素直になるまで1cm
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黄色の船体には疲弊した男達がだらしなく床に伸びていた。ヘラヘラと笑いながら海を眺める女は海上で顔を出す男達に声を掛ける
「シャチー!もうちょい右だよ〜!」
「わかってるよ!!ちょっとタンマ!!」
的を目掛けて水を噴射するシャチとペンギンを女は船から見ていた。毎日の様に戦闘訓練を続けるハートの海賊団は暫く安全に過ごす事が出来る島を目指しゆっくりと海上を走っていた。
何度目かの組手が終われば名前は直ぐに海で泳ぐクルーを見つめる。その眼差しはものを教えるときのそれとは随分違う。
どかっと彼女の横に腰掛けたローはこの数日ずっと気になっていた質問を投げかけた。
「お前は泳ぐのが好きなのか。」
「あ、気付いた?昔は得意だったの。泳ぐのも大好き。」
幸せそうに笑う女をチラリと覗き見るが、この女は今カナヅチだ。能力を使わずもこれ程の実力があり、更には泳ぎが得意だったと言うのだから、何故悪魔の実に手を出したのか気になるのは必然だった。
「何故悪魔の実を食ったんだ。お前には必要なかっただろ。」
少なくとも名前と過した数日間で、彼女は噂で聞いた様な悪女では無い事は明らかだった。まだ裏の顔を出していないだけなのかも知れないが、少なくともローの目にはそう止まっていた。だからこそ、ミツミツの実と言う人を惑わすような悪魔の実を彼女が自分から好んで食すとは思えないのだ。
「あー、自分から食べた訳じゃ無いんだ。」
本当は食べたくなかった。
そんな彼女の小さな声をローの耳はしっかりと拾った。何かを思い出すように揺れる女の瞳もローは見逃さなかった。
「あ!ローはいつ食べたの?お医者さんだからピッタリの実だよね。私もROOMってやりたい。」
「俺のは知識が無いと使えねぇよ。」
「やっぱり?ローの能力も疲れたりする?」
「体力を消耗する。それに、多分命も削ってる。」
能力者同士の会話なんてこの船ではする事が無かった。本で得る情報も良いが、実体験に基づいた会話は知識の幅が広がる。
「じゃあ上手く立ち回らないといけないんだね。私は戦う時あまり能力使わないからなぁ。」
「…そういえば、まだお前の能力は見た事が無かったな。」
「だってローがこれ外してくれないからじゃん。逃げないって言ってるのに。それに機械は動かせないって分かってるじゃん。」
未だに腕に回る海楼石は彼女の能力を封じる為の物。クルーになってから時間は経つものの実力が実力である為にそれを外せないでいた。…と言うのは建前であることをロー気付いている。機械も弄れない彼女がこの船から逃げ出す事など不可能な筈なのに。
「…本当に逃げないのか。」
「だからこの船の事気に入ってるって言ってるじゃん船長。…もしかして船員を誑かすって心配してる?」
「馬鹿か。そんな事したら直ぐに海に突き落としてやる。」
恐らく心配はコレだ。見つけたのは自分だと言うのに、この変な女に惑わされるのが。自分よりも年が上でいつも余裕な顔をして餓鬼を宥めるかのように接するこの女が、妙な色仕掛けで船員とどうこうなるのは許せない。勿論、名前がそのような事をするとは思ってはいなかったのだが。
「…え、うそ。」
名前は突如軽くなった身体に思わず両手を見た。一週間以上も共に生活をしていた忌まわしき枷は見当たらない。自身の腕に広がるのは枷の痕が赤く残って入るものの自分の肌のみ。
「ロー!!ありがとう!!」
「泣く程嬉しいのか。大人の癖に。」
「あったりまえじゃん!!アンタも10日間海楼石付けて過ごして見れば!?嫌になるから!!」
よしっと立ち上がった女は手をローに差し出した。眉を寄せるローに向かい、能力見たいんでしょ?と言われれば、彼女の手を取り体を起こす。
「ねぇ、ロー!」
お願いの姿勢を取る名前に、ローは首を傾げた
「1人だけ貸して?誘惑するけどしないって言うか…見れば分かるからさお願い!」
「…今回だけだ。おい、誰かこいつの実験体になれ。」
