素直になるまで1cm
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空を舞う鳥は帽子をかぶり、鞄を持ち、新聞を巻き付けて黄色の船体へ近付いた。チャリンと鞄にお金を入れて新聞を手に取った男はニヤリと微笑んだ。その様子を見ていた船員であろう男達は、また何か企んでると、彼の企みに冷や冷やしている。男が手放した紙切れを船員の1人が見れば、男は声を上げる。
「次はそこへ行く。お前ら気を抜くなよ。」
「えっ!?えええ!?まさか…!?」
「アイアイキャプテン!!」
バタンと閉まった扉を唖然と見つめる男は手に持っていた新聞を見返した。事情を知らない船員達も興味本位で記事を覗き込めば途端に表情を変える。
ー1000人斬りの悪女仲間に裏切られ遂に海軍に捕らわれる
❥❥❥❥
「キャプテン、本当にあの女を助けるんですか?」
「さァな。」
「はぁ…。」
我らがキャプテン、トラファルガー・ローの行動はいつも読めない。だがクルーに危険が伴う無茶な行動はしない男だった。慎重であり計算高い彼の行動は必ず何か意図がある。今回訪れる事となった島はものの数日前まで戦争が起きていた場所。あろう事か、北の海では幾度と名前が上がっていたあの女が捕獲されたニュースの出た島だ。
島が見えるなりふらっと姿を消す船長の姿にクルー達は落胆した。彼がなにか良からぬことを企んでいるのは明らかであった。船長の指示を待つべく握りしめた電伝虫を見つめ男達はため息をついた。
既に荒廃した街を男は歩いていた。スラリと長く伸びる脚はひとつの迷いも無くザクザクと瓦礫の山を踏み締めた。海賊であり賞金首でもあるローが海軍のいる敷地を目指しているなんて誰もが思わないだろう。見張りの数は10を優に超え、手練の海兵が何人もいる。常人ならば侵入をすることは愚か、近付く事さえも出来ないその場所へ、シャンブルズと一言呟き、難なく侵入を果たした。
邪魔な海兵に見つからぬよう慎重に目的の場所を目指した。新聞に大々的に載っていたぐらいの女にはしっかりと見張りが着いていた。見張りの目を盗んだとしても、逃げる時間を考えれば交渉時間は僅かだ。男は少し思考すると、再び魔法を唱えた。
「…何の用。」
「俺と来るか。1000人斬りの悪女。」
鎖に繋がれた目の前の女は悪女と呼ぶには程遠いボロボロの身なりだ。それなのに芯の通った瞳はジッとローを睨み付けていた。
「その2つ名ダサいからやめてくれない?死の外科医、トラファルガー・ロー。」
「ほう。俺を知っているのか。なら話は早い。」
まだ騒ぎは伝わっていない。映像電伝虫とこの牢と部屋の外にいた看守を別の場所へ入れ替えていた。しかし騒ぎが伝わりこの部屋へ人が来るまで後数分である事は明らかだ。
「生憎、二度と海賊になんてなりたくないの。」
「そうか。なら監獄へぶち込まれるンだな。俺はそれでも構わねェ。あぁそうだ、お前が行くのはインペルダウンだったか…。まァ最期にあの有名な賞金首の顔が拝めて良かったよ。」
ギリッと唇を噛み締める女を横目で見ながらローは掌をかざした。外が騒がしくなっている。恐らくリミットは残り僅か。
「ッ待って!」
「なんだ。早くしろ俺は気が長い方じゃねぇ。」
「ここから出して、お願い。」
互いの視線は交わっていた。女にも賞金首として海賊としてのプライドがあった。ふっと男が口角を上げれば、女は視線を逸らす
「聞こえねェな。お前自分の立場が分かってんのか?…そろそろ時間だ。」
視線を扉に向ければもう外からの声が聞こえていた。ガシャンと鎖の音が響き女は自身が動ける範囲の中で最も彼に近付く位置へ体を上げた
「あなたの手足になって戦います!だからお願いします。助けてください!!」
扉が破壊される音と共に、室内から男と女は消えた。誰にも見られる事もなく、脱獄の手引きは幕を終えた。
❥❥❥❥
ボロボロの囚人服に身を包んだ、つい先程まで新聞で見ていた顔が船の中にいた。賭け事をしていたであろうクルー達はほらな、と言い札束を渡し合う。
「挨拶ぐらいできんだろ。それともあの名前で呼ばれてぇか。」
「名前です。そこにいるトラファルガー・ロー…様に助けられました。命も握られてるんで頑張って戦います。嫌いなものは海軍と海賊と戦争屋。以上。」
