込み、シャチはコソコソと彼女の耳元に口を寄せる
「なぁなぁ、名前って実際船長と何処までいったの?」
「は?どこまでって何も?」
怒る訳でも無く、当然と言いたげの表情をする名前にシャチはサングラスの奥で瞬きを繰り返す。人生経験の多い名前にとってこのくらいの話は動揺する要素になり得ない事は分かっていたが、それにしても動じなさすぎなのだ。
「いやいや、別に隠さなくても俺達船長と名前が付き合ってるのぐらい知ってるし…」
「付き合ってないけど?ローの女にはなるって言ったけど、そういう関係では無いよ。ローの事は好きだけどね。」
「は?」
何その顔、とケタケタ笑い出す彼女に、動揺しているのはシャチだった。自分が優位に立ち、船長と彼女の甘い話でも問いただしてしまおう!なんて考えていた筈なのに何故立場が逆転しているのか。
「名前、俺らに気を使ってるなら、気にしなくていい。」
「なに?ペンギンも聞いてたの?ふふムッツリ。」
「な…!!」
近くでこっそり耳を傾けていたであろうペンギンまで玉砕する始末だ。大好きな船長が恋人に対してはどのような男らしい態度をとるのか純粋に気になっていただけだと言うのに…。
「くっ…これは悪女だ…」
「失礼ね。でも残念ながら本当に何もしてないの。ほら、部屋も別々にしたし、前は一緒に寝たりしてけど。」
「はぁ!?!?」
「えっ待ってくれ!一緒に寝たってことはそういう!?」
「ローに抱かれた事は1度もないよ?本当に何もした事が無い。」
ペンギンとシャチは目を見合わせた。だって、あの船長が同じ布団で何もせず一夜を過ごしていただなんて、考えられなかったから。それは船長だから、と言うよりは男として。惚れた女と同じ空間にいて手を出さない船長に純粋に驚きが勝る。
「キャプテンってもしかしてED…」
「誰がEDだ。バラされてェのかテメェ。」
「あ!ロー!」
シャチはゴツンと大きなタンコブが目視出来る程に船長からのゲンコツを受けた。ひぃ!!と悲鳴を上げたのは、痛みよりも船長の顔だ。ピクピクと頬を引きつらせている彼の顔は何よりも恐ろしいし、一体何時から話を聞いていたのか。
「くだらねぇ詮索しやがって。」
「いや…だって名前も船長も俺達に気使ってんのかなって…」
「気なんか使ってねェよ。俺はこいつの意思を尊重してるだけだ。俺達は海賊だからな。特別扱いはしない。」
「今は私が1番新人でしょ?でもNo.2の座狙ってるから!よろしくね!」
「…だ、そうだ。だからくだらねぇ事気にすんな。大体戦力だけで言ったらお前ら名前に負けてんぞ。」
不思議な光景だった。名前の座るソファの横にどかっと腰掛けた船長の表情は普段と変わらない。名前は何処か安心した様な、嬉しそうな表情を一瞬するがそこに甘さは感じられない。名前の話から2人は想いが通じあった事は確かなのにそれを感じさせない2人に海賊としての覚悟を感じた。
俺も彼女欲しいな〜なんて、呑気な台詞でも言い茶化そうと思っていたシャチの心は遥か彼方へ消え去る。
「俺もっと修行と勉強しよ。」
「俺も。船の操縦と部品の整備でもしようかな〜。新人にNo.2は渡せねぇわ。」
「な!!私が出来ない事ばっかり!!」
「おい、張り合うなよ。お前この間伝声器壊したばっかだろうが!」
「あ、キャプテンさっき名前が皿割りました。6枚目です。」
近付いてきたコックの言葉を聞き、ギロリと睨み付けるローに名前視線をすぐに逸らした。慌ててソファから立ち上がれば、逃げる様に扉へ向かう。
「ごめんなさい!能力解けそうな所に匂い置いてきます!!」
ふわりと彼女独特の香りを残し、名前は娯楽室を後にする。ワナワナと震えているローははァとため息をつき頭に手を当てた。
「…また割ったのか。」
「力みすぎたらしいです…。」
「あいつの怪力はどうにかならねぇのか…」
「モップもデッキブラシもへし折りますからね。…こりゃNo.2にはまだまだ程遠いな。」
彼女に壊された備品は数知らず。この船では悪女と言うよりはスッカリ破壊神の異名がついた名前の怪力は今に始まった事では無い。戦闘能力はずば抜けて高く、素早い動きから繰り出される重たい拳は並大抵の人間ならば防ぎようが無い。当然戦闘訓練も行うから、力加減は分かっている筈なのに、時々日常生活でもタガが外れたかのような怪力を繰り出すのだ。
