素直になるまで1cm
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名前がこの船に乗ってから2度目の島へ到着した。とは言っても、地図を見て目指した島で名前は何度も訪れた事がある見知った島だ。この国では幾度も戦争が行われており、今だ尚それは続いている。
「あれ?ローは?」
「キャプテンならもう出たんじゃないか?」
島へ着く直前に作戦会議が行われていたが、彼がこんなに早く単独行動を取るとは予想だにしていなかった。勿論クルーは皆持ち場につき、上陸するクルーと船に残るクルーでしっかりと連隊が取れている。今回に関してだけ、私は自由行動を許されていた。
「本当に1人で大丈夫なのか?」
「うん。あ、もしかして疑ってる??ちゃんと見付けたら連絡するよ〜。ローより先に見付ける。」
「どうせなんか賭けてんだろ。頑張れよ〜。」
ペンギンの言葉に名前はギクリと肩を動かした。ローとの対決は簡単なもの、先に貿易商のアジト及び取引場所を見つけ出す事。勝者は一つだけ何でも好きな願いを言える、そんな有り触れたものだ。ローにお願いしたい事があるのか?と聞かれたら今はまだ思いつかないけど、勝負には負けたくない。
貿易が行われるこの街では様々な船が泊まっている。長きに渡る戦争のせいか、海賊船も武器商人の船も隠れる事なく港に姿を現している。この様子だとブローカーを見付けるのは容易い。逃げも隠れもする必要が無いのだから。
街へ1歩踏み入れれば、そこは既に無法地帯と化していた。以前はもう少し賑わいのある生活感溢れる豊かな街だった気がするが、それももう過去の話。ピタリと名前は足を止めた。露店から覗く見覚えのある顔はチラリと目線を送ると裏方へ消える。どうやらこの勝負は私の勝ちらしい。店の裏へ足を進めると案の定、地図を渡される。
「…お前本当に生きてたんだな。」
「まぁね。その言い方だと既に情報は回ってそうね。」
「さぁな。俺はここで伝言を頼まれただけだ。」
名前も素性も知らない。分かるのは互いの損得勘定のみ。必要以上の会話は要らなかった。くるりと踵を返し、地図を見る。ローはもう辿り着いてるのかな。そんな事を思いながら、1つの酒場を目指す。
建付けの悪いボロボロになった扉を開けば、目的の人物はすぐ目の前にいた。名前がよく会っていたブローカーだ。握手なサングラスも、人を人と思っていないニヤついた口元も何一つ変わっていない。
「随分久しぶりじゃないか、悪女名前。」
「どうせ事情を知ってんでしょ。で?要件は何。」
「まぁまぁそう怒るなよ。俺達にとっても想定外の出来事が起きた。ジョーカーに気に入られるなんて、お前相当運がいいぞ。これは金になる。」
「ジョーカー…?」
男の言葉に名前は首を傾げた。言葉だけなら聞いた事のあるその単語。だが人物にはまるで心当たりが無い。半ば仲間とこの組織から売られる様な形で海軍へ引き渡されたと言うのに、今更気に入ったなんて訳の分からない話だ。
「俺達…いやそんな規模じゃねぇ。この裏社会を全て牛耳る男の名前さ。お前、もう一度俺らにつけ。金なら弾む。それに、この仕事は戦争じゃない、目的は監視。お前が今世話になってるハートの海賊団のな。」
「へぇ、彼らの事も筒抜けなんだ。」
「北の海 で俺達が知らない情報はねぇ。だが良かったよ。俺達も個人的にあのガキ共には借りがあったんだ。」
ぐしゃりとローの手配書を握り締め悔しそうに口を噛み締める男を見て名前はふぅんと退屈そうに返事をした。
「くそっアイツら俺達が運営する施設を幾つも破壊しやがって。お陰で奴隷が何匹逃げたことか…!!…ってな訳で個人的な恨みもある、あぁ船長のトラファルガー・ローは殺すなとの指示だ。」
