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仁美の場合

「他に好きな人が出来たから、別れてほしい」

 大学二年生の仁美は、同じ学部で同じ学年の恋人、竜二にそう告げられ、後頭部を強固な鈍器でかち割られたかのようなそんな衝撃を受けた。交際一年にも満たない呆気ない終わりだった。あの誠実を絵に描いたような人とそんな別れになるなんて、思ってもみなかった。

「仁美にはすまないと思ってる。でも、」

 ———その人じゃないと、ダメなんだ。

 嗚呼、聞きたくなかった。でも、薄々、気づいていた。
 大体、そういう行為が上手くいった試しがないし、そもそも、彼はそういう行為を避けていた。そして、最近、デートを断られ、その回数ごとに彼はよくストールを巻いている。
 へぇ、ご満足頂ける女に出逢ったのね。と、仁美はいよいよ腹立たしくなって、情けなくなって、一言も口を開かず席を立ち、午後三時の学食を後にした。

 嗚呼、情けない。
 初恋が上手くいかないのは噂に聞いて分かっていたけど、こんな結末になるなら恋なんて知りたくなかった。
 不意に、頬が濡れる。不意に夕立が降ってきた。

仁美は慌てて近くのカフェの軒先に逃げ込む。

「……最悪」

 それが雨に降られたことによって漏れた言葉なのか、それとも竜二との恋のまさかの終わりに対しての言葉なのか、仁美もよく分からない。
 彼女が溜息を吐いて止まない夕立の空を眺めていると、カランカラン、とドアの鐘が鳴り、カフェの出入り口が開いた
 ぎょっとして振り返ると、そこには178センチほどあった元カレ、竜二よりも10センチほど背の高い、30代くらいのエプロン姿の男がいた。

「あ、あの、すみません!!すぐ帰ります!!」

「ああ、待って待って!!こんな土砂降りの中でどう帰るんや!!温かいココア入れたるさかい、寄ってき」

 仁美が慌てて去ろうとすると、男も慌てて彼女を引き留めた。
 関西弁の男は、このカフェ&バーのオーナーで榊原というらしい。
 今、準備中なので、少し雨宿りをしていけばいい、と言って、店内に入れてくれ、流石関西人というべきか、気前が良く、温かいココアとタオルも用意してくれた。

「ありがとうございます」

「うん。……うぅむ。『夕立の温かいココア飲みたいな』か」

「??」

「ああ、ボク、俳句好きでな。ボクのは現代俳句やけど」

 俳句、そういえば竜二が好きだったな、と思い出してしまい、ぽろぽろ、と涙がこぼれてくる。
 榊原はぎょっとしながらも、落ち着いた様子でカトラリーを布巾で拭いていた。

「どないしたんや、おじさんに言うてみい」

「彼氏に、好きな人が、って……別れてくれ、って……」

「最低な男やな。そんな男忘れり。君みたいな可愛い子にはもっとええ人現れるよ」

 榊原のその優しさに、仁美がまた涙をこぼす。
 その時、カランカランとドアの鐘が鳴り、誰かが入ってきたので仁美は慌ててタオルで目元を覆った。

「あれ?竜二どないしたん?今日来るって言うてたか?」

「いや、あの……」

「うん?なんや、悲壮感漂っとるけど……」

 仁美は思わずタオルから顔を出し、自分と同じく濡れ鼠な訪問者とそんな彼にタオルを差し出す榊原を見つめた。
 竜二と呼ばれた彼は、紛れもなく、仁美の知っている竜二だった。

「竜二……?」

「仁美?」

「え?知り合いなん??」

「……さっき話してた、元カレ、です」

 榊原の性格は多分正義感が強い方だと思っていたので、彼が竜二に対し何かしらアクションをするのかと仁美は思っていたが、榊原は青ざめた顔をして右手で顔を覆った。

「……さっき、仁美に話したんです」

「待って待って。おいちゃんそんなん聞いてないぞ」

「中途半端がつらかったので……」

「……榊原さん、何か知ってるんですか?」

 例えば、ここで知り合った女に竜二が誑かされた、とか。
 そんなありきたりを想像したのに。

「仁美ちゃん、やっけ?落ち着いて聞いてな?竜二の相手、……ボクやねん」

「は?」

 仁美は榊原の言葉を反復する。

 竜二の相手、ボクやねん……ボクやねん、ボクやねん、ボクやねん……。

「はぁぁぁあああああああああああああ?!!!!!!」

 カフェの外は夕立が上がり、雲の隙間から日差しが差していた。


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