素直になるまで1cm
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潜水艦は海上を渡っていた。広がる水平線で大きな音を立てていたのは、波の音でもエンジンの音でもなく人々の声。陽の光に照らされながら聞こえるのは海賊達の陽気な声。
「名前の仲間入りにカンパーイ!!!」
仲間達と笑顔で酒を酌み交わし、こうして新聞に載った自分の活躍を褒め称えるのは何年ぶりだろうか。自然にカサりと紙を持つ手に力が篭もる。新しくなった手配書とハートの海賊団の文字、悪人である自分の悪行を綴った記事。良くも悪くも懸賞金という物は海賊にとって自身の象徴にもなり、何も無かった私にとってこの世界で認められた証のようなものだった。そんな気持ちを思い出したのもこの船に乗ったからなのだろう。
「おい。何考えてやがる」
コツンと頭に響く音に宙を見上げる。自分よりも年下で大きい命の恩人。私の大切な人だ。きっと彼にはお見通しだったのだろう。昔の事を思い出し少し感傷に浸っていた事実が。ポーカーフェイスである彼の表情は一見何を考えているのか分からない。だが、案外彼の行動は子供っぽかったりする。船長でありしっかり者で一見堅物な彼が、自分の前だけで見せるこの姿が私は好きだ。
自覚してしまえば自然と頬は緩むし、心臓は高鳴る。ここ数日の悩み事を今朝の新聞のおかげで忘れていたというのに。「別に」と言いふいと視線を逸らしたのは気恥しいからだ。だから熱を冷ます間もなく腕を引かれたのは予想外だった。
「なっ、なに!?」
「ってめぇ…!また変なこと…ッ!」
なんつー顔してんだよなんて小さな声が聴こえた気がした。名前は慌ててパサりと新聞を顔にあてたが、やはり熱は冷めない。わりぃと手を離すローに、こっちこそごめんと謝る始末だ。もう名前の頭に過去の事なんて入る余地はない。ここ数日、あの島を出てから考えてしまうのは目の前にいるこの男の事ばかりだったのだから。
❥ ❥ ❥ ❥
心境が変わったのは突然だった。
名前はローの事が好きだと思っていたし、勿論彼の女になるとも約束した。当然そこに好きという感情はあり、他のクルーとも違う特別な感情が確かにあった。それは過去、ヘイノラへ抱いていたものと同じで裏切られはしても彼の事も自分なりに好きだった。そう思っていた。が、それが違うと自覚したのはあの日からだ。
ブローカーを探しに島へ行き、彼へのお願いをしたあの日。最初はただの憧れだった。はぐれ者の自分が何事も気にせずただ人の様に過ごしてみたかった。だから、街を歩きたいとお願いをした。ただそれだけなのに、何故かローの顔が見れなくなった。嫌いになった訳でも、彼に裏切られた訳でもない。そんな些細な変化の原因が分かったのはすぐだった。
「へー今更。それって名前がキャプテンの事、好きって話じゃん。」
「うん。好きだけど。え?話聞いてた?」
今までとは違う彼との距離感の測り方がわからなくなって、なんとなくペンギンに相談したのだ。というより、観察眼の鋭いローとペンギンには些細な変化なんて直ぐに見透かされるし、要らぬ心配を掛ける前に自分から告げたかった。のに。
「だから、名前って今まで人を愛したことないんだよ。多分。」
「…は、いやいや、一応ローの前にも好きな人はいたし。愛してるとか言ったこともあったし。」
「でもお前のその特別って多分子供が親に抱く様な、親が子供に抱く様なそんな感情だったんじゃね?2人とも一人ぼっちだった所を助けてくれたヒーローみたいなもんだろ?」
「ヒーロー…」
ペンギンの言葉は的を得ていた。2人とも1人だった私を連れ出してくれた恩人。先の指針を目指す為の主人であり船長であった。
「まぁ船長だし他のクルーと違う感情を抱くのは当然。でも、今の名前は人間としてキャプテンに恋してる。」