ドンとテーブルの上に置かれた大金は、今まで依頼を受けて来た中で有り得ない程の金額だった。大型の船が3隻は買えそうな程の金額にジョーカーとこの男の本気を感じる。既に名前は依頼を受けると信じて疑わないこの男はデカい声で何かを喋り続けている。
「ジョーカーには会えないの?」
「はっ、お前みたいな末端兵が会える訳ねぇだろ。まぁそうだな、ジョーカー直々の依頼だ。成功すればそれなりの報酬と共に顔ぐらいは見れるかもな。」
「へぇ、有名な人?会ったことあるの?」
「そんな事お前に教える筋合いは無い。…なんだお前まさか断るつもりか?」
男の目付きが変わる。手元にあるいくつかの電伝虫は島に居る誰かに連絡をする為のもの。この部屋の扉の奥から感じる気配は何かあった時に私を殺すために雇われている人間の殺気。
「断ったらどうするつもり?」
「くっくく。まさかお前からそんな言葉が出るとはな。あぁ、前も奴らを庇って生きていたかお前は。そうだな、お前がこちら側へ着けばハートの海賊団の命だけは保証してやろう。俺らが指示されているのは、トラファルガー・ローの監視だけだからな。」
「それだけ?」
「は?あぁ、そこまで思入れは無いのか。やはりヘイノラ達か。まぁ奴らなら時期にお前の前に現れるだろうな。断るなら奴らを殺すか。裏切られてもまだ信じてるなんて健気だねぇ…!」
世界が広がった今、この男の茶番を見るのは滑稽だった。こんな者の指示に従い、金を貰い、仲間を生かして貰う為だけに汚れ仕事を引き受け、ありもしない噂が流れる力を使っていたなんて、過去の自分は大馬鹿者だ。自然と笑みが込み上げる。
「どうだっていいよ、そんなこと。ジョーカーと直接連絡出来ない?」
「…。やけに探るじゃねえか。先に言っておくがテメェの乗ってきた船には既に手練の海賊を送り込んでいる。どいつも賞金首。いい加減返事だけ聞かせろ。」
「出来ないんでしょ。」
「はァ?」
「裏社会のボス?ってぐらい凄い人なんでしょ?あんたみたいな小物相手に姿も正体も明かす訳ないもんね。直接連絡を取ることもあんたには出来ないんでしょ?」
プルプルと怒りに震える男はガチャりと幾つかの電伝虫を取ると大声で叫ぶ。名前の周りは武器を持った男達が一斉に取り囲む。首元からはツーと鮮血が流れる。
「馬鹿な真似しやがって。今すぐここでお前を殺してもいいんだぞ?くく、ハートの海賊団はもう終わりだなぁ。今なら助けてやってもいい。」
「馬鹿はお前だって言ってんだよ。組織のトップの顔も知らない雑魚が調子にのんな。それに、ハートの海賊団はあんた達みたいな雑魚に負けない。ロー達をみくびんな!!」
名前は能力を使った。広がる煙に、ブローカーの男は大声で鼻を抑えろ!!!と告げる。その一瞬の隙をみて名前は目の前の男達の腹をドンドンと次々に殴る。ローから教えてもらった場所に的確に拳を決めれば、男達はパタリと倒れる。キッと視線をずらし、逃げる準備をする男を羽交い締めにし、キリキリと腕を締め上げれば男は大声を上げる。
「くそ!!!やめろ!!金、金なら出す!!!くそ!!薬さえ飲んでいれば!!ヘイノラ達め…!!」
「ふふ。やっぱ私に薬飲ませてた?通りで力の入れ方が分からなかったわけだ。海楼石だけじゃ納得出来なかったんだよね。あ、お金は貰ってく。ハートの海賊団に手を出すなら好きにして。私達はあんた達には絶対負けないから。じゃ、サヨナラ。」
ボキッと嫌な音を鳴らし、男は意識を失った。死んではいないだろう。慌てて男に駆け寄る医者らしき人間がいたけど、名前は無視した。ギロりと睨みつければヒィと怯えながら震え声をあげる人間をいたぶる趣味はない。今まで得たことも無い大金に自然と口元は緩む。ローは喜ぶかな〜なんて呑気な事を考えながら扉を開いた。視界に映った刀身に名前はパチパチと瞬きをする。
