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平安無惨の安寧を守れ!

 白い霞が山を覆い、冷たい空気が満ちている。女は夜明け前の時間が好きだった。陽の光が差してきて、己の身を焼く前に退散するが、その前の静謐な空気を肺一杯に吸い込んでおく。
 暫くしたら無惨が夜の散歩から戻って来るだろうから、その前に朝餉の準備をしよう。穏やかな気持ちで一日を迎える。
 こうしていると、普通の人間の生活の様なのだが、その実、ここに暮らすのは鬼二人。
 全く、妙なことだと思いながら、女は食事の準備をする。この食事というのも材料が恐ろしいのだが。人の血肉の味を覚えた鬼は駄目だと、鬼狩り達が言っていたのも頷ける。もう戻れないというのが感覚的に分かるのだ。このまま、鬼として生きて塵になるしかない。
 自分で選んだ事なので文句は無いが、そういう理不尽を被った相手の事を思うとやはり不憫には思うのであった。

 無惨が夜明け前に戻ってくると、女は食事を準備していた。
 食べなくてもよいが、用意された膳に箸をつけないのも憚られて手を付ける。
「お前は食べないのか」
「はい。私は味見の際にすませました。ご希望でしたらご相伴に預かりますが」
「いや、済ませたならいい」
 女はすでに食事を済ませていたようだ。女は側仕えが長かったせいか無惨の前では食事をしない。
 先に口を付けるのは毒見の意味もあるのだろう。一体どんな毒ならば無惨を害す事ができるのかは知らないが。
 女は無惨が食事する間、傍に座ってその様子を確認している。
 人間を人間の様に調理する女と、人の形のまま喰らう知能の低い鬼共と、どちらが悪かは甲乙つけがたい。
 無闇に数を多く殺す鬼共の方が、数の大小で云うのならば悪だが、女のやっていることのほうが忌避感があるのはどうしてだろうか。
 人は自然や知能の低い動物たちよりも人に近い見た目、人に近い動き、人に近い思考のものを嫌悪する。人間を一番殺すのは人間だ。人は人同士争う様につくられている。競いあうからこそ高め合うこともあれば、その中で相手を恨み憎しみ、殺す事もある。
 鬼狩り共は何時だったか女の言っていた通りに、鬼が増え力を付けるのに呼応する様に増えていった。無惨には理解出来ない。何故、無駄に抵抗して被害を増やすのか。人間が鬼に勝てる要素など無いのに。
 殺された家族がいた、友がいたというがそんなもの鬼を斬ったとて戻らないのだ。奴らの行為の動機がそもそも無惨には理解し難い。
 女は戻って来るか分からない男の為に毎度、律義に飯を炊く。無惨は奇妙に思いつつも、それに忠義の様なものを感じて嫌な心地はしない。女は何時も献身的である。
 無惨は女の献身を当然と受け止め、女は無惨の持ち物であるからそうあるべきと思うが、それが特異な在り方であるのは理解出来る。だから特別に遇している。
 無惨からすると意味不明な動機で向かってくる鬼狩り達にも通じる狂信的な何かだ。だから、女の方が鬼狩り達の動きが理解できるのだと思うのだ。
 鬼狩りの奴らは不死身の鬼でもあるまいに己の一つしか無い生命を、悪戯に鬼の前に晒して死んでいく。全くもって理解不能の生き物たちだ。少なくとも無惨にはそう見える。
 無惨の食事が終わると女は流れる様に膳を下げて洗い物をする。慣れた動作だ。いつも同じ。それが安心感を生む。女の機械的な動きを見ていると無惨は落ち着くのだと最近気付いた。
 鬼となった女は不変である。