ジロリと女が睨みつけているのは、ローの掌にある四角い箱。あれはただの箱ではなく、自分の心臓だというのだから気が気でないだろう。船内からはうわぁー本物だー、すげーなんて言う気の抜けた声が響き渡る。
「あのー…なんで捕まったんスカ?なんて…へへ」
キャスケット帽を被った男はヘラヘラと頭に手を当てながら女に解いた。彼らのテーブルには大体的に新聞が置かれている。女はチラリとテーブルに目を向ければふいっと視線を逸らした。
「どうせそこに全部書いてるでしょ。で?私は何をすればいい訳?見ての通り能力がなければ色気もない美人でもない普通の女。そっちの用があるならこれを外さないと無理。」
じゃらりと垂れ下がる鎖は女を縛る海楼石。悪女と呼ばれるだけあって彼女には様々な悪名が飛び交っていた。代表的なのは男を惑わせて喰ってしまう。1000人斬りはその名の通り1000人の男を誑かしたと言う彼女の伝説だ。
「いやー…まぁ今は汚れてるからそうなのかも知んないけど…。」
パチクリと瞬きをする船員達も一瞬目を疑った。確かに写真とは同じ人物であるのに、男を惑わすような妖艶さは感じられない。ショートカットにどちらかと言えば男勝りな姉御肌と言った印象に船員は互いに顔を見合わせる。
「おい、うちのクルーに妙な真似したら今すぐ沈めんぞ。風紀が乱れる。」
「何もしなくていいんならかえって好都合。わざわざ私を船に連れてくる時点で風紀も何もないと思うけど。」
バチバチと火花飛ぶ勢いで視線を合わす船長と女にクルーは冷や汗を流していた。文字通り命を握られている筈の女が口答えをし続けているのだから船員の心は穏やかでは無い。
「兎に角、汚ぇから風呂に入れ。そのなりで船内を彷徨くな。話はその後だ。シャチ案内しろ。」
「えっ!?おれ!?あーーー、自分シャチって言いますー…。あのその名前さん、よろしくお願いします!」
「こちらこそ。手は取らない方がお互いの為かも。」
名前が視線を向けた先にはギロリと鋭い瞳を向けるローの姿があった。この怪しい女を連れてきたのは自分だと言うのに身勝手な男である。シャチはひぃと情けない声を上げ部屋を出た。女が後に続き部屋から出るなり船員達はホッと安堵した。重苦しかった部屋から原因だった2名が各々部屋を出て彼らはやっと緊張の糸を解いた。
シャワー室の前でソワソワと落ち着かない男はシャチだ。監視相手はかなりの実力者で、心臓と能力が塞がれている状態ではあるが目は離せない。だが船員に女が居ないこの船で男を虜にする悪女と呼ばれる女が、この板切れ1枚隔てた向こうで身体を流していると思えば心は落ち着かない。
「シャチって童貞なの?」
「なっ…!!はっ…!?いやっ!!違いますけど!?」
「ふーん。ソワソワしてるから童貞なのかと思った。なら溜まってんのね。まぁこの船女居ないみたいだしね。」
淡々と会話を続ける女にシャチは口をパクパクとさせた。このままでは本当に食べられてしまうのではないか、と思う程に女からは大人の余裕を感じる。
「ああ、安心して。貴方たちの船長の言いつけ通り船員には手を出さないから。」
「…はい。そうですよね。」
なんで少しガッカリしてんだ俺!!とシャチは頭の中で叫んでいたが、きっと彼女にはそんな事も筒抜けなんだろう。フッと口角を上げる名前の姿を見れば、キュンと新しい扉が開いたのは無理もなかった。
❥❥❥❥
コンコン
「入れ。シャチお前は下がっていい。」
「了解です!じゃ!」
「ん。またね。」
手を挙げるシャチに名前も手を振り返した。腕を上げる度にジャラジャラと音を鳴らす拘束具はどうにも気に入らない。ローへ視線を向ければ不機嫌そうな瞳が女を睨みつけていた。
「随分打ち解けてるじゃねぇか。海賊は嫌いじゃなかったのか?」
「海賊は嫌いだけど、この船に乗る事は変わりないでしょ。出来る事なら仲良く平和に過ごしたいの。」
名前は部屋を見渡し、ソファに腰掛けた。ローからの指示は無いが、能力者である名前は海楼石の錠をしているのだから強がってはいても身体の怠さは誤魔化せなかった。
「脱げ。」
「は?」
ローの指示を待てば飛んできた言葉は脱げの一言。この男に限ってそういう事をするとは思えないが、突拍子もなく脱げの一言で要件を済ませる男に名前は呆れた声を出す。
「病気でも持ってたら面倒だ。検査する。」