気は乗らないけれど、能力を把握するためには仕方がなかった。能力さえ分かれば後は対処ができる。そう思いローが船員に呼びかける。しかしここ数日彼女にコテンパンにされている彼らが、名前の手から枷が外れていることに気付きひぃっと情けない声を上げた。
「俺がやろうかーー?」
海上から聞こえてきた声に一同安堵したのは言うまでもない。クタクタになった体にこれ以上鞭を打ちたくはなかったから。
甲板に上がってきたシャチとペンギンはどちらが犠牲になるかジャンケンをしていた。勿論死ぬ事はないと分かっているが実験体と言われてしまえば不安は拭えない。
「あ、俺だ。お手柔らかに頼みます…。」
負けたのはペンギン。ジャンケンに勝ったシャチは後ろへ下がった。指示により名前とペンギン以外は少し離れた場所からその光景を見ている。
「じゃあ行くね、temptation」
名前が言葉を放つとブワッと周囲に薄いピンク色の煙が舞う。まるでローのROOMの様に彼女の周囲に漂うピンクは能力の範囲を示している様だった。煙が出た途端何故か名前から目を離せなくなる。
「nectar。おいでペンギン。」
先程までとは違い強烈な甘い香りが辺りに広まった。ローはチラリと横を向けば彼女に向かい歩き出しそうな船員が既に数人いる。
「馬鹿っ目を覚ませ!!」
匂いに誘われるとはこの事なのだろう。既に何人か誘惑されてしまっているというのに、ペンギンは一体何をされるというのだ。しっかりと瞳に2人を焼き付ければ、彼女の指先から出た蜜をペンギンが舐めとった。途端にストンと体の力が抜け名前に倒れかかるペンギン。周囲からは匂いと煙が消え、船員達はハッと我に返る。
ローは直ぐにペンギンへ駆け寄るが、彼の表情は幸せそうに眠っているだけ。
「寝てるだけだよ。一瞬だったから直ぐに起きると思う。本当ならあの状態で寝かせた後に尋問するの。」
「貸せ。」
名前の腕の中で眠っていたペンギンを無理やり引き剥がせば、名前は眉を寄せた。
「だから船員には手を出さないって…。」
「違ぇよ。それで、あの範囲に入れば男はまんまと誘惑されるって訳か。」
「男でも女でも?この能力は匂いが力だから。それに蜜を舐めなきゃ意識は失わないから、タネさえ分かっていれば引っかからないよ。」
彼女の言葉に嘘はないようだった。悪女と呼ばれるのは恐らくこの能力で騙して情報を抜き取ってきたからなのであろう。ピクリと動き出したペンギンは朦朧とした意識の中目を覚ました。やぁ!と掌をあげ微笑む名前を見てペンギンは顔を赤くした。
「なっあっ…いやっえっ…お、おれ何も知らない!!!」
周囲の人間を見て慌てて船内へ消えたペンギンには?と声を上げる。
「あー行っちゃった。」
「…まだ効力が切れてねぇのか。」
「いやーって言うか、あの力を使うと幻覚を見せることが出来るんだけどさぁ…」
チラリとローの顔を伺う名前に、ローは目を丸くした。直ぐにごめんの姿勢をとる彼女にワナワナと拳が震える
「テメェ…まさか!!」
「私とここでシちゃう幻覚でも見ちゃったみたい♡ごめん船長!でも私は手出てないから許して!」
「おい!!今すぐ海楼石持ってこい!!!やっぱこいつを野放しにするのはなしだ。」
「ええぇ!?待ってよ!!普段は使わないって!ねぇ!ローゴメンなさい…」
やっと取れた体の違和感をまたすぐに感じるなんてごめんだった。だけど目の前にいる気難しいこの男は不機嫌に顔を引き攣らせている。はぁと息を吐けば名前は両手を差し出した。
❥ ❥ ❥ ❥
船内に戻れば、話は名前の能力の話題で持ち切りだ。テーブルにペンギンと名前を囲んでワイワイと話を進めるけど、当の本人であるペンギンは頬を赤く染めている。ガクンと項垂れる女は再び両腕に巻き付く海楼石のせいで再び力が抜けていた。
名前はキッと部屋に入ってきたローを睨み付ければ、こちらも機嫌が悪いと言いたげにふんっと鼻を鳴らされる。
「っとに…子供なんだから…ッ!!」
年の離れたローは名前にとっては弟のような存在だ。勿論この船の皆がそういう対象なのだが。機嫌が悪くなるとふんぞり返る姿は癇癪を起こした子供のようだ。
「俺って本当に寝てただけなんだよな!?」