 無惨は繕いものをする女を自分の手元に寄せた。そんな事をせずとも着物くらい肉体から創り出せるのだが女は人間の真似事をしたがる。女のそういう姿を見ていると無惨はどうにも悪戯がしたくなるのである。
 女は不思議そうに無惨の顔を見上げたが、その赤い目に強い欲望の色を認めると、身体の力を抜いて無惨の肩に身を預けた。
 無惨は女の顔を掬い上げると、その唇を軽く食んでやる。女は悦んで唇を返してくる。赤い舌が蠢いて、無惨の色の悪い唇を舐めた。無惨が女の着物を剥がし、その身体に指を差し込むと、女の身体はくねくねと形を変える。時折、女は人間とは思えない動きをするので面白い。女はそれに気づいていないらしく無惨の下で善がっている。それがまた何とも間抜けで愛らしい。
 女の身体を突き上げると、白い肌が震えた。月明かりで薄く光る肌は、薄っすらと汗ばんで妖しい色香を放っている。男共がこの女を抱こうと数多に寄り集まるのも分かる気がした。何とも艶めかしく、眩惑的な女の躰である。
「無惨様……」
 女が無惨の名前を切なげに呼ぶ。生白い腕が伸びて来て無惨の背中に回った。遠慮がちに回された手は振り払われないと分かるとぐっと力を込めてにぎられた。
 女の赤い唇から熱い吐息が漏れた。女の黒い目が焦がれるような熱を帯びて無惨を見る。女の中を掻き回してやると女は苦しげな喘ぎ声を上げる。
 女の白い手が無惨の筋肉質な背中に爪を立てた。赤い筋が入っては消えていく。女の力で人間の男にこんな事をしようものなら、バラバラに引き裂いて仕舞うだろう。女もまた、無惨以外の男とまぐわう事はできなくなっていた。相手を殺してしまう。
 女を何度も抱いて分かったが、鬼は生殖で増えることはない。女は子を孕まなかった。鬼は血を分けることで増えていく。そして始祖である無惨だけが絶対である。そういう種なのだ。
 それでも時折、女を抱いてみたくなる。種を残すという生殖本能からではない。女を滅茶苦茶にして、自分の優位性を確認したい、征服欲や支配欲を満たす為の行為だ。女はそれを確認するための道具としては丁度よかった。
 誰が見ても、強く、美しい。女は時を経る事に怪しい魅力を放っていった。今となっては遠い昔のことだが、かつてはこれほど艶めかしい女では無かった筈だ。数百年を経て、まさに魔性のものと成っている。女は鬼なって危うい魅力を放つ様になった。
 それは人間も惹きつけるらしく、時折女に懸想した哀れな男が思いを遂げようと襲い掛かる。女はそれ冷たく見下ろしながら殺す。
 無惨は愚かな男を蔑む女の目を気に入っていたので男をけしかけてやったりした。そうすると、女は決まってむくれて、物言いたげに無惨を睨むのだった。それがまた愉快で無惨はやめられない。



 女が書店で薬学の書を探していると男が近づいて来ていた。小紋の袴を着た年若い男だった。
 女は笠を深く被り、顔を隠していたがそれでもその妖しい美貌を隠し切れていない。
 男は遠慮がちに女の肩に触れようとしたが、その手は女が身を引いた事で空を切った。女は何か用かと視線で問いかける。男は恥ずかしそうに頭を掻いて口をひらく。
「あの、もし良ければ話を……」
「しません」
 女が素っ気なく言って通り過ぎる。女は手に持っていた書を棚に戻すと、さっさと店を出る。
 男は「あ」と声を上げて驚いたが、すぐさま女の後を追う。
「待ってくれ、一目惚れなんだ。話を聞いてくれ」
「左様ですか。私は既に他人のものですので」
「そ、そんな、待ってくれ。せめて笠を取って顔を見せてくれ」
「嫌です」
 女は早足で男を撒きながら、またかと溜息をつく。こういう血鬼術でも体得したのだろうか。どうにも妙なものに好かれる。
 無惨のほうがよほど美しいのに、この手の話は聞かない。彼は恐ろし過ぎるからだろうか。その点、女は御しやすいと思われるのか。そうならば、なんだか恨めしい気もする。
 もう今日は止めだ。人間に追われると、注目されると、鬼であることが露見しやすくなる。それは困った事であった。
 この妖しき力を無惨は面白がってくれているが、生活するには不便である。やっと見つけた書店だったのに。女はあんまり地理が得意でないので、新しい町で書の在り処を探すのにも時間が掛かる。