ローの言葉に女は眉を寄せた。上から見上げるような男の視線にギリっと唇を噛む。名前でなくとも、男からこのような事を当然の様に口に出されるのは不快だろう。そんなもの持っていない、と言った所で医者である男になら見せろと言われるのが関の山だ。
プツプツと上半身の服のボタンを外し、はらりとなんの迷いもなくズボンを脱ぐ女に男はへぇと発した。この短時間で彼女が噂とは違った女だと言うことは理解していたが、ここまで頭の回る女だとは思っていなかったのだろう。女へ近付けばギロリと視線を向けられる。この女は自分が居ないと生きていけないというのに。反抗的な態度を辞める気配はない。
「随分利口じゃねぇか。」
「それはどうも。早くしてくれない?病気があったら船からおろしてくれる?」
「さぁな。だが、お前が思っているようなもんはねェと思うが。」
一瞬揺れた女の瞳をローは見逃さなかった。1000人斬りの女、どんな男でも誑かしてきた魔性の女。目の前に居るのは確かに気の強い手配書で見た女の筈なのに、一瞬揺れた彼女の瞳がローの頭から離れなかった。
「服を脱げ。」
「…ならこれを外して。」
じゃらりと腕の輪に括られている鎖を見せれば、ローは顔を顰めた。服の下から入る聴診器にビクッと身体を震わせる。名前は服を全て取り払わなかった事に安堵した。
最初こそ警戒していたローの検査も、彼が医者として正しい知識を用いて自身の体を調べている事実を理解すれば名前は大人しかった。自分の体をこんなにしっかりと管理された経験のない名前はむず痒さも憶えた程に。
「終わりだ。今んとこ問題は無いねェ。あとは結果待ちだ。」
「ありがとう。」
女の言葉にローはピタリと動かしていたペンを止めた。あの女が今なんと言った?驚き彼女をチラリと覗けば、ツンとした表情ではなく、少し照れくさそうな見た事ない女がそこに居た。
「な、なに。」
「…いや。」
「こういうの、初めてだったから。」
「うちでは定期的にやる。この船にいる限り病気で死ぬような事はねぇよ。」
「そう…なんだ。」
出会ってから数時間、初めて心を通わせた会話だった。互いに視線は交わっていなかったのに、気持ちは軽くなっていた。ローは頬杖を付き口元を隠していた。男にとって始めてとも言えるこの感情が、この女との出会いによって動き始める。
「次はそこへ行く。お前ら気を抜くなよ。」
「えっ!?えええ!?まさか…!?」
「アイアイキャプテン!!」
バタンと閉まった扉を唖然と見つめる男は手に持っていた新聞を見返した。事情を知らない船員達も興味本位で記事を覗き込めば途端に表情を変える。
ー1000人斬りの悪女仲間に裏切られ遂に海軍に捕らわれる
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「キャプテン、本当にあの女を助けるんですか?」
「さァな。」
「はぁ…。」
我らがキャプテン、トラファルガー・ローの行動はいつも読めない。だがクルーに危険が伴う無茶な行動はしない男だった。慎重であり計算高い彼の行動は必ず何か意図がある。今回訪れる事となった島はものの数日前まで戦争が起きていた場所。あろう事か、北の海では幾度と名前が上がっていたあの女が捕獲されたニュースの出た島だ。
島が見えるなりふらっと姿を消す船長の姿にクルー達は落胆した。彼がなにか良からぬことを企んでいるのは明らかであった。船長の指示を待つべく握りしめた電伝虫を見つめ男達はため息をついた。
既に荒廃した街を男は歩いていた。スラリと長く伸びる脚はひとつの迷いも無くザクザクと瓦礫の山を踏み締めた。海賊であり賞金首でもあるローが海軍のいる敷地を目指しているなんて誰もが思わないだろう。見張りの数は10を優に超え、手練の海兵が何人もいる。常人ならば侵入をすることは愚か、近付く事さえも出来ないその場所へ、シャンブルズと一言呟き、難なく侵入を果たした。
邪魔な海兵に見つからぬよう慎重に目的の場所を目指した。新聞に大々的に載っていたぐらいの女にはしっかりと見張りが着いていた。見張りの目を盗んだとしても、逃げる時間を考えれば交渉時間は僅かだ。男は少し思考すると、再び魔法を唱えた。
「…何の用。」
「俺と来るか。1000人斬りの悪女。」
鎖に繋がれた目の前の女は悪女と呼ぶには程遠いボロボロの身なりだ。それなのに芯の通った瞳はジッとローを睨み付けていた。
