いちさに
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第一部隊が帰ってきた。今日は粟田口の皆を編成しており、出陣先が強く不安ではあったのだけれど、短刀は軽症、鯰尾と鳴狐は中傷。そして一振足りない。ああそうか、お兄ちゃんが私たちを守ってくれたのか。中傷の二振りは重傷で意識も朦朧としている一期一振を担いで帰城したのだ。
本丸にやっと着いた時、小柄な2人に任せることは出来ず私が軽々と持ち上げられればどれだけ良かっただろう、と強く願った。初期刀である清光であればなんとか運べたのだが…なんて考えていると私の背後にいつの間にか通りかかっていたた明石に頼み込み事なきを得た。
空いた手入れ部屋には先に鯰尾を手入れし、私の傍らに未だ目を覚まさぬ一期。顔は青白く微かに聞こえる呼吸音が乱れた心をほんの少し落ち着かせてくれた。三十分程自室で業務をこなすと一期一振の代わりに急遽近侍となった長谷部が『一期一振の所へ行ってきて下さい。他はこの長谷部が終わらせておきますよ。』と言われ、背中を押されるように手入れ部屋に戻ってきてしまった。一応手入れ自体は殆ど終わっているのだが、動揺し過ぎて何か不足があるといけないと思い、付着した一期の血を拭き取りながらまた手入れした部分を撫でた。
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一期一振は顕現した時から時々魘されていた。
と言うのも私のせいなのかもしれないが、私は一期を出すのに大量の資材を使い、色々な戦場に向かわせ、催物も全力で励んだものだ。だが、彼がこの本丸に来たのは私が現世の流行病に侵され、三十九度代から下がらず一日を寝て過ごしているような日であった。身近に居れば似るもので、『伝染るかもしれないから部屋には入らないで』と言ったものの初期刀の清光を初め、打刀がこぞって私の部屋に押しかけたのをきっかけに短刀、脇差、太刀大太刀等々結局全員が全員部屋に来る事態となってしまった。そんな状態になっても一期一振を出す私の気持ちは絶えず、資材を集め、札を貯める生活が続いた。百回鍛刀をするため集めていたのだが魔が差しふらついた足取りで清光と鍛刀部屋まで向かった結果、
「私は、一期一振。粟田口吉光の手による唯一の太刀。藤四郎は私の弟達ですな」
その言葉を聞いた瞬間、私と清光は耳を疑ったと同時に一期自身に『本物?』と聞いてしまった。
「本物…とはどういうことでしょうか」
なんて言われ困らせてしまったけれど。それからというもの、医者から処方された薬を飲み安静にしていれば直ぐに熱も下がり、次の日のうちにすっかり平熱に戻ってしまった。実の所を言えば私は安心したせいか鍛刀部屋で倒れ(ただ寝ていただけではあるが)、清光に運ばれ目を覚ました時には自室の蛍光灯が薄暗く光っていた。勿論清光は座ったまま眠っていて、一期が何処の部屋を使い過ごすことになったのかを知っていなかった。知ったのは約二週間程経った頃で、知った日のうちに一期の部屋に押しかけた。
「一期さん、起きてます?」
薄い障子の向こうでは橙色の灯りがぼんやりとひとつ浮かんでいた。時刻は二十三時、寝ていてもおかしくない時間だったが、教育係である安定から聞いた時にすぐ行かなければと気がつけば走り出していた。案の定歌仙には怒られたが
「…その声、主ですか?どうぞ。入って構いません。」
さっきとは裏腹に丁寧な足取りな自分に分かりやすいなぁなんて考えていれば一期の部屋は布団がひとつ、枕元には【人間失格】と書かれた本が使い込まれた栞と共に置いてあった。
「こんな夜更けにどうされました?」
冬なのにどこか暖かいこの雰囲気は、一期の優しい不言色(いわぬいろ)の瞳のせいもあるだろう、改めて見れば大変綺麗な顔立ちで、意外と頼もしい身体で…なんて考えていれば目的をすっかり忘れてしまう。はっとしたように「私、貴方が顕現した日にすぐ眠ってしまったからあまり話せていないと感じてて、今夜少しでも話せないかなって。」と馬鹿正直に打ち明ければくすっと微笑み「やはり主は面白い方だ」と笑いかけた。
話していればすっかり日を跨いでしまい、申し訳ないと部屋から出れば「お待ちを」と、一期の今まで自身を振ってきたであろう少し硬く、節榑立った冷たい手が私の手を包み、「またいらしてくださいね」と少し寂しげな表情を浮かべて惜しむように手を離した。その余韻が、気持ちが忘れられず、その日は中々寝付けなかった。深夜に燭台切が大切にしていたアイスを半分食べ、皆を起こさぬようゆっくりと渡り廊下を歩いていた時、私の隣の部屋から荒い息を立て、布擦れの音が聞こえ慌てて部屋に入り彼に駆け寄ると顔は真っ青で、額には脂汗を滲ませていて今にも泣きそうな表情を浮かべている。
「一期さ…」