「…見てたの?」
「いや?ここは窓がねぇからな。」
「ごめん、あんまり情報得られなかったかも。」
「いや…十分だ。収穫はあっただろ?」
「うん。ねぇ何処まで聞いてたの?」
「さぁな。だが、まぁ俺達は負けないんだろ。ゆっくり船にでも戻るか。」
「ふふ。うん。あ!賭けは私の勝ちね!ローに何して貰おうかな〜」
大きな袋を抱えながら、ローとしたい事を考えた。もう姿も隠していない。そのままの私で彼と街を歩いている。それだけで自然と頬が緩む。今までこんな感情無かった。こんなに心が暖かく、沸き上がるのはきっとローだけ。
途端に軽くなった腕にチラリと横を見る。持っていた大量のお金はローの腕の中に収まっていた。
「何か買いたいものあるの?」
「…?いや?重いだろ。」
「え?重くないよ?船まで私が持つよ。」
キョトンとした顔で言えば、ローは眉を顰め溜息をつく。今の発言に彼を怒らせる要素がどこにあったのか。
「こういう時はありがとうだ。惚れた女に荷物なんか持たせるかよ。」
「…!あ、ありがとう…。そ、そのそういうの初めてだから分からなかった…。」
「分かればいい。」
不器用な彼の優しさは照れくさい。そっぽを向いたローのほほは若干色付いている。そんな彼が可愛くて、彼から受ける愛が嬉しくて、ふふっと口元を抑えた。
「帰ったら診察する。薬飲まされてたなんて、聞いてねぇぞ。」
「あ、違う違う!隠してた訳じゃなくて!!確信がなかっただけで…」
「言い訳は聞かねぇ。医者の前で違和感があれば報告するのは義務だろ。」
「た、確かに…?ごめんなさい。あと、よろしくお願いします。」
「あぁ。楽しみだな。」
ローの言う楽しみの意味はよく分からないが、ローが楽しそうならそれで良いと思えた。
❥ ❥ ❥ ❥
「名前〜!!見て見て〜どう?俺ら強い??」
「俺らはこんな雑魚達には負けないからな〜!惚れ直したか!?」
船へ近づけば、グルグルと縄で縛られた男達が大量に港にいた。ニヤニヤと締りのない顔をする船員を見た後にキッと横にいたロー視線を送る
「いつ仕掛けたの。」
「さァ何時だったかな。まァ良いじゃねぇか。」
「…そんなに信用無かった?」
「お前ならそう言いかねないから黙って仕掛けた。信用と心配は違う。それに、敵襲があるなら事前にわかってる方が都合がいいだろ。」
心配…と呟く名前を見てローは目を細めた。恐らくこの女にとっての心配される事と言えば、彼女の命よりも命令と金の2つだったのだろう。分からないなら、彼女が分かるまで愛情は注げばいい。いつか、誰かがそうしてくれたように。
「でも私1番強いのになぁ…」
「そういう問題じゃねぇよ。…返しとく。」
「…は、え?いつ取ったの!?…もしかして心臓の所に盗聴器入れてたの!?」
ローの手の上に現れた心臓は目視した途端、盗聴器へ変わった。服の上から心臓を確かめる事は無いし、心臓のない生活を長い事続けていたせいか、心臓が抜かれた後の違和感に気付かなかったようだ。
「誰が1番強いって?くく…一回死んでたな。」
「狡い…!ロー以外にこんな油断しないわよ!!あーー!悔しい!!背後とられたらすぐ気付くんだけどなぁ…いつだろう…」
ブツブツと思考するけど、答えは出ない。自由になったとしても強さは自身の象徴であり、彼に誇れる自分の存在意義である事には変わりは無いから。
「ん。」
「あ、ありがとう。って言うかローにあげるつもりだったんだけど…」
船に戻った途端渡される袋に名前はぽかんと口を開いた。こんな大金渡されたって使い道は無い。それにこういうのは海賊団なら船長が管理するものなんじゃなかろうか。
