第二部 卒業後
フロイドの卒業が迫っていた。『卒業したらぁ、結婚しよぉ〜ね♡』と言いまくっているフロイドである。恐らく本気なのだと思う。
女は考える。フロイドが卒業して、それと同時に結婚するならば、そもそもナイトイレブンカレッジに居座る理由がない。女は家がないので仕方なく、魔法が使えないのに魔法士養成学校にいるのだ。しかもここは男子校。卒業したとて、資格として書くことすらできない。在校する意味が無いのである。
女の自室でフロイドと対面する。
放課後、モストロラウンジのシフトが休みだったフロイドは女の部屋で寛いでいた。女はベッドに、寝転がりながら雑誌を眺めていたフロイドを指先でつつく。
「フロイドさん、卒業したら、ほんとに私のこと貰ってくれます?」
フロイドは眺めていた、テネーブルの靴特集から目を離す。悪戯っぽく笑う女の顔を見て、にやりと笑い返す。
「当たり前じゃん、いまさらダメなんて言わせないからねぇ」
「じゃあ、フロイドさんについて行こうかな。私、学校辞めるんで、一緒に暮らしましょ」
女が微笑んだ。フロイドは少し遅れて言葉の意味を理解する。
「いいのぉ?!やったぁ~!ついてきてくれるとは思わなかったぁ。学校はぁ、ちゃぁんと卒業するものです、とか言うと思ってたぁ!ちょ〜うれしい、あはっ!ねぇねぇ、家、何処にするぅ?」
今にも踊りだしそうなフロイドが、身を乗り出す。そのまま女に飛びついた。フロイドに抱き締められた女は、くすくす笑った。
「よかった。私も、それはヤだぁ、とか言われたらどうしようかと。私でも暮らせる場所ならどこでもいいですよ。フロイドさんと一緒なら」
「なんでそんなかわいいこと言うのぉ~ぎゅ〜ってしちゃうねぇ」
すでに女を抱きしめているフロイドは、腕に力を込めると、そのまま立ち上がってくるりと回った。
「あははっ」
二人で狭い部屋の中をくるくると周った。楽しげな笑い声が木霊する。
フロイドは喜んでいた。愛する女が自分と一緒に生きてくれる。そう決めてくれた。女はいつも受け身だった。フロイドが望むなら、そうしてもいい。そういう態度だった。それが不満な訳では無い。どういう理由でも、フロイドの元に居てくれるならそれでよかった。女は、なんだかんだ、フロイドより養い親である学園長のことを信頼しているフシがあった。フロイドはそれが少し面白くなかった。あの鳥と競っていた訳では無いが、女は鳥の巣を出てウツボの巣穴にやって来たのだ。
学園長室。
流石に結婚するならば、戸籍上父親になっている学園長に話をするべきだろう。そう思って、女はフロイドを連れて学園長室を訪れた。応接用のソファーに腰掛け向き合ったクロウリーはずっと嫌な予感がしていた。
「という訳で、パパ、私は此方のフロイド・リーチさんと結婚することになりました」
「よろしくねぇ、パパ♡」
フロイドが両手を顎に当てて小首を傾げる。渾身のぶりっ子ポーズは女には効果抜群だったが、クロウリーには効かなかった。
「ぎゃー!やっぱり!こんな事だろうと思った!かわいい娘が不良人魚に騙されている!パパ、認めませんよ!」
「アァ?焼き鳥にすんぞ♡」
クロウリーの言葉に、一気に声のトーンを落としたフロイド。その落差にクロウリーは寒気がした。
「こんな柄の悪い息子、嫌ですからね!!」
「自分の学園の生徒に向かって何と言う言い草」
女が思わず吹き出した。クロウリーは考え直せと言わんばかりに女を見る。
「うちの学園の生徒に娘をやるなんて嫌に決まってます!とんでもない悪ガキばかりなんですから!」
「言っちゃってるし」
巫山戯ていた学園長は軽く咳払いをして真面目な調子になった。
「はあ、でも冷静に考えて下さい。貴方は異世界から来た。いつ同じ様に戻るかも、再び何処かの世界に行ってしまうかも分からない危うい存在です。それをわかっていますか?リーチくん、君もです。君は人魚です。人とは根本的に異なる。そして彼女は異世界から来た。この世界の成り立ちも、種族同士の在り方も何も知らないのです。そんな彼女を海の底に引き摺り込もうというのは、いくらなんでもあんまりじゃあないですか」