私の裾にしがみついた一期の瞳は潤んでいて、指で払ってやると少し落ち着いたのかゆっくり上体を起こし、背中を摩ってやると憂いを帯びた表情を浮かべ、未だ呼吸は荒いままだ。縋り付くように私の胸に倒れ込んだ一期は、何時も兄として振る舞い、他の刀の前でもしっかり者であると思われていた彼の内面は、大変脆くて繊細であることを思い知らされた。一期のぐっしょりと濡れた前髪と私の髪が交差した。
「一期一振、と、呼んでください」
彼の声は酷くか細く、気力のないように思えた。これまで出陣続きで他の刀剣男士は文句を垂れていたが、一期もきっと思っていただろう。遠征や催物等の出陣以外の事で少し切羽詰まってしまい、あまり手が行き渡っておらず、一期は最近顕現したばかりだ。だからもっと良く気にかけておけば一期がもっと苦しまずに済んだかもしれない。確かに、ここ最近軽い忘れ物や戦闘でのミスが目立っていた。
「いちご、ひとふり」
私の存在を確かめるように抱きしめた一期の名を、私はひたすらに呼び続けた。
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弟達は「いち兄と寝たい!」だとか「もっといち兄と居たいです…」と不満を漏らしていたが、私は彼が心配で心配で、元々も彼に一人の時間を作ってあげたいなぁと感じていたのでこのままにしたのだが、『時々悪夢に魘される』だなんて言われれば少し揺らいでしまう。兄弟達といた方が落ち着くのか、一人の方が良いのか、はたまた他の男士達と相部屋にした方が良いのか。この日を境に私は一期の部屋に定期的にお邪魔する事になった。魘されると知ったのはその時にぽろっと口から出た言葉で、あまり深く追求しない方が良いのでは?と思い実は私もあまりよくは知らない。ただその瞳が、表情が大変苦しげで、手入れ部屋で寝ている今とは違うではあったものの、心臓の辺りがぐちゃぐちゃにされるような感覚を目の当たりにしたのをよく覚えている。私の本丸では手入れ部屋を使用している刀剣男士以外の出入りを控えるようにしていた為心配している粟田口の子達はそわそわしているものの私と一期の空間に入ることはなかったが。
それからどれ程経っただろうか、一期が目覚めることはなかった。
完全に塞がった傷、帰城してから血気のない顔と手、まるで棺桶にでも入れられているようだった。
いつの間にか眠っていた私が羽織っていたのは安定のもので、寝相が悪く横に倒れたのか、清光と安定のマフラーが枕の代わりのような形となり頭を支えていた。私の私物の灯りがぽやぽやと一期の髪と私の頬を照らしていた。。今は何時だろう、ちょうど何時も一期の部屋で話していた頃だな、なんて考えれば襖がゆっくり開く音が聞こえる。
「あるじ、夕餉だよ」
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人間というのはどうしようも無くて、その日の夕餉は何時もより多く食べた気がする。手を繋いで歩いてくれた清光は「食欲ある?大丈夫?」と声を掛けてくれたが、申し訳なくなってしまった。今日の厨当番の燭台切と堀川は喜んでいたけれど。夜には長谷部が言っていた通り全て業務はこなされていて、書類の整理までされていた。どこまで完璧人間、いや、男士なんだろうと考えていたがちゃんとした1人の時間というのは審神者になって以降あまり取れていなかったため少し寂しく思った。なんだか落ち着かず、私は暇になると何時も足を運んでしまう所に来てしまった。
「ん、どうした大将」
薬研は粟田口の部屋ではギリギリ入らず、不動と相部屋だけれど殆ど薬の調合や手入れの手伝い等するためこっちの部屋で色々終わらせていることが多い。一応あの部屋は使っているらしいが、私は薬研とは波長がかなり合い、よく悩みや雑談など色々聞いて貰っていたのだ。今回もその一環だ。
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「やっぱりいち兄のことか。まだ目覚める気配はねえんだな。」
「やっぱりお見通しか、薬研には敵わないな。 ぁ。何か思い当たることある?今度一期と同じ編成だった男士を集めてなにか聞こうと思うんだけど」
「そいつはいい考えかもな。すまねえが、思い当たることは何にもねえ、暫くこのままじゃ、ちと政府に聞いてみた方が良いかもな。俺らじゃ知らないことがあるかもしれねえぜ。」
薬研のマグカップに入っているコーヒーを1口貰うと思ったより熱く舌を火傷した。なんだか今日はずっとぼんやりしていた気がする。次の日の昼過ぎ、まだ目が覚めていなかったら連絡してみよう。とあまり考えないようにした。薬研との会話は他愛もない世間話から刀剣男士の生態についてのような少しマニアックな話にまで発展する。だから飽きないのだ。まあ、たまにこうやって支えてくれるからもあるだろうけど。