「お前が手に入れた物だろ。」
「でもこんなに要らないよ。この船の為に使って。この間新しい機械欲しいって言ってなかった?」
「お、名前やるじゃん。お前が壊した船の備品買えるな!!」
「…ほら。また何か壊しちゃうかもしれないし…。」
戦闘を終えた直後だと言うのに、疲れを感じさせずヘラヘラしているシャチは何買って貰おっかな〜なんて妄想を膨らませている。船員達もあれが足りない!これが欲しい!なんて口を揃えて声を上げる。
「はァ…お前らな…。助かった。有り難く船の整備に充てる。」
「うん!そうして!あ!ちょっとだけお金くれないかな?」
「これだけあるんだ、好きなだけやるよ。」
「そ、そんなに要らないよ…。あとそこの人達も換金しにいく?賞金首だよ。」
「放っておけ。今海軍へ行くのは面倒だ。それより診察するから部屋に来い。」
「あ、はい…。」
チラリと転がっている賞金首に顔を向ければ彼らは安堵していた。賞金首を海軍に渡さずに放置するなんて今までなら考えられなかったから新鮮な気持ちだ。
「名前怪我したの?」
「ううん。ちょっと昔薬飲んでてそれの検査だよ。…心配…?してくれたの?ありがとうベポ。」
「良かった!本当は一人で行くって聞いてからずっと心配だったんだ!でも俺達の事信じてくれてて嬉しかったよ!」
「ふふ。今までごめんね。これからは皆と一緒に戦うよ。私も一緒に船長の背中を護らせてね?」
大きな身体には似つかない、太陽のような笑みを浮かべるベポの言葉を聞き名前はローの言っていた心配の意味を理解した。可愛いベポにあんな顔をさせるのはもう終わりにしよう。
❥ ❥ ❥ ❥
「副作用は無さそうだが、それが副作用と言うべきか。何にしろ、暫くは様子見だ。専門じゃねぇが調べておく。少し時間がかかる。」
「う、うん。ありがとう。」
知らぬ間に押収していた薬の成分をローは調べていた。複数ある薬品の中から私が摂取していた物を探すのは至難の業だろう。改めて身体を検査しても異常は見当たらない。力を制御する為の薬品は体の力が抜ける海楼石のような効果だった。私が力の入れ方が分からなくなるのもそれのせいだ。
「あのね、ローお願いのことなんだけど…」
「ああ、決まったのか?」
「ローとお出かけしてみたいなーなんて。」
「…は?そんな事で良いのか。」
ローは顕微鏡から目を離し顔を名前の方へ向ければ、気恥しそうにモジモジとしている彼女の姿が伺える。島へさえ降りれば何時でもできるような願いをわざわざ“お願い”と言う形で使用するなんて、他にやりたいことでもあるのだろうか。
「何処へ行きたい、いや、何をしたい?」
「え?別に目的は無いんだけど…。ローと二人で街を歩きたいなーって…。やっぱ賞金首だから無理かな…?ローが嫌なら私は顔を隠すから。」
「隠さなくて良い。それにそれは願いじゃねぇな。そんな事好きなだけやってやるよ。良いのか?俺の女だって公言しながら歩く事になっても。船の外でまで我慢する気はねぇぞ。」
パチクリと瞬きを繰り返す名前にローは今日幾度となく込み上げてきた怒りがふつふつと湧き上がった。きっと彼女は誰かと肩を並べて、横を並んで歩く経験すら無かったのだと彼女の言葉の意図を汲み取れば理解出来た。彼女の始めても、今まで出来なかった望みも全て叶えてやれるなら、それはそれで構わないのかもしれないが。
「そう…うん。でもお願いはそれがいいな…。ローを独り占めするなんて、皆羨ましがる事なんだから。」
俺からしたらお前を独り占めする方がよっぽど…と喉まで出かかった言葉を噛み締め、欲の無い頑固な女に「そうか」とだけ呟いた。また何か願いがあるのなら聞いてやればいい、今は彼女の器を広げてどれだけ自分が愛されるべき存在なのか伝える事が先決なのだから。