急に真面目な調子になったクロウリーに、フロイドも女も真剣な顔になる。
「若気の至りになるかも知れませんね」
学園長の言葉を聞いた女は神妙に頷きながら言った。勢いの学生結婚が、そういう結果になりがちなのは知ってはいる。
「それ、貴方が言うんですか?!それですまないから言ってるんですよ。人間の恋愛と人魚の恋は違います。貴方が思ってるほどリーチくんは、人魚という種は簡単な生き物じゃあないと言ってるんです」
クロウリーは言いながらフロイドの方を見た。仮面の下の金色と、フロイドのオッドアイが交差する。
「ちょっとぉ、学園長、あんま怖がらせないでくんねぇ?」
せっかくフロイドと一緒にいる気になってくれた女のやる気を削ぐような事を言わないでほしい。これまで本性を隠して、『やさしいフロイド・リーチ』をやって来たのだ。ここで頓挫したら目も充てられない。
「リーチくん、はっきり言っておきます。貴方がた人魚は人間に比べて、本能的で獰猛です。それが悪いとは言いません。しかし、同じものを人に求めてはいけません。陸の人間は貴方が思ってるよりも脆く、弱い。彼女は貴方がほんの少し加減を間違えればこの世界から居なくなってしまうんですよ」
「……知ってるよぉ、だから、気をつけてんでしょぉ」
「これから一生、そうしていくんですよ。彼女を多くの厄災から、そして貴方自身からも守らないといけません、わかっていますか?」
「わかってるよぉ、オレ、他のことは興味なかったら忘れちゃうけど、大事にしないと無くなっちゃうから、ちゃんと考えてる」
「それならばいいんですよ。かわいい娘が決めたのなら仕方ありません。認めましょう。私、やさしいので。泣かせたら干物にしますからね」
老獪な怪鳥の目がフロイドを見る。フロイドはにんまり笑った。
「大丈夫、まかしといてぇ」
自信だけはたっぷりなフロイドの顔を見ながら、クロウリーは小さく溜息をついた。
「フロイドさんよかったですねぇ」
二人のやり取りを眺めていた女が言った。当事者のくせに他人事の様な女に、フロイドとクロウリーは顔を見合わせた。
女は考える。フロイドが卒業して、それと同時に結婚するならば、そもそもナイトイレブンカレッジに居座る理由がない。女は家がないので仕方なく、魔法が使えないのに魔法士養成学校にいるのだ。しかもここは男子校。卒業したとて、資格として書くことすらできない。在校する意味が無いのである。
女の自室でフロイドと対面する。
放課後、モストロラウンジのシフトが休みだったフロイドは女の部屋で寛いでいた。女はベッドに、寝転がりながら雑誌を眺めていたフロイドを指先でつつく。
「フロイドさん、卒業したら、ほんとに私のこと貰ってくれます?」
フロイドは眺めていた、テネーブルの靴特集から目を離す。悪戯っぽく笑う女の顔を見て、にやりと笑い返す。
「当たり前じゃん、いまさらダメなんて言わせないからねぇ」
「じゃあ、フロイドさんについて行こうかな。私、学校辞めるんで、一緒に暮らしましょ」
女が微笑んだ。フロイドは少し遅れて言葉の意味を理解する。
「いいのぉ?!やったぁ~!ついてきてくれるとは思わなかったぁ。学校はぁ、ちゃぁんと卒業するものです、とか言うと思ってたぁ!ちょ〜うれしい、あはっ!ねぇねぇ、家、何処にするぅ?」
今にも踊りだしそうなフロイドが、身を乗り出す。そのまま女に飛びついた。フロイドに抱き締められた女は、くすくす笑った。
「よかった。私も、それはヤだぁ、とか言われたらどうしようかと。私でも暮らせる場所ならどこでもいいですよ。フロイドさんと一緒なら」
「なんでそんなかわいいこと言うのぉ~ぎゅ〜ってしちゃうねぇ」
すでに女を抱きしめているフロイドは、腕に力を込めると、そのまま立ち上がってくるりと回った。
「あははっ」
二人で狭い部屋の中をくるくると周った。楽しげな笑い声が木霊する。