「コーヒー飲ませておいて言うのもあれだが大将、疲れてるだろ?今夜はもうとっとと寝な。」
「まだ眠くない」と言ったがここしばらくの激務もあり顔が疲れていたのだろうか、医療に詳しい薬研に言われればせざるを得ない。机に突っ伏している私はぼんやり頷けば直ぐに自室へと送り出されてしまう。夕方に1度眠ってしまったから眠くなんてないのに。
「今日はまだ長いしな。一人の時間も大事だろ?またなんかあったら来てくれよ、大将。」
念を押すように肩に手を置かれ締め出され寝具を準備すればまるで気を失うように眠りについた。
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結局深夜に目が覚め、皆が寝ている所こっそり政府に電話を掛けた。こういうことはあまり例外では無いらしく、原因も不明だそう。毎日少量の霊力を分けることで目覚めた事例もあるらしいが、数年目覚めないことも。政府の刀剣男士専門の大学病院もどきの施設で様子を伺いながら男士の帰りを待つ審神者さんも存在するのだと思うと酷く胸が痛んだ。夕餉の時既に皆に心配されていたことは明白だったので少しでもいつも通りに切り替えないと、と思いコップ一杯の水を口に含んだが食道に伝う痛い痛みが身体に纏わり付くだけだった。
2.3滴程付いた雫に反射した月の光をぼんやり眺めながら、私はどうしようもなく一期一振を求めてしまう。泥沼に沈む感覚を覚えながらやんわりと瞼が落ちる。
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机に突っ伏して寝ていると目を覚ましたのは明け方に差し掛かった頃だった。私はゆっくりと目を開け、いつもの感覚が戻ってくる。コートのようなものが肩にやんわりかけられていて、仄かに香る石鹸の香りに少し目眩がした。優しい手つきで髪を撫でる仕草は彼そのもので、直感に近い本能で彼と勘付いた。立ったままの彼は私の微かに開いた深淵をぼんやり見つめていた。
「起こしてしまいましたな」
「そんな事ないよ」
「いえ、良く眠っておられました。無理も程々に」
「一期が言うことじゃないよ、いつも無理してる癖に」
「はは、流石主殿、厳しいですな」
安堵と哀しみが同時に襲う。今まで貴方の居ない生活がどれ程辛く、酷いものか。どれ程迷惑を掛けたか、そう責め立てたかった。漸く身体を起こした時、一期は申し訳なさそうな表情で私の身体を抱きしめた。暖かくて柔らかい、いつもの一期。手が大きくて灰色のワイシャツからは柔軟剤の匂いと一期の匂いが混ざって好きだった事を思い出した。暖かい涙が落ちる、どことなく不安を感じた私は一期の背中をバシバシと強く叩いた。
「主、どうかそんな顔をしないでください」
「させたのは貴方」
「貴方と話すのはとても懐かしい、こんな寒い場所では身体を冷やしてしまう。私の部屋で話しましょう。その方がずっと、落ち着く筈です。貴方がしてくれたのと同じように。」
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「あったかい」
「それは良かったですな」
泣きじゃくる私を軽々持ち上げ向かった一期の部屋は既に火鉢が付いていてぼんやり灯りが付いていた。縮こまる身体は未だ一期のマントを手放さなかった。気遣いだと分かって少し嬉しかった。座布団に座りお互いの目を見ている。
「私の居ない間、大丈夫だったでしょうか」
「もうそれは大変で、どれだけ迷惑かけたと思ってるの。」
「すみません。私は、先程まで夢を見ていたんです。」
立膝で私の近くに寄り、頬を撫でる。やっぱり節榑立った硬い手だ。
「薄暗い森林の中、迷子になり彷徨っていると貴方に『帰ってくる気がないのなら、二度と離れないで』と言われ手を引かれました。」
「…それから目を覚ましたのは直ぐでした。
丁寧に手入れされた身体、まだ残る体温、頭に酷く残る嗚咽。全て貴方の物だと理解するのに時間は掛かりませんでした。一番に部屋を訪れた時、貴方がいなくて酷く不安になりました。気を病んで自尽でもしているのかと、どれだけ心配したか。それでも貴方は居間で泣きながら寝ていた。寝息を聞き、とても安心しました。きっと、私への罰でしょう。貴方という人を愛していながらこの世に置いたままにした。」
一期の目は酷く潤んでいて、私の頭を支えるように力強く抱きしめた。手も声も震えていて少し強く当たってしまったことを後悔した。首元に伝う一期の涙が凄く愛しく思えて、一期一振という存在が有るだけで良かった。
「…その夢は、燃えて自己犠牲をする夢よりよっぽど暖かかったです」
「おかえり、一期一振」
そう言えたのが1番の幸せだった
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