「あれ?ローは?」
「キャプテンならもう出たんじゃないか?」
島へ着く直前に作戦会議が行われていたが、彼がこんなに早く単独行動を取るとは予想だにしていなかった。勿論クルーは皆持ち場につき、上陸するクルーと船に残るクルーでしっかりと連隊が取れている。今回に関してだけ、私は自由行動を許されていた。
「本当に1人で大丈夫なのか?」
「うん。あ、もしかして疑ってる??ちゃんと見付けたら連絡するよ〜。ローより先に見付ける。」
「どうせなんか賭けてんだろ。頑張れよ〜。」
ペンギンの言葉に名前はギクリと肩を動かした。ローとの対決は簡単なもの、先に貿易商のアジト及び取引場所を見つけ出す事。勝者は一つだけ何でも好きな願いを言える、そんな有り触れたものだ。ローにお願いしたい事があるのか?と聞かれたら今はまだ思いつかないけど、勝負には負けたくない。
貿易が行われるこの街では様々な船が泊まっている。長きに渡る戦争のせいか、海賊船も武器商人の船も隠れる事なく港に姿を現している。この様子だとブローカーを見付けるのは容易い。逃げも隠れもする必要が無いのだから。
街へ1歩踏み入れれば、そこは既に無法地帯と化していた。以前はもう少し賑わいのある生活感溢れる豊かな街だった気がするが、それももう過去の話。ピタリと名前は足を止めた。露店から覗く見覚えのある顔はチラリと目線を送ると裏方へ消える。どうやらこの勝負は私の勝ちらしい。店の裏へ足を進めると案の定、地図を渡される。
「…お前本当に生きてたんだな。」
「まぁね。その言い方だと既に情報は回ってそうね。」
「さぁな。俺はここで伝言を頼まれただけだ。」
名前も素性も知らない。分かるのは互いの損得勘定のみ。必要以上の会話は要らなかった。くるりと踵を返し、地図を見る。ローはもう辿り着いてるのかな。そんな事を思いながら、1つの酒場を目指す。
建付けの悪いボロボロになった扉を開けば、目的の人物はすぐ目の前にいた。名前がよく会っていたブローカーだ。握手なサングラスも、人を人と思っていないニヤついた口元も何一つ変わっていない。
「随分久しぶりじゃないか、悪女名前。」
「どうせ事情を知ってんでしょ。で?要件は何。」
「まぁまぁそう怒るなよ。俺達にとっても想定外の出来事が起きた。ジョーカーに気に入られるなんて、お前相当運がいいぞ。これは金になる。」
「ジョーカー…?」
男の言葉に名前は首を傾げた。言葉だけなら聞いた事のあるその単語。だが人物にはまるで心当たりが無い。半ば仲間とこの組織から売られる様な形で海軍へ引き渡されたと言うのに、今更気に入ったなんて訳の分からない話だ。
「俺達…いやそんな規模じゃねぇ。この裏社会を全て牛耳る男の名前さ。お前、もう一度俺らにつけ。金なら弾む。それに、この仕事は戦争じゃない、目的は監視。お前が今世話になってるハートの海賊団のな。」
「へぇ、彼らの事も筒抜けなんだ。」
「
ぐしゃりとローの手配書を握り締め悔しそうに口を噛み締める男を見て名前はふぅんと退屈そうに返事をした。
「くそっアイツら俺達が運営する施設を幾つも破壊しやがって。お陰で奴隷が何匹逃げたことか…!!…ってな訳で個人的な恨みもある、あぁ船長のトラファルガー・ローは殺すなとの指示だ。」
ドンとテーブルの上に置かれた大金は、今まで依頼を受けて来た中で有り得ない程の金額だった。大型の船が3隻は買えそうな程の金額にジョーカーとこの男の本気を感じる。既に名前は依頼を受けると信じて疑わないこの男はデカい声で何かを喋り続けている。
「ジョーカーには会えないの?」