「ああ!なんか舐めたらガクンと意識落としてたぜ。確かに誘われる匂いだったな。」
「お前は半分トんでただろ!」
ペンギンははァと肩を下ろし、自身の体験したものは幻覚だったんだと少しずつ理解をする。冷静に考えれば皆んなの見ている看板であんなコトをすれば船長が黙ってはいない。のに、それを否定するには余りにも現実的で精巧な幻はしっかりと身体に体験として感覚が残っているのだ。
「ペンギンどんな幻覚見たんだ?」
「いや…それは…」
「夢みたいなもんだからいいだろ!」
「いや…夢っていうか…」
チラリと除くのはソファに腰掛けている我らが船長。名前の事になると冷静さを欠く船長は多分名前の事を意識している。長年の付き合いであるペンギンだからこそ、彼の僅かな変化に気付いていた。今だって少し不機嫌そうに、話に興味がない振りをして俺たちの会話に耳を傾けている。さっきから船長の読んでいる本のページは1枚も捲られていない。このまま黙秘を続けよう、そう決意したペンギンの意志とは裏腹に女の声が野次の中で響く。
「なんかすっごいリアルなんだって。感触とかもあるし、幻覚だって言っても気付かない人ばかりだよ。」
「えええええ!?まじ!?」
「…は?」
船員達の声に紛れた、船長の低音ボイスを聞き取ったのは恐らくペンギンだけ。頼むから言わないで欲しかった情報を簡単に話してしまう名前の顔を見れば、恥ずかしかった?ごめん。なんて的外れの謝罪をされる。
「おいおいペンギンどうなんだよ!!」
「いや―…だからそのまんまの意味で…」
立ち上がった船長はドスドスと不機嫌を隠すこともなく名前へ近付く。女の腕を掴み無理矢理立ち上がらせると室内はシーンと静まりかえる
「何?ちょっと痛いんだけど。」
「話が違ぇだろ。」
「手は出してないじゃん。それに許可を出したのはローだよ。目の前で見てたじゃない。」
「感触が合って幻覚と現実の境目が分からねぇなら手を出してるのと同じだろ!!」
「…でも私は知らないし。」
名前の言葉に安堵したのはペンギンだった。もしもこの幻覚が彼女の意志による操作だとしたら、彼女との接し方は変わってくるだろう。自分だけの思い出ならば自身の胸に潜めておけばその出来事は消えてなくなるのだ。
「暫くペンギンと接触するな。」
「はぁ?無理でしょ。同じ船にいるし、戦闘訓練だってしてんのに。」
「ペンギンには俺が教えればいいだろ。あとそれも当分外さねぇ。」
再び始まる2人の口論にクルーは頭を抱えた。船長の思い通りに動かない名前は乗船して1週間足らずで幾度も反抗してきた。心臓を抜き取られ海楼石を着けた彼女がいつか本当に海へ落とされるのではないかと船員達はヒヤヒヤとしていた。
「ローってさ、ヤキモチ妬いてんの?」
「はあ?」
「ぶっ!!!」
沈黙を貫いていた船員も彼女の言葉に思わず吹き出す始末だ。ギロリと船長に睨まれ皆口を抑えるけど、ベポは呑気に話し始める。
「そっかぁ!キャプテン、ペンギンに名前を取られるのが嫌だって事か!」
「黙れベポ。」
「すみません…」
「ふふっ。ほんとにお気に入りの玩具を取られた子供みたい。まぁローのお気に入りならいっか。」
名前はするりとローの腕からすり抜け、彼のシャツをグイッと引っ張った。何すんだ、と言うローの声にお構い無しにローの頭の位置を低くすればヨシヨシと頭を撫でた。
「船長はローだから大丈夫だよ。」
何が大丈夫だって言うんだ、そんなことを言う暇もなく女はローから離れ扉へ向かった。
「覇気の練習するんでしょ?先に部屋に行ってるね〜」
ヘラヘラと笑いながら台風の様に去っていく女をローはずっと見ていた。そんな姿を見て船員達はポカーンと目を点にさせる。
「え…もしかして…キャプテンって…」
「キャプテンは名前の事が大好きなんだねぇ。」
「違ぇよ!!あんな女、ババアだろ!!ふざけやがって俺を餓鬼扱いして…!」
あぁこの人、名前の事が好きなんだ。空気を読まず発言をした1匹を除き、部屋にいた男達は彼の恋路に直ぐに気がついた。荒々しく扉を閉める船長に弟の初恋を見守る兄のような気分になったのは仕方の無い事だった。
「俺達は見守ってやろうな。」