「当分アイツはキッチンに立たせるな。皿が幾つあっても足りねぇ。掃除は折れたのを使わせろ。あいつ専用だ。一々買ってらんねぇ。」
「あいあい!って言いたい所だけど、キャプテンから言ってくれませんか?名前の奴、無駄に張り切ってるから、キャプテンから言わないと聞かないと思います。」
「掃除用具は既にアイツ専用にしてます。テープ巻いて使えって。」
コックの言葉にローは顔を顰めた。普通惚れた女へ何かを伝えに行くならば、多少は嬉しそうな表情をするものなのに、心底面倒だと言いたげな表情をするのだから、近くに居るクルーは再び目を合わせる。
「…はぁ。わかった。俺から伝える。」
「せ、船長!!」
「あん?」
まだアイツが何かやらかしたのか?と、面倒くさそうな表情をするローに対しシャチは叫んだ
「やっぱ船長かっけぇっす!!一生着いてきます!!キャプテン最高!!!」
「…??そうか。」
キョトンとする船長はシャチの発言の意味を理解していない。普段通りに部屋を去る船長の後ろ姿を見つめ、シャチはくぅと声を上げた
「あれは夫婦だな。」
「ああ、それも熟年の。」
「カッコよすぎる…。惚れた女にまでクールなキャプテン最高なんですけど…!」
名前から聞きたい情報は聞き出せなかった筈なのに、彼等の中での話は盛り上がった。閉鎖空間である潜水艦で、秘密の愛瀬を交わしていなくとも、心が通じ合う2人の気持ちを思えば自然と頬は緩んだ。
❥ ❥ ❥ ❥
ローは思考しながら、コツコツと足音を鳴らしている。船内に漂う香りの元を辿れば彼女の居場所は直ぐに掴めるのに、彼女の捜索を止め1つの部屋の前で足を止めた。久しぶりに彼女と2人きりになりたかったからだった。
あの日部屋を別にし、島を出港してから彼女を部屋に呼ぶ事も、彼女の部屋へ行くこともなかった。ロー自身、船の中で風紀を乱す真似をする気は無かったし、何より声の掛け方が分からなかったのである。
扉近くの壁に背を預けていれば、控えめな足音と共に名前がやってくる。ローに気付いた途端、嬉しそうに頬を綻ばせ、どうしたの?なんて花のような笑顔を見せる彼女に先程シャチから言われた言葉が過ぎる。本当ならば今すぐにでも自分の物にしてしまいたいと言うのに、彼女の意志と過去の因縁を解消出来てない今、盛ったように彼女に手を出すべきでは無いと理解していたから。
「話がある。」
「あー…。うん。入る?」
途端にしょぼくれる名前はゆっくりと扉を開いた。無言で頷けば、質素な女部屋と称した彼女の部屋へ足を踏み入れた。
「名前、この船では出来ることを出来る奴がやればいい。」
「はい。ごめんなさい。」
「全ての仕事をこなせなんて、誰も思っちゃいねェ。キッチンに入るのは禁止だ。」
「…はい。」
何をそこまで張り切っているのか、答えは明白だが出来ない事を無理に行う必要は無い。強さだけが生きる意味だと思い長年生きていた彼女にとって、日常生活など切り捨てるべきものだったのだろう。
「今は、ってだけだ。お前の怪力は制御できるようにならねぇと怪我人が増える。」
名前は反省していたがローは彼女の怪力を考えれば考える程腑に落ちない事実があった。戦闘能力に長けた彼女が日常生活で送る些細な力加減の仕方が分からないと言うのは違和感が過ぎる。そもそもの娯楽を知らなかったり、物を知らない節も多いのだ。過去へ土足で足を踏み入れる気は無かったが、共に生活をすればする程脳裏を過ぎるのは彼女の過去。
「…ごめん。その、聞いて欲しいんだけど」
ん、と返事をするローに名前はふぅと息を吐いた。ローが何を考えているのか、その違和感を必死に拭おうと言葉を選んでいる事を理解していたからだ。
「私戦争孤児なんだ。この海では珍しくないでしょ?小さい頃からごみとか漁って生きて、力が無いと生き残れなかった。だけど子供の力なんてたかが知れてるでしょ?当然捕まって捨て駒の兵士として戦地に連れてかれた。」
ぽつりと話し始めた過去に、ローは一瞬驚いた表情をしたがすぐに表情は元に戻った。戦争の絶えない北の海 では珍しい話でもない身の上話を黙って聞いてくれる事は心地よかった
「楽しい事なんて何も無かったのに、死にたくなかったんだ。多分、私の他に捕まっていた皆も同じ。生きる為にひたすら戦った。そんな時に出会ったのが、ヘイノラ達。」
