平安無惨の安寧を守れ!
十二鬼月でもないのに入れ替わりの決戦を挑まれている。そもそも、今の時点で十二鬼月が誕生しているかも怪しい。無惨はつくっているのだろうか。少なくとも私は知らない。
女が無惨と二人、自宅の庭で月を眺めていると無惨がポツリと言ったのだ。
「最近力をつけている鬼が、お前に入れ替わりの決戦を挑みたいと。受けるか?」
「入れ替わり?その方は無惨様の側仕えになりたいというような意味で言っているのでしょうか」
無惨は女の表情を伺っている。どう出るか反応を愉しんでいるのだ。相手の鬼の事を考えているのか、女の瞳孔がじわじわと開いていく。それを面白く思いながら無惨は言葉を続ける。
「そうだ。私の一番になりたいそうだ。嫌ならば……」
「受けます。殺します」
女は食い気味に答えた。思わず渡ってしまった。殺されるかも。女の心配を他所に無惨は愉しげだ。
「フハハ、初めてお前の口から自発的に殺すなどという言葉を聞いたぞ」
無惨は堪えきれずに笑い出す。その声を聞きながら、女は止まらない口を動かす。乗せられているのはわかっていた。
「無惨様が止めろというならば殺すのは諦めますが、そうでなければ脅威にならない内に消します。私も自分の居場所は自分で守ります」
女は完全に頭に血が登っていることを自覚しながらも止められない。鬼になってからどうにも感情の抑制が難しい。女には無惨の一番近くにいる鬼である事に一種の矜持の様なものが生まれていた。馬鹿なことをと思うがそうなってしまったものは仕方がない。
女は自分が今にも暴れ出しそうなのを、頭の中の何処か遠くで理解していたが、冷静な自分と血が沸き立つような衝動が混ざり合い混沌としている。頭の中がどうにかなりそうだ。
無惨は目を細めて言う。
「構わん、好きにしろ。強い方を私の傍に残す。決戦は明日の夜だ」
「畏まりました。外に出てきます」
女は頭を下げて庭に出る。そのまま外に出ていこうとするのを無惨が止めた。
「いいのか?私と過ごす最後の夜かもしれんぞ?」 無惨の言葉には嘲りが混じっている。女は悔しげに唇を噛んだが、にっこりと笑った。
「そうならないように、適当に人を食っておきます。私の方が長く存在しているかといって、侮りません。万全の状態で挑みます」
「そうか。期待してるぞ」
無惨は凄惨な笑みを浮かべた。女が怒気と執着を顕にするのは珍しい。それが堪らなく愉快だった。
女は怒っていたが、冷静でもあった。無惨から分けられた血の量は女が圧倒的に多い。最悪なことだが、今晩大量に人を食えば負けることは無い筈だ。気は進まないが、そんな事を言って負けたら洒落にならない。綺麗事は言ってはいられない。既に何人も殺していて今更何をとも思うが。でも、一人食っても二人食っても一緒なんて思いはじめたら、いよいよ終わりな気もする。
気に留めておくべきなのは相手の鬼の血鬼術。単純な殴り合いならば、技術はないが腕力はある。それに再生速度は女の方が速いはず。夜明けまで殴り合って、相手を日光の下に引き摺り出せばいい。
警戒すべきは、搦手から来るタイプだろう。幻覚や催眠、操作などは警戒していても掛かる時はかかる。女の方が強いので掛かり難くはあるだろうが、それでも油断は出来ない。無惨の側近ともなれば、こちらがそれなりの強さなのは向こうも理解している筈。それでも決戦を挑んでくるのだか、相当の自信があるのだ。
それか、とんでもなく頭が飛んでいるか。
そうだったとして、螺子の外れた奴は何をして来るのか分からない。女は人の形に縛られているので、人間以外のモノに形を大きく変えるのは苦手だった。
