19年一本勝負さん参加録

空返事

 熱風が窓ガラスを叩く音がする。湿度高い夜はなかなか寝付けない。
 うっすらと目を開けた豹午郎は寝室の外からわずかに電気の光が漏れていることに気が付いた。
「り、や……?」
 同居人はまだ寝ていないのだろうか。心配になって、ゆっくり立ち上がるとリビングへと続く廊下を渡る。
「莉也?」
 豹午郎が声をかけた先にはダイニングテーブルに突っ伏したまま動かない同居人・莉也の姿があった。眠ってしまったのだろうかとも思ったのだが、どうも様子がおかしい。背後に回り込んだ豹午郎は、あっと声をあげた。
「莉也、まだ読んでいたのか!?」
「うん」
 帰ってきた返事は空返事だ。その証拠に莉也の視線は紙に降り注がれたままだ。
 莉也は本を読んでいた。それもただの本ではない。高校の教科書を簡単に説明した学習本で、豹午郎が昼間買い与えたものだった。
「疲れているだろう。もう、寝なさい」
 莉也は一度スイッチが入ってしまうと奇妙な集中力を持ってことにあたる。一体何が彼にスイッチを入れてしまったのか、こんな夜中にまで莉也はもくもくと活字を追っていたのだ。
 勉強しろといったのは豹午郎の方だったが、莉也の行動は彼の胸をきゅっと苦しめた。そこまで健気に行動しなくてもよかろうに。
「莉也?」
 彼の手首を持ち上げようとすると、莉也の腕がするりと逃げる。
「あとすこしだから」
「だが、莉也」
 こういうとき何を言っても無駄だ。仕方がないので、豹午郎は別の手段を取ることにした。
「莉也、冷蔵庫に隠してあるティラミスがある。食べたいか?」
「うん」
 相変わらず、空返事である。
「でも、一つしかないんだ。お前、俺に譲ってくれるか?」
「うん」
「……俺のこと、好きか?」
「うん」
「いやらしいことしてやろうか?」
「うん」
 言質はとった。豹午郎はその唇を莉也の首元にまで寄せて、優しくついばんだ。
「ふぇっ!?」
 異変に気が付いた莉也が変な声をあげる。状況を確認して、慌てて四肢をばたつかせて豹午郎と距離を取った。
「一体なんなんですか!?」
「だって、莉也、好きなんだろう?」
「はぁ? 『好き』って何? 何が?」
「俺をお前が」
 挑発するように微笑んで見せれば、莉也は軽いパニックに陥って、口をパクパクと酸欠の金魚のように動かしていた。
「ははは、冗談。早く寝なさい、もう時間だ」
「えっあ、十二時過ぎてる!?」
 時計を確認して慌てた莉也の駆ける足音。
「おやすみ、豹!」
「ああ」
 ばたんと莉也の部屋の扉が閉まる。一つしかないティラミスは明日の莉也のおやつだ。



 一次創作BL版深夜の真剣一本勝負 
 第287回 お題;おやつ/疲れた彼に/「好き」ってなに?
  2019.06.08
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