名前達兵士は奴隷当然の待遇を受けていた。所詮捨て駒の兵士であったし、まだ子供だったから。行われるのは訓練、戦争への参加、必要最低限の掃除のみ。戦い以外の知識は与えられなかった。逃げ出す事など考えないように、人形のように育てあげるために。
感情の無い生活を繰り返し、そんな時転機が訪れた。
「俺ら海賊やるんだ。一緒に来いよ!」
ヘイノラ率いる海賊団に航海を誘われた瞬間だった。傭兵海賊だった彼らは私達の味方として雇われていた。敵に襲われ殺されそうになっている所を助けた事が出会いだ。それから彼等は何度も話に来た。見た事も聞いた事も無い、外の世界の話は名前にとって希望になった。
そして、彼らの船へ乗ることを決めた。
新しい世界が広がり世界は輝いて見えた。食事は運ばれて来る物ではなく自分達で作る事、船は武器や人を運ぶ為の箱ではなく自由に島を行き来する足、全ての事が今までとは違う生き方だった。当然何も知らない名前が違和感無く日常生活を送れるはずも無く、戦闘員として我武者羅に生きた。時折教えられる彼等からの知識を呑み込み、初めて得た光を守るために海の上に居ても戦える術を身に付けた。
今思えば彼に依存していたと思う。自分1人では生活出来ない事を理解していたから。甘い言葉に囁かれればこくりと頷く日々。激しい戦闘が行われる事が増えた。海賊だから先へ進めば進む程強い敵が現れるのは当然だよ、なんて言いくるめられたが、名前が言うのは強さではなかった。
船の中に物が増えた気がした。娯楽のある煌びやかな島へ停泊する日数も増えた。海での楽しい冒険は中々始まらない。使い道の分からない大量のお金は貰うけど、彼らはそれに夢中だった。ヘイノラの顔も、お金を稼いできた時は昔のように優しくなるのだ。
「あの子…いいの?貴方に夢中みたいだけど。」
「あぁ名前か。アイツには感謝してるよ。あいつが居れば金が湧いて出てくる。物を知らないから俺らから逃げ出すことも無い。ちょっと愛を囁けば大人しくなるからな。」
「酷い人。弄ばれちゃって可哀想。」
「仕方ないだろ。アイツを相手してても人形を見てる気分なんだよ。それに酷いのはお前も一緒だろ。」
聞いた事も無い声色で笑う男女の声は紛れもない船員とヘイノラの声だった。手に持っていた袋はガチャっと音を鳴らす。頑張って早く帰宅したと言うのに、部屋の奥から聞こえてくる男女の声に名前は立ちつくすしか無かった。利用されている事実に気付かぬ振りをしていた。広がる外の世界はもう望めない事も、薄々気付いていたのに、言葉を聞くまで知らぬふりをしていたのは、彼等の言う通り依存しているから。物を知らないから。初めて受けた愛を捨てる勇気が湧かなかったから。
自然と足は海へ向かった。お金なら沢山ある。地図の読み方は理解している。孤独な海へ1人で落ちた。瞳を伝うものは涙なのか海水によるものなのか、名前には分からない。
「…教えてくれたら良かったのに。」
部屋の奥から聞こえてきた男女の声。聞いたことも無い女クルーの嬌声。楽しいとは言えなかった彼との行為の正解をこんな形で知る事になったのだから。
半ば挫折する形でこの海へ戻ってきた。どこから噂を聞き付けたのか再び出会ったヘイノラ達に私は後退りをした。今までとは違う雰囲気、下手に出る彼らの態度がおかしい事はわかっていたけれど、まだ信じたかったのかもしれない。ノコノコと船に着いていけば能力者にされた。抵抗する間もなく嵌められた海楼石の錠に、急に力が抜け落ちガクンと床に膝を着いた。航海の知識もない、泳げもしない、日常生活を送るスキルもない、逃げ出せなかった。これ以上私が強くなる事を恐れていた彼らは、取引の仕事を任せるようになった。悪魔の実の使い方を教えられ道具のように生きてきた。知らない所で知らない自分の噂が広がっている。海楼石は嫌いだ、だけどこれをしていないと自分の匂いも嫌いだった。
楽しい事なんて何も無かった。愛の言葉を囁く悪魔に何も気付いて居ないかのようにニコニコと微笑んだ。本心はどす黒く染まっていることなんてもうとっくに気付いているのに。
「ごめん。だから私、まともに生活した事ないんだ。掃除ぐらいは知ってるけどね。…ロー?」