「賛成!不自然な手助けは無用で!」
「今日の俺の話も禁止で…。」
2人のこれからを口出ししないと決意した船員達は団結した。
「シャチー!もうちょい右だよ〜!」
「わかってるよ!!ちょっとタンマ!!」
的を目掛けて水を噴射するシャチとペンギンを女は船から見ていた。毎日の様に戦闘訓練を続けるハートの海賊団は暫く安全に過ごす事が出来る島を目指しゆっくりと海上を走っていた。
何度目かの組手が終われば名前は直ぐに海で泳ぐクルーを見つめる。その眼差しはものを教えるときのそれとは随分違う。
どかっと彼女の横に腰掛けたローはこの数日ずっと気になっていた質問を投げかけた。
「お前は泳ぐのが好きなのか。」
「あ、気付いた?昔は得意だったの。泳ぐのも大好き。」
幸せそうに笑う女をチラリと覗き見るが、この女は今カナヅチだ。能力を使わずもこれ程の実力があり、更には泳ぎが得意だったと言うのだから、何故悪魔の実に手を出したのか気になるのは必然だった。
「何故悪魔の実を食ったんだ。お前には必要なかっただろ。」
少なくとも名前と過した数日間で、彼女は噂で聞いた様な悪女では無い事は明らかだった。まだ裏の顔を出していないだけなのかも知れないが、少なくともローの目にはそう止まっていた。だからこそ、ミツミツの実と言う人を惑わすような悪魔の実を彼女が自分から好んで食すとは思えないのだ。
「あー、自分から食べた訳じゃ無いんだ。」
本当は食べたくなかった。
そんな彼女の小さな声をローの耳はしっかりと拾った。何かを思い出すように揺れる女の瞳もローは見逃さなかった。
「あ!ローはいつ食べたの?お医者さんだからピッタリの実だよね。私もROOMってやりたい。」
「俺のは知識が無いと使えねぇよ。」
「やっぱり?ローの能力も疲れたりする?」
「体力を消耗する。それに、多分命も削ってる。」
能力者同士の会話なんてこの船ではする事が無かった。本で得る情報も良いが、実体験に基づいた会話は知識の幅が広がる。
「じゃあ上手く立ち回らないといけないんだね。私は戦う時あまり能力使わないからなぁ。」
「…そういえば、まだお前の能力は見た事が無かったな。」
「だってローがこれ外してくれないからじゃん。逃げないって言ってるのに。それに機械は動かせないって分かってるじゃん。」
未だに腕に回る海楼石は彼女の能力を封じる為の物。クルーになってから時間は経つものの実力が実力である為にそれを外せないでいた。…と言うのは建前であることをロー気付いている。機械も弄れない彼女がこの船から逃げ出す事など不可能な筈なのに。
「…本当に逃げないのか。」
「だからこの船の事気に入ってるって言ってるじゃん船長。…もしかして船員を誑かすって心配してる?」
「馬鹿か。そんな事したら直ぐに海に突き落としてやる。」
恐らく心配はコレだ。見つけたのは自分だと言うのに、この変な女に惑わされるのが。自分よりも年が上でいつも余裕な顔をして餓鬼を宥めるかのように接するこの女が、妙な色仕掛けで船員とどうこうなるのは許せない。勿論、名前がそのような事をするとは思ってはいなかったのだが。
「…え、うそ。」
名前は突如軽くなった身体に思わず両手を見た。一週間以上も共に生活をしていた忌まわしき枷は見当たらない。自身の腕に広がるのは枷の痕が赤く残って入るものの自分の肌のみ。
「ロー!!ありがとう!!」
「泣く程嬉しいのか。大人の癖に。」
「あったりまえじゃん!!アンタも10日間海楼石付けて過ごして見れば!?嫌になるから!!」
よしっと立ち上がった女は手をローに差し出した。眉を寄せるローに向かい、能力見たいんでしょ?と言われれば、彼女の手を取り体を起こす。
「ねぇ、ロー!」
お願いの姿勢を取る名前に、ローは首を傾げた
「1人だけ貸して?誘惑するけどしないって言うか…見れば分かるからさお願い!」
「…今回だけだ。おい、誰かこいつの実験体になれ。」
気は乗らないけれど、能力を把握するためには仕方がなかった。能力さえ分かれば後は対処ができる。そう思いローが船員に呼びかける。しかしここ数日彼女にコテンパンにされている彼らが、名前の手から枷が外れていることに気付きひぃっと情けない声を上げた。