根を伸ばすように、植物の様なイメージで家屋を創り出したりは出来るが、それは飽くまでも女の中にこれまで見てきた建物の構造のイメージがあるからだ。自分の肉体は人の形をしているのだと云う意識が強いので、身体を変形させるのは不得手だった。そこがネックになるかもしれない。
こちらも何か策を考えておかないと。女は思案しながら夜の闇に溶けていく。
次の晩。
丁度、朔の夜だった。月と太陽が重なる日。丸い円の中からぼんやりと紅い光が漏れている。
こんな時でなければ無惨と月のない夜を見物して良かったのに。いや、こんな日だからこそ良いのだろうか。真っ暗な夜は人ならぬものの世界。
暗がりの中、三体の鬼が向き合っている。
無惨の立会のもと私ともう一体、真っ赤な鬼が立っている。髪も爪も全てが赤い鬼。
女の様な形はしているが、強い鬼は肉体を変化させるのであまり見た目に意味はない。鬼には珍しく、うつくしくも、醜くもない。顔立ちは通り過ぎたら忘れる様な顔だ。
強いて言うならは、鬼らしく二本の角が額から生えているのが特徴的だ。真っ赤なので目立つが、それを除けばこんな鬼、何処かで見た気がするなという感じ。
私は無惨以外の鬼に対して好感を抱けないので、他の者が見たらまた違うのかもしれない。
場所は山中の開けた石切場。近くに民家は無い。ここならば派手に暴れても問題ないといえる。
真っ暗闇のなか、赤い目だけを異様にギラつかせた無惨が鬼女二人の間に立つ。
「さて、入れ替わりの決戦を始めよう。決着はどちらがが負けを認めるか、死ぬまでだ。よいな」
「はい」女が軽く頷く。
「ええ、無残様。ワタクシの力ご覧に入れますわ」
赤い鬼は酔ったように腕を揺らしながら、フフフと笑う。無惨がその様子を見て微笑みかける。
「ああ、期待しているぞ」
耳を溶かす様な甘やかな響きだった。
赤い鬼がうっとりして無惨を見詰め返す。私と殺し合うというのに、私の事など見えていない様だ。鬼が無惨の前に立って、彼以外に注意を向けよというのが無理な話か。
恨めしいような気持ちと共に、なんとまあ、単純なものだと思う。私も外から見るとこう見えているのかとうんざりしながら、軽く跳んで距離を取る。
さて、殴り合う前に少し遠距離攻撃で様子を見てみるか。そんな考えで距離を取ったのだが、向こうは一直線に突っ込んできた。
「死ねッ」
赤い鬼の爪が女の顔に向かって伸びてくる。このくらいの速さなら見切れるな。女はそんな風に思いながら爪を躱す。
女は必要に迫られなければ自分から向かっていくことはないので、回避能力は高かった。
毎日のように理不尽にとんでくる無惨の攻撃は彼が不機嫌になるので避けないが、基本的に他の鬼からも鬼殺隊からも攻撃は貰わない。
特に今夜は勝たなくてはならない一戦だ。適当にいなして距離を取れば収まる様な戦いでは無い。どちらかが散るまで終わらない。終われない。
かといって、不死同士の不毛な殴り合いをしてお気に入りの着物が裂けるのは嫌だし、無惨の前で無様を晒すのも嫌だ。
相手が強かった場合に、くたばる可能性を考えると終末の時はできるだけ綺麗にいたかったので何時か無惨に選んで貰ったお気に入りの着物を着てきた。我ながら執着が強過ぎて泣けてくる。無惨は多分忘れてるのに。
避け続けるだけも芸がないので、飛んできた赤い鬼の腕を軽くいなし、握り拳でその胴を殴り付ける。
赤い鬼の腸が辺りに飛び散った。案外脆い。
赤い鬼の身体は上半身と下半身が分断され、左右に別れて落ちた。女は上半身の方に向かって跳ぶと、上から足で踏み付けて赤い鬼の頭を潰す。