彼女は前の船でも制限可で生きてきた。海楼石の錠が着いていながら、何故あそこまで自由に動けるのか不思議ではあった。だがその理由が普段から強制的に使用を強いられていた、だなんて自分は彼女にとんでもない制限を掛けていた。彼女の信頼を得る為に時間を要したのも、彼女が未だに疑い半分になる気持ちも全て自分の責任だった。
「悪かった。」
「え?なんでローが謝るの!?私はローのお陰でこうして自由になれたわけだし…。その、力の入れ方はまだ下手だけど…」
「船に来てからずっと海楼石を着けてただろ。お前の気も知らずに、悪い。」
安全策を講じる為とは言え、少なからず彼女を逃したくない気持ちがあったのも事実だった。かつて彼女に対し行われていた呪縛を自分自身がしていた事実に気付けば謝罪で済まされるものでは無い。
「ロー、ローってば!だから、気にしてないよ。船長として当然の行動だよ。今はこうして自由にしてくれてるし、ローのお陰で自分の匂いも能力も好きになれたんだよ?感謝する事の方が多いんだ。だから、ありがとう。」
救われたのは自分の方だ、そんな言葉を投げ掛けたかったがローは言葉を詰まらせた。何の計算もしていない、名前の笑顔に一瞬時が止まったのかのように、あの日の彼女の姿が見えた気がした。
「そ、それでね、ローっておにぎりが好きでしょ?だからその、作ってみたくて…。それで、キッチンにはよくお邪魔してたんだけど…やっぱりもう入っちゃ駄目かな…?」
「そんな事の為に皿を割ってたのか…?」
「料理って作って終わりじゃないでしょ!?お皿も使うし、お米だって炊かないと行けないし…ただおにぎりだけ作って満足するのは違うじゃない…。…ちょっとやりたかったってのはあるけれど…。」
気恥ずかしげにちらりと視線を動かす彼女は、初めてお使いをする子供のようだった。自分より歳が上でも、海賊としての経験があっても、彼女にとっての自由は産まれたばかりだった。その自由に自分が含まれている事実は考え難いほど喜ばしいものだった。
「楽しみにしてる。お前が作るおにぎり。作ったら絶対一番最初に俺に食わせろよ。他の奴には1つもやるな。」
「上手く出来たらローにあげるよ…。」
「上手く出来なくても、だ。まァ、だがコックからの希望もある。当分は禁止だ。」
「うっ。アイアイ船長…。」
不格好なポーズを決める彼女に自然と口角があがった。過去の話が聞けたのは思わぬ収穫だった。それが良い話ではなくとも、これで彼女が以前居た海賊船を見つけたとしても心置きなく沈める大義名分が出来た。名前を道具として利用する事しか出来なかった馬鹿な男に恨み言の1つでも言ってやりたいが、そんな馬鹿のお陰で手に入れることが出来たことも事実。大切な彼女からもう二度と笑顔は奪わない。
「おい、名前キスさせろ。」
「駄目。ここ船の中じゃん。」
「チッ駄目駄目言いやがって…。こっちがどんだけ我慢してると思ってんだ…。」
抱き寄せても、身体に触れてもニコニコと笑い、表情を崩さないこの女は悪魔だ。海賊でもあり船長だと言うのに、何故この女の言いなりになる必要があるのか、無理矢理にでもこの唇を奪ってやろうか、そんなことを頭を過ぎってもそうしないのはそれ程までに彼女が大切な存在になっているからだ。
「でも私もちょっと寂しいんだ。バレないようにするから夜ローの部屋行ってもいい?」
「…お前、俺を殺す気か。」
身長差から自然と上目遣いで視線を送る惚れた女に、可愛いお願いをされて断れる男などいないだろう。グッと拳を握り締めはぁと息を吐き頭をクリアに出来る俺は偉いと思う。
「本を持ってこいよ。」
「うん!ありがとうロー!」
くるりと踵を返し部屋に戻ったローは、扉を閉めた途端そこにしゃがみ込んだ。
「憶えてろよ…クソ…」
額に手を当て何度目か分からないため息を吐いた。久しぶりに彼女が部屋へ来るのなら読書をしよう。悶々としながらも机に向き合い、彼女がいつ来てもいいようにやるべき事を全て終わらせた。
日光の遮断された空間では知らぬ間にストレスが溜まっていくものだ。それを解消出来る手段は人それぞれ違う。だが今はそれが解消されつつあった。ある匂いと能力のお陰で。
「はぁ…なんかいつもよりイライラしない気がする。」
「アロマテラピーって奴だろ?むさ苦しいこの船に縁があるものだとは思わなかった。」
この船に新たに入った船員名前のミツミツの実の能力には癒しをもたらす効果があった。蜂蜜のような甘い香りは潜水中のこの船とは相性抜群だった。以前よりも船員の顔色は色付いているように見える。