恋の一言に名前の動きはピタリと止まった。ペンギンの言う言葉の意味、言葉の違いが名前には分からなかったから。ならばなぜ恋をしているのにローの顔が見れなくなったのか。彼の行動言動にいちいち心臓が騒ぐのか、彼との距離感が掴めなくなったのか。名前には分からなかった。
「ぶっ。はは、やっぱ名前って姐さんって柄じゃねーよな!」
「は!?なに!?こっちは真剣に相談してんのに!大体恋してるってなに?ローの事が好きなんて皆知ってんじゃん。」
「んーだからさ、それキャプテンに話せばいいと思うけど。」
「だから!そのキャプテンとちゃんと話せないって言うか!!」
「キャプテン喜ぶと思うけどね」
喜ぶ、その言葉の真偽を聞く前にペンギンはクルーに呼ばれその場を離れた。ポツリと残された私は熱を持った頬に手を当てた。この熱の冷まし方が私には分からなかった。
❥ ❥ ❥ ❥
だからこそ、名前は顔を隠した。
「っごめん」
身体が暑かった。掴まれた手から感じるローの体温がやけに鮮明に残っている。ここ数日ろくに会話を交わしていなかった彼との久しぶりの接触だった。思い返すのはペンギンに言われた、恋とか愛とかそんな話。
ローは喜ぶ、確かにペンギンはそう言っていたのに私はなかなか踏み出せないでいた。と言うより、生まれて初めての感情に自分自身どうするべきかわからなかったのだ。
「あ、あのねロー、わたし!」
見上げた瞳が交じり合うのは久しぶりの事だった。全身が熱いのも、発する音が震えるのも初めての事だった。しかし、緊張感を持つのは名前だけでは無かった。ポーカーフェイスを纏うローの表情もまた名前が纏うそれと同じ緊張感を漂わせていたのだ。
「私ちゃんとローの事好きだから。」
嫌いにならないで、なんて小さな声が零れた。本当はこんな言葉を言うつもりではなかったのに、多分きっと私は不安だったんだと思う。
騒がしい甲板でプツリと時が止まった。ほぼ無意識のうちにローは手を動かしていた。瞬間甲板にはパサりと新聞だけが取り残された。
「ちょっまっ…まって!!こっち見ないで!!」
「馬鹿言ってんじゃねぇ…!人の気も知らねぇで」
2人を遮る紙が無くなった事に気が付く間もなく、ローは名前の腕を抑えていた。体格差はあれども、実力差は明確にある名前がローに先手を打たれるなど考えられない出来事だ。
「まって!近い!近いから!」
「は、今更だな。俺はずっとお前のそういう顔が見たかった。」
「はぁ!?ろ、ローだって!!さっきまでちょっと顔赤かったくせに!」
「当たり前だろ。好きな女があんな面してんだ。おい、俺は名前が嫌がる事はしたくねぇが、これ以上我慢する気もねぇ。」
互いの顔は少し動けば衝突してしまう距離。初めて見せる表情は名前だけではなく、ローも一緒だった。誰かを大切に思う人間はこんなにも優しくて、時に余裕の無さそうな、愛おしい目で見つめるんだと。どちらともなく、力が緩んだ。何故だか少し落ち着いた胸で名前は少し視線を落とした。
「…ここ船の中だよ。」
「あぁ。」
「しかも船長室。外ではみんな私のお祝いをしてくれてる。」
「…そうだな。名前嫌なら部屋から出ろ」
我慢強い方ではあった。目的の為なら自己犠牲も厭わない、それがトラファルガー・ローという男だったから。我慢はしないと言いながらグッと理性的に思考を変えてきたからこそ、彼はこの海で生きられたのかもしれない。
彼女の思考回路は分からないが、少なくとも過去の因縁が直ぐに切れるとは思わない。それは誰よりも自分自身が理解していたからだ。
ふわりと鼻筋に蜂蜜のような甘い香りが揺れた。空気に流れるその香りで、あぁやっぱりな。なんて脳裏を過ぎった。スッと瞳を閉じ空を切る筈だった手はピタリと動きを止めた。