グシャリ。赤い鬼の頭部が潰れたトマトの様になった。
しかし、これで鬼が死ぬはずもなく、腰から下だけになった赤い鬼が蹴りを入れてくる。綺麗な回し蹴りだが、半身しかない分不安定だ。威力が落ちている。
女は跳んできた赤い鬼の足を両手で掴んで、右足と左足をそれぞれ持つと、左右に引き裂く。赤い鬼の下半身が紙切れみたいに千切れた。これで四分の一サイズだ。
そんな事をしている間に頭の方は再生したらしく、再び上半身と再生しかけの右足で赤い鬼が向かってきた。単純な腕力というか、自力では私の方が上の様だ。相手の鬼の身体は脆い。こちらは傷一つついていない。
赤い鬼もそれが分かったようで、距離を取って上半身と下半身を集めてくっつけた。追撃しても良かったが、まだ夜は長い。焦ることは無いだろう。女は、相手の血鬼術が分からない以上突っ込むのは危険と判断する。
こちらはどのタイミングで血鬼術を使うか。使う必要がなければ、使わなくてもいい。しかし、血鬼術で決着をつけないと、殴り合っては泥仕合だ。
私の血鬼術の影の中に取り込めばそのまま殺せるだろうが、この赤い鬼が大人しく取り込まれるとも思えない。影に力尽くで沈めなければいけないので、あまり強い鬼相手には影そのものは役に立たない。
影の血鬼術は便利だが、あまり戦闘向きの力ではないと思っている。どちらかというと、物を保管しておけて何時でも取り出せるのが利点だ。考えるべきは使い方である。
無惨は鬼女二人が殴り合い、お互いの肉を削り合うのを椅子に座って眺める。椅子は肉体変化の応用で創り出した。
長い戦いになりそうなので、完全に寛いでの観戦である。ゆったりと椅子に腰掛けてふんぞり返る無惨に、側仕えの女が胡乱な視線を投げていたのが愉快で堪らない。
無惨の頭に「こっちは無惨様を巡って争ってるんですけどッ」とピリピリした思考が流れてくる。
それにくすりと笑って、赤い鬼の爪を躱す女を眺める。最初以降はあまり積極的に攻撃していない。夜明けまで粘るつもりか。
無惨としてはあまり長いと飽きるので、どちらかが派手に決めて欲しい所だが。そんな気持ちが伝わったのか女が動き出した。
赤い鬼に向かって駆け出した女がそっと呟く。
「頑丈さと再生能力は私の方が高いみたいですね。ああ、それって全部か……」
「きっ貴様ァァァァ!!」
明確に馬鹿にされた赤い鬼は、ボコボコと肉体を膨張させて女に掴みかかる。女はその腕を避けて、そのまま赤い鬼の腹部に蹴りを入れた。
赤い鬼の身体が半分になる。最初と同じだ。
違ったのは、その下に黒い影が広がっている事。赤い鬼の下半身がズブズブと暗い穴に沈んでいく。
「何?!血鬼術かッ」
赤い鬼が狼狽えて影から出ようとする。下半身は完全に沈み切った。
上半身だけになった赤い鬼は、腕で跳ね起きて宙に飛ぶ。女がそれを追って空高く跳ね上がる。
女は赤い鬼の右腕を掴むと影に引きずり込もうとした。
しかし、赤い鬼は掴まれていない左腕の爪で己の右腕を切り落として女の手から逃れる。
女も即座に後を追ったが、一拍出遅れた。
女の血鬼術は露見した。もう二度目は掛からないだろう。女は掴んでいた右腕を影に落としながら、「チッ」と小さく舌打ちする。
赤い鬼は内心で冷や汗をかきつつも、余裕ぶって言う。
「なるほどねぇ。自分の影を広げて中に取り込めるのか。しかし、触れねばどうということはない。初見で仕留められなかったのは失敗だったねぇ」
「そうですね、残念です。では、日が昇るまで耐久戦といきますか」
「私は付き合わないけどねぇ!」
赤い鬼が女の周りをぐるりと囲むように走り出した。
誘っているのか?