当の本人は窓の外を眺めては本を読み、再び眺めては本を読み、嬉々としてこの潜水を楽しんでいた。
「…そんな楽しいか?」
「当たり前じゃん!シャチは泳げるからいいかもしれないけど、私はもう泳げないからね。泳いでる気分になれて素敵だなーって。」
既に幾度もこの光景を見たはずなのに、名前の瞳から輝きは消えない。彼女の言う事も一理あるから、まぁ確かに…と、シャチは言葉を濁す。
チラリと船内を覗き込み、シャチはコソコソと彼女の耳元に口を寄せる
「なぁなぁ、名前って実際船長と何処までいったの?」
「は?どこまでって何も?」
怒る訳でも無く、当然と言いたげの表情をする名前にシャチはサングラスの奥で瞬きを繰り返す。人生経験の多い名前にとってこのくらいの話は動揺する要素になり得ない事は分かっていたが、それにしても動じなさすぎなのだ。
「いやいや、別に隠さなくても俺達船長と名前が付き合ってるのぐらい知ってるし…」
「付き合ってないけど?ローの女にはなるって言ったけど、そういう関係では無いよ。ローの事は好きだけどね。」
「は?」
何その顔、とケタケタ笑い出す彼女に、動揺しているのはシャチだった。自分が優位に立ち、船長と彼女の甘い話でも問いただしてしまおう!なんて考えていた筈なのに何故立場が逆転しているのか。
「名前、俺らに気を使ってるなら、気にしなくていい。」
「なに?ペンギンも聞いてたの?ふふムッツリ。」
「な…!!」
近くでこっそり耳を傾けていたであろうペンギンまで玉砕する始末だ。大好きな船長が恋人に対してはどのような男らしい態度をとるのか純粋に気になっていただけだと言うのに…。
「くっ…これは悪女だ…」
「失礼ね。でも残念ながら本当に何もしてないの。ほら、部屋も別々にしたし、前は一緒に寝たりしてけど。」
「はぁ!?!?」
「えっ待ってくれ!一緒に寝たってことはそういう!?」
「ローに抱かれた事は1度もないよ?本当に何もした事が無い。」
ペンギンとシャチは目を見合わせた。だって、あの船長が同じ布団で何もせず一夜を過ごしていただなんて、考えられなかったから。それは船長だから、と言うよりは男として。惚れた女と同じ空間にいて手を出さない船長に純粋に驚きが勝る。
「キャプテンってもしかしてED…」
「誰がEDだ。バラされてェのかテメェ。」
「あ!ロー!」
シャチはゴツンと大きなタンコブが目視出来る程に船長からのゲンコツを受けた。ひぃ!!と悲鳴を上げたのは、痛みよりも船長の顔だ。ピクピクと頬を引きつらせている彼の顔は何よりも恐ろしいし、一体何時から話を聞いていたのか。
「くだらねぇ詮索しやがって。」
「いや…だって名前も船長も俺達に気使ってんのかなって…」
「気なんか使ってねェよ。俺はこいつの意思を尊重してるだけだ。俺達は海賊だからな。特別扱いはしない。」
「今は私が1番新人でしょ?でもNo.2の座狙ってるから!よろしくね!」
「…だ、そうだ。だからくだらねぇ事気にすんな。大体戦力だけで言ったらお前ら名前に負けてんぞ。」
不思議な光景だった。名前の座るソファの横にどかっと腰掛けた船長の表情は普段と変わらない。名前は何処か安心した様な、嬉しそうな表情を一瞬するがそこに甘さは感じられない。名前の話から2人は想いが通じあった事は確かなのにそれを感じさせない2人に海賊としての覚悟を感じた。
俺も彼女欲しいな〜なんて、呑気な台詞でも言い茶化そうと思っていたシャチの心は遥か彼方へ消え去る。
「俺もっと修行と勉強しよ。」
「俺も。船の操縦と部品の整備でもしようかな〜。新人にNo.2は渡せねぇわ。」
「な!!私が出来ない事ばっかり!!」
「おい、張り合うなよ。お前この間伝声器壊したばっかだろうが!」
「あ、キャプテンさっき名前が皿割りました。6枚目です。」
近付いてきたコックの言葉を聞き、ギロリと睨み付けるローに名前視線をすぐに逸らした。慌ててソファから立ち上がれば、逃げる様に扉へ向かう。
「ごめんなさい!能力解けそうな所に匂い置いてきます!!」
ふわりと彼女独特の香りを残し、名前は娯楽室を後にする。ワナワナと震えているローははァとため息をつき頭に手を当てた。
「…また割ったのか。」