 女は目を伏せて日陰に避難する。
 それから熱の籠もった笠を取る。少し身体を冷やしたら帰ろう。今日は不愉快なことがあった。鬼になってから感情的な我慢が効かなくなった気がする。どうも、大したこともない筈のことで苛々してしまう。
 女が木陰で頭を抑えていると、今一番聞きたくない声が響いた。先程、声を掛けてきた男の声。忌々しい。
「み、見つけたッ、ねえ、待っておくれよ」
「しつこいです。迷惑です。私には心に決めた方がおりますので止めて下さい」
 心に決めた方って、無惨が?と自分で吹き出しそうになったが、真面目な顔をして言い切る。こういう時ははっきり言わないと。なお、跳んで家まで帰れば良かったとすでに後悔中だ。
 男は興奮した様子で言葉を続ける。
「そう言わずに、話くらい聞いてくれよ。俺は初めてなんだ、こんな気持になったのは。あんたの目を見た瞬間、こう、凄く気持ちが高揚して、あんたの為なら何だって出来るって気持ちになったんだよ!」
「じゃあ、私が死ねと言ったら死んでくれます?」
 女がにっこり笑って言うと、男が言葉を失った。女はその隙に笠を被り直して駆け出した。
 人間の速度を超えない様に気を付けつつも、決して追い付かれないように。それから距離を充分に引き離した所で一気に跳んだ。



 家に戻って、笠を放り投げて床に転がる。
 鬼なのでこの程度の運動はわけないのだが、なんだかドッと疲れた。精神的なものである。他人から向けられる強い感情は疲れる。身体だけは鬼となって強靭になったが、精神面はついていってないのだ。すぐ疲れてしまう。

 女がぐったりして天井を眺めていると無惨が帰ってきた。起き上がって居住まいを正す。
「おかえりなさいませ」
「ずいぶん顔色が悪いな。鬼狩りにでもあったのか?」
「いえ。ただの人間に追いかけれて疲れてしまいました。目立ちたくなかったのですが」
「なんだ、また男にでも追いかけられたのか?」
 図星を突かれた。鬼狩りでもない男に追いかけられてびっくりして帰ってきたなんて、情けないので言いたくはないが、言わずとも無惨には思考が伝わるので意味はない。
「……そうです」女は項垂れて答えた。
「なるほど。次に会ったら殺せ。私のものに手を出すなど万死に値する」
「はい」
 無惨が紅い目を開いて鋭い視線を向けた。女は頭を下げる。 
 やはりそうなるか。まあそうだよな。ああいう手合いはしつこいので、さっさと処分する方が面倒がない。言う通りにしよう。女は溜息をつく。
 無惨がスッと女の頭に手を触れる。先刻、男とした問答が頭の中で再生された。
 無惨が視ているのだ。
「お前が浮気心を起こしていなくて安心したぞ」
 無惨は女の記憶を見終わると愉快そうに笑う。そんな事はありえないと分かった上で、こういう事を言うのだ。女を誂って愉しむ無惨にムッとしつつもちょっとだけ嬉しくなってしまって、我ながらちょろいと思う。
 


 結局、件の男はというと無惨が殺してしまったらしい。ついうっかりという奴だ。うっかりで殺されて可哀想に。
 無惨は、折角の機会なので、あまり人を手に掛けたがらない女に殺させようと、とっとこ男の様子を見に行ったら、イラッときて殺してしまったのだ。要約するとそういう事であった。
「私のものに手出ししようとした愚か者の顔を見てやろうと思って行ったのだが、実際に見たら視界に入ったのが不快で殺してしまった。お前に殺させようと思っていたのに宛が外れた」
 ふらっと出て行って戻って来た無惨は、災難だとでも言う風に唇を尖らせた。私に次会ったら殺せと言っておいて、とんでもないせっかちさんである。
「そうでしたか。お手間を取らせました。申し訳ございません」
 女は形式的に頭を下げる。
 自分でやっておいてなんという言い草なのか。流石は無惨様。しつこい声掛け男は不快だったが殺されるのは哀れである。南無。大して知りもしない男の冥福を祈りつつ、無惨の顔についていた返り血に手を伸ばす。
「無惨様、お顔に返り血が。失礼します」
「ああ」
 大人しく顔を差し出した無惨の頬を濡らした手拭いで優しく拭う。血が飛び散るほど派手に殺したのならば、直に噂になるだろう。居を移すか。女が考えていると、無惨の白く大きな手が伸びてくる。その手が女のまろい頬を撫でた。