名前が動かしたのは腕だった。近いのに遠くを見つめるようなローの瞳に目が覚めたようだった。くだらない事を考えていた。恐らく彼女が思う程、彼が悩む程、過去の因縁というものはあっさりと解けたらしい。悩むこと無く伸びた腕はローの服に伸びた。全てを諦めたような顔をする男を前にギュッと力を込めた。開いた瞳は驚愕に染まり瞳の奥に映る自分の姿を見て、やっと本当の意味でローと目が合ったような気がした。
トンと足を伸ばし私はローの唇を奪った。クツクツと笑みが転げたのはローの初めて見る顔が見れたからだった。
「へへ、ごめんなさい船長。手を出さないって約束だったのに。」
ストンと踵を落としへらりとする名前に、ローは暫し動きを止めた。いつも冷静で頭の回転の早いローが思考を止める瞬間はそう何度も見れるものでは無いだろう。
「…それはクルーに対してだろ。」
やっと開いた口から出た言葉はなんの確信もつかないそんな言葉だった。さっきまでの重苦しい空気や緊張感はこの空間には存在していなかった。
「ロー私ね、ローに恋してるんだ。多分、うん、そう。初めて。ローはこの先もっといい人に出会うかもしれないし、私よりも可愛い子もいっぱい居るだろうし」
「俺はお前がいい」
甘い雰囲気とはかけ離れた彼女からの言葉にローは言葉を塞いだ。なんとなく、先の言葉が聞きたくなかったのかもしれない。
「うん。私もローが良いんだ。だから、一生ローから離れない。ローが好き。」
名前が言葉を言い終わる前に、ローは名前を自身の中に閉じ込めた。互いに我慢していた想いが、気持ちが、初めて解放されたのだ。ゆるりと名前の手がローの背中に回る。とくんとくんと高鳴る心の音はどちらの物か解らない。
「はなから手放す気なんてねェよ。…やっと捕まえたんだ」
気恥しさから逸らしていた目は、自然とカチリと交わった。高鳴る心音は止まらないが、それすらも心地好く感じた。名前は鼻腔を擽る甘い匂いに初めて酔いそうになった。
「名前の仲間入りにカンパーイ!!!」
仲間達と笑顔で酒を酌み交わし、こうして新聞に載った自分の活躍を褒め称えるのは何年ぶりだろうか。自然にカサりと紙を持つ手に力が篭もる。新しくなった手配書とハートの海賊団の文字、悪人である自分の悪行を綴った記事。良くも悪くも懸賞金という物は海賊にとって自身の象徴にもなり、何も無かった私にとってこの世界で認められた証のようなものだった。そんな気持ちを思い出したのもこの船に乗ったからなのだろう。
「おい。何考えてやがる」
コツンと頭に響く音に宙を見上げる。自分よりも年下で大きい命の恩人。私の大切な人だ。きっと彼にはお見通しだったのだろう。昔の事を思い出し少し感傷に浸っていた事実が。ポーカーフェイスである彼の表情は一見何を考えているのか分からない。だが、案外彼の行動は子供っぽかったりする。船長でありしっかり者で一見堅物な彼が、自分の前だけで見せるこの姿が私は好きだ。
自覚してしまえば自然と頬は緩むし、心臓は高鳴る。ここ数日の悩み事を今朝の新聞のおかげで忘れていたというのに。「別に」と言いふいと視線を逸らしたのは気恥しいからだ。だから熱を冷ます間もなく腕を引かれたのは予想外だった。
「なっ、なに!?」
「ってめぇ…!また変なこと…ッ!」
なんつー顔してんだよなんて小さな声が聴こえた気がした。名前は慌ててパサりと新聞を顔にあてたが、やはり熱は冷めない。わりぃと手を離すローに、こっちこそごめんと謝る始末だ。もう名前の頭に過去の事なんて入る余地はない。ここ数日、あの島を出てから考えてしまうのは目の前にいるこの男の事ばかりだったのだから。
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心境が変わったのは突然だった。