「力みすぎたらしいです…。」
「あいつの怪力はどうにかならねぇのか…」
「モップもデッキブラシもへし折りますからね。…こりゃNo.2にはまだまだ程遠いな。」
彼女に壊された備品は数知らず。この船では悪女と言うよりはスッカリ破壊神の異名がついた名前の怪力は今に始まった事では無い。戦闘能力はずば抜けて高く、素早い動きから繰り出される重たい拳は並大抵の人間ならば防ぎようが無い。当然戦闘訓練も行うから、力加減は分かっている筈なのに、時々日常生活でもタガが外れたかのような怪力を繰り出すのだ。
「当分アイツはキッチンに立たせるな。皿が幾つあっても足りねぇ。掃除は折れたのを使わせろ。あいつ専用だ。一々買ってらんねぇ。」
「あいあい!って言いたい所だけど、キャプテンから言ってくれませんか?名前の奴、無駄に張り切ってるから、キャプテンから言わないと聞かないと思います。」
「掃除用具は既にアイツ専用にしてます。テープ巻いて使えって。」
コックの言葉にローは顔を顰めた。普通惚れた女へ何かを伝えに行くならば、多少は嬉しそうな表情をするものなのに、心底面倒だと言いたげな表情をするのだから、近くに居るクルーは再び目を合わせる。
「…はぁ。わかった。俺から伝える。」
「せ、船長!!」
「あん?」
まだアイツが何かやらかしたのか?と、面倒くさそうな表情をするローに対しシャチは叫んだ
「やっぱ船長かっけぇっす!!一生着いてきます!!キャプテン最高!!!」
「…??そうか。」
キョトンとする船長はシャチの発言の意味を理解していない。普段通りに部屋を去る船長の後ろ姿を見つめ、シャチはくぅと声を上げた
「あれは夫婦だな。」
「ああ、それも熟年の。」
「カッコよすぎる…。惚れた女にまでクールなキャプテン最高なんですけど…!」
名前から聞きたい情報は聞き出せなかった筈なのに、彼等の中での話は盛り上がった。閉鎖空間である潜水艦で、秘密の愛瀬を交わしていなくとも、心が通じ合う2人の気持ちを思えば自然と頬は緩んだ。
❥ ❥ ❥ ❥
ローは思考しながら、コツコツと足音を鳴らしている。船内に漂う香りの元を辿れば彼女の居場所は直ぐに掴めるのに、彼女の捜索を止め1つの部屋の前で足を止めた。久しぶりに彼女と2人きりになりたかったからだった。
あの日部屋を別にし、島を出港してから彼女を部屋に呼ぶ事も、彼女の部屋へ行くこともなかった。ロー自身、船の中で風紀を乱す真似をする気は無かったし、何より声の掛け方が分からなかったのである。
扉近くの壁に背を預けていれば、控えめな足音と共に名前がやってくる。ローに気付いた途端、嬉しそうに頬を綻ばせ、どうしたの?なんて花のような笑顔を見せる彼女に先程シャチから言われた言葉が過ぎる。本当ならば今すぐにでも自分の物にしてしまいたいと言うのに、彼女の意志と過去の因縁を解消出来てない今、盛ったように彼女に手を出すべきでは無いと理解していたから。
「話がある。」
「あー…。うん。入る?」
途端にしょぼくれる名前はゆっくりと扉を開いた。無言で頷けば、質素な女部屋と称した彼女の部屋へ足を踏み入れた。
「名前、この船では出来ることを出来る奴がやればいい。」
「はい。ごめんなさい。」
「全ての仕事をこなせなんて、誰も思っちゃいねェ。キッチンに入るのは禁止だ。」
「…はい。」
何をそこまで張り切っているのか、答えは明白だが出来ない事を無理に行う必要は無い。強さだけが生きる意味だと思い長年生きていた彼女にとって、日常生活など切り捨てるべきものだったのだろう。
「今は、ってだけだ。お前の怪力は制御できるようにならねぇと怪我人が増える。」
名前は反省していたがローは彼女の怪力を考えれば考える程腑に落ちない事実があった。戦闘能力に長けた彼女が日常生活で送る些細な力加減の仕方が分からないと言うのは違和感が過ぎる。そもそもの娯楽を知らなかったり、物を知らない節も多いのだ。過去へ土足で足を踏み入れる気は無かったが、共に生活をすればする程脳裏を過ぎるのは彼女の過去。
「…ごめん。その、聞いて欲しいんだけど」
ん、と返事をするローに名前はふぅと息を吐いた。ローが何を考えているのか、その違和感を必死に拭おうと言葉を選んでいる事を理解していたからだ。