 無惨の指示で薬学実験設備を手に入れてきた。闇夜に紛れて、するりと入り込んで部屋ごと影に沈めて持ち去ったのである。とんでもない泥棒である。
 家を拡大して場所を整える。無惨はここで薬の製造を試みるのだそうだ。用途に応じて建物を拡大していって、段々とこの屋敷も複雑な構造になってきた。
 無惨は試薬を私で試している。人体実験ならぬ鬼体実験だ。もっとも無惨に近い鬼が私なのだから仕方があるまいが、一番の忠臣と思われる者に対してこの扱いは酷くないかと思わないでもない。口には出さないが。
 実験室に籠もっていた無惨が、何やらやらすり潰した溝色の液体を差し出してくる。見るからに危なそうである。
「おい、これを飲んでみろ」
「はい」
 言われたとおりに、とんでもなく苦くて臭い液体を無理矢理に飲む。鼻をつまんで臭いを消しても、まだ耐え難い味がする。一体何を飲まされてるのだろう。
「暫くしたら陽の光のもとに出てみろ」
「はい」
 神妙な顔をして頷いたが、これがまた酷いのだ。滅茶苦茶酷い。
 効果があるかどうか、女を日光の元に晒して確認するのである。当然、燃える。灼ける。無惨の血をかなりの量分けられている鬼なので、簡単に塵になったりはしないが、それでも悲惨である。
 女を外に出してある程度燃やして再生が見られず、失敗だったと判断すれば、無惨が日陰に戻して回収する。それの繰り返し。
 無惨が言うには、女には少しずつ日光への耐性が付いているらしいが、そんな事無いと思う。変わらず燃えまくっているし、痛覚切っていても痺れるような痛みが届く。本当によくこんな事を他人に出来るな。そして私もよくやるなと我ながら感心する。

 試薬を飲んでしばらく経っても、女の肉体に変化は見られない。今回も失敗だなと薄々感じつつ、後ろで睨む無惨の手前やらぬ訳にもいかず、えいやッと庭に飛び出す。
 日に当たった身体が、ぢりぢりと熱を持ち出し、そして赤く焼け爛れていく。白い腕が赤く光り、燃えて塵になっていく。頭を抑えていた腕がなくなって、顔も燃えはじめた。視界の隅からパラパラと塵となっていく。
 本当に死ぬかもな、と思った位で、無惨の変形した腕が伸びて来て、女の身体を絡め取った。
 紐状の腕に巻き取られて、女は庭先の木陰に引き摺り戻される。
 燃えていた肉体は即座に再生をはじめ、新しい肉が盛り上がり、白い皮膚がその表面を覆っていく。無残はその様子を静かに見守っていた。
「失敗だな……だが、お前の再生能力はどんどん上がっている」
「そうですか。あまり自覚はありませんが」 
「やはりお前は他の鬼とは違う。特別だ」
 無残が赤き目を煌めかせて女を見下ろす。口元には歪んだ笑みを浮かべている。試薬は失敗だったようだが、女の力には可能性を感じている様だった。
 正直、無惨に乱暴に扱われ過ぎて、肉体が適応しようと頑張ってるだけでは、という感じがするがそれを進歩とか進化とかいうのならそうなのだろう。
 女は燃えた肉体が再生したのを確認して、着ていたものを修復する。居住まいを正して立ち上がる。数分でこうなるのだから確かに凄まじい再生能力だ。人間のやめ方が尋常じゃない。
 喜んでいいのか微妙であるが、弱いよりはいい。強かろうが弱かろうか、全ての鬼は無惨のために存在し、無惨の役に立たなければ処分される。それならば、多少は心に留めておいて貰える強い鬼である方がいい。