「その2つ名ダサいからやめてくれない?死の外科医、トラファルガー・ロー。」
「ほう。俺を知っているのか。なら話は早い。」
まだ騒ぎは伝わっていない。映像電伝虫とこの牢と部屋の外にいた看守を別の場所へ入れ替えていた。しかし騒ぎが伝わりこの部屋へ人が来るまで後数分である事は明らかだ。
「生憎、二度と海賊になんてなりたくないの。」
「そうか。なら監獄へぶち込まれるンだな。俺はそれでも構わねェ。あぁそうだ、お前が行くのはインペルダウンだったか…。まァ最期にあの有名な賞金首の顔が拝めて良かったよ。」
ギリッと唇を噛み締める女を横目で見ながらローは掌をかざした。外が騒がしくなっている。恐らくリミットは残り僅か。
「ッ待って!」
「なんだ。早くしろ俺は気が長い方じゃねぇ。」
「ここから出して、お願い。」
互いの視線は交わっていた。女にも賞金首として海賊としてのプライドがあった。ふっと男が口角を上げれば、女は視線を逸らす
「聞こえねェな。お前自分の立場が分かってんのか?…そろそろ時間だ。」
視線を扉に向ければもう外からの声が聞こえていた。ガシャンと鎖の音が響き女は自身が動ける範囲の中で最も彼に近付く位置へ体を上げた
「あなたの手足になって戦います!だからお願いします。助けてください!!」
扉が破壊される音と共に、室内から男と女は消えた。誰にも見られる事もなく、脱獄の手引きは幕を終えた。
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ボロボロの囚人服に身を包んだ、つい先程まで新聞で見ていた顔が船の中にいた。賭け事をしていたであろうクルー達はほらな、と言い札束を渡し合う。
「挨拶ぐらいできんだろ。それともあの名前で呼ばれてぇか。」
「名前です。そこにいるトラファルガー・ロー…様に助けられました。命も握られてるんで頑張って戦います。嫌いなものは海軍と海賊と戦争屋。以上。」
ジロリと女が睨みつけているのは、ローの掌にある四角い箱。あれはただの箱ではなく、自分の心臓だというのだから気が気でないだろう。船内からはうわぁー本物だー、すげーなんて言う気の抜けた声が響き渡る。
「あのー…なんで捕まったんスカ?なんて…へへ」
キャスケット帽を被った男はヘラヘラと頭に手を当てながら女に解いた。彼らのテーブルには大体的に新聞が置かれている。女はチラリとテーブルに目を向ければふいっと視線を逸らした。
「どうせそこに全部書いてるでしょ。で?私は何をすればいい訳?見ての通り能力がなければ色気もない美人でもない普通の女。そっちの用があるならこれを外さないと無理。」
じゃらりと垂れ下がる鎖は女を縛る海楼石。悪女と呼ばれるだけあって彼女には様々な悪名が飛び交っていた。代表的なのは男を惑わせて喰ってしまう。1000人斬りはその名の通り1000人の男を誑かしたと言う彼女の伝説だ。
「いやー…まぁ今は汚れてるからそうなのかも知んないけど…。」
パチクリと瞬きをする船員達も一瞬目を疑った。確かに写真とは同じ人物であるのに、男を惑わすような妖艶さは感じられない。ショートカットにどちらかと言えば男勝りな姉御肌と言った印象に船員は互いに顔を見合わせる。
「おい、うちのクルーに妙な真似したら今すぐ沈めんぞ。風紀が乱れる。」
「何もしなくていいんならかえって好都合。わざわざ私を船に連れてくる時点で風紀も何もないと思うけど。」
バチバチと火花飛ぶ勢いで視線を合わす船長と女にクルーは冷や汗を流していた。文字通り命を握られている筈の女が口答えをし続けているのだから船員の心は穏やかでは無い。
「兎に角、汚ぇから風呂に入れ。そのなりで船内を彷徨くな。話はその後だ。シャチ案内しろ。」
「えっ!?おれ!?あーーー、自分シャチって言いますー…。あのその名前さん、よろしくお願いします!」
「こちらこそ。手は取らない方がお互いの為かも。」
名前が視線を向けた先にはギロリと鋭い瞳を向けるローの姿があった。この怪しい女を連れてきたのは自分だと言うのに身勝手な男である。シャチはひぃと情けない声を上げ部屋を出た。女が後に続き部屋から出るなり船員達はホッと安堵した。重苦しかった部屋から原因だった2名が各々部屋を出て彼らはやっと緊張の糸を解いた。