名前はローの事が好きだと思っていたし、勿論彼の女になるとも約束した。当然そこに好きという感情はあり、他のクルーとも違う特別な感情が確かにあった。それは過去、ヘイノラへ抱いていたものと同じで裏切られはしても彼の事も自分なりに好きだった。そう思っていた。が、それが違うと自覚したのはあの日からだ。
ブローカーを探しに島へ行き、彼へのお願いをしたあの日。最初はただの憧れだった。はぐれ者の自分が何事も気にせずただ人の様に過ごしてみたかった。だから、街を歩きたいとお願いをした。ただそれだけなのに、何故かローの顔が見れなくなった。嫌いになった訳でも、彼に裏切られた訳でもない。そんな些細な変化の原因が分かったのはすぐだった。
「へー今更。それって名前がキャプテンの事、好きって話じゃん。」
「うん。好きだけど。え?話聞いてた?」
今までとは違う彼との距離感の測り方がわからなくなって、なんとなくペンギンに相談したのだ。というより、観察眼の鋭いローとペンギンには些細な変化なんて直ぐに見透かされるし、要らぬ心配を掛ける前に自分から告げたかった。のに。
「だから、名前って今まで人を愛したことないんだよ。多分。」
「…は、いやいや、一応ローの前にも好きな人はいたし。愛してるとか言ったこともあったし。」
「でもお前のその特別って多分子供が親に抱く様な、親が子供に抱く様なそんな感情だったんじゃね?2人とも一人ぼっちだった所を助けてくれたヒーローみたいなもんだろ?」
「ヒーロー…」
ペンギンの言葉は的を得ていた。2人とも1人だった私を連れ出してくれた恩人。先の指針を目指す為の主人であり船長であった。
「まぁ船長だし他のクルーと違う感情を抱くのは当然。でも、今の名前は人間としてキャプテンに恋してる。」
恋の一言に名前の動きはピタリと止まった。ペンギンの言う言葉の意味、言葉の違いが名前には分からなかったから。ならばなぜ恋をしているのにローの顔が見れなくなったのか。彼の行動言動にいちいち心臓が騒ぐのか、彼との距離感が掴めなくなったのか。名前には分からなかった。
「ぶっ。はは、やっぱ名前って姐さんって柄じゃねーよな!」
「は!?なに!?こっちは真剣に相談してんのに!大体恋してるってなに?ローの事が好きなんて皆知ってんじゃん。」
「んーだからさ、それキャプテンに話せばいいと思うけど。」
「だから!そのキャプテンとちゃんと話せないって言うか!!」
「キャプテン喜ぶと思うけどね」
喜ぶ、その言葉の真偽を聞く前にペンギンはクルーに呼ばれその場を離れた。ポツリと残された私は熱を持った頬に手を当てた。この熱の冷まし方が私には分からなかった。
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だからこそ、名前は顔を隠した。
「っごめん」
身体が暑かった。掴まれた手から感じるローの体温がやけに鮮明に残っている。ここ数日ろくに会話を交わしていなかった彼との久しぶりの接触だった。思い返すのはペンギンに言われた、恋とか愛とかそんな話。
ローは喜ぶ、確かにペンギンはそう言っていたのに私はなかなか踏み出せないでいた。と言うより、生まれて初めての感情に自分自身どうするべきかわからなかったのだ。
「あ、あのねロー、わたし!」
見上げた瞳が交じり合うのは久しぶりの事だった。全身が熱いのも、発する音が震えるのも初めての事だった。しかし、緊張感を持つのは名前だけでは無かった。ポーカーフェイスを纏うローの表情もまた名前が纏うそれと同じ緊張感を漂わせていたのだ。
「私ちゃんとローの事好きだから。」
嫌いにならないで、なんて小さな声が零れた。本当はこんな言葉を言うつもりではなかったのに、多分きっと私は不安だったんだと思う。
騒がしい甲板でプツリと時が止まった。ほぼ無意識のうちにローは手を動かしていた。瞬間甲板にはパサりと新聞だけが取り残された。