 無惨様のワクワク実験室は続く。
 検体にされる私には最悪な実験だが、無惨はあたらしい遊びを楽しんでいるらしく、部屋に籠もって何やらすり潰したり、煮込んだり、合成したり抽出したりと忙しい。私にはよく分からない。しかし、その完成品が回ってくるのは私の所なのである。
「そんな顔をするな。今日は陽の光で焼いたりしない」
「そうですか」
 よっぽど嫌そうな顔をしていたのだろうか。部屋から試薬と思われるガラス瓶を持って出てきた無惨に笑われた。
 差し出された瓶をみると、何やら紫色をしている。凄く嫌な匂いがするのだが。藤の花のような。恐ろしい予感しかしない。
「藤の花の様な香りがしますが……」
 にこやかに微笑む無惨に顔を引き攣らせる。無惨が爽やかに笑うときは碌なことが無いのだ。
 無惨は形の良い笑みを崩さずに言う。
「そうだ。何処まで藤の花の毒に耐えられるか試したい。少量ずつ飲んでみろ。そして、どれくらい動けるか私の攻撃を防いでみろ」
「……はい」
 女は肩を落としながら答える。相変わらず人の心無いな。シンプルに毒だった。しかも、無惨の攻撃を防げとは。無惨の身体から伸びてくる刃を防げなくなって、身体が細切れになるまでがセットということだ。どっちにしろ酷い。
 陽光に灼かれるか、無惨に斬り刻まれるのはどっちらがマシなのか。どっちも遠慮したい。

 泣いても仕方ないので、小瓶に刻まれた目盛りの一つ分を口に含む。飲み込むことはできたが、この後だ。どう考えてもきつい筈。
 これからくる予感に唸っていると無惨からの攻撃が飛んできた。合図とか無いんだな。
 無惨の腕の先からナイフの様に変形した蔓が伸びてくる。硬質化した爪でそれを弾く。まだ反応出来る。
「まだ動けるな、次」
「はい……」
 しょぼくれつつも、飲まないわけにはいかずに二目盛り目。案外飲める。
 暫くして、また無惨から刃が飛んで来た。同じ様に爪で弾く。
「次」
「はい」
 三目盛り目、普通に飲める。
 もしかすると、最初の方の毒はすでに分解している?違和感があったのが平気になってきている気がする。
 無惨の刃も普通に弾くことが出来た。
 無惨は攻撃を弾かれることに苛々してきたのか、先程とは違う速度の刃が飛んで来る。爪で弾くのは無理だと判断して、紙一重で避ける。
 無惨様なにしてんの?今の普通に攻撃でしたよね?
「これも避けるか……」
「あの、毒関係なくなってませんか?そして、気付いたのですが、既に身体が毒を分解しているかもしれません」
「何?ふむ。お前、全部飲んでみろ」
「え、はい……」
 要らないことを言った様だった。女は小瓶に残った毒を全て口に入れる。頼むから分解しててくれと祈りつつ飲み込んだ。しばらく胸を抑えながら待つ。何とも無い。やった!
 女が無惨になんともないと言おうと振り返ったところ、女の顔面に刃が突き刺さった。
 無惨の蔓が飛んで来たのである。先程よりも更に速い。
「なんだ、これは避けれないのか」
 無惨がつまらなそうに女の顔面から刃を抜く。
 女は顔面から血を滴らせながら、趣旨変わってんだろと思った。
 女はぐちゃぐちゃになってしまった顔を抑えて再生を待つ。酷い。泣きそうだが、顔が抉れているので涙も出ない。
「鬼狩りが藤の花の毒を使っていたので似たようなものを調合してみたが、強い鬼には効かん様だ。参考になったぞ」
「どうも」
 女は口だけを先に再生して返事をする。
 無惨は満足気に頷いて、考え事をする様な素振りをした。それから空になった毒の小瓶を回収すると、実験室に戻っていった。女はなんともいえない気分で、無惨が帰っていった実験室の扉を眺めた。







 

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