「私戦争孤児なんだ。この海では珍しくないでしょ?小さい頃からごみとか漁って生きて、力が無いと生き残れなかった。だけど子供の力なんてたかが知れてるでしょ?当然捕まって捨て駒の兵士として戦地に連れてかれた。」
ぽつりと話し始めた過去に、ローは一瞬驚いた表情をしたがすぐに表情は元に戻った。戦争の絶えない
「楽しい事なんて何も無かったのに、死にたくなかったんだ。多分、私の他に捕まっていた皆も同じ。生きる為にひたすら戦った。そんな時に出会ったのが、ヘイノラ達。」
名前達兵士は奴隷当然の待遇を受けていた。所詮捨て駒の兵士であったし、まだ子供だったから。行われるのは訓練、戦争への参加、必要最低限の掃除のみ。戦い以外の知識は与えられなかった。逃げ出す事など考えないように、人形のように育てあげるために。
感情の無い生活を繰り返し、そんな時転機が訪れた。
「俺ら海賊やるんだ。一緒に来いよ!」
ヘイノラ率いる海賊団に航海を誘われた瞬間だった。傭兵海賊だった彼らは私達の味方として雇われていた。敵に襲われ殺されそうになっている所を助けた事が出会いだ。それから彼等は何度も話に来た。見た事も聞いた事も無い、外の世界の話は名前にとって希望になった。
そして、彼らの船へ乗ることを決めた。
新しい世界が広がり世界は輝いて見えた。食事は運ばれて来る物ではなく自分達で作る事、船は武器や人を運ぶ為の箱ではなく自由に島を行き来する足、全ての事が今までとは違う生き方だった。当然何も知らない名前が違和感無く日常生活を送れるはずも無く、戦闘員として我武者羅に生きた。時折教えられる彼等からの知識を呑み込み、初めて得た光を守るために海の上に居ても戦える術を身に付けた。
今思えば彼に依存していたと思う。自分1人では生活出来ない事を理解していたから。甘い言葉に囁かれればこくりと頷く日々。激しい戦闘が行われる事が増えた。海賊だから先へ進めば進む程強い敵が現れるのは当然だよ、なんて言いくるめられたが、名前が言うのは強さではなかった。
船の中に物が増えた気がした。娯楽のある煌びやかな島へ停泊する日数も増えた。海での楽しい冒険は中々始まらない。使い道の分からない大量のお金は貰うけど、彼らはそれに夢中だった。ヘイノラの顔も、お金を稼いできた時は昔のように優しくなるのだ。
「あの子…いいの?貴方に夢中みたいだけど。」
「あぁ名前か。アイツには感謝してるよ。あいつが居れば金が湧いて出てくる。物を知らないから俺らから逃げ出すことも無い。ちょっと愛を囁けば大人しくなるからな。」
「酷い人。弄ばれちゃって可哀想。」
「仕方ないだろ。アイツを相手してても人形を見てる気分なんだよ。それに酷いのはお前も一緒だろ。」
聞いた事も無い声色で笑う男女の声は紛れもない船員とヘイノラの声だった。手に持っていた袋はガチャっと音を鳴らす。頑張って早く帰宅したと言うのに、部屋の奥から聞こえてくる男女の声に名前は立ちつくすしか無かった。利用されている事実に気付かぬ振りをしていた。広がる外の世界はもう望めない事も、薄々気付いていたのに、言葉を聞くまで知らぬふりをしていたのは、彼等の言う通り依存しているから。物を知らないから。初めて受けた愛を捨てる勇気が湧かなかったから。
自然と足は海へ向かった。お金なら沢山ある。地図の読み方は理解している。孤独な海へ1人で落ちた。瞳を伝うものは涙なのか海水によるものなのか、名前には分からない。
「…教えてくれたら良かったのに。」
部屋の奥から聞こえてきた男女の声。聞いたことも無い女クルーの嬌声。楽しいとは言えなかった彼との行為の正解をこんな形で知る事になったのだから。
半ば挫折する形でこの海へ戻ってきた。どこから噂を聞き付けたのか再び出会ったヘイノラ達に私は後退りをした。今までとは違う雰囲気、下手に出る彼らの態度がおかしい事はわかっていたけれど、まだ信じたかったのかもしれない。ノコノコと船に着いていけば能力者にされた。抵抗する間もなく嵌められた海楼石の錠に、急に力が抜け落ちガクンと床に膝を着いた。航海の知識もない、泳げもしない、日常生活を送るスキルもない、逃げ出せなかった。これ以上私が強くなる事を恐れていた彼らは、取引の仕事を任せるようになった。悪魔の実の使い方を教えられ道具のように生きてきた。知らない所で知らない自分の噂が広がっている。海楼石は嫌いだ、だけどこれをしていないと自分の匂いも嫌いだった。
