素直になるまで1cm
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「キャプテン!おはようございま…す…!」
「ああ。」
「シャチおはよう!もしかして遅刻した?」
「いや、そんなことは!!じゃ!俺は仕事があるんで!」
変なのと顔を見合わせる2人を置いてシャチは慌ててその場から逃げた。先程、食堂で話題の中心だった2人が、ただならぬ雰囲気で会話をしていたのだから無理もない。それも良い方向に。
昨日の出来事があったから、てっきりまだ喧嘩をしているのでは無いのかと心配していたのにどうやら余計な心配だったようだ。むしろ仲は良くなっている気がするし、船長に至っては顔が緩んでいる気がして見てはいけない物を見てしまった気分だ。
2人で食堂へ入ると名前はすぐ近くの席へ座った。特に座る場所が決まっている訳ではないから特段理由は無い。ギーっと隣の椅子を引いたのはさっきまで一緒にいたローで思わず目を見開く。それは食堂に居た船員も同じだった。
「え…ここに座るの?」
「どこに座ったっていいだろ。」
「ええ…いつもあそこに座ってるじゃん…」
「そうだったか。忘れた。」
ローがいつも座っていた場所を指さしても、知らん顔でローは座り続ける。名前はポカンと口を開けていたけど、周りをキョロキョロと見渡せばそれは食堂にいる船員達も同じで、自分だけがおかしいと思っている訳では無い事を自覚する。
ゴトンとコックに置かれたおにぎりを食べるけど、正直気が気じゃない。昨日までは着けろと言っていた海楼石も着けなくていいと言われるし、一緒に寝ろと指示したり、あろう事か食事まで隣で取り始めるなんて、まるで…まるで…
「ローって私の事好きなの?」
「あ?」
「ぶっ!!!」
顔色一つ変えずにおにぎりを食べ続けているローに対し、船員達は汗を流していた。ゴホッゴホッと蒸せ出す者もいる始末だ。
「昨日の夜からおかしいし…。」
「そうだな。お前のことは好きだ。」
「はっ…?」
至って真剣な瞳でそれを告げるものだから、この部屋にいる人物は皆硬直した。歳下ではあっても、自分よりも背の高く顔も整った男に好きだと直接表現をされれば誰だって動揺をする。
「ハッ…なんつー顔してんだよ。お前の事は尊敬してんだから突然だろ。」
「あ!ああ!そう!そうだよね!私強いし!」
「くっくく…歳下相手に何動揺してんだ…?俺は可愛い弟なんだろ?」
「…からかわないでよ。ったく、どこでそんな駆け引き覚えたんだか。」
面白そうに笑うローに、名前はため息をついた。どうやらただ名前の反応が面白くてやっていたようだった。これ以上相手にしたら、こっちの気が狂ってしまう。そう思ったのに、思ったよりも早く彼は食事を終えた。先に立ち上がり、さっさと訓練するぞと言い部屋を出る彼に、うん、と言葉を交わす。
「姐さんあんなこと言うからヒヤヒヤしたじゃなですか!!」
「いやいや、あなた達だって気になったよね!?仕方ないじゃない!ビックリしたんだから!」
「でも実際どうなんですか?アリ?ナシ?」
「はぁ?まだ出会ったばっかじゃん。っていうか、ローが私の事気になるのは仕方ないよ。私強いから。それに人を誑かす天才みたいだし。さ!皆も訓練しようね〜」
「ええ〜〜。あいあい〜!」
おにぎりを咀嚼しながら名前は1人で納得していた。ローが私に興味を示すのは当然の事だ。だってわざわざあの海軍基地から連れ出すぐらいなのだから。相当の手練がいたあの場所から私を連れ出すことはかなりのリスクがあった。だけど、ローは新聞を見てその身一つで来てくれた。きっとその時からローにとって自分は特別なんだと。そういった感情ではなく。
「あれ…キャプテンこんなとこで何してんの?」
「ッ!…ああベポか…。先に甲板へ行ってろ。」
「あいあい!」
廊下でしゃがみ、顔を抑えているキャプテンは不思議だった。ベポは思わず声を掛けたけど、体調が悪いわけでは無いらしい。顔を上げた時、いつもより少し顔が赤い気がしたけど、熱が無いといいな。
❥ ❥ ❥ ❥
「名前!そろそろ島に上陸するよ!」
「え?ほんと!やったー!何日ぶりの陸だろう…」
「お前一応顔隠せよ。お前がうちのクルーである事は大々的に伝えたいが、まだ時期じゃねぇ。」
「アイアイ!キャプテン!」
「…分かればいい。」
ローの言葉に名前はこの船のクルーらしく返事を返した。ハートの海賊団の船が中々島へ止まらなかったのは、紛れもなく名前のせいであったから。誰にも見つからずに脱獄をした名前の所在はまだ割れていない。近場の島へ行けば直ぐに名前の存在は知れ渡る。敢えて遠い場所を選んだのはこの為だった。
「シャチの帽子とサングラス余ってない?」
「え?なんで俺の?キャプテンに借りればいいじゃん。」
「あんな帽子被ったら目立つでしょ!?シャチのキャスケットとサングラスが1番顔を隠せるじゃん。」
「あー確かに。ちょっと待っててね〜姐さん。」
パタパタと船内へ姿を消すシャチを見て、名前はくるりと向きを変える。船員と話すローを見て、彼らの話が終えるのを待った。こうして見ると、まだ若いのにしっかり指示をするローに感心した。名前の視線に気付いたローは話を終えると名前の傍へ寄った。
「どうした?」
「あ、ごめんね。話の途中だった?」
「いや、終わったから来た。」
「あのお願い!お金貸して?」
両手を合わせて彼女にお願いされたのは金の無心だった。脱獄犯である女がこの船に持ち出した物は、囚人服と手錠の2つのみ。彼女がお金を持っていないのは当然だ。
「島へ着いたら渡す。」
「え?ほんと?ありがとう!」
「おい、逃亡資金に使おうとしてんじゃねぇよな。」
「だから逃げないって!!心臓抜かれてんのよこっちは!!…って言うかまだ心配?」
「そりゃ心配すんだろ。お前ほど魅力的な女は居ねぇよ。」
「はっ…は、は?」
口をパクパクさせ、言葉を失う女の姿はどこからどう見ても、1000人斬りをしたとは思えなかった。ローは帽子の唾をぎゅっと握り、くるりと方向転換をしながら、彼女に指を指した。
「おい、他の男は見るなよ。触るのも匂いを嗅がせるのも禁止だ。」
「そんな事しないって…。変なロー。」
「そうだな。」
ちっぽけな独占欲はローの思考を支配していた。今はクルーのツナギを着て、自分の物であるとマーキングしてある彼女は、きっと街へ行けば新しい服を買うだろう。顔は隠したとしても、運が悪ければ男に声を掛けられることもある。金を稼ぐ為に自ら声を掛けることもあるかもしれない。そう思えば無性に腹が立ってくる。
心臓を握っても、心は握れない。ゆっくりと落としていけばいい。だが、他人に譲る気はサラサラ無かった。