女は訝しんたが、赤い鬼はそのまま女を中心に円を描く様に走る。どうにも奇妙な動きだ。
女は地面を蹴って空に上る。
しかし、上から眺めてその選択は悪手だったと気付く。
赤い鬼が走っていった円状に、地面から氷の柱が生まれてきたのだ。
女は真上に跳んだので円内に入っている。
肉体を変化させて腕を紐状にして地面に引っ掛けて横にずれようとしたが、氷の柱が女の身体を覆うほうが早かった。
女の肉体が柱にのまれて凍っていく。
辛うじて紐状に伸ばしていた腕を氷の柱の外に出せたが、この状況は非常に不味い。
赤い鬼がケタケタ笑う。
「キヒヒ、血鬼術を使えるのはお前だけではないぞ」
「……」
女は顔面が凍りついているので話すことは出来なかった。赤い鬼は完全に油断している。
赤い鬼は勝利を確信して、凍り付いた女に近付いてくる。
一一勝ったな。
次の瞬間、赤い鬼の首が落ちた。
赤い鬼の視界が反転して、目の前に地面が広がった。
いきなり首が落ちたことに驚きつつも、赤い鬼は首の無い身体を動かして自分の頭を探す。
赤い鬼の身体が、首を探して地面を這った。
首だけになった赤い鬼が叫ぶ。
「なに?!しかし、鬼同士の戦いで首を落とされたとて関係ない!……再生、出来ない?!まさか……まさか……」
赤い鬼が動揺して青褪めた。首が崩れはじめる。
赤い鬼の首を切ったのは鬼狩りの刀。日輪刀だ。
女が己の影に落として保管しておいたものである。
氷の柱から逃れていた片腕で、その刀を影から取り出した女は、油断している赤い鬼の首を後ろから斬った。
女も鬼なのである程度は体の一部を切り離して動かすくらいは出来る。
女は常々考えていたのだ。
鬼の腕力で日輪刀を振ったら、大概の鬼は殺せるのではないかと。
何故、鬼が彼らの武器を使ってはいけないのか。
私が殺したいのは人間よりも鬼なのに。そういった事である。これが女の巡らした策の一つであった。
半端な毒は効かないのは、己の身体で実験されたので知っている。何時か現れる蟲柱の様なプロフェッショナルならともかく、女に強い鬼を殺せる毒は作れない。
刀ならば見様見真似で振ることもできよう。呼吸の使える剣士でなくとも、鬼の首が切れるのか自信はなかったが、案外なんとかなるものだ。
赤い鬼の首が土の上を転がった。血の涙を流しながら赤い鬼は更に赤くなって吠えている。
「き、貴様、鬼としての矜持はないのか?!こ、こんな決着……ゥゥウ……」
赤い鬼の首はしばらく呻いていたが、途中から喋る力も失ったのか声を落としていき、やがて塵になった。
灰色の塵が夜空に散っていく。
女は力尽くで氷の柱から出てきた。氷をバキバキと砕きながら這い出て、地面に降りる。力任せに出てくることはそんなに難しくはない。
しかし、上から何度も血鬼術で凍らされては女が氷を砕くより、氷が生成されるほうが速い。ここで決着をつけれてよかった。女は安堵しながら、袖の氷を払う。
女は身体を発熱させて、張り付いている残りの氷を溶かす。身体の表面に残った水分を蒸発させていると、いつの間に無残が近づいて来ていた。
無惨は足音もなく女の隣に立っている。その表情は明るい。
楽しそうな気配だ。無惨を巡るキャットファイトはお気に召した様である。
「鬼狩りの刀を使うとは。お前も考えたな」
「朝日が登るまでとなると、長引きますし。一度、鬼が使っても効果を発揮するのか試してみたかったのです。ずいぶんと綺麗に斬れましたね」
「そうだな。ふん、朝日が登るまでなどというから、飽きたら二人とも食ってしまおうかと思っていた。手早く済ませてくれて助かったぞ」
「それはよかった」