楽しい事なんて何も無かった。愛の言葉を囁く悪魔に何も気付いて居ないかのようにニコニコと微笑んだ。本心はどす黒く染まっていることなんてもうとっくに気付いているのに。
「ごめん。だから私、まともに生活した事ないんだ。掃除ぐらいは知ってるけどね。…ロー?」
彼女は前の船でも制限可で生きてきた。海楼石の錠が着いていながら、何故あそこまで自由に動けるのか不思議ではあった。だがその理由が普段から強制的に使用を強いられていた、だなんて自分は彼女にとんでもない制限を掛けていた。彼女の信頼を得る為に時間を要したのも、彼女が未だに疑い半分になる気持ちも全て自分の責任だった。
「悪かった。」
「え?なんでローが謝るの!?私はローのお陰でこうして自由になれたわけだし…。その、力の入れ方はまだ下手だけど…」
「船に来てからずっと海楼石を着けてただろ。お前の気も知らずに、悪い。」
安全策を講じる為とは言え、少なからず彼女を逃したくない気持ちがあったのも事実だった。かつて彼女に対し行われていた呪縛を自分自身がしていた事実に気付けば謝罪で済まされるものでは無い。
「ロー、ローってば!だから、気にしてないよ。船長として当然の行動だよ。今はこうして自由にしてくれてるし、ローのお陰で自分の匂いも能力も好きになれたんだよ?感謝する事の方が多いんだ。だから、ありがとう。」
救われたのは自分の方だ、そんな言葉を投げ掛けたかったがローは言葉を詰まらせた。何の計算もしていない、名前の笑顔に一瞬時が止まったのかのように、あの日の彼女の姿が見えた気がした。
「そ、それでね、ローっておにぎりが好きでしょ?だからその、作ってみたくて…。それで、キッチンにはよくお邪魔してたんだけど…やっぱりもう入っちゃ駄目かな…?」
「そんな事の為に皿を割ってたのか…?」
「料理って作って終わりじゃないでしょ!?お皿も使うし、お米だって炊かないと行けないし…ただおにぎりだけ作って満足するのは違うじゃない…。…ちょっとやりたかったってのはあるけれど…。」
気恥ずかしげにちらりと視線を動かす彼女は、初めてお使いをする子供のようだった。自分より歳が上でも、海賊としての経験があっても、彼女にとっての自由は産まれたばかりだった。その自由に自分が含まれている事実は考え難いほど喜ばしいものだった。
「楽しみにしてる。お前が作るおにぎり。作ったら絶対一番最初に俺に食わせろよ。他の奴には1つもやるな。」
「上手く出来たらローにあげるよ…。」
「上手く出来なくても、だ。まァ、だがコックからの希望もある。当分は禁止だ。」
「うっ。アイアイ船長…。」
不格好なポーズを決める彼女に自然と口角があがった。過去の話が聞けたのは思わぬ収穫だった。それが良い話ではなくとも、これで彼女が以前居た海賊船を見つけたとしても心置きなく沈める大義名分が出来た。名前を道具として利用する事しか出来なかった馬鹿な男に恨み言の1つでも言ってやりたいが、そんな馬鹿のお陰で手に入れることが出来たことも事実。大切な彼女からもう二度と笑顔は奪わない。
「おい、名前キスさせろ。」
「駄目。ここ船の中じゃん。」
「チッ駄目駄目言いやがって…。こっちがどんだけ我慢してると思ってんだ…。」
抱き寄せても、身体に触れてもニコニコと笑い、表情を崩さないこの女は悪魔だ。海賊でもあり船長だと言うのに、何故この女の言いなりになる必要があるのか、無理矢理にでもこの唇を奪ってやろうか、そんなことを頭を過ぎってもそうしないのはそれ程までに彼女が大切な存在になっているからだ。
「でも私もちょっと寂しいんだ。バレないようにするから夜ローの部屋行ってもいい?」
「…お前、俺を殺す気か。」
身長差から自然と上目遣いで視線を送る惚れた女に、可愛いお願いをされて断れる男などいないだろう。グッと拳を握り締めはぁと息を吐き頭をクリアに出来る俺は偉いと思う。
「本を持ってこいよ。」
「うん!ありがとうロー!」
くるりと踵を返し部屋に戻ったローは、扉を閉めた途端そこにしゃがみ込んだ。
「憶えてろよ…クソ…」
額に手を当て何度目か分からないため息を吐いた。久しぶりに彼女が部屋へ来るのなら読書をしよう。悶々としながらも机に向き合い、彼女がいつ来てもいいようにやるべき事を全て終わらせた。