フロイドは喜んでいた。愛する女が自分と一緒に生きてくれる。そう決めてくれた。女はいつも受け身だった。フロイドが望むなら、そうしてもいい。そういう態度だった。それが不満な訳では無い。どういう理由でも、フロイドの元に居てくれるならそれでよかった。女は、なんだかんだ、フロイドより養い親である学園長のことを信頼しているフシがあった。フロイドはそれが少し面白くなかった。あの鳥と競っていた訳では無いが、女は鳥の巣を出てウツボの巣穴にやって来たのだ。
学園長室。
流石に結婚するならば、戸籍上父親になっている学園長に話をするべきだろう。そう思って、女はフロイドを連れて学園長室を訪れた。応接用のソファーに腰掛け向き合ったクロウリーはずっと嫌な予感がしていた。
「という訳で、パパ、私は此方のフロイド・リーチさんと結婚することになりました」
「よろしくねぇ、パパ♡」
フロイドが両手を顎に当てて小首を傾げる。渾身のぶりっ子ポーズは女には効果抜群だったが、クロウリーには効かなかった。
「ぎゃー!やっぱり!こんな事だろうと思った!かわいい娘が不良人魚に騙されている!パパ、認めませんよ!」
「アァ?焼き鳥にすんぞ♡」
クロウリーの言葉に、一気に声のトーンを落としたフロイド。その落差にクロウリーは寒気がした。
「こんな柄の悪い息子、嫌ですからね!!」
「自分の学園の生徒に向かって何と言う言い草」
女が思わず吹き出した。クロウリーは考え直せと言わんばかりに女を見る。
「うちの学園の生徒に娘をやるなんて嫌に決まってます!とんでもない悪ガキばかりなんですから!」
「言っちゃってるし」
巫山戯ていた学園長は軽く咳払いをして真面目な調子になった。
「はあ、でも冷静に考えて下さい。貴方は異世界から来た。いつ同じ様に戻るかも、再び何処かの世界に行ってしまうかも分からない危うい存在です。それをわかっていますか?リーチくん、君もです。君は人魚です。人とは根本的に異なる。そして彼女は異世界から来た。この世界の成り立ちも、種族同士の在り方も何も知らないのです。そんな彼女を海の底に引き摺り込もうというのは、いくらなんでもあんまりじゃあないですか」
急に真面目な調子になったクロウリーに、フロイドも女も真剣な顔になる。
「若気の至りになるかも知れませんね」
学園長の言葉を聞いた女は神妙に頷きながら言った。勢いの学生結婚が、そういう結果になりがちなのは知ってはいる。
「それ、貴方が言うんですか?!それですまないから言ってるんですよ。人間の恋愛と人魚の恋は違います。貴方が思ってるほどリーチくんは、人魚という種は簡単な生き物じゃあないと言ってるんです」
クロウリーは言いながらフロイドの方を見た。仮面の下の金色と、フロイドのオッドアイが交差する。
「ちょっとぉ、学園長、あんま怖がらせないでくんねぇ?」
せっかくフロイドと一緒にいる気になってくれた女のやる気を削ぐような事を言わないでほしい。これまで本性を隠して、『やさしいフロイド・リーチ』をやって来たのだ。ここで頓挫したら目も充てられない。
「リーチくん、はっきり言っておきます。貴方がた人魚は人間に比べて、本能的で獰猛です。それが悪いとは言いません。しかし、同じものを人に求めてはいけません。陸の人間は貴方が思ってるよりも脆く、弱い。彼女は貴方がほんの少し加減を間違えればこの世界から居なくなってしまうんですよ」
「……知ってるよぉ、だから、気をつけてんでしょぉ」
「これから一生、そうしていくんですよ。彼女を多くの厄災から、そして貴方自身からも守らないといけません、わかっていますか?」
「わかってるよぉ、オレ、他のことは興味なかったら忘れちゃうけど、大事にしないと無くなっちゃうから、ちゃんと考えてる」
「それならばいいんですよ。かわいい娘が決めたのなら仕方ありません。認めましょう。私、やさしいので。泣かせたら干物にしますからね」
老獪な怪鳥の目がフロイドを見る。フロイドはにんまり笑った。
「大丈夫、まかしといてぇ」
自信だけはたっぷりなフロイドの顔を見ながら、クロウリーは小さく溜息をついた。
「フロイドさんよかったですねぇ」
二人のやり取りを眺めていた女が言った。当事者のくせに他人事の様な女に、フロイドとクロウリーは顔を見合わせた。