「はっ、お前みたいな末端兵が会える訳ねぇだろ。まぁそうだな、ジョーカー直々の依頼だ。成功すればそれなりの報酬と共に顔ぐらいは見れるかもな。」
「へぇ、有名な人?会ったことあるの?」
「そんな事お前に教える筋合いは無い。…なんだお前まさか断るつもりか?」
男の目付きが変わる。手元にあるいくつかの電伝虫は島に居る誰かに連絡をする為のもの。この部屋の扉の奥から感じる気配は何かあった時に私を殺すために雇われている人間の殺気。
「断ったらどうするつもり?」
「くっくく。まさかお前からそんな言葉が出るとはな。あぁ、前も奴らを庇って生きていたかお前は。そうだな、お前がこちら側へ着けばハートの海賊団の命だけは保証してやろう。俺らが指示されているのは、トラファルガー・ローの監視だけだからな。」
「それだけ?」
「は?あぁ、そこまで思入れは無いのか。やはりヘイノラ達か。まぁ奴らなら時期にお前の前に現れるだろうな。断るなら奴らを殺すか。裏切られてもまだ信じてるなんて健気だねぇ…!」
世界が広がった今、この男の茶番を見るのは滑稽だった。こんな者の指示に従い、金を貰い、仲間を生かして貰う為だけに汚れ仕事を引き受け、ありもしない噂が流れる力を使っていたなんて、過去の自分は大馬鹿者だ。自然と笑みが込み上げる。
「どうだっていいよ、そんなこと。ジョーカーと直接連絡出来ない?」
「…。やけに探るじゃねえか。先に言っておくがテメェの乗ってきた船には既に手練の海賊を送り込んでいる。どいつも賞金首。いい加減返事だけ聞かせろ。」
「出来ないんでしょ。」
「はァ?」
「裏社会のボス?ってぐらい凄い人なんでしょ?あんたみたいな小物相手に姿も正体も明かす訳ないもんね。直接連絡を取ることもあんたには出来ないんでしょ?」
プルプルと怒りに震える男はガチャりと幾つかの電伝虫を取ると大声で叫ぶ。名前の周りは武器を持った男達が一斉に取り囲む。首元からはツーと鮮血が流れる。
「馬鹿な真似しやがって。今すぐここでお前を殺してもいいんだぞ?くく、ハートの海賊団はもう終わりだなぁ。今なら助けてやってもいい。」
「馬鹿はお前だって言ってんだよ。組織のトップの顔も知らない雑魚が調子にのんな。それに、ハートの海賊団はあんた達みたいな雑魚に負けない。ロー達をみくびんな!!」
名前は能力を使った。広がる煙に、ブローカーの男は大声で鼻を抑えろ!!!と告げる。その一瞬の隙をみて名前は目の前の男達の腹をドンドンと次々に殴る。ローから教えてもらった場所に的確に拳を決めれば、男達はパタリと倒れる。キッと視線をずらし、逃げる準備をする男を羽交い締めにし、キリキリと腕を締め上げれば男は大声を上げる。
「くそ!!!やめろ!!金、金なら出す!!!くそ!!薬さえ飲んでいれば!!ヘイノラ達め…!!」
「ふふ。やっぱ私に薬飲ませてた?通りで力の入れ方が分からなかったわけだ。海楼石だけじゃ納得出来なかったんだよね。あ、お金は貰ってく。ハートの海賊団に手を出すなら好きにして。私達はあんた達には絶対負けないから。じゃ、サヨナラ。」
ボキッと嫌な音を鳴らし、男は意識を失った。死んではいないだろう。慌てて男に駆け寄る医者らしき人間がいたけど、名前は無視した。ギロりと睨みつければヒィと怯えながら震え声をあげる人間をいたぶる趣味はない。今まで得たことも無い大金に自然と口元は緩む。ローは喜ぶかな〜なんて呑気な事を考えながら扉を開いた。視界に映った刀身に名前はパチパチと瞬きをする。
「…見てたの?」
「いや?ここは窓がねぇからな。」
「ごめん、あんまり情報得られなかったかも。」
「いや…十分だ。収穫はあっただろ?」
「うん。ねぇ何処まで聞いてたの?」