女は呆れた。それをやられてしまうと、私達は何のために戦ってたんだかわかりませんけど。本当に気紛れなんだよな無惨様。女は先をゆく無惨の後ろ姿を見ながら溜息をつく。
女は違和感の残る身体を伸ばしながら、無惨と二人で帰りの夜道を歩いた。
女が無惨と二人、自宅の庭で月を眺めていると無惨がポツリと言ったのだ。
「最近力をつけている鬼が、お前に入れ替わりの決戦を挑みたいと。受けるか?」
「入れ替わり?その方は無惨様の側仕えになりたいというような意味で言っているのでしょうか」
無惨は女の表情を伺っている。どう出るか反応を愉しんでいるのだ。相手の鬼の事を考えているのか、女の瞳孔がじわじわと開いていく。それを面白く思いながら無惨は言葉を続ける。
「そうだ。私の一番になりたいそうだ。嫌ならば……」
「受けます。殺します」
女は食い気味に答えた。思わず渡ってしまった。殺されるかも。女の心配を他所に無惨は愉しげだ。
「フハハ、初めてお前の口から自発的に殺すなどという言葉を聞いたぞ」
無惨は堪えきれずに笑い出す。その声を聞きながら、女は止まらない口を動かす。乗せられているのはわかっていた。
「無惨様が止めろというならば殺すのは諦めますが、そうでなければ脅威にならない内に消します。私も自分の居場所は自分で守ります」
女は完全に頭に血が登っていることを自覚しながらも止められない。鬼になってからどうにも感情の抑制が難しい。女には無惨の一番近くにいる鬼である事に一種の矜持の様なものが生まれていた。馬鹿なことをと思うがそうなってしまったものは仕方がない。
女は自分が今にも暴れ出しそうなのを、頭の中の何処か遠くで理解していたが、冷静な自分と血が沸き立つような衝動が混ざり合い混沌としている。頭の中がどうにかなりそうだ。
無惨は目を細めて言う。
「構わん、好きにしろ。強い方を私の傍に残す。決戦は明日の夜だ」
「畏まりました。外に出てきます」
女は頭を下げて庭に出る。そのまま外に出ていこうとするのを無惨が止めた。
「いいのか?私と過ごす最後の夜かもしれんぞ?」 無惨の言葉には嘲りが混じっている。女は悔しげに唇を噛んだが、にっこりと笑った。
「そうならないように、適当に人を食っておきます。私の方が長く存在しているかといって、侮りません。万全の状態で挑みます」
「そうか。期待してるぞ」
無惨は凄惨な笑みを浮かべた。女が怒気と執着を顕にするのは珍しい。それが堪らなく愉快だった。
女は怒っていたが、冷静でもあった。無惨から分けられた血の量は女が圧倒的に多い。最悪なことだが、今晩大量に人を食えば負けることは無い筈だ。気は進まないが、そんな事を言って負けたら洒落にならない。綺麗事は言ってはいられない。既に何人も殺していて今更何をとも思うが。でも、一人食っても二人食っても一緒なんて思いはじめたら、いよいよ終わりな気もする。
気に留めておくべきなのは相手の鬼の血鬼術。単純な殴り合いならば、技術はないが腕力はある。それに再生速度は女の方が速いはず。夜明けまで殴り合って、相手を日光の下に引き摺り出せばいい。
警戒すべきは、搦手から来るタイプだろう。幻覚や催眠、操作などは警戒していても掛かる時はかかる。女の方が強いので掛かり難くはあるだろうが、それでも油断は出来ない。無惨の側近ともなれば、こちらがそれなりの強さなのは向こうも理解している筈。それでも決戦を挑んでくるのだか、相当の自信があるのだ。
それか、とんでもなく頭が飛んでいるか。
そうだったとして、螺子の外れた奴は何をして来るのか分からない。女は人の形に縛られているので、人間以外のモノに形を大きく変えるのは苦手だった。