「ちょっまっ…まって!!こっち見ないで!!」
「馬鹿言ってんじゃねぇ…!人の気も知らねぇで」
2人を遮る紙が無くなった事に気が付く間もなく、ローは名前の腕を抑えていた。体格差はあれども、実力差は明確にある名前がローに先手を打たれるなど考えられない出来事だ。
「まって!近い!近いから!」
「は、今更だな。俺はずっとお前のそういう顔が見たかった。」
「はぁ!?ろ、ローだって!!さっきまでちょっと顔赤かったくせに!」
「当たり前だろ。好きな女があんな面してんだ。おい、俺は名前が嫌がる事はしたくねぇが、これ以上我慢する気もねぇ。」
互いの顔は少し動けば衝突してしまう距離。初めて見せる表情は名前だけではなく、ローも一緒だった。誰かを大切に思う人間はこんなにも優しくて、時に余裕の無さそうな、愛おしい目で見つめるんだと。どちらともなく、力が緩んだ。何故だか少し落ち着いた胸で名前は少し視線を落とした。
「…ここ船の中だよ。」
「あぁ。」
「しかも船長室。外ではみんな私のお祝いをしてくれてる。」
「…そうだな。名前嫌なら部屋から出ろ」
我慢強い方ではあった。目的の為なら自己犠牲も厭わない、それがトラファルガー・ローという男だったから。我慢はしないと言いながらグッと理性的に思考を変えてきたからこそ、彼はこの海で生きられたのかもしれない。
彼女の思考回路は分からないが、少なくとも過去の因縁が直ぐに切れるとは思わない。それは誰よりも自分自身が理解していたからだ。
ふわりと鼻筋に蜂蜜のような甘い香りが揺れた。空気に流れるその香りで、あぁやっぱりな。なんて脳裏を過ぎった。スッと瞳を閉じ空を切る筈だった手はピタリと動きを止めた。
名前が動かしたのは腕だった。近いのに遠くを見つめるようなローの瞳に目が覚めたようだった。くだらない事を考えていた。恐らく彼女が思う程、彼が悩む程、過去の因縁というものはあっさりと解けたらしい。悩むこと無く伸びた腕はローの服に伸びた。全てを諦めたような顔をする男を前にギュッと力を込めた。開いた瞳は驚愕に染まり瞳の奥に映る自分の姿を見て、やっと本当の意味でローと目が合ったような気がした。
トンと足を伸ばし私はローの唇を奪った。クツクツと笑みが転げたのはローの初めて見る顔が見れたからだった。
「へへ、ごめんなさい船長。手を出さないって約束だったのに。」
ストンと踵を落としへらりとする名前に、ローは暫し動きを止めた。いつも冷静で頭の回転の早いローが思考を止める瞬間はそう何度も見れるものでは無いだろう。
「…それはクルーに対してだろ。」
やっと開いた口から出た言葉はなんの確信もつかないそんな言葉だった。さっきまでの重苦しい空気や緊張感はこの空間には存在していなかった。
「ロー私ね、ローに恋してるんだ。多分、うん、そう。初めて。ローはこの先もっといい人に出会うかもしれないし、私よりも可愛い子もいっぱい居るだろうし」
「俺はお前がいい」
甘い雰囲気とはかけ離れた彼女からの言葉にローは言葉を塞いだ。なんとなく、先の言葉が聞きたくなかったのかもしれない。
「うん。私もローが良いんだ。だから、一生ローから離れない。ローが好き。」
名前が言葉を言い終わる前に、ローは名前を自身の中に閉じ込めた。互いに我慢していた想いが、気持ちが、初めて解放されたのだ。ゆるりと名前の手がローの背中に回る。とくんとくんと高鳴る心の音はどちらの物か解らない。
「はなから手放す気なんてねェよ。…やっと捕まえたんだ」
気恥しさから逸らしていた目は、自然とカチリと交わった。高鳴る心音は止まらないが、それすらも心地好く感じた。名前は鼻腔を擽る甘い匂いに初めて酔いそうになった。
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