「俺がやろうかーー?」
海上から聞こえてきた声に一同安堵したのは言うまでもない。クタクタになった体にこれ以上鞭を打ちたくはなかったから。
甲板に上がってきたシャチとペンギンはどちらが犠牲になるかジャンケンをしていた。勿論死ぬ事はないと分かっているが実験体と言われてしまえば不安は拭えない。
「あ、俺だ。お手柔らかに頼みます…。」
負けたのはペンギン。ジャンケンに勝ったシャチは後ろへ下がった。指示により名前とペンギン以外は少し離れた場所からその光景を見ている。
「じゃあ行くね、temptation」
名前が言葉を放つとブワッと周囲に薄いピンク色の煙が舞う。まるでローのROOMの様に彼女の周囲に漂うピンクは能力の範囲を示している様だった。煙が出た途端何故か名前から目を離せなくなる。
「nectar。おいでペンギン。」
先程までとは違い強烈な甘い香りが辺りに広まった。ローはチラリと横を向けば彼女に向かい歩き出しそうな船員が既に数人いる。
「馬鹿っ目を覚ませ!!」
匂いに誘われるとはこの事なのだろう。既に何人か誘惑されてしまっているというのに、ペンギンは一体何をされるというのだ。しっかりと瞳に2人を焼き付ければ、彼女の指先から出た蜜をペンギンが舐めとった。途端にストンと体の力が抜け名前に倒れかかるペンギン。周囲からは匂いと煙が消え、船員達はハッと我に返る。
ローは直ぐにペンギンへ駆け寄るが、彼の表情は幸せそうに眠っているだけ。
「寝てるだけだよ。一瞬だったから直ぐに起きると思う。本当ならあの状態で寝かせた後に尋問するの。」
「貸せ。」
名前の腕の中で眠っていたペンギンを無理やり引き剥がせば、名前は眉を寄せた。
「だから船員には手を出さないって…。」
「違ぇよ。それで、あの範囲に入れば男はまんまと誘惑されるって訳か。」
「男でも女でも?この能力は匂いが力だから。それに蜜を舐めなきゃ意識は失わないから、タネさえ分かっていれば引っかからないよ。」
彼女の言葉に嘘はないようだった。悪女と呼ばれるのは恐らくこの能力で騙して情報を抜き取ってきたからなのであろう。ピクリと動き出したペンギンは朦朧とした意識の中目を覚ました。やぁ!と掌をあげ微笑む名前を見てペンギンは顔を赤くした。
「なっあっ…いやっえっ…お、おれ何も知らない!!!」
周囲の人間を見て慌てて船内へ消えたペンギンには?と声を上げる。
「あー行っちゃった。」
「…まだ効力が切れてねぇのか。」
「いやーって言うか、あの力を使うと幻覚を見せることが出来るんだけどさぁ…」
チラリとローの顔を伺う名前に、ローは目を丸くした。直ぐにごめんの姿勢をとる彼女にワナワナと拳が震える
「テメェ…まさか!!」
「私とここでシちゃう幻覚でも見ちゃったみたい♡ごめん船長!でも私は手出てないから許して!」
「おい!!今すぐ海楼石持ってこい!!!やっぱこいつを野放しにするのはなしだ。」
「ええぇ!?待ってよ!!普段は使わないって!ねぇ!ローゴメンなさい…」
やっと取れた体の違和感をまたすぐに感じるなんてごめんだった。だけど目の前にいる気難しいこの男は不機嫌に顔を引き攣らせている。はぁと息を吐けば名前は両手を差し出した。
❥ ❥ ❥ ❥
船内に戻れば、話は名前の能力の話題で持ち切りだ。テーブルにペンギンと名前を囲んでワイワイと話を進めるけど、当の本人であるペンギンは頬を赤く染めている。ガクンと項垂れる女は再び両腕に巻き付く海楼石のせいで再び力が抜けていた。
名前はキッと部屋に入ってきたローを睨み付ければ、こちらも機嫌が悪いと言いたげにふんっと鼻を鳴らされる。
「っとに…子供なんだから…ッ!!」
年の離れたローは名前にとっては弟のような存在だ。勿論この船の皆がそういう対象なのだが。機嫌が悪くなるとふんぞり返る姿は癇癪を起こした子供のようだ。
「俺って本当に寝てただけなんだよな!?」
「ああ!なんか舐めたらガクンと意識落としてたぜ。確かに誘われる匂いだったな。」
「お前は半分トんでただろ!」