根を伸ばすように、植物の様なイメージで家屋を創り出したりは出来るが、それは飽くまでも女の中にこれまで見てきた建物の構造のイメージがあるからだ。自分の肉体は人の形をしているのだと云う意識が強いので、身体を変形させるのは不得手だった。そこがネックになるかもしれない。
こちらも何か策を考えておかないと。女は思案しながら夜の闇に溶けていく。
次の晩。
丁度、朔の夜だった。月と太陽が重なる日。丸い円の中からぼんやりと紅い光が漏れている。
こんな時でなければ無惨と月のない夜を見物して良かったのに。いや、こんな日だからこそ良いのだろうか。真っ暗な夜は人ならぬものの世界。
暗がりの中、三体の鬼が向き合っている。
無惨の立会のもと私ともう一体、真っ赤な鬼が立っている。髪も爪も全てが赤い鬼。
女の様な形はしているが、強い鬼は肉体を変化させるのであまり見た目に意味はない。鬼には珍しく、うつくしくも、醜くもない。顔立ちは通り過ぎたら忘れる様な顔だ。
強いて言うならは、鬼らしく二本の角が額から生えているのが特徴的だ。真っ赤なので目立つが、それを除けばこんな鬼、何処かで見た気がするなという感じ。
私は無惨以外の鬼に対して好感を抱けないので、他の者が見たらまた違うのかもしれない。
場所は山中の開けた石切場。近くに民家は無い。ここならば派手に暴れても問題ないといえる。
真っ暗闇のなか、赤い目だけを異様にギラつかせた無惨が鬼女二人の間に立つ。
「さて、入れ替わりの決戦を始めよう。決着はどちらがが負けを認めるか、死ぬまでだ。よいな」
「はい」女が軽く頷く。
「ええ、無残様。ワタクシの力ご覧に入れますわ」
赤い鬼は酔ったように腕を揺らしながら、フフフと笑う。無惨がその様子を見て微笑みかける。
「ああ、期待しているぞ」
耳を溶かす様な甘やかな響きだった。
赤い鬼がうっとりして無惨を見詰め返す。私と殺し合うというのに、私の事など見えていない様だ。鬼が無惨の前に立って、彼以外に注意を向けよというのが無理な話か。
恨めしいような気持ちと共に、なんとまあ、単純なものだと思う。私も外から見るとこう見えているのかとうんざりしながら、軽く跳んで距離を取る。
さて、殴り合う前に少し遠距離攻撃で様子を見てみるか。そんな考えで距離を取ったのだが、向こうは一直線に突っ込んできた。
「死ねッ」
赤い鬼の爪が女の顔に向かって伸びてくる。このくらいの速さなら見切れるな。女はそんな風に思いながら爪を躱す。
女は必要に迫られなければ自分から向かっていくことはないので、回避能力は高かった。
毎日のように理不尽にとんでくる無惨の攻撃は彼が不機嫌になるので避けないが、基本的に他の鬼からも鬼殺隊からも攻撃は貰わない。
特に今夜は勝たなくてはならない一戦だ。適当にいなして距離を取れば収まる様な戦いでは無い。どちらかが散るまで終わらない。終われない。
かといって、不死同士の不毛な殴り合いをしてお気に入りの着物が裂けるのは嫌だし、無惨の前で無様を晒すのも嫌だ。
相手が強かった場合に、くたばる可能性を考えると終末の時はできるだけ綺麗にいたかったので何時か無惨に選んで貰ったお気に入りの着物を着てきた。我ながら執着が強過ぎて泣けてくる。無惨は多分忘れてるのに。
避け続けるだけも芸がないので、飛んできた赤い鬼の腕を軽くいなし、握り拳でその胴を殴り付ける。
赤い鬼の腸が辺りに飛び散った。案外脆い。
赤い鬼の身体は上半身と下半身が分断され、左右に別れて落ちた。女は上半身の方に向かって跳ぶと、上から足で踏み付けて赤い鬼の頭を潰す。