「さぁな。だが、まぁ俺達は負けないんだろ。ゆっくり船にでも戻るか。」
「ふふ。うん。あ!賭けは私の勝ちね!ローに何して貰おうかな〜」
大きな袋を抱えながら、ローとしたい事を考えた。もう姿も隠していない。そのままの私で彼と街を歩いている。それだけで自然と頬が緩む。今までこんな感情無かった。こんなに心が暖かく、沸き上がるのはきっとローだけ。
途端に軽くなった腕にチラリと横を見る。持っていた大量のお金はローの腕の中に収まっていた。
「何か買いたいものあるの?」
「…?いや?重いだろ。」
「え?重くないよ?船まで私が持つよ。」
キョトンとした顔で言えば、ローは眉を顰め溜息をつく。今の発言に彼を怒らせる要素がどこにあったのか。
「こういう時はありがとうだ。惚れた女に荷物なんか持たせるかよ。」
「…!あ、ありがとう…。そ、そのそういうの初めてだから分からなかった…。」
「分かればいい。」
不器用な彼の優しさは照れくさい。そっぽを向いたローのほほは若干色付いている。そんな彼が可愛くて、彼から受ける愛が嬉しくて、ふふっと口元を抑えた。
「帰ったら診察する。薬飲まされてたなんて、聞いてねぇぞ。」
「あ、違う違う!隠してた訳じゃなくて!!確信がなかっただけで…」
「言い訳は聞かねぇ。医者の前で違和感があれば報告するのは義務だろ。」
「た、確かに…?ごめんなさい。あと、よろしくお願いします。」
「あぁ。楽しみだな。」
ローの言う楽しみの意味はよく分からないが、ローが楽しそうならそれで良いと思えた。
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「名前〜!!見て見て〜どう?俺ら強い??」
「俺らはこんな雑魚達には負けないからな〜!惚れ直したか!?」
船へ近づけば、グルグルと縄で縛られた男達が大量に港にいた。ニヤニヤと締りのない顔をする船員を見た後にキッと横にいたロー視線を送る
「いつ仕掛けたの。」
「さァ何時だったかな。まァ良いじゃねぇか。」
「…そんなに信用無かった?」
「お前ならそう言いかねないから黙って仕掛けた。信用と心配は違う。それに、敵襲があるなら事前にわかってる方が都合がいいだろ。」
心配…と呟く名前を見てローは目を細めた。恐らくこの女にとっての心配される事と言えば、彼女の命よりも命令と金の2つだったのだろう。分からないなら、彼女が分かるまで愛情は注げばいい。いつか、誰かがそうしてくれたように。
「でも私1番強いのになぁ…」
「そういう問題じゃねぇよ。…返しとく。」
「…は、え?いつ取ったの!?…もしかして心臓の所に盗聴器入れてたの!?」
ローの手の上に現れた心臓は目視した途端、盗聴器へ変わった。服の上から心臓を確かめる事は無いし、心臓のない生活を長い事続けていたせいか、心臓が抜かれた後の違和感に気付かなかったようだ。
「誰が1番強いって?くく…一回死んでたな。」
「狡い…!ロー以外にこんな油断しないわよ!!あーー!悔しい!!背後とられたらすぐ気付くんだけどなぁ…いつだろう…」
ブツブツと思考するけど、答えは出ない。自由になったとしても強さは自身の象徴であり、彼に誇れる自分の存在意義である事には変わりは無いから。
「ん。」
「あ、ありがとう。って言うかローにあげるつもりだったんだけど…」
船に戻った途端渡される袋に名前はぽかんと口を開いた。こんな大金渡されたって使い道は無い。それにこういうのは海賊団なら船長が管理するものなんじゃなかろうか。
「お前が手に入れた物だろ。」
「でもこんなに要らないよ。この船の為に使って。この間新しい機械欲しいって言ってなかった?」