シャワー室の前でソワソワと落ち着かない男はシャチだ。監視相手はかなりの実力者で、心臓と能力が塞がれている状態ではあるが目は離せない。だが船員に女が居ないこの船で男を虜にする悪女と呼ばれる女が、この板切れ1枚隔てた向こうで身体を流していると思えば心は落ち着かない。
「シャチって童貞なの?」
「なっ…!!はっ…!?いやっ!!違いますけど!?」
「ふーん。ソワソワしてるから童貞なのかと思った。なら溜まってんのね。まぁこの船女居ないみたいだしね。」
淡々と会話を続ける女にシャチは口をパクパクとさせた。このままでは本当に食べられてしまうのではないか、と思う程に女からは大人の余裕を感じる。
「ああ、安心して。貴方たちの船長の言いつけ通り船員には手を出さないから。」
「…はい。そうですよね。」
なんで少しガッカリしてんだ俺!!とシャチは頭の中で叫んでいたが、きっと彼女にはそんな事も筒抜けなんだろう。フッと口角を上げる名前の姿を見れば、キュンと新しい扉が開いたのは無理もなかった。
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コンコン
「入れ。シャチお前は下がっていい。」
「了解です!じゃ!」
「ん。またね。」
手を挙げるシャチに名前も手を振り返した。腕を上げる度にジャラジャラと音を鳴らす拘束具はどうにも気に入らない。ローへ視線を向ければ不機嫌そうな瞳が女を睨みつけていた。
「随分打ち解けてるじゃねぇか。海賊は嫌いじゃなかったのか?」
「海賊は嫌いだけど、この船に乗る事は変わりないでしょ。出来る事なら仲良く平和に過ごしたいの。」
名前は部屋を見渡し、ソファに腰掛けた。ローからの指示は無いが、能力者である名前は海楼石の錠をしているのだから強がってはいても身体の怠さは誤魔化せなかった。
「脱げ。」
「は?」
ローの指示を待てば飛んできた言葉は脱げの一言。この男に限ってそういう事をするとは思えないが、突拍子もなく脱げの一言で要件を済ませる男に名前は呆れた声を出す。
「病気でも持ってたら面倒だ。検査する。」
ローの言葉に女は眉を寄せた。上から見上げるような男の視線にギリっと唇を噛む。名前でなくとも、男からこのような事を当然の様に口に出されるのは不快だろう。そんなもの持っていない、と言った所で医者である男になら見せろと言われるのが関の山だ。
プツプツと上半身の服のボタンを外し、はらりとなんの迷いもなくズボンを脱ぐ女に男はへぇと発した。この短時間で彼女が噂とは違った女だと言うことは理解していたが、ここまで頭の回る女だとは思っていなかったのだろう。女へ近付けばギロリと視線を向けられる。この女は自分が居ないと生きていけないというのに。反抗的な態度を辞める気配はない。
「随分利口じゃねぇか。」
「それはどうも。早くしてくれない?病気があったら船からおろしてくれる?」
「さぁな。だが、お前が思っているようなもんはねェと思うが。」
一瞬揺れた女の瞳をローは見逃さなかった。1000人斬りの女、どんな男でも誑かしてきた魔性の女。目の前に居るのは確かに気の強い手配書で見た女の筈なのに、一瞬揺れた彼女の瞳がローの頭から離れなかった。
「服を脱げ。」
「…ならこれを外して。」
じゃらりと腕の輪に括られている鎖を見せれば、ローは顔を顰めた。服の下から入る聴診器にビクッと身体を震わせる。名前は服を全て取り払わなかった事に安堵した。
最初こそ警戒していたローの検査も、彼が医者として正しい知識を用いて自身の体を調べている事実を理解すれば名前は大人しかった。自分の体をこんなにしっかりと管理された経験のない名前はむず痒さも憶えた程に。
「終わりだ。今んとこ問題は無いねェ。あとは結果待ちだ。」
「ありがとう。」
女の言葉にローはピタリと動かしていたペンを止めた。あの女が今なんと言った?驚き彼女をチラリと覗けば、ツンとした表情ではなく、少し照れくさそうな見た事ない女がそこに居た。
「な、なに。」
「…いや。」
「こういうの、初めてだったから。」
「うちでは定期的にやる。この船にいる限り病気で死ぬような事はねぇよ。」
「そう…なんだ。」
出会ってから数時間、初めて心を通わせた会話だった。互いに視線は交わっていなかったのに、気持ちは軽くなっていた。ローは頬杖を付き口元を隠していた。男にとって始めてとも言えるこの感情が、この女との出会いによって動き始める。