グシャリ。赤い鬼の頭部が潰れたトマトの様になった。
しかし、これで鬼が死ぬはずもなく、腰から下だけになった赤い鬼が蹴りを入れてくる。綺麗な回し蹴りだが、半身しかない分不安定だ。威力が落ちている。
女は跳んできた赤い鬼の足を両手で掴んで、右足と左足をそれぞれ持つと、左右に引き裂く。赤い鬼の下半身が紙切れみたいに千切れた。これで四分の一サイズだ。
そんな事をしている間に頭の方は再生したらしく、再び上半身と再生しかけの右足で赤い鬼が向かってきた。単純な腕力というか、自力では私の方が上の様だ。相手の鬼の身体は脆い。こちらは傷一つついていない。
赤い鬼もそれが分かったようで、距離を取って上半身と下半身を集めてくっつけた。追撃しても良かったが、まだ夜は長い。焦ることは無いだろう。女は、相手の血鬼術が分からない以上突っ込むのは危険と判断する。
こちらはどのタイミングで血鬼術を使うか。使う必要がなければ、使わなくてもいい。しかし、血鬼術で決着をつけないと、殴り合っては泥仕合だ。
私の血鬼術の影の中に取り込めばそのまま殺せるだろうが、この赤い鬼が大人しく取り込まれるとも思えない。影に力尽くで沈めなければいけないので、あまり強い鬼相手には影そのものは役に立たない。
影の血鬼術は便利だが、あまり戦闘向きの力ではないと思っている。どちらかというと、物を保管しておけて何時でも取り出せるのが利点だ。考えるべきは使い方である。
無惨は鬼女二人が殴り合い、お互いの肉を削り合うのを椅子に座って眺める。椅子は肉体変化の応用で創り出した。
長い戦いになりそうなので、完全に寛いでの観戦である。ゆったりと椅子に腰掛けてふんぞり返る無惨に、側仕えの女が胡乱な視線を投げていたのが愉快で堪らない。
無惨の頭に「こっちは無惨様を巡って争ってるんですけどッ」とピリピリした思考が流れてくる。
それにくすりと笑って、赤い鬼の爪を躱す女を眺める。最初以降はあまり積極的に攻撃していない。夜明けまで粘るつもりか。
無惨としてはあまり長いと飽きるので、どちらかが派手に決めて欲しい所だが。そんな気持ちが伝わったのか女が動き出した。
赤い鬼に向かって駆け出した女がそっと呟く。
「頑丈さと再生能力は私の方が高いみたいですね。ああ、それって全部か……」
「きっ貴様ァァァァ!!」
明確に馬鹿にされた赤い鬼は、ボコボコと肉体を膨張させて女に掴みかかる。女はその腕を避けて、そのまま赤い鬼の腹部に蹴りを入れた。
赤い鬼の身体が半分になる。最初と同じだ。
違ったのは、その下に黒い影が広がっている事。赤い鬼の下半身がズブズブと暗い穴に沈んでいく。
「何?!血鬼術かッ」
赤い鬼が狼狽えて影から出ようとする。下半身は完全に沈み切った。
上半身だけになった赤い鬼は、腕で跳ね起きて宙に飛ぶ。女がそれを追って空高く跳ね上がる。
女は赤い鬼の右腕を掴むと影に引きずり込もうとした。
しかし、赤い鬼は掴まれていない左腕の爪で己の右腕を切り落として女の手から逃れる。
女も即座に後を追ったが、一拍出遅れた。
女の血鬼術は露見した。もう二度目は掛からないだろう。女は掴んでいた右腕を影に落としながら、「チッ」と小さく舌打ちする。
赤い鬼は内心で冷や汗をかきつつも、余裕ぶって言う。
「なるほどねぇ。自分の影を広げて中に取り込めるのか。しかし、触れねばどうということはない。初見で仕留められなかったのは失敗だったねぇ」
「そうですね、残念です。では、日が昇るまで耐久戦といきますか」
「私は付き合わないけどねぇ!」
赤い鬼が女の周りをぐるりと囲むように走り出した。
誘っているのか?