「お、名前やるじゃん。お前が壊した船の備品買えるな!!」
「…ほら。また何か壊しちゃうかもしれないし…。」
戦闘を終えた直後だと言うのに、疲れを感じさせずヘラヘラしているシャチは何買って貰おっかな〜なんて妄想を膨らませている。船員達もあれが足りない!これが欲しい!なんて口を揃えて声を上げる。
「はァ…お前らな…。助かった。有り難く船の整備に充てる。」
「うん!そうして!あ!ちょっとだけお金くれないかな?」
「これだけあるんだ、好きなだけやるよ。」
「そ、そんなに要らないよ…。あとそこの人達も換金しにいく?賞金首だよ。」
「放っておけ。今海軍へ行くのは面倒だ。それより診察するから部屋に来い。」
「あ、はい…。」
チラリと転がっている賞金首に顔を向ければ彼らは安堵していた。賞金首を海軍に渡さずに放置するなんて今までなら考えられなかったから新鮮な気持ちだ。
「名前怪我したの?」
「ううん。ちょっと昔薬飲んでてそれの検査だよ。…心配…?してくれたの?ありがとうベポ。」
「良かった!本当は一人で行くって聞いてからずっと心配だったんだ!でも俺達の事信じてくれてて嬉しかったよ!」
「ふふ。今までごめんね。これからは皆と一緒に戦うよ。私も一緒に船長の背中を護らせてね?」
大きな身体には似つかない、太陽のような笑みを浮かべるベポの言葉を聞き名前はローの言っていた心配の意味を理解した。可愛いベポにあんな顔をさせるのはもう終わりにしよう。
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「副作用は無さそうだが、それが副作用と言うべきか。何にしろ、暫くは様子見だ。専門じゃねぇが調べておく。少し時間がかかる。」
「う、うん。ありがとう。」
知らぬ間に押収していた薬の成分をローは調べていた。複数ある薬品の中から私が摂取していた物を探すのは至難の業だろう。改めて身体を検査しても異常は見当たらない。力を制御する為の薬品は体の力が抜ける海楼石のような効果だった。私が力の入れ方が分からなくなるのもそれのせいだ。
「あのね、ローお願いのことなんだけど…」
「ああ、決まったのか?」
「ローとお出かけしてみたいなーなんて。」
「…は?そんな事で良いのか。」
ローは顕微鏡から目を離し顔を名前の方へ向ければ、気恥しそうにモジモジとしている彼女の姿が伺える。島へさえ降りれば何時でもできるような願いをわざわざ“お願い”と言う形で使用するなんて、他にやりたいことでもあるのだろうか。
「何処へ行きたい、いや、何をしたい?」
「え?別に目的は無いんだけど…。ローと二人で街を歩きたいなーって…。やっぱ賞金首だから無理かな…?ローが嫌なら私は顔を隠すから。」
「隠さなくて良い。それにそれは願いじゃねぇな。そんな事好きなだけやってやるよ。良いのか?俺の女だって公言しながら歩く事になっても。船の外でまで我慢する気はねぇぞ。」
パチクリと瞬きを繰り返す名前にローは今日幾度となく込み上げてきた怒りがふつふつと湧き上がった。きっと彼女は誰かと肩を並べて、横を並んで歩く経験すら無かったのだと彼女の言葉の意図を汲み取れば理解出来た。彼女の始めても、今まで出来なかった望みも全て叶えてやれるなら、それはそれで構わないのかもしれないが。
「そう…うん。でもお願いはそれがいいな…。ローを独り占めするなんて、皆羨ましがる事なんだから。」
俺からしたらお前を独り占めする方がよっぽど…と喉まで出かかった言葉を噛み締め、欲の無い頑固な女に「そうか」とだけ呟いた。また何か願いがあるのなら聞いてやればいい、今は彼女の器を広げてどれだけ自分が愛されるべき存在なのか伝える事が先決なのだから。