ペンギンははァと肩を下ろし、自身の体験したものは幻覚だったんだと少しずつ理解をする。冷静に考えれば皆んなの見ている看板であんなコトをすれば船長が黙ってはいない。のに、それを否定するには余りにも現実的で精巧な幻はしっかりと身体に体験として感覚が残っているのだ。
「ペンギンどんな幻覚見たんだ?」
「いや…それは…」
「夢みたいなもんだからいいだろ!」
「いや…夢っていうか…」
チラリと除くのはソファに腰掛けている我らが船長。名前の事になると冷静さを欠く船長は多分名前の事を意識している。長年の付き合いであるペンギンだからこそ、彼の僅かな変化に気付いていた。今だって少し不機嫌そうに、話に興味がない振りをして俺たちの会話に耳を傾けている。さっきから船長の読んでいる本のページは1枚も捲られていない。このまま黙秘を続けよう、そう決意したペンギンの意志とは裏腹に女の声が野次の中で響く。
「なんかすっごいリアルなんだって。感触とかもあるし、幻覚だって言っても気付かない人ばかりだよ。」
「えええええ!?まじ!?」
「…は?」
船員達の声に紛れた、船長の低音ボイスを聞き取ったのは恐らくペンギンだけ。頼むから言わないで欲しかった情報を簡単に話してしまう名前の顔を見れば、恥ずかしかった?ごめん。なんて的外れの謝罪をされる。
「おいおいペンギンどうなんだよ!!」
「いや―…だからそのまんまの意味で…」
立ち上がった船長はドスドスと不機嫌を隠すこともなく名前へ近付く。女の腕を掴み無理矢理立ち上がらせると室内はシーンと静まりかえる
「何?ちょっと痛いんだけど。」
「話が違ぇだろ。」
「手は出してないじゃん。それに許可を出したのはローだよ。目の前で見てたじゃない。」
「感触が合って幻覚と現実の境目が分からねぇなら手を出してるのと同じだろ!!」
「…でも私は知らないし。」
名前の言葉に安堵したのはペンギンだった。もしもこの幻覚が彼女の意志による操作だとしたら、彼女との接し方は変わってくるだろう。自分だけの思い出ならば自身の胸に潜めておけばその出来事は消えてなくなるのだ。
「暫くペンギンと接触するな。」
「はぁ?無理でしょ。同じ船にいるし、戦闘訓練だってしてんのに。」
「ペンギンには俺が教えればいいだろ。あとそれも当分外さねぇ。」
再び始まる2人の口論にクルーは頭を抱えた。船長の思い通りに動かない名前は乗船して1週間足らずで幾度も反抗してきた。心臓を抜き取られ海楼石を着けた彼女がいつか本当に海へ落とされるのではないかと船員達はヒヤヒヤとしていた。
「ローってさ、ヤキモチ妬いてんの?」
「はあ?」
「ぶっ!!!」
沈黙を貫いていた船員も彼女の言葉に思わず吹き出す始末だ。ギロリと船長に睨まれ皆口を抑えるけど、ベポは呑気に話し始める。
「そっかぁ!キャプテン、ペンギンに名前を取られるのが嫌だって事か!」
「黙れベポ。」
「すみません…」
「ふふっ。ほんとにお気に入りの玩具を取られた子供みたい。まぁローのお気に入りならいっか。」
名前はするりとローの腕からすり抜け、彼のシャツをグイッと引っ張った。何すんだ、と言うローの声にお構い無しにローの頭の位置を低くすればヨシヨシと頭を撫でた。
「船長はローだから大丈夫だよ。」
何が大丈夫だって言うんだ、そんなことを言う暇もなく女はローから離れ扉へ向かった。
「覇気の練習するんでしょ?先に部屋に行ってるね〜」
ヘラヘラと笑いながら台風の様に去っていく女をローはずっと見ていた。そんな姿を見て船員達はポカーンと目を点にさせる。
「え…もしかして…キャプテンって…」
「キャプテンは名前の事が大好きなんだねぇ。」
「違ぇよ!!あんな女、ババアだろ!!ふざけやがって俺を餓鬼扱いして…!」
あぁこの人、名前の事が好きなんだ。空気を読まず発言をした1匹を除き、部屋にいた男達は彼の恋路に直ぐに気がついた。荒々しく扉を閉める船長に弟の初恋を見守る兄のような気分になったのは仕方の無い事だった。
「俺達は見守ってやろうな。」
「賛成!不自然な手助けは無用で!」
「今日の俺の話も禁止で…。」
2人のこれからを口出ししないと決意した船員達は団結した。