#Garlic掌編

 ビルの玄関口から表通りに飛び出そうとしていたラージャはその雨音に足を止めた。
 まずった。傘なんて持ってきていない。
 透明なガラスのドア越しに予測はずれの空を見上げる。ぱらぱらと振る雨は容赦なく道路の端に水溜りを作っている。
「ひゃっ!!」
 ラージャは小さく飛び上がりながら、うなじを抑えた。突然、首静に冷気を感じたからだ。
「ヘイ、なんで通せん坊なんてしてるんだい、ラージャ」
 振り返ったエルガーの目の前に冷たい缶珈琲を片手に、白い歯を見せて笑う男、エルガー。
「お前、急に後ろから首筋にあてるなって」
 先ほど感じた冷気の正体に安堵した後、胃の奥から小さな怒りが湧いてくる。
「いいじゃないか、そう怒るなって」
 ラージャの些細な感情の変化をエルガーは見落とさない。
 一応、相棒という関係である。なんとなくお互いのことは理解しあえているような、いないような、そんな状態だ。
 ぞっとするようないたずらは嫌いだとラージャはエルガーに告げてある。それでも手をだしてくるのだから、一応相棒の関係性すら疑いたくなってくる。
「しかたねえな、やるよ」
「要らねえよ、口付けた飲みかけの缶珈琲」
「関節キスに照れちゃうわけ?」
「違うって!!」
 マイペースなエルガーのペースに巻き込まれると、なかなか抜け出せない。手短に話を切って、立ち去ろう。もう濡れてもかまわないや。
 そう思ってラージャは雨脚の強くなる外へと飛び込もうとした。が、手首を自分より華奢な男に掴まれて、阻止される。
「土砂降りになってきてない?」
「きて……ない」
 ラージャの返しにエルガーがにやりと口角を上げる。
「傘、欲しくない?」
 ラージャの頭の先からつま先まで視線を一巡させると、エルガーの細めた三日月型の瞳がラージャを射抜いた。
 欲しい。
 だがその言葉を飲み込んで、ぐっとこらえる。言ってしまえば彼のペースだ。
 沈黙するラージャを確認するとエルガーは手を離した。そしてそれをひらひらと蝶のように動かしながら、ドアへと近づいていく。
 センサーがエルガーを感知して自動で開いた。外から雨が入ってきて床とエルガーの足元を濡らす。
「実はさぁ、ぼくも持ってないんだよね」
 くそ、そっちか!!
「よし、分かった。ダッシュだ」
「オーケイ。遅れたほうが奢りだ」
 そう言うとエルガーは打たれる雨で白くもやになった世界へと飛び出していった。
「わ、フライングだぞ、エル!!」
 上着を脱ぎ、濡れないように頭上に被ってから、ラージャも走り出す。
 右折、左折、もう一度右折。それから――一直線のダッシュ。
 ほぼ同時に駆け込んだ最寄のコンビニエンスストア。大きく肩で息をしながらエルガーが白い歯を見せた。
「ぼくの勝ち」
 ほぼ同時だろ、と言いたくなったが、ラージャはまた飲み込んだ。
 エルガーの長い前髪から雫が一つ、二つと垂れていく。水気を含んだ髪はしっとりと肌に張り付く様子が視界に入った。レジまでビニール傘二つ持っていく姿をエルガーが満足げに眺めている。
「ほらよ」
 会計が終わったそれを手渡せば、エルガーは素早く包装を破ると近くにあったゴミ捨てに放り込んだ。
「じゃ、お先」
 傘をさして去ろうとするエルガーの手首を今度はラージャが素早くつかんだ。
「何?」
「ほら、これも」
 ラージャの手にはコンビニで先ほど傘と同時に買ったタオルがある。
「その……濡れてるとさ」
「ラージャくん、もしかして水も滴るいい男の怪しい魅力に惚れちゃうん?」
「ばか、違うって」
 ラージャは無理やりエルガーの頭をタオルで包んだ。
「わ、やめろって」
「いいから。ちょっと困るんだよ」
「何が」
「いや……」
 水も滴る悪い男の怪しい魅力に。(了)

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#創作スタンプラリー企画(2020.6/15,20:00~6/22.20:00)参加作
□空を見上げる□飲み込む□ゴミを捨てる□傘をさす
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