女は訝しんたが、赤い鬼はそのまま女を中心に円を描く様に走る。どうにも奇妙な動きだ。
女は地面を蹴って空に上る。
しかし、上から眺めてその選択は悪手だったと気付く。
赤い鬼が走っていった円状に、地面から氷の柱が生まれてきたのだ。
女は真上に跳んだので円内に入っている。
肉体を変化させて腕を紐状にして地面に引っ掛けて横にずれようとしたが、氷の柱が女の身体を覆うほうが早かった。
女の肉体が柱にのまれて凍っていく。
辛うじて紐状に伸ばしていた腕を氷の柱の外に出せたが、この状況は非常に不味い。
赤い鬼がケタケタ笑う。
「キヒヒ、血鬼術を使えるのはお前だけではないぞ」
「……」
女は顔面が凍りついているので話すことは出来なかった。赤い鬼は完全に油断している。
赤い鬼は勝利を確信して、凍り付いた女に近付いてくる。
一一勝ったな。
次の瞬間、赤い鬼の首が落ちた。
赤い鬼の視界が反転して、目の前に地面が広がった。
いきなり首が落ちたことに驚きつつも、赤い鬼は首の無い身体を動かして自分の頭を探す。
赤い鬼の身体が、首を探して地面を這った。
首だけになった赤い鬼が叫ぶ。
「なに?!しかし、鬼同士の戦いで首を落とされたとて関係ない!……再生、出来ない?!まさか……まさか……」
赤い鬼が動揺して青褪めた。首が崩れはじめる。
赤い鬼の首を切ったのは鬼狩りの刀。日輪刀だ。
女が己の影に落として保管しておいたものである。
氷の柱から逃れていた片腕で、その刀を影から取り出した女は、油断している赤い鬼の首を後ろから斬った。
女も鬼なのである程度は体の一部を切り離して動かすくらいは出来る。
女は常々考えていたのだ。
鬼の腕力で日輪刀を振ったら、大概の鬼は殺せるのではないかと。
何故、鬼が彼らの武器を使ってはいけないのか。
私が殺したいのは人間よりも鬼なのに。そういった事である。これが女の巡らした策の一つであった。
半端な毒は効かないのは、己の身体で実験されたので知っている。何時か現れる蟲柱の様なプロフェッショナルならともかく、女に強い鬼を殺せる毒は作れない。
刀ならば見様見真似で振ることもできよう。呼吸の使える剣士でなくとも、鬼の首が切れるのか自信はなかったが、案外なんとかなるものだ。
赤い鬼の首が土の上を転がった。血の涙を流しながら赤い鬼は更に赤くなって吠えている。
「き、貴様、鬼としての矜持はないのか?!こ、こんな決着……ゥゥウ……」
赤い鬼の首はしばらく呻いていたが、途中から喋る力も失ったのか声を落としていき、やがて塵になった。
灰色の塵が夜空に散っていく。
女は力尽くで氷の柱から出てきた。氷をバキバキと砕きながら這い出て、地面に降りる。力任せに出てくることはそんなに難しくはない。
しかし、上から何度も血鬼術で凍らされては女が氷を砕くより、氷が生成されるほうが速い。ここで決着をつけれてよかった。女は安堵しながら、袖の氷を払う。
女は身体を発熱させて、張り付いている残りの氷を溶かす。身体の表面に残った水分を蒸発させていると、いつの間に無残が近づいて来ていた。
無惨は足音もなく女の隣に立っている。その表情は明るい。
楽しそうな気配だ。無惨を巡るキャットファイトはお気に召した様である。
「鬼狩りの刀を使うとは。お前も考えたな」
「朝日が登るまでとなると、長引きますし。一度、鬼が使っても効果を発揮するのか試してみたかったのです。ずいぶんと綺麗に斬れましたね」
「そうだな。ふん、朝日が登るまでなどというから、飽きたら二人とも食ってしまおうかと思っていた。手早く済ませてくれて助かったぞ」
「それはよかった」
女は呆れた。それをやられてしまうと、私達は何のために戦ってたんだかわかりませんけど。本当に気紛れなんだよな無惨様。女は先をゆく無惨の後ろ姿を見ながら溜息をつく。
女は違和感の残る身体を伸ばしながら、無惨と二人で帰りの夜